【第182話】「次の依頼は自由市場で」
【第182話】「次の依頼は自由市場で」
場所: ASTRAEON VELORIA — コマンドデッキ → ハルシオン自由港 → 星間商業・契約ホール 主な
視点: 星崎紬 → モード・ラン・ヴァレス → セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
### 視点:星崎紬
「艦長、間もなくワープ遷移宙域に接近します」
航法コンソールからヴェスペラの声が聞こえた。
俺は指揮官席に座り、メインスクリーンに広がる航路表示を確認していた。淡い色の航法ラインが、ハルシオン自由港の宇宙管制当局によって指定された航行回廊を示している。
スクリーンの中央には、ASTRAEON VELORIAの現在位置を示す船影アイコンが表示されていた。
「出口までの距離は?」
「遷移可能な時間帯まで、あと数分です。ワープから離脱した後も、ハルシオンの管制区域へ向かう進入航路を進む必要があります」
「交通量は多いか?」
「それほどでもありません。ただし、主要航路は大型貨物船が数隻使用しています。少し空いている二次航路を選択しました」
俺は頷いた。
「そちらを使おう。時間を急ぐ必要はない」
「そう言うと思っていました」
ヴェスペラは画面から目を離さず、わずかに微笑んだ。
コマンドデッキの外では、ASTRAEON VELORIAが引き続きワープ航行を続けていた。
この文明で用いられている宇宙航行方式は、\*\*Warp Navigation(ワープ航法)\*\*と呼ばれている。船は設定された航路に従って進み、Warp Driveによってワープ空間を通過することで、恒星間の距離を越えていく。そのシステムを駆動させているのがHyperdriveエンジンだ。
つまり、ある場所から突然姿を消し、別の場所に何事もなく現れるわけではない。
選択すべき航路があり、確認すべき航法条件があり、計算しなければならない遷移地点がある。さらに、宇宙交通に関する規則も適用される。
一般的な水準を遥かに上回る技術を持つ船であっても、居住区域の安全を無視してよいわけではない。
「セラフィエル、Hyperdriveの状態は?」
セラフィエルはメインコンソールのそばに立っていた。コマンドデッキの照明の下には彼女の身体がはっきりと見えており、隣の端末にはいくつかのシステム情報が表示されている。
「Hyperdriveエンジンは正常です。Warp Driveは、ハルシオン航路に設定されている民間航行用パラメータに従って稼働します」
「それ以上の航行性能を使う必要はない」
「すでに制限しています。遷移から進入まで、現地の交通に影響を与えないよう、すべてのパラメータを調整済みです」
「よし」
ランの少し離れた場所に立っていたセラフィナが、俺たちの会話に耳を傾けていた。
「一つ質問してもいいかしら?」
俺は彼女を振り返った。
「どうぞ」
「ASTRAEONのHyperdriveは、ほかの船と同じものを使っているの?」
セラフィエルが落ち着いた声で答える。
「ワープ航行の基本原理そのものは広く知られています。ただし、Hyperdriveの設計や性能は船によって異なります」
「それなら、あなたたちのエンジンはずっと進んでいるの?」
「ASTRAEONの航行に必要な性能は備えています」
俺はセラフィエルに目を向けた。
無難な回答だ。
セラフィナも、これ以上踏み込む必要のない情報の境界を察したらしい。
「そう。分かったわ」
ヴェスペラが進入マップを拡大した。
「ワープ遷移ウィンドウが開きました。ハルシオン交通管制が指定した宙域で離脱します」
「頼む」
「Warp Drive、減速を開始します」
パノラマウィンドウの向こうに広がる光景が、ゆっくりと変化していく。
船体を取り巻いていた空間の歪みが少しずつ消え、センサー表示も通常の距離にある天体を捉え直していった。
しばらくすると、ASTRAEONのアイコンが進入宙域へと入った。
「ワープ遷移完了。Hyperdriveは待機モードに移行しました」
セラフィエルが新たに受信した情報を表示する。
「ハルシオン宇宙交通管制から、船舶識別情報の要求が届いています」
「公開登録情報を送信してくれ。訪問目的は商業目的の寄港。乗員数と乗客数はマニフェストに合わせて更新する。貨物申告も実際の記録を使おう」
「承知しました」
俺は通信画面に目を向けた。
HALCYON SPACE TRAFFIC CONTROL — INBOUND IDENTIFICATION
要求データ:
* 船舶の識別情報および登録情報
* 艦長の身元情報
* 訪問目的
* 貨物申告
* 乗員および乗客の人数
* 登録申告に基づく兵装の状態
* 接岸区域の申請
「追加検査の要求はあるか?」と俺は尋ねた。
「まだありません。入域情報とドッキング目的の確認のみです」
「正式書類に従って提出してくれ」
「承知しました」
数秒後、通信が接続された。
『ASTRAEON VELORIA、こちらはハルシオン宇宙交通管制です。初期識別情報を受信しました。到着目的と接岸申請について確認をお願いします』
セラフィエルが通信を引き継ぐ。
「ハルシオン宇宙交通管制、こちらはASTRAEON VELORIAです。艦長は星崎紬。訪問目的は独立商業寄港、契約確認、および交易活動です。長距離型プライベート船向けの接岸区域を希望します」
『情報を受領しました。特別な取り扱い設備を必要とする貨物はありますか?』
「前回の契約に関する輸送貨物はありません。貨物申告は最新のマニフェストに合わせて更新済みです」
『了解しました。兵装の状態は登録申告どおりですか?』
「そのとおりです」
『接岸区域の指定までお待ちください』
通信が一時的に切れた。
俺は椅子の背もたれに身体を預ける。
「どう思う?」
ヴェスペラは表示された航路を確認した。
「商業区画にある大型船用の接岸区域へ案内されるようです。旅客施設からは少し離れていますが、交易センターへのアクセスは悪くありません」
「ドッキングまでどれくらいかかる?」
「最終進入航路を受信してから、それほど時間はかからないでしょう。指定された回廊に従うだけです」
俺は頷いた。
窓の向こうでは、ハルシオン自由港の姿が少しずつ鮮明になっていた。
その独立交易コロニーは、広大な宇宙港複合施設を中心に発展している。いくつもの軌道構造物が輸送路によって結ばれ、さまざまな大きさの船が、それぞれの接岸区域へ向かって移動していた。
分厚い船体を持つ貨物船。多数のパノラマウィンドウを備えた旅客船。外部モジュールを取り付けた工業船。そして、ひときわ目を引くデザインのプライベート船も数隻見える。
「かなり賑わっているわね」
セラフィナの声が聞こえた。
「交易コロニーは大抵そうです」とランが答える。「流通や取引が続いている限り、船は絶えず出入りしますから」
「この地域は、どこか特定の政府の支配下にあるの?」
「ハルシオン自由港は独立した行政機構を持っています。管轄区域内の施設、ドッキング、現地の交通、商業活動などを管理しています。ただし、ここに事務所を構えるすべての組織が、一つの機関に属しているわけではありません」
セラフィナはスクリーンを見つめた。
「実際に見てみたいわ」
「もうすぐです。まだドッキングの確認を待っているところです」
セラフィエルが顔を上げた。
「接岸許可を受信しました。ハルシオン宇宙交通管制から、進入回廊とドッキング固定手順が指定されています」
「ヴェスペラ?」
「航路を受信しました。指定された回廊に沿って進入します」
「頼む」
「了解」
ASTRAEONは接岸区域へ向けて動き始めた。
全長8,600メートルのその船は、VELORIA LUXURYの外観を保っている。兵装パネルが展開することもなく、ミサイルランチャーが姿を現すこともない。船体の形状にも変化はなかった。
外部から観察する者にとって、ASTRAEON VELORIAはただの、非常に巨大な豪華プライベート船にすぎない。
それで十分だった。
「進入速度、現地の制限値内です」とヴェスペラが報告する。
「ドッキングロックの状態は?」と俺は尋ねた。
「接続を受け入れる準備ができています」
「セラフィエル?」
「船内システムに問題はありません」
その数分後、ドッキング構造が接続された。
目立った衝撃はない。姿勢制御システムが船の位置を微調整し、指定された接続ポイントへと正確に固定していく。
DOCKING STATUS: COMPLETE
「ハルシオン自由港へようこそ」
セラフィエルがそう告げた。
俺は息を吐いた。
「ようやく到着か」
ランがこちらを向いた。
「到着したばかりですよ。次の仕事も簡単に終わるなどと思わないでください」
「まだ何も言っていないぞ」
「先回りして申し上げただけです」
セラフィナは俺たちのやり取りを見て微笑んでいた。
「あなたたちは、いつもこんな感じなの?」
俺は席から立ち上がった。
「そのうち慣れるさ」
### 視点:モード・ラン・ヴァレス
ハルシオン自由港は、取引を行うには興味深い場所です。
施設全体が豪華だからというわけではありません。さまざまな星間経済活動が、一つの区域に集まっているからです。
貨物船は物資を運び、商人は買い手を探し、企業は流通経路を確保する。そして傭兵たちは、現地の治安機関だけでは対応できない能力や人員を必要とする仕事を引き受けるためにやって来ます。
ASTRAEONのドッキングが完了すると、私は現地ネットワークから利用可能な商業情報を確認し始めました。
いくつもの情報がPersonal Terminalに届きます。
商品相場、輸送スケジュール、警備サービスの依頼、契約の募集、各種機関からの事務連絡。
私はすべてをすぐに開くことはしませんでした。
「ラン、何か見つかったか?」
紬が私のそばに立っていました。セラフィナはテーブルの反対側にいます。
「Space Mercenary Associationから、いくつかの募集が出ています。Rank Cに適した仕事と、より高い能力や資格を必要とする仕事を分けているところです」
「面白そうなものはあるか?」
「艦長が何を面白いと考えるかによります」
「面倒じゃないやつ」
私は顔を上げました。
「交易コロニーまで来て、面倒のない仕事を探すのですか?」
「仕事を探しに来たんだ。面倒な仕事と、報酬に見合う仕事は別物だろ」
「何もせずに報酬だけ欲しいとはおっしゃらないようで、何よりです」
セラフィナが小さく笑った。
「そういうことは、よくあるの?」
「いいえ。ただ、契約条件をきちんと読まずに仕事を引き受けた後で、不満を漏らす傭兵がいるという話は聞いたことがあります」
紬はテーブルから飲み物を手に取った。
「私を見るな。契約書には目を通している」
「艦長が契約書を読まないとは申し上げていません」
「その口調は、そう言っているように聞こえるぞ」
「それは艦長の気のせいです」
セラフィナは笑みを浮かべながら、私の端末を覗き込んだ。
「仕事の一覧を見てもいいかしら?」
「もちろんです。ただし、表示しているのは一般公開されている契約の一覧だけです。閲覧に制限がある書類は、正式なアクセス権限の範囲内で管理されています」
私は画面を拡大しました。
数十件の募集が表示されます。
貨物船の護衛、物資の輸送、施設警備、物品の回収、技術者の護衛、そしていくつかの救助依頼。
低リスクの表示があるものもあれば、特定の専門技能を必要とするものもあります。
セラフィナは一覧を注意深く眺めていました。
「ずいぶん多いのね」
「利用可能な契約の数は、常に変動しています。新しく発行された仕事もあれば、傭兵を待っているものもあります。すでに終了していても、検索履歴に残っている契約もあります」
「どのような基準で、検討する仕事を選ぶの?」
私はいくつかの項目を拡大しました。
「少なくとも、いくつかの点を確認します。依頼主、目的、所要時間、リスク、報酬、必要条件、そして完了条件です。護衛契約なら、何を守るのか、私たちの責任がどこまで及ぶのかも把握しなければなりません」
「つまり、報酬が高ければ良い仕事とは限らないのね」
「そのとおりです。高額な報酬を提示する契約でも、金額に見合わないリスクを伴うことがあります。傭兵側が制御できない損害まで負担させる条項が含まれている場合もあります」
紬は飲み物を一口飲んだ。
「だから私は、説明が曖昧すぎる契約が嫌いなんだ」
セラフィナが彼女を振り返る。
「軍では、大半の任務に明確な作戦命令と指揮系統があるわ」
「傭兵の仕事がすべてそうとは限りません」と私は答えました。「契約を結んだ後、依頼主が傭兵に命令する権限を持つとは限らないのです。両者の関係は、契約内容によって決まります」
「つまり、依頼主が自動的に上官になるわけではないのね?」
「そのとおりです。依頼主は合意したサービスに対して報酬を支払います。傭兵は契約条件に従って仕事を完了する責任を負いますが、同時に専門職としての限界もあります」
紬が頷いた。
「依頼主が突然、契約外のことを要求してきたら、断るか、書面で契約を変更してもらえばいい」
セラフィナは、その答えについて考えているようだった。
「軍の指揮系統とは違うのね」
「ええ」
私はハルシオン自由港に登録されている組織の一覧を開きました。
「もう一つ、理解しておいていただきたいことがあります。傭兵業務、交易、金融管理は、すべて一つの組織の管轄下にあるわけではありません」
「どういう意味?」
「交易の中心地にある機関を、すべて一つの大きなギルドのように考える人もいます。しかし、それぞれ異なる権限を持っています」
私は、私たちが向かう予定の建物を拡大しました。
INTERSTELLAR COMMERCE & CONTRACT HALL
「これから訪れる場所は、ハルシオンの商業中心区にあります。建物は近代的なオフィスと行政施設を組み合わせた複合施設です。複数の機関が入っていますが、それぞれ独自の事務所、システム、責任範囲を持っています」
セラフィナは建物の名前を読み上げた。
「星間商業・契約ホール……」
「そうです。今日、私たちが訪れる可能性の高い四つの機関について説明しましょう」
私は一つずつ画面を開いていきました。
SPACE MERCENARY ASSOCIATION
「まず一つ目は、Space Mercenary Associationです」
「紬が仕事を受ける場所ね?」
「そのとおりです。傭兵ライセンス、ランク、業務記録、契約募集、成果評価、報酬の支払いなどを扱っています。護衛、救助、警備、賞金首の捕獲、そしてモバイルフレームによる作戦支援などが主な業務です」
セラフィナが頷いた。
「つまり、独立傭兵としての紬の資格は、ここに登録されているのね」
「はい。紬はRank C、Professionalです。これは、そのランクの条件を満たす契約を受けるための専門資格を持っていることを示しています。ただし、Rank Cだからといって、審査なしにあらゆる仕事を受けられるわけではありません。契約ごとに必要条件があります」
紬がこちらをちらりと見た。
「私がここにいるのに、いないみたいに説明しているな」
「セラフィナ様に説明しているのです」
「続けてくれ」
私は笑みをこらえました。
「二つ目は、Bounty Officeです」
BOUNTY OFFICE
「この機関は、賞金が設定された対象を扱います。例えば犯罪者、海賊、あるいは回収が必要な物品などです。生け捕りが条件の契約もあれば、規定に従った排除が認められるもの、物品の回収だけを求めるものもあります」
「貨物船の護衛とは違うのね」
「まったく違います。賞金首に関する契約には、対象の識別、完了証明、引き渡しの規則があります。どこかで何かを見つけたからといって、それを勝手に持ち帰り、賞金の対象だと判断することはできません」
「分かったわ」
私は次の機関へ画面を切り替えました。
MERCHANT ASSOCIATION
「三つ目は、Merchant Associationです。交易を担当する機関ですね。商人ライセンス、商業貨物契約、交易路、商品規格、輸送書類、貨物保険、そして貿易仲裁などを扱っています」
「それなら、あなたの仕事に近いわね」
「そのとおりです。Bounty Officeよりも、こちらの事務所とやり取りする機会のほうが多くなるでしょう」
「商品の価格も決めるの?」
「標準価格や商品情報を提供し、取引を支援するデータは保有しています。ただし、最終的な価格は市場、売買条件、そして当事者間の合意によって決まります」
「少しずつ分かってきたわ」
私は最後の画面を開きました。
BANKING CONSORTIUM — INTERSTELLAR BANKING NETWORK
「四つ目は、Banking Consortiumです。口座管理、クレジット送金、通貨交換、融資、投資、決済などを扱っています」
セラフィナは画面に注目していた。
「つまり、Mercenary Associationが契約報酬の支払いを承認しても、実際の送金には銀行ネットワークが使われることがあるのね?」
「そのとおりです。仕事を認定する組織が、すべての金融取引まで管理するとは限りません」
「分かったわ」
紬はグラスをテーブルに置いた。
「よし。これで、この建物にあるすべての事務所が一つのギルドだと思わずに済むな」
セラフィナが彼女を振り返る。
「そんなこと、一度も言っていないわ」
「念のため確認しただけだ」
「からかっているように聞こえるわ」
「そうかもな」
私は小さく息を吐きました。
「お二人とも、もうよろしいでしょうか。そろそろ出発したほうがよさそうです。直接確認する価値のある契約をいくつか選んであります」
「一番簡単なものか?」と紬が尋ねる。
「初期情報に基づいて、最も妥当だと判断したものです」
「それは同じ答えじゃないな」
「ええ、違います」
私は一覧を閉じ、必要な情報を保存しました。
ASTRAEONを離れる前に、セラフィナの渡航書類が一時的な同行者として登録されていることを確認します。彼女は船の指揮系統には属しておらず、私たちの名義で自動的に契約を受ける権限もありません。
「セラフィナ様、Personal Terminalはハルシオンの公開ネットワークに接続されていますか?」
「ええ、接続済みよ」
「よろしい。公開情報は閲覧していただいて構いませんが、確認をせずに取引を行ったり、書類を承認したりしないようお願いします」
「そのつもりはないわ」
紬が立ち上がった。
「それじゃあ行こう。どんな仕事があるのか見てみよう」
星間商業・契約ホールは、ハルシオン自由港の商業区域に位置していた。
その建物は、冒険者たちが集まる場所というよりも、大規模なオフィス複合施設に近い。
いくつもの入口には、それぞれの機関を示す標識が掲げられていた。情報スクリーンには相談窓口の予定、受付番号、取引に関する通知などが表示されている。
さまざまな服装の人々が行き交っていた。
フォーマルな服を着た商人、作業服姿の技術者、書類端末を持った船主、そして個人装備を携えた傭兵も何人か見かける。
すべての用件を扱う共通の受付カウンターは存在しない。
各機関が、それぞれ独立したサービスエリアを持っていた。
セラフィナは周囲を見回した。
「以前見たMercenary Associationの事務所より、ずっと大きいわね」
「複数の機関が一つの施設に入っているからです」と私は答えました。
「でも、やっぱり別々なのね?」
「はい。入口の上にある表示をご覧ください」
私は建物の左側を指しました。
「Mercenary Associationの事務所はあちらです。隣がMerchant Association。Bounty Officeには専用の審査室があります。Banking Consortiumの窓口も独立しています」
セラフィナは順番に目を向けた。
「同じ列には並ばないの?」
「いいえ。共同で提供すると合意された特定のサービスを除けば、基本的には各機関がそれぞれの業務を担当します」
私たちの隣を歩く紬が口を開いた。
「全部一緒にしたら、傭兵ライセンスを更新したいだけの人が、貨物契約を処理している商人の列に巻き込まれるだろ」
「それは非常に非効率ね」
「そのとおりです」
私たちはSpace Mercenary Associationへ続く入口から中に入った。
内部には、壁際にいくつものセルフサービス端末が並んでいる。メインスクリーンには、有効なライセンスを持つ傭兵が閲覧できる仕事の一覧が表示されていた。
サービスカウンターでは、職員の一人が、契約を終えたばかりと思われる二人組と話している。
騒がしさはない。
専門的なオフィスらしく、事務手続きが淡々と進められていた。
「Space Mercenary Association、ハルシオン支部へようこそ」
カウンターにいた女性職員が、私たちを迎えた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
紬がPersonal Terminalから傭兵身分証を提示する。
「護衛契約をいくつか確認したい」
職員は身分証をスキャンした。
「星崎紬様。Rank C — Professional。ライセンスは有効です。特定の契約をお探しでしょうか。それとも、現在募集中の一覧をご覧になりますか?」
「Rank C向けの護衛契約一覧を」
「かしこまりました。右手のサービス端末をご利用ください。詳細書類や契約担当者との相談が必要な場合は、システムから申請できます」
「ありがとう」
私たちは案内された端末へ移動した。
契約一覧が表示される。
比較的単純な内容の仕事もあれば、特別な条件を必要とするものもあった。
紬はいくつかの項目を確認し、そのうちの一つで手を止めた。
「ラン、これを見てくれ」
私は近づいた。
画面には、護衛契約の一覧に新しく追加されたばかりの募集が表示されていた。
CONTRACT Q-181-04 — CIVILIAN CARGO ESCORT
セラフィナも一緒に画面を覗き込む。
「これを確認するの?」
「詳しく読む価値はありそうだ」
私は概要書類を開いた。
「まずは条件を確認しましょう」
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
傭兵の仕事探しが、こんな様子だとは思っていなかった。
私の想像では、傭兵というものは、担当者から任務の命令と書類を受け取り、そのまま目的地へ向かうのだと思っていた。
しかし、実際はもっと整然としている。
誰かが部屋の前に立ち、全員に命令書を配っているわけではない。
それぞれの傭兵が、自分の資格、能力、判断に基づいて仕事を選んでいる。
断ることもできる。
単純なことに見えるけれど、私が最も興味を引かれたのは、まさにその部分だった。
「これが、現在受けられる契約の一覧なの?」
「そうです」とランが答える。「少なくとも、紬のライセンスで閲覧できる一覧ですね」
私は画面を見た。
左側には、いくつかのカテゴリーが並んでいる。
* Cargo Escort.
* Passenger Escort.
* Rescue Operation.
* Private Security.
* Colony Defense.
* Exploration Support.
* Mobile Frame Combat.
* Emergency Response.
「これらの仕事は、すべてMercenary Associationが管理しているの?」
「ここに登録されている契約については、そうです。ただし、依頼主は企業、コロニー行政機関、あるいは傭兵サービスを必要とする別の組織である場合もあります」
「つまり、この組織が必ずしも直接報酬を支払うわけではないのね?」
「そのとおりです。登録、必要条件、記録、評価、契約に基づく支払いの手続きを管理します。依頼主には、書類に記載された責任が残ります」
私は頷いた。
「だから、あなたはいつも最初に書類を確認するのね」
紬は肩をすくめた。
「出発した後になって問題が見つかるような仕事は受けたくないからな」
「軍では、大半の任務は指揮系統によって決められているわ。私たちは任務を受け取り、状況に応じて実行方法を調整する」
「こっちは契約が合わなければ、見送ることができる」
「そこが、まだ新鮮に感じるの」
紬がこちらを向いた。
「変だと思う必要はない」
「変だと思っているわけではないわ。ただ、指揮系統に従わなくても決定できるということに、まだ慣れていないだけ」
ランが微笑んだ。
「いくつかの仕事を見れば、次第に慣れるでしょう。ただし、選択の自由があるからといって、責任がなくなるわけではありません。契約に同意した時点で、専門職としての義務が発生します」
「分かっているわ」
私は再び一覧に目を戻した。
貨物船の護衛を必要とする契約が一つ表示されていた。
「これは?」
「はい。CONTRACT Q-181-04です」とランが答えた。
紬が書類を拡大する。
「詳細を開いてくれ」
ランが操作した。
SPACE MERCENARY ASSOCIATION — CONTRACT RECORD
CONTRACT Q-181-04 — CIVILIAN CARGO ESCORT
| 項目 | 内容 |
| ------ | ---------------------------- |
| 依頼主 | Halcyon Trade Consortium |
| 必要ランク | C以上 |
| 任務種別 | 民間貨物船護衛 |
| 対象 | 貨物船3隻 |
| 航路 | ハルシオン自由港 → ネレイド工業コロニー |
| リスク評価 | C |
| 報酬 | 680,000 GC |
| 追加ボーナス | 120,000 GC |
| 推定所要時間 | 標準時間で2日 |
| 条件 | 護衛側の過失による貨物の紛失または損傷を発生させないこと |
私はすべての項目を注意深く読んだ。
「貨物船が三隻……」
「そうです」とランが答える。「この契約では、ハルシオンからネレイド工業コロニーまでの航行中、船団を護衛できる船が必要とされています」
「三隻の護衛でリスクCなの?」
紬が小さく頷いた。
「必ずしも悪いとは限らない。ただ、航路情報と貨物の状況を確認する必要がある」
私は所要時間の項目を指差した。
「標準時間で二日。帰路も含まれているの?」
「概要書類には、まだ記載されていません」とランが答えた。「完全版を確認し、所要時間が目的地までの護衛航行だけを指すのか、それとも納品後の義務まで含むのかを確かめる必要があります」
紬は身体を背もたれに預けた。
「それで、ボーナスは?」
「十二万GCです。ただし、支給条件がまだ分かっていません。契約が完了したというだけで、自動的に受け取れるものだと考えてはいけません」
私は依頼主の名前を読み返した。
「Halcyon Trade Consortium。大きな企業なの?」
「書類の名前だけでは判断できません。法的な登録状況と取引記録を確認する必要があります」
「調べるの?」
「もちろんです。以前、傭兵との間で紛争を起こした記録があるかどうかも確認したいと思っています」
紬が頷いた。
「何かに署名する前に、それをやるべきだな」
私は少しの間、黙り込んだ。
「それなら、この契約のどこが気になったの?」
紬は報酬の数字を指差した。
「リスクCの護衛任務としては、悪くない金額だ。二日という期間も妥当な範囲だろう。ただし、あくまで初期評価にすぎない。航路の状況、各船の乗員数、貨物の中身、それに護衛側の制御できない事態が発生した場合の責任範囲も分かっていない」
「つまり、まだ受けるとは限らないのね」
「そういうことだ」
私は小さく微笑んだ。
「仕事を検討しているときのあなたは、とても落ち着いているのね」
「そうするべきだからな。報酬の数字を見ただけで、急いで契約を受ける必要はない」
ランが付け加える。
「艦長は運用コストも考慮しなければなりません。船の使用、整備、消耗品、そしてリスクも計算する必要があります。契約金額が、そのまま純利益になるわけではありません」
私は再び画面を見つめた。
「分かったわ」
紬は一度、概要表示を閉じた。
「今すぐ決める必要はない」
「ほかの契約を探すの?」
「まずは、この仕事について詳しい情報を知りたい。調べた結果、条件が合わなければ、別の仕事を探せばいい」
「それが合理的ね」
私は手元の端末に目を落とした。
ほかにも多くの契約が登録されている。興味を引かれるものもあれば、あまり適していないものもある。そして、次の仕事に必要のない能力を求めるものもあった。
けれど、一つのことが分かり始めていた。
軍では、指揮官は与えられた命令を最善の方法で実行することを考えなければならない。
独立傭兵は、まずその仕事を受ける価値があるかどうかを自分で判断する。
誰が報酬を支払うのか。何をしなければならないのか。どんなリスクが考えられるのか。そして、自分たちの責任がどこまで及ぶのか。
選択の自由とは、難しい決断を避けられるという意味ではないらしい。
「紬」
「ん?」
「あなたは、いつも利益を基準に仕事を選んでいるの?」
彼女は振り返った。
「いつもじゃない」
「それなら、ほかには?」
「仕事に興味を持てるか、余計なリスクがないか、そして俺たちが本当にその仕事に適しているかも考える」
「報酬が高くても、リスクが不明確だったら?」
「責任を取れない問題を抱え込むくらいなら、見送る」
ランが満足そうに微笑んだ。
「私が安心して船の財務管理を続けられる理由の一つですね」
紬が彼女をちらりと見る。
「余計な一言を付け加えなくていい」
「事実を申し上げただけです」
私は小さく笑った。
独立傭兵の生活は、私が想像していたものとはかなり違うらしい。
「それなら、もし最終的にこの契約を受けることになったら、あなたたちがどうやって仕事を進めるのか見てみたいわ」
紬が頷いた。
「仕事の邪魔にならないなら、見学していていい」
「決めた範囲は守るわ」
ランが概要書類を閉じた。
「私がCONTRACT Q-181-04の完全版を請求し、Halcyon Trade Consortiumについても初期調査を行います。その後、船に戻ってから改めて検討しましょう」
「よし」と紬が答える。「今は何にも署名するなよ」
「承知しています」
私は再び契約一覧に戻った画面を見つめた。
「この後はASTRAEONに戻るの?」
「ああ。決断する前に、いくつか確認しておきたいことがある」
「こういう仕事について、もっと学びたいわ」
紬がわずかに微笑んだ。
「それなら機会はいくらでもある。今回確認したのは、まだ最初の契約だからな」
私は彼女を振り返った。
「楽しみだわ」
「そんなに期待するなよ。次の仕事は、食料品を運ぶ商船の護衛かもしれないぞ」
「それでも構わないわ」
ランが笑った。
「それなら、艦長はほかの契約を探す必要もありませんね。食料を護衛して、時間どおりに届ければいいのですから」
「それなら、どんな食料を運ぶのか知りたいわ」
「荷物をメニューで選び始めるなよ」と紬が言った。
私はまた笑った。
会話は穏やかなものだった。
けれど、その裏側で、以前はあまり理解できていなかったことが見え始めていた。
この船では、すべての決定が高位の役人や軍の命令から生まれるわけではない。
時には、三人が一つの端末の前に座り、書類を読み、リスクについて意見を交わし、その仕事を引き受ける価値があるかどうかを決めるところから始まる。
そして私は、そんな世界の一員になる方法を学びたいと思った。
命令を下さなければならない者としてではない。
決断がどのように下されるのかを理解する者として。
Space Mercenary Associationの区域を出るとき、私はもう一度、周囲に広がる大きな建物を見渡した。
Merchant Associationでは、商人たちが引き続き手続きを行っている。Banking Consortiumでは、いくつもの取引が処理されていた。Bounty Officeには、独立した審査待ちの列ができている。
それぞれの人々が、異なる用件を抱えてやって来ている。
すべてが戦争に関係しているわけではない。
すべてに指揮官が必要なわけでもない。
銀河は、互いにつながった無数の小さな仕事によって動いているらしい。
そしておそらく、それこそが、宮殿の内側からでは決して本当の意味で見ることのできなかったものなのだろう。
「セラフィナ様?」
ランの声に、私は振り返った。
「何かしら?」
「今から船へ戻られますか?」
「ええ。戻ったら、契約の確認についてもう少し詳しく聞きたいわ」
「かしこまりました」
紬が先に出口へ向かって歩き出す。
「それじゃあ戻ろう。夜になる前に食事がしたい」
「さっき、食べ物で契約を選ぶなと言っていたわよね?」
「それは別の話だ」
「何が違うの?」
「食事は契約じゃない」
ランは片手で口元を隠し、笑いをこらえていた。
私はとうとう声を上げて笑ってしまった。
ハルシオン自由港での初日は、まだ受けていない一つの契約とともに終わろうとしていた。
けれど、私は単に仕事の一覧を見ただけでは得られない、もっと役に立つものを手に入れた気がした。
独立傭兵たちの生き方が、少しずつ分かり始めている。
今は、それだけで十分だった。
### 【NEXT 第183話 — 「戦姫、整備区画で学ぶ」】
### 戦姫、整備区画で学ぶ
セラフィナは、ASTRAEON VELORIAの運用生活に対する好奇心を、次第に強めていく。
ハルシオン自由港で紬とランが契約を確認する様子を見た彼女は、今度は一時的な住まいとなったこの船の、別の部分についても理解したいと考えるようになる。
カリスタは、モバイルフレームの点検、ハンガーの安全システム、そして技術作業におけるドローンの活用方法など、整備区画を案内する。
セラフィナは、ただ遠くから眺めるだけでは満足しなかった。傭兵船がどのようにして運用準備を維持しているのかを理解するため、基本的な点検作業に同行する機会を求める。
そこへレアが現れ、その案内はちょっとした挑戦へと変わっていく。
戦姫は、ただ見学するだけの客人として扱われ続けることを望んでいなかった。
しかし、カリスタがより真剣に注目し始める理由が一つあった。
セラフィナの戦術知識は、これまでの彼女の態度から受ける印象を、遥かに上回っていたのだ。
【第183話へ続く……】




