【第188話】「見えない妨害電波」
【第188話】「見えない妨害電波」
場所: 商業航路 — ハルシオン・ネレイド間交易回廊 主要
視点: セラフィエル・ヴェロリア → ヴェスペラ・ノクス・オーレル → 星崎紬
### POV:セラフィエル・ヴェロリア
最初、その異常はデータ受信にわずかな遅延が生じているようにしか見えなかった。
緊急警報は鳴っていない。エンジンの計測値にも変化はない。三隻の貨物船は依然として隊形を維持し、ASTRAEON VELORIAも合意された速度で船団の外側を航行していた。
コマンドデッキでは、セラフィエルが通信・センサーコンソールの前に立ち、透明ディスプレイ上で変化していく複数のインジケーターを見つめていた。整った髪が肩に流れ落ちている。
『ファー・ランタン』から送信されたデータパケットの一つが、予定より遅れて受信された。
数秒後、次のパケットが二重に表示される。
さらに、『ラティス・メア』との接続では、これまでの送信記録と一致しない品質低下が確認された。
セラフィエルは三隻の通信チャンネルを表示する。
「少し妙ね」
送信記録を拡大し、数分前の記録と比較する。
「『ファー・ランタン』と『ラティス・メア』の通信障害には、ほぼ同じ特徴があるわ。でも、『コッパー・メリディアン』は、比較的安定した品質でデータを受信している」
セラフィエルは内部通信を開いた。
「紬、まだコマンドデッキにいる?」
「ああ。どうした?」
「船団の通信チャンネルに異常を見つけたの。通信そのものが途絶えるほどではないけれど、一部のデータパケットに遅延と重複が発生しているわ。原因を調べているところよ」
艦長席の近くで端末を確認していた紬が顔を上げた。
「三隻すべてに発生しているのか?」
「均等ではないわ。特に『ファー・ランタン』と『ラティス・メア』のチャンネルで顕著ね。『コッパー・メリディアン』は、品質がわずかに低下している程度よ」
契約関連の通信を管理していたランが、すぐに振り返った。
「商業航路の通信環境が原因という可能性は?」
「その可能性も残っているわ。だから、まだ原因を特定したわけではないの。ただ、現在確認できているパターンは、一般的な商業ネットワークの障害とは完全には一致しない」
「そう判断した理由は?」
セラフィエルは比較用のグラフを表示した。
「この間隔を見て。順番に受信されるはずの通信パケットが、ほぼ同じ時間間隔で重複しているでしょう。それに、船団周辺のほかの船から送られてくる通信には見られない、信号位相のわずかな変化も確認できるわ」
紬が立ち上がり、彼女のそばまで歩み寄る。
「その障害は航法にも影響しているのか?」
「いいえ。航法システムと飛行制御は正常よ。各船のワープドライブにも異常はなく、ハイパードライブ・エンジンも商業航路で許可されている運用パラメータの範囲内にあるわ」
「Space Traffic Controlとの通信は?」
「そちらのチャンネルには異常を検知していないわ。今回の一時的な障害は、船団内の船同士が使用している通信に、より限定されているみたい」
ランがグラフを見つめる。
「つまり、この区域全体の通信ネットワークに問題が起きているわけではないのね」
「そういうこと。だから、結論を出す前に、ほかの信号源と比較したいの」
セラフィエルは目の前のパネルに触れた。
専用の分析モジュールが画面に展開される。
PHANTOM CROWN — PASSIVE ANALYSIS
モード: Signal Observation / Pattern Correlation 能動的侵入: 無効 電子対抗措置: 無効 目標識別: 進行中
紬は切り替わった表示を確認した。
「ファントム・クラウンを使うのか?」
「受動分析だけよ。他者のネットワークに侵入することも、応答信号を送信することもしない。今は、この障害が船の通信機器、商業中継設備、あるいは船団周辺に存在する電子機器のどこから発生しているのかを知りたいの」
「実行してくれ。ただし、港湾ネットワークやほかの民間船には干渉するなよ」
「もちろん」
セラフィエルは分析を開始した。
ファントム・クラウンは、いかなる通信システムにも直接介入しなかった。センサーから取得できるデータを収集し、放射特性を比較し、環境由来の障害と区別可能な送信パターンの変化を観察していく。
いくつかの分析結果が、段階的に表示された。
セラフィエルはグラフの一つを右側へ移動させる。
「何か見つかったわ」
ランが少し近づく。
「発生源を特定できたの?」
「機器の識別まではできていないけれど、この障害には中級クラスの電子戦装置と一致する放射特性があるわ」
「電子戦装置?」
セラフィエルは頷いた。
「ええ。特定のチャンネルの信号を操作して、近距離通信の品質に影響を与えているようね。ネットワーク全体を無力化するための攻撃ではなく、複数の船の通信を狙った限定的な妨害よ」
紬は両腕を組んだ。
「そういう装置は民間船にも搭載できるのか?」
「可能よ。ただし、能力や効果は使用する機器、利用可能な電力、アンテナの構成によって変わるわ。この放射だけでは、機種も所有者も特定できない」
「商業航路そのものから発生している可能性は?」
「今、調べているところよ」
セラフィエルはセンサーのマップを切り替えた。
多数の交通マーカーが移動する中、以前から遠方に確認されていた一点が再び表示される。
ハルシオン・フリーポートを出港して以来、船団を追うように移動していた正体不明の偵察船だった。
「あの点ね」
紬も彼女の視線を追う。
「前に確認した船か?」
「航跡の一致率は高いわ。距離と移動方向も、最初に観測したときから大きく変わっていない。ただし、あの船が今回の妨害の発生源だとは、まだ断定できない」
「放射パターンについては何が分かっている?」
「比較的低出力の通信を使用しているわ。公開通信は少なく、公開識別情報からも所有者や運用者を特定できるだけの情報は得られていない」
ランが目を細める。
「トランスポンダーが偽装されているの?」
「まだ分からないわ。識別情報が不完全だからといって、トランスポンダーが偽装されているとは限らない。非公開登録を使用している可能性もあるし、情報公開を制限して運用している可能性もある。証拠がない以上、偽装とは呼ばないわ」
紬が頷いた。
「いい判断だ。手元にあるデータ以上のことを決めつけるな」
「引き続き観測するわ」
セラフィエルは再び送信グラフを見つめた。
妨害は、まだ続いている。
しかし、データが蓄積されるほど、そのパターンが単なる交通量の多さによって発生したランダムな障害ではないことが明らかになっていく。
誰か、あるいは何かが、船団の通信に影響を与えている。
その目的を知るには、まず発生源を見つけなければならなかった。
### POV:ヴェスペラ・ノクス・オーレル
航法ポジションでは、ヴェスペラが船団の現在の航路を再確認していた。
ハルシオン・ネレイド間商業航路は、かなり交通量の多い交易路だ。すべての船が同じ速度、推進システム、通信手順を採用しているわけではない。そのため、小規模な通信障害が発生すること自体は珍しくなかった。
しかし、セラフィエルからの報告を受けたヴェスペラは、すぐに周辺の交通状況と航行記録を照合した。
「周辺にある商業中継施設の状態を確認するわ」
彼女は、その航路区画に設置された通信設備の一覧を開いた。
登録済みの中継地点が複数表示され、それぞれの稼働状況と保守予定が記載されている。ネットワーク当局から、大規模な障害に関する通知は出ていなかった。
ヴェスペラは、そのうち一つの地点を拡大する。
「中継施設CR-17は正常に稼働中。同じくCR-18にも異常はないわ。船団の通信品質低下を説明できるような稼働状況の変化は見当たらない」
内部通信からセラフィエルの声が返ってきた。
「こちらの確認結果も、主要中継ネットワークが発生源ではないことを示しているわ」
「発生源が商業航路の外側にある可能性は?」
「その可能性はあるわね」
ヴェスペラは偵察船のマーカーに目を向けた。
「ハルシオンを出港してからこちらを追っている船は、まだ隊形の外側にいる。移動パターンもかなり一貫しているわ」
「そうね。放射特性と妨害パターンの関連性を確認するため、さらにデータを集めているところよ」
「こちらでは、その船の航跡と船団の航路を比較するわ」
ヴェスペラは三次元投影図を開いた。
商業航路の上に、偵察船の航跡が表示される。
その船は主要航路を正確になぞるのではなく、交通安全基準の範囲内にある副次的な航行回廊を移動していた。
ほかの船を直接危険にさらすような機動は確認できない。
それでも、その位置取りは、完全に無視するにはあまりにも一貫していた。
「最初に確認したときから、ほぼ同じ距離を保っているわね」
ヴェスペラは時刻記録を切り替えた。
「接近してこない。追い越そうともしない。船団の前方にいる船を追い抜こうとする様子も見られないわ」
セラフィエルが応じる。
「それは不審な行動なのかしら?」
「必ずしもそうとは限らないわ。輸送船や調査船も、一定の航跡を維持することはある。ただ、現在の位置取りと通信障害が同時に発生している以上、調査する価値はある」
「同意するわ」
ヴェスペラは回廊の外縁部を拡大した。
「一つ確認したいのだけれど、この障害は三隻の航法データにも影響している?」
「いいえ。特定の通信チャンネルでしか確認されていないわ。各船の航法システムは引き続き航路情報を受信しているし、ワープドライブの制御も正常よ」
「それなら問題ないわね。通信障害が発生しているという理由だけで、ワープ航法を変更したり、商業航路から離脱したりする必要はない」
「その通りよ。次の移行地点にも変更はないわ。ネレイド工業コロニーへ向かう航路を、そのまま進める」
ヴェスペラは頷いた。
十分な理由もなく航路を変更するつもりはなかった。航行中の船団の進路を変えれば、新たな問題が生じる可能性がある。特に、合意済みの隊形に従っている三隻の民間船がいる状況では、なおさらだった。
「それなら航路は維持しましょう。予備通信チャンネルを設定した後、あの船が位置を変えるかどうか確認したいわ」
「分かったわ」
ヴェスペラは船団との通信チャンネルに切り替えた。
「ファー・ランタン、ラティス・メア、コッパー・メリディアン。こちらはASTRAEON VELORIAのヴェスペラです。グループ通信の一部チャンネルで障害を確認しました。皆さんの航法システムには影響していませんが、連携を維持するため、事前に用意した予備チャンネルを使用します」
アーヴェンが最初に答えた。
「ファー・ランタン、了解しました。こちらでも、いくつかのメッセージが遅れて届いているのを確認しています」
「船内通信は正常ですか?」
「正常ですよ。他船との接続だけが、ときどき遅れるようです」
続いて、サエリスが通信に入った。
「ラティス・メアも同じ状況です。位置情報のパケットが二重に受信されることがありますが、こちらの航法システムには変化がありません」
「重複したメッセージを基準に進路を変更しないでください。まずは各船のローカル航法データを優先し、そのうえで変更内容を予備チャンネルから確認してください」
「了解しました」
コルドレンの声が続く。少し苛立っているようだった。
「コッパー・メリディアンにも遅延した通知が届いています。通信担当の乗組員に接続を調べさせましたが、機器の故障は見つかりませんでした」
「今のところ、皆さんの通信システムを分解して調べる必要はありません。こちらで外部の発生源を調査しています」
「分かりました。不要な修理を始めないよう、乗組員にはこちらから言っておきましょう」
ヴェスペラは三隻からの確認を記録した。
「全船、指示を受け入れたわ」
セラフィエルが応じる。
「メインチャンネルと予備チャンネルの記録を分けて保存する設定にしたわ。これなら、両方のデータを混同することなく、妨害パターンを比較できる」
「ありがとう」
予備チャンネルが有効になってから、間もなく通信品質は改善した。
しかし、それは妨害が止まったという意味ではない。
「セラフィエル」
「何かしら?」
「予備チャンネルは正常に機能しているけれど、こちらが切り替えた後、妨害源の放射周波数に変化があったか確認したいわ」
「監視中よ。今のところ、目立った変化はないわ」
「なら、あの船は私たちが通信の一部を別のチャンネルへ移したことに、まだ気づいていないのかもしれないわね」
「あるいは、こちらの反応を直接監視しているわけではない可能性もあるわ」
「それも考えられるわね」
ヴェスペラは、あの船の行動すべてを、自分たちが標的になっている証拠だと決めつけたくはなかった。
星間航行において、判断の誤りは、航路計算の誤りと同じくらい危険になり得る。
彼女は再び偵察船を観察した。
そのマーカーは、依然として主要航路の外側に留まっている。
直接的な脅威と見なすには近すぎない。
しかし、忘れてしまうには遠すぎる位置だった。
「セラフィエル、あの船に対して追加の受動観測を行うことを提案するわ」
「実行できるわ。ただし、ASTRAEONの位置を変えずに、より良い観測角度を得るには外部偵察ユニットを使用する必要があるわね」
「賛成よ」
ヴェスペラは航法ウィンドウを一つ閉じた。
「接近する必要はないわ。妨害装置が本当にあの船に搭載されているのか、それだけを確認すればいい」
「ユニットを展開する前に、初期分析の結果を紬に伝えておくわ」
「それがいいわね」
ヴェスペラはメイン画面に視線を戻した。
船団の隊形は依然として安定している。
三隻の貨物船に制御喪失の兆候はなく、航路も安全だった。
だが、この護衛任務では、もはや船同士の距離を保つだけでは済まなくなっていた。
### POV:星崎紬
俺は、セラフィエルからコマンドデッキの端末に送られてきた簡易報告書に目を通した。
COMMUNICATION INTERFERENCE — PRELIMINARY REPORT
* 影響区域:船団内の船舶間通信チャンネル
* 障害内容:パケット遅延、データ重複、信号位相の変化
* 航法システム:正常
* ワープドライブ:正常
* ハイパードライブ・エンジン:運用パラメータ内
* 商業中継施設:初期調査では異常なし
* 推定発生源:中級クラスの電子戦装置
* 妨害実行者の身元:未確認
俺は表示をメイン画面に戻した。
「つまり、通信は妨害されているが、船の航法には問題がないんだな」
「その通りです」
セラフィエルが答える。
「航法システムやワープドライブが標的になっている兆候はありません。障害は、一部の通信チャンネルでのみ検出されています」
ランが俺を見る。
「この障害について、今すぐハルシオン貿易コンソーシアムに報告するべきかしら?」
「契約の遂行中に発生した状況として記録する必要はある。ただし、電子的な妨害行為があったと報告する前に、発生源を確認したい」
「現時点では、電子戦装置によるものという推測しかないからね」
「そうだ。根拠のない非難はするべきじゃない」
俺は三隻の貨物船を示すマーカーに目を向けた。
「船主たちの反応は?」
ランが通信記録を開く。
「アーヴェンさん、サエリスさん、コルドレンさんには予備チャンネルへの切り替えを伝えてあるわ。船内通信システムの故障も報告されていない。三隻とも隊形を維持できている」
「よし。遅れて届いたメッセージを受信しただけで、速度や航路を変更しないようにしてくれ」
「すでに伝えてあるわ」
そのとき、セラフィエルが新しいパネルを表示した。
「紬、偵察ドローンの使用を提案します」
「何機だ?」
「低視認性の外部観測ユニットを二機です。どちらも受動センサーを使用し、観測中に能動的な放射は行いません。偵察船を観測できる角度を確保できる距離に配置します」
俺はドローンの図面に目を向けた。
母艦と比較すれば、その大きさはごく小さい。兵装も搭載されていない。用途はあくまで観測、測量、そして周辺環境のデータ収集だった。
「発進したところを貨物船に見られる可能性は?」
「船団に面した経路から発進させる理由はありません。外部整備用の通路を利用し、放射プロファイルを低く保つことができます。ただし、特殊なセンサーを持つ別の船に検知される可能性がないとは保証できません」
「余計なリスクは取るな。軍事施設に潜入しているわけじゃない。安全な距離から、あの船を観測するだけでいい」
「了解しました」
ランが腕を組む。
「ドローンの使用は、契約費用や契約条件に影響するのかしら?」
「いいえ。偵察ユニットはASTRAEONの運用資産です。依頼主に追加費用を請求することはありません」
「分かったわ。契約費用とは別に、内部記録を管理しておきたかっただけよ」
俺は頷いた。
「支援観測作業として記録してくれ。ハルシオン貿易コンソーシアムへの追加サービスとして扱う必要はない」
「了解」
俺は再びセラフィエルを見る。
「観測を実行してくれ。ただし、妨害信号を送り返すな。あの船のシステムを乗っ取ろうとするのも禁止だ。本当に関与しているかどうかも、まだ分かっていない」
セラフィエルは薄く微笑んだ。
「分かっています。ファントム・クラウンは受動分析モードを維持します。ドローンも外部から取得できるデータを観測し、記録するだけです」
「よし」
「すぐに実行します」
セラフィエルが発進命令を出した。
数分後、内部センサー画面に二つの小さなマーカーが現れた。どちらも船団の隊形を妨げない経路を通り、ASTRAEONの船体から離れていく。
母艦の位置に変化はない。
兵装パネルも開いていない。
外観のラグジュアリーモードにも変更はなかった。
外から見れば、ASTRAEONは依然として民間船の護衛任務を遂行している高級個人宇宙船にしか見えない。
俺は二つのドローンマーカーを見つめた。
「セラフィエル、近づきすぎないようにしてくれ」
「安全距離を維持して観測します」
「あの船が航路を変えた場合は?」
「位置の変化を記録し、放射方向と比較します。追跡したり、相手に機動を強制したりすることはありません」
俺は頷いた。
「続けてくれ」
数分が経過した。
コマンドデッキでは、予備チャンネルを通じた船団との通信が続いていた。
ランはコンソールのそばに座り、各船から届く報告を確認している。一方、セラフィエルは、偵察ドローンから送られてくるデータを分析し始めていた。そこには、偵察船の外部構造が少しずつ映し出されている。
「初期結果が出ました」
セラフィエルが映像を拡大した。
その船は、細長い形状をした小型船だった。外装の一部は商業用調査船に似ているが、後部に配置された通信アンテナの構成は、一般的な民間船とはかなり異なっていた。
紬が近づく。
「同じ船か?」
「船体形状と航跡の一致率は高いわ。ただし、登録情報の身元までは確認できていない。トランスポンダーから得られる情報は、公開情報に限られているの」
ランがアンテナ部分に目を向けた。
「電子戦装置は、あの場所にあるの?」
「外観だけでは判断できないわ。ただし、ドローンの観測角度から検出した放射パターンは、先ほど確認した妨害信号の発生源と一致している」
俺は画面を見つめた。
「一致率はどの程度だ?」
「この船が船団の通信障害を発生させている可能性は、かなり高いと言えるわ。ただし、所有者、運用者、そして行動の目的は、依然として不明よ」
「まだ敵対目標には指定するな」
「分かったわ」
セラフィエルは放射グラフを表示した。
「それから、装置は常時作動しているわけではないことも分かった。短い間隔で数回妨害信号を送信した後、一時的に停止している。このパターンは、故障した送信機というより、意図的に制御された運用に近いわね」
ランがグラフを見つめる。
「こちらの通信に対する反応を測定しようとしている可能性もあるわね」
「その可能性はあるわ。ただし、ASTRAEONを特定の対象として情報収集している証拠は、まだ確認できていない。影響を受けているチャンネルは、貨物船も使用しているものだから」
俺は頷いた。
「観測を続けてくれ。あの装置が船団を狙っているのか、それとも単に同じ航路にいるだけなのか、確認する必要がある」
「アンテナの方向と送信パターンを調べるわ」
セラフィエルが別の表示へ切り替えた。
センサー画面に、指向線が表示される。
「放射方向が少し変化したわ」
「どちらへ?」
「商業航路の外側に向いている」
航法ポジションにいたヴェスペラが、すぐに会話へ加わった。
「航跡データからも、その変化を確認できるわ。あの船は少し外側へ移動したけれど、まだこちらの観測範囲内よ」
「何かを送信しているということか?」
セラフィエルは最新の記録を確認する。
「まだ断定はできないけれど、短時間だけ送信放射が強くなっているわ」
俺は姿勢を正した。
「時刻を記録しておいてくれ。介入はするな」
「記録済みです」
数秒後、偵察ドローンが船のアンテナ部分に一瞬の変化を捉えた。
大きな光ではない。
注意深く観察していなければ、見落としてしまうほど小さな放射インジケーターの変化だった。
セラフィエルはデータを拡大する。
「外部への信号を検知しました」
ランが顔を上げる。
「通常の通信なの?」
「こちらで識別済みの商業通信パターンとは一致しないわ。指向性があり、送信時間も短い」
ヴェスペラが空間投影図を見つめた。
「送信方向は?」
セラフィエルがベクトル線を表示する。
「主要航路の外側よ」
俺は彼女に目を向けた。
「応答はあったか?」
セラフィエルはすぐには答えなかった。
彼女は商業航路の外側にある区域を拡大する。
画面に新しいマーカーがいくつか現れた。
一つ。
続いて二つ。
さらに、いくつか。
それらは主要航路から十分に離れた場所にあり、その区画で通常の商業交通に使用されていない区域に位置していた。
「ほかにも放射源があるわ」
ランが身を乗り出す。
「船なの?」
「可能性は高いわ。周囲の環境由来の信号から、それぞれの発生源の特性を分離しているところよ」
ヴェスペラは各マーカーの位置を確認した。
「船団と同じ航路にはいないわね」
「ええ」
セラフィエルが答える。
「位置は商業航路の外側よ。低速を維持しているか、待機パターンで移動しているように見える船から、いくつかの信号が発生しているわ」
俺は画面を見つめた。
「全船が武装しているのか?」
「すべての接触目標については、まだ確認できていないわ。ただし、そのうち二隻は小型民間船よりも大きな出力系統の放射を示している。さらに一つ、戦術通信機器に特徴的な信号も確認できた」
ランが眉をひそめる。
「つまり、偵察船は主要航路の外側にいる複数の船へ信号を送ったということ?」
「現時点のデータに最も合致する可能性は、それね。ただし、彼らが協力関係にあるのか、同じ発信源からの通信を受信しただけなのかは、まだ判断できないわ」
俺はしばらく、その点を見つめていた。
船団を追っていた偵察船。
護衛対象の通信チャンネルに向けられた妨害。
商業航路の外側にいる複数の船へ送られた短い通信。
それらが、少しずつ一つのパターンを形作り始めていた。
しかし、彼らが何者なのか、何を計画しているのかを判断するには、まだ情報が足りない。
「セラフィエル」
「はい、紬」
「接触目標の放射記録と位置情報をすべて保存してくれ。生データと分析結果は分けておいてほしい。後で傭兵協会に提出する必要が出た場合、情報が混ざっていたら困る」
「了解しました。生データ、ファントム・クラウンによる解析結果、ドローンの記録は、それぞれ別のファイルに保存します」
「ヴェスペラ、隊形を維持してくれ。船団の航路は変更しない」
「分かったわ。三隻の位置を維持しながら、商業航路の外縁部も引き続き監視する」
「ラン、船主たちとの通信は予備チャンネルを使って継続してくれ。まだ確認できていない結論を伝える必要はない」
「分かったわ。追加の観測を行っていることと、通信手順を維持してもらうことだけ伝えておく」
俺は頷いた。
「それでいい」
主要航路の外側でいくつかの放射源を見つけたからといって、三隻の民間船を不安にさせる必要はない。
俺たちの仕事は変わらない。
三隻の貨物船をネレイド工業コロニーまで護衛することだ。
ただし今は、より慎重に観察しなければならないものがある。
画面の中で、偵察船が再び短い信号を送信した。
商業航路の外側にいるいくつかのマーカーも、それに応じるように放射パターンを変化させる。
船団に接近してくる船はない。
兵装を起動した様子もない。
それでも、主要航路の外側に複数の武装船が存在している以上、この航行を完全に平穏な仕事だと考えるわけにはいかなかった。
「セラフィエル」
「はい?」
「監視を続けてくれ。貨物船に直接的な危険を及ぼす変化があれば、すぐに知らせてほしい」
「もちろんです」
俺はメイン画面へ視線を戻した。
三隻の貨物船は、依然として隊形を維持している。
ASTRAEONも、船団の外側で彼らを守っていた。
そして遠方では、主要交通網に記録されていない複数の船が、何かを待っているように見えた。
不審なマーカーが航路の外側にいくつか存在するというだけで、Combat Modeを起動するつもりはない。
だが、観測もせずに彼らを船団へ接近させるつもりもなかった。
「さて……連中が何を望んでいるのか、見せてもらおうか」
### 次回、第189話「護衛任務の初戦闘」
護衛任務の初戦闘
ASTRAEONによる受動観測は、商業航路の外側に複数の武装船が存在していることを明らかにし始めていた。
通信妨害は依然として続いているが、三隻の貨物船は予備チャンネルの支援を受けながら隊形を維持している。
コマンドデッキで、紬はセラフィエルから最新の報告を受け取った。
先ほどまで遠方の接触目標としてしか確認できなかった複数の船が、今度は位置を変更し始めていた。
そして今回は、船団の航路へ向かって動いている。
レアには、モバイルフレームの準備命令が下されることになる。
当初は単純に見えた民間船の護衛任務は、もはや船同士の距離を維持するだけでは解決できない状況へと突入しようとしていた。
【次回、第189話へ続く……】




