第三十八章 —— ヴェスペラ・ノクス・アウレル
第三十八章 —— ヴェスペラ・ノクス・アウレル
ヴェスペラは予想よりも早く回復した。
救助されてから二日後、彼女はまだ少しふらつきながらも歩けるようになっていた。傷はほとんど塞がっていた——アストレオンの医療技術は銀河標準をはるかに超えている——そして青白かった肌の色も正常に戻り始めていた。
紬は彼女を展望室で見つけた。大きな窓に向かって折りたたみ椅子に座っている。外では、ヴァスケリルの小惑星群が静寂の中に浮かび、時折遠くの星の光を反射している。
「もう起きられるようになったんだな」と紬は言った。
ヴェスペラが振り返った。その青白い瞳が静かな眼差しで紬を見つめる。
「体の調子が良くなったから。長く横になっているのは好きじゃない。」
紬は隣の椅子に座った。
「セラフィエルはまだ休むべきだと言っていたが。」
「セラフィエル?」ヴェスペラは眉をひそめた。「君のAIか?」
「ああ。君が意識を失っている間、彼女が看護していた。」
ヴェスペラはしばらく沈黙した。その目は再び外の星々に向けられる。
「人間を看護できるAI。それは……普通じゃない。」
「セラフィエルは普通のAIじゃない。」
「明らかだ。」ヴェスペラは微かに微笑んだ——紬が初めて見る彼女の笑みだ。「この船も普通じゃない。フロンティアでこんなに大きな船を見たことがない。」
紬は答えなかった。彼はただ外の景色を見つめていた。
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「星崎船長。」
「紬だ。」
ヴェスペラが振り返った。
「何?」
「紬でいい。堅苦しくしなくていい。」
ヴェスペラはしばらく彼を見つめた。そして頷いた。
「紬。」彼女はその名前を慎重に発音した——まるでその味を確かめるかのように。「お礼を言いたい。あなたは私の命を救った。」
「もう礼は言った。」
「ええ。でももう一度言いたい。なぜなら……あなたがしたことは簡単なことじゃないとわかっているから。航路を変え、救助チームを送り、私を船に運んだ。それらは……義務ではなかった。」
紬は彼女を見つめた。
「その通りだ。義務ではなかった。でも正しいことだった。」
ヴェスペラは読み取れない表情で彼を見つめた。
「あなたは変な人ね、紬。」
「よく言われる。」
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二人は心地よい沈黙の中で数分間座っていた。
そしてヴェスペラが再び口を開いた。
「私の船は。状態はどう?」
「酷く損傷している。主エンジンは全壊。航法システムも損傷。シールドは完全に停止。」
ヴェスペラはため息をついた。
「そうだろうと思った。」
「セラフィエルによると、修理には数日かかる。一週間かもしれない。」
ヴェスペラは頷いた。
「修理費用は払う。貯金があるから——」
「必要ない。」
ヴェスペラは彼を見つめた。
「何?」
「君の金は必要ない。十分持っている。」
「でも——」
「君はその船で仕事に戻る必要があるんだろう?」
ヴェスペラは沈黙した。そして静かに頷いた。
「ええ。」
「ならば、直そう。金は要らない。」
ヴェスペラは読み取れない表情で彼を見つめた——困惑と、疑いと、そして何か別のものが混ざったような。
「なぜそんなことをするの?」
「できるからだ。」
それは単純な答えだった。しかし紬はその答えでは十分ではないことを知っていた。ヴェスペラは全ての理由を知りたがるタイプだ——彼女の眼差しから、話し方から、それがわかる。
「そして」と紬は続けた。「君には役に立つものがあると思う。」
ヴェスペラは眉を上げた。
「役に立つ?」
「君の探査データだ。フロンティアの地図。未踏の領域に関する情報。それは価値がある。」
ヴェスペラは沈黙した。
「つまり、私のデータが欲しいの?」
「協力したいんだ。君には情報がある。私には船と資源がある。互いに助け合える。」
ヴェスペラは考えた。その目は評価するように紬を見つめている——何かを計算しているかのように。
「あなたはフロンティアで出会う大抵の人とは違う。」
「フロンティアの人々はどんな風に?」
「彼らは何かを欲しがる。いつも。理由なく何かをすることはない。」
「私にも理由はある。」
「ええ。でもあなたの理由は金じゃない。権力でもない。」ヴェスペラは彼を見つめた。「あなたは知りたがっている。探検したい。外に何があるか見たい。」
紬は答えなかった。しかしヴェスペラはもう答えを知っていた。
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翌日、紬はヴェスペラを格納庫へ連れて行き、彼女の船を見せた。
ヴェスペラは自分の探査船の前に立った——アストレオンのドローンたちがすでに修理を始めている船だ。船体はいくつかの場所で補修され、開いていたパネルのいくつかは元に戻されている。
「もう修理を始めてくれていたのね」とヴェスペラは言った。
「セラフィエルが全部手配した。」
ヴェスペラは自分の船の周りを歩き、細部を確認した。彼女はエンジン部分で立ち止まり、交換された部品を観察した。
「このエンジン……標準のものじゃない。」
「セラフィエルがアップグレードした。」
ヴェスペラは振り返った。
「アップグレード?」
「ああ。古いエンジンは修理には損傷が酷すぎた。だからセラフィエルがより良いものに交換した。」
ヴェスペラは眉をひそめた。
「より良いもの?」
「アストレオンの技術だ。銀河標準より一段上だ。」
ヴェスペラは目を見開いて彼を見つめた。
「あなたは……自分の船の技術を私の船に与えたの?」
「壊れた船で君を帰らせるわけにはいかない。危険すぎる。」
「でもこの技術は——」
「他の誰にも知られない。セラフィエルが、この技術がアストレオンから来たものだとわからないようにする。」
ヴェスペラはしばらく彼を見つめた。
「あなたは本当に変な人ね、紬。」
「わかってる。」
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紬はセラフィエルが行ったアップグレードについてさらに説明した。
「エンジンの他に、セラフィエルは防御システムも追加した。」
ヴェスペラは眉を上げた。
「防御?」
「ああ。君はフロンティアを一人で旅する探検家だ。身を守るものが必要だ。」
「私の船には武器がなかった。」
「今はある。」
紬は近くのパネルのボタンを押した。船体の一部が開き、隠された武器システムが現れる——二門の小型プラズマランチャーと一基のポイントディフェンスアレイだ。
「これ……隠されているの?」
「ああ。標準センサーには映らない。君が起動した時だけ作動する。」
ヴェスペラは輝く目でその武器を見つめた。
「武器を使ったことがない。」
「使う必要はない。緊急時だけだ。」
ヴェスペラは静かに頷いた。
「そして……AI?」
紬は微笑んだ。
「セラフィエルは君の船のAIも更新した。今は一人でもAIの支援で操作できる。全部を自分で制御する必要はない。」
ヴェスペラは彼を見つめた。
「あなたはこれを全部くれたの……見返りを求めずに?」
「見返りは求めている。君の探査データだ。忘れたか?」
ヴェスペラは微笑んだ——以前よりずっと誠実な微笑みだ。
「そうだった。忘れていた。」
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夜、ヴェスペラは紬、レア、ランと共に夕食をとった。
アストレオンの食卓は、一人増えたことでより賑やかに感じられた。ヴェスペラはレアとランの間に座り、セラフィエルが用意した料理を感嘆の表情で見つめた。
「これ……本物の食べ物?」
「ああ」とレアが答えた。「セラフィエルは素晴らしい料理人だ。」
ヴェスペラはフォークを手に取り、一口味わった。目を見開く。
「美味しい。こんなに美味しいものを食べたのは……いつ以来かしら。」
「普段は何を食べているんだ?」とランが尋ねた。
「合成食料。料理をする時間があまりないから。」
レアは首を振った。
「それは不健康だ。」
「わかってる。でも実用的なの。」
紬は食事をしながら二人の会話を聞いていた。彼はヴェスペラが打ち解け始めているのを見て嬉しく思った——まだ彼女と他の者たちの間には明らかな距離があるが。
「ヴェスペラ」と紬が言った。
ヴェスペラが振り返った。
「はい?」
「船の修理が終わったら、どうするつもりだ?」
ヴェスペラはしばらく沈黙した。
「旅を続ける。調べたい場所がいくつかある。」
「どこだ?」
「セクター7に重力異常がある。襲撃される前、それを調査していた。」
「重力異常?」
「ええ。何か普通ではないもの。まだ何かはわからないけど、知りたい。」
紬は頷いた。
「面白い。」
ヴェスペラは彼を見つめた。
「興味がある?」
「かもしれない。後でな。」
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夕食後、紬とヴェスペラはアストレオンの廊下を歩いた。
「紬」とヴェスペラが言った。
「何だ?」
「なぜこんなことをするの? あの遭難信号を無視することもできた。旅を続けることもできた。でもしなかった。」
紬は考えた。
「無視できなかった。それは私じゃない。」
「つまり、あなたはただ……良い人なの?」
「自分が良い人かどうかはわからない。ただ正しいと思うことをしているだけだ。」
ヴェスペラは青白い瞳で彼を見つめた。
「あなたのような人に会ったことがない。」
「よく言われる。」
ヴェスペラは微かに微笑んだ。
「多分、本当に違うからよ。」
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展望室で、ヴェスペラは一人で立ち、星々を見つめていた。
紬は遠くから彼女を見た——そのスペースハイエルフの女性は穏やかに見えるが、その目には何か深いことを考えているような色があった。
「セラフィエル」と紬は言った。
「はい、紬?」
「ヴェスペラについてどう思う?」
「彼女は聡明で自立した人物です。他人を容易には信じませんが、自分を閉ざしてもいません。」
「信用できるか?」
「これまでのところ、彼女が不誠実であるという兆候はありません。ただし、船長には注意を続けることをお勧めします。」
紬は頷いた。
「気をつけるよ。」
彼はもうしばらくヴェスペラを見つめた。そして振り返り、リビングルームへと歩き出した。
ヴェスペラには何か彼を惹きつけるものがあった——ロマンスでもなく、肉体的な魅力でもなく、彼女の背後にある謎だ。
そして紬はそれが何なのか知りたかった。
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【次回予告 第三十九章 —— 「ヴェスペラの船」】
ヴェスペラは紬に自分の船を見せる——高度なセンサーと、普通の探検家にはない研究モジュールを備えた小型探査船だ。紬はヴェスペラが単なる探検家ではないことに気づき始める。彼女とその仕事には、何かより深いものがある。
【第三十九章へ続く…】




