【第181話】「皇女の乗船規則」
【第181話】「皇女の乗船規則」
場所: ASTRAEON VELORIA — 居住デッキ → グランドサロン → コマンドデッキ
主要視点: セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → モード・ラン・ヴァレス → 星崎紬
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
その朝、目を覚まして最初に気づいたのは、聞き覚えのない音だった。
軍事施設で使われているような大音量のアラームではない。王室艦のシステムから届く通知音とも違う。
手首に巻かれた細いブレスレットから、柔らかな音が聞こえただけだった。
私は手を持ち上げた。
銀色の金属表面が淡く光り、その上に半透明のパネルが浮かび上がる。視界を邪魔することなく読める程度の大きさだった。
ASTRAEON VELORIA — パーソナルターミナル
おはようございます、セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン様。
艦内標準時:09:12
お知らせ:一時滞在者向けオリエンテーションは10:00に予定されています。
私はその装置をじっと観察した。
見た目は、ごくシンプルなブレスレットに似ている。大きなボタンも、分厚い画面も、軍用通信機器のような部品も見当たらない。
それなのに、触れるだけで詳細な情報パネルが表示されるらしい。
試しに、画面の一つを指でスライドさせてみた。
スケジュールが表示される。続いて、艦内連絡先、施設に関する通知、そして簡易マップが現れた。
「興味深い……」
私は地図のアイコンに触れた。
いくつかの施設名が表示されたが、艦内のすべてが見えるわけではない。私に割り当てられた一時的な身分で利用できる場所だけが表示されているようだった。
試しに地図を拡大してみる。
指の動きに合わせて表示が変化した。
しかし、いくつかの区画は依然として開けない。
「つまり、ここにいる間はこの端末を使うことになるのね」
ほかの機能も試そうとしたところで、ドアベルが鳴った。
「どうぞ」
扉が開く。
廊下にはランが立っていた。契約の手続きをしているときに比べると、ずいぶんと気楽な服装だ。髪もきちんと整えられており、手には薄型の端末を持っている。
「おはようございます、セラフィナ様。オリエンテーションを始める準備はよろしいでしょうか?」
「おはよう、ラン。もう起きているわ」
「昨夜お渡ししたパーソナルターミナルは、いかがですか?」
私は手首を持ち上げた。
「ちょうど試していたところよ。見た目はとてもシンプルだけれど、かなり多くの機能があるみたいね」
ランは微笑んだ。
「その端末はパーソナルターミナルと呼ばれています。ASTRAEONに滞在している間は、艦内通信、各種通知、スケジュール管理、滞在者の識別、そして許可された施設へのアクセスに利用できます」
「つまり、個人用の通信機と身分証を兼ねているようなもの?」
「おおむねそのとおりです。違いは、複数の端末を別々に持ち歩く必要がないことでしょうか」
私はブレスレットの側面を指でなぞった。
「画面はいつもこうして表示されるの?」
「いいえ。表示方法は変更できます。音声操作にも対応していますし、通知を振動だけにしたり、必要なときだけパネルを表示させたりすることも可能です」
「それなら、写真を撮ることもできる?」
ランは頷いた。
「可能です。カメラと録画機能は個人用の機能として利用できます。ただし、それらを使用する場合も艦内のプライバシー規則に従っていただく必要があります」
「分かったわ」
「詳しい説明は後ほど行います。まずは、お住まいになっている区画から案内しましょう」
私はランとともに部屋を出た。
廊下は、想像していたよりもずっと広かった。天井から柔らかな照明が広がり、壁面パネルも余計な装飾を排したシンプルなデザインになっている。
一定の間隔を空けて、いくつもの部屋の扉が並んでいた。
軍艦の通路という印象はない。
むしろ、宇宙船の内部に設けられた高級居住区といった雰囲気だった。
ただ、少し注意して見てみると、いくつか気になるものがあった。
小型ドローンが清掃用具を運びながら、音もなく通り過ぎていく。別の交差点では、コンパクトな構内輸送車両が停止し、荷物を降ろしていた。
「この船は、どこもこんな感じなの?」
「すべてではありません。居住デッキは生活空間として設計されています。作業区画や技術施設、運用区画は、それぞれ異なる設計になっています」
「ドローンがかなり多いのね」
「日常的な作業の多くを担当しています。設備の保守、備品の配送、環境チェック、特定の物流業務などですね」
「ということは、この船は人の手に頼らずに動いているの?」
ランはこちらを振り返った。
「そのとおりです。ASTRAEONには非常に大規模な自動化ネットワークが備わっています。ただし、運用、安全、艦の優先事項に関わる判断については、権限を持つ者が責任を負います」
「つまり、中核メンバー六人のことね?」
「正確には、その六人です」
私たちは交差点の前で足を止めた。
ランが端末を近づけると、壁面から航行案内パネルが展開された。
「これからいくつかの共用施設を通ります。その後、各エリアの利用方法とアクセス権限について説明します」
私は表示された地図を見つめた。
「本当に大きな船ね」
「ASTRAEONの全長は8,600メートル、デッキ数は四百を超えています。ですから、すべての通路を一日で覚える必要はありません」
「四百デッキ……」
私は目の前に続く廊下へ視線を向けた。
「外から見たときも大きいとは思ったけれど、これほどのデッキ数となると、さすがに想像しにくいわね」
「そのためにパーソナルターミナルにはルート案内機能があります。すべての交差点を覚える必要はありません。行きたい場所を選択すれば、利用可能な経路が表示されます」
「経路はいつも同じなの?」
「共用エリアについては、ほとんど変わりません。ただし、運用状況に応じて変更される経路もあります。修理中の区画や特定の作業に使用されている場所があれば、システムが別の経路へ案内します」
私は頷いた。
少し離れた場所で扉が開いた。
中から出てきたのは人ではなく、空になったトレイを運ぶサービスユニットだった。
「食事の配膳までドローンが行うの?」
「注文内容によってはそうですね。ただし、厨房そのものは人が管理し、監督しています。すべての作業を機械に任せているわけではありません」
「セラフィエルも、そういった仕事を管理しているの?」
「艦内のサービスや保守を含め、多くのシステムを統括しています。ただ、彼女がすべてを一人で直接処理しているわけではありません。日常的な作業は自動化システムが担当し、セラフィエルがその監視と優先順位の調整を行っています」
私は微笑んだ。
「この船の中核メンバーが六人しかいない理由が、少し分かってきたわ」
「理由の一つではありますね」
「それでも、六人でこれほど大きな船を管理しているというのは、やっぱり信じがたいけれど」
ランは小さく笑った。
「私も初めてその規模を理解したとき、同じことを考えました」
私たちは再び歩き始めた。
しばらくすると、パノラマウィンドウを備えた休憩エリアに到着した。
片側にはいくつかの椅子とテーブル、情報表示用のスクリーンが設置されている。何人かの一時滞在者が、読書をしたり飲み物を楽しんだりしていた。
ランが足を止めた。
「こちらは居住デッキにあるラウンジの一つです。エリアの閉鎖通知が出ていない限り、いつでもご利用いただけます」
「滞在者なら誰でも利用できるの?」
「はい。ここは共用施設に含まれています」
私は、共用施設の利用スケジュールを表示しているパネルに目を向けた。
「グランドダイニングはどうなの?」
「利用権限を持つ滞在者であれば入れます。食事の時間をクルーの勤務スケジュールに合わせる必要もありません。特定の時間に食事をしたい場合は、端末からメニューの提供状況を確認したり、注文したりできます」
「食事に行く前に、誰かへ報告する必要はある?」
「ありません。食事のために持ち場を離れるたびに報告しなければならない軍人ではありませんから」
私はランを見つめた。
「以前住んでいた場所より、ずっと自由に感じるわね」
「実際に自由度は高いです。ただし、規則がないという意味ではありません」
「そう言うと思ったわ」
ランは微笑んだ。
「自由を、何をしても許されるという意味に誤解してほしくないだけです」
「好奇心だけでリアクター室を開けたりはしないわ」
「具体例を出す前に理解していただけて何よりです」
私は思わず笑いそうになった。
ランは続けて、施設一覧を表示した。
「居住デッキのほかにも、グランドサロン、グランドダイニング、グランドライブラリー、シネマ、ガーデン、展望室、ジム、その他いくつかのレクリエーション施設をご利用いただけます」
「グランドライブラリーも?」
「もちろんです」
「図書館はどれくらい広いの?」
「探している本を見つけるまで、かなり時間がかかるかもしれない程度には広いですね」
「それでは、はっきりした答えになっていないわ」
「実際に見る前から、あまりにも大きな数字を想像させたくないので」
私は目を細めた。
「今ので、かえって気になってきたわ」
「いつでも見に行っていただいて構いません」
私は再び施設一覧に目を向けた。
ASTRAEONは、単に人々が仕事をするための船ではない。
ここは、人が暮らすことを前提に設計された場所なのだ。
「ところで、日々のスケジュールはどうなっているの? クルーには決まった勤務時間があるのかしら」
「それぞれが担当する業務と、艦の運用状況に合わせたスケジュールがあります。ただし、大規模な軍隊と同じ勤務体系ではありません」
「自動化システムがあるから?」
「そうです。セラフィエルは艦内システムを監視し、ヴェスペラは航法と調査、カリスタはエンジニアリングと整備、レアはモバイルフレームと保安を担当しています。私は管理、交易、交渉を受け持ち、紬が艦長として最終的な判断を下します」
「それで、セラフィエルは?」
「彼女は艦内システム、情報、医療、その他さまざまな業務を統括しています。物理的な身体も持っているので、私と話すように直接会話することもできます」
「彼女とは何度か会っているわ」
「それなら話が早いですね」
私は少し考えてから尋ねた。
「あなたたちは、いつも一緒に仕事をしているの?」
「常にではありません。それぞれに担当業務があります。誰かが休んでいる間も、別の者が自分の仕事を続けていることはあります」
「では、何か困ったことがあっても、必ず艦長を探す必要はないのね?」
「ありません。一般的な用件なら、私かセラフィエルに連絡してください。技術的な質問ならカリスタ、航法に関することならヴェスペラが適任です。モバイルフレームや身体訓練についてはレアですね」
「傭兵契約について質問がある場合は?」
「紬か私に聞いていただければ大丈夫です」
私は頷いた。
「それなら、誰が何を担当しているのか覚えなければいけないわね」
「パーソナルターミナルにも連絡先と各自の担当業務が登録されています。一度にすべて覚える必要はありません」
私は微笑んだ。
「本当に便利な船ね」
「快適に暮らせるよう、私たちなりに工夫しています」
### 視点:モード・ラン・ヴァレス
私は、セラフィナ様に最初からすべての施設を見せるつもりはなかった。
旅の同行者である彼女に何かを隠したいからではない。オリエンテーションは、現在のアクセス権限に合わせて進める必要があるからだ。
ASTRAEON VELORIAには、一度の説明で把握できるとは思えないほど多くの施設がある。長くこの船で暮らしている者であっても、内部構造のすべてを暗記する必要はない。
まして、来客や一時的な旅の同行者が立ち入れない場所も存在する。
私はセラフィナ様のパーソナルターミナルで、アクセス権限のページを開いた。
「さて、ここからが最も重要な部分です」
セラフィナ様は手首の端末に目を向けた。
「アクセス権限ね?」
「そのとおりです。ASTRAEONでは、エリアを用途と安全性に応じて分類しています。現時点で、セラフィナ様のアカウントには一時的な旅の同行者としての権限が設定されています」
画面が切り替わった。
パーソナルターミナル — 一時的な旅の同行者
アクセスプロファイル:
* 居住エリア — 利用可能
* 共用施設 — 利用可能
* 一般通行ルート — 利用可能
* 医療支援 — 緊急時アクセス
* 運用作業エリア — 制限
* コマンドデッキ — 制限
* エンジニアリング・生産施設 — 制限
* 軍用ハンガー — 制限
* 中枢システム — 制限
* 秘密アーカイブ — 制限
セラフィナ様は、一行ずつ確認していった。
「つまり、私が利用できるのは共用エリアだけなのね?」
「現時点ではそうです。コマンドデッキ、システムルーム、軍用ハンガー、生産施設、その他の特別なセキュリティレベルが設定された区画には、自動的にアクセスできません」
「一時的な旅の同行者として認められていても?」
「はい。旅の同行者としての立場と、施設へのアクセス権限は別のものです」
彼女は手首を持ち上げた。
「それなら、あなたたちの作業エリアを見学したい場合はどうすればいいの? たとえば、ヴェスペラがどのように航法を管理しているのか、カリスタがどうやって船の整備をしているのかを見てみたいのだけれど」
「見学を申請していただければ可能です。ただし、その区画の責任者から許可を得る必要があります。場合によっては、同行者を付けることも条件になります」
「一人では入れないということ?」
「そういうわけではありません。すでに開放されている共用エリアなら、お一人で自由に歩いていただいて構いません。ただし、作業エリアについては、担当者が対応できる状態かどうかを確認する必要があります。集中を要する作業をしている場合もありますから」
「分かったわ」
私は地図を拡大した。
「たとえば、レアの作業エリアを見学したい場合は、端末から申請できます。レアが非番であるか、急ぎの仕事を抱えていなければ、案内してくれるでしょう。私やヴェスペラ、カリスタ、紬についても同じです」
「つまり、いつも同じ人に付き添ってもらう必要はないのね?」
「ありません。そのとき手が空いている者を選んでいただけます。ただし、最終的には各自のスケジュール次第です」
「全員が忙しかったら?」
「お待ちいただく必要があります」
「ずいぶんとはっきり言うのね」
「観光案内をしているのではなく、規則を説明しているところですから」
セラフィナ様は小さく笑った。
「分かったわ」
私は説明を続けた。
「もう一つ。アクセス権限に含まれていないパネルや扉を、端末で開けようとしないでください。追加の認証が必要なエリアであれば、システムが拒否します。何度も試す必要はありません」
「そんなことをするつもりはないわ」
「信頼しています。ただし、一時滞在者には必ず説明している手順ですので」
「それなら、緊急時はどうなるの?」
私は少し微笑んだ。
「緊急時は規定が異なります。端末には安全に関する通知、避難指示、安全地点までの経路が表示されます。また、担当者が誰なのか把握していなくても、救援信号を送ることができます。セラフィエルが艦の状況に応じて対応を統括します」
「この端末で、私の現在位置も分かるの?」
「安全確保のため、システムは艦内における端末の位置を把握できます。緊急時の対応に使用するためです。ただし、それは私やほかのクルーが、運用上の理由もなく常にセラフィナ様の居場所を確認するという意味ではありません」
セラフィナ様は頷いた。
「そのほうがいいわ」
「ほかに質問はありますか?」
彼女はしばらく画面を見つめていた。
「もし船内を散策していたら、迷子になる可能性はある?」
「あります」
セラフィナ様が素早くこちらを振り向いた。
「ずいぶんあっさり答えるのね」
「実際に、この船は広いですから。ただし、ルート案内を利用すれば、その可能性は減らせます」
私は経路の一つを拡大した。
「目的地を選択するだけで、接続扉や交差点、利用可能な構内交通機関が表示されます。保守作業や運用上の都合で経路が変更された場合も、案内は自動的に更新されます」
「では、すべての経路を覚える必要はないのね?」
「ありません。四百を超えるデッキをすべて暗記するよう、お願いするつもりはありません」
「それは助かるわ」
私は微笑んだ。
「それでも迷ってしまった場合は、私たちに連絡してください。近道を探そうとして、知らない区画へ入っていくのはやめてくださいね」
「分かったわ」
その後、私は施設とスケジュールのページを表示した。
「施設の利用については、許可されたエリアであれば自由にお楽しみいただけます。ただし、予約やスケジュール調整が必要な活動もあります。たとえば、訓練に使用されているVRアリーナや、予定された活動が入っているスポーツ施設などですね」
「レアはよくVRアリーナを使うの?」
私は彼女を見た。
「かなり頻繁に」
「どのくらい?」
「時間を忘れてしまうこともあります」
セラフィナ様は微笑んだ。
「ここの住人たちの習慣が、少しずつ分かってきたわ」
「まだ全員ではありませんけれど」
「たとえば?」
「紬は、ときどき夕食を食べながら契約書類を読んでいます」
セラフィナ様は目を瞬かせた。
「夕食中に?」
「そうです」
「食事の時間を邪魔してしまうのではないかしら?」
「私もそう思っています」
「それで、あなたたちはどうしているの?」
「状況によります。急ぎではない書類なら、片付けるように言います。何かを決定する前に確認しなければならないことがある場合は、少しだけ読ませています。ただし、食事が冷めたままにならないようには気をつけています」
セラフィナ様は口元に手を当て、笑いをこらえた。
「まるで小さな子供の世話をしているみたいね」
「私は艦の予算を管理しているのであって、子供の世話をしているわけではありません」
「それでも、食事をするように注意しなければならないのでしょう?」
「紬は自分のことくらい自分でできます。ただ、ときどき、本来なら後回しにできる仕事に集中しすぎることがあるんです」
「レアは?」
「VRアリーナにかなり長い時間いることがあります」
「つまり、二人ともそれぞれ癖があるのね」
「カリスタも忘れないでください。保守区画に入ると、点検が終わるまで仕事を切り上げようとしないことがあります」
「ヴェスペラは?」
「航法エリアや観測施設にいることが多いですね。航路の確認をしているときは、何時間も静かに作業していることがあります」
「セラフィエルは?」
「彼女は比較的柔軟です。艦内業務の多くを統括していますが、自分の時間も持っています」
セラフィナ様は何かを考えるような表情を見せた。
「それなら、支出をすべて管理しているのは、あなただけなの?」
「管理と財務については、私が主な責任を負っています」
「紬の個人的な支出も?」
「もちろんです」
「それを拒否することもできる?」
私は微笑んだ。
「できます」
「相手は艦長なのに?」
「だからこそ、無理のある支出は止めます」
セラフィナ様は笑った。
「艦長が自分の部下に断られるなんて、思ってもみなかったわ」
「財務に関して、私は紬の部下ではありません。それぞれの責任範囲が分かれています。紬は船主であり、最終的な決定権を持っていますが、私は財務を管理し、支出が艦の運用を損なわないようにする責任があります」
「つまり、彼女が高価なものを買いたいと言ったら……」
「明確な理由を求めます」
「その理由に納得できなかったら?」
「断ります」
今度は、セラフィナ様も声を上げて笑った。
「そんなやり取り、一度見てみたいわ」
「おすすめはしません。たいてい、かなり面倒なことになりますから」
「この船での暮らしが、ますます気になってきたわ」
私はスケジュールのページを閉じた。
「だからこそ、今回のオリエンテーションが必要なのです。セラフィナ様は、次の目的地に着くまで待っているだけではありません。私たちと一緒に暮らすことになるのですから、日常生活がどのように営まれているのかを理解していただいたほうがいいでしょう」
セラフィナ様は端末の表示を見つめた。
「ラン」
「はい?」
「詳しく説明してくれてありがとう。まだ理解できていないことがたくさんあるのは分かっているわ」
「今すぐすべてを理解する必要はありません。いつでも質問してください」
「それなら、また後で聞かせてもらうわ」
「どうぞ。ただし、支払い手続きに追われていないときにしてくださいね」
「あなたの仕事を邪魔するつもりはないわ」
私は微笑んだ。
ただし、まだ一つ説明していないことがあった。
特別なアクセス権限についてだ。
それは、私一人で与えられるものではない。
そして、セラフィナ様がその件を紬に相談するだろうことも、私は予想していた。
### 視点:星崎紬
俺はグランドサロンの一角に座っていた。
目の前にはコーヒーのカップと業務用端末、それからセラフィエルがまとめたFTL航路の簡易報告書がある。
二人が近づいてくる前に、俺は報告書を閉じた。
「オリエンテーションは終わったか?」
「一般エリアについては、一通り終わりました」とランが答えた。
セラフィナが椅子を引く。
「ASTRAEONで暮らすには、思っていた以上に慣れなければならないことが多いのね」
「最初はどう考えていたんだ?」
「乗船者としての基本的な規則に従えば十分だと思っていたわ」
「実際、始めるだけならそれで十分だ」
「でも、この船には四百を超えるデッキがあるのでしょう?」
「すべてを見て回る必要はない」
「それは分かっているわ。でも、まだ行ったことのない場所を見てみるのは面白そうじゃない?」
俺は小さく笑った。
「どこを見たいかによるな」
ランが端末をテーブルに置いた。
「共用エリアと、一時的なアクセス制限については説明済みです。ただ、セラフィナ様は、どうやら乗員たちの作業エリアについても詳しく知りたいようですね」
俺はセラフィナに目を向けた。
「そうなのか?」
「ええ」
彼女はテーブルの上に両手を置いた。
「あなたたちがどのように働いているのかを知りたいの。豪華な施設を見るだけではなく、独立系傭兵船として、この船がどのように運営されているのかを理解したい」
「特に見てみたい場所はあるか?」
「たとえばコマンドデッキ。どのように判断を下すのか、航法情報をどう利用するのか、契約を受けたり実行したりする前に、どのように状況を評価しているのかを知りたいわ」
俺は口を挟まずに聞いていた。
「それから、あなたたちが働いている場所も見てみたい。ランが契約や財務をどう管理しているのか、ヴェスペラが航路をどう読み取るのか、カリスタがシステムをどう扱っているのか、レアがモバイルフレームをどう準備しているのか。可能なら、それぞれ見学してみたいわ」
「結構な数だな」
「分かっているわ。だから、一度に全部見せてほしいとは言わない」
「傭兵の仕事を学びたいのか?」
「ええ。宮殿にいた頃、軍事作戦に関する報告は数多く受けてきたわ。人員を指揮したこともあるし、戦術を立案した経験もある。でも、傭兵の仕事には、軍とは異なる制約や条件があるでしょう」
彼女は少し間を置いた。
「彼らには、常に支援艦隊や国家の兵站、軍事権限があるわけではない。限られた資源でどう判断するのかを知りたいの。戦うのか、撤退するのか。貨物をどう守るのか。民間人の安全をどう考慮するのか。そして、政府からの命令に頼らず、どうやって仕事を完遂するのか」
俺はコーヒーを一口飲んだ。
「つまり、国家の軍人ではない者たちが、どのように軍事作戦を遂行しているのかを見たいわけか」
「大体そんなところね。誰かの仕事を奪うつもりはないわ。ただ学びたいだけ」
「今でも君は軍人の指揮官だ。独立系の船に乗ったからといって、これまでの経験がなくなるわけじゃない」
「それは分かっているわ。でも、別の視点から物事を見てみたいの」
俺はカップをテーブルに置いた。
その要求自体は、特に不自然なものではない。
セラフィナには指揮経験も戦術的な能力もある。俺たちの仕事の進め方を理解してもらうことは、むしろ彼女が船に馴染む助けになるだろう。
ただし、船の運用方法を見せることと、船の全システムを開示することは別の話だ。
「ラン、君はどう思う?」
ランはすぐには答えなかった。
まずセラフィナのほうを見てから、俺に視線を戻す。
「原則として、セラフィナ様が私たちの仕事を見学することに異論はありません。ただし、運用区画と技術施設にはアクセス制限があります。見学のたびに記録を残し、各区画の責任者から承認を得る形にしたいと考えています」
「妥当だな」
「それに、見学と操作権限は区別する必要があります。航法システムの仕組みを知ることと、航法コンソールにアクセスできることは別です。コマンドデッキについても同じです」
セラフィナは頷いた。
「操作権限を求めているわけではないわ」
俺は微笑んだ。
「それなら、もっと簡単な方法がある」
二人がこちらを見る。
「いくつかのエリアに、特別なアクセス権限を与える。コマンドデッキにも入れるようにするし、俺たちが働いている場所も見学できる。業務の邪魔にならない範囲で、実際の運用を観察しても構わない」
セラフィナの目がわずかに見開かれた。
「本当に?」
「ああ。ただし、条件がある」
「聞かせて」
「一つ目。アクセス権限は、承認された場所に限る。中枢システム室、兵装施設、工場、秘密アーカイブ、その他、見学者に開放していないエリアへは入らないこと」
「分かったわ」
「二つ目。許可なく艦内システムを操作しないこと。コマンドデッキにいるときは、観察したり質問したり、作業の流れを学んだりするのは構わない。ただし、判断は担当者に任せる」
「もちろんよ」
「三つ目。見学の対象ではない書類を開いたり、複製したりしないこと。契約情報、個人間の通信、財務データ、機密情報には、それぞれ別の制限がある」
ランが頷いた。
「アクセスプロファイルを準備します」
俺は続けた。
「四つ目。クルーの作業場所を見学したい場合は、手が空いている人に同行を頼めばいい。たとえば、レアが訓練や保安任務に就いていないとき。あるいは、ランの事務作業に余裕があるときだ。ヴェスペラ、カリスタ、セラフィエルについても同じだ」
セラフィナは微笑んだ。
「つまり、いつもあなたが一緒にいなくてもいいのね?」
「もちろん。毎日、俺が観光ガイドをするわけにもいかないからな」
「そんなことは頼んでいないわ」
「それならいい。誰かが仕事中なら、無理に中断させないこと。手が空くまで待つか、別のクルーに頼めばいい」
「覚えておくわ」
「共用エリアなら、端末の案内を使って一人で歩いても構わない。特定の作業エリアについては、許可を持つ同行者が必要になる」
「分かったわ」
セラフィナは、しばらく俺を見つめていた。
「紬。本当にコマンドデッキを見せてもらってもいいの?」
「どうしてだ?」
「さっきランから、そこには自動的に入れないと聞いたから」
「確かに、通常のアクセス権限では入れない。でも、俺はこの船の所有者であり、艦長だ。誰にどの範囲の権限を与えるかは、相手と制限内容を把握したうえで判断できる」
「そうなのね」
「それに、君が安全管理について何も理解していない人間だとも思っていない。俺たちは、これよりずっと厄介な状況を一緒に乗り越えてきただろう」
セラフィナは少しだけ頭を下げた。
「ありがとう」
俺は手を上げた。
「まだ礼を言うのは早い。もう一つ、決めておきたいことがある」
「何かしら?」
俺は彼女の手首に目を向けた。
「君のパーソナルターミナルにはカメラと録画機能があるよな?」
「ええ」
「展望室から見える景色や、グランドダイニングで食べた料理を個人的に撮影することまで禁止するつもりはない。ただ、ASTRAEONの内部構造全体が外部に漏れるようなことは避けたい。艦内の配置、デッキ間の通路、作業区画、運用画面、技術システム、軍用ハンガー、その他、外部の人間に知られるべきではない施設が写っている写真や映像は特にな」
セラフィナは真剣な表情で俺を見た。
「船の情報が外部に漏れることを心配しているの?」
「それだけじゃない。ASTRAEONは、豪華な個人所有船として登録されている。公に見せるつもりのない部分もある。船内の写真を材料に、誰かが俺たちの施設や能力の全体像を組み立てるようなことにはしたくない」
「心配する理由は理解できるわ」
「コマンドデッキの写真も同じだ。担当者の位置、コンソールの表示、航法情報が写るような撮影は避けてほしい。重要なデータが写っていなくても、部屋の配置や普段の行動が外部にとっての情報になる場合がある」
ランが落ち着いた声で補足した。
「特に、艦の管理下にないネットワークに画像が保存される場合は注意が必要です。自動送信、クラウドストレージとの同期、外部サービスへのアップロードについても考慮する必要があります」
セラフィナは自分の手首を見た。
「この端末は外部ネットワークにも接続されているの?」
「通信機能はあります。ただし、セラフィナ様のプロファイルを調整すれば、艦内データが許可なく外部ネットワークへ送信されないようにできます」
俺は頷いた。
「個人端末を使うなと言っているわけじゃない。ただ、写真や映像、録音、あるいは外部への説明を通じて、ASTRAEONの全体像を漏らさないと約束してほしい」
セラフィナはすぐには答えなかった。
手を下ろし、俺を見つめる。
「約束するわ。ASTRAEONの内部全体、配置、運用施設が分かるような写真や映像を撮影して、外部に公開したり共有したりはしない。ここに滞在する間に知った、船のシステムや技術に関する情報も漏らさないわ」
「家族に対しても?」
「家族に対してもよ。ただし、安全上の理由や、避けられない公的な義務によって伝えなければならない情報がある場合は別。そのような事態になったら、可能な限り事前にあなたと相談するわ」
俺はゆっくり頷いた。
「それで十分だ」
セラフィナは小さく微笑んだ。
「本当に私を信頼してくれているのね?」
「まったく信頼していなければ、そもそも許可を出さない。ただ、信頼しているからといって、すべての扉を開ける理由にはならない」
「分かっているわ」
「よし」
俺はランを見た。
「アクセスプロファイルの設定を頼む」
ランは頷いた。
「艦長の追加承認による特別来客用アクセスとして設定します。地図には引き続き、見学が許可されたエリアのみを表示します。作業エリアについては、担当する同行者の記録も残すようにします」
「コマンドデッキは?」
「限定的な見学権限として登録します。セラフィナ様の識別情報で扉を開けられるようにしますが、コンソールや操作パネルについては、各担当者の認証が必要なままにします」
「それでいい」
セラフィナは俺たちを交互に見た。
「それなら、今日コマンドデッキを見学してもいい?」
俺はランに目を向けた。
「事務作業はもう終わったか?」
「急ぎのものは終わっています。ただ、交易関連の報告書をいくつか確認する必要があります」
「なら、無理をする必要はない。コマンドデッキならセラフィエルが案内できる」
ランは微笑んだ。
「私もアクセスプロファイルが正しく機能するか確認したいので、最初の部分だけ同行します。その後は仕事に戻ります」
「分かった」
俺は立ち上がった。
「行こう。見せられる範囲で、いくつか案内する」
ASTRAEON VELORIAのコマンドデッキは、私がかつて見た王室艦の管制室とは、かなり印象が違っていた。
コンソールを埋め尽くすような士官たちの姿はない。
命令を待つ何十人もの人員が立ち並んでいるわけでもない。
広い空間ではあるが、騒がしさは感じられなかった。
いくつかの主要端末が、互いの作業を妨げない位置に配置されている。大型スクリーンには航法経路、艦の状態、そして現在必要とされている運用情報が表示されていた。
片側では、ヴェスペラが航路を確認している。
レアの姿は見えない。
カリスタもここにはいなかった。
ランがアクセスパネルに端末を近づけた後、私は彼女たちに続いて室内へ入った。
「見学アクセスを確認しました」
セラフィエルの声が聞こえた。
私は振り返った。
セラフィエルがメインコンソールから少し離れた場所に立っていた。
彼女は映像投影やホログラムとして現れたのではない。実際の身体を持ち、この場所に立っている。身につけている服装も、そのときの活動に合ったものだった。
「こんにちは、セラフィナ様」
「こんにちは、セラフィエル」
「艦長から、セラフィナ様のアクセスプロファイルについて指示を受けています。コマンドデッキへようこそ」
「ありがとう。ここでの規則には従うわ」
「艦長から説明を受けていると思いますが、見学可能な範囲について質問があれば、いつでもお尋ねください」
私は周囲を見渡した。
「船の運用は、すべてここで管理しているの?」
「すべてではありません。コマンドデッキは意思決定と運用監視の中枢です。艦内の多くのシステムには、それぞれ独立した制御ユニットと支援ネットワークがあります。日常的な作業の一部は自動化されています」
「つまり、ここだけが船全体を動かしているわけではないのね」
「そのとおりです」
航法コンソールからヴェスペラがこちらを振り向いた。
「セラフィナ、ようこそ」
「ありがとう、ヴェスペラ。お邪魔していないかしら?」
「問題ありません。今は補給基地を離れてからの航路を確認しているところです」
私は、コンソールに触れない程度の距離まで近づき、表示されている情報を眺めた。
「これが、これから進む航路なの?」
「はい。現在は確認済みのFTL航路を進んでいます。次の目的地周辺にあるいくつかの中継地点と、交通量が増加する可能性のある場所を確認しています」
「新しい宙域に入る前は、いつもこれほど多くのことを確認するの?」
ヴェスペラはわずかに微笑んだ。
「状況によります。既知の航路を通過するだけなら、確認作業はもっと簡単です。しかし、新しいコロニーに入る前には、進入経路、交通状況、入手できる情報を確認する必要があります」
「軍では、通常、指揮中枢や国家の監視ネットワークから大半のデータを受け取っていたわ」
「ここでは、必ずしもそうした支援があるとは限りません」
私は表示された航路に目を向けた。
「つまり、受け取った情報が今も有効なのか、自分たちで確認しなければならないのね」
「そうです。航法情報の更新が遅れていると、問題になることがあります。特に、乗客を乗せている場合や、護衛契約を遂行している場合は」
私は頷いた。
興味深い。
軍では、受け取った報告は複数の検証段階を経ている場合がある。指揮官は国家のネットワークを頼りにできる。もちろん、情報に誤りがある可能性を考慮する必要はあるけれど。
一方、独立系の傭兵は、受け取ったデータが判断の根拠として十分なのか、自分たちで確かめなければならない。
「あなたたちの仕事が軍とは違う理由が分かったわ」
ヴェスペラは私に目を向けた。
「ほかの部分もご覧になりますか?」
「また今度にするわ。あなたの確認作業を邪魔したくないもの」
「構いませんよ。急ぎの仕事がなければ、いくつか説明することもできます」
ランが端末の時刻を確認した。
「それでは、私は事務作業に戻らなければなりません。次の目的地に到着する前に、いくつか片付けておきたいことがあります」
「案内してくれてありがとう、ラン」
「どういたしまして、セラフィナ様。後で私の作業エリアを見学したくなったら、端末から申請してください。時間を調整します」
「分かったわ」
ランは最後に、もう一度俺を見た。
「案内された経路を使うことを忘れないでくださいね」
「迷子にはならないわ」
「迷子になるとは言っていません。念のための注意です」
「まるで母親みたいね」
ランは小さく笑った。
「それなら、夕食を食べるようにまで注意しなくて済むといいのですが」
「自分で気をつけるわ」
ランはコマンドデッキを後にした。
私は再びメインスクリーンに目を向けた。
「セラフィエル、紬はいつもここにいるの?」
「いいえ。艦長は、直接の判断や監視が必要な場合にコマンドデッキへ来ます。報告書の確認や個人的な用事を処理するための作業場所も、別に持っています」
「それなら、契約を受ける前の会議も見てみたいわ」
「艦長の許可があり、会議で扱われる書類が開示可能なものであれば、見学できます」
「分かったわ」
それまで部屋の反対側にいた紬が、ようやくこちらへ歩いてきた。
「もう十分見たか?」
私は振り返った。
「今のところはね。でも、まだ聞きたいことがたくさんあるわ」
「構わない。ただ、航路を計算している最中のヴェスペラに、全部まとめて質問するのはやめてくれよ」
「そんなことはしていないわ」
ヴェスペラが微笑んだ。
「まだ、ですね」
紬は小さく笑った。
「それなら、今日のコマンドデッキの見学はここまでにしよう。ほかに見たい場所はあるか?」
私は少し考えた。
「カリスタとレアの作業エリアを見てみたいわ。できれば、ハンガーにあるASTRAEAも見学したい」
「カリスタは今、作業中だ。後で時間を調整するといい。レアは、今のところ保安任務には就いていないようだな」
「それなら、彼女に案内してもらえるかしら?」
「たぶん大丈夫だ。本人に聞いてみるといい」
私は頷いた。
「ASTRAEAのほうは?」
「修理作業の邪魔にならない範囲なら見学できる。ただし、カリスタの指示には従ってくれ。船の内部をもっと近くで見たいからといって、安全柵を越えたりしないこと」
「そんなことはしないわ」
「ならいい」
私は手首のブレスレットに目を落とした。
アクセスマップには、いくつか新しい表示が追加されている。
コマンドデッキは、見学限定のアクセスエリアとして登録されていた。特定の作業エリアも、担当する同行者が承認すれば入れるようになっている。
船内のすべてではない。
それでも、最初に想像していたより、ずっと多くの場所を見られるようになった。
「紬」
「ん?」
「あなたたちの仕事を見せてもらえる機会をくれてありがとう」
「何度も礼を言わなくていい。しばらく同じ船で暮らすんだ。毎日グランドサロンに座っているだけより、この場所のことを理解しておいたほうがいい」
「私もそうしたいわ」
「それなら、まずは見学できる場所から覚えていけばいい。焦る必要はない。一日で船内を全部回ろうとするなよ」
私は微笑んだ。
「覚えておくわ」
紬はメインスクリーンに目を向けた。
「セラフィエル、新しい通知はあるか?」
「現在、艦長の注意を必要とする変更はありません。FTL航路は安定しています」
「分かった」
私は二人を交互に見た。
ここでは、仕事が必ずしも軍の命令から始まるわけではない。
航路を確認する者がいる。
金銭と書類を管理する者がいる。
船を整備する者がいる。
安全を守る者がいる。
そして、身体を持つAIがシステムと情報を統括している。
それぞれが自分の責任を担っている。
この部屋に皇女がいるからといって、誰も別人のふりをする必要はない。
紬が、この船は宮殿ではないと言った理由が、少し分かった気がした。
私にとって最も難しいのは、施設の使い方を覚えることではないのかもしれない。
自分が持つ称号によって、あらゆる行動が決められるわけではない場所で暮らすことに慣れること。
「紬」
「今度は何だ?」
「明日、安全訓練に参加してもいいかしら?」
彼女は振り向いた。
「安全訓練?」
「ええ。ASTRAEONの緊急時の手順を学んで、クルーと一緒にシミュレーションを受けたいの。書類を読んで規則を知るだけではなく、実際に自分で経験しておきたいわ」
紬は少しの間、私を見つめた。
それから頷いた。
「妥当な希望だな。セラフィエルとレアにスケジュールを確認しよう。訓練が予定されているなら、安全レベルに応じて参加できるようにする」
「ありがとう」
「礼を言うのはまだ早い。レアが指導することになったら、軽い訓練になるとは保証できないぞ」
私は、ちょうどコマンドデッキの入口に現れたレアへ目を向けた。
「私の名前が聞こえたんだけど」
紬はため息をついた。
「ちょうどいいところに来たな」
レアは笑顔で近づいてくる。
「それで、誰か訓練したい人でもいるの?」
私は彼女を見た。
「安全訓練と緊急時のシミュレーションに参加したいの」
レアは腕を組んだ。
「へえ? いいじゃない。船内を見て回りたいだけなのかと思ってた」
「ここがどう動いているのかを理解したいのよ」
「それなら、シミュレーションを受けた後も同じことを言えるか見てみようか」
「構わないわ」
レアは笑った。
「よし。適切な内容を準備しておくよ。ただし、最後に汗をかくことになっても、私のせいにしないでね」
紬は端末を手に取った。
「安全訓練を競争に変えるなよ」
「まだ何も言ってないじゃない」
「だから心配なんだ」
私は小さく笑った。
ASTRAEONに来てから初めて、私はこの船の住人としての生活を、本当に始めようとしているのだと感じた。
救助された人間としてではない。
いつも誰かの指示を待つ皇女としてでもない。
私はセラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン。
宮殿の外にある世界を知ろうとしている、一時的な旅の同行者だ。
そして明日、今の私の住まいとなったこの船で、自分の身を守る方法を学ぶところから始める。
### 【次回予告 第182話 — 「次の依頼は自由市場で」】
### 自由市場での次の依頼
ASTRAEON VELORIAは、交易活動と傭兵の仕事が盛んな独立系コロニー、ハルシオン・フリーポートへ向けて航行を続けていた。
ヴェスペラは混雑の少ない進入経路を選び、その一方でランはスペース・マーセナリー協会のネットワークを通じて、現在受注可能な契約の確認を始める。
紬は、面倒な仕事を引き受けるつもりはなかった。
しかしセラフィナは、独立系傭兵が軍からの命令や政府の支援を待たずに、どのように仕事を選ぶのかに興味を持っていた。
彼女たちはやがて、\*\*INTERSTELLAR COMMERCE & CONTRACT HALL(星間商業・契約ホール)\*\*へ向かう。
そこは、それぞれ異なる権限を持つさまざまな機関の事務所が集まった、複合商業施設だった。
ランは、マーセナリー協会、商業者協会、賞金局、銀行コンソーシアムの違いについて説明することになる。
いくつかの仕事の依頼が並ぶ中、一つの契約が彼女たちの目を引き始める。
契約番号 Q-181-04 — 民間貨物船団護衛任務
ハルシオン・フリーポートからネレイド工業コロニーまで、三隻の貨物船を護衛する任務。
しかし、その輸送ルートは、つい最近通信障害が発生したばかりの宙域を通過する予定だった。
【第182話へ続く……】




