不穏な気配
「妖精の翼片は大体、崖の側面に自生している。白く発光しているから、あればすぐわかるはずだ」
ダインはそう言うと、崖から顔を出し、左右を見回した。さすがはベテランの初級冒険者。知識はかなりあるようだ。
彼の話では、妖精の翼片はあらゆる傷を塞ぐことができるものらしい。しかし、この世には回復魔法が存在するので、そこまで価値は高くないとのこと。だが、今でも一定の需要があるのは事実だ。
アイル達もダインに倣い、間隔をあけて崖を覗いてみた。
「高い……」
ライラは怖気付いてしまったらしく、頭を引っ込めてしまう。
「無理するなよ? 落ちたら大変だ」
「う、うん……」
垂直に伸びる岩壁のはるか下には、深緑の樹海が広がっている。枝や葉がクッションになっても、転落すれば命はないだろう。
それからしばらく探索を続け。
「あ! ありましたよ〜!」
アイル達が声の方を見てみると、ライネスは崖の縁で、飛び跳ねながら手を振っていた。命知らずにもほどがある。
三人はすぐに彼の方へと集まった。
「おお、あれだ! 妖精の翼片に間違いない!」
ダインは嬉々とした表情で叫ぶ。
皆の視点が集まる方に、淡く光る白い植物が生えていた。その神秘的な感じは、確かに名前の通りだ。
しかし、それは崖の中間地点にあり、手を伸ばすだけでは届かない。
「でもあれ、一体どうやって取るんですか?」
アイルが質問する。
「これだよ」
ダインは手のひらを上に向けた。何もないはずのそこから、ゆっくりと何かが形作られていく。
「おぉ、具現化魔法で一体何を…… え?」
ライネスの感嘆は、最終的に呆れへと姿を変えた。
「ロープ…… ですか?」
彼の手に乗ったのは、何重にも巻かれた、本当に何の変哲もないロープだ。
「そうだ。これで、誰か一人があそこまで降りる」
「えっと、誰かっていうのは?」
そう聞くアイルは、嫌な予感がしていた。
「俺はロープを作ってやった。お前ら三人のうち誰かが降りるに決まっているだろ?」
ダインは、腹が立つほど悪い笑みを浮かべた。
「最初から、代わりに降りる人を探すために、あそこで他の冒険者を待っていたんですね?」
ライネスは納得したように言う。
「文句でもあるのか? これがなきゃ、あの薬草を取る方法なんてなかっただろうが」
険悪なムードが訪れる。
そこへ、自ら進み出たのはアイルだった。
「わかりました。俺が行きます」
「アイルが……?」
ライラは気遣わしげな目を向ける。
「大丈夫だ。ロープの上り下りくらい楽勝だ」
妖精の翼片を取りに行く人間が決まると、ダインはさっさとロープを近くの木にくくりつけ、崖の下へと垂らした。葉の位置まで、たっぷり十メートル以上。
「助かります、アイルさん。僕、運動神経ゼロなので、どうしようかと思ってたんですよ……」
ライネスが申し訳なさそうに頭を下げるが、さっきの件もあり、なんだか胡散臭く見えた。
「登録料を払ってくれた恩もありますから」
「本当に大丈夫?」
「ライラは心配性だな。見たところロープも頑丈そうだし、落ちるなんてことはない」
そう言って、アイルは自然にライラに近づく。
「一応ライネスを見張っててくれ。奴が変な動きを見せたら、すぐに伝えるんだ。いいな?」
「…… うん、わかった。気をつけてね?」
アイルは頷き、崖の縁まで進むと、足元に垂れていたロープを手繰り寄せた。降りる前に一度下を覗き込んだが、あまりの高さに目が眩んだ。
二度と下を向かないと決め、ロープを握り、崖に背を向ける。そして、ゆっくりとライラ達の姿が崖に隠れていった。
「意外と怖いな……」
一人呟くが、返ってくるのは風が吹き抜ける音だけ。上で何が起こっているのかは、一切わからない。
それからわずか一分。アイルはロープの末端近くまで到着した。
「これか」
目の前には、四枚の葉をつけた妖精の翼片が。名前とその見た目から、むしり取ってしまうのは少々憚られたが、これも生活のためだ。アイルは片手を離し、それを取ると、素早くポケットに入れた。
「よし」
あとは上るだけ。そう思った時だった。崖の上の方から、ドサッという何か重いものが落ちたような音がする。
「今の音は?」
アイルは上にも届くくらい、大きな声を出す。しかし、返事はない。
「どうしてあなたが……!」
代わりに聞こえてきたのは、ライラの声だ。




