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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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【第74話】「一時的な乗客」

【第74話】「一時的な乗客」


ASTRAEON VELORIAの航行は、予定通り続いていた。


航路に変更はない。


遭難通信もない。


新たな契約依頼もない。


銀河レジャー回廊は、今も彼女たちの目的地だった。


Tsumugiにとって、それは十分に安心できることだった。


ここ数日、フロンティアの契約、放棄されたクルーズ船、一人の少女の救助、医療検査、貴族としての身元確認、そして本来なら簡単に終わるはずだった家族との通信が長い会話へと変わった。


だからこそ、今の彼女が望んでいるものは一つだけだった。


休暇。


本当の休暇。


しかし、その前に一つだけ片づけなければならないことがある。


Aureliaだ。


公爵令嬢としてではない。


AURELIS SERENAの生存者としてでもない。


そして、いつか彼女たちの旅の一員になるかもしれない人物としてでもない。


今は、ただ一人の乗客。


一時的な乗客だった。


Tsumugiは、船内データを表示する端末パネルの前に立っていた。


その隣では、Seraphielがいくつかのアクセス権限を準備している。


「これで全部必要なの?」


「一時的な乗客として登録するのであれば、はい」


「ゲストキャビン?」


「すでに用意されています」


「アクセスカードは?」


「乗客の身元を再確認した後、発行します」


「緊急通信機は?」


「準備済みです。機器の識別番号はASTRAEON VELORIAのセキュリティシステムと接続されます」


Tsumugiは頷いた。


「よし」


表示されたデータをもう一度確認する。


名前。


Aurelia Veyrienne。


人間族。


十八歳。


医療状態:回復中。


航行状態:一時的な乗客。


クルーとしての登録はない。


運用権限もない。


特別な認証を必要とする区画へのアクセス権もない。


簡単だった。


少なくとも、書類の上では。


Tsumugiは息を吐いた。


「こうして見ると、ホテルに客を迎えてるみたい」


Seraphielが静かに答える。


「違いは、通常のホテルには二千四百機のMobile Frameが存在しないことです」


Tsumugiが振り向く。


「どうしてそこで思い出させるの?」


「船長の例えが、あまり遠くまで発展しないようにするためです」


「ちょうど、朝食くらい無料で用意しないとって言おうと思ってたのに」


「朝食は用意されています」


「……そんなに真面目に答えなくていいよ」


「私は冗談を言っていません」


Tsumugiは笑いをこらえた。


「たまに、あなたが冗談を言ってるのか分からなくなるよ」


「私も船長について同じ疑問を抱いています」


「ひどい」


「周囲から学習しています」


Tsumugiはしばらくパネルを見つめる。


それから笑った。


「分かった。終わらせよう」


AureliaはEuphoria Medical Instituteで待っていた。


最初に運び込まれたときと比べれば、体調はかなり良くなっている。


しかし、身体がスリーピング・ポッドの中で七か月を過ごさなかったことにするわけにはいかない。


医師とASTRAEONの医療システムは、今も彼女の状態を監視している。


歩くことはできる。


一定量であれば通常の食事も取れる。


限られた時間なら治療室の外へ出ることもできる。


ただし、無理をすることはまだ許されていない。


Tsumugiがやって来たとき、Aureliaは渡された小型端末で何かを読んでいた。


彼女はすぐに画面を閉じる。


「Tsumugi-san」


「待たせてごめん」


「大丈夫です」


Tsumugiは彼女の手にある端末を見る。


「何を読んでたの?」


「ASTRAEON VELORIAについての情報です」


Tsumugiが眉を上げる。


「もう始めたの?」


Aureliaは微笑んだ。


「気になったので」


「どの辺が?」


「いろいろです」


「危険な答えだね」


Aureliaは小さく笑った。


「船の設備について読んでいました」


「それで?」


「一つの船の中に庭園、図書館、プール、医療施設、ハンガー、工場、それに他にもたくさんのものがあるというのが、まだ理解できません」


Tsumugiは肩をすくめる。


「ASTRAEON VELORIAは、そういうふうに造られてるからね」


Aureliaが彼女を見る。


「都市みたいなものですか?」


「だいたいそんな感じ」


「それなら、迷子にならないように気をつけないといけませんね」


「Seraphielが案内してくれるよ」


「その通りです」


Aureliaが声のほうを見る。


「迷ったら、あなたを呼びますね」


「緊急通信機が有効であれば、あなたの位置を検出できます」


Aureliaは微笑んだ。


「では、本当に行方不明になることはないんですね」


「技術的には、その通りです」


TsumugiはSeraphielを見る。


「囚人みたいな気分にさせないでよ」


「その意図はありません」


「分かってる」


Aureliaが小さく笑った。


「お二人の会話って、いつもこんな感じなんですか?」


Tsumugiは迷わず答えた。


「残念ながらね」


「『残念ながら』という表現には異議があります」


「ほら」


Aureliaはまた笑った。


その会話には、どこか軽いものがあった。


作られたものではない。


無理に作った雰囲気でもない。


家族、爵位、政治、過去について話してきたあとだからこそ、こういう何気ない会話のほうが、むしろ人間らしく感じられた。


Aurelia自身も、それに気づいていた。


そして、その空気を少しずつ好きになり始めていた。


Tsumugiは一枚の薄いカードをAureliaに差し出す。


「これ、君に」


Aureliaは両手で受け取った。


「これは?」


「アクセスカード」


カードを裏返す。


余計な装飾は何もない。


個人識別情報と、船のシステムを示すシンボルだけが表示されている。


「何に使うんですか?」


「乗客としてアクセスしていい区画を開くため」


「開けない場所は?」


「開かない」


Aureliaは頷いた。


「そのほうが安全ですね」


「君のためだけじゃないよ」


Tsumugiは向かいの椅子に座る。


「ASTRAEON VELORIAはものすごく大きい。誰でもどこへでも入れるようになったら、もう船じゃない」


「では、何になるんですか?」


「歩いてるだけで問題になる場所」


Aureliaは笑った。


「歩いてるだけで問題になる場所?」


「迷子になった乗客が生産区画まで行って、仕事中のCalistaに『すみません、レストランはどこですか?』って聞いてるところを想像してみて」


Aureliaは口元を手で覆った。


「怒りますか?」


「いや」


Tsumugiは少し考える。


「たぶん」


「その可能性はかなり高いです」


「Seraphiel」


「私は推定を述べただけです」


Aureliaは微笑んだ。


「分かりました。Calistaの邪魔はしません」


「それがいい」


「Rheaは?」


「もっと危険」


Aureliaは笑う。


「どうして?」


「Mobile Frameの準備中に邪魔したら、たぶん逆に見学へ連れていかれる」


ちょうどそのとき、Rheaが入ってきた。


「それの何が悪いの?」


Tsumugiが振り向く。


「いいところに来たね」


RheaはAureliaの手にあるカードを見る。


「できた?」


「できたよ」


「よかった」


Rheaが近づく。


「あとでハンガーを見たいなら、言って」


Aureliaは頷いた。


「見たいです」


「いいよ」


Tsumugiがすぐに口を挟む。


「体調が十分に回復したって判断されてからね」


Rheaは両手を上げる。


「はいはい。分かってる」


Aureliaは二人を見る。


「この船では、みんながお互いに注意し合っているんですか?」


Rheaは気軽に答えた。


「そうしないと、たぶんもっと問題を起こしてるわ」


Tsumugiは否定しなかった。


Aureliaは微笑んだ。


少しずつ分かってきたことがある。


この船は、全員が役職通りに立っている組織のようには感じられない。


それぞれに仕事がある。


それぞれに責任がある。


それでも、彼女たちの関係が役職だけで完全に区切られているわけではない。


冗談がある。


言い合いもある。


互いを気にかける習慣がある。


言葉にする必要のない信頼もある。


そしてAureliaは、まだそのすべての一員ではない。


彼女自身も、その境界を理解している。


だからこそ、居心地がよかった。


アクセスカードが渡されると、Seraphielが緊急通信機を有効化した。


収納パネルから小型の装置が一つ現れる。


Aureliaが手に取った。


「これですか?」


「緊急通信機」


「この装置は、ASTRAEON VELORIAのセキュリティシステムへ直接接続されます。緊急事態が発生した場合は、メインボタンを二秒間押してください」


Aureliaは頷いた。


「誰かと連絡を取りたいだけの場合は?」


「あなたのアクセス権に応じた船内通信網を利用できます」


「Tsumugi-sanにも?」


「はい」


Tsumugiは笑った。


「夕食ができたか聞くだけで何度も使わないでね」


Aureliaは彼女を見る。


「使いません」


Rheaが口を挟む。


「本当にやったら、返事しなくていいわよ」


Tsumugiはため息をついた。


「なんでいきなり変な例を作るの?」


Aureliaは笑いをこらえる。


「では、賢く使います」


「それがいい」


Seraphielが付け加える。


「船長が応答しない場合は、私がその通信を受け取ることも可能です」


Aureliaは頷いた。


「分かりました」


そして緊急通信機を用意された小さなポケットへ入れた。


これですべてが終わった。


式典もない。


発表もない。


ASTRAEON VELORIAの構造が大きく変わるわけでもない。


それでも行政上は、一人の新しい人物が乗客名簿に加わった。


Aurelia Veyrienne。


一時的な乗客。


Euphoria Medical Instituteを出たあと、Aureliaはすぐにゲストキャビンへ向かわなかった。


TsumugiとRheaと一緒に、メイン通路を歩いていく。


TsumugiはAureliaが長く歩かなくても済むよう、あえて静かなルートを選んでいた。


途中、観測区画の一つを通る。


大きなガラスの向こうに、広大な宇宙が広がっている。


Aureliaが立ち止まる。


Tsumugiも立ち止まった。


Rheaは二歩ほど先まで進んでから、二人がついてきていないことに気づいた。


振り返る。


「どうしたの?」


Aureliaはすぐには答えなかった。


星々は、AURELIS SERENAの小さな窓から見ていたものとは違って見えた。


おそらく、今は自分が生きていると分かっているから。


あるいは、今なら分かるから。


それとも初めて、誰かから「楽しめるのは数分だけ」と言われることなく、空を見ているからなのかもしれない。


「綺麗……」


たった一言だった。


Tsumugiは何も言わない。


Aureliaはガラスへ近づく。


「こういう景色は、以前にも見たことがあります」


「君の船から?」


「はい」


「それで?」


Aureliaは微笑む。


「いつも、少ししか見ませんでした」


「予定があったから?」


「予定があったからです」


Rheaが二人の後ろに立つ。


「今は誰にも追い立てられてないわ」


Aureliaが振り返る。


「本当ですか?」


「しばらくはね」


Tsumugiが付け加える。


「勘違いしないでね。船がTraffic Controlの指示に従わなければならない航路に入れば、私たちも当然ルールに従う」


Aureliaは微笑んだ。


「必要なときには、皆さんがかなり規則を重視することが分かってきました」


「そうしないと、これだけ大きな船はみんなにとって問題になるから」


Aureliaは再び外を見る。


「では、今ある時間を楽しみます」


Tsumugiは頷いた。


「それがいい」


三人は再び歩き始めた。


しかし観測区画を離れたところで、Seraphielが専用回線を通じてTsumugiに連絡してきた。


「Tsumugi」


声の調子が違った。


緊張しているわけではない。


ただ、少し真剣だった。


Tsumugiが足を止める。


「どうしたの?」


RheaとAureliaも止まる。


Seraphielはすぐには答えなかった。


「現在、AURELIS SERENAの法的状態を確認しています」


Tsumugiは眉を寄せる。


「それなら、前にも確認したよね」


「その通りです。しかし、現在は状況が異なります。あの船はASTRAEON VELORIAのハンガー内にあり、法的な所有権が確定していない民間資産として、現在も扱われています」


Tsumugiは頷いた。


「それで?」


「最後に登録されていた所有者を確認したいと考えています」


TsumugiはRheaを見る。


Rheaも意図を理解した。


「所有者がまだ存在するなら、ただの漂流物じゃないってことね」


「そう」


Aureliaも会話を聞いて近づいてくる。


「何か問題があるんですか?」


Tsumugiはまだ答えなかった。


Seraphielが続ける。


「より深く追跡します」


「公式データベースから?」


「それだけではありません」


Tsumugiはすぐに察した。


「Seraphiel」


「はい」


「私たちが追われる側になるようなことはしないで」


「理解しています」


「それで?」


「ASTRAEON VELORIAが有する侵入解析システムとネットワーク分析能力を使用し、外部ネットワークを経由してアクセス可能な所有権記録の経路を追跡します」


Rheaが眉を上げた。


「つまり、ハッキングするの?」


Seraphielは淡々と答える。


「『ハッキング』という表現では単純化しすぎています」


Tsumugiは一瞬、顔を覆った。


「Seraphiel」


「いかなるデータも変更、削除、偽造することはありません」


「それならいい」


「発見可能なデータ経路を読み取るだけです」


Tsumugiは手を下ろす。


「経路がロックされていたら?」


「別の経路を探します」


「全部ロックされていたら?」


「停止します」


Tsumugiは通信パネル越しにSeraphielを見る。


「それならいい。境界を越えないで」


「承知しました」


Aureliaは不安そうな顔をしている。


「これは、私の船に関係することですか?」


Tsumugiは穏やかに訂正した。


「私たちが見つけた船」


Aureliaは頷いた。


「そうでした」


床へ視線を落とす。


「その船がまだ私の家の所有物なのかどうかさえ、私には分かりません」


「だから確認するんだよ」


「でも、もしまだ家の所有物だったら……」


Tsumugiは待った。


Aureliaが顔を上げる。


「私が持って帰らなければならないんですか?」


「そんなに単純な話じゃないよ」


「どうして?」


「船の所有権と、その船を誰かが受け取る権利は、必ずしも同じじゃないから」


Aureliaはその意味を一部理解したようだった。


「つまり、書類があるんですね」


「たくさんね」


Rheaがため息をつく。


「銀河って、簡単なことを長い話にするのが好きよね」


Tsumugiは小さく笑った。


「銀河じゃなくて、人間がね」


「もっと悪いわ」


「同感」


Aureliaも薄く笑った。


しかし、不安は消えていない。


Tsumugiはそれに気づいた。


「今は考えすぎないで」


「でも……」


「正式な所有者がいるなら、手続きに従って対応する」


「いなかったら?」


「それでも救難・サルベージに関する法律に従う」


Aureliaは頷いた。


「分かりました」


それ以上は尋ねなかった。


けれどTsumugiには、彼女の指が互いに強く握られているのが見えた。


別の不安が生まれている。


もしAURELIS SERENAが本当に彼女の家族と繋がっているなら、あの船は単に失敗した旅の証拠ではない。


まだ終わっていない物語の一部になる可能性がある。


その頃、Seraphielは作業を開始していた。


ASTRAEON VELORIAのデータシステム中枢では、内部セキュリティの状態は変わっていない。


警報は鳴っていない。


兵器も起動していない。


戦闘システムにも触れていない。


使用しているのは、船が持つネットワーク能力と情報分析機能だけだった。


Seraphielは複数のデータソースへ検索を接続する。


Ship Registry。


Insurance Record。


Civilian Ownership Registry。


Salvage Database。


Shipping Documentation。


一つずつ。


いくつかの経路からは、すぐに結果が返ってきた。


別の経路では認証が必要だった。


すでに期限切れとなっている記録もある。


しかし、Seraphielの注意を引くものがあった。


AURELIS SERENAの登録所有権情報は、完全に消えていたわけではない。


データ自体は残っている。


ただし、公開アクセスの経路が変更されていた。


Seraphielは、その変更を追った。


一つのノード。


次のノード。


そして、制限層が現れた。


「……興味深い」


声はごく小さかった。


TsumugiはAureliaと歩いていたが、すぐに振り向く。


「何か見つかった?」


「まだ確定できません」


「つまり、何かあるんだね」


「『何かがある』ことと、『私が何かを見つけた』ことには違いがあります」


Tsumugiは薄く笑った。


「逃げるのが上手くなったね」


「慎重になっているだけです」


「続けて」


「承知しました」


Seraphielは再び集中する。


ロックされた経路を無理に突破することはしない。


代わりに、その周囲に残された行政上の痕跡を読み取っていく。


登録住所の変更。


保険会社の変更。


書類の更新。


行政上の権利移転。


最後の検査日。


すべてが痕跡を残している。


そして、その痕跡から一つの名前が浮かび始めた。


Aureliaの家族の名前ではない。


公爵の名前でもない。


政府の名前でもない。


一つの行政上の主体。


Seraphielは停止した。


そのデータは、無視するには新しすぎた。


もう一度確認する。


そして、もう一度。


結果は同じだった。


「Tsumugi」


声の調子が変わる。


Tsumugiが足を止める。


「何?」


「本来なら存在しないはずのものを発見しました」


Aureliaが振り向く。


Rheaも姿勢を正す。


Tsumugiはパネルを見る。


「説明して」


「AURELIS SERENAの登録所有権情報が、外部からアクセスされています」


「アクセス?」


「はい」


「誰が?」


Seraphielはすぐには答えなかった。


数秒が過ぎる。


そして、一つの識別情報が表示された。


公式な要求ではない。


セキュリティ上の命令でもない。


サルベージ手続きでもない。


誰かが、その船の所有権記録を探している。


そして、その検索はAURELIS SERENAがASTRAEON VELORIAによって発見されたあとに始まっていた。


Tsumugiは目を細める。


「いつから?」


「少し前からです」


Rheaが尋ねる。


「船がここにあることを知ってるの?」


Seraphielが答える。


「まだ断定できません。しかし、彼らは登録所有権情報が現在も有効であることを把握しています」


Aureliaは立ったまま動かなかった。


表情が変わる。


「それなら……」


TsumugiがAureliaを見る。


「まだ決めつけないで」


「でも、誰かが探しているんですよね」


「そう」


「しかも、今になって探し始めた」


「そうだね」


Aureliaは手の中の緊急通信機を握る。


一瞬だけ、まるでスリーピング・ポッドから目覚めたばかりの少女に戻ったように見えた。


怖い。


混乱している。


誰を信じればいいのか分からない。


けれど、今回は一人ではない。


Tsumugiが目の前にいる。


Rheaが隣にいる。


Seraphielが船全体を監視している。


Aureliaは息を吸った。


「それは、誰かが来るということですか?」


Tsumugiは落ち着いて答えた。


「まだ分からない」


「もし来たら?」


「まず、誰なのかを見る」


Seraphielが付け加える。


「接触せずに、検索経路の監視を継続します」


Tsumugiは頷いた。


「何にも触らないで」


「承知しました」


「それと、私たちが気づいていることを相手に知らせないで」


「それも承知しています」


RheaがTsumugiを見る。


「私たちの休暇、まだ観光地に着いてもいないのに」


Tsumugiはため息をついた。


「始めないで」


「ただ言っただけよ」


「分かってる」


Aureliaは二人を見つめた。


なぜか、少し笑いそうになった。


新たに生まれた不安の中で、その小さな冗談が彼女の胸を少しだけ軽くした。


Tsumugiは船長の住居へ向かう通路を見る。


「今は予定通り進めよう」


Rheaは頷いた。


AureliaがTsumugiを見る。


「休暇もですか?」


「休暇も」


「でも、私の船を探している人がいるんですよね」


「私たちが見つけた船」


Aureliaは小さく笑った。


「分かりました。あなたたちが見つけた船ですね」


Tsumugiは頷いた。


「明日も、予定通り旅を続ける」


Seraphielが船内システムを通して告げる。


「ASTRAEON VELORIAは、予定された航路を維持しています。目的地にも変更はありません」


Tsumugiはまっすぐ前を見る。


「それならいい」


三人は再び歩き始めた。


旅が始まったときより、一人多い。


一時的に自分の爵位を中心に置かないことを選んだ、貴族の少女。


ただ銀河を見たい、一人の乗客。


本当の所有者が誰なのかをまだ語り終えていない、放棄されたクルーズ船。


そして、その所有権記録を今になって探し始めた、どこかの誰か。


Tsumugiには、その人物が誰なのかまだ分からない。


そして、焦って知ろうともしていなかった。


今は、それよりも重要なことがある。


ASTRAEON VELORIAは、まだ観光地へ向かっている。


誰かが過去の扉を叩き始めたからといって、Tsumugiは自分たちの休暇を仕事に変えるつもりはなかった。


船長の住居へ到着すると、Aureliaは用意されたゲストキャビンの前で立ち止まった。


その部屋は、ASTRAEON VELORIAの他の設備と比べれば簡素だった。


それでも、一人で過ごすには十分な広さがある。


ベッド。


机。


個人用端末。


衣類収納。


通信パネル。


観測窓。


Aureliaは数歩、中へ入った。


周囲を見渡す。


「ここが私の部屋ですか?」


「しばらくはね」


Aureliaは机の表面に触れる。


「ありがとうございます」


「気にしないで」


そしてTsumugiを見る。


「一つ言ってもいいですか?」


「いいよ」


「誰がいつ入ってくるのか、いつ出なければならないのか、その予定が決められていない部屋を持つのは、初めてかもしれません」


Tsumugiは微笑んだ。


「それなら、ゆっくり過ごすといい」


Aureliaは頷いた。


「はい」


窓の外を見る。


星々はまだそこにある。


何も変わっていない。


ただ今は、それを見る時間がある。


「おやすみなさい、Tsumugi-san」


「おやすみ、Aurelia」


ゲストキャビンの扉がゆっくり閉じる。


Tsumugiはしばらく廊下に立っていた。


Seraphielが専用回線で連絡してくる。


「Tsumugi」


「うん?」


「所有権情報への検索は、現在も継続しています」


「監視だけして」


「承知しました」


Tsumugiは歩き始める。


数メートル進んだところで、Seraphielが再び話しかけた。


「もう一つあります」


Tsumugiは足を止める。


「まさか、休暇が中止になるとか言わないよね」


「まだです」


「それならいい」


「しかし、その検索には高い権限を持つ登録システムへ接続された経路が使用されています」


Tsumugiは正面を見つめたまま動かない。


「どれくらい高いの?」


Seraphielは数秒間沈黙した。


「通常の検索として扱うことは推奨できない程度には、高い権限です」


Tsumugiは息を吐いた。


「……そう」


彼女は再び歩き出した。


急ぐこともない。


遅くすることもない。


今夜は、まだ何かをする理由はない。


しかし、この瞬間からAURELIS SERENAは、単にセキュリティ側から要請されたために運んでいる船ではなくなった。


誰かが、その船を探している。


そして、すでにネットワーク上から消えているはずだった船を誰かが探しているのなら――


次に問うべきなのは、もう所有者が誰なのかではない。


なぜ、今になって探し始めたのか。


その理由だった。


【第75話――「観光航路へ」】


ASTRAEON VELORIAは外縁民間人漂流セクターを離れ、当初の計画通り銀河レジャー回廊への進入準備に入る。Tsumugiはプライベートレジャーモードを起動し、観光旅行中は契約、賞金依頼、ミッション・ブリーフィングを一切受けないことを明確にする。Aureliaは一時的な乗客としての生活を始め、少しずつ船内での暮らしに適応していく。


しかし、一見すると穏やかな旅の裏側で、Seraphielは物語の本筋を妨げることなく、AURELIS SERENAの登録所有権情報に対する外部からの動きを監視し続けていた。


【第75話へ続く……】

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