【第187話】「商業航路の護衛船」
【第187話】「商業航路の護衛船」
場所: ハルシオン・フリーポート — 外部ドック7 → 商業航路 主要
視点: ヴェスペラ・ノクス・オーレル → 星崎紬 → セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
### POV:ヴェスペラ・ノクス・オーレル
ヴェスペラがASTRAEON VELORIAの出港前最終確認を進めるにつれ、航法パネルの確認ランプが一つずつ切り替わっていく。
コマンドデッキからは、外部モニターを通してハルシオン・フリーポートの構造物の一部を見渡せた。軌道リングの間には幾重ものドッキングベイが連なり、商業船が指定された航路を絶え間なく行き交っている。貨物の積み下ろし区域では、産業用ドローンがコンテナを船から船へと運搬していた。大型船が出港準備に入ったことを知らせるように、輸送車両用通路の周囲では警告灯が点滅している。
ASTRAEONは、まだ外部ドック7に係留されたままだ。
その船体のすぐ近くでは、これから護衛する三隻の貨物船が出港準備を進めていた。
『ファー・ランタン』。
『ラティス・メア』。
『コッパー・メリディアン』。
三隻は大きさも、エンジンの特性も、機動性能も異なっている。だからこそ、ヴェスペラは到着順や船体の規模だけを基準にして隊列を組むつもりはなかった。
彼女は各船の所有者から送られてきた技術データを開く。
「ふむ……」
ヴェスペラは飛行性能のプロファイルを拡大した。
三隻とも、商業航行に必要な性能基準は満たしている。初期報告に深刻な損傷は記録されていない。ただし、エンジンの特性が異なる以上、安全な巡航速度を単純に同じものとして扱うわけにはいかなかった。
「ヴェスペラ、準備はどうだ?」
内部通信を通して、セラフィエルの声が届いた。
ヴェスペラは画面から視線を外さない。
「三隻のデータ確認は、ほぼ終わっています。今は、各船に過度な速度変更を強いない隊形を組んでいるところです」
「性能データに問題はある?」
「今のところありません。ただ、『コッパー・メリディアン』は、ほかの二隻とは加速特性が異なります。急激に速度を上げて距離を維持させれば、かえって推進システムに負荷をかけることになります」
「その条件は、航行中の監視パラメータとして記録しておくわ」
「ありがとうございます」
ヴェスペラは別の画面へ切り替えた。
ハルシオン・フリーポートから、承認済みの星間航路へと続く商業航路の投影図が表示される。
「Space Traffic Controlからも更新情報を受け取っています。出港枠は確保済みです。港湾の出口通路を抜けた後、船団は商業航路を通ってFTL進入ゾーンへ向かうことになります」
「ワープ航路の確認は済んでいる?」
「はい。ワープ航法によって、使用可能な経路と移行地点を設定済みです。移行ゾーンへの進入許可を得るまでは、ワープドライブを起動しません」
「航路の状態は?」
「追加の航行制限は発令されていません。軍用航路を利用する必要もありません」
セラフィエルが短く応じる。
「分かったわ。交通情報を航法システムに反映しておく」
ヴェスペラは小さく頷いた。
続いて、三隻の貨物船を結ぶ通信チャンネルを開く。
「ファー・ランタン、ラティス・メア、コッパー・メリディアン。こちらはASTRAEON VELORIAのヴェスペラです。隊形の更新情報は受信していますか?」
最初に返答したのは男性だった。
「ファー・ランタン、受信しました。アーヴェン・ドレイルです。送られてきた隊列案には目を通しています」
「ラティス・メア、受信しています。サエリス・ヴェイです。移行時に、ほかの船と接近しすぎない配置になっているか確認したいのですが」
「コッパー・メリディアンも受信済みです。コルドレン・バールです。指定された距離は確認しました。こちらに問題はありません」
ヴェスペラは全船共通の隊形表示を展開した。
「誤解がないよう、もう一度説明します。密集隊形を強いるつもりはありません。三隻には段階的な配置を取り、それぞれが独自に進路を修正できるだけの間隔を確保してもらいます。安全な巡航速度が最も低い船を船団全体の基準速度とし、ほかの二隻は追い越すことなく、距離を調整してください」
最初に応じたのはアーヴェンだった。
「つまり、ASTRAEONの最大速度に合わせろという指示は出さないわけですね?」
「その通りです。優れた護衛船というのは、護衛対象の船に自分の位置を維持するためだけにエンジン性能を使い切らせたりしません」
コルドレンが短く笑った。
「その考え方は気に入りましたよ。大型船の船長の中には、貨物船にも独自の運用限界があると理解していない人間がいますからな」
「船体の大きさが変わっても、エンジンの性能限界は変わりませんよ、バールさん」
「ははっ! まったく、その通りですな!」
続いて、サエリスが投影図の一部を指し示す。
「ASTRAEONの位置はどうなりますか?」
「船団の外側、やや後方に配置します。その位置なら、皆さんの操船を妨げずに三隻すべてを監視できます。交通量の多い区域に入った際には、距離を調整します」
「分かりました。その方が、私たちの真正面にいるよりも安心できますね」
「こちらにとっても、全船を監視しやすくなります」
ヴェスペラは一時的に隊形表示を閉じた。
「エンジンの状態に変化があった場合、航法障害が発生した場合、あるいは何らかの調整が必要になった場合は、合意済みの通信チャンネルを使って先に報告してください。他船への連絡なしに、突然位置を変更することは避けてください」
「了解しました」
アーヴェンが答える。
「指示に従います」
サエリスが続いた。
「問題ありません。乗組員にも念を押しておきましょう」
コルドレンが最後に応じ、通信を終えた。
ヴェスペラはチャンネルを切断する。
外部モニターでは、数台の整備車両がASTRAEONのドッキング区域から離れ始めていた。船体への直接的なアクセスを必要とする作業がなくなった後、港湾システムから係留解除手続きの開始が可能になったとの通知が届く。
「ヴェスペラ」
内部通信から紬の声が聞こえた。
「はい、紬」
「出港準備の状況は?」
「すべてのデータを確認済みです。三隻の貨物船も隊形を了承しており、所有者から異議はありません。あとは係留解除の確認を待つだけです」
「それなら予定どおり進めてくれ」
「分かりました」
ヴェスペラは港湾の出口通路へと視線を移す。
「紬、もう一つあります」
「何だ?」
「船団の速度は、最も遅い船の巡航速度を初期基準にしたいと思います。全船が商業航路に入り、それぞれの状態が安定した後で、隊形の間隔を改めて評価します。ASTRAEONの方が速く航行できるからといって、船団全体の速度を変えるつもりはありません」
「もちろんだ。俺たちは護衛をするんであって、競争をするわけじゃない」
「そう答えると思っていました」
「どういう意味だ?」
「何でもありません」
ヴェスペラは薄く微笑み、通信を終えた。
そして、再び画面を見つめる。
間もなく、三隻のドッキング表示が切り替わった。
MOORING RELEASE AUTHORIZED.
港湾当局によって、出港手続きが承認されたのだ。
ASTRAEON VELORIAは、正式な護衛契約を結んだばかりの三隻の貨物船とともに、ハルシオン・フリーポートを離れることになる。
そしてヴェスペラにとって、この仕事で最も重要なのは、目的地へどれだけ早く到達できるかではなかった。
護衛船が自分たちの能力の高さを理由に、ほかの船の限界を理解しようとせず、その結果として一隻も取り残してしまうことのないようにする。
それこそが、彼女にとって最も大切なことだった。
### POV:星崎紬
俺が行政手続きを終えて戻ってからしばらくすると、コマンドデッキに出港通知が響いた。
ASTRAEONがドックを離れる。
目の前の航法パネルには、係留解除の進行状況、タグ・ドローンの状態、そしてSpace Traffic Controlから指定された出口通路が表示されていた。
ランは通信コンソールの近くに立っている。彼女の個人端末には、三隻の貨物船それぞれに対応する三つの通信チャンネルが表示されていた。
「紬、三隻の所有者から出港準備完了の確認が取れています。『ファー・ランタン』のアーヴェンさん、『ラティス・メア』のサエリスさん、『コッパー・メリディアン』のコルドレンさん、全員がヴェスペラの隊形案を了承しました」
「よし。マニフェストに問題は?」
「書類の変更に関する報告はありません。三隻とも、貨物区域で必要な行政検査を終えています。最終版の写しは契約記録に保存されます」
「出港後に変更があった場合は?」
「正式な通信チャンネルを通じて報告する必要があります。それから、原本のデータ所有権を変更することなく、護衛側が参照できる書類の写しも用意してあります」
俺は頷いた。
「分かった」
ランが一瞬、こちらを見つめる。
「ずいぶん落ち着いているわね」
「心配するようなことでもあるか?」
「ハルシオンで護衛契約を実行するのは、これが初めてでしょう?」
「契約条件は確認済みだ」
「それは分かっているわ。ただ、私たちは民間船三隻に対する責任を負っているということを、念のために言っておきたかったの」
「だからこそ、ミスは許されない」
ランは小さく息を吐いた。
「言っていることは正しいけれど、私は通信全体を監視し続けるつもりよ」
「好きにしてくれ。それが君の仕事だ」
「そして、あなたの仕事は、何かを近くで見たいからといって貨物船に寄りすぎないよう、この船を操ることね」
俺は彼女を見た。
「そんなことはした覚えがないぞ」
「紬」
「……一度だけある」
「二度よ」
「まだ覚えていたのか?」
「その後の検査費用の変更について、説明しなければならなかったのは私だから」
航法を監視していたヴェスペラが、こちらを振り返った。
「昔話が終わったのなら、そろそろ出発するわよ」
「大した話はしていない」
「だからこそ気になるのよ」
俺は反論しなかった。
やがて、ドッキング表示が緑色に変わる。
「ASTRAEON VELORIA、こちらはハルシオン宇宙交通管制です。係留解除許可を発行しました。航法システムに送信した出港通路に従ってください」
ヴェスペラが外部通信チャンネルで応答する。
「ハルシオン宇宙交通管制、こちらASTRAEON VELORIA。係留解除許可を確認しました。指定された航路に従います」
船体の周囲に配置されていたタグ・ドローンが、補助用の連結フックを順次解除していく。
ASTRAEONがゆっくりと動き始めた。
その変化は、コマンドデッキの中にいる俺たちにはほとんど感じられない。全長数千メートルの船がドックの構造物から離れ始めたことを示しているのは、航法インジケーターのわずかな変化だけだった。
外部モニターでは、港湾施設の一群が少しずつ遠ざかっていく。
同じ航路には、まだ何隻かの商業船がいた。大型輸送船が荷役区域へ入る順番を待っている一方、二隻の旅客船は出発ターミナルへ向けて移動している。
「ASTRAEON、出口通路に進入しました」
ヴェスペラが報告する。
「貨物船の位置は?」
「『ファー・ランタン』が先頭です。『ラティス・メア』は合意した間隔を保ちながら左側を進み、『コッパー・メリディアン』は少し後方にいます。全船、隊形の範囲内です」
俺は三つの船舶マーカーに目を向けた。
「近づきすぎないようにしてくれ。こちらの推進流が干渉しないようにな」
「その点はすでに計算済みよ。船団の周囲をほかの船が横切った場合も、位置を修正するわ」
ランが貨物船との通信を開く。
「ファー・ランタン、そちらの位置は安定していますか?」
アーヴェンの声が聞こえた。
「安定しています。指示された速度を維持していますよ」
「ラティス・メアは?」
「安定しています。ファー・ランタンとの距離も、指定された範囲内です」
「コッパー・メリディアンは?」
少し遅れて、コルドレンが答えた。
「エンジンは正常です。速度も安全範囲内に収まっています」
ランは通信パネルを見つめたまま告げる。
「分かりました。こちらでも引き続き位置を監視します。エンジンや航法システムの状態に変化があった場合は、速やかに報告してください」
俺は椅子に少し身体を預けた。
「どうやら順調そうだな」
「まだ早いわよ、紬」
ヴェスペラが振り返らずに応じた。
「ただ状況を見ているだけだ」
「それなら、静かに見ていてちょうだい」
ランが小さく首を振った。
「あなたたち二人は、時々どちらがどちらなのか分からなくなるわね」
「どういう意味だ?」
「どちらも、計画どおりに進んでいるか私に確認させるということよ」
「それは褒め言葉か?」
「違うわ」
俺は薄く笑みを浮かべた。
だが、少し経つと、再びメインモニターへ意識を戻した。
ASTRAEONはドック区域を離れた。後方では、三隻の貨物船が指定された隊形を維持して移動している。俺たちは先行しようとも、船団を整然と見せるためだけに貨物船へ速度変更を強いることもしなかった。
「ヴェスペラ、商業航路への進入予定は?」
「まずは出口側の交通通路を通過します。その後、航路管制から許可を受ければ、三隻は順番に商業航路の区画へ進入できます」
「それからワープ移行地点か」
「港湾軌道区域からさらに離れた場所にあります。ワープ航法によって、ネレイド方面へ向かう座標と出口経路を準備済みです。移行条件がすべて整ってから、各船のワープドライブを起動します」
「つまり、港の近くでいきなりワープエンジンを起動することはないわけだな」
「当然でしょう。そんなことはしないわ、紬」
「念のための確認だ」
ヴェスペラがようやくこちらを振り返った。
「合意済みの航法規則を、もう一度説明させたいの?」
「いや。君を信頼している」
「それなら、余計な問題を探さないでちょうだい」
俺は小さく笑った。
それからしばらくして、ASTRAEONと三隻の貨物船は、承認済みの商業航路区画へ進入した。
交通量は、まだかなり多い。輸送船はそれぞれ指定された航路に沿って進み、数隻の旅客船は中継ステーションに近い通路を通過していた。
俺たちの船団が交通の妨げになっている様子はない。
ヴェスペラは、船同士の距離と速度を監視し続けていた。
「『ラティス・メア』の位置を少しだけ修正します。速度を変える必要はありません。わずかに右へ移動してください」
ランがすぐに指示を伝える。
「ラティス・メア、案内に従って位置を修正してください。エンジン出力を上げる必要はありません」
「ラティス・メア、了解しました。位置を調整します」
「ファー・ランタンは航路を維持。コッパー・メリディアンは前方の船との距離を保ってください」
「ファー・ランタン、了解」
「コッパー・メリディアン、了解しました」
俺は各船の動きを見守る。
「ヴェスペラ、次の段階に進める程度には隊形が安定したか?」
「ええ。現在の配置を変更する理由はありません」
「なら、そのまま続けてくれ。簡単な仕事をわざわざ複雑にする必要はない」
「私は、まさにこの仕事を簡単なまま保とうとしているのだけれど」
ランがちらりと俺を見た。
「紬、その言葉はあなた自身が覚えておくべきね」
「覚えているさ」
「それならいいわ」
俺は再びモニターへ目を向けた。
三隻の貨物船はASTRAEONとともに進み、それぞれが追い越すことなく自分の位置を維持している。兵装は一切露出していない。船体の外観に目立った変化もなかった。
外から見れば、ASTRAEONは相変わらず、非常に大きな高級個人宇宙船にしか見えない。
そして、このような民間船の護衛任務で、ほかの姿を見せる理由はなかった。
「セラフィエル」
「はい、紬」
通信チャンネルからセラフィエルの声が返ってくる。
「航行記録と船団の通信履歴を保存しておいてくれ」
「すでに記録しています。各船の位置情報、時刻、三隻との通信確認は、それぞれ個別に保存済みです」
「よし」
「ほかに必要なことはありますか?」
「今のところはない」
「了解しました」
仕事は、予定どおりに進んでいた。
少なくとも、ヴェスペラがセンサー画面の何かに気づくまでは。
### POV:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
グランドサロンの一角にある大きなパノラマウィンドウから、セラフィナは宇宙空間の景色を眺めていた。
ハルシオン・フリーポートの光は、船団の後方で少しずつ遠ざかっていく。先ほどまで巨大に見えていた軌道施設も、今では次第に小さくなり、その周囲を絶え間なく行き交う船舶の航路に囲まれていた。
彼女は窓から少し離れた場所に立っていた。
近くでは、サービスドローンがテーブルに温かい飲み物を置き、再び自分の作業へ戻っていく。エンジン音が耳障りに響くことはない。聞こえるのは船内システムの穏やかな駆動音と、公共情報画面の近くにいる乗客たちの会話だけだった。
セラフィナは、ASTRAEONとともに進む三隻の貨物船を眺めた。
『ファー・ランタン』。
『ラティス・メア』。
『コッパー・メリディアン』。
三隻はそれぞれ異なる形状と大きさをしている。船体が長いものもあれば、機関部が大きく見えるものもある。そして、一隻は外装に何度か修理を施した跡が残っていた。
彼らは軍艦ではない。
それでも、こうした船こそが星間交易の航路を支えているのだ。
「本当に、このまま一緒に進んでいくのね……」
セラフィナは、乗客向けに提供されている公開情報画面を開いた。そこには航行状況や船団の位置、護衛対象となっている三隻の名前が表示されている。
航法システムの中枢や戦術センサーへアクセスする手段はない。彼女も、それを試そうとはしなかった。
ただ、今何が起きているのかを理解したかっただけだ。
しばらくすると、個人端末に内部通信が入った。
「セラフィナ、今はグランドサロンにいるのか?」
紬の声が聞こえた。
「ええ。パノラマウィンドウから船団を眺めているところよ」
「三隻とも見えるか?」
「もちろん。ASTRAEONの近くを進んでいるけれど、お互いの航行を妨げるほど接近してはいないわ」
「ヴェスペラが距離を調整しているからな。あいつは、そういうところにかなり細かい」
「見ていれば分かるわ。貨物船にASTRAEONの速度を強いてはいないもの」
「そうだ。護衛船は護衛対象に合わせるべきだからな。位置を維持するだけで苦労させるようなら、何のために契約を受けたのか分からない」
セラフィナは、船団の外側を進む一隻へと視線を向けた。
「私は軍の艦隊護衛を見たことがあるわ。普通は、より強い艦が隊列と艦隊全体の速度を決めるでしょう?」
「軍の艦隊には、全艦を統率する指揮系統があるからな。でも、この三隻は俺たちの部下じゃない。それぞれに船長がいて、それぞれの事情がある」
「つまり、ASTRAEONが護衛船であっても、契約に反しない限り、各船の運用上の判断はそれぞれの所有者に委ねられるということね」
「その通り。俺たちは彼らを守るのであって、船を取り上げるわけじゃない」
セラフィナは、薄く微笑んだ。
「少しずつ違いが分かってきたわ」
「それならよかった。景色を楽しんでくれ。ずっと端末を見ている必要はないぞ」
「端末を使って勉強しているわけじゃないわ」
「分かっている」
通信が終わった。
セラフィナは再び船団へ目を向ける。
そこで、ふと一つのことが気になった。
「ASTRAEONほどの大きさなら、兵装を見せつけることも簡単でしょうに。船体の表面には何も現れていないのね」
彼女は窓越しに、船体の外側を観察した。
優雅な船体構造は、依然として高級な個人宇宙船のように見える。外装照明にも変化はない。兵装パネルが開いている様子も、砲塔が旋回している様子も、ミサイルランチャーが露出している様子もなかった。
この船は、誰かを威圧しようとしているわけではない。
ただ、与えられた仕事を遂行しているだけだ。
「紬は、自分の力を見せつけるつもりがないのね……」
セラフィナは小さく呟いた。
高い軍事能力を持つ大型船がそこに存在するだけでも、大きな安心感を与えられることは理解している。だが、それは周囲の全員に、その船へ従うことを強いる理由にはならない。
今回の護衛において、ASTRAEONは艦隊司令官や、航行全体を支配する権限を持つ船として振る舞ってはいなかった。紬に安全を託した三隻を守る、ただそれだけの存在だった。
それは、また別の形の責任なのだろう。
「殿下……」
セラフィナは、わずかに顔を横へ向けた。
周囲の誰かに呼ばれたわけではない。かつての宮廷にいた頃の習慣が、ふと蘇っただけだった。
彼女は小さく笑みをこぼし、それを抑える。
この船では、誰も彼女に、常に皇女として振る舞うことを求めてはいない。
だからといって、自分が何者であるかを忘れなければならないわけでもない。
ただ、与えられた時間をどう過ごすか、自分で選べるようになっただけだ。
「セラフィナ」
再び端末から紬の声が聞こえた。
「伝えておきたいことがある」
「何かしら?」
「ヴェスペラが、外側の監視範囲に一隻の船を発見した。船団にも、付近の登録済み航行船にも該当しない船だ」
セラフィナは視線を上げた。
「その船が航行の妨げになっているの?」
「今のところは違う。現在は、俺たちの航路とほぼ並行する方向にいるのを検知しただけだ。距離も十分に離れている」
「船団を追っているのかしら?」
「まだ判断できない。同じ商業航路を利用している別の船かもしれない。詳しい情報が得られるまでは、何も決めつけないつもりだ」
「分かったわ」
「心配しなくていい。ヴェスペラがその船の位置を監視し続ける。こちらは予定どおり契約を進めるだけだ」
セラフィナは、再び窓の外へ目を向けた。
遠方に広がる航路は、穏やかに見えた。三隻の貨物船は隊形を維持し、ASTRAEONは船団の外側を進みながら、距離を保ちつつ全体を監視している。
航行隊列に変化はない。
だが、目で容易に捉えられる範囲の外では、小さな点が一つ、同じ方向へ進んでいた。
セラフィナは、その点をしばらく見つめた。
「分かったわ、紬。その監視はあなたたちに任せることにするわ」
「ありがとう」
通信が終わる。
セラフィナには、あの船の所有者も、その目的も分からない。
そして、あの船を脅威だと考える理由もなかった。
それでも、一つだけ明らかになったことがある。
傭兵の旅は、いつも銃撃や追跡から始まるとは限らない。
時には三隻の貨物船と、一隻の護衛船、そして何の変哲もない商業航路があるだけで、仕事は始まる。
誰かが遠くから彼らを追い始める、その時までは。
### 次回、第188話「見えない妨害電波」
見えない妨害電波
商業航路に沿って、ASTRAEON VELORIAはネレイド工業コロニーへ向かう三隻の貨物船を護衛し続けていた。
しかし、セラフィエルが船団の通信に異常を検知し始める。
ファントム・クラウンによる受動分析は、通常の商業ネットワーク障害とは一致しないパターンを示していた。ヴェスペラは、先ほど検知された偵察船を監視する。一方、紬は、妨害の発生源と関与している勢力を特定するまで、Combat Modeを起動しないと決めた。
小型船が、彼らを観察しているのかもしれない。
そしてハルシオンを出港して以来、初めて、護衛航行は契約書に記載されていない何かを見せ始めていた。
【次回、第188話へ続く……】




