【第186話】「護衛契約の条件」
【第186話】「護衛契約の条件」
場所: ASTRAEON VELORIA → ハルシオン自由港 — 星間商業・契約ホール、傭兵協会 メイン
視点: 星崎紬 → モード・ラン・ヴァレス → セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
### POV:星崎紬
独立交易コロニー、ハルシオン自由港の星間交通圏へASTRAEON VELORIAが近づくにつれ、メインスクリーンにはその景色が広がり始めていた。
遠くから眺める自由港は、巨大な軌道構造物を中心に築かれた都市のように見える。いくつものドックリングが管理中枢を取り囲み、貨物ターミナルや商業施設、居住区域を複数の交通路が結んでいた。
さまざまな大きさの船が、定められた航路に沿って移動している。その中では旅客船や貨物輸送船、工業船舶が、ほとんど途切れることのないリズムで出入りを繰り返していた。
ハルシオンは、外から見て美しくあるために造られた場所ではない。
交易を絶え間なく続けるために造られた場所だ。
「ハルシオンの商業航路の境界に近づいているわ」
ナビゲーションシートからヴェスペラの声が聞こえた。目の前に表示された航路投影を確認する彼女の長い耳が、わずかに動く。
「ワープ航法による進入ルートの計算は完了したわ。ワープドライブの離脱地点は、現地当局が指定したFTL進入区域に設定してある」
「ステーションからの距離は安全か?」
「主要軌道と混雑した交通路からは十分に離れているわ。ハイパードライブ・エンジンは出力を段階的に低下させているところ。遷移が完了したら、通常の接近航路に従うわ」
俺は頷いた。
「よし。交通管制官に、面倒を起こす船だと思われる必要はないからな」
ヴェスペラが俺に視線を向ける。
「面倒な仕事は受けたくないと言っていたのに、今度は港湾進入の手続きをすべて守らなければならないのね」
「それは別の話だ。手続きを守るのは旅の一部だろ。本来必要のない問題をわざわざ起こすのが面倒なんだ」
「いかにも紬らしい理由ね」
「ありがとう」
「褒めているわけじゃないわ、紬」
俺はその言葉を聞き流した。
しばらくすると、スクリーン上の遷移マーカーが変化した。
ASTRAEONが指定された離脱地点に到達すると、ワープドライブは停止された。ハイパードライブ・エンジンは待機状態に移行し、航行システムは通常の宇宙空間における接近制御へと切り替わる。
ステーションの近くで突然ワープアウトするようなことはない。
ASTRAEONほどの巨艦には、銀河標準をはるかに超える距離を移動する能力がある。
だが、その能力があるからといって、居住区域の安全規則を無視していいわけではない。星間距離を容易に飛び越えられる船であっても、ほかの船が利用している交通空間を尊重する必要がある。
「ASTRAEON VELORIA、こちらはハルシオン宇宙交通管制。船舶識別情報と訪問目的を申告してください」
ヴェスペラが外部通信回線を開いた。
「ハルシオン宇宙交通管制、こちらは受信した。船舶名、ASTRAEON VELORIA。公開分類、ウルトラ・ラグジュアリー長距離プライベート宇宙船。艦長、星崎紬。訪問目的は傭兵契約の登録および事務手続き。大型船舶用施設へのドッキングも申請する」
数秒後、返答が届いた。
「ASTRAEON VELORIA、初期識別を確認しました。接近速度を維持し、送信する航行ガイドに従ってください。武装申告の状態については、船舶登録情報に基づき確認します」
「了解した」
スクリーン上の進入ルートが、青いガイドラインへと切り替わる。
近くの航路では数隻の輸送船が移動していたが、こちらの存在を特に気にしている様子はなかった。
交通管制のオペレーターから、追加の指示が入る。
「ASTRAEON VELORIA、大型船舶用のドッキング施設として外部ドック第七番が利用可能です。配置作業を支援するため、タグドローン三機を派遣します。確認をお願いします」
「外部ドック第七番。指示を受領した」
ヴェスペラが進路を微調整する。
「なかなか良い場所を確保できたわね。主要貨物ターミナルのすぐ隣ではないわ」
「静かな場所か?」
「少なくとも、数分おきに出入りする輸送船と同じ航路を共有する必要はないわね」
「いい選択だ」
ASTRAEONは、接近航路に沿ってゆっくりと進んでいく。
メインスクリーンの向こうでは、順番待ちをしている輸送船が何隻か見えた。長年使用されているらしい船もあり、その外装パネルには何度も修理を繰り返した痕跡が残っている。
中型の旅客船が俺たちの航路の上を通過し、その両側を二機の小型輸送艇が護衛するように飛んでいた。少し離れた場所では、幅広の船体を持つ工業船が、積み替え用ドローンの列へコンテナを引き渡している。
ここの交易活動は、これまで通過してきた場所よりもずっと活気に満ちていた。
「紬」
ヴェスペラが端末から目を離さずに呼んだ。
「どうした?」
「ドッキング許可が発行されたわ。セラフィエルも港湾管理からの通知を受け取っている。現時点で追加検査の要求はないわ」
「それなら入港しよう」
「了解」
ドッキング作業は、大きな問題もなく進んだ。
三機のタグドローンがASTRAEONの船体周辺に配置される。
もちろん、あのドローンだけでこの巨艦を制御できるほどの出力はない。しかし、補助システムと自動誘導を組み合わせることで、船の配置作業は整然と進められていった。
宇宙交通管制からの誘導は、ASTRAEONがドックに完全に固定されるまで更新され続けた。
ドッキングインジケーターが緑色に変わったところで、俺は立ち上がった。
「ようやく到着だな」
ヴェスペラが航行画面の一部を閉じる。
「まるで長旅を終えた人みたいな口調ね」
「船の外で何か食べたいだけだ」
「契約の手続きが終わってからね」
「分かってる」
「それに、予定している事務手続きを取りやめさせようとして、話を逸らそうとしないでちょうだい」
俺は彼女を見た。
「何も言ってないだろ」
「顔を見れば十分よ」
本当に、この船の女性陣はますます俺の考えを読むのが上手くなっている。
船の基本的な入港手続きを終えた後、俺はランとセラフィナを連れてコマンドデッキを離れた。
ドッキングエリアから商業中心区までは、ターミナル内の交通機関を利用する。
大した装備を持ち出す必要はない。これから行うのは契約内容の確認と条件の照合、それから問題がなければ署名するだけの仕事だ。
連絡通路では、さまざまな方向へ向かう人々の流れが絶えず続いていた。
港湾作業員が検査機器を運び、商人が取引端末を持ち歩き、何人かの船長は事務スタッフとともに歩いている。
誰もが大規模な交易を目的にハルシオンへ来ているわけではない。
輸送許可を取得するだけの者もいれば、支払いを待っている者もいる。輸送費をめぐる争いを解決するために訪れている者もいた。
サービスキオスクの近くでは、テシア・マレルという人間の女性が、携帯端末で港湾請求書を確認していた。
年齢は二十九歳ほど。独立系の輸送ブローカーとして働いているらしい。
「通過料金は計算に入れてあったのに、どうして保管料が追加されているの?」
目の前に立つスペースドワーフの男性、ボレン・カーが肩をすくめた。
四十六歳の施設技術者だ。
「コンテナの引き取りが遅れたからだ。ターミナルが料金を変更したわけじゃない」
「たった二時間よ」
「二時間でも二時間だ。持ち主がコーヒーを飲んでいるからといって、荷役通路を塞いだままにしておくわけにはいかないだろ」
「コーヒーなんて飲んでいないわ。書類の手続きをしていたのよ」
「それなら次からは、船が到着する前に書類を済ませておくんだな」
彼らの会話は、走行する交通機関の音に紛れて聞こえなくなった。
俺は薄く笑った。
「なかなか賑やかな場所だな」
隣を歩くランは、複合施設のデジタルマップを確認していた。
「星間商業・契約ホールは管理中心区にあるわ。傭兵協会は建物の一角を占めていて、商人協会やその他の機関とは分かれている。交易窓口で手続きをする必要はないわね」
「覚えてるよ」
セラフィナは目の前にそびえる建物を見上げた。
「つまり、すべての機関が一つの複合施設に集まっているのですね?」
「そうよ。ただし、それぞれが独自の権限と事務システムを持っているわ。すべての用件を一つの受付で処理する、小さなギルドのような施設とは違うの」
「納得できます。ここに来る船の数を考えれば、すべての手続きを一つの窓口にまとめたほうが、かえって長い行列ができてしまうでしょうから」
「的確な判断ね、セラフィナ」
入口の上には複数の機関を示す標識が掲げられていた。
スペース傭兵協会は東棟に位置し、契約管理センターと業務評価窓口に隣接している。
そのほかの区画には、商人協会、賞金業務局、銀行コンソーシアムの事務所が入っていた。
俺はそれらを一瞥しただけで、視線を戻した。
「傭兵部門へ行こう」
「紬、ライセンス端末を忘れないでね」
「持ってる」
「それから、使用する船舶の識別情報が登録内容と一致しているか確認しておいて」
「ラン、契約の手続きくらい分かってるよ」
「確認しているだけよ。前回は追加費用の別紙を見落としかけたでしょう」
「もう昔の話だ」
「あなたが思っているほど昔ではないわ」
セラフィナは俺たちの会話を聞いて、小さく笑みをこらえていた。
俺は気づかないふりをした。
傭兵協会の東棟に入ると、そこも負けず劣らず慌ただしかった。
情報スクリーンには、受付可能な契約一覧、ランク更新、支払い状況、そして傭兵たちが新たに受注した仕事の通知が表示されている。
待合エリアでは、何人かの傭兵が座りながら契約内容を比較していた。
「その哨戒契約、まだ残っているのか?」
「残っているが、依頼主は最低でもBランクを要求している」
「それなら貨物護衛にしよう」
「先に危険度を確認しろ。東部セクターでの一件を繰り返したくない」
受付カウンターでは、女性職員がフィールドウェアを着た傭兵の事務手続きを終えようとしていた。
肩までの長さに切り揃えられた濃い茶色の髪。胸元には銀色の協会章が付いた正式な制服を着ている。
俺たちが近づくと、彼女は立ち上がった。
「ハルシオン・スペース傭兵協会へようこそ。星崎紬艦長でいらっしゃいますか?」
「そうだ」
「私はヴェイラ・ソレーンと申します。契約管理担当の職員です。人間種で、年齢は三十四歳。本日の書類確認と契約受付を担当いたします」
「よろしく頼む」
ヴェイラは俺のライセンス端末をスキャンした。
画面に身分情報が表示される。
「独立系宇宙傭兵ライセンスを確認しました。Cランクは現在も有効で、凍結記録もありません。Q-181-04の契約は、こちらのランクで受注可能です」
「それなら、最初の条件は満たしているな」
「はい。ただし署名手続きに進む前に、依頼主から提供されたすべての書類を受け取っているか確認する必要があります」
ヴェイラは、事務所の奥にある相談室へ俺たちを案内した。
そこにはいくつかの作業机と透明スクリーンがあり、プライバシーパネルによって外部の雑音が遮断されていた。
ほかの傭兵を担当している職員も何人かいる。
隣の部屋からは、契約解除料について議論している男性の声が聞こえてきた。
ヴェイラが机のパネルに触れる。
「どうぞお座りください。契約書類を表示いたします」
俺は中央の席に座った。
隣にはラン、向かい側にはセラフィナが腰を下ろす。
契約書が画面に表示された。
「こちらが、傭兵協会のネットワークから選択された契約です。CONTRACT Q-181-04 — CIVILIAN CARGO ESCORT。依頼主はハルシオン交易コンソーシアムとなっています」
俺は書類の上部を確認した。
「ハルシオン自由港からネレイド工業コロニーまで、貨物船三隻を護衛する」
「その通りです、艦長」
「危険度C。必要ランクはC以上。所要期間は標準二日間」
「依頼主が発行した書類の内容と一致しています」
俺は画面を支払い欄へ移動させた。
「六十八万GCに、十二万GCのボーナスか」
ヴェイラが頷く。
「基本報酬とボーナスは別々に記録されます。護衛対象の船舶が目的地に到着し、業務の実施証明が協会に提出された後、完了審査が行われます」
俺はしばらく数字を眺めた。
すべての支払い条件を満たせば、合計で八十万GC。
標準二日間の民間貨物護衛任務としては、なかなか魅力的な金額だ。
だが、判断材料は数字だけではない。
「特別な条件はあるか?」
ヴェイラが契約条件の部分を拡大した。
「護衛側の過失によって貨物が失われたり、損傷したりすることは認められません。また、艦長には、承認された護衛権限の範囲内で、航行中の三隻との連携を維持する義務があります」
「護衛権限の範囲内?」
「艦長が責任を負うのは護衛任務に関する行動です。貨物船の指揮権を引き継ぐことではありません。各船の所有者が、それぞれの船舶と乗組員に対する指揮権を保持します」
「それはいい。護衛を引き受けたからといって、三隻すべての船を同時に指揮するつもりはないからな」
ヴェイラは礼儀正しく微笑んだ。
「それが本契約の目的ですから」
俺はランへ視線を向けた。
「どう思う?」
ランはまだ答えなかった。
視線は書類の行を追い続けている。
「まずは添付書類を確認したいわ」
「どうぞ」
### POV:モード・ラン・ヴァレス
相談室に着席してから、ランは契約書の構成を注意深く確認していた。
表示は整理されており、読みやすい。
主要情報、支払い条件、護衛側の義務も、それぞれ明確に分けられている。
しかし、書類が整って見えるからといって、内容まで安全とは限らない。
専門的な仕事において、見落とした一文が、船の運用費をはるかに上回る損失の原因になることもある。
「ヴェイラさん、保険関係の書類も含めて、契約の添付資料をすべて確認したいのですが」
「もちろんです。表示いたします」
ランの目の前に、複数の情報パネルが現れた。
彼女は依頼主の身元、契約の公開記録、発行状況、そして護衛義務に関連する添付資料を確認していく。
契約受諾料が紛れ込んでいることはない。
仕事を始める前に傭兵側が支払わなければならない、追加の支払い条件も存在しない。
貨物船の所有権や責任を一方的に護衛側へ移転させる条項もなかった。
ランはさらに確認を続ける。
「この部分です」
彼女は、護衛側の過失による貨物損傷に関する一文を指し示した。
「この義務が、積荷全体の安全を無条件に保証するものとして解釈されないことを確認したいのですが」
ヴェイラは書類を説明欄へ移動させた。
「いいえ。その条項は、護衛任務の遂行に関連する過失を対象としています。護衛側の行動や過失が原因ではない損傷まで、自動的に傭兵側の責任になるわけではありません」
「貨物保険については?」
「各船の所有者が、それぞれ独自の保険証書を保有しています。事務手続き用の写しは、依頼主の書類に添付済みです。紛失や損傷が発生した場合は、事故報告書と関係者から提出された証拠が、保険請求の審査資料になります」
ランは、もう一度添付資料に目を通した。
「つまり、貨物保険と護衛側の義務は関連しているけれど、同じものではないということですね」
「はい。保険に加入しているからといって、護衛義務がなくなるわけではありません。反対に、護衛義務があるからといって、発生したすべての損失を原因の確認もなく傭兵側が負担するわけでもありません」
「理解しました」
紬は隣の席で、落ち着いた様子で座っていた。
手続きを急かすような素振りはない。
よかった。
少なくとも今回は、早く出かけたいという理由だけで何ページかを飛ばそうとせず、ランが確認を終えるのを待っている。
「紬、期間と報酬は最初の提示内容と一致している?」
「ああ。標準二日間。基本報酬六十八万、ボーナス十二万。変更はない」
「分かったわ」
ランは三隻の船舶情報へと移った。
「各船の積荷目録は、出発前に提出されるのですか?」
「はい。船団がハルシオン自由港を出発する前に、船主側から最終書類が提出されます」
「依頼主が一方的に航路を変更できる可能性は?」
ヴェイラは該当箇所を確認した。
「航路変更は、護衛側への連絡が必要です。その変更によって危険度や契約期間に重大な影響が生じる場合は、実施前に関係者の同意を得る必要があります」
ランは小さく頷いた。
求めていた回答だった。
安全状況を考慮することなく、傭兵が一方的な航路変更に従わなければならないような罠を、護衛契約に仕込む理由はない。
彼女は最後の項目へと戻った。
「隠れた違約金、護衛側へのドッキング費用の転嫁、あるいは護衛側の過失と関係のない損傷に対する賠償義務はありませんね?」
「ありません、ヴァレスさん。すべての支払い条件と責任範囲は、現在確認されている書類に記載されています」
「分かりました。確認は終わりです」
ランは表示の一部を閉じた。
「この契約は受諾して問題ありません。明記されている条件以外に、不利益となる条項は見つかりませんでした」
紬が彼女を見る。
「帰らなければならないような問題は見つからなかったか?」
「ないわ」
「それはよかった」
「そんなに安心したような声を出さないで。仕事を始めた後に発生するかもしれない問題を、今のうちに防いだだけよ」
「だから君を連れてきたんだ」
「そういう言葉は、契約を受けるたびに繰り返さなければ、もっと素敵に聞こえるわね」
ヴェイラは頭を少し下げ、職員としての表情を崩さないようにしていた。
セラフィナは二人を交互に見た。
「いつもこのように仕事をしているのですか?」
「大体はな」
紬は気軽に答えた。
ランも否定しなかった。
二人の仕事上の関係は、すでに長く続いている。
紬が仕事を受けるかどうかを決め、ランは見落とすべきではない項目を見落としたせいで、その仕事が損失に変わらないように確認する。
「それでは、依頼主との面会に進みましょう」
ヴェイラが立ち上がった。
「三隻の船主は、すでに会議室に到着しています。最終署名の前に、星崎艦長と直接お話ししたいとのことです」
紬も席を立った。
「分かった。会いに行こう」
次の会議室には、ハルシオンの商業区域を見渡せる大きな窓があった。
そこからは、ドックの間を移動する貨物船が見える。
いくつかのコンテナが産業用ドローンによって運ばれ、大型船舶は保管区域へ進入する前の検査を待っていた。
室内には、すでに三人の人物がいた。
一人目は、灰色がかった黒髪の人間の男性だった。
年齢は四十四歳ほど。簡素な船主用の作業服を着て、情報スクリーンの近くに立っている。
彼はアーヴェン・ドレイルと名乗った。貨物船の所有者兼船長だ。
その隣には、三十八歳のスペースエルフの女性がいた。
髪は銀色がかった茶色で、長い耳がその隙間からはっきりと見えている。
名前はサエリス・ヴェイ。貨物船の所有者だ。
最後の一人は、五十二歳のスペースドワーフの男性、コルドレン・バールだった。
ほかの二人よりも背が低く、がっしりとした体格をしている。短く整えられた髭を蓄え、低く重みのある声で話す。
彼が所有する貨物船の名前は《コッパー・メリディアン》だった。
俺たちが入室すると、三人は立ち上がった。
「ようこそ、星崎艦長。アーヴェン・ドレイルです。護衛を担当していただく方と、ようやく直接お会いできました」
「星崎紬だ」
アーヴェンと握手を交わす。
「サエリス・ヴェイです。この仕事を引き受けることを検討してくださり、ありがとうございます」
「気にしないでくれ」
コルドレンが一度頷いた。
「コルドレン・バールです。《コッパー・メリディアン》の所有者をしています。良い協力関係を築けることを願っています」
「こちらもそう願っている」
ヴェイラがテーブルの脇に立った。
「本題に入る前に、関係者の正式な紹介をさせていただきます。こちらの三名は、ハルシオン交易コンソーシアムが発行した契約に基づき、護衛サービスを受ける船主の方々です」
俺は頷いた。
「つまり、それぞれが自分の船に責任を持っているということだな?」
「その通りです」
アーヴェンが答えた。
「私たちは独立して運航していますが、今回の輸送については、三隻で一つの輸送契約を結んでいます」
コルドレンが腕を組む。
「軍艦の艦隊が必要なわけじゃない。安全な距離を保ち、三隻が一緒に航行できるようにしてくれる護衛がいれば十分だ」
「それは、俺たちが引き受ける仕事の内容と一致している」
サエリスが俺を見た。
「ASTRAEON VELORIAの登録情報は拝見しました。普段利用している護衛船よりも、ずっと大きな船ですね」
「そうだな」
「護衛船として、三隻の貨物船に直接同行する予定でしょうか?」
「航路の状況と、君たちの船の性能に合わせて編隊を調整するつもりだ。こちらの船が大きいからといって、無理に急がせる必要はない」
サエリスは少し安心したようだった。
「それを聞けてよかったです。エンジン性能の差があるからといって、私たちの船が護衛船の速度に無理やり合わせなければならないのは避けたかったので」
「貨物船を置き去りにしても意味がないからな」
コルドレンが頷く。
「いい答えだ。私の船は新造船ではない。エンジンの状態はまだ十分だが、はるかに大きな船と同じ性能を持っているとは思っていない」
「誰もそんなことは求めていない」
紬は三隻の船名が表示されたスクリーンを見た。
「契約に署名する前に、一つ確認しておきたい。書類に記載されている航路に変更はあるか?」
アーヴェンは首を横に振った。
「変更はありません。ハルシオン自由港からネレイド工業コロニーまでです。全行程、承認済みの商業航路を通ります」
「標準二日間という期間も変わらないな?」
「はい」
ランが質問を加えた。
「三隻の最終積荷目録は、すでに準備できていますか?」
「現在、最終確認を行っているところです」
サエリスが答える。
「出発前には提出します。封印と積荷の記録についても、港湾管理の事務手続きに従って確認します」
「分かりました」
コルドレンが少し椅子をずらした。
「護衛側に一つ質問したい。航行中の通信は、どのように管理する予定だ? 私たちは標準的な商用通信ネットワークを使っている」
「契約に関する事務と通信の窓口は、彼女が担当する。編隊の調整や航行中の連携については、出発前に各船が従うべき手順を送る予定だ」
紬が俺を指差した。
「問題ない」
アーヴェンが頷く。
「各船の指揮権を妨げない範囲であれば、合意した手順に従います」
俺は頷いた。
「それで十分だ。民間船の護衛任務に、複雑すぎる手順を持ち込む必要はない。重要なのは、すべての船がお互いの位置と動きを把握していることだ」
その後も、船舶の準備状況や事務手続きの予定、書類の引き渡しについて、いくつか実務的な話し合いが続いた。
大きな問題は出てこなかった。
三人の船主も、契約の範囲を超える追加サービスを要求することはなかった。
全員が条件を理解したところで、俺は再び端末の契約書に目を向けた。
「これ以上変更がなければ、署名する」
ヴェイラが確認ページを起動した。
「どうぞ、艦長」
俺は傭兵ライセンスの認証情報を入力する。
システムが身元、ランク、契約状態を確認した。
数秒後、画面に通知が表示された。
CONTRACT Q-181-04 — ACCEPTED.
「契約は、独立系宇宙傭兵Cランク、星崎紬艦長の名義で受諾され、正式に登録されました」
ヴェイラが丁寧に頷く。
「契約の受諾、おめでとうございます。事務手続きの証明書は端末へ送信され、依頼主用の写しはハルシオン交易コンソーシアムへ転送されます」
「ありがとう」
これで、ハルシオン自由港の交易区域における、俺たちの正式な初仕事が始まった。
### POV:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
セラフィナは、契約確認画面に表示されたステータスを見つめていた。
帝国の環境であれば、この程度の金額が動く仕事には、通常、指揮系統や正式な任務の割り当て、上官への報告、国家機関から支出される予算が伴う。
指揮官が、すべての費用の内訳を直接目にするとは限らない。
しかし、ここではすべてが目の前に公開されていた。
傭兵ランク。
危険度。
任務期間。
基本報酬。
ボーナス。
保険。
各関係者の責任範囲。
紬に仕事を受けるよう命じる軍関係者はいない。
受諾を強制する政治的な義務もない。
彼は契約を確認し、その仕事に引き受ける価値があると判断したからこそ、受諾したのだ。
「紬」
セラフィナは彼に顔を向けた。
「どうした?」
「支払いについて、一つ確認したいことがあります。六十八万GCが基本報酬で、十二万GCは別途ボーナスとして記録されているのですね」
「そうだ」
「つまり、協会は契約の基本報酬と、別に記載されたボーナスを分けて管理しているということですね」
「記録上はそうなるな」
セラフィナは再び書類を見た。
「それから、貨物に損傷が生じた場合は、責任を決める前に原因を調べる必要がある。保険に加入しているからといって護衛側の義務がなくなるわけではありませんが、反対に、調査もせずにすべての損失を護衛側が負担するわけでもないのですね」
ランが頷いた。
「その通りよ。契約が定めているのは、護衛側の過失によって発生した損傷や紛失に対する責任だけ。だから、その一文が無条件の保証にまで拡大解釈されないことを確認したの」
「少しずつ理解できてきました」
セラフィナは薄く微笑んだ。
「傭兵の仕事は、命令を受けて出発するだけのものではないのですね」
「命令を受けるだけなら、誰にでもできる」
紬が答えた。
「本当に問題になるのは、自分が何をするべきなのか、何をしてはいけないのか。そして何かが起きたとき、誰が責任を負うのかを理解していない場合だ」
「指揮官の仕事にも似ていますね」
「そうかもしれないな。違いは、俺たちが軍から命令を受けているわけじゃないことだ」
「だから、自分たちで契約を選べるのですか?」
「条件を満たしていて、その責任を引き受けるつもりがあるならな」
セラフィナはしばらく黙った。
傭兵が持つ自由とは、好き勝手に行動できるという意味ではないらしい。
契約の制限、港湾規則、船主の権利、そして守るべき人々に対する義務が存在する。
紬は自分の仕事を自由に選べる。
しかし、一度契約に署名した以上、それを正しく完遂しなければならない。
それは、責任のない自由ではなかった。
「あなたがこの仕事を気に入っている理由が分かった気がします」
紬が顔を向ける。
「何だ?」
「特定の契約を誰かに強制されることはない。でも、一度引き受けたら、その判断と責任は自分自身のものになるのですね」
「大体そんなところだ」
「興味深いです」
そのとき、まだテーブルの近くにいたアーヴェンが、追加の情報画面を開いた。
「実は、皆さんがここを出る前に、お伝えしておきたい情報が一つあります」
ヴェイラが振り返った。
「ドレイルさん、それは航路書類に関する情報でしょうか?」
アーヴェンはサエリスへ視線を向ける。
スペースエルフの女性は、ゆっくりと頷いた。
「私から説明します」
サエリスは個人端末を開き、通信記録を一つ表示した。
「少し前、ネレイド工業コロニーへ向かう商業航路を利用していた、別の貨物船について報告を受けました。その船は、今回護衛する三隻には含まれていません」
俺は画面に目を向けた。
「何があった?」
「航行中に監視システムから姿を消しました。通信が途絶える前に、緊急信号は一度も受信されていません」
会議室の空気が、わずかに静かになった。
コルドレンが眉をひそめる。
「私もその話は聞いたが、原因を特定できるだけの報告はまだ受け取っていない」
アーヴェンが息を吐いた。
「そこが問題なのです。通信障害だったのか、エンジンの故障だったのか、それとも別の何かだったのか、分かっていません」
セラフィナは表示された記録を観察した。
「その船は、今回の船団と同じ航路を通っていたのですか?」
サエリスが頷く。
「同じ交易航路上です。だからこそ、出発前にお伝えしておく必要があると思いました」
俺は記録をしばらく見つめた。
緊急信号はない。
船が消えた原因についての説明もない。
襲撃だったという証拠もない。
ただ、連絡が取れなくなった船があるという報告だけだ。
「その行方不明の報告は、関係当局に提出済みか?」
「はい。初期情報は交易管理ネットワークを通じて送信済みです。ただ、まだ結論は発表されていません」
俺は頷いた。
「分かった。知らせてくれてありがとう」
セラフィナが俺を見た。
「この情報で、判断を変えるのですか?」
「まだ分からない。今受け取ったのは、一隻の船が行方不明になったという報告だけだ。原因は判明していない」
「つまり、すぐに襲撃者がいると結論づけることはしないのですね?」
「そうだ。証拠もないうちに推測を始めたら、護衛任務そのものが契約に含まれていない仕事へ変わってしまうからな」
ランが端末を閉じた。
「ただし、その情報は航行中に注意すべき状況として記録しておく必要があるわね」
「同意する」
サエリスの表情が、少しだけ和らいだ。
「この報告が船団の問題にならないことを願っています」
「契約に従って護衛を行う。新しい情報があれば、合意した通信経路で知らせてくれ。状況が悪化するまで待つ必要はない」
「分かりました、星崎艦長」
コルドレンが頷く。
「各船で通信手順を守るように徹底しておこう」
アーヴェンは情報画面を閉じた。
「それでは、私たちは貨物区域での準備を続けます。今回の仕事を引き受けてくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ」
会議は、口論も条件変更もなく終了した。
三人の船主は、協会側の関係者と挨拶を交わしてから部屋を出ていった。
その後、ヴェイラは契約の事務書類の写しを渡し、関係者全員が電子通知を受け取ったことを確認した。
セラフィナは、受諾済みと表示された契約画面をまだ見つめていた。
Q-181-04。
ネレイド工業コロニーへ向かう貨物船三隻の護衛。
標準二日間。
六十八万GCに、十二万GCのボーナス。
書類上では、単純な仕事に見える。
しかし、緊急信号も発信せずに消息を絶った船の報告によって、その航行はもはや完全に平凡なものとは思えなくなっていた。
「紬」
「ん?」
「この護衛任務を、実際にどう進めるのか見学させてもらいます」
紬は端末をポケットにしまった。
「構わない。ただし、戦闘訓練みたいに考えないでくれよ」
「そのつもりはありません」
「よし。俺たちは貨物船を護衛するだけだ」
セラフィナは小さく微笑んだ。
「今のところは、ですね」
俺は彼女を横目で見た。
「少しレアに似てきたな」
「そうでしょうか?」
「少しだけな」
隣でランが小さく息を吐いた。
「二人を比べ始めないで。まだ出発準備を進めなければならないのよ」
「分かってる」
俺たちは会議室を出て、傭兵協会の管理区域を再び通り抜けた。
外のハルシオン自由港は、相変わらず忙しそうだった。
船は予定に従って移動し、港湾作業員は仕事を続け、商人たちは再び輸送による利益を計算している。
貨物船が一隻行方不明になったという報告だけで、誰も活動を止めたりはしない。
星間交易航路での生活とは、そういうものなのだろう。
十分な証拠がない限り、仕事は進み続ける。
そして今、ASTRAEON VELORIAはハルシオン自由港で初めての正式な契約を手にした。
俺としては、これからの標準二日間が、余計な問題もなく過ぎてくれることを願うばかりだった。
スペース傭兵協会 — 契約記録
|項目 |内容 |
|--------------- |------------------------------------------- |
|契約ID |Q-181-04 |
|雇用主 |ハルシオン貿易コンソーシアム |
|ミッションタイプ |民間貨物護衛 |
|最低ランク |C |
|リスク評価|C |
### 次回第187話 — 「商業航路の護衛船」
ASTRAEON VELORIAは、ネレイド工業コロニーへ向かう商業航路で、三隻の貨物船の護衛任務を開始する。
ヴェスペラは各船の速度と安全距離を考慮した航行編隊を組み立てる。紬は速度を無理に押しつけることなくASTRAEONの位置を維持し、ランは貨物船の所有者たちとの通信を担当する。
一方、セラフィナは、大型宇宙船がその武装を見せることなく船団を守る様子を、初めて直接目にすることになる。
しかし、商業航路を行き交うすべての動きを無視できるわけではない。
正体不明の偵察船が、遠方から船団を追跡していることが検知される。
【次回、第187話へ続く……】




