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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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【第82話】「宮殿にはない料理」

【第82話】「宮殿にはない料理」


22日目。


メルディエン・ヴェイル――伝統市場地区。


メルディエン・ヴェイルでは、夜になったからといって街が眠るわけではない。


むしろ、博物館地区が静まり始め、歴史地区を後にする観光客が増えてくる頃になると、伝統市場の明かりが一つ、また一つと灯り始める。


昼間は観光客で埋め尽くされていた石畳の道が、両側に小さな露店が並ぶ長い路地へと姿を変えていた。


頭上には、光を放つ看板が吊り下げられている。


通りの突き当たりに設けられた屋外ステージからは、伝統音楽が聞こえてくる。


いくつかの小さな飲食店では、外側の席まで開放され、客たちは賑わう街並みを眺めながら食事を楽しんでいた。


さまざまな料理の匂いが混ざり合っている。


香辛料。


焼いた肉。


パン。


熱いスープ。


砂糖で煮込んだ果物。


そして、魚のように見える何か。


ただし、それが本当に魚なのか、Tsumugiには確信が持てなかった。


Tsumugiは道の真ん中で立ち止まった。


Rheaが危うくそのまま通り過ぎそうになる。


「キャプテン?」


Tsumugiは答えなかった。


視線は、一軒の露店に釘付けになっている。


テーブルの上には、低い炭火で焼かれているいくつもの料理が並んでいた。


薄い煙が立ち上り、その香ばしい匂いが鼻を刺激する。


頭で考えるより先に、腹が反応していた。


「俺、あれが食べたい」


後ろを歩いていたLanが、すぐにため息をついた。


「やっぱりね」


「何が?」


「博物館も、オペラも、歴史的建築物も、キャプテンの目の前にある料理には勝てないってこと」


「さっき博物館は楽しんでいただろ」


「40分間ね」


「十分長いだろ」


Calistaが小さく笑った。


「少なくとも、本人が正直なのはいいことだわ」


Vesperaの隣に立っていたAureliaも、露店を眺めていた。


「あれは何ですか?」


Tsumugiが値段表へ近づく。


「さあな」


Lanも一緒に読み取った。


「地元産の焼き肉みたいだね」


「何の種族?」


Lanは肩をすくめた。


「書いてない」


Tsumugiは店主へ顔を向けた。


「これは何ですか?」


中年のHumanの店主は笑顔を浮かべた。


「地元の肉ですよ。味付けは我が家の秘伝です。何の種族の肉なのか知りたいなら説明しますけど、ただ食べたいだけなら、先に食べてみたほうがいいでしょうね」


Tsumugiは少し黙った。


そして笑った。


「その考え方、好きですよ」


店主は声を上げて笑う。


「お客さん全員が10分間も料理の産地について質問してきたら、代金をもらう前に料理が冷めちまいますからね」


Rheaがすぐに指を差した。


「私は2本ください」


「さっき食べただろ」


「私の胃袋は、そんなルールを受け付けないの」


Calistaが口を挟む。


「その胃袋は、船の請求書も払ってくれないけどね」


「それはLanの仕事でしょ」


LanがRheaを見る。


「どうして急に俺の仕事になったんだ?」


後ろに立っていたSeraphielが、ようやく口を開いた。


「心理的に、Rheaは食費のことを他人に任せたほうが安心するのでしょう」


Rheaが振り返る。


「Seraphiel」


「はい?」


「あなた、私のことを知りすぎじゃない?」


「皆さんと一緒に暮らしていますから」


Tsumugiが笑った。


Aureliaは口元を手で覆う。


「皆さん、いつもこんな感じなんですか?」


Vesperaが落ち着いた声で答える。


「だいたいね」


「疲れたりしないんですか?」


「たまには」


「それで?」


VesperaはTsumugiへ視線を向けた。


「私たちは食べるの」


Aureliaが笑う。


「とても簡単な答えですね」


「だいたい、そんなものよ」


店主が注文された料理を準備し始める。


焼き網の上で、肉がゆっくりと回されていく。


脂が炭火へ落ちるたび、小さな音を立てて弾けた。


Tsumugiはその調理の様子を眺めていた。


自動調理機はない。


調理ロボットもいない。


食品を成形するシステムもない。


あるのは、火加減と時間を調整する人間の手だけだった。


「いくらですか?」


店主が値段表を示す。


「1人前34ギャラクティック・クレジットです」


Tsumugiは頷いた。


「有機食品?」


「ええ」


Aureliaが興味深そうに尋ねる。


「有機食品は、いつもこのくらい高いんですか?」


店主が答えるより先に、Lanが口を開いた。


「いつもじゃないよ。惑星や原材料の産地、流通経路によって変わる。ただ、ここみたいな観光の中心地では、地元産の有機食品は高くなることがある」


Tsumugiが支払い端末を取り出した。


「どうして?」


Lanが一本目の指を立てる。


「生産」


二本目。


「保存」


三本目。


「輸送」


四本目。


「生物学的品質管理」


そしてAureliaを見る。


「それと一番重要なのが、有機農地は需要が増えたからって、簡単に増やせるものじゃないってこと」


Aureliaはゆっくり頷いた。


「では、合成食品は?」


Seraphielが答える。


「大量生産が容易です。栄養素を管理でき、原材料も調整でき、流通工程も非常に安定しています。多くの星系では、合成食品が大多数の住民にとって日常的な食事になっています」


Tsumugiが振り返る。


「つまり、普通の人は合成食品を食べるのか?」


「多くの人が、安価で便利だから選んでいます。ただし、合成食品だからといって、すべて品質が低いというわけではありません」


Calistaが焼き上がった串料理を一本取る。


「技術もかなり進んでるからね。単純に腹を満たしたいだけなら、毎日高い金を払う理由なんてないもの」


Tsumugiが注文した料理を受け取る。


「だったら俺は有機食品にする」


Lanが眉を上げた。


「どうして?」


Tsumugiは肉にかぶりついた。


ゆっくりと噛む。


香りが強い。


表面は少し香ばしく、中はまだ柔らかい。


味付けも濃すぎず、肉そのものの味がしっかりと残っている。


Tsumugiは飲み込んだ。


「俺たちは今、旅行中だからな」


Lanは黙った。


「……それは反論しにくい理由だね」


Seraphielが微笑む。


「その通りです」


TsumugiがSeraphielを見る。


「お前まで乗るなよ」


「私は同意しただけです」


「こういうときのお前の同意は、最後に請求書が出てくるんだよな」


「今回は出ません」


「本当か?」


Seraphielが通信端末を持ち上げた。


「現在のCaptain個人の残高は4,700,000ギャラクティック・クレジットです。すでに記録されている観光関連の支出を含めても、この程度の食事では大きな影響はありません」


Tsumugiは満足そうに笑った。


「ほら、聞いたか」


Lanが首を振る。


「その言葉をRheaに聞かせたら危険だよ」


「もう遅いわ」


Rheaはすでに二軒目の露店の前に立っていた。


「一番高いのください」


「ダメ」


「どうして?」


「俺はお前を知ってるから」


「キャプテンのケチ」


「俺は財務管理って呼んでる」


Seraphielが口を挟む。


「実際には、どちらも同時に正しいと言えます」


TsumugiがSeraphielを見る。


「今日は随分しゃべるな」


「私も、この雰囲気を楽しんでいますから」


その答えに、Tsumugiは一瞬だけ止まった。


Seraphielは、ただ市場を監視しているわけではなかった。


本当に、その夜を楽しんでいるように見えた。


自分で料理を買う。


味わう。


店主に食材や調理方法について何度も質問する。


普通のSynthetic Personなら、そのような行動は単なる模倣に過ぎないのかもしれない。


しかしSeraphielは、ただの機械ではない。


生体・合成複合システムを備えた肉体を持ち、食事をし、味を感じ、温度を感じ、さらには感情的な反応さえ経験できる。


Tsumugiは、そのことをずっと前から知っている。


それでも、Seraphielが市場の真ん中で、普通の女性のように料理を選んでいる姿を見ると、少しだけ違って感じられた。


Aureliaも、その姿を見ていた。


「Seraphiel」


「はい?」


「あなたも、私たちと同じように料理の味を感じるんですか?」


Seraphielが微笑む。


「感じます」


「本当に?」


「完全な生体人間のように生きるために食事を必要としているわけではありません。しかし私の身体は、食べ物や飲み物を生物学的に処理できます。味、食感、温度、香り。そのすべてを感じることができます」


Aureliaは手にした串料理を見る。


「それなら……あなたの一番好きな料理は何ですか?」


Seraphielは少し考えた。


「難しい質問ですね」


Tsumugiがすぐに口を挟む。


「俺は答えを知ってる」


Seraphielが振り返る。


「何ですか?」


「俺を5分間黙らせられる料理」


Rheaが笑い声を上げた。


Calistaは思わず俯く。


Lanも口元を押さえた。


Aureliaは、それまで以上に大きな声で笑った。


Seraphielは数秒間、黙っていた。


そして微笑む。


「それなら、私の好きな料理は、とても高価な料理ですね」


Tsumugiが黙った。


「どうして?」


「値段を見れば、Captainが5分間くらい黙ってくれるかもしれませんから」


Rheaが危うく喉を詰まらせる。


「Seraphielの勝ちね」


TsumugiがSeraphielを指差す。


「お前、危険になってきたな」


「周囲から学んでいますので」


Vesperaがようやく小さく笑った。


「いい成長ね」


一行は、そのまま市場の中を歩き続けた。


入口から離れるほど、露店は小さくなっていく。


すべての店が観光客向けというわけではない。


日常的な料理を売る店もある。


夜勤の労働者向けに安い食事を提供する店もある。


その一角では、小さな店が合成食品の丼を6ギャラクティック・クレジットで売っていた。


Tsumugiが再び立ち止まる。


「6?」


Lanが頷く。


「かなり安いね」


「中身は?」


店主がいくつかの選択肢を見せる。


「合成タンパク質、合成野菜、合成米。それか組み合わせ。ソースは選べますよ」


TsumugiはAureliaを見る。


「食べてみるか?」


Aureliaは少し迷った。


「たった6ギャラクティック・クレジットなんですか?」


「そうだ」


「でも、おいしいんですか?」


店主が笑う。


「まずかったら、うちの店は20年前に潰れてますよ」


Tsumugiが笑った。


「ここの店主は好きだな」


Aureliaは、とうとう一杯注文した。


料理は2分もしないうちに出てきた。


表面から薄い湯気が立ち上る。


Aureliaが一口食べる。


噛む。


嫌そうな表情はない。


しかし、感動した様子もない。


「どうだ?」


Tsumugiが尋ねる。


Aureliaは適切な言葉を探した。


「悪くありません」


Rheaが笑う。


「それ、普通って意味じゃない?」


「違います!」


Aureliaは慌てて料理を擁護する。


「そういう意味ではありません。味は……十分においしいです」


Lanがテーブルの端に腰掛けた。


「それが合成食品の本質だよ。安定してる。安い。栄養も調整できる。必ずしも人を感動させるわけじゃないけど、極端に失望させることもない」


Aureliaは自分の丼を見る。


「宮殿では、こういう料理はきっと出されなかったと思います」


「どうして?」


「簡素すぎると思われるからです」


Tsumugiが眉を上げる。


「でも6ギャラクティック・クレジットだぞ」


「はい」


「さっきの料理は34ギャラクティック・クレジットだった」


「はい」


「だったら……」


TsumugiはAureliaの丼を指差した。


「腹を満たしたいだけなら、こっちのほうが合理的だろ」


Seraphielが頷く。


「だからこそ、多くの地域で合成食品が食料経済の基盤になっています。有機食品は高級品や文化体験、あるいは地域産品になることができます。しかし人口の基本的な食生活を、高価な商品だけに依存させることはできません」


Aureliaは周囲を見回した。


隣のテーブルでは、一人の建設作業員が仲間と一緒に合成食品を食べている。


少し離れた場所では、観光客の一団が、はるかに高価な有機食品を写真に撮っていた。


同じ市場の中に、二つの世界が存在している。


しかし、その目的は違っていた。


一方は、腹を満たすために来ている。


もう一方は、体験を求めて来ている。


Tsumugiは料理をかき混ぜた。


「この銀河、地球と同じなんだな」


Aureliaが振り向く。


「どういうところがですか?」


「金持ちは体験を買う。普通の人は必要なものを買う」


Seraphielが柔らかな声で付け加える。


「そして、お金に余裕があるときには、その両方をする人もいます」


Tsumugiが笑う。


「それは俺だな」


「そうだと思っていました」


Aureliaは俯いた。


「それなら……私は、今までどちらだったんでしょう?」


その問いは、冗談には聞こえなかった。


Tsumugiはすぐには答えなかった。


Aurelia自身も、自分の人生について考えているようだった。


「私は、ほとんど毎日のように高価な料理を食べていました。でも、本当に自分が食べたいから料理を選んだことはありません。メニューは決められていて、食事の時間も決められていて、座る場所まで決められていることがありました」


彼女は小さなスプーンを握った。


「きっと私は最高の料理を食べてきた。でも、自分で食べたいものを選んだことは、一度もなかったのかもしれません」


Tsumugiは椅子にもたれた。


「今は選べるだろ」


Aureliaが微笑む。


「分かっています」


「だったら、過去のことを考えすぎるな」


「言うのは簡単ですね」


「まあな」


「もっといい助言はしてくれないんですか?」


「しない」


Aureliaは面白そうな表情でTsumugiを見る。


「どうして?」


「俺が長々と説教を始めたら、Seraphielが相談料を請求してくるからな」


Seraphielが間髪入れずに答える。


「検討しておきます」


Aureliaが笑う。


「本当に変な人たちですね」


「それはもう何度も言われてる」


一行は安い食堂を後にし、再び通りを歩き始めた。


市場の別の場所へ進むと、雰囲気が変わった。


一軒の小さなレストランが、入口の前に布のカーテンを掛けている。


電子看板はない。


あるのは、暖かな黄色い照明と、木製の板に手書きされた文字だけだった。


Aureliaが足を止める。


「あのお店、良さそうですね」


Tsumugiも彼女が見ている方向へ目を向けた。


「入ってみるか?」


Aureliaが頷く。


「はい」


一行は店内へ入った。


そのレストランには、わずか12卓しかなかった。


壁には、昔のメルディエン・ヴェイルを写した写真が飾られている。


広告用の画面もない。


電子メニューもない。


店員が薄い紙に印刷されたメニューを渡してくる。


Tsumugiが開いた。


「料理、多いな」


Rheaが近づく。


「どれが一番おいしい?」


店員が笑顔で答える。


「お客様のお好みによりますね」


「私、たくさん食べるのが好きなんだけど?」


「それなら、少ない料理を注文しないほうがいいですね」


RheaがTsumugiを見る。


「私、この人好き」


Calistaがため息をついた。


「あなた、料理人と相性いいわね」


Lanがメニューを見る。


「ここは観光客向けじゃなくて、地元のレストランだな」


Vesperaも頷く。


「値段も比較的まともね」


Tsumugiが料理の一覧を読む。


「有機川魚定食――86ギャラクティック・クレジット」


小さく口笛を吹く。


「高いな」


Aureliaが数字を見る。


「86?」


「そうだ」


「宮殿では、そのくらいの値段は高いとは思われないでしょうね」


Tsumugiが振り向く。


「ほら、それが問題なんだ」


「何がですか?」


「お前、もう貴族の生活に慣れすぎてる」


Aureliaは恥ずかしそうに微笑んだ。


「そうかもしれません」


Seraphielが別のメニューを見る。


「合成食品のセットなら12ギャラクティック・クレジットです」


TsumugiがSeraphielを見る。


「お前はどっちがいい?」


Seraphielはメニューを閉じた。


「有機食品です」


Tsumugiが笑う。


「やっぱりな」


「どうしてですか?」


「お前、料理するのが好きだろ。料理が好きな人間は、本物の食材に興味を持つものだ」


Seraphielは一瞬黙った。


「良い分析ですね」


「当たってるだろ?」


「一部は」


「一部?」


「ASTRAEON VELORIAでは簡単には作れない料理を食べてみたい、という理由もあります」


Tsumugiが頷く。


「なるほど。それなら納得だ」


最終的に、一行はいくつかの料理を取り分けて食べることにした。


すべてが有機食品というわけではない。


有機川魚の定食が1つ。


地元産の野菜料理が2皿。


メルディエン・ヴェイル名物の合成スープが1つ。


地元の米料理が1皿。


そして伝統的なデザートが1皿。


料理が運ばれてくると、テーブルは少しずついっぱいになっていった。


魚には薄いソースが添えられている。


野菜は香辛料と一緒に調理されている。


スープからは、温かな香りが立ち上っていた。


米は、普段船内で食べている合成米とは違う食感をしている。


Aureliaが少しだけ取る。


「味が違いますね」


「どうだ?」


「もっと……不完全です」


Tsumugiが笑った。


「それ、褒めてるのか?」


「たぶん、そうです」


Aureliaはもう一度口にする。


「火の通り方が違う部分があります。食感も場所によって違います。味も、いつも同じではありません」


Seraphielが頷く。


「生物由来の食材は、完全に均一ではありませんから」


「だからこそ、生きているように感じるんでしょうか?」


Seraphielが微笑む。


「そう言えるかもしれません」


Aureliaは目の前の皿を見る。


「宮殿では、すべてが完璧でなければなりませんでした」


Tsumugiが魚を取る。


「だったら、たまには料理くらい完璧じゃなくてもいいだろ」


AureliaがTsumugiを見る。


「どうして?」


Tsumugiは魚を噛んでから答えた。


「人生だって完璧じゃないからな。料理まで完璧すぎたら、生きてるってことを忘れちまうだろ」


誰もすぐには答えなかった。


LanがTsumugiを見る。


「たまには、いいこと言うじゃん」


「たまには?」


「調子に乗るなよ」


Rheaが笑う。


Vesperaが小さく微笑む。


Calistaは食事を続けている。


Seraphielは数秒だけTsumugiを見つめたあと、再び箸を取った。


Aureliaは俯いた。


泣いてはいない。


泣く理由もない。


それでも、胸の奥には何か温かなものがゆっくりと広がっていた。


料理が高価だったからではない。


場所が美しかったからでもない。


自分がDukeの娘だからでもない。


ただ初めて、何も自分に求めてこない人たちと同じテーブルを囲んでいる。


完璧に振る舞う必要もない。


笑うべきタイミングを考える必要もない。


貴族に相応しい言葉を選ぶ必要もない。


ただ、自分が食べたい料理を選べばいい。


そして、もしかすると……。


それだけで十分なのかもしれない。


夕食を終えると、一行はレストランを出た。


街の時計は、もうすぐ真夜中を示そうとしている。


それでも市場はまだ活気に満ちていた。


明かりはまだ消えていない。


むしろ、中央ステージから流れてくる音楽は、先ほどよりもはっきりと聞こえていた。


Aureliaがそちらを見る。


「まだ公演があるんですか?」


Lanが祭りの情報を確認する。


「あるよ。今夜最後の公演が、もうすぐ始まる」


Rheaがすぐに手を上げた。


「行こう」


TsumugiがRheaを見る。


「まだ腹いっぱいじゃないのか?」


「いっぱいよ」


「じゃあ、なんで?」


「お腹いっぱいでも、公演は見られるでしょ」


Calistaが首を振る。


「どういう理屈よ、それ」


「旅行を楽しくする理屈よ」


Tsumugiが小さく笑った。


「分かった。少しだけ見よう」


Seraphielが帰路を確認する。


「問題なくASTRAEON VELORIAへ戻れます。夜間交通もまだ運行しています」


Tsumugiが頷く。


「よし」


AureliaはTsumugiの隣を歩いていた。


数歩進んだところで、静かに口を開く。


「Tsumugi」


「ん?」


「ありがとうございます」


「またか?」


「はい」


「今度は何に対して?」


Aureliaは前方の道を見つめる。


「自分で選ぶと、料理の味まで違って感じるんだと教えてくれたことです」


Tsumugiが微笑む。


「だったら、明日は同じ料理を選ぶなよ」


Aureliaが笑った。


「どうしてですか?」


「まだまだ試してみたいものがあるからな」


後ろを歩いていたSeraphielが口を挟む。


「私も賛成です。ただし、一つだけ条件があります」


Tsumugiが振り返る。


「何だ?」


「明日、Captainは『少しだけ食べよう』と言わないでください」


Rheaがすぐに笑った。


Lanが手を上げる。


「Seraphielに賛成」


Calistaも頷く。


「私も」


Vesperaが微笑む。


「私、ようやくこの流れが分かってきたわ」


Tsumugiは一人ずつ顔を見る。


「お前ら、全員で結託してるのか?」


Seraphielは穏やかな表情のまま答えた。


「いいえ。観光計画を立てているだけです」


「それを結託って言うんだよ」


「それなら、正式な予定表に組み込んでおきます」


Aureliaが笑う。


その笑い声は、メルディエン・ヴェイルの夜の音楽と混ざり合っていった。


一行は急ぐことなく、祭りのステージへ向かって歩いていく。


誰も契約について話さない。


誰も脅威について話さない。


誰もAureliaに、自分が何者なのかを思い出させようとはしない。


その夜、Dukeの娘である18歳の少女は、たった6ギャラクティック・クレジットの安い料理でも喜んで食べられることを知った。


そして、86ギャラクティック・クレジットの有機料理がより印象深く感じられたのは、その値段のためではなく、同じテーブルを囲んでいる人たちがいたからだった。


Tsumugiにとって、それだけでこの旅を休暇と呼ぶには十分な理由だった。


少なくとも、今のところは。


---


【次話83――「文化の中の休日」】


メルディエン・ヴェイルでの食の夜を終えた一行は、今度はこの文化世界の別の一面を楽しんでいく。


Aureliaは、自分が何をしたいのかを自分自身で選ぶことに、少しずつ慣れていく。


一方、Tsumugiたちも、それを任務に変えることなく、観光客としての時間を楽しんでいた。


しかし、ASTRAEON VELORIAとAureliaに対する現地ネットワークからの注目は、まだ完全には消えていなかった。


【第83話へ続く……】

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