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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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金星への降下

「敵艦、なおも金星に降下中」

 宇宙護衛艦エラトステネスは速度を落としながら金星を一周し、大統領専用機アルテミスを再び射程に捕らえた。かなり高度が下がっていた。

「電磁誘導砲及びミサイル全門斉射!」

「発射します!」

 アントニオ・エストラーダ艦長の低い声に応えて、エミリオ・ガルシア中尉が電磁誘導砲を、サーシャ・グリンベルグがミサイルを発射した。

 アルテミスは巧みに機体を翻すと電磁誘導砲の砲弾をかわした。

 執拗に食い下がる誘導ミサイルは迎撃用のパルスレーザー砲で破壊された。

「電磁誘導砲、発射角修正」

 エストラーダ艦長は再攻撃を指示した。

「浮遊都市です。アルテミスは浮遊都市への着陸態勢に入っています。射線上に浮遊都市があります」

 照準を合わせていたガルシア中尉の声が動揺で上ずった。

 このタイミングで電磁誘導砲を発射したら浮遊都市まで破壊してしまう。

 これ以上の攻撃は常識で考えれば行うべきではなかった。

「逃がしたのか……」

 エストラーダ艦長はがっくりとシートにもたれかかった。

 月の司令本部に任務に失敗したことを報告しなければいけなくなった。

「電磁誘導砲で浮遊都市ごと破壊しろ!」

 副長席に座って今までおとなしくしていた革命軍のモハド・ノラザンが目を血走らせて叫んだ。

「無茶を言うな!」

 エストラーダ艦長が怒鳴った。

 政治犯一人を葬るために都市ごと無関係な民間人を三〇〇人以上を殺すなど正気の沙汰とは思えなかった。

 そのとき、サーシャ・グリンベルグが不意にシートベルトを外すと立ち上がり、コントロールルームから出て行こうとした。

 隣に座っていたガルシア中尉が驚きの表情を浮かべた。

「サーシャさん!」

「おい、どうするつもりだ!」

 苛立っていたエストラーダ艦長が語気荒くサーシャの動きを制した。

「脱出カプセルを使って浮遊都市に降下します」

 サーシャは移動しながら涼しげな視線をエストラーダ艦長に向けた。

「シャトルじゃないんだぞ。うまくいくわけが……」

 サーシャはエストラーダ艦長の言葉を最後まで聞かず、中央コントロールルームを後にした。

 彼女はその後自分の居室を経由してエアロックに向かった。

 居室を経由したのは着替えを取りに行くためではなかった。

 愛用のレーザーライフルとタングステン合金製の軍刀を取りに行くためだった。

 この特殊合金製の軍刀は鋼鉄さえも切り裂くことのできる代物で、近接戦闘では絶大な威力を発揮した。

 エアロックにたどり着くとヘルメットの中にエストラーダ艦長の声が響いた。

 簡易宇宙服に内蔵された通信機からの声だった。

「脱出カプセルには自力航行能力はない。死ぬぞ」

「浮遊都市の近くを航行する飛行船を確認しました。救難信号を出しますので、最悪その船に拾ってもらいます。脱出カプセルの射出のタイミングよろしくお願いします」

「同志グリンベルク。必ずライリー・アレンの息の根を止めるんだ!」

 ノラザンが通信に割り込んできた。

「おい!」

 モハド・ノラザンとエストラーダ艦長が言い争う声がヘルメットの中に充満した。

「どうしても行くのなら装甲強化服を持っていったほうがいい。金星の重力は地球とほぼ同じだ。この意味はわかるよね」

 ガルシア中尉の声が割って入ってきた。

 サーシャは彼の言葉の意味を理解した。

 エアロックのハンガーに八着並んでいた甲冑のような装甲強化服をサーシャは簡易宇宙服の上に装着した。

 バッテリー駆動で筋力を増幅させるパワーアシストシステムが施された鋼鉄の鎧だった。

 今の艦内は無重力状態なので動作補助用の電源を入れる必要はないが、重力下では電源を入れないとその重さのため、まるで身動きができなくなる代物だった。

 サーシャに必要なのは装甲の方ではなく筋力を増幅させる仕組みの方だった。

 地球の六分の一程度の重力でしかない月で生まれ育った人間にとって一Gの世界はかなり苛酷な環境となるはずだった。

 おそらく何の補助もなければ立って歩くことさえできないだろう。

 サーシャは準備を整えると直径二メートルの球体に入った。

 代謝を下げて酸素使用量を節約するために中の空気はひんやりしており、水と食料が整然と詰め込まれているのが印象的だった。

「同志グリンベルク。艦長は頭が固い。脱出カプセルの射出についてコントロールルームからの遠隔操作は期待できない。手動で降下しろ。約二〇秒後に浮遊都市上空を通過する」

 それだけ聞けば充分だった。

 サーシャは脱出カプセル内の射出スイッチに指をかけた。

 緊急時に対応するため、他の操作に優先して動作するはずだった。

「おい、待て、何勝手なことを……」

 エストラーダ艦長の判断のほうが恐らく正しいのだろう。

 しかし、サーシャは自分の手で決着をつけたかった。

 たとえ死んでも誰も恨むつもりはなかった。

 死は革命組織に参加したときから覚悟していることだった。

 サーシャは射出スイッチを押した。

 外部のハッチが解放され、脱出カプセルはあっという間に宇宙護衛艦エラトステネスから離れていった。


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