【第185話】「追跡者は国境の向こうに」
【第185話】「追跡者は国境の向こうに」
場所: ASTRAEON VELORIA — コマンドデッキ メイン
視点: セラフィエル → ヴェスペラ → セラフィナ → 紬
### POV:セラフィエル・ヴェロリア
コマンドデッキの朝は、決して途切れることのない情報の流れとともに始まる。
パノラマウィンドウの向こうでは、ハルシオン自由港の宇宙交通が次第に活発さを増していた。貨物船は定められた航路に沿って移動し、数隻の旅客船は現地管制官の指示に合わせて速度を調整しながら、交易区域へと進入していく。
それらの船の航行灯が、星々の間に小さな光点を描いていた。追加の貨物モジュールを牽引する船もあれば、大型輸送船が小型船舶との安全な距離を保ちながら航行している姿も見える。
コマンドデッキの内部では、複数のパネルに宇宙空間の地図や航行データが表示されていた。
警報音はない。
聞こえてくるのは定期的な通知音とシステムの状態変化を知らせる音、そしてコンソールから時折流れる通信音だけだった。
セラフィエルはメイン投影テーブルの傍らに立っていた。
その正面には、三つのデータ群がそれぞれ独立したウィンドウに表示されている。
カリスタが調査した貨物機器の通信データ。
ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNの襲撃事件で残された通信記録の断片。
そして、以前にアルケイオン国境周辺で検知された軍事通信活動の記録。
初期分析がようやく完了したのだ。
「ヴェスペラ、調査結果を表示できるようになったわ」
ナビゲーションシートに座っていたヴェスペラが、作業の手を止めた。
「終わったの?」
「ええ。三つのデータ群について、初期比較を完了したわ」
「それなら、共通点のある部分を見せてちょうだい」
セラフィエルが手を動かす。
三つのデータウィンドウが移動し、いくつかの項目が横並びに表示された。
「最初に確認した段階では、貨物機器に見られたのは一般的な通信障害にすぎなかったわ。でも、カリスタが発見した断片を記録全体から切り分けてみたところ、少し興味深いパターンが見つかったの」
「単なるランダムな障害ではないということ?」
「そうよ。いくつかの部分に、ASTRAEAの事件で残された通信記録と共通する送信構成や応答パターンが確認できたわ」
ヴェスペラは表情を変えずに表示を見つめていた。
「それから、アルケイオン国境周辺の軍事活動とも比較したのね?」
「ええ。そちらにも、いくつか追加の類似点があったわ」
セラフィエルは一つの記録群を指し示した。
「送信パターン、応答までの間隔、そして通信の構成に、アルケイオン国境周辺の軍事活動記録に現れたものと似ている部分があるの。ただし、その類似点だけでは、三つが同じ発信元から送られたものだとは断定できないわ」
「機器の識別情報は調べられた?」
「一部の機器情報は読み取れたけれど、送信者の身元を特定できる情報は確認できなかったわ。記録自体が不完全な部分もあるしね」
「つまり、信号を送った勢力はまだ特定できないということね」
「その通りよ」
セラフィエルは表示を切り替え、次の比較結果を映し出した。
「使用された機器が、同じ規格の通信システムに基づいている可能性はあるわ。一方で、既知のシステムに似せて送信パターンを模倣した可能性もある。追加情報がない以上、どちらか一方を結論として選ぶことはできないわね」
ヴェスペラは背もたれに身体を預けた。
「要するに、パターンの類似性は確認できたけれど、実行者の正体は分かっていない、と」
「ええ。それに、通信活動とアルケイオン中央政府の指揮系統との間に直接的な関係があることを示す証拠も、まだ見つかっていないわ」
「そこが一番重要ね」
「私もそう思うわ」
セラフィエルは一つのウィンドウを閉じ、現在も関連性のあるデータだけを残した。
「類似しているというだけで、関与の証拠だと考えてはいけないわ。そもそも、国境周辺の活動記録だけでは、実際にどの勢力がその機器を使用していたのか、全体像を把握できるとは限らないもの」
ヴェスペラはしばらくデータを眺めてから、視線を移した。
「紬には、初期分析の結果をもう伝えた?」
「まだよ。調査が終わるまでは、変化し続ける情報を送らないようにしていたの」
「カリスタにも知らせておいたほうがいいわね。最初にそのパターンを発見したのは、彼女が貨物機器を調べていたときなのだから」
「彼女用の調査結果のコピーも用意してあるわ。ASTRAEAの修理作業から離れなくても、比較結果を確認できるようにしてあるわよ」
「それはよかった。データの生記録を全部要求するためだけに、彼女がここまで来るようなことにはならないでしょうね」
セラフィエルは微笑んだ。
「カリスタのことはよく知っているわ。彼女なら、初期報告だけではなく、もっと詳細なデータを要求してくるでしょうね」
「その後で、どうして機器を先に調べなかったのかって聞いてくるわ」
「その会話も想像できるわね」
ヴェスペラは小さく息を吐いた。
「なら、コピーは完全なものにしておいて」
「もちろんよ」
投影テーブルの脇に、新しいウィンドウが表示された。
セラフィエルは別個に保存する項目を選択する。
元のデータはそのまま保持し、初期分析の結果は未検証の暫定資料として別に保存した。
最初の仮説と一致しなかった部分も、決して削除しない。
むしろ、追加情報が見つかったときに重要になる可能性があるのは、そうした部分だった。
「十分な根拠が得られるまでは、この結果を内部アーカイブに保管しておくわ。外部に渡すのは、それからね」
「適切な判断ね」
「不完全な情報が、誰かの早急な答えを求める気持ちだけで結論に変わってしまうのは避けたいもの」
ヴェスペラは頷いた。
メインスクリーンの向こうでは、貨物船がハルシオン自由港の交易航路を次々と通過していく。
その中に、今調査したデータとの関係を示す船は一隻も見当たらなかった。
そして現時点で、セラフィエルにはそれを疑う理由もなかった。
### POV:ヴェスペラ・ノクス・オーレル
ヴェスペラは再び航行マップへと意識を向けた。
セラフィエルの分析結果は、彼女にとって進路を変更し、追跡作戦へ移行する理由にはならなかった。
確かに興味深いデータではある。
だが、責任を持って目的地を定められるほどの根拠には至っていない。
スクリーンには交易航路と複数の探索区域が、それぞれ異なる色で表示されていた。比較的完全な航行データを持つルートもあれば、使用前に再確認が必要な古い記録に依存しているルートもある。
「セラフィエル、一つ別の航路案を見せたいのだけれど」
「通常の交易航路とは異なるルートかしら?」
「ええ。古い航行アーカイブを保管しているコロニーがあるの。通常の交易航路ではなく、アルケイオン国境方面へ直接向かうルートからも外れた、別の探索航路上に位置しているわ」
マップ上に一つのマーカーが現れた。
目立つような名前は表示されていない。
ヴェスペラは、そのコロニーのおおよその位置と、過去に記録された複数の航路だけを示していた。
「そこのアーカイブには、異なる時代に記録された星間航路のデータが保管されているわ。すべてが現在も使用できるわけではないけれど、一部の記録は航路の変化や、過去に民間船が通過した地域の状況を調べるのに役立つはずよ」
「アーカイブは今も使用されているの?」
「すべてではないわ。一部は長い間更新されていない。でも、それだからこそ探索する価値があるの。現在の商業用航行ネットワークでは、もう入手できないデータが残っている可能性があるから」
セラフィエルはマーカーに目を向けた。
「つまり、目的はアルケイオンの情報を探すことではないのね?」
「違うわ。別の地域を探索するなら、興味深い候補地だと思っただけよ」
「古いアーカイブを使用することに、危険はある?」
「もちろんあるわ。古い座標をそのまま使うつもりはないもの。現在の航行情報、宇宙空間の状況、それに適用されている交通規制と照合する必要があるわ」
ヴェスペラは一つの航路を拡大した。
「古いアーカイブから過去に使用されていた航路を把握することはできる。でも、その航路が今も安全で、通行を許可されているとは限らないわ」
「理解したわ」
「特に、ワープ航法を使用する場合はね」
セラフィエルが顔を向けた。
「その航路案に、ワープ航法の確認手順も組み込むつもりなの?」
「当然よ」
ヴェスペラは航路の表示を拡大し、状態の異なる複数の区間に印を付けた。
「ワープ航法は、目的地の座標を選んでワープドライブを起動すれば終わり、というものではないわ。航行を開始する前に、通過する航路、座標、空間の状態、交通回廊、そして進入・離脱区域を確認しなければならないの」
「航行区域の通過許可も含めて?」
「そうよ。各区域にはそれぞれの規則があるわ。民間船が使用できる航路もあれば、クリアランスを取得して初めて通過できる航路もある。それに、航路の遷移区域周辺に設定された立入禁止区域や安全区域にも注意する必要があるわね」
ヴェスペラは表示を切り替え、艦の推進システムの構成図を表示した。
「ハイパードライブ・エンジンは、ワープフィールドを生成して維持する役割を担っている。一方、ワープドライブは、その航行を実行するために使用する推進システムよ。そしてワープ航法は、航路全体の選定と設定を行う一連の手順を指すわ。三つは互いに関係しているけれど、同じ意味の言葉ではないの」
「分かりやすい説明ね」
「ハイパードライブ・エンジンに命令を出せば、どんな座標へでも艦を直接運べる、なんて考える人が出てきてほしくないだけよ」
「紬はそんなことをしないわ」
「分かっているわ。でも、私が提案する航路については、きちんと説明しておく必要があるもの」
セラフィエルは微笑んだ。
「ヴェスペラは相変わらずね」
「どういう意味かしら?」
「目的地を提案する前に、あらゆる可能性を確認しようとするところよ。単なる探索旅行であってもね」
「航行上のミスは、別の船に謝れば解決するようなものではないわ」
「それもそうね」
ヴェスペラは、もはや関係のない航路を一つ閉じた。
「アーカイブを保管しているコロニーは、次の旅行先の候補に加えておいてもいいと思うわ。今すぐ出発することを勧めているわけではないけれど。まだハルシオン自由港で済ませることがあるもの」
「護衛契約のこと?」
「ええ。ランが、私たちの傭兵ランクと運用能力に十分見合った仕事を見つけてくれたわ。次の長距離航行を決める前に、まずはその仕事の準備を済ませたほうがいいでしょうね」
セラフィエルは頷いた。
「代替航路のデータは、航路案として保存しておくわ。現在の有効航路には設定しないようにするわね」
「ありがとう」
ヴェスペラは航行画面をハルシオン自由港周辺の航路へと戻した。
窓の外では、ちょうど大型輸送船が進入許可を取得し、接近航路へと入ろうとしていた。その後ろには、貨物モジュールを運ぶ二台の輸送艇が続いている。
その区域の交通は整然と流れていた。
ヴェスペラは、こうした光景が好きだった。
必ずしも何か面白い出来事が起きるからではない。
星間旅行は、戦闘や軍艦、未踏の宙域だけで成り立っているわけではないからだ。
そこには、活気ある交易航路もあれば、納期を守ろうとする民間船もある。航行が滞りなく行われることで、ようやく生活を維持できるコロニーも存在する。
そうした銀河の一面こそ、彼女がASTRAEONとともに旅をしながら見て回りたいものだった。
### POV:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
航行に関する話し合いが続いている最中、セラフィナはコマンドデッキに到着した。
彼女は入口の傍らで一度足を止め、乗組員たちが集中を必要とする作業を行っていないか確認した。アクセスの許可を受けてから、指定されている観察エリアへと進む。
紬から与えられたアクセス権限は、今も有効だった。
コマンドデッキでの作業を見学することは許されているが、運用パネルに触れたり、何らかのシステムを引き継いだりすることは認められていない。
彼女に、その境界を破る理由はなかった。
「おはようございます。お邪魔してしまったでしょうか?」
セラフィエルが振り返る。
「いいえ、セラフィナ。ちょうど初期調査を終えたところよ」
「それなら、邪魔にはなりませんね」
「どうぞ。私たちも今、その結果について話していたところだから」
セラフィナは観察エリアの脇に立った。
目の前のメインスクリーンには、複数の通信データが並べて表示されている。
彼女には、こうした分析画面に見覚えがあった。
指揮官としての訓練を長年受けてきた彼女は、軍事的な動きや通信を分析するさまざまな手法を学んでいる。
しかし、目の前のデータは簡単に答えを導き出せるものではなかった。
「それは、ASTRAEAへの襲撃に関係するものですか?」
「一部はそうよ。ASTRAEAの事件で残された通信記録の断片と、貨物機器から見つかったパターンを比較しているの。それに、アルケイオン国境周辺の軍事通信活動の記録とも、いくつか似ている部分があるわ」
セラフィナは少しだけ近づいたが、パネルに手が届かない距離は保っていた。
「責任を負うべき相手は、もう特定できたのでしょうか?」
「まだよ」
セラフィエルは迷いなく答えた。
「通信パターンが似ているだけでは、発信者を特定するには不十分だわ。それに、アルケイオン中央政府が直接関与していることを示す証拠も見つかっていないの」
「つまり、正規軍の艦隊なのか、国境警備部隊なのか、それとも同じような機器を使っている別の勢力なのか、まだ判断できないということですね?」
「その通りよ」
セラフィナは再びスクリーンに目を向けた。
彼女にとって、こうした状況は珍しいものではない。
軍事の世界では、一つの信号が追加調査を行う根拠になることはある。
しかし、未検証の信号を攻撃や追跡の命令として扱うことはできない。
ましてや、情報の発信元と疑わしい勢力との関係が証明されていないのであれば、なおさらだった。
「それなら、追跡を行わないという判断は妥当ですね」
ナビゲーションシートからヴェスペラが振り返った。
「私たちには、特定できる標的が存在しないわ。たとえ国境方面への航路が確保できたとしても、データの類似性だけを根拠に艦を向かわせる理由はないもの」
「分かりました」
セラフィナは、マップ上のマーカーを見つめた。
「ただ、もし国境付近の軍事活動がASTRAEAへの襲撃と関係しているのなら、相手が再び同じような行動を起こす可能性もあるのではありませんか?」
「その可能性を完全に否定することはできないわ」
セラフィエルが答える。
「でも現時点では、その脅威がASTRAEONへ向かっていると判断できるだけの情報がないの」
「つまり、監視は続けるけれど、発信元を探すためだけに進路を変えるつもりはないということですね」
「その通りよ」
セラフィナはゆっくりと頷いた。
指揮官の視点から考えても、その判断は理解できる。警戒態勢を維持することと、脅威の疑いが生じるたびに攻撃へ動くことは別の話だ。
ただ、以前の経験とは異なる点が一つあった。
帝国の環境であれば、こうした情報は通常、すぐに指揮系統へと送られる。
状況の確認要求が出され、報告書が作成され、脅威レベルが判定され、その後の対応を求める命令が下される可能性もある。
しかし、ASTRAEONでは、その前に別の問いを通過する必要があるらしい。
自分たちが関与する理由はあるのか。
その場所に向かう必要のある仕事があるのか。
それは、自分たちの旅の目的に合っているのか。
「ヴェスペラ、さっき別の航路を見せていたわよね?」
「ええ。古い航行アーカイブを保管しているコロニーよ。ハルシオン自由港での用事を終えた後、探索先の候補にできるわ」
「古い航行アーカイブ……」
「一部のデータはもう使えないかもしれないけれど、航路の再調査を行うための比較資料にはなるわ。使用する前に、すべて確認する必要があるけれどね」
セラフィナはそのマップを眺めた。
「交易航路の変遷に関する記録も残っているのでしょうか?」
「その可能性はあるわ。ただ、コレクション全体を調べたわけではないの。主な目的は、そのコロニーを訪れて、どんなデータが残っているのか確認することよ」
「私も、そういう場所を見てみたいです」
ヴェスペラが振り返る。
「航行アーカイブに興味があるの?」
「特別に好きというわけではありません。ただ、帝国の中心部から遠く離れたコロニーが、どのように星間航行を管理しているのか知りたいのです。地域ごとに環境も習慣も異なるはずですから」
「それも、私たちが銀河を探索する理由の一つね」
セラフィナは小さく微笑んだ。
そのとき、彼女の思考は昨夜受け取ったメッセージへと戻っていった。
ヴェルドラコンへの帰還を検討してほしいという帝国家族からの要請には、まだ返事をしていない。
家族に何を伝えるべきなのか、彼女自身もまだ決められずにいた。
一方には、簡単に放り出すことのできない責任がある。
もう一方には、長い間離れることのできなかった宮廷や軍の組織から外れ、初めてその外側の生活を見られる機会があった。
急いで決断したくはなかった。
「セラフィナ?」
セラフィエルの声に、彼女は再び会話へと意識を戻した。
「何か気になることでもあるの?」
「いいえ。ただ、家から届いたメッセージについて考えていただけです」
セラフィエルは、それ以上問い詰めなかった。
「今すぐ返事をする必要はないわ」
「分かっています」
セラフィナは、もう一度航行マップを見つめた。
「でも、あまり長く放置したくもありません。私からの連絡を待っている人たちがいますから」
「それは理解できるわ」
「すべてを考える時間が取れたら、きちんと対応します。今はもう少し、あなたたちがこの銀河でどのように仕事をしているのか見ていたいのです」
セラフィエルは温かく微笑んだ。
「それなら、運用の妨げにならない範囲で、自由に見学してくれて構わないわ」
「もちろんです。誰かの仕事を奪うつもりはありません」
「分かっているわ」
セラフィナは、少しだけ安堵した。
彼女は、自分の望みを叶えるためにASTRAEONへ来たわけではない。
この船の人々に、自分の希望に合わせて旅の方向を変えてほしいとも思っていなかった。
学びたい。
見てみたい。
そして、自分自身で選択したい。
ただ、それだけだった。
### POV:星崎紬
俺がコマンドデッキに到着したとき、通信データに関する話し合いは、すでにかなり進んでいたらしい。
セラフィエルは投影テーブルの傍らに立ち、ヴェスペラはナビゲーションパネルを監視していた。セラフィナは観察エリアにいる。
「おはよう。遅かったか?」
「いいえ、紬。ちょうど調査結果をまとめようとしていたところよ」
セラフィエルが答えた。
「よかった。送ってくれた初期報告には目を通したけど、重要な部分は直接聞いておきたい」
セラフィエルがデータをメインスクリーンへと移動させた。
「もう一度説明するわね。貨物機器の通信パターン、ASTRAEAの事件で残された通信記録の断片、そしてアルケイオン国境周辺の軍事活動記録。この三つに類似点が確認できたわ。ただし、その類似点だけでは、すべてが同じ勢力から発信されたものだとは断定できないの」
「発信者の身元は?」
「まだ分かっていないわ」
「アルケイオン中央政府との関係は?」
「十分な証拠はないわ」
俺は頷いた。
「つまり、背後にいる相手が誰なのか、まだ分からないということか」
「そうよ」
「それに、同じ勢力が今もその地域で作戦を続けているのかどうかも不明、と」
「その通りね」
俺はしばらくデータを眺めた。
考えてみれば、確かに興味深い情報ではある。
ASTRAEAが襲撃され、貨物機器には不審な通信パターンが残されていた。さらに、アルケイオン国境周辺の軍事活動にも、いくつかの類似点が見つかった。
しかし、一見すると互いにつながっているように見える出来事が、必ずしも本当に同じ発信元を持っているとは限らない。
それらを一つの結論にまとめてしまえば、その後の判断は憶測の上に成り立つことになる。
「元のデータはすべて保存しておいてくれ。仮説に合わない部分も変更したり削除したりしないように」
「すでに対応済みよ。初期分析の結果も別に保存してあるわ」
「よし。カリスタにもコピーを渡しておいてくれ。最初に機器を見つけたのは彼女だからな。追加調査が必要になった場合、どの部分に注意すべきか分かるようにしておいてほしい」
「もう用意してあるわ」
俺は頷き、視線をヴェスペラへ移した。
「航路について、何か提案があるんだって?」
「ええ。次の探索先の候補として、古い航行アーカイブを保管しているコロニーを提案したいの。アルケイオンとは特別な関係のない場所よ。特にマッピングデータを収集するという点では、興味深い旅先になると思うわ」
「航路の準備はどこまで進んでいる?」
「まだ、そのまま使用できる段階ではないわ。現時点では初期案を用意しただけよ。ワープ航法を実行する前に、航路、座標、空間の状態、交通回廊、それに進入と離脱の許可を改めて確認する必要があるわ」
俺は彼女が表示したマーカーを見た。
「つまり、ここを出たらすぐに向かえるような航路ではないわけだな」
「そうよ。コロニーのアーカイブ全体も、まだ調べていないわ。古い航行データがあるからといって、その航路が今も安全に通過できるとは限らないもの」
「それなら候補として保存しておいてくれ。今決める必要はない」
「分かったわ」
セラフィエルが気軽に付け加えた。
「その航路案は、代替候補として保存しておくわね。現在の有効航路には設定しないようにするわ」
「ありがとう」
俺は再びヴェスペラを見た。
「ワープドライブについて、今のうちに準備しておくことはあるか?」
「長距離航行用のルートについては、航路の状態を再確認して、ワープ航法の計画を更新しておくわ。交通航路内でワープ遷移が許可されていない間は、ハイパードライブ・エンジンを起動しない。事前にクリアランスと遷移区域を確認する必要があるから」
「急がなくていい。少しでも移動時間を短縮したいからといって、港湾当局と問題を起こすのはごめんだ」
「そんなことはしないわ」
「分かっている」
ヴェスペラは表示をハルシオン自由港のマップへ戻した。
それから俺は、セラフィナへ視線を向けた。
「君はどう思う?」
「分析結果についてですか?」
「そうだ」
セラフィナは身体の前で両手を組み、答えた。
「身元の分からない相手を追跡しないという判断には賛成です。軍事の状況において、通信の類似性は追加調査に値する手掛かりにはなります。しかし、それだけでは作戦の標的を決めるには不十分です」
「それなら、アルケイオン国境へ向かわなくても構わないか?」
「はい。私は一時的な旅の仲間として、この船に乗っています。その情報が帝国の領域に関係しているからといって、艦長の判断を変える権利はありません」
落ち着いた返答だった。
だが、彼女がまだこの問題について考えていることは分かった。
何しろ、アルケイオンはヴェルドラコンの国境地帯に利害を持つ政治的・軍事的勢力だ。セラフィナの立場であれば、そう簡単に無視できる情報ではないだろう。
「この船に本当に向かってくる脅威があれば、当然対処する。だけど、正体も分からないものを追いかけることは優先事項じゃない」
「理解しています」
俺は頷いた。
「不審な信号が見つかるたびに、新しい仕事を始める理由にしたくないんだ」
セラフィエルがわずかに微笑む。
「それなら、私たちの意見は一致したようね」
「ああ」
俺はメインスクリーンを見渡した。
ハルシオン自由港の交易航路は、相変わらず忙しそうだった。そこを移動する船の中には、出港前の書類手続きを進めているらしい貨物船が三隻見える。
そこで、以前から目を付けていた契約を思い出した。
CONTRACT Q-181-04 — CIVILIAN CARGO ESCORT.
「今はハルシオン自由港の仕事に集中しよう」
ランが、俺たちの傭兵ランクと運用能力に十分見合った契約を見つけてくれていた。仕事の内容も、まだはっきりしない政治的な争いに巻き込まれる必要はないものだ。
「Q-181-04ね?」とセラフィエルが尋ねた。
「ああ。受諾する前に、もう一度すべての条件を確認する。報酬額が魅力的に見えるからって、それだけで契約に署名するつもりはない」
「ランはその判断を気に入るでしょうね」
「最初から俺がすべての条項を読んでいれば、もっと喜ぶかもしれないな」
ヴェスペラが小さく笑った。
「それなら、彼女の手間も省けるわね」
「二人そろって言わなくてもいいだろ」
セラフィエルは落ち着いた表情で俺を見た。
「私は同じ意見を伝えただけよ」
「分かった。よく理解したよ」
セラフィナは、サブスクリーンに表示された契約書を見つめていた。
「その仕事は貨物船の護衛契約なのですか?」
「そうだ」
「目的地への航行中、貨物船を守る任務ということですね?」
「大体はそうだな。ただ、詳細は確認する必要がある。通常の交易航路を進む船を護衛する場合と、何らかの危険がある区域を通過する貨物船を護衛する場合では、内容が違ってくるからな」
「契約内容を確認する過程も見学してみたいです」
「構わない。許可なく管理システムに触れない限り、見学してもいいぞ」
「覚えておきます」
俺は契約書の表示を拡大した。
依頼主の名前、航行ルート、契約条件、その他の詳細については、まだ決定する必要はない。
正式に承諾する前に、すべての情報が正しいことを確認しなければならないからだ。
「ヴェスペラ、ハルシオン自由港へ向かうための航行準備を整えておいてくれ。許可された航路から外れないようにな」
「了解。接近航路を更新して、現地の交通管制指示も確認しておくわ」
「セラフィエル、通信データの保存を続けてくれ。新しい情報が出てきたら、そのときに改めて評価しよう」
「分かったわ、紬」
「それと、カリスタへのコピーも忘れないでくれ」
「もう準備してあるわ。今すぐ送信するわね」
俺はもう一度マップに目を向けた。
目の前に広がる独立交易コロニーは、俺たちが直前までいた地域よりも、はるかに活発な動きを見せている。
商船、旅客船、輸送艇。それぞれが異なるリズムで航行していた。
こういう場所では、傭兵の仕事が必ずしも海賊との戦闘や軍艦との交戦を意味するわけではない。
時には、貨物が目的地へ無事に届くよう、輸送船を護衛するだけでいい。
今は、それで十分だ。
「よし。アルケイオンは追わない。まだ契約もなければ、特定できる標的もない。俺たちの旅の方向を変える理由もないからな」
俺は、分析を終えたデータの表示を閉じた。
「最初の仕事の目的地は、引き続きハルシオン自由港だ。護衛契約の準備をきちんと進めよう」
「了解」とヴェスペラが答えた。
「必要な書類を整えておくわ」とセラフィエルが続けた。
セラフィナは、数秒だけマップを見つめてから、小さく微笑んだ。
彼女は初めて、王国の命令でも、政治的な脅威でも、自らの力を証明したいという欲求でもない理由で下される傭兵の決断を目にした。
ただ、一つの仕事を選んだだけ。
そして、ASTRAEONの旅は続いていく。
遠い銀河のどこかでは、アルケイオン国境周辺の軍事活動も、依然として広大な銀河の一部であり続けている。
だが、今の彼らがそれを追いかけることはない。
【NEXT BAB 186 — 「護衛契約の条件」】
### 護衛契約の条件
ASTRAEONはハルシオン自由港の傭兵協会で、契約に関する手続きを開始する。紬は正式に承諾する前に、CONTRACT Q-181-04 — CIVILIAN CARGO ESCORTの内容を改めて確認する。ランは不利になる隠し条項がないかを確かめる一方、セラフィナは傭兵の仕事における報酬制度、保険、責任分担について学んでいく。
その後、彼らはネレイド工業コロニーまで護衛する予定の三隻の貨物船の所有者たちと面会する。
しかし、契約の署名手続きが終わる直前、そのうちの一人が同じ航路を進んでいた別の船について報告する。
緊急信号を発信することなく、消息を絶った一隻の船について――。
【次回、第186話へ続く……】




