第98話「公爵家を守る者」
第98話「公爵家を守る者」
公爵家医療レジデンス――ヴェルドラコン銀河帝国
公爵家医療レジデンスの外で発生したセキュリティ警告は、緊急警報のようなものではなかった。
長く響くサイレンもない。
突然、扉が封鎖されることもない。
ただ、それまで一般人には見えなかったアクセスシステムに、小さな変化が生じただけだった。
しかし、セラフィエルにとっては、その程度の変化でもローカルネットワーク内部のいくつかの情報経路を変更するには十分だった。
セレネの診察室には、まだオーレリアの生体データが表示されている。
その一方で、新たなパネルが出現した。
医療システムのものではない。
インターフェースの色そのものが違っていた。
セキュリティ・ステータス更新
保護対象者:オーレリア・ヴェイリエン
保護区分:公爵家――最優先
現在地:公爵家医療レジデンス
医療状態:安定
外部セキュリティ要請:受信済み
保護状態審査:要請済み
経路アクセス:一時制限
外部移動:審査中
セキュリティ当局:公爵家警備当局
それまで診察台の近くに立っていた紬が、ようやく医療データから視線を移した。
「これ、今出たのか?」
セラフィエルがその隣に立つ。
彼女はシステムへ強引にアクセスする必要はなかった。
その情報は、オーレリアの安全に関係する関係者へ正式に開放されている経路を通じて入ってきたものだった。
「はい、紬さん。オーレリアさんの追加検査結果がご家族側へ送信された、数分後に要請が入りました」
紬は最後の行を見る。
「外部移動――審査中。どういう意味だ?」
「当面の間、オーレリアさんが公爵家の敷地外へ移動する際、警備部門による確認を受け、許可が出される必要があるという意味です」
壁際に座っていたレアが、すぐに狐の耳を立てた。
「え? じゃあ、医者の検査が終わったら、今度は護衛まで増えるの?」
ランが自分の場所からパネルを見る。
「行政上は合理的です。新しい医療情報が出れば、ご家族はオーレリアの状態について以前より多くの情報を持つことになります。もし誰かが彼女へ接触しようとした場合、当然、リスクは避けたいでしょう」
「それは分かる。でも、私が気になっているのはタイミングよ」
レアが立ち上がり、画面へ近づく。
「セレネさんの検査が終わったばかりなのに、すぐに警備レベルが上がった。早すぎない?」
セレネは医療端末に保存していた検査記録をいくつか確認していたが、すぐには答えなかった。
もう一度、セキュリティパネルを読む。
「私も気づいています。ただし、因果関係についてはまだ確認できません」
レアが振り向く。
「セレネさん、これって悪いことだと思う?」
「私はそう言っていません」
セレネはオーレリアの個人情報が関係者以外に見えないよう、医療データの一部を閉じた。
「ただ、医療検査の結果と警備強化が近い時間帯に発生した。それが事実です。警備上の判断理由については、警備当局の管轄です」
紬が小さく頷く。
「それでいい。時間が近いからって、2つのことを無理に結びつけるのはやめよう」
レアがため息をつく。
「あなたって、いつもそうよね」
「全部の推測を事実として扱ったら、最後にはただの思い込みだけで問題を作ることになる」
「でも、本当に問題だったら?」
「証拠が出たら、そのとき動く」
その答えによって、室内は再び静かになった。
それまで椅子からパネルを読んでいたオーレリアが、ようやく口を開く。
「では、私はもうどこにも行けないのでしょうか?」
セレネが彼女を見る。
「現時点で、医学的な移動制限はありません。あなたの状態は安定しています。今表示されている制限は、私が設定したものではなく、セキュリティ審査によるものです」
オーレリアは数秒間、画面を見つめた。
「帰ってきてまだ数日しか経っていないのに、もう監視されているような気がします」
強い不満を訴える声ではなかった。
だからこそ、その言葉は余計に重く聞こえた。
紬はすぐには答えなかった。
彼には、欲しいものが手に入らないことに不満を抱いている人間と、ようやく感じ始めた自由が再び制限されようとしていることに気づいた人間との違いが分かっていた。
セラフィエルが別の部分を拡大する。
保護審査
主要対象:オーレリア・ヴェイリエン
身分:公爵家構成員
医療状態:安定
最近の既知履歴:約7か月間の消息不明/AURELIS SERENA内で救出
直近の独立護衛:星崎紬/ASTRAEON VELORIA
現在の警備上の懸念:評価待ち
担当警備専門官:到着待ち
紬が最後の行を読む。
「担当警備専門官」
「はい」
「もう人が決まってるのか?」
セラフィエルが受信接続を確認する。
「新たな担当要請が、先ほど承認されました」
そのとき、室内の側面にある自動扉が開いた。
誰かが無断で入ってきたわけではない。
医療施設のセキュリティシステムが、訪問者の身元確認を完了したことでアクセスを許可したのだ。
そこに、1人のドラゴンキンの女性が立っていた。
背が高い。
姿勢は真っ直ぐだった。
扉が閉じると、彼女の髪がわずかに揺れ、その頭上にはドラゴンキンであることを明確に示す一対の角が見えていた。
身につけているのは、ヴェルドラコンの貴族用制服とは大きく異なる、簡素な軽装戦闘服。
余計な装飾はない。
身分を示すためだけのアクセサリーもない。
そこにあるのは、実際に用途を持つ装備だけだった。
彼女の目が、すぐに室内全体を動く。
最初にオーレリアを見るわけではない。
紬を見るわけでもない。
視線は入口、カメラの位置、廊下の角、非常脱出口、診察室周辺の死角、そしてセキュリティ機器の配置を順番に確認していく。
そして、セラフィエルのところで止まった。
ほんの一瞬だけ。
その後、アクセスパネルへ移る。
紬は、その女性の室内を見る動作を観察していた。
この人物は、挨拶のために来たのではない。
評価するために来ている。
女性が室内へ入る。
「アーカディア医師ですか?」
セレネが立ち上がる。
「そうです。あなたは?」
「カイラ・ドレイヴェン。ドラゴンキン。公爵家警備部所属の戦闘専門官です」
声は落ち着いている。
高くもない。
低くもない。
自分を威圧的に見せようとする意図もない。
セレネが頷く。
「カイラさん。私はセレネ・アルカディア。星間医師です」
「あなたの医療報告書は確認済みです」
カイラはオーレリアへ視線を向けた。
「オーレリア様」
オーレリアは、その呼び方に少し驚いた。
「カイラさん?」
「セキュリティ審査が行われている間、あなたの警護を補助する任務を受けました」
オーレリアはセラフィエル、それから紬を見る。
「それは、常に誰かが私についてくるという意味ですか?」
「必ずしもそうではありません」
カイラの返答には迷いがなかった。
「まだ命令されていない制限を、私が勝手に設定することはありません。私の任務はあなたの安全を守ることであって、あなたの行動すべてを決めることではありません」
紬が初めてカイラを正面から見る。
カイラも同じように彼を見る。
2人は、それ以上の自己紹介を必要としないまま視線を交わした。
カイラはすでに彼が誰なのか知っている。
紬も目の前の女性が誰なのか理解していた。
「ホシザキ・ツムギ船長」
「カイラ・ドレイヴェン」
「そんなに堅苦しくしなくていい」
カイラがわずかに眉を上げる。
「分かりました、紬さん」
レアが小さく笑いを堪える。
紬が彼女を見る。
「何だ?」
「別に」
「明らかに何かあるだろ」
「あとでね」
カイラはそのやり取りには反応しなかった。
再び周囲へ意識を戻す。
「これがASTRAEON VELORIAですか?」
「いや。まだ公爵家医療レジデンスだ」
「あなたの船のことです」
紬は理解した。
「そうだ」
カイラは、公爵家の居住施設とASTRAEON VELORIAの医療輸送経路を表示しているパネルを見る。
「船の初期評価を行う許可を得ています」
ランがすぐに反応した。
「警備評価?」
「はい」
ランは腕を組む。
「どこまで?」
カイラは簡潔に答える。
「ドッキング・アクセス。防御構造。セキュリティ対応。ハンガー。モビルフレーム設備。出入口の経路。攻撃を受けた際に、乗客を守る船の能力です」
レアがすぐに興味を示す。
「モビルフレームも調べるの?」
「許可されれば」
「へえ」
レアの声色が少し変わった。
怖がっているわけではない。
むしろ、興味深い挑戦を聞いた人間のようだった。
それまで黙っていたカリスタが口を挟む。
「見るだけなら、勝手に触らないで」
カイラが視線を移す。
「私の所有物ではないものには触れません」
カリスタは満足そうに頷いた。
「それならいい」
紬が短く息を吐く。
「基本的な評価ならできる。ただし、船のシステムは何も変更しないでくれ」
カイラが頷く。
「承知しました」
セラフィエルが公爵家医療レジデンスからASTRAEON VELORIAまでの経路を表示する。
船は帝都の軌道区域内に留まっているため、船へアクセスできるからといって、内部のすべてのシステムへ自由に移動できるわけではない。
次の画面にはアクセス状態が表示された。
ASTRAEON VELORIA――セキュリティ・アクセス
外部訪問者:カイラ・ドレイヴェン
所属:公爵家警備部
認証:一時専門評価許可
医療区域:制限
キャプテン・レジデンス:制限
秘匿アーカイブ:制限
兵装システム:制限
モビルフレーム・ハンガー:条件付きアクセス
機関システム:条件付きアクセス
セキュリティシステム:監視のみ
指揮権限:星崎紬/セラフィエル・ヴェロリア
カイラはすべてを読む。
異議はない。
むしろ、彼女は尋ねた。
「なぜモビルフレームへのアクセスだけ、条件付きなのですか?」
セラフィエルが答える。
「そのアクセスには、星崎紬船長または私による直接承認が必要だからです」
「合理的です」
レアが笑う。
「抗議しないの?」
「なぜ抗議する必要があるのですか?」
「警備担当なら、もっと高い権限を求める人が多いでしょう」
カイラはレアを見る。
「必要のない権限を求めれば、評価しているセキュリティそのものを悪化させることになります」
レアは一瞬黙った。
「……その答え、結構いいじゃん」
「ありがとうございます」
レアが瞬きをする。
「褒めたつもりじゃないんだけど」
「それでも褒め言葉として受け取っておきます」
初めて、カイラの口元がわずかに動いた。
セラフィエルはそのやり取りを黙って見ている。
紬はただため息をついた。
「君たち、まだ会って5分も経ってないだろ」
「彼女が始めたんです」
「私は質問しただけ!」
カイラは否定しなかった。
しかし、少し和らいだ空気が再び落ち着くと、彼女の表情も真剣なものへ戻った。
「紬さん。船を評価する前に、1つ確認したいことがあります」
「何だ?」
「オーレリア様はAURELIS SERENAからヴェルドラコンへ戻るまでの間、ASTRAEON VELORIAに乗っていました」
「そうだ」
「その期間中、外部の人間が船へ直接アクセスしたことはありますか?」
紬は少し考えてから答えた。
「セキュリティや軍関係者として、俺が乗船を許可した人間はいない。通信した相手はいる。正式な検査もあった。引き渡しもあった。でも、船内部へのアクセスは制限した」
カイラが頷く。
「通信システムについては?」
今度はセラフィエルが答える。
「外部アクセスはすべて記録されています。管理者権限を外部へ与えた事実はありません」
「例外は?」
「ありません」
カイラはセラフィエルを少し長く見つめる。
「あなたがセラフィエル・ヴェロリア?」
「その通りです」
「ソヴリンAI?」
「シンセティック・パーソン、エグゼクティブ、そしてキャプテン・パートナーです」
カイラは驚いた様子もなく、その答えを受け入れた。
「あなたの資料も確認済みです」
セラフィエルが薄く笑う。
「そこには、私が長すぎる書類を好まないという項目も書かれていることを願います」
カイラが笑いかける。
「その部分は読んでいません」
「残念です。そこが一番重要なのですが」
紬が遮る。
「セラフィエル」
「はい、紬さん?」
「警備担当をからかうな」
「私は仕事上の関係を築いているだけです」
カイラが紬を見る。
「彼女はいつもこうなのですか?」
「だいたいな」
「分かりました」
セラフィエルは満足そうな表情を浮かべた。
やがて、一行は診察室を出る。
ASTRAEON VELORIAへ向かう移動は、公爵家区域の正式な輸送経路を通って行われた。
その経路には一般の民間車両が無秩序に入り込むことはない。
セキュリティシステムが、通過する施設の重要度に応じて、車両の速度、間隔、優先順位を管理している。
やがてドッキングエリアへ到着すると、ASTRAEON VELORIAの巨大さによって、帝都の施設そのものの規模感が再び変わって見えた。
全長8,600メートルの船体が、到着地点から見えるドッキング構造の大部分を遥かに越えて伸びている。
カイラは乗船経路の数歩手前で立ち止まった。
何も言わない。
その目がゆっくりと動く。
船体構造から。
ドッキングポイントへ。
そこからハンガーへ。
さらに、普通の人間の目では見えないいくつかの避難経路へ。
セラフィエルがカイラにも確認できるデータを表示した。
ASTRAEON VELORIA
法的区分:高級プライベート・スターシップ
全長:8,600 m
キャプテン:星崎紬
職業区分:独立系宇宙傭兵
武器申告:登録済み/申告済み
保険:有効
FTL状態:民間航行規定適合
ドッキング状態:許可済み
外部セキュリティ・アクセス:一時許可
カイラはすべてのデータを読む。
「高級プライベート・スターシップ」
紬が頷く。
「公式にはそういう区分だ」
「軍艦ではない」
「違う」
「政府船でもない」
「違う」
「それなのに、この船の防衛システムは観光船に必要な水準を遥かに超えている」
紬はすぐには答えなかった。
その隣にいたセラフィエルが、わずかに笑う。
カイラはその表情を見る。
「秘匿された戦闘能力について説明してほしいと言っているわけではありません」
「それならいい」
「ただ、1つだけ知りたいことがあります」
カイラはアクセスラインへ近づく。
「もし公爵家の人間がこの船に乗っている間に攻撃を受けた場合、あなたはどうしますか?」
紬が足を止めた。
その質問は罠のようには聞こえない。
カイラは本当に答えを知りたいのだ。
紬はしばらく彼女を見る。
「俺の船にいるなら、守る」
カイラはすぐには反応しなかった。
「契約がなくても?」
「俺の乗客になった時点で、そうする」
数メートル後ろに立っていたレアは何も言わなかった。
ランも黙っている。
カリスタは壁に身体を預けている。
ヴェスペラは反対側からカイラを観察していた。
医療施設からの移動中に問題がないことを確認するため同行していたセレネも、静かにその会話を聞いている。
カイラが再び尋ねる。
「攻撃してくる相手が政府の一部だった場合は?」
「俺の乗客を攻撃するなら、相手の身分は俺が船にいる人間を守る義務を変えない」
「引き渡せと命令された場合は?」
「誰の命令だ?」
「例えば、正当な管轄権を持つ当局からの命令です」
紬は声を荒らげることなく答えた。
「正当な要請なら話し合う。だが、乗客を力ずくで連れていこうとするなら話は別だ」
カイラがゆっくり頷く。
「明確な答えです」
紬はポケットに手を入れる。
「俺は、必要以上に物事を複雑にするのが好きじゃない」
「それは、私が傭兵船のキャプテンから聞く答えとしては珍しいですね」
「俺は問題を探して回るタイプの傭兵じゃない」
カイラは再びASTRAEON VELORIAの船体を見る。
「この船については、来る前からかなりの情報を聞いています。その大半は誇張されているように聞こえました」
「今は?」
「まだ判断していません」
紬がわずかに笑いかける。
「それでいい」
カイラが振り向く。
「それでいい?」
「噂を全部そのまま信じる方が危険だからな」
カイラは数秒間、紬を見る。
そして頷いた。
「同感です、紬さん」
セラフィエルが追加パネルを表示する。
セキュリティ評価――初期
ドッキング完全性:正常
外部アクセス:管理下
ハンガー・アクセス:条件付き
内部セキュリティネットワーク:監視のみ
兵器制御:制限
医療施設:制限
緊急経路:確認済み
民間乗客保護:利用可能
外部セキュリティ専門官アクセス:許可済み
カイラが最後の行を読む。
「緊急経路から始めても?」
「いい」
「その後にハンガー?」
「その後だ」
「モビルフレームは?」
レアがすぐに口を挟んだ。
「お、それは面白い質問ね」
カイラがレアを見る。
「あなたはレア・ヴァレン」
「そうよ」
「フォックス・ビーストマン。モビルフレーム・パイロット」
「私たちの資料まで読んだの?」
「はい」
レアが満面の笑みを浮かべる。
「なら、私がモビルフレームをただ眺めるだけで、実際の仕組みを理解しようとしない人が嫌いなのも分かるでしょうね」
カイラは淡々と答えた。
「私も、機能を理解せずに戦闘装備へ触れる人間は好きではありません」
「……気が合うわね」
「そうかもしれません」
紬は、それが挑戦に変わる前に会話を止める。
「今日は評価だけだ。戦闘訓練はしない」
レアが両手を上げる。
「まだ訓練したいなんて言ってないけど」
「顔に書いてある」
「キャプテン、私のこと知りすぎじゃない?」
「残念ながらな」
カイラは再びセキュリティデータへ視線を戻した。
もう笑ってはいない。
新しい通知が表示された。
セラフィエルがそれを拡大する。
公爵家警備当局
対象:オーレリア・ヴェイリエン
保護状態:強化
警備専門官:カイラ・ドレイヴェン
一時任務:有効
移動許可:審査待ち
外部護衛:評価中
カイラは最後の行まで読む。
その直後、別の報告が入った。
彼女自身がその文書を開く。
いくつかのデータが表示される。
公爵家警備体制
以前の護衛構成:標準公爵家警護部隊
現在の構成:再編成済み
経路状態:承認待ち
承認元:有効
警備審査:継続中
カイラはすぐには話さなかった。
紬が表情の変化を見る。
「どうした?」
「まだ問題があるとは判断できません」
「でも?」
カイラがデータを別の場所へ移す。
「公爵家の警備パターンに変更があります」
ランが近づく。
「どんな変更ですか?」
「違反と呼ぶにはまだ不十分です。認証は有効です。受け取ったデータにも偽造の兆候はありません」
「それで?」
「まだ分かりません」
その答えに、紬が少し興味を示した。
「怪しいとは、すぐに言わないんだな」
「私はセキュリティ専門官であって、噂を作る人間ではありません」
レアが笑う。
「私、だんだんカイラが好きになってきた」
カイラはその言葉を無視した。
「以前の警備パターンと現在の構成を比較する必要があります。単なる行政上の変更なら問題ありません。しかし、明確な運用上の必要性がないまま、アクセス権、経路、あるいは護衛構造が変更されているのであれば、理由を確認する必要があります」
紬はパネルを見る。
警報はない。
標的もない。
目に見える敵もいない。
あるのは、いくつかの行政上の変更だけだった。
しかし、これまでの旅で紬は1つのことを学んでいた。
大きな問題は、赤い文字で「危険」と表示されて現れるとは限らない。
時には、ただ1行のリストとして現れる。
「評価にはどのくらいかかる?」
カイラは迷わず答えた。
「初期評価なら今日中に出せます。家族の警備パターンについては、過去の履歴データが必要です」
セラフィエルがすぐに、合法的に共有可能なデータへの経路を開く。
「公爵家警備当局から正式な経路を通じて提供されたデータであれば、共有できます」
カイラがセラフィエルを見る。
「合法的なデータだけ?」
「もちろんです」
「家族の内部ネットワークへ侵入することは?」
セラフィエルが微笑む。
「紬船長は、明確な法的根拠がない限り、私にそれを許可しません」
カイラが紬を見る。
「あなたは自分のAIに制限を設けているのですか?」
「すべての問題を、他人のシステムへ侵入して解決したくないからな」
「その能力があるにもかかわらず?」
「能力と許可は別の話だ」
カイラは黙った。
その答えを、頭の中に残しているようだった。
感心したからではない。
むしろ、境界を基準に行動することに慣れた専門家として、自分の仕事の考え方と一致していたからだ。
やがてカイラが言った。
「分かりました、紬さん。あなたが設定した境界の範囲内で任務を遂行します。ただし、私の警護任務と矛盾しない限りです」
「それで十分だ」
カイラはASTRAEON VELORIAの乗船経路へ向かって歩き出す。
しかし、その先へ進む前に足を止めた。
「もう1つ」
紬が振り向く。
「何だ?」
カイラは、まだオーレリアのステータスを表示しているパネルを指した。
「もしオーレリア様が再びあなたの船に乗る場合、船のセキュリティ手順を直接確認したいと思います。報告書だけではなく」
「いいぞ」
「避難経路、扉のシステム、ハンガー制御、そして侵入への対応まで」
「秘匿された兵器システム以外なら」
「承知しました」
カイラは再び歩き始める。
レアが後ろからついていく。
「カイラさん」
「はい?」
「もし後で私のモビルフレームを見るなら、欠点をあまり言いすぎないでね」
カイラが少しだけ振り向く。
「欠点があるなら、私は言います」
「真面目すぎるわね」
「それが仕事です」
レアが笑う。
「うん。そういう人、私は好き」
数歩先で、セラフィエルがアクセス扉を開く。
システムはカイラを一時的な専門評価権限を持つ専門訪問者として認識した。
そこに人間の警備員はいない。
カードを手作業で確認するオペレーターもいない。
ASTRAEON VELORIAは、すべてを自らの内部システムによって処理している。
カイラはそれを観察する。
またしても。
彼女は驚いているわけではない。
計算している。
距離。
角度。
応答時間。
経路の選択肢。
侵入可能地点。
通過する必要のある扉の数。
そして、彼女は静かに言った。
「公爵家が、私にこの船を直接見ろと言った理由が少し分かってきました」
数歩前にいた紬が振り向く。
「どうして?」
カイラは目の前に広がるASTRAEON VELORIAの長い廊下を見る。
「この船は、単純な大きさや登録上の区分だけでは評価できないからです」
紬は答えない。
カイラが続ける。
「そして私は、この船のセキュリティシステムが、データ上で主張されている能力を本当に実行できるのか確認したい」
セラフィエルが微笑む。
「それなら、カイラさん。かなり忙しくなると思います」
カイラは落ち着いた視線を返す。
「私は仕事をするために来ましたから」
その背後では、セキュリティパネルにまだ説明のついていない変更が1つ表示されていた。
公爵家警備パターン――変更検出
認証:有効
理由:保留
経路への影響:保留
リスク評価:未完了
警報はない。
まだ攻撃もない。
誰かが何かを企てているという証拠もない。
しかし、その瞬間から、その小さな変化を注視する人間が1人増えた。
カイラ・ドレイヴェン。
そして、オーレリアがヴェルドラコン銀河帝国へ戻ってから初めて、公爵家には単に1人の令嬢を守るだけではない人間が現れた。
彼女には、公爵令嬢を守るだけでなく、彼女を守るはずのシステムが本当に正しく機能しているのかを確認する役目もある。
カイラはもう一度、データを見る。
「セラフィエルさん。以前の公爵家警備構成を表示してください」
「承知しました」
「それから最新の構成と比較を。何も変更しないでください。ただ読むだけです」
「了解しました」
紬はそのまま歩き続ける。
「もし何も問題がなかったら?」
カイラは振り返らずに答えた。
「問題はないと報告します」
「じゃあ、もしあったら?」
カイラの足が止まった。
ほんの一瞬だけ。
「その場合は、紬さん。緊急事態の最中に誰かから見つけろと命じられる前に、私が見つけます」
ASTRAEON VELORIAのアクセス扉が、彼らの背後でゆっくりと閉じていく。
その一方で、メインスクリーンでは公爵家の警備データが1行ずつ比較され始めていた。
1つの名簿。
1つの変更。
そして、まだ答えのない1つの疑問。
誰が公爵家の警備パターンを変更したのか?
【第99話へ続く】
第99話予告「護衛名簿」
カイラは、公爵家の以前の護衛名簿と最新の構成を比較し始める。
セラフィエルは正式な経路から提供されたデータだけを提示し、カイラはセキュリティ専門家としての視点から調査を進める。
すると、1つの警備部隊が削除される一方で、別の部隊がオーレリアの保護に必要な水準を超える高いアクセス権限を与えられていることが判明する。
しかし、対立はまだ警備と行政の段階にある。
戦闘へ発展したわけではない。
【第99話「護衛名簿」へ続く】




