【第76話】「オーシャン・リゾート・ワールド」
【第76話】「オーシャン・リゾート・ワールド」
20日目。
18時00分。
Galactic Leisure Corridorは、数日前まで彼らが通過していた宙域とは、すっかり違う姿になっていた。
Pelagia Noveへ向かう星間航路には、民間船舶がひしめいている。
遠方では無数の光点が規則正しい動きを見せ、それぞれSpace Traffic Controlによって定められたコリドーに沿って航行していた。
中型の旅客船がいくつかの集団に分かれて進んでいる。
豪華なクルーズ船が、星明かりを反射する船体を輝かせながら通過していく。
はるかに小型の家族向け船は、二次航路を選んでいる。
数人しか乗せていない個人所有の軌道船まであった。
そのすべての中を、ASTRAEON VELORIAは静かに進んでいた。
全長8,600メートルの巨大船は、Galactic Leisure Corridor Controlから指定された大型船用航路を通り、Pelagia Noveセクターへ進入していく。
メインブリッジでは、VesperaがNavigation Consoleに座っていた。
Lanはその後ろに立ち、行政関連のデータを確認している。
Rheaはパノラマウィンドウの近くにいた。
Calistaは、すべてのドッキングシステムが準備できていることを確認し、Engineering Deckから戻ったばかりだった。
AureliaはTsumugiからそれほど離れていない場所に立っている。
Seraphielはキャプテンシートの右側に、肉体を持つ姿で立っていた。
Tsumugiがメインスクリーンを見る。
「Pelagia Nove?」
「その通り」
Vesperaが答える。
「もうシステム内に入っているわ」
「交通量は?」
「多い」
「どれくらい?」
Vesperaがマップを拡大した。
「20隻を多いと思っているなら、あそこに表示されている数字は見ないほうがいいわ」
Tsumugiが近づく。
「いくつ?」
「軌道ネットワーク上で稼働中の船舶が1,846隻」
Tsumugiは黙った。
「一つの観光惑星で?」
「主要監視ゾーンに登録されている交通だけでね」
Rheaが小さく口笛を吹く。
「それなら、本当に混んでるわね」
Lanが別のデータを確認する。
「施設料金も混んでいる」
Tsumugiがすぐに振り向いた。
「始めないで」
「まだ何も言っていない」
「顔に全部出てる」
Lanは微笑んだ。
「必要のない費用を払わないよう確認しているだけだ」
Seraphielが静かに付け加える。
「Lanの言う通りです」
Tsumugiがため息をついた。
「どうしてお金を管理する人たちは、いつも意見が一致するの?」
「数字は簡単には嘘をつかないからだ」
Lanが答える。
Rheaが口を挟んだ。
「人は嘘をつけるけどね」
Lanが眉を上げる。
「だから私は財務報告のほうを信用する」
「ひどい」
「仕事だ」
Aureliaが小さく笑った。
Tsumugiが彼女を見る。
「面白い?」
「少し」
「よかった。少しずつ慣れてきたみたいね」
Aureliaが頷く。
「以前暮らしていた船とは、違う感じがします」
「どうして?」
「私が以前暮らしていた船では、お金の話はいつも、とても真剣にされていました」
Lanがすぐに答える。
「ここでも真剣だ」
Aureliaが彼を見る。
Lanは続けた。
「ただ、真剣すぎると食事がおいしくなくなる」
Rheaが笑う。
「その通り」
TsumugiがLanを指差す。
「ほら。今のはまともな発言」
「さっき自分で、始めるなと言っただろう」
「気が変わったの」
「なるほど」
そんな会話が途切れたのは、Seraphielの声が響いたからだった。
「Captain」
その声には、少しだけ改まった響きがあった。
Tsumugiはすぐにスクリーンを見る。
「どうしたの?」
「Pelagia Nove STCからの呼び出しです」
Seraphielが通信回線を開く。
キャプテンシートの前に、透明なパネルが現れた。
そこに一人の管制官の顔が映し出される。
胸元にはPelagia Nove Space Traffic Controlの紋章があった。
「ASTRAEON VELORIA、こちらPelagia Nove Space Traffic Controlです」
Tsumugiが答える。
「ASTRAEON VELORIA、受信しました」
「Pelagia Noveへようこそ。船舶登録情報は受領済みです。乗客データおよび武装申告も確認されています」
Tsumugiが頷く。
「追加手続きはありますか?」
「ASTRAEON VELORIAほどの大型船については、接近航路と軌道停泊位置を設定するだけです」
Vesperaがすぐにデータを確認する。
管制官は続けた。
「オービタル・レジャー・アンカレッジ4番へ誘導します」
Lanが顔を上げた。
「4番?」
「はい」
「大型船専用の施設ですか?」
管制官は薄く笑った。
「その通りです。全長5,000メートルを超える船舶は、通常のドッキング航路を使用しません」
ちょうど戻ってきたCalistaが、すぐに口を挟んだ。
「よかった」
Tsumugiが振り向く。
「何が?」
「通常のドッキングに入ったら、私が頭を抱えることになる」
STCの管制官から、少し笑い声が聞こえた。
「私たちもです」
Calistaが満足そうに頷く。
「この人、分かってる」
Tsumugiは笑いを堪えた。
「続けてください」
「オービタル・アンカレッジへ入った後、Pelagia Noveの保安当局が、現在ASTRAEON VELORIAのハンガー内にある一つの対象物について確認を行います」
Aureliaがすぐに顔を上げる。
Tsumugiには何のことか分かっていた。
「AURELIS SERENA」
「その通りです」
管制官の口調が、さらに正式なものへ変わる。
「その船については、以前の報告からデータを受領しています。Pelagia Nove保安当局が、その船体を引き取り、調査および法的手続きを行います」
Tsumugiが眉を寄せる。
「引き取るんですか?」
「はい」
「代表者はもう来ていますか?」
「はい」
Tsumugiは待った。
「Pelagia Nove保安当局の代表者は、現在Pelagia Nove保安庁舎で待機しています」
Lanがタブレットを開く。
「では、AURELIS SERENAをこちらから保安施設へ運ぶ必要はない?」
「必要ありません。ASTRAEON VELORIAのドッキングが完了し、ハンガーへのアクセス手続きが承認された後、保安チームが乗船し、引き渡しを行います」
Seraphielが尋ねる。
「所有権情報の移管は必要ですか?」
「現在保有されている書類を共同で確認します」
Seraphielが頷く。
「了解しました」
Tsumugiが続けた。
「AURELIS SERENAに何か問題はありますか?」
「現時点ではありません。ただし、当該船は死者を伴う事故に関係しており、所有権の確認も進行中です。そのため、正式な監督なしに移動させることは推奨していません」
Tsumugiは理解した。
「分かりました」
STCの管制官が頷く。
「引き渡しが完了すれば、ASTRAEON VELORIAは観光施設へ進むことができます」
Rheaが手を上げる。
「じゃあ、あの船の件が終わったら、私たちは遊びに行ける?」
Tsumugiが振り向く。
「Rhea」
「何?」
「あなた、管制官と話してるのよ」
「それが何?」
STCの管制官が笑う。
「手続きが規定どおり完了すれば、問題ありません」
Rheaが笑顔になる。
「ほら」
Tsumugiは再びスクリーンへ向き直った。
「ありがとうございます」
「Pelagia Noveをお楽しみください」
通信が終了した。
数秒間、誰も口を開かなかった。
やがてLanがTsumugiを見る。
「それで……」
「何?」
「休暇の前に、行政上の用事が一つある」
Tsumugiが身体を預ける。
「そうね」
Rheaがため息をついた。
「せっかくPRIVATE LEISURE MODEにしたばかりなのに」
Seraphielが微笑む。
「そのモードは、法的手続きを無視できるという意味ではありません」
Rheaが不満そうに呟く。
「どうして法律はいつも休暇についてくるの?」
「私たちの船が、私たちの所有物ではない船体を積んでいるからだ」
Lanが淡々と答える。
Rheaは黙った。
「そう言われると、確かに悪く聞こえるわね」
Calistaが腕を組む。
「重要なのは、向こうが引き取ってくれること」
Tsumugiが振り向く。
「あなたは気にならないの?」
「私?」
Calistaが自分を指差す。
「ハンガーからあの船が早く出てくれれば、その分だけ空いたスペースを早く使えるから」
Lanが笑う。
「それが本当の理由だな」
「もちろん」
Vesperaが再び航法画面を見る。
「オービタル・アンカレッジ4番が見えてきたわ」
Tsumugiが立ち上がる。
「じゃあ、最後の用事を一つ片付けましょう」
Aureliaが小さな声で尋ねた。
「私も行かなければなりませんか?」
Tsumugiが彼女を見る。
「行きたいなら」
「法律に関することですか?」
「一部はね」
「それなら……」
Aureliaは迷った。
「私は、行かないほうがいいかもしれません」
Seraphielが答える。
「それは自然な選択です」
Tsumugiも頷いた。
「行かなければならないと思っているから、無理に来る必要はないわ」
Aureliaは少し安心したようだった。
「ありがとうございます」
「終わったら、休暇を始めましょう」
Rheaがすぐに手を上げる。
「私も行く」
Lanが彼女を見る。
「保安庁舎へ?」
「違う」
「じゃあ、どうして手を上げた?」
「その後、本当に休暇になることを確認しただけ」
Tsumugiが笑う。
「あなたって本当に……」
ASTRAEON VELORIAは速度を落とし始めた。
惑星へ向かう主要航路が、接近軌道へと変わっていく。
彼らの下に、Pelagia Noveが見え始めた。
最初は、巨大な青い球体にしか見えなかった。
だが、少しずつ細部が現れていく。
惑星表面の大部分は海に覆われていた。
存在する大陸は比較的小さく、広い範囲に分散している。
しかし、Tsumugiを黙らせたのは海そのものではなかった。
その上に広がっているものだった。
浮遊都市が海面上に巨大なネットワークを形成している。
いくつかの建造物は、人工島のような姿をしていた。
高級ホテルが、ほとんど一つの都市区画ほどの大きさを持つプラットフォームの上に建っている。
軌道輸送路が、複数の観光区域を結んでいる。
海面下には、澄んだ海を通して人工的な光がぼんやりと見えていた。
Vesperaが表示を拡大する。
「下には水中都市があるわ」
Tsumugiが近づく。
「本当に?」
「ええ」
「どれくらい大きいの?」
「いくつかの区画がある」
Rheaがスクリーンを見る。
「それは?」
「マリンパーク」
「円形のやつ?」
「そう」
Calistaが目を細める。
「支柱構造が面白い」
Lanが振り向く。
「やめろ」
「見てるだけ」
「もう解体したがってる人の目になってる」
Calistaが鼻を鳴らす。
「観光施設を解体したりしない」
Tsumugiが彼女を見る。
「約束?」
「約束」
Seraphielが付け加える。
「私が監視します」
Calistaがため息をつく。
「どうして誰も私を信用しないの?」
Rheaが即答する。
「経験があるから」
「どんな経験?」
「Engineering Deck」
Calistaは黙った。
「一回だけよ」
Lanが口を挟む。
「三回だ」
「四回?」
「起きかけたものまで数えるなら、五回」
Calistaは顔を背けた。
「もう話したくない」
メインブリッジに小さな笑い声が広がった。
ASTRAEON VELORIAがオービタル・アンカレッジへ進入する。
ドッキングは、Tsumugiが想像していたよりもはるかに静かに進んだ。
大きな音はない。
衝撃もない。
Pelagia Nove側の軌道誘導システムが、磁気航路と姿勢修正スラスターを使い、船の位置を調整していく。
Seraphielは距離を監視し続ける。
「相対速度、安定」
Vesperaが座標を確認する。
「接近角度、完璧」
Calistaが構造インジケーターを見る。
「外部固定装置、準備完了」
Lanがタブレットを閉じる。
「行政手続きも準備完了」
Tsumugiがため息をついた。
「全部準備できたなら、一つだけ望みがある」
Rheaが尋ねる。
「何?」
「問題が起きないこと」
Seraphielが微笑む。
「それは約束できません」
Tsumugiが振り向く。
「どうして?」
「問題は通常、来る前に許可を求めないからです」
Rheaが笑った。
「すごくSeraphielらしい答え」
数分後、ASTRAEON VELORIAは無事にオービタル・アンカレッジへ収まった。
ハンガーへのアクセスドアが、規定どおりに開かれる。
それから間もなく、Pelagia Noveの保安車両が船へ近づいてきた。
Seraphielが通信を受ける。
「保安チームが到着しました」
Tsumugiが頷く。
「入れて」
「了解」
内部ドアが開く。
数名のPelagia Nove保安官が、正式な代表者とともに乗り込んできた。
先頭を歩いているのは、40歳前後の女性だった。
行政端末を手にし、Pelagia Nove民間保安局の制服を着ている。
「Captain Hoshizaki Tsumugiですか?」
「はい」
「私はMira Solenne。Pelagia Nove Security Authorityの代表です」
Tsumugiが手を差し出す。
「来ていただいてありがとうございます」
Miraがその手を握った。
「AURELIS SERENAを、こちらで対応できる状態になるまで確保していただいたことに、こちらこそ感謝します」
彼女はハンガーのほうを見る。
「報告時と同じ状態ですか?」
「はい」
「よかった」
Lanが端末を差し出す。
「こちらが、私たちが収集したデータです」
Miraが受け取る。
「スキャン結果も含まれていますか?」
「合法的に引き渡せるものは、すべて」
SeraphielがTsumugiの隣に立っている。
Miraが彼を見る。
その視線が一瞬止まった。
そして再びTsumugiを見る。
「それで、こちらの方は?」
Seraphielが自ら答えた。
「Seraphiel Veloriaです」
Miraは待った。
Tsumugiが言う。
「私のパートナーです」
その答えに、Rheaは笑いを堪えた。
Lanは表情を隠すように、わずかに俯いた。
Miraはそれ以上尋ねることなく、その答えを受け入れた。
「分かりました」
彼女は端末を起動する。
「まず目視確認を行います。その後、AURELIS SERENAを保安施設へ移送します」
Calistaがすぐに言った。
「技術的な支援は必要ですか?」
Miraが振り向く。
「可能であれば」
Calistaが笑う。
「それなら、よかった」
Tsumugiがため息をつく。
「張り切りすぎないで」
「私は手伝うだけ」
Lanが小声で言う。
「その台詞は、だいたい問題の始まりだ」
「聞こえてる」
「わざと聞こえるように言った」
彼らはハンガーへ向かって歩き始める。
AURELIS SERENAは、まだそこにあった。
そのクルーズ船は、ASTRAEON VELORIAのハンガー内部に置かれていると、さらに小さく見える。
Miraが足を止めた。
「これは……」
彼女は上を見上げる。
それから反対側を見る。
「あなたたちのハンガー、いくつかの軌道ターミナルより大きいですね」
Tsumugiは頬を掻いた。
「まあ、だいたいそんな感じ」
Miraが再びAURELIS SERENAを見る。
「つまり、ここではこれほどの船でも小さい扱いなんですね」
Seraphielが答える。
「相対的には」
Miraが小さく笑う。
「あなたたちが大きいと考える船が、どんなものなのかは知りたくないですね」
RheaがASTRAEON VELORIAを指差す。
「それです」
Miraが彼女を見る。
「冗談でしょう?」
Rheaが笑う。
「残念ながら、違います」
Tsumugiはその会話をそのまま流した。
引き渡し作業が始まる。
誰も急ぐことはなかった。
保安側が封印を確認する。
書類を読み込む。
法的状態を確認する。
Seraphielは、開示可能な船舶データへの限定アクセスを提供する。
Lanは、責任の移管が一つずつ記録されていることを確認する。
Calistaは保安技術者を手伝い、固定箇所を確認する。
Vesperaはハンガーの状態を監視する。
RheaはTsumugiからそれほど離れていない場所に立ち、ときどきクルーズ船へ視線を向けていた。
Aureliaは参加していない。
彼女はASTRAEON VELORIAの乗客区画に残っていた。
しばらくして、Miraが戻ってくる。
「Captain」
「はい?」
「第一段階の引き渡しが完了しました」
「移送は?」
「輸送車両と固定構造が到着した後に行います」
Tsumugiが頷く。
「分かりました」
Miraが端末を閉じる。
「その後、AURELIS SERENAはPelagia Nove Security Authorityの完全な管理下に入ります」
Tsumugiが頷く。
「了解しました」
Miraが微笑む。
「これで休暇を楽しめますね」
TsumugiはRheaを見る。
RheaはLanを見る。
LanはVesperaを見る。
VesperaはCalistaを見る。
CalistaはTsumugiを見る。
そしてTsumugiが言った。
「その言葉、正式な許可みたいに聞こえます」
Miraが笑った。
「そういうことにしておいてください」
彼らはハンガーを後にした。
その後、ドアが再び閉じられる。
TsumugiはAureliaが待っているEuphoria Medical Instituteへ向かった。
彼女が到着すると、少女はソファから立ち上がった。
「終わりましたか?」
「全部ではないけど、保安当局が手続きを引き継いだわ」
Aureliaが頷く。
「では、あの船は運び出されるのですね?」
「ええ」
彼女は少し寂しそうな表情を見せた。
Tsumugiが気づく。
「寂しい?」
Aureliaは少し俯いた。
「寂しいわけではありません」
「じゃあ?」
「ただ、変な感じがします」
「自分が……」
Aureliaが頷く。
「はい」
Tsumugiは、それ以上説明するよう求めなかった。
数秒後、Aureliaが顔を上げる。
「でも、見てみたいものがあります」
「何?」
「Pelagia Noveを」
Tsumugiが微笑む。
「それが私たちの目的でしょう」
「本当ですか?」
「本当よ」
Rheaが後ろから現れる。
「だったら、ここで立ってないで行きましょう」
Aureliaが振り向く。
「どうしてですか?」
「ビーチのほうから来てくれるわけじゃないから」
Lanが後から続く。
「Rheaの言う通りだ」
Vesperaは小型のタブレットを持っていた。
「今夜も利用できる人工ビーチが3か所あるわ」
Calistaが手を上げる。
「それと、インダストリアル・アクアリウムもある」
Tsumugiが彼女を見る。
「インダストリアル・アクアリウム?」
「海水処理や浄化施設を観光施設として公開している場所」
Lanがため息をつく。
「本当に君には君なりの休暇の定義があるな」
Calistaは悪びれない。
「技術は美しいから」
Vesperaが淡々と言う。
「始まったわね」
Tsumugiが笑った。
「分かった」
彼女はAureliaを見る。
「どこへ行きたい?」
AureliaはVesperaから渡された一覧を見る。
人工ビーチ。
浮遊ホテル。
水中都市。
マリンパーク。
高級レストラン。
彼女の目が、一つ一つの選択肢を追っていく。
「多すぎます」
Tsumugiが頷く。
「だから、一度に全部考えなくていいの」
「それなら……」
Aureliaが一つを指差した。
「ビーチ」
Rheaがすぐに手を上げる。
「賛成」
Lanがため息をつく。
「分かった」
Vesperaが頷く。
「ビーチが一番簡単ね」
Calistaが肩をすくめる。
「私も行く」
Tsumugiが微笑んだ。
「じゃあ、行きましょう」
彼らは船内のトランスポート・ハブへ向かって歩き始めた。
Aureliaにとって、その一歩一歩は不思議な感覚だった。
専属の使用人はいない。
2歩後ろを歩く護衛もいない。
従わなければならない予定表もない。
いつ笑わなければならないのかを指示する者もいない。
どう立つべきなのかを教える手もない。
ただ、歩く。
トランスポートのドアが開くと、Tsumugiが先に乗り込んだ。
Aureliaは少しだけ立ち止まる。
それから後に続いた。
彼らはPelagia Noveの軌道観光ターミナルへ到着した。
外へ出た瞬間、たくさんの人々の声が一気に周囲を満たした。
子どもたちが魚の形をしたドローンを追いかけて走っている。
若いカップルが写真を撮るのに夢中になっている。
小さなスーツケースを持った観光客の一団が歩いている。
商人たちは地元の海産物を売っている。
ストリートミュージシャンが電子楽器を演奏している。
一人の母親が、装飾用の池に近づきすぎた子どもを呼んでいる。
年配の男性はカメラを持ちながら、写真を撮るときに動き続ける孫へ文句を言っていた。
どれも、ごく普通の光景だった。
だからこそ、Aureliaは視線を逸らせなかった。
Tsumugiが気づく。
「Aurelia」
「はい?」
「どうしたの?」
「私は……」
彼女は、二人の横を走り抜けていく小さな子どもを見る。
それから、護衛も連れずに飲み物を持って歩いている女性を見る。
「こんな場所、見たことがありません」
Rheaが首を傾げる。
「本当に?」
Aureliaが頷く。
「私が育った場所では、外を歩くときには必ず誰かが付き添っていました」
Lanが意味を理解する。
「護衛?」
「護衛。使用人。それから、ときには一族の役人も」
Tsumugiがポケットに手を入れる。
「今は?」
Aureliaが周囲を見る。
「今は、誰もいません」
「怖い?」
Aureliaは黙った。
自由に歩いている人々を見る。
誰も彼女を気に留めていない。
彼女が公爵令嬢だと知っている者もいない。
誰も頭を下げない。
誰も彼女を称号で呼ばない。
誰も歩き方を指示しない。
生まれて初めて、彼女は人混みの中に立つ、ただ一人の少女だった。
Aureliaはゆっくりと息を吸う。
「少しだけ」
Tsumugiは何も言わなかった。
ただ、彼女の隣を歩いた。
数歩進んだところで、Aureliaが微笑む。
「でも……」
「何?」
「楽しいです」
Rheaが満面の笑みを浮かべる。
「でしょう?」
Lanが頷く。
「プロトコルのない世界へ、ようこそ」
Vesperaが付け加える。
「少なくとも、誰かに正体を知られるまではね」
Aureliaが小さく笑う。
「できれば、あまり早く知られないでほしいです」
Tsumugiが彼女を見る。
「じゃあ、公爵令嬢みたいに歩かなければいい」
Aureliaが驚く。
「どうやってですか?」
「さあ」
Tsumugiは肩をすくめる。
「ただ歩けばいいのよ」
Aureliaが笑う。
「とても単純な答えですね」
「問題そのものが複雑じゃないから」
Tsumugiが先に歩き出す。
Aureliaが後に続く。
前方から、人工的な波の音が聞こえ始めた。
人工ビーチから放たれる青い光が、ターミナルの天井へ反射している。
海産物の香りが、人工的な潮風と混ざっていた。
遠くでは、浮遊ホテルが海の上に浮かぶ都市のように輝いている。
Tsumugiが立ち止まった。
「Pelagia Nove」
Aureliaが彼女の隣に立つ。
二人はしばらく、ただその景色を眺めていた。
キャプテンと公爵令嬢としてではない。
Mercenaryと乗客としてでもない。
任務を遂行している者としてでもない。
ただ、新しい場所を見ている二人の人間として。
やがてAureliaが静かに言った。
「Tsumugi」
「何?」
「私……」
彼女は言葉を止める。
Tsumugiは待った。
Aureliaはバッグの細い紐を握った。
「一人で歩いてもいいですか?」
Tsumugiは彼女を見つめる。
質問の意味が分からなかったわけではない。
むしろ、その簡単な一言がAureliaにとってどれほど大きな意味を持つのかを理解したからこそだった。
すぐには答えなかった。
そして、微笑む。
「もちろん」
Aureliaが少し驚いた。
「本当に?」
「ええ」
「付き添いもいらない?」
「いらない」
「護衛も?」
「今のところは、いらない」
「もし、迷ったら?」
Rheaが笑う。
「Pelagia Noveには地図があるわ」
Lanが付け加える。
「それに通信端末もある」
Vesperaが小型端末を持ち上げる。
「GPSもね」
Calistaが言う。
「それでも迷ったら、私たちに連絡して」
数歩後ろに立っていたSeraphielも微笑む。
「ASTRAEON VELORIAも、どこかへ行ったりはしません」
Aureliaは全員を見る。
そして、その表情がゆっくりと和らいでいった。
「分かりました」
彼女は前へ歩き出した。
一人で。
ほんの数メートル。
それでもAureliaにとって、その距離は、これまで経験したどんな星間航行よりも長く感じられた。
なぜなら、生まれて初めて、自分が誰かに命じられたからではなく、自分自身で選んで歩いているからだ。
そして、Pelagia Noveでの最初の夜が、今始まった。
【次話 第77話――「護衛のいない一日」】
AureliaはPelagia Noveで、普通の観光客としての最初の一日を過ごす。
Tsumugiは彼女を王女のようには扱わず、二人はショッピング、レストラン、ビーチ、アーケード、観光を一緒に楽しむ。
Aureliaは初めて、プロトコルに支配されない生活がどのようなものなのかを感じ始める。
しかし、Tsumugiと一緒にいる彼女の写真が、やがて現地メディアの注目を集めることになる。
【第77話へ続く……】




