地表探査船アノマロカリス
「船外作業服のメンテ終わりました」
ナグリ・ユウジとリュウ・ハオユーが声をそろえた。
地表探査船アノマロカリスには飛行船のような楕円体の船首部分に二つの大型ロボット・アームがついていて、名前の由来となった古生代カンブリア紀の海洋性捕食生物に見えなくもなかった。
定員は四名だが操縦士と副操縦士の二名いれば運行は可能で、残りの二名は船外作業など操縦以外の仕事に従事する要員だった。
船体は二時間程度であれば摂氏五〇〇度、九〇気圧の環境に耐えることができる性能を有し、金星の地表から様々な鉱物資源のサンプルを採取することが可能だった。
全長は二〇メートル、熱を反射させるため船体は鏡面塗装され白銀に輝いていた。
地表探査船アノマロカリスに搭載されている甲冑のような船外作業服も同様な理由で鏡面塗装されていた。
「おう、ピカピカに磨いただろうな」
アノマロカリスを操縦しながら船長のグスタフ・エンゲルスがガラガラ声を響かせた。
「そりゃあ、もう、かつてないほどピカピカだよ」
調子のいい内容とは異なる吐き捨てるような口調でハオユーが答えた。視線も泳いでいた。
「なんか言いたげだな」
グスタフがハオユーの不満そうな様子に気づいた。視線は前方を映し出すモニターに置かれたままだった。
アノマロカリスは、十五分ほど前、浮遊都市ビーナスシティを出港し、濃密な二酸化炭素の大気中を航行していた。
背後を映すモニターには小さくなっていくビーナスシティが映っていた。
「まだ何も言ってないよ! さっきのアイアンクローのせいで気の利いたセリフが頭に浮かばなくて困ってるだけだよ」
「永久にくだらないセリフが頭に浮かばないようになって欲しいもんだな」
「畜生、いつかパワハラで訴えてやる!」
ハオユーが叫んだ。
「まあまあ」
ユウジは興奮するハオユーの肩をポンポンとたたいた。
「騒がしいな……」
それまで黙っていた副操縦席の男がヘッドフォンのような機器を外して首にかけながら怪訝な表情でつぶやいた。
痩せ型で背が高く薄茶色の髪はもじゃもじゃにカールしていた。眠そうな目でとても穏やかそうな雰囲気だった。
「ひど! マリアーノさんは味方だと思ってたのに」
ハオユーが大げさに泣きまねをした。
「いやいや、騒がしいのは外の話だ。見てみ」
マリアーノ・バルディーニが二人に自分のモニターを指し示した。
移動式のカメラ映像は正面ではなく、遥か上空を望遠で映しているようだった。
何かがドライアイスの雲の上で光ったようだった。
「何ですか? あれは。雷とかですか?」
ユウジはマリアーノに尋ねた。
「さっき、風の音に混じって爆発音が聞こえた。たぶん戦闘だよ」
「戦闘って……」
ユウジは絶句した。
ハオユーも泣きまねをやめた。
「おう、どうした」
グスタフも三人のほうに向けて身を乗り出した。
「いや、きちんとした映像は取れなかったんですが、どうも上空でレールガンやミサイルで戦争をしているやつらがいるらしいんですよ」
「はあ? この金星でか?」
「ええ、この金星上空でです」
「正確な位置はつかめるか?」
「やってみます」
空気が変わった。
グスタフもマリアーノも急に真面目な顔になった。
ハオユーはユウジに近寄ると耳元でささやいた。
「なんか退屈な日常からおさらばできそうな気がしてきたよ」
ユウジは顔をしかめて言葉を返した。
「命の危険がなければいいけどね」