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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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第88話「帝国へ向かうASTRAEON」

第88話「帝国へ向かうASTRAEON」


ギャラクティック・レジャー・コリドー。


帰還するという決定は、すでに下されていた。


それは帝国政府からの圧力によって生まれた決定ではない。


ましてや、公爵家から届いた、独自に迎えを出したいという要請によって決められたものでもなかった。


オーレリアは、はっきりと自分の意思を示していた。


帰りたい。


そして今回は、自分自身の意思で決めた帰還にしたい。


ASTRAEON VELORIAのグランド・サロンでは、ゆっくりと空気が動き始めていた。


先ほどまで二通の迎えの手紙を表示していた画面が、航法マップへと切り替わる。


ギャラクティック・レジャー・コリドーが、彼らの目の前で光の川のように広がっていた。


ヴェルドラコン銀河帝国へ向かう民間航路が選択される。


新しい契約を受ける予定はない。


寄り道をする予定もない。


観光惑星にこれ以上長く滞在する理由もなかった。


彼らの休暇は、本来よりも早く終わることになった。


しかし、誰一人として不満を口にする者はいなかった。


観光という言葉を聞けば普段なら最も目を輝かせるレアでさえ、飲み物のカップを手に取りながら、小さく息を吐いただけだった。


「本当に帰るんだね」


隣に座っていたランが頷く。


「少なくとも、帰り道も旅の一部だと思えばいい」


「まだそんなふうに考えられるの?」


「そう考えなかったら、僕が落ち込むからね」


ランは肩をすくめた。


「それに、もう十分すぎるくらい観光惑星には滞在しただろ」


ヴェスペラは頬杖をついた。


「私はまだ、見たい場所を全部見終わってない」


カリスタが小さく笑う。


「いつもそう言ってるじゃない」


「だって、銀河は広すぎるから」


「それは十分納得できる理由ね」


窓の近くに座っていたオーレリアは、二人の会話を聞きながら小さく微笑んでいた。


テーブルの上では、ちょうど夕食が終わったところだった。


いくつかの合成食品の皿は、すでに自動ギャレーへ戻されている。


一方、オーレリアが注文した有機食品の皿には、まだ端のほうに少しだけソースが残っていた。


料理がおいしくなかったわけではない。


むしろ、その逆だった。


オーレリアはまだ、日常的に食べられる有機食品が、量産可能な合成食品よりもはるかに高価だという現実に慣れていなかった。


ASTRAEON VELORIAでは、その違いはごく当たり前のものだった。


セラフィエルも、もはや説明する必要すらない。


合成食品は、ほとんどいつでも用意できる。


しかし有機食品には、原材料、製造空間、生物学的な管理、保存、そしてはるかに複雑な流通が必要になる。


だが今夜、その価格について話す者はいなかった。


彼らの話題は、すでに旅へと移っていた。


紬は航法マップの前に立っていた。


「セラフィエル」


「はい、船長」


「今回の航行モードは、警戒態勢だけでいい」


セラフィエルが視線を上げる。


「通常の航行モードを完全には使用しない、ということでしょうか?」


「民間航行は維持する」


紬はヴェルドラコンへ向かう航路を指した。


「戦争をしているわけじゃない。だが、油断はしたくない」


セラフィエルは、その意図を理解した。


「ASTRAEON VELORIAの民間航行状態を変更することなく、防御態勢を維持します」


「それでいい」


紬は数秒ほど黙った。


まるで何かを思い出したようだった。


「セラフィエル」


「はい?」


「もし何かあって、本当に武装を展開する必要が出た場合、俺が応答を出したら、システムはすぐに準備状態へ移行するんだな?」


セラフィエルが紬を見る。


「船長がおっしゃっているのは、展開対応のことでしょうか?」


「そうだ」


紬は両手をポケットに入れた。


「最初に海賊を襲撃したときみたいなのはなしだ」


レアがすぐに振り向いた。


「最初に海賊を襲撃したとき?」


紬が頷く。


「あのときは、船体から武装が段階的に出てきただろ」


カリスタも思い出した。


「そうだったわね」


紬は再びセラフィエルを見る。


「もし突然攻撃されたら、船体の一つ一つの部分を開くために時間を使ってほしくない。命令を受けたら、すぐに準備完了してくれ」


セラフィエルは薄く微笑んだ。


「可能です」


「すぐに?」


「すぐに」


「遅い処理は?」


「ありません」


セラフィエルが片手を上げる。


彼らの前にある航法画面が変化した。


武装の表示ではない。


ただ、システムの準備状態を示す簡単な図だった。


「ASTRAEON VELORIAには、複数の構成モードがあります」


セラフィエルは、ホログラムで表示された船体を指した。


「VELORIA LUXURY MODEでは、すべての兵装システムが隠されています。露出した砲塔はありません。外から見えるミサイル発射装置もありません。この船を軍艦に見せるような外部構造も存在しません」


ヴェスペラが頷く。


「それなら納得できる」


そして、彼女は途中で止まった。


「待って」


ヴェスペラはその図を見つめる。


「兵装?」


カリスタがゆっくりと顔を上げた。


ランもグラスに触れていた手を止める。


オーレリアが瞬きをした。


レアは、とうとう椅子から立ち上がった。


「ちょっと待って」


レアが画面を指差す。


「兵装?」


セラフィエルが振り向く。


「はい」


「ASTRAEON VELORIAには武器があるの?」


「その通りです」


「モビルフレームだけじゃない?」


「モビルフレームだけではありません」


レアはカリスタを見る。


カリスタはランを見る。


ランはヴェスペラを見る。


そしてヴェスペラは、オーレリアへ視線を向けた。


オーレリア自身が、その中で最も困惑した表情をしていた。


「ちょっと待ってください」


オーレリアは窓のほうを指した。


「私は、この船を外から何度も見ています」


セラフィエルは微笑んだ。


「存じています」


「砲塔なんてありません」


「その通りです」


「ミサイル発射装置もありません」


「その通りです」


「軍艦のような構造もありません」


「その通りです」


オーレリアはセラフィエルを見つめた。


「では、武器はどこにあるんですか?」


セラフィエルは落ち着いた声で答えた。


「隠されています」


沈黙。


レアは紬を見る。


「知ってたの?」


「当然だ」


「いつから?」


「最初から」


レアはしばらく目を閉じた。


「聞かなきゃよかった」


ランが笑いを堪える。


「僕たちは今まで、自分たちが思っていたよりずっと危険なものの中で暮らしてた気がしてきた」


カリスタは笑わなかった。


彼女はむしろ、ASTRAEON VELORIAの図面を見つめていた。


まるで、自分がずっと家だと思っていたものの中に、自分が一度も気づかなかった技術層が存在していたことを知ったエンジニアのような目だった。


「セラフィエル」


「はい?」


「ASTRAEON VELORIAの兵装って、実際どれくらいあるの?」


セラフィエルはすぐには答えなかった。


表示を切り替える。


船体の図そのものは変わらない。


長大な一覧表が出てくることもない。


部屋を埋め尽くすような技術仕様もない。


ただ、一つの名称だけが表示された。


ASTRAEON COMBAT


レアは耳をぴくりと動かした。


「それ……」


セラフィエルがシミュレーションを起動する。


これまで優雅に見えていたASTRAEON VELORIAの外殻が、ホログラムの中で変化し始めた。


隠されていたパネルが開く。


装甲層が移動する。


これまで単なる船体表面に見えていた部分のいくつかが、実際には可動する内部構造だったことが明らかになる。


格納庫が発進経路を開く。


内部空間からドローンが姿を現す。


モビルフレームが発進レールへ移動する。


防御システムが起動する。


そして、これまで外部からは一切見えなかったさまざまな構成要素が、それぞれの位置へ移動していく。


爆発はない。


音もない。


それでも、その変化を見ただけで、その場にいた5人の少女たちは一つの事実を理解した。


ASTRAEON VELORIAは、武器を搭載している船ではない。


それは、戦闘システムそのものが、戦闘システムには見えないよう意図的に作られた船だった。


オーレリアは、瞬きすらせずにそのシミュレーションを見つめていた。


「今まで……」


彼女は紬へ顔を向ける。


「私はASTRAEON VELORIAを、ただのとても大きな個人所有船だと思っていました」


紬は淡々と答える。


「実際、個人所有船だ」


「武装まであるんですか?」


「ある」


「こんなに?」


「そうだ」


オーレリアは黙り込んだ。


レアが手を上げる。


「一つ確認したいんだけど」


セラフィエルが彼女を見る。


「どうぞ」


「その戦闘システムが全部隠されているなら、船長が命令したとき、どうやって動かすの?」


セラフィエルは図の一部分を拡大した。


「手動による展開処理を待つ必要はありません」


「つまり?」


「有効な命令を受信した瞬間、システムは戦闘構成へ移行します」


カリスタが目を細める。


「どれくらい速いの?」


セラフィエルは、先ほどと同じ落ち着いた口調で答えた。


「戦闘状況において、『準備中』と『準備完了』の差を意味のないものにできる程度には速いです」


レアが眉を寄せる。


「それ、時間の単位じゃないよ」


「この状況では、時間の単位が最も重要な要素ではないためです」


紬がセラフィエルを見る。


「どういう意味だ?」


「敵が設定された脅威境界を越えた場合、システムはすべての準備が段階的に完了するまで待つことはありません」


セラフィエルはシミュレーションを停止した。


「必要な構成を、同時に起動できます」


カリスタが息を吸う。


「つまり、海賊と戦ったときとは違うってことね」


「大きく異なります」


紬が頷いた。


「それならいい」


しかしレアは、まだ納得していなかった。


「まだ答えてないことが一つある」


セラフィエルが彼女を見る。


「何でしょう?」


「この船は、どれくらい強いの?」


セラフィエルが微笑む。


今度の笑みは、からかうようなものではなかった。


システムを説明する管理者の表情でもない。


あまりにも静かな笑みだった。


「完全戦闘能力についてのお尋ねでしょうか?」


「そう」


「ASTRAEON VELORIAには、一つの帝国を数秒以内に制圧し、さらには消滅させる能力があります」


オーレリアの身体が固まった。


ランは一瞬、息をすることすら忘れた。


カリスタがセラフィエルを見つめる。


ヴェスペラはゆっくりと顎から手を下ろした。


レアは、ただ一言だけ口にした。


「……何?」


セラフィエルは、まったく同じ調子で繰り返した。


「完全戦闘構成において、ASTRAEON VELORIAは、船長が適切な命令を下した場合、ある帝国の軍事組織および政府機構を一切の妥協なく破壊する能力を有しています」


オーレリアが立ち上がる。


「待ってください」


紬が彼女を見る。


オーレリアは自分自身を指差した。


「私は今、あなたに私を故郷まで送り届けてほしいとお願いしたばかりですよね」


「そうだ」


「そして今、私を故郷まで送り届ける船が、一つの帝国を消滅させられると知ったんですか?」


紬は少し考えた。


「だいたいそういうことだ」


「だいたい?」


ランは片手で顔を覆った。


「笑えばいいのか、心配すればいいのかわからない」


ヴェスペラが彼を見る。


「私は両方にする」


カリスタは、むしろ頭の中で何かを計算しているようだった。


「つまり、モビルフレームはその一部にすぎない」


セラフィエルが頷く。


「その通りです」


「そして、船そのものの武装のほうがはるかに大きい?」


「その通りです」


「それが全部隠されている?」


「その通りです」


カリスタは額を押さえた。


「エンジニアとして、ちょっと傷つくわ」


紬が振り向く。


「なぜ?」


「この船に住んでるのに、今になってようやく能力の一部を知ったからよ」


セラフィエルが小さく笑った。


「私は一度も、ASTRAEON VELORIAがモビルフレームしか搭載していないとは申し上げていません」


レアは紬を見る。


「あなたも言ってないよね」


「誰も聞かなかったからな」


「それ、あまりにも紬らしい理由なんだけど」


紬は否定しなかった。


オーレリアはまだホログラムを見つめていた。


「どうして個人所有船に、こんな能力が必要なんですか?」


その質問によって、空気が少し変わった。


紬はすぐには答えなかった。


彼は窓の外を見る。


遠くで星々がゆっくりと流れている。


ギャラクティック・レジャー・コリドーは、相変わらず静かだった。


民間船は、今も決められた航路を進んでいる。


別の旅客船では、子供たちが眠っているかもしれない。


軌道上のレストランでは、まだ客を迎えているかもしれない。


戦争はない。


警報もない。


誰かが武器を取り出す理由など、どこにもない。


「この船の中にいる人たちを守るためにも、船は戦える必要があるからだ」


紬はようやく答えた。


オーレリアが彼を見る。


「敵のほうがはるかに大きくても?」


「敵がはるかに大きいときこそな」


レアは何も言わなかった。


その答えを、彼女は理解していた。


紬は戦争を好む人間ではない。


だからこそ、誰かに戦争へ引きずり込まれたとき、それを終わらせるための力を必要としている。


セラフィエルが、さらに真剣な声で続けた。


「この場にいる全員に、もう一つ知っておいていただきたいシステムがあります」


レアがすぐにセラフィエルを見る。


「まさか、もっととんでもないものがあるんじゃないでしょうね」


セラフィエルは笑わなかった。


「あります」


ランが手を下ろす。


「聞かなきゃよかったと、だんだん後悔してきた」


セラフィエルが新しい画面を開く。


武器の画像はない。


ミサイルの図もない。


シミュレーションもない。


ただ、一つの名前だけが表示された。


DEAD HAND


オーレリアが、その文字を読む。


「これは……何ですか?」


紬はセラフィエルを見る。


彼はすでにそのシステムの存在を知っていた。


それでも、セラフィエルに説明させることにした。


「DEAD HANDは、船長を保護するための構成です」


レアが眉を寄せる。


「どういう保護?」


「船長が敵の攻撃によって重傷を負った場合、システムはASTRAEON VELORIAの防御状態を自動的に引き上げることができます」


カリスタが尋ねる。


「じゃあ、船長が死んだら?」


セラフィエルはしばらく沈黙した。


そして、声の調子を一切変えずに答えた。


「星崎紬が敵の行動によって死亡した場合、DEAD HANDが起動します」


オーレリアが唾を飲み込む。


「そのシステムは、何をするんですか?」


セラフィエルは一人ずつを見た。


「責任を負う者を探します」


ランが眉をひそめる。


「責任を負う者?」


「個人、組織、艦隊、治安機関、政府、あるいは帝国。直接的に、または指揮系統を通じて船長の死亡を引き起こした者です」


レアがさらに背筋を伸ばした。


「そして、見つけたら?」


セラフィエルは答えた。


「標的として扱います」


沈黙。


今度は冗談を言う者はいなかった。


誰も空気を和らげようとはしなかった。


オーレリアは紬を見る。


「紬」


「ん?」


「そのシステムは……本当に攻撃するんですか?」


紬が頷く。


「俺が敵によって死んだなら、そうなる」


オーレリアは信じられないような顔をした。


「許可を求めずに?」


セラフィエルが答える。


「DEAD HANDは、船長がすでに命令を下せない状態になった際に作動するよう設計されています」


レアがすぐに割り込む。


「待って」


彼女は鋭い視線をセラフィエルへ向けた。


「つまり、誰かが紬を殺したら、この船は誰の指示も待たないの?」


「その通りです」


「犯人が組織だったら?」


「その組織が標的になります」


「帝国だったら?」


セラフィエルはレアを見る。


「その帝国も標的になる可能性があります」


オーレリアの顔がさらに青ざめる。


「つまり……」


セラフィエルが、その言葉を続ける。


「誰かがASTRAEON VELORIAの船長を殺した場合、DEAD HANDは、責任を負う者と、その組織構造が、この船にいる誰かを脅かす能力を二度と持てない状態にすることを保証できます」


ヴェスペラが画面を見る。


「それ、かなり最終的な処罰に聞こえるけど」


「その通りです」


カリスタは紬を見る。


「あなた、本当にこんなシステムに同意したの?」


紬は息を吐いた。


「使いたくはない」


「でも、同意した」


「そうだ」


紬は迷いなく答えた。


「そのシステムは、無関係な人間を罰するために作られたものじゃないからな」


セラフィエルが付け加える。


「DEAD HANDには責任を特定するための処理があります」


「もし間違ったら?」


オーレリアが尋ねる。


「実際には責任のない者を、犯人との地理的、政治的、あるいは経済的な関係だけを理由として標的にしてはなりません」


オーレリアは、少しだけ落ち着いた表情になった。


しかし、レアはまだ終わっていなかった。


「もし、誰か一人が紬を殺したら?」


セラフィエルが答える。


「その個人の行動が船長の死亡を引き起こしたことが証明された場合、その個人が第一標的になります」


レアは彼を見る。


「その人が所属していた組織は?」


「関与の程度によります」


「じゃあ、世界全体が自動的に滅ぼされるわけじゃない」


「いいえ」


セラフィエルは薄く微笑んだ。


「DEAD HANDは、怒りのシステムではありません」


その言葉に、紬が振り向く。


「だが、報復のシステムだ」


セラフィエルが頷く。


「より正確には、船長が指揮を執れなくなった後も、船長を保護し続けるための継続保護システムです」


ランは椅子に背を預けた。


「なぜか最後の説明のほうが、余計に怖く聞こえるんだけど」


ヴェスペラが短く笑った。


「私も同感」


オーレリアは、しばらく紬を見つめた。


「あなたは、怖くないんですか?」


「何が?」


「いつか、そのシステムが本当に起動するかもしれないことが」


紬はすぐには答えなかった。


自分の両手を見る。


「俺が守れなかったせいで、この船にいる人たちが死ぬほうが怖い」


オーレリアは黙った。


紬はその後、セラフィエルを見る。


「でも、死ぬつもりはない」


セラフィエルが微笑む。


「私も、許可するつもりはありません」


レアは顔を逸らした。


「あなたたち二人って……」


ランが笑う。


「よかった。少なくとも、船長が馬鹿なことをするのを止められる人が一人はいる」


紬が振り向く。


「誰が馬鹿なことをするって?」


ランはセラフィエルを指差した。


「彼」


セラフィエルは落ち着いた声で答える。


「その通りです」


紬は黙った。


カリスタが笑う。


ヴェスペラも微笑む。


オーレリアまで、ようやく小さく笑った。


先ほどまでグランド・サロンを満たしていた緊張が、ゆっくりと解けていく。


外では、ギャラクティック・レジャー・コリドーが変わらず平穏だった。


観光航路の間を静かに進んでいる民間船が、実際には外から見える姿を遥かに超えた戦闘能力を秘めていることを、誰も知らない。


そして、もしかすると、それでいいのかもしれない。


常に見えている武器は、恐怖を招く。


しかし、見えない武器なら、そこにあるものを家のままにしておける。


紬は再び航法マップへ意識を戻した。


「セラフィエル」


「はい、船長」


「出発する」


「承知しました」


ギャラクティック・レジャー・コリドーの地図が拡大される。


ヴェルドラコン銀河帝国領域へ向かう航路が表示される。


民間航路の名称が一つずつ現れる。


軍用航路はない。


秘密航路もない。


危険な機動もない。


ASTRAEON VELORIAは、民間船としてはごく普通のことをしようとしていた。


一つの領域から、別の領域へ移動する。


帰りたいと願う、一人の乗客を乗せて。


ただし、全長8,600メートルの船体が、その「普通」という言葉を少しばかり現実離れしたものにしていた。


セラフィエルが出航手順を起動する。


「ASTRAEON VELORIAは出航通知を送信しました」


紬が頷く。


「航路管制からの応答は?」


「民間コリドーが航路を承認しました」


「速度は?」


「民間FTL標準です」


「自由空間ジャンプは使わない?」


「必要ありません」


紬は地図を見る。


「それでいい」


レアが立ち上がった。


「じゃあ、本当にただ帰るだけなんだね」


「そうだ」


「契約は?」


「ない」


「任務は?」


「ない」


「海賊は?」


紬が彼女を見る。


「呼び寄せるなよ」


レアが笑う。


「確認しただけだよ」


ヴェスペラが小さなバッグを手に取った。


「それなら、私は観測室に戻る」


カリスタが立ち上がる。


「私はエンジニアリング・デッキへ行くわ」


ランがテーブルを整える。


「寝る前に、いくつか確認しておくよ」


オーレリアは、まだその場に立っていた。


彼女は紬を見る。


「紬」


「ん?」


「ありがとうございます」


「何に?」


オーレリアは微笑んだ。


「私を、すぐに誰かへ引き渡さなければならない人間として扱わなかったことです」


紬はただ頷いた。


「お前が到着するまでは、俺たちの乗客だ」


オーレリアは小さく頭を下げた。


「わかりました」


彼らは一人ずつグランド・サロンを出ていく。


しかしレアは、退出する直前に扉の近くで足を止めた。


「セラフィエル」


「はい?」


レアが振り向く。


「旅の途中で何か変なことがあったら、もっと早く教えて」


セラフィエルが頷く。


「もちろんです」


「近づいてくる船があった場合も」


「それも含めます」


レアは、今度こそ立ち去った。


グランド・サロンが静かになる。


紬は、まだ窓の前に立っていた。


セラフィエルが近づいてくる。


「船長」


「ん?」


「お伝えしたいことがあります」


紬が振り向く。


「何だ?」


セラフィエルが外交通信チャンネルを表示する。


一つの紋章が現れた。


ギャラクティック・レジャー・コリドーのものではない。


民間企業のものでもない。


公爵家のものでもない。


紬は、そのラベルを読む。


VELDRAKON GALACTIC EMPIRE — IMPERIAL AUTHORITY


紬が眉を上げた。


「早いな」


「たった今、メッセージが届きました」


紬は、その下の部分を読む。


「帝国護衛要請?」


「その通りです」


紬は数秒間、黙った。


彼らはまだギャラクティック・レジャー・コリドーを出てもいない。


それなのに、帝国政府はすでに護衛を要請してきた。


「さっきまでは、オーレリアを帰国させてほしいと言っていただけじゃなかったか?」


「今回の要請は異なります」


「どう違う?」


セラフィエルが文書を拡大する。


「帝国政府は、ASTRAEON VELORIAがヴェルドラコンへ向かう航路へ入る間、正式な護衛を提供すると申し出ています」


紬は息を吐いた。


「まだ到着してないのに、もう護衛したい人がいるのか」


「そのようです」


紬は画面を見る。


「俺たちは契約を受けてるわけじゃない」


「存じています」


「なら、これは契約じゃない」


「契約ではありません」


紬は再び星々を見る。


数秒後、彼は言った。


「受けよう」


セラフィエルが微笑む。


「承知しました、船長」


「ただし、民間航路のままだ」


「もちろんです」


「それと、ASTRAEON VELORIAの状態を軍艦に変更するな」


「変更いたしません」


紬が頷く。


「俺たちは、オーレリアを帰すだけだ」


セラフィエルが文書を閉じる。


「船長のおっしゃる通りです」


ASTRAEON VELORIAは、ゆっくりと観光航路を離れていった。


船内の照明が夜間航行モードに合わせて変化する。


グランド・サロンは、より暗くなった。


一つの砲塔すら見えない優雅な船体の内側で、船の防御システムは依然として稼働している。


武器は展開されない。


モビルフレームも発進しない。


8,600メートルの船体の内側に隠されたものを見せる理由は、どこにもなかった。


周囲を航行する民間船から見れば、ASTRAEON VELORIAはただの豪華な個人所有船だった。


ヴェルドラコンへ向かって旅をしている、一隻の民間船。


そして今のところ、彼らが見ているものは、まさにそれだった。


しかし、その船の中では、一つの事実が変わっていた。


オーレリアは、帰路についている。


そして、AURELIS SERENAの中で発見されてから初めて、彼らの目的地は明確になった。


ヴェルドラコン銀河帝国。


帝国へ向かう旅は、すでに始まっていた。


【次回予告 第89話――「待つ者たち」】


「待つ者たち」


ASTRAEON VELORIAはヴェルドラコン領域へ入り、その航路の周囲には外交船が次々と姿を見せ始める。オーレリアはついに自分の家族の船を目にし、初めてその感情をはっきりと表す。しかしドッキングが行われる前に、セラフィエルは彼らへ送られてきた護衛名簿に、ある不一致が存在することを発見する。


その名簿に記載された一人の名前は、帝室の所属ではなかった。


【第89話へ続く……】

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