【第71話】「一致しない身元」
【第71話】「一致しない身元」
ASTRAEONの夜が、完全な暗闇に包まれることはない。
乗組員の活動が減ると大部分のシステムを停止させる小型船とは違い、ASTRAEONは常に稼働し続けている。
廊下の照明はより柔らかなものへと変わり、レストランは営業活動を縮小し、一部の娯楽施設は夜間モードへ移行する。一方、農業区画では、植物のために設定された照明サイクルが維持されていた。
Euphoria Medical Instituteの中は、より静かだった。
医療用換気システムのかすかな音。
医療ドローンが移動する音。
そして、部屋を移動するスタッフのために自動ドアが開く音が、時折聞こえるだけだった。
Aureliaは、まだ眠っていなかった。
背中を枕で支えられた状態で、ベッドに座っている。
長い髪は、何時間にも及ぶ治療の影響で少し乱れていたが、本人は気にしていなかった。
彼女の意識は、ひとつの画面に向けられている。
そこに表示されている名前は、彼女自身のものだった。
AURELIA VEYRIENNE
その下には、完全には読み取れないデータが数行表示されていた。
Aureliaはしばらく画面を見つめた後、ようやく口を開いた。
「Seraphiel」
「はい、Aurelia」
「私の身元に、何か問題があるのですか?」
Seraphielは、すぐには答えなかった。
検査用テーブルの近くに立っていたTsumugiも、そちらへ振り向く。
ついに、その質問が来た。
彼らが伝えたからではない。
Aurelia自身が、何かがおかしいことに気づき始めたのだ。
「AURELIS SERENAから復元した複数のデータソースの間に、いくつかの不一致が確認されています」
Aureliaは眉を寄せた。
「どのような不一致ですか?」
「あなたの生体認証シグネチャは、保存されていたデータと一致しています。DNA記録も一致しています。しかし、乗客登録情報と一部の管理記録には、あなたの公開されている身元情報から考えた場合、本来存在するはずの関連性が確認できません」
Aureliaは、すぐには答えなかった。
毛布の上に置かれていた指が止まる。
「公開されている身元情報?」
Tsumugiは、彼女の表情に生じた小さな変化を見逃さなかった。
先ほどまでのAureliaは、失われた七ヶ月についての情報を聞いても、取り乱すことはなかった。
しかし、今回は違う。
そこには、はるかに個人的な緊張があった。
「Seraphiel」とTsumugiが言った。「検証可能なデータだけを表示して」
「承知しました」
画面が切り替わる。
いくつもの情報階層が表示された。
生体認証シグネチャ — 一致
DNA記録 — 一致
医療記録 — 部分一致
乗客登録情報 — 不一致
外交データベース — 制限付き
Aureliaは、最後の一行を見つめた。
その表情が変わる。
ほんのわずかに。
だが、Tsumugiには分かった。
「外交データベース?」
Aureliaは息を吸った。
「なぜ私のデータがそこにあるのか、私には分かりません」
Tsumugiは、すぐには返事をしなかった。
彼女を尋問されているような気分にさせる質問で、追い詰めたくはなかった。
「本当に分からないのなら、今すぐ説明する必要はないわ」
Aureliaが顔を上げる。
「Tsumugi-san」
「何?」
「私が話さなければならないことがあるのは、分かっています」
部屋が再び静まり返った。
Aureliaは、自分の両手を見つめる。
そこには、ためらいがあった。
答えを知らないから迷っているのではない。
ひとつの現実を明かすべきか、それともまだ胸の内にしまっておくべきか。
まるで、そう選んでいるようだった。
「私が初めて目を覚ましたとき」と、Aureliaはゆっくり話し始めた。「ただ、自分がどれほど眠っていたのかを知りたかったのです。答えを聞いたあと、私にとって最大の問題は、七ヶ月を失ったことだと思いました」
彼女は一度言葉を止めた。
「でも、そうではなかったのですね」
Tsumugiは口を挟まなかった。
Aureliaは続ける。
「私が本当は誰なのかを話せば、あなたたちの状況も変わってしまいます」
その最後の言葉を、ちょうど部屋に入ってきたRheaが聞いた。
「どう変わるの?」
Aureliaが振り向く。
Rheaは片手に飲み物を持ち、入口に立っていた。
Aureliaは少し驚いた様子を見せる。
「いつからそこにいたのですか?」
「ほんの数秒前。空気が深刻になったところだけは聞こえたわ」
Rheaは近づき、飲み物をテーブルの上に置いた。
それからAureliaを見る。
「話したいなら、話せばいい。誰も無理に話させたりはしないから」
AureliaはRheaを見た。
そしてTsumugiを見る。
それから、再び画面へ視線を戻した。
やがて、彼女は長く息を吐き出した。
「私の名前は、確かにAurelia Veyrienneです」
Tsumugiは頷いた。
「それは、もう分かっているわ」
「ですが、その名前は、単なる家名ではありません」
Aureliaは唾を飲み込んだ。
「私は、ある公爵の娘です」
飲み物の容器を開けようとしていたRheaの手が止まった。
Tsumugiも、ただ黙っていた。
大きく驚くような表情はない。
劇的な反応もない。
その数秒間の沈黙が、かえってその告白を現実のものとして感じさせた。
Aureliaは続けた。
「私の家は、ヴェルドラコン銀河帝国の貴族制度に属しています」
Tsumugiが、ようやく尋ねた。
「ヴェルドラコン銀河帝国?」
「はい」
Aureliaは頷いた。
「目を覚ました直後に話さなかったのは、それを話しても安全なのか分からなかったからです。あなたが誰なのか、この船がどこへ向かっているのか、私を見つけた人が、私の身元を知ろうとする何らかの理由を持っているのかさえ、まだ分かりませんでした」
Tsumugiには、その理由が理解できた。
「だから、待つことにしたのね」
「嘘をつくつもりはありませんでした」
「分かっているわ」
Tsumugiの返事があまりにも早かったため、Aureliaは少し戸惑ったように目を瞬かせた。
「まだ話す準備ができていないのなら、これ以上説明する必要はないわ」
「ですが、私は隠していたのです」
「あなたは七ヶ月ぶりに目を覚ましたばかりよ。何かを隠していることと、まだ説明できる状態ではないことは、同じではないわ」
Aureliaは黙り込んだ。
その後、Rheaが壁際の椅子に腰を下ろす。
「私から言わせてもらうなら、あなたの判断は理にかなっていると思うわ。大量の遺体が残された旅客船で、ひとりだけ生きて発見された貴族が、独立系の傭兵船に運ばれた。そんな状況で、いきなり自分の身元をすべて話したいと思う人のほうが少ないでしょうね」
Aureliaが振り向く。
「傭兵?」
Tsumugiが頷いた。
「ええ」
Aureliaは、読み取りにくい表情でTsumugiを見つめた。
「あなたは、本当に宇宙傭兵なのですか?」
「Independent Space Mercenaryよ」
「そして、ASTRAEONの所有者でもある?」
「そうよ」
Aureliaは周囲を見回した。
まるで、今になって初めて、自分がいる場所の大きさを実感したかのようだった。
「つまり、私は傭兵に救助されたのですね」
「大体、そういうことになるわね」
「そして、これほど大きな船があなたの所有物なのですか?」
Tsumugiは、もう一度頷いた。
Aureliaは小さく息を吐いた。
「あなたの船のデータによって、AURELIS SERENAのシステムが重要ではないように見えていた理由が、少し分かってきました」
Rheaが笑った。
「ようやく、私たちの問題が分かってきたようね」
TsumugiがRheaを見る。
「問題?」
RheaはAureliaを指差した。
「私たちは、放棄された旅客船の中で公爵の娘を発見して、自分たちの船に運び込んだ。それなのに、すべてが終わってから相手の正体を知ったのよ」
TsumugiはAureliaを見た。
「そう考えると、確かに大変な状況に聞こえるわね」
しかし、Aureliaは小さく微笑んだ。
「私にとっては、とても奇妙な幸運のように聞こえます」
Seraphielが、再び検査結果を開いた。
「もうひとつ、お伝えする必要がある事項があります」
Tsumugiが振り向く。
「何?」
「AURELIS SERENAの事故に対応する権限を持つ保安機関へ、すでに連絡を行いました」
Aureliaがすぐに顔を上げる。
「いつですか?」
「船の身元と、生存者の存在が確認できた後です。あなたの個人的な医療データ全体を開示することなく、確定できる情報のみを送信しました」
Aureliaの表情に、安堵が浮かんだ。
しかし、その直後に新たな不安が生じる。
「彼らは、もう私のことを知っているのですか?」
「Aurelia Veyrienneという名前の生存者が発見され、生存していることは把握しています。ただし、家族の身元に関する詳細は、まだすべて送信していません」
Aureliaは、しばらく目を閉じた。
安堵と恐怖が、同時に押し寄せていた。
少なくとも、外のどこかにいる誰かは、彼女がまだ生きていることを知っている。
しかし、その知らせがすでに外の世界へ向かって動き始めたという事実は、彼女がスリーピング・ポッドの中で過ごしていた時間を、もう単なる保留状態として扱えないことも意味していた。
七ヶ月。
今、彼女の消息が動き始めている。
「Tsumugi-san」
「何?」
「お願いしたいことがあります」
「何かしら?」
Aureliaは、少しだけ背筋を伸ばした。
「家にいる家族へ連絡する許可をいただきたいのです」
Tsumugiは、彼女の顔を見た。
今回は、Aureliaの声にためらいはなかった。
不安は残っている。
しかし、望みは明確だった。
「私がまだ生きていることを、家族に知ってほしいのです」
Tsumugiは頷いた。
「もちろんよ」
Aureliaは、胸を押しつぶしていた重荷を、ようやく下ろしたかのような表情を見せた。
「ありがとうございます」
「Seraphielが通信回線の準備を手伝えるわ。ただし、接続する前に、通信経路が安全であることと、ASTRAEONの位置を不用意に公開しないことを確認する必要があるわね」
Aureliaは理解したように頷いた。
「分かりました」
「限定通信回線は、すでに準備しています。ただし、もうひとつ問題があります」
Tsumugiは、すぐに画面を見た。
「また問題があるなんて言わないでよ」
「私は『問題』という言葉を使うつもりはありません。『かなり高額になり得る管理上の帰結』という表現を使用します」
Rheaは、すぐに口元を手で覆った。
Tsumugiは目を細める。
「Seraphiel」
「はい、Tsumugi」
「説明して」
「保安機関から、AURELIS SERENAをASTRAEON VELORIAとともに運搬するよう要請されています」
Tsumugiは黙り込んだ。
「AURELIS SERENAを?」
「その通りです」
TsumugiはRheaを見た。
それから、再び画面へ視線を戻す。
「何のために?」
「調査、証拠の検査、証拠品の保全、および船の法的状態に関する手続きのためです。発見された後、その船体を現場に残すことを、彼らは望んでいません」
Tsumugiは顎に手を当てた。
それは理にかなっていた。
AURELIS SERENAは、単なる破損物ではない。
乗客登録情報。
ブラックボックス。
医療記録。
船内記録の可能性。
乗客の私物。
損傷の証拠。
船の残存システム。
さらには、その船体構造そのものも調査対象になり得る。
生存者が発見された後に船を宇宙空間へ放置すれば、権限を持つ機関は、その船の所有者が誰なのか、保険請求が存在するのか、その船が係争中の財産なのか、そして船内に残された証拠に対して誰が権利を持つのかを、なお決定しなければならない。
Tsumugiは息を吐いた。
「つまり、私たちは人を救助しただけではないのね」
「その通りです」
Seraphielが、相変わらず平坦な声で続ける。
「現在、私たちは旅客船ほどの大きさを持つ問題も運んでいることになります」
Tsumugiは彼を見た。
「ちょっと待って」
彼女はハンガーの配置画面を開いた。
「そんな大きな船が、ASTRAEON VELORIAのハンガーに入るの?」
Seraphielは、迷いなく答えた。
「入ります」
Tsumugiは眉を上げた。
「本当に?」
「はい」
「Seraphiel。AURELIS SERENAの全長は、約一千百メートルよ」
「その船のサイズは把握しています」
「それで、入ると言っているの?」
「Tsumugi。ASTRAEON VELORIAの全長は約八千六百メートルです。単純に比較した場合、AURELIS SERENAはASTRAEONにとって大きな船ではありません」
Tsumugiは画面を見つめた。
それから、Rheaを見る。
Rheaは肩をすくめた。
「私にも、それに反論する材料はないわね」
Tsumugiは再びSeraphielを見た。
「つまり、全長一千百メートルの船が小さいと?」
「私は『相対的に小さい』という表現を選びました」
「相対的に?」
「誰かがクジラをプールへ運び込めば、そのクジラは大きな存在です。しかし、それを海へ運び込んだ場合、状況の捉え方は変わります」
Rheaがすぐに笑い出した。
Tsumugiはこめかみを押さえる。
「そのたとえ、どんどんおかしくなっているわよ」
「しかし、効果的です」
「そうは思わないわ」
「承知しました。技術用語を使用します。AURELIS SERENAは、ASTRAEON内部のドッキング・ハンガー区画へ、船の主要運用を妨げることなく収容可能です」
Tsumugiは、まだ画面を見つめていた。
「それなら、保安機関が本気で運搬を求めているということね」
「非常に本気です」
「そして、私たちがこれを無料で行うことを期待しているの?」
一拍の間があった。
Seraphielは、相変わらず平坦な声で答えた。
「いいえ。追加費用については、正式な経路を通じて協議すると伝えられています」
Tsumugiは目を細めた。
Rheaが薄く笑い始める。
そこへ、最後の言葉を聞きつけたLanが部屋に入ってきた。
「追加費用?」
Tsumugiが振り向く。
「保安機関が、AURELIS SERENAをASTRAEONと一緒に運んでほしいそうよ」
Lanは、しばらく黙っていた。
それから尋ねる。
「補償付きで?」
「話し合うそうよ」
Lanは薄く笑った。
「それなら、ASTRAEONが無料の引き船ではないと説明する必要はなさそうですね」
Seraphielが口を挟む。
「ASTRAEON VELORIAはIndependent Space Mercenary vesselとして運用されており、全長一千百メートルの民間船舶を運搬するには追加の運用費用が必要であると、すでに説明しています」
TsumugiはSeraphielを見た。
「具体的には、どんな費用がかかるの?」
「ドッキング準備、船体固定、エネルギー消費、航法修正、乗組員の作業費、検査、保険上のリスク、ハンガー占有、警備モニタリング、救難船としての責任、および管理手続きです」
Lanは満足そうに頷いた。
「いいですね」
TsumugiはSeraphielへ視線を戻す。
「それで、向こうの返事は?」
「船の安全確保が完了した後に、その費用について協議できるとのことです」
Tsumugiは、力のない笑みを浮かべた。
「典型的な言い方ね」
Seraphielは続けた。
「また、追加費用なしで作業を行ってほしいのであれば、全長八千六百メートルの船を送ってASTRAEONを牽引すべきだとも伝えました」
部屋が突然、静まり返った。
RheaがSeraphielを見る。
Lanは笑いをこらえている。
Tsumugi自身は、手のひらで顔を覆った。
「Seraphiel」
「はい?」
「保安機関に、そんなことを言わないで」
「その発言は送信していません。内部シミュレーションにおける発言です」
Rheaは、とうとう笑い出した。
「Seraphiel。今回ばかりは、あなたにユーモアのセンスがあってよかったと思うわ」
「ありがとうございます。私は、しばらく前から人類のユーモアのパターンを学習しています」
Tsumugiは息を吐いた。
「問題は、それがユーモアなのか皮肉なのか、私には判断できないことね」
「両方の機能を同時に果たすことが可能です。通信効率も向上します」
LanはTsumugiを見た。
「船長。少なくとも、ひとつだけ明確になったことがあります」
「何?」
「保安機関は、私たちが無料の救助業者ではないと理解したはずです」
Tsumugiは頷いた。
「それは、きちんと理解してもらう必要があるわね」
やがて、その会話は再び、より深刻な問題へと戻っていった。
TsumugiはSeraphielに、船内配置を表示するよう求めた。
空間の中央に、ASTRAEONの三次元モデルが現れる。
ハンガー区画が示された。
その内部に、AURELIS SERENAの小さなモデルが表示される。
その比較によって、TsumugiはようやくSeraphielの言いたいことを理解した。
民間船として見れば、AURELIS SERENAは確かに大きい。
しかし、ASTRAEONの規模の中では、その大きさは利用可能な船内施設の一部にすぎなかった。
「どの区画を使うの?」
「船体検査システムへ直接アクセスできる、内部ドッキング・ハンガー区画のひとつです。AURELIS SERENAを配置した後、警備システムが分離区域を設定します。これにより、船はMobile Frame区画および生産施設の区域と混在しません」
その説明が終わった直後、Calistaが入ってきた。
「別の船を運ぶって聞いたけど」
Tsumugiが振り向く。
「ええ」
Calistaは投影モデルへ近づいた。
彼女の視線は、すぐにAURELIS SERENAのモデルへ向けられる。
「船体が壊れているわね」
「だから、保安機関は一緒に運ぶことを望んでいるのよ」
Calistaはモデルを拡大した。
「普通に牽引したら、すでに弱くなっている部分に余計な負荷がかかる。単純な牽引ではなく、ドッキングシステムを使う必要があるわ」
Seraphielが頷いた。
「私も同じ方法を推奨します」
Calistaはいくつかのモデル部分を動かした。
「前方に主な荷重をかけてはいけない。右舷側の損傷した構造にも支えが必要ね。この状態のままハンガーへ入れるなら、移動中に部品が外れないように確認しなければならない」
Tsumugiが尋ねる。
「できる?」
「できるわ。ただし、ASTRAEONが大きいからといって、何でもそのまま放り込めると思わないことね」
Rheaが笑った。
「残念ね。私はてっきり、スーツケースを入れるみたいに運び込めると思っていたわ」
CalistaはRheaを見た。
「そのスーツケースが全長一千百メートルで、何トンもあるなら、あなたが試してみればいいわ」
Rheaは、すぐに両手を上げた。
「その意見は撤回するわ」
それまで会話を聞いていたAureliaが、ようやく微笑んだ。
先ほどまで治療室を満たしていた緊張が、ゆっくりとほどけていく。
身元を明かしてから初めて、彼女は家柄の称号や帝国、過去とは関係のないものを目にした。
彼らは船について話していた。
技術的な問題。
費用。
仕事。
そんな単純なことが、不思議なほど彼女を落ち着かせていた。
その後、TsumugiはAureliaの前に戻り、再び腰を下ろした。
「今夜、家族に連絡したいの?」
Aureliaは頷いた。
「可能であれば」
「できるわ」
「ですが、ひとつお願いがあります」
「何かしら?」
「家族とは、私ひとりで話したいのです」
Tsumugiは頷いた。
「問題ないわ」
Aureliaは息を吸った。
「七ヶ月も経っています。今、家族がどうしているのか分かりません。まだ私を待っているのか、何かを現実として受け入れてしまったのか、それともAURELIS SERENAで何が起きたのかさえ知らないのか」
声は落ち着いていた。
しかし今回は、感情を完全に隠すことができていなかった。
「目を覚まして最もつらかったのは、自分が七ヶ月眠っていたと知ることではありません」
彼女は通信画面を見つめた。
「私が眠っている間、家族は私が生きているのかどうかも分からないまま、七ヶ月を過ごしていたかもしれない。そのことに気づくのが、一番つらいのです」
Tsumugiは、簡単すぎる慰めの言葉を口にしようとはしなかった。
ただ、こう答えた。
「それなら、これ以上待たせないことね」
Aureliaは頷いた。
Seraphielが通信回線を起動する。
「検証可能な経路を通じて接続を開きます。あなたの身元には制限付きのステータスが設定されているため、接続を転送する前に認証を求められます」
Aureliaは長く息を吸った。
「分かりました」
彼女の手が、わずかに震えていた。
Tsumugiはそれを見た。
何も尋ねる必要はなかった。
彼女が恐れていることは明らかだった。
保安機関を恐れているのではない。
Tsumugiを恐れているのでもない。
七ヶ月もの間、行方不明になっていた後で、家族の声を聞くことを恐れているのだ。
泣いているかもしれない。
怒っているかもしれない。
何かが変わってしまっているかもしれない。
彼女が思い描いていた家は、今も変わらず存在しているのに、自分自身だけがもう以前と同じではないかもしれない。
そんなことを恐れているのだ。
Seraphielが認証処理を終えた。
「家族向け通信回線を検出しました。あなたによる最終確認の後、接続を開始できます」
Aureliaは画面を見つめた。
数秒が過ぎる。
やがて、彼女は頷いた。
「開いてください」
接続が開始される直前、Seraphielが一度処理を止めた。
「もうひとつ、Aurelia」
「はい?」
「保安機関から、たった今更新情報が届きました。AURELIS SERENAをASTRAEONとともに運ぶという、こちらの判断を受け入れたとのことです。また、正式な検査が行われるまで、船を移動させたり解体したりしないよう求めています」
Aureliaは頷いた。
「分かりました」
Tsumugiが立ち上がる。
「Seraphiel」
「はい?」
「Aureliaの通信回線が妨害されないようにして」
「もちろんです」
「それから、AURELIS SERENAについては?」
「すでにドッキング手順を準備しています。Calistaが船体を検査し、私が航法と船内の安全確保を担当します」
Tsumugiは頷いた。
「分かったわ」
それから、Aureliaを見る。
「船のことは私たちが対応するわ。あなたは家族のことを考えて」
AureliaはTsumugiを見つめた。
その顔には、安堵が浮かんでいた。
「ありがとうございます、Tsumugi-san」
「お礼は必要ないわ」
「私にとっては、必要なことです」
Tsumugiは反論しなかった。
ただ、薄く微笑んだ。
やがて、通信画面が切り替わった。
接続を示すシンボルが表示される。
家族への発信接続
Aureliaは息を吸った。
両手の指を絡める。
最後に家の声を聞いてから、七ヶ月が過ぎていた。
その夜、スリーピング・ポッド07から目を覚まして以来、初めてAureliaは、ただ世界の情報を待つだけではなくなった。
彼女自身が、置き去りにしてきた世界へ連絡しようとしていた。
そして、Euphoria Medical Instituteの外でも、別の作業が始まっていた。
約七ヶ月にわたって放棄された船体となっていたAURELIS SERENAが、今まさに移動されようとしている。
ASTRAEON VELORIAが、それを運ぶ。
Tsumugiが望んだからではない。
その船を必要としているからでもない。
救助という行為には、必ず結果が伴う。
そして今回、その結果は全長一千百メートルの大きさを持っていた。
Seraphielがドッキング手順を起動する。
Calistaがハンガーへ向かう。
Rheaが安全確保の準備を手伝い始める。
Lanが運用費用の書類を開く。
その一方で、Tsumugiは治療室に残っていた。
彼女の前では、Aureliaが家族との接続を待っている。
画面の向こうでは、ひとつの身元が、ただの不一致データから、はるかに大きな現実へと変わり始めていた。
Aurelia Veyrienne。
ある公爵の娘。
ヴェルドラコン銀河帝国の一員。
しかし、その夜だけは、すべての称号が待つことを許された。
公爵の娘として再び生きる前に――
Aureliaはただ、家族の声を聞きたかった。
---
【次話 第72話 — 「公爵令嬢」】
日本語タイトル: 「公爵令嬢」
あらすじ: Aureliaがヴェルドラコン銀河帝国のある公爵の娘であることが判明した後も、Tsumugiは彼女を特別扱いせず、ひとりの人間として接し続ける。Aureliaは、自分を形作ってきたこれまでの生活について、少しずつ語り始める。教育、礼儀作法、個人警護、日程、政治的な要求、そして家族が背負う責任。
その一方で、オーレリス・セレナは正式な検査を待つため、ASTRAEON内部の施設に安全確保された。
やがてTsumugiは、Aureliaに対して、簡単だが重要な質問を投げかける。
「あなたは、家に帰りたいの?」
Aureliaの答えは、すぐには返ってこなかった。
【第72話へ続く……】




