第三十六章 —— ヴァスケリルからの救難信号
第三十六章 —— ヴァスケリルからの救難信号
ヴァスケリル小惑星帯への旅は静かに進んでいた。
紬はパイロットシートに座り、自分たちが進むFTL航路を示すモニターを見つめていた。隣では、レアがモビルフレームのデータを注意深く確認しており、時折パラメータを調整するために画面を軽く叩いている。
ランはリビングルームで、遠距離通信を通じてチタンの買い手候補と連絡を取っていた。彼の声が廊下からかすかに聞こえてくる——慣れたプロフェッショナルな口調だ。
「船長。」
紬は振り返った。レアが何かを考えているような表情で彼を見つめている。
「何だ?」
「小惑星帯に行ったことはあるか?」
「ない。今回が初めてだ。」
レアは頷いた。
「ヴァスケリルは傭兵たちの間では結構有名だ。あそこでは多くの小規模な戦闘が起きている——海賊が小惑星を隠れ家にするのが好きだからな。」
「そこで戦ったことはあるのか?」
「ああ。何度か。」レアは小さく微笑んだ。「あまり楽しいものじゃない。でも貴重な経験だ。」
紬は頷いた。もっと尋ねたいと思ったが、話す前にセラフィエルがいつもと異なる口調で話し始めた。
「紬、何かを検知しました。」
紬は背筋を伸ばした。
「何だ?」
「緊急信号です。主要なFTL航路の外側——現在地から約五万キロメートルの位置です。」
「遭難信号か?」
「はい。偽装信号ではありません。遭難信号のコードが本物であることを確認できます。」
紬はモニターを見つめた。地図の端に小さな赤い点が点滅している——彼らが計画していた航路からは遠く離れている。
「身元は?」
「確認中です。船は標準データベースに登録されていません。しかし信号パターンは民間船であることを示しています——軍事用ではありません。」
「そして海賊は?」
「周囲に他の信号はありません。ただし、隠れているものがないか確認するため、まだ深層スキャンを実行中です。」
レアが立ち上がり、モニターに近づいた。
「罠かもしれない。」
「かもしれない」と紬は答えた。「しかし本当に助けを必要としている可能性もある。」
彼はさらにしばらくモニターを見つめた。赤い点は点滅し続けている——見知らぬ誰かからの助けを求める叫びだ。
「セラフィエル、スキャンは終わったか?」
「はい、紬。周囲に他の船はいません。緊急信号は本物です。」
「乗組員は何人だ?」
「生命反応一つです。一人だけです。」
紬は考えた。小惑星帯の真ん中で、助けもなく漂流する損傷した船に一人だけ。もし彼らが助けなければ、その人はおそらく生き残れないだろう。
「航路を変更する。何が起きているのか見に行く。」
レアは反論しなかった。ただ頷くだけだ。
「わかった、船長。準備する。」
---
アストレオンは慎重な減速を伴いながらFTLを解除した。
窓の外には、通常の恒星系とはまったく異なる景色が広がっていた。小惑星が至る所に散らばっている——山のように巨大なものもあれば、車のように小さなものもあり、全てが宇宙の静寂の中に浮かんでいる。その間を、恒星の光を反射する金属表面のきらめきが時折走る。
「セラフィエル、信号の発生源はどこだ?」
「前方約一万キロメートル、二つの大きな小惑星の間です。」
紬は表示を拡大した。浮かぶ二つの巨大な岩の間に、彼は小さな船を見ることができた——アストレオンよりはるかに小さい。その船は損傷した船体で漂流しており、いくつかの部分は爆発で黒く焦げていた。
「酷い損傷だ。」
「はい。船体は構造的損傷を受けています。主エンジンは停止。生命維持装置はまだ稼働していますが——予備電力のみです。」
「あとどのくらい持つ?」
「おそらく数時間です。もし我々が助けなければ、パイロットは酸素を使い果たすでしょう。」
紬は頷いた。
「接近しよう。ゆっくりと。」
---
アストレオンが低速で損傷した船に接近した。
紬はその船の詳細をよりはっきりと見ることができた——流線型の形状で、前方にセンサーがあり、貨物船や軍用船ではなく探査船であることを示している。船体の側面には、色あせたがまだ読み取れる文字があった:「ノクス・アウレル」。
「セラフィエル、通信できるか?」
「試しています。」
しばらくして、スピーカーから声が聞こえた——弱く、途切れ途切れだが、まだ聞き取れる。
「……こちら……ノクス・アウレル……我々は……襲撃されました……助けを求む……」
その声は女性だった。緊急事態にもかかわらず落ち着いているが、隠しきれない疲労の色があった。
紬は通信ボタンを押した。
「こちらアストレオン・ヴェロリア。貴船を確認しました。救助に向かいます。乗組員は何人ですか?」
数秒の沈黙。そして再び声が——今度はよりはっきりと。
「……私だけです。私一人です。」
「一人だけか?」
「はい。私だけです。」
紬はレアを見た。レアは肩をすくめた——不自然なことは何もない、ただ事故に遭った一人のパイロットだ。
「わかった。救助チームを送ります。そのまま待っていてください。」
「……ありがとうございます。」
---
紬はセラフィエルに救助シャトルを送るよう指示した。
画面で、彼は小型シャトルがアストレオンの格納庫を離れ、損傷した船へ向かうのを見ることができた。ドッキング作業は数分かかった——その船は小さく、シャトルは慎重に位置を調整しなければならなかった。
レアが紬の隣に立ち、モニターを見つめた。
「罠だと思うか?」
「セラフィエルがスキャンした。周囲に他の船はいない。」
「海賊は小惑星の陰に隠れられる。」
「そうかもしれない。でも遭難信号は本物だ。そしてあの船には一人しかいない。」
レアは答えなかった。ただモニターを見つめ続けた。
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数分後、シャトルが一人の乗客を乗せてアストレオンに戻ってきた。
紬は医療デッキへ降り、救助した人物に会うために向かった。
医療室で、一人の女性が鼻に酸素チューブを付けてベッドに横たわっていた。彼女の髪は長く、月明かりのような銀白色で、尖った耳は彼女がスペースエルフであることを示していた——しかし紬がこれまで見てきた普通のスペースエルフとは何かが違っていた。彼女が目を開けた時、その瞳は氷のような青白い色で、説明しがたい静かなオーラが彼女の周囲に漂っていた。
「ここはどこ?」声は弱々しいが、まだはっきりしている。
「俺の船の中だ。アストレオン・ヴェロリア。小惑星帯で君を発見した。」
女性は起き上がろうとしたが、すぐに痛みで顔をしかめた。
「動くな」と紬が言った。「怪我をしている。」
「……わかっています。」彼女は再び横たわり、天井を見つめた。「私の船は?」
「酷く損傷している。でも格納庫に収容した。点検する。」
女性は静かに頷いた。
「私の名前はヴェスペラです。ヴェスペラ・ノクス・アウレル。」
「紬だ。星崎紬。」
ヴェスペラは青白い瞳で彼を見つめた。
「ありがとうございます、星崎船長。あなたは私の命を救いました。」
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【次回予告 第三十七章 —— 「海賊に撃たれた船」】
紬はヴェスペラの船を調査し、海賊による襲撃の痕跡を発見する。ヴェスペラはヴァスケリル小惑星帯で何が起きたのか説明し始める——そしてなぜ彼女がフロンティアに一人でいたのかを。
【第三十七章へ続く…】




