第91話「終わった、はずだった」
第91話「終わった、はずだった」
ヴェルドラコン帝国到着区域。
観測窓の大半を夜が覆い始めた頃、アストレオン・ヴェロリアのメインドアがようやく再び閉じられた。
その外では、オーレリア・ヴェイリエンがすでに家族とともに去っている。
これですべて終わったはずだった。
星崎紬は、片手をズボンのポケットに入れたまま、コマンドデッキに立っていた。
メインスクリーンには、先ほど準備された出発ルートが、いまだ同じステータスを表示している。
DEPARTURE CLEARANCE: PENDING
紬はその文字を一度読んだ。
そして二度。
それから、長く息を吐いた。
「……まだなのか?」
右側からセラフィエルの声が聞こえた。
「まだです」
「どうして?」
「理由を確認しています」
「さっき、到着区域から出る許可は出たんじゃないのか?」
「内部移動の許可は下りています。ですが、区域間の出発許可はまだです」
紬は振り向いた。
「違いは?」
「前者は、アストレオン・ヴェロリアがドッキングポジションから待機コリドーへ移動することを許可するものです。後者は、提出されたフライトプランに従って帝国到着区域の管轄を離れることを許可するものです」
「つまり、まだ帰れない」
「技術的には、まだです」
紬は数秒、再び画面を見つめた。
「オーレリアはもう降りたのに」
「はい」
「俺たちが運んできた船も、当局に引き渡した」
「はい」
「新しい契約もない」
「はい」
「戦争もない」
セラフィエルはわずかに微笑んだ。
「現時点では、はい」
紬は彼女を見る。
「最後の一言は余計だ」
「承知しました」
後ろから椅子の動く音がした。
タブレットを持ったレアが現れる。
「まだ始まってもいない戦争の話が終わったなら、もっと重要な質問があるんだけど」
紬が振り向く。
「何?」
「夕食」
「……それは確かに重要だ」
「でしょ?」
レアはそのまま航行コンソールの近くにある空いた椅子へ腰を下ろした。
「到着区域のレストラン一覧を見てみたんだけど、焼肉料理の店、シーフードレストラン、高級合成食の店、それから朝まで営業してるらしい店が一軒ある」
脇の通路から入ってきたランが、すぐに口を挟んだ。
「値段が妥当なのはどこ?」
レアは、まるでその質問によって楽しい空気を壊されたかのように彼女を見る。
「いつも楽しいところを壊すよね」
「壊してるんじゃない。あんたたちが突然、一皿で一週間分の食料を買えるような値段の店で食べたいと言い出して、余計な出費をしないように、この船を維持してるだけ」
その数歩後ろから、技術用端末を手にしたカリスタがやって来る。
「食事するなら、あまり時間をかけないで。今、ドッキングシステムがサーマル・イコライゼーションを実行してる」
レアが眉をひそめた。
「ドッキングシステムはもう安定してるんじゃないの?」
「安定していることと、すぐに切り離せることは別」
カリスタは技術用端末の画面を持ち上げた。
「アストレオン・ヴェロリアは普通の旅客船として扱える大きさじゃない。完全な離脱許可が下りる前に、ドッキング構造が全保持ポイントの荷重分布を安全な状態へ戻さなきゃいけない」
レアはため息をついた。
「つまり夕食すら、船が自分の重量を計算し終わるまで待たなきゃいけないってこと?」
「だいたいそういうこと」
「帝都って嫌い」
それまで航行パネルの近くに立っていたヴェスペラが、小さく笑った。
「まだここに来て数時間しか経ってないけど」
「結論を出すには十分」
「早すぎない?」
「お腹が空いてる」
紬は会話には加わらなかった。
ただ、再び画面へ視線を戻した。
出発ステータスは変わらない。
Pending.
何かが噛み合っていない。
彼らが拘束されているからではない。
少なくとも、本当に拘束されていることを示す兆候はまだない。
警備命令もない。
区域からの退去禁止もない。
違反通知もない。
ただ、追加確認が終わるまで待機区域に留まってほしいという、ひとつの行政上の要求だけ。
そして、だからこそ紬は苛立ち始めていた。
怖いわけではない。
過剰に疑っているわけでもない。
ただ、帰りたいだけだ。
彼らはオーレリアを故郷へ送り届けるためにヴェルドラコンへ来た。
オーレリアはもう帰った。
その仕事は終わった。
それだけの話だ。
少なくとも、紬にとっては。
「セラフィエル」
「はい」
「もう一度確認して」
「すでに確認しています」
「もう一度だ」
セラフィエルは反論しなかった。
「承知しました」
彼女の指が端末の上を動く。
先ほどまで複数のパネルに分散していた行政データが、一つの画面へとまとめられていく。
Flight clearance.
Docking authorization.
Passenger manifest.
Crew registration.
Mercenary license.
Insurance status.
Weapons declaration.
Cargo declaration.
すべてが緑色だった。
違反を示すものは、一つもない。
紬は画面下部を指差した。
「赤いのは何?」
「違反ではありません」
「じゃあ?」
「Administrative holdです」
レアがすぐに振り向いた。
「行政保留?」
セラフィエルが頷く。
「追加確認が完了するまで、待機区域に留まるよう求めるものです」
ランが近づく。
「誰が申請したの?」
「ヴェルドラコン帝国到着管理局です」
「理由は?」
セラフィエルが詳細を開く。
「キャプテン・星崎紬が、オーレリア・ヴェイリエンの帰還前に彼女と最後に同行していた非家族関係者として記録されています」
カリスタが端末を操作する手を止めた。
ヴェスペラが顔を上げる。
レアが眉をひそめた。
「つまり、紬がオーレリアと一緒に旅をしていたから、私たちに質問したいってこと?」
「だいたいそういうことです」
紬は椅子に寄りかかった。
「待たせなくても聞けるだろ」
「その通りです」
「俺たちが法律に違反してないことも分かってる」
「その通りです」
「オーレリアがもう家族の保護下に入ってることも分かってる」
「その通りです」
紬は黙った。
「それでも待てってことか」
「その通りです」
紬はセラフィエルを見る。
「わざと一言だけで答えてる?」
「キャプテンの質問に合わせています」
レアが笑った。
「いいね。今回はセラフィエルの味方をするよ」
「味方するな」
「なんで?」
「そのうち、もっと上手く答えるようになる」
セラフィエルが微笑む。
「褒め言葉として受け取っておきます」
ランがため息をついた。
「本当にただの確認なら、そんなに長くはかからないはず」
カリスタが端末で時刻を確認する。
「問題は、どれだけかかるか分からないこと」
「それが追加費用になる」
ランがすぐに自分の画面を見せた。
「その通り」
紬は彼女を見る。
「もう計算したのか?」
「当然」
「いくら?」
「まだ確定してない」
「じゃあ、なんで金を失った人みたいな顔をしてるんだ?」
ランは真剣な表情で紬を見る。
「これだけ大きな船は、本当の意味で停止しているだけでも費用がかかるから」
彼女は画面を紬へ向ける。
「ドッキング延長。電力予約。ステーションサービス。交通監視。追加警備監視。クルーの消費。廃棄物処理。メンテナンス・スケジュール。保険上のリスク。長時間拘束されれば、全部が運用コストとして計上される」
レアが画面の数字を見る。
「廃棄物処理まで計算してるの?」
「そう」
「本当に休暇を楽しめないんだね」
「休暇が損失報告書に変わらないようにすることを、私は休暇の楽しみ方だと思ってる」
カリスタが小さく笑った。
「だから、この部分はランに任せておくのが好き」
ヴェスペラが端末のマップを動かした。
「私は出口のほうが気になる」
紬が振り向く。
「何か問題がある?」
「大きな問題はない」
ヴェスペラは軌道マップを拡大する。
「ただ、ヴェルドラコン中枢域の夜間交通量は、私たちが普段使っている民間航路よりずっと多い」
観測窓の向こうでは、船の光が途切れることのない長い線のように動いていた。
工業軌道からコンテナを運ぶ貨物船。
長い船体と多層の客室窓を持つ民間定期船。
小規模なサービス企業の船が、より混雑した航路の間を移動している。
外交船には専用のコリドーがある。
貴族が所有する軌道艇の中には、一般の待機列に加わる必要すらないものもあるが、それでもスペース・トラフィック・コントロールによって定められた速度制限とトランスポンダー規則には従わなければならない。
ドッキング構造のはるか上では、交通管制ドローンが規則正しい編隊で移動していた。
衝突はない。
無秩序に航路を横切る船もない。
パイロットがただボタンを押して、好きな場所へ行けるわけでもない。
ヴェルドラコンには非常に広大な支配領域がある。
それでも、一つの到着区域の中ですら、すべてが規則に従って動いている。
「今すぐ出発許可が下りたとしても、出発スロットを待つ必要がある」
紬は頷いた。
「どれくらい?」
「交通の優先順位次第」
「外交船は?」
「もっと高い」
「軍用船は?」
「移動の種類による」
「民間船は?」
「通常優先」
紬はため息をついた。
「辺境のほうが好きだ」
レアがすぐに手を上げる。
「私も賛成」
ランは二人を見る。
「まだ帝都の商業区画すら見てないでしょう」
「見る必要ない」
「どうして?」
「人が多すぎる」
「私たちは毎日、何千もの異なる活動を受け入れられる船に住んでるんだけど」
「それは別」
カリスタが眉を上げる。
「どう違うの?」
レアは迷いなく答えた。
「ここでは並ばなきゃいけない」
紬は笑いを堪えた。
それは確かに、レアにとっては十分に納得できる問題だった。
彼らが話していると、メインターミナルから通知音が響いた。
INCOMING ADMINISTRATIVE COMMUNICATION
セラフィエルが通信チャンネルを開く。
「帝国到着管理局から通信を受信しました」
紬がすぐに姿勢を正す。
「来た?」
「いいえ。キャプテン本人への直接確認を求めています」
レアが紬を見る。
「ほら」
「何?」
「今度はあんたが並ぶ番」
紬は彼女を見る。
「俺はキャプテンだ」
「それでも並ぶ」
ランが真剣な顔で付け加える。
「行政上は、彼女の言っていることが正しい」
「俺に得がないことになると、二人とも妙に息が合うな」
コマンドデッキのドアが開いた。
暗色の正式な制服を着た男が、女性の職員を一人伴って入ってくる。
目立つ武器は携帯していない。
男の胸に付けられたバッジには、帝国到着管理局の権限を示す紋章が刻まれていた。
男はキャプテン席から礼儀正しい距離を取ったところで足を止める。
「キャプテン・星崎紬ですか?」
「そうです」
「ヴェルドラコン帝国到着管理局、上級連絡官のダリエン・フォルカーです」
彼はデジタル身分証を提示した。
セラフィエルが確認する。
「有効です」
ダリエンは頷いた。
「ありがとうございます」
後ろにいた女性も短く頭を下げた。
「記録担当官のエリアン・ヴォスです」
紬は前の席を指した。
「座って」
ダリエンはすぐには座らなかった。
彼はコマンドデッキを見回す。
そこに驚嘆している様子はない。
むしろ、細部を記録している人間のようだった。
その視線は航行コンソール、通信パネルへと移り、再び紬へ戻る。
「いくつか確認させていただきます」
「何について?」
「オーレリア・ヴェイリエンについてです」
紬は小さく息を吐いた。
「分かった」
ダリエンはようやく腰を下ろした。
エリアンが記録用端末を開く。
「開始する前に、この報告書がヴェイリエン嬢の帰還に関する行政上および安全上の確認に使用されることを確認させてください」
「分かった」
「あなたが提供する情報は、直接見たこと、あるいは直接知っていることと一致していなければならないことを理解していますか?」
「知らないことまで付け加えるつもりはない」
エリアンはしばらく紬を見た後、頷いた。
「分かりました」
ダリエンが最初の書類を開く。
「では、最初から始めましょう」
紬は椅子に寄りかかった。
「どうぞ」
「オーレリア・ヴェイリエンを発見したのは、どこですか?」
「旅客船、AURELIS SERENAです」
「具体的な場所は?」
セラフィエルが航行データを表示する。
紬は保存されている記録に基づいて答えた。
「アウター・シビリアン・ドリフト・セクター。ペラジック・メリディアン航路の周辺です」
ダリエンは記録した。
「発見時の船の状態は?」
「通常の稼働状態ではありませんでした。リアクターは緊急モード。推進機関は機能していません。通信はオフライン。生命維持システムは最低限のレベルで稼働していました」
「船から救難信号は出ていましたか?」
「発見した時点で、確認できるアクティブな信号はありませんでした」
エリアンが顔を上げる。
「つまり、独自に探知したのですね?」
「そうです」
「なぜ接近したのですか?」
紬は簡潔に答えた。
「生命反応があったからです」
ダリエンが頷く。
「いくつですか?」
「生存していると確認できたのは一人です」
エリアンが何かを書き込む。
「その後、他の犠牲者も発見した?」
「生存者ではありません」
部屋が少し静かになった。
紬の声の調子は変わらない。
「船内にいくつか遺体がありました。状態が悪すぎて、その場での直接的な身元確認はできませんでした」
ダリエンは感情的な質問を重ねなかった。
ただ、次の項目を開く。
「遺体に触れたり、移動させたりしましたか?」
「私たちのチームが、他に生存者がいないことを確認するために調査しました」
「それ以外は?」
「何も持ち出していません」
「私物は?」
「ありません」
「船のデータは?」
紬がセラフィエルを見る。
セラフィエルが答えた。
「安全確保と船舶識別に必要なデータのみ、限定的に読み取りました。意図的に削除、あるいは改変したデータはありません」
エリアンが顔を上げる。
「あなたは?」
セラフィエルは微笑んだ。
「セラフィエル・ヴェロリアです」
ダリエンはすでに書類へ接続されているデータを見る。
「ソヴリンAI?」
「その通りです」
「アストレオン・ヴェロリアのエグゼクティブ?」
「その通りです」
ダリエンが一瞬止まる。
「そして、物理的な身体を持つシンセティック・パーソン?」
レアは笑いを堪えた。
セラフィエルは気軽に答える。
「それもその通りです」
エリアンは、先ほどより少し長くセラフィエルを見つめた。
そして再び仕事へ戻る。
「分かりました」
紬は何も言わず、それを見ていた。
ダリエンが次の項目を開く。
「スリーピングポッド」
「そう」
「オーレリアはそこから発見された?」
「そうです」
「状態を説明してください」
紬は少し考えた。
「自動開放システムが機能していませんでした。いくつかのケーブルが破損していた。保存システムの安定性も低下していた。間違った方法で開ければ、状態が悪化する可能性がありました」
「誰がポッドを開けた?」
「私たちです」
「誰が判断した?」
「俺です」
ダリエンが紬を見る。
「医師ですか?」
「違います」
「では、なぜあなたが判断を?」
「彼女が発見された船のキャプテンだからです。それに、救助を安全に行えるかどうかを判断する必要があった」
ダリエンはすぐには答えなかった。
紬が続ける。
「システムの分析はセラフィエルが担当した。カリスタが技術面を補助した。レアが避難を手伝った。その後、オーレリアは俺たちの医療研究機関へ移した」
エリアンの入力速度が上がる。
「彼女が意識を取り戻すまで、どれくらいかかりましたか?」
「回復処置が終わってからです」
「最初に移送された時点では意識がありましたか?」
「ありません」
「尋問は?」
紬が彼女を見る。
「ない」
ダリエンが頷く。
「分かりました」
次の質問は、長い間を置かずに続いた。
「彼女がオーレリア・ヴェイリエンだと知ったのは、いつですか?」
紬は答えた。
「意識を取り戻して、身元確認を行った後です」
「つまり、救助した時点では身元を知らなかった?」
「知らなかった」
「AURELIS SERENAをヴェルドラコン領域へ運ぶ前に、彼女が公爵令嬢だと知っていましたか?」
「いいえ」
「観光区域へ向かう旅を始めた時点で、彼女の家族の身分を知っていましたか?」
「はい」
ダリエンが頷く。
「どうやって知ったのです?」
「本人から聞いた」
エリアンの筆が止まった。
「本人の意思で?」
「はい」
「身元を明かすよう強制したことは?」
「ない」
次の質問は、より慎重なものだった。
「その7か月間の旅で、オーレリアの身元を知っていたのは誰ですか?」
紬はすぐには答えなかった。
クルーへ視線を向ける。
レアは椅子に寄りかかっている。
ランは端末を持ったまま。
カリスタは技術パネルの近くに立っている。
ヴェスペラは航行パネルの側にいる。
セラフィエルは動かない。
紬は再びダリエンを見る。
「船にいて、直接その身元を知っていた者たちだ」
「名前を挙げられますか?」
紬は一人ずつ、その名前を挙げた。
それ以上は言わない。
推測もない。
解釈もない。
告発もない。
続いてダリエンが尋ねる。
「旅の途中で、外部の人間に彼女の身元を伝えたことは?」
「AURELIS SERENAの発見を報告した際の警備当局」
「それ以外は?」
「ない」
「メディアは?」
紬は一瞬黙った。
「ペラジア・ノーヴェでオーレリアを見た人物がいた後、ニュースが出た」
エリアンがすぐに記録する。
「あなた、またはクルーがメディアに情報を提供したことは?」
「ない」
「オーレリア本人は?」
「俺たちが知る限りでは、ない」
ダリエンが頷く。
「分かりました」
彼は一つの書類を閉じた。
入室してから初めて、次の質問をすぐには開かなかった。
「キャプテン・星崎」
「はい?」
「オーレリアを発見した後の旅についても説明が必要です」
紬が眉を上げる。
「なぜ?」
「その旅は十分に長く、現在では公爵家の事情に関わる人物となった者が同行していたためです」
「もう彼女は家に送り届けた」
「承知しています」
「それで?」
ダリエンは息を吸った。
「帰還後のオーレリアの安全や状態に影響を及ぼすような出来事が、旅の間に何もなかったことを確認する必要があります」
紬は数秒、彼を見る。
「彼女は問題ない」
ダリエンは気を悪くした様子を見せなかった。
「初期の医療報告でも、そのようになっていることは承知しています。しかし、それでも旅程を記録する必要があります」
「分かった」
質問が再び続いていく。
ペラジア・ノーヴェ。
メリディアン・ヴェイル。
ギャラクティック・レジャー・コリドーでの移動。
観光活動。
警備当局との接触。
遠方から追従していた船。
すべての詳細に同じ重みが与えられたわけではない。
紬は、聞かれたことにだけ答えた。
旅の途中、オーレリアに対する直接的な脅威があったかと問われた時も、答えは短かった。
「直接的な襲撃はなかった」
「間接的な脅威は?」
紬はセラフィエルを見る。
「AURELIS SERENAとオーレリアに対する捜索活動があった」
ダリエンがすぐに顔を上げる。
「誰によるものですか?」
「まだ分かっていない」
「身元は特定できなかった?」
「できなかった」
「調査したのですか?」
紬はセラフィエルより先に答えた。
「監視した」
ダリエンが彼を見る。
「調査ではなく?」
「法的根拠なしに、他者のネットワークへ侵入する理由はない」
セラフィエルが薄く微笑む。
「必要であれば正式に利用できるよう、受動的な記録を保存しています」
ダリエンはその内容を記録した。
「適切な判断です」
レアが眉を上げる。
紬が彼女を見る。
レアはすぐに眉を戻した。
紬が何を考えているのか、彼女には正確に分かっていた。
始めるな。
ダリエンが再び書類を開く。
「最後に、一つだけ確認したいことがあります」
紬が頷く。
「どうぞ」
「旅の間、オーレリアが家族から離れた場所へ連れて行ってほしいと、あなたに頼んだことはありますか?」
紬は黙った。
その質問は違った。
船についてでもない。
医療回復についてでもない。
行政についてでもない。
彼は彼女との会話を思い出した。
オーレリアは確かに、銀河を見てみたいと言っていた。
自分の人生すべてを他人に決められたくないとも言っていた。
そして、帰りたいとも言っていた。
最終的に、彼女は本当に帰った。
紬は答えた。
「ない」
ダリエンは待った。
「彼女は銀河を見たかった」
紬は続けた。
「その後、自分で帰ることを選んだ」
エリアンの入力が止まる。
「あなたは、帰らないよう彼女を説得しようとしましたか?」
「していない」
「なぜ?」
紬は彼女を見る。
「彼女自身の決断だからだ」
それ以上、付け加える必要はなかった。
ダリエンはゆっくりと頷いた。
「分かりました」
彼は端末を閉じた。
「ひとまず、これで十分です」
紬はすぐに椅子から少し身を起こした。
「じゃあ、出ていい?」
ダリエンはほとんど笑いそうになった。
「まだです」
紬は再び座った。
「やっぱりな」
レアは笑いそうになるのを口元で堪えた。
ランはそのまま費用画面を確認している。
カリスタは技術用端末へ戻った。
ヴェスペラは軌道航路を確認している。
誰も本気で驚いてはいなかった。
ダリエンが立ち上がる。
「この報告を帝国到着管理局へ提出します」
紬は頷いた。
「分かった」
ダリエンは二歩進んだところで足を止めた。
そして振り返る。
その表情は、入ってきた時のような書類確認を行う職員のものではなかった。
声にも、わずかな変化があった。
「キャプテン・星崎」
「はい?」
「公爵家が、あなたに帝都へ来るよう求めています」
コマンドデッキが一気に静かになった。
レアはタブレットを操作する手を止めた。
ランが画面から視線を落とす。
カリスタが手を止める。
ヴェスペラが航行パネルから振り向く。
紬自身は、ただダリエンを見つめた。
「どうして?」
ダリエンはすぐには答えなかった。
「あなたに説明しなければならないことがあるからです」
紬は数秒、彼を見つめた。
窓の外では、ヴェルドラコンの軌道交通が動き続けている。
船が来る。
船が去る。
航行灯が、定められた航路に沿って移動していく。
すべてはいつも通りに進んでいた。
ただ一隻、アストレオン・ヴェロリアだけが、その場に留まっている。
紬は椅子に寄りかかった。
「……俺はただ、帰りたいだけなんだけどな」
その隣にセラフィエルが立つ。
「承知しています」
紬は、いまだ変わらない出発許可の画面を見る。
PENDING
そして、先ほどの役人が去っていったドアへ視線を戻した。
終わったと思っていた仕事は、まだ本当には終わっていなかった。
そして、ヴェルドラコン領域へ入ってから初めて、紬は一つの単純な疑問を抱き始めた。
オーレリアの家族が、自分に何かを説明したいというのなら――
いったい、何を説明するつもりなのだろうか。
【次回 第92話――「予定外の旅」】
「予定外の旅」
星崎紬は、公爵家からの要請をすぐには受け入れない。まず、それが法的義務なのか、契約の一部なのか、外交的な要請なのか、それとも単なる招待なのかを確認する。
その検討の最中、セラフィエルはオーレリアの護衛名簿が変更された時刻に関する、ある重要なデータを示す。
その後、アストレオン・ヴェロリアは帝都区域へ向かうための通過許可を取得し、紬は初めて、ヴェルドラコン銀河帝国中枢部に広がる交通量とインフラの規模を目にすることになる。
【第92話「予定外の旅」へ続く……】




