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策略

  「止まって!」


  次の瞬間、ライラの鋭い声で警告する。それは、アイルが彼女に初めて出会った時の、声色に似ていた。


  「ライラ! 何が起こってるんだ!」


  アイルは勢いよくロープを上りながら叫ぶ。


  「それ以上近づいたら、本当に……!」


  ライラのその言葉が、アイルに最悪の事態を想起させた。

  やはり、ライネスがアイルの事を知っていて。それとも、ダインが何かしたのだろうか。

  不安が膨らんでいくにつれ、ロープを登る速度も上がっていく。なんと焦れったいことだろう。この時ほど、空を飛びたいと思ったことはない。

  残り二メートルほど。


  「私は警告したから……! ごめんなさいーー」


  「まさか、黒魔術を…… 待てライラ! 魔法はだめだ!」


  無我夢中でそう叫ぶ。

  するとーー


  「なっ……」


  崖の上が眩しく光った。

  直後、崖上から何かが飛んできて、弧を描くようにアイルの頭上を通過する。揺らめく銀色の髪。それがライラのであると彼はすぐに気づいた。


  「ライラ!」

 

  アイルはロープから片手を離し、脚と腕を力の限り伸ばす。だが、ギリギリのところでライラに届かない。

 

  「くそっ!」


  何一つ先の考えなどない。ライラを助けたいという一心が、アイルを突き動かした。

  彼は残っていたもう一本の手を離し、岩壁を蹴り上げた。そして、どうにか彼女の上に回り、胴体に腕を回す。ほんの一瞬だけ生まれる安堵感。しかし、それは、下から吹き上げる強風ですぐにかき消された。


  「くっ……! ライラ! 大丈夫か!?」


  呼んでみるが、返答はない。よく見れば、ライラは目を閉ざしている。


  「まずい、このままじゃ……! 」


  土壇場になって妙案が浮かぶ、などという都合の良い展開になるはずもなかった。この状況を打開できる黒魔術など、アイルにはまだ使えない。

  無慈悲にも、眼前にどんどん迫ってくる緑色の地面。アイルにできることといえば、身体を返して、自分が下敷きになることくらいだ。

  そうして、視点が空へと移った時だった。


  「なんだ、あいつは……」


  崖の上から顔を覗かせる人影に気づいた。それは黒いローブのようなもので顔の半分が隠れているため、誰であるかまでは識別できない。それは、「行ってらっしゃい」とでも言うように、アイルに向けて大きく手を振った。


  「このっ……!」


  心の奥底から、沸々と煮えたぎってくる憤怒。誰であるかは関係ない。このまま死ぬのであれば、いっそ。

  アイルは手をかざすと、その誰かに意識を集中させる。急速な落下による位置のズレと、的の小ささも相まって、脳内の仮想空間とリンクさせづらい。彼は、半ば当てずっぽうでインフェルノを放った。


  「どうだ……!」


  燃えた。腕のあたりが黒々と。当初狙っていた顔面を焦がすには至らなかったが。

  人影は燃えた腕を懸命に振り、そして、崖の向こうへと消えていった。


  「あれ…… 俺は何を……」


  一時の達成感はあっという間に消え去り、代わりに後悔と無力感に襲われる。今まで他人を傷つけたことなどないのに、打開策を探さすことなく、自分は何をしているのだろう。

  死んでしまっただろうか。もし、生きていても、腕が残っていることはないだろう。

  燃え尽きた炎のような心中で、アイルは目を閉じ、ライラを強く抱きしめた。


 

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