【第170話】「船内規則と皇女」
【第170話】「船内規則と皇女」
場所: ASTRAEON VELORIA — 乗客居住区の通路 → グランド・ダイニング → グランド・サロン
視点: セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → モード・ラン・ヴァレス → レア・ヴァレン → 星崎紬
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
規則や儀礼について説明を受けることには、慣れている。
幼いころから、会議室への入室作法、身分によって決められる着席順、官吏との会話における制約、さらには誰が先に挨拶をしなければならないのかまで、あらゆることに決まりがあった。
だから、モード・ラン・ヴァレスからASTRAEON VELORIAでの生活規則を説明すると告げられたとき、私は今回も同じような時間になるのだろうと思っていた。
どうやら、見当違いだったらしい。
「まず、殿下。お部屋を出るたびに許可を求める必要はありません」
「……え?」
ランが私を見た。
「何か分かりにくい部分がありましたか?」
「いいえ。ただ、今の私たちの状況を考えれば、移動にはもっと制限があるものと思っていました」
「移動に制限があるのは確かです。ただし、それは施設の安全性に基づくものであって、あなたを客室に閉じ込めるためではありません」
彼女は乗客用端末から確認できる、アクセス可能区域の見取り図を表示した。
私たちが立っているのは、ASTRAEAの生存者たちに割り当てられた居住区の通路だ。
内部には十分な広さがあり、ときおり物資を運んで通り過ぎるサービスドローンと、私やミレルが窮屈な思いをしながらすれ違う必要もない。
壁面には柔らかな照明が設けられている。分岐路の近くにある案内パネルには、乗客に開放されている共用施設への方向が表示されていた。
私はその案内表示を見つめた。
「では、付き添いなしで食堂へ行ってもいいのですか?」
「もちろんです。ミレルと一緒でも、一人でも構いません。まだ道順を覚えていなければ、案内システムを利用することもできます」
「もし道を間違えたら?」
「許可されていない区域へ通じる扉は開きません。また、該当するアクセス境界へ到達する前に、システムが正しい方向を案内します」
私はミレルを見た。
彼女は、私があまりにも単純なことを質問したと言いたげな表情で、こちらを見返してきた。
「何ですか?」と私は尋ねた。
「何でもありません、殿下」
「顔には、そう書いてありませんけれど」
「今回はお食事に行くだけのために、私へ移動許可の手続きを頼む必要がないのだと思うと、嬉しくなりまして」
「ミレル」
「申し訳ありません」
まったく反省しているようには見えなかった。
ランは私たちの会話が終わるのを待ってから、説明を続けた。
「乗客用のアクセス権には、居住区の通路、グランド・ダイニング、グランド・サロン、および指定済みの共用施設が含まれます。展望施設も、所定の取り決めに従って乗客用経路から利用できます。それ以外の施設には、それぞれ個別の条件があります」
「それらの施設は、すべて同じ区域にあるのですか?」
「いいえ。ASTRAEONには非常に広い範囲に施設が配置されています。ですから、初日からすべての道順を覚えようとするより、案内に従うことをお勧めします」
私は頷いた。
「では、私たちが一切立ち入ってはいけない区域は?」
ランが表示を切り替えた。
見取り図の一部に、アクセス制限を示すマーカーが現れた。
「指揮デッキ、運用管制中枢、保安施設、技術区画、格納庫、研究区域、そのほか特別な制限が設けられている部分です。いずれかの施設に入る場合には、適切な承認を得る必要があります」
「星崎艦長がそこにいらっしゃる場合でも?」
「艦長がその場にいるというだけで、ほかの人に入室許可が与えられるわけではありません」
あまりにも即答だったので、私は危うく笑いそうになった。
「分かりました」
「紬が殿下を指揮デッキへ招待した場合には、セラフィエルがその訪問に必要なアクセス権を設定します。ただし、訪問許可が永続的なアクセス権を意味するわけではありません」
「もっともですね」
ミレルが記録した。
「まだ治療を受けているASTRAEAの人員については、どうなりますか?」
「引き続き、エウフォリア医療研究所の取り決めに従います。面会は患者の状態と医療上の承認に応じて可能です。乗客としての登録が完了したという理由だけで、治療施設から移動させることはありません」
「ありがとうございます」と私は言った。
ランが頷いた。
「次へ進む前に、一つ強調しておきたいことがあります」
「どうぞ」
「ASTRAEONには多くの施設がありますが、そのすべてが乗客向けサービスに含まれるわけではありません。艦の一般施設一覧で見かけたからといって、利用可能だとは判断しないでください」
私は目の前のスペースエルフの女性を見つめた。
「ヴァレスさん、あなたはいつも、これほど細かく説明されるのですか?」
「説明が不明確なせいで、あとから問題が生じる可能性があるなら、そうします」
「帝国の事務を任されても、きっと立派に務められそうですね」
「私は、責任の範囲が文書で明確に定められている仕事のほうが好きです」
ミレルが微笑んだ。
「それなら、私の仕事の一部はお気に召すかもしれませんね」
ランも微笑み返した。
「オリエンテーションが終わったら、お話ししましょう」
私は突然、二人がとても親しくなりそうな気がしてきた。
なぜだろう。
少しばかり、不安だ。
次の説明は、安全手順についてだった。
私は客室から最寄りの集合地点までの避難経路が表示されたパネルを見つめた。
「全艦警報が鳴った場合は」とランが言った。「システムの指示に従ってください。紬に直接説明を求めようとして、指揮デッキへ向かわないようにお願いします」
「そのようなことはしません」
「結構です」
「でも、ASTRAEAの人員で、まだ情報を受け取っていない者がいた場合は?」
「案内システムが、それぞれの現在位置に応じて指示を出します。助けを必要としている人がいると分かった場合には、サービス端末か緊急通信を通じて報告してください。連携を取らずに危険区域へ入ることは避けてください」
ミレルが頷いた。
「私たちの人員にも、その手順を理解させます」
続いてランは、客室端末の使い方、私的な用件の申請方法、外部通信の取り扱い、そして外部の機器をASTRAEONの内部ネットワークへ直接接続してはならないという規則を説明した。
最後の項目で、私は手を上げた。
「通信に関するその制限は、ASTRAEAの救難信号を受信した際に発生した妨害の疑いと関係しているのですか?」
「私たちが慎重にならなければならない理由の一つではあります。ただし、ネットワーク保安規則そのものは、今回の事件とは関係なく以前から適用されています」
「理解しました」
「ヴェルドラコン帝国との正式な通信については、送信者と受信者の認証が完了したあと、セラフィエルが適切な経路を用意します」
「分かりました」
ランが安全手順の表示を閉じた。
「では、次は食事に関する規則です」
私は真剣に頷いた。
「お願いします」
「グランド・ダイニングは、サービスの提供状況と、該当する場合は医療上の条件に従い、ご都合のよい時間に利用できます。メニューは端末から選択可能です。乗員との会食に参加する義務もありません」
私はまばたきをした。
「正式な食事時間は、決められていないのですか?」
「厨房の運用上の取り決めや、各人の必要に応じた予定はありますが、艦内の全員が同じ時刻に集まって食事をする義務はありません」
「では、席順はどうなっているのでしょう?」
ランが私を見た。
「席順、ですか?」
「つまり、星崎艦長の専用席があって、その次に士官の皆さんの席があり、それから――」
「ああ。普段の食事では、階級に基づく席順はありません」
私は黙った。
ミレルが顔を背けた。
長年一緒にいるので、彼女がいつ笑いをこらえようとしているのかくらい、私にも分かる。
「笑っても構いませんよ、ミレル」
「笑ってなどおりません」
「まだ、でしょう?」
ランも、私が混乱している理由を察したようだった。
「殿下、ここは帝国の晩餐会場ではありません。紬が食事をしているとき、同じテーブルに座りたいのであれば、その席が空いているか尋ねるだけで十分です」
「それだけで?」
「はい」
私は端末を見つめた。
なぜだろう。
先ほどの保安規則のほうが、今の最後の一言よりも、はるかに理解しやすく感じられた。
### 視点:モード・ラン・ヴァレス
セラフィナから、食事作法について三つ目の質問が出たところで、私はあることに気づいた。
彼女は規則を理解するのが苦手なのではない。
むしろ、ほぼすべての行動に儀礼上の意味が伴う環境で暮らすことに、あまりにも慣れすぎているのだ。
特別な表示がない限り、空席は使ってよいと説明すると、彼女は今度、その席が本当に自分より身分の高い人物のために用意されたものではないと、どう確認すればよいのか尋ねてきた。
結局、私は、空いている席というのは通常、まだ誰も使っていない席を意味すると答えた。
ミレルはすぐに咳払いをして、笑いを隠していた。
「さて」と、すべての条件の確認を終えた私は言った。「実際にグランド・ダイニングへ行ってみたほうが、説明も分かりやすいでしょうね」
セラフィナがほっとした表情を浮かべた。
「私も見てみたいです」
私たちは乗客用経路を進んだ。
道中、セラフィナは施設用の物資を運ぶサービスドローンを、何度か興味深そうに見ていた。
帝国皇女を迎えるために、人間やほかの有機生命体の職員が大勢行き交うような光景はない。
ASTRAEONでは、そうした仕事は自動システムが担っている。
「こうしたサービスは、すべてセラフィエルが制御しているのですか?」と彼女が尋ねた。
「セラフィエルは艦内システムを統括しています。ただし、すべてのドローンの動作に対して、毎回直接指示を出さなければならないわけではありません」
「では、私の部屋の外で待機しなければならない専属の侍女もいないのですね?」
「いません。必要なサービスは端末から申請できます」
「それは嬉しいです」
私は彼女を見た。
先ほどまでの質問に比べ、ずいぶん返事が早かった。
セラフィナが少し照れくさそうに微笑んだ。
「宮廷では、ときどき、自分で何かを取りに行きたいだけのことがあるんです。でも、必ず先回りして済ませなければならないと考える人がいるので……」
「ここでは、自分で飲み水を取りに行っても構いませんよ」
「素敵ですね」
「ただし、技術用の保管庫から何かを取ろうとしない限り、ですが」
「ヴァレスさん。あなたは楽しいことを言ったあと、必ず制限を付け加えるのだと、少しずつ分かってきました」
「職業上の習慣です」
私たちはグランド・ダイニングへ到着した。
扉が開くと、そこには艦内食堂というより、高級レストランを思わせる広大な空間が広がっていた。
温かな照明がテーブルの表面に反射している。配膳区域は自動サービスシステムを通じてLuxury Kitchenと繋がっており、室内の中央で食事をしたくない人のために、よりプライベートな雰囲気の座席もいくつか用意されていた。
セラフィナは入口で立ち止まった。
「……ここが、普通の食堂なのですか?」
「グランド・ダイニングです」
「名前は読めます。そうではなくて、本当に毎日の朝食にも使っているのですか?」
「もちろんです」
「この艦にいると、『普通』という言葉の意味が、ますます分からなくなってきますね……」
私は微笑んだ。
「私もここでの生活が長くなりましたから、判断が完全に客観的とは言えないかもしれません」
私たちはメニュー端末へ近づいた。
セラフィナは提供されている料理を眺めていた。
「これらの食材は、艦の備蓄から?」
「一部はそうです。EDEN Agricultural Deckによる内部食料生産も行っています。ただし、すべてのメニューに使われる食材が、そこから供給されているというわけではありません」
私は、乗客にも確認できる食材の産地表示を指さした。
「内部生産は、長期間の航行中も新鮮な食料の備蓄を維持する助けになっています」
「では、先ほどセラフィエルが話していた有機野菜は、単に客人のために用意された特別なサービスというわけではないのですね?」
「違います。紬自身が、艦内で暮らしている間も、新鮮な食材で作った料理を楽しみたいと思っているんです」
セラフィナが微笑んだ。
「これほど大きな艦の所有者にしては、ずいぶんささやかな願いですね」
「あの人には、実現するためにささやかではない設備が必要になる、ささやかな願いがたくさんありますから」
ミレルが笑った。
私は二人にメニューを選ぶよう勧めた。
セラフィナはいくつかの候補を読んでから、こちらを向いた。
「乗員の皆さんと同じメニューを選んでもよろしいですか?」
「もちろんです。なぜいけないのですか?」
「所有者専用のお料理などがないか、確認したかっただけです」
「紬が自分のために何かを注文したからといって、その種類の料理があの人の独占物になるわけではありません」
セラフィナはしばらく私を見つめた。
それから笑い出した。
会議中によく見せていた、礼儀正しい控えめな笑い方ではない。
口元を押さえなければならないほど、本当に楽しそうに笑っていた。
「ごめんなさい。質問しすぎているのかもしれませんね」
「問題ありません。落ち着かない気持ちを抱えたままでいるより、今のうちに尋ねたほうがいいですから」
私は、朝食を選んでいるミレルへ目を向けた。
「ソヴァン中尉。あなたも、セラフィナが選び終えるまで待つ必要はありません。ご自分のメニューを決めてください」
ミレルが顔を上げた。
「あ、はい」
セラフィナはすぐに彼女を振り向いた。
「聞きましたか?」
「聞いております、殿下」
「それなら、自分の食べたいものを選びなさい」
「はい。ただ、そのように見つめられていますと、何かの審査を受けているようで、あまり変わらない気がします」
「ミレル!」
私は口を挟まないことにした。
どうやら、今日のオリエンテーションは少しずつ成果を上げているらしい。
### 視点:レア・ヴァレン
モバイルフレーム区画を出たあと、私はグランド・ダイニングへやって来た。
少し前から、お腹が空いたと身体が訴えていたのだ。
紬に会う前に、先に何か食べようと思っていたのだけれど、ランと新しいお客さん二人の姿を見かけて、予定を変えた。
なんだか面白そうなことになっている。
セラフィナは、一脚の椅子の前に立っていた。
その隣にはミレル。
ランは端末を持っている。
そして三人とも、何やらものすごく真剣な話し合いをしているように見えた。
私は近づいた。
「何か問題?」
ランが振り向く。
「いいえ。食事に関するオリエンテーションを終えるところよ」
「食事のオリエンテーション?」
私はセラフィナを見た。
「メニューが気に入らなかった?」
「そうではありません。ただ、この席を使ってもよいのか、確認していたところです」
私は彼女が指さした椅子を見た。
空いている。
荷物もない。
予約表示もない。
「いいと思うよ」
「そうなのですね」
私は、その隣の椅子を引いた。
「じゃあ、私はここに座ろうっと」
セラフィナがまばたきをした。
「すぐに座るのですか?」
「先に何かしなきゃいけなかった?」
「いいえ。そうではなくて……」
私はしばらく彼女を見つめた。
そして理解した。
「ああ。誰かが席順を決めてくれるのを待ってたんだ?」
セラフィナは少し恥ずかしそうにした。
「習慣です」
私は笑った。
「ヴェスペラと一緒にアルケイオンの迎撃陣形を読み解けるのに、空いてる椅子には困っちゃうんだ?」
「レアさん!」
「レアだけでいいよ」
「困っているわけではありません。ただ、皆さんの艦の習慣を尊重したいだけです」
「で、私たちの習慣は、座りたいときに座ること」
私は近くの椅子の背もたれを軽く叩いた。
「ほら。いつまでも立ってたら、ご飯が冷めちゃうよ」
ようやくセラフィナが腰を下ろした。
ミレルも、ランに勧められてから席に着いた。
私は朝食を注文し、それからセラフィナが頼んだメニューを眺めた。
「結構いろいろ選んだね」
「今まで食べたことのない料理を、いくつか試してみたくて」
「いいね。気に入らないものがあっても、自分で注文したからって無理に全部食べなくていいからね」
「食べ物を無駄にするのは好きではありません」
「私もだよ。そうじゃなくて、いろんな料理を試したいなら、次からは少量ずつ頼むといいってこと」
セラフィナが頷いた。
「よい助言ですね」
私は、彼女が食器を手に取る様子を眺めた。
私がもう朝食を食べ始めていることに気づくと、彼女は一瞬、動きを止めた。
「星崎艦長を待たないのですか?」
「待たないよ。紬は自分の仕事が終わってから食べればいいんだから」
「普段は一緒に食事をするのでは?」
「ときどきね。時間が合えば一緒に座るし、合わなければ別々に食べるよ」
私は肩をすくめた。
「紬だって、自分が報告書を片づけるのを待つためだけに、私の朝ご飯が冷めちゃうのは喜ばないと思うな」
ランが付け加えた。
「まして、あの人の報告書はまだ増える可能性があるからね」
私は彼女を見た。
「また新しい書類を渡したの?」
「必要な承認を求める書類よ」
「かわいそうに……」
「あなたも、自分のモバイルフレームのインベントリ報告書を読めば、手伝ってあげられるわよ」
私はすぐに朝食へ視線を戻した。
「わあ、今日のご飯も美味しいなあ」
ランが満足そうに微笑んだ。
セラフィナも笑った。
食事がほとんど終わるころ、セラフィナはASTRAEONでの日常生活について質問し始めた。
兵装に関する質問ではない。
私たちのFTL性能が銀河標準をどれほど上回っているのか、という話でもなかった。
彼女が知りたがったのは、私たちがいつも同じ食堂を使っているのか、カリスタはよく作業場を離れるのか、それから紬は契約の仕事がないとき、どんなふうに時間を過ごしているのか、といったことだった。
私は答えられる範囲で説明した。
「カリスタは面白そうなものを見つけると、仕事をやめさせるのがものすごく難しくなるんだ」
「ASTRAEAの話をしていたときに、少し分かりました」
「そうそう。だから、あと一か所だけ確認したいって言い出しても、五分後には作業が終わるなんて信じないほうがいいよ」
ミレルが微笑んだ。
「覚えておきます」
「ヴェスペラは、旅行や面白そうな場所の話をするのが大好き。でも、航跡を計算してるときには邪魔しないほうがいいね」
「戦術分析室で、そのことは少し学びました」とセラフィナが答えた。
「それからランは……」
私はスペースエルフの女性をちらりと見た。
「続けて」と彼女が言った。
「紬が面白そうだからって理由だけで何かを買おうとしても、ランは全部の支出がきちんと記録されるようにするんだ」
「欲しいものを買うのを禁止しているわけじゃないわよ」とランが答えた。「購入理由と、正確な記録を求めているだけ」
「だから、全部記録されるようにするって言ったんだよ」
セラフィナが微笑んだ。
「では、セラフィエルは?」
「私が半分も説明しないうちに、何が起きてるのか大体分かってることが多いかな」
「それは、とても頼りになりそうですね」
「実際そうだよ。でも、おかげで点検の予定を忘れたふりもできないんだよね」
「それから、星崎艦長は?」
私はセラフィナを見た。
「紬のどんなことが知りたいの?」
「艦長として働いていないときは、どんな方なのですか?」
私は少し考えた。
いい質問だ。
紬は仕事中と、くつろいでいるときで、かなりはっきりと違いがある。
緊急事態になれば、素早く判断を下せるし、おかしいと感じたことには遠慮なく疑問を投げかける。
でも、仕事が終わったあとは?
「快適に暮らして、美味しいものを食べて、旅を楽しんで、本当はもっと簡単に片づけられるはずの面倒事には邪魔されたくない、って感じかな」
セラフィナが眉を上げた。
「それだけですか?」
「大体ね」
私は微笑んだ。
「ああ、それと、くつろいでるときまで偉い役職の人みたいに扱われ続けるのは、あんまり好きじゃないんだ」
ランが私を見た。
「今の話は、セラフィナにとってかなり役立つ情報だったと思うわ」
「そうなの?」
私は扉を指さした。
「あとで紬が来たら、直接聞いてみればいいよ」
セラフィナは、何やら考え込むような表情で私を見ていた。
私はその顔に見覚えがある。
本当はそれほど複雑でもない質問を、どう尋ねるのが一番正しいのか、真剣に考えている人の顔だ。
「セラフィナ」
「はい?」
「今は朝ご飯を食べてるんだよ。外交会議に出席してるわけじゃないからね」
「分かっています!」
私は笑った。
隣ではミレルも笑い始め、その声を聞いた私の狐耳がぴくりと動いた。
どうやら、この帝国皇女にとって、私たちとの暮らしはなかなか興味深い経験になりそうだ。
### 視点:星崎紬
俺がグランド・ダイニングへ入った目的は、一つだけだった。
朝食。
それ以上でも、それ以下でもない。
セラフィエルとの最後の打ち合わせを終え、ヴェスペラにも追加で俺の判断を必要とする事項がないことを確認して、ようやく指揮デッキを離れる時間ができたのだ。
正直、少し前からずっと、温かい料理のことを考えていた。
ところが食堂へ入ると、四人が同じテーブルを囲んでいるのが見えた。
ラン。
レア。
ミレル。
そして、セラフィナ。
レアがすぐに手を上げた。
「紬! こっちこっち!」
「ああ、みんなもう食べてたのか?」
「ほとんど食べ終わったところだよ」
俺はテーブルに残っている料理を見ながら近づいた。
「どうだ、今日のメニューは?」
「美味しいよ」とレアが答えた。「セラフィナも、初めての料理をいくつか試してたんだ」
「そっか。よかった」
俺が椅子を引こうとした、そのときだった。
セラフィナが慌てて立ち上がった。
ミレルまで反射的に腰を浮かせる。
「おはようございます、星崎艦長」
俺は動きを止めた。
「……おはようございます」
セラフィナが丁寧に頭を下げた。
「私たちのために、このような素晴らしい施設を用意してくださり、ありがとうございます」
「どういたしまして。でも、どうして立ってるんですか?」
「あなたがいらっしゃったので」
俺は彼女を見た。
次にミレル。
それからラン。
ランはカップを持ち上げただけだった。その表情は、ここから先は俺の仕事だ、と言っているように見えた。
レアはもう満面の笑みを浮かべている。
俺はため息を吐いた。
「座ってていいですよ。俺は朝飯を食べに来ただけですから」
セラフィナは少しためらった。
「ですが、あなたはこの艦の所有者で、艦長でもあります」
「知ってますよ。残念ながら、艦を所有してるからって、ここで立ちっぱなしなら朝飯が早く出てくるわけじゃありませんからね」
レアが笑った。
俺は椅子を引いて座った。
「ほら、座ってください。ミレルも」
ようやく二人も席に戻った。
俺はテーブルの端末から料理を注文し、それから、まだ必要以上に背筋を伸ばして座っているセラフィナへ目を向けた。
「セラフィナ」
「はい、星崎艦長?」
「一つ、お願いしたいことがあるんですけど」
彼女はすぐに食器を置いた。
「何でしょう?」
「まず、俺が名前を呼ぶたびに、これから軍事命令でも出すみたいな反応をしなくていいですから」
レアが飲み物を吹き出しかけた。
俺は、彼女が笑い終わるのを待った。
「それから二つ目。艦内で普段どおりに暮らしているときは、もう少し堅苦しい呼び方を減らしたいんです」
セラフィナがまばたきをした。
「どういう意味でしょう?」
「俺、仕事をしてないときに、必要以上の敬称を使うのがあんまり好きじゃないんですよ。誰かを食事に誘うたびに正式な呼称の手順を踏むなんて、疲れるでしょう?」
「でも、私は――」
「ヴェルドラコン帝国の皇女でしょう。分かってますし、その身分はちゃんと尊重しています。称号を捨てろって言ってるわけじゃありません」
俺はテーブルを指さした。
「ただ、ここはASTRAEONの食堂です。宮廷の謁見室じゃありませんから」
セラフィナは俺を見つめた。
「では、あなたのことは紬と呼んでほしい、ということですか?」
「ええ。気楽に話してるときは、紬で十分です。契約や指揮上の判断、正式な用件のときなら、星崎艦長で構いません」
「では、私への呼び方は?」
「そう。それが次の話です」
俺はランとミレルをちらりと見た。
「食事や雑談をしてるときは、二言に一回セラフィナを『殿下』って呼ぶのも、やめてほしいんだ」
ミレルは驚いたようだった。
「艦長、私は殿下の部下です」
「仕事中に正式な呼び方を使うのを禁止するつもりはありません。それは二人の職務上の関係ですから」
俺は軽く手を上げた。
「ただ、セラフィナが食べ物を選んでたり、俺たちと一緒に座ってたりするだけなら、部屋全体を宮廷の決裁待ちみたいな空気にする必要はないでしょう?」
ランが微笑んだ。
「つまり、仕事上の儀礼と私生活を区別したいということね」
「そのとおり」
「それによって、乗客資格や各人の権限が変わるわけではない」
「分かってるよ」
「それなら、事務上の問題はないわ」
俺は彼女を見た。
「気楽に飯を食べたいっていう俺の願いが、艦の事務規則に違反してないか確認してくれてありがとうな」
「どういたしまして、紬」
レアがまた笑った。
セラフィナは、何とも言えない表情で俺たちのやり取りを眺めていた。
「では、私も皆さんのことを、称号を付けずに名前で呼んでもよいのでしょうか?」
「本人が嫌がらないなら、もちろん」
レアがすぐに手を上げた。
「私は全然いいよ。レアで」
ランも頷いた。
「個人的な会話なら、私もランで構わないわ」
ミレルがセラフィナを見た。
「それなら……」
セラフィナも彼女を見返した。
「二人きりのときは、以前から名前で呼んでいるでしょう、ミレル」
「それは別です、殿――」
ミレルは途中で自分から言葉を止めた。
レアが彼女を見る。
俺も見た。
ランは飲み物を一口飲んだ。
セラフィナがとうとう笑い出した。
「構いませんよ。最後まで言っても」
ミレルが息を吐いた。
「……慣れるまで、少し時間が必要そうです」
「私たち全員、そうなのでしょうね」とセラフィナが答えた。
俺は満足して頷いた。
「うん。そっちのほうがずっといい」
ようやく俺の料理が届いた。
最初の一口を食べようとしたところで、セラフィナがまた口を開いた。
「紬」
俺は顔を上げた。
敬称を付けずに俺の名前を呼んだことに、彼女自身が少し驚いているようだった。
「何ですか?」
「一つ、確認したいことがあります」
「何でしょう?」
「先ほどのお願いは、あなたが部屋へ入ってくるたびに、私が立ち上がる必要もないという意味でしょうか?」
「そうです」
「では、正式に感謝をお伝えしたい場合は?」
「本当に正式な用件なら、必要な作法に従ってもらって構いませんよ。礼儀が嫌いなわけじゃありません。日常生活の全部が儀式みたいになるのは勘弁してほしいってだけです」
彼女はゆっくりと頷いた。
「理解しました」
俺は食事に戻った。
しばらくすると、また彼女が言った。
「それなら、私からも一つお願いがあります」
「どうぞ」
「この艦の習慣に合わないことを私がしていたら、これからも教えてください。私の立場を理由に、見過ごしたりしないでほしいのです」
俺は彼女を見た。
「それは簡単ですよ。レアなら、あなたが何かやり終える前に教えてくれるかもしれません」
「ちょっと!」とレアが抗議した。
ランが微笑んだ。
「施設の規則に関することなら、私からも説明するわ」
「私も、ASTRAEAの人員が皆さんの活動を妨げないよう、確認に協力します」とミレルが付け加えた。
セラフィナは三人を順番に見た。
それから、微笑んだ。
「ありがとう」
俺は頷いた。
「どういたしまして。じゃあ、全部冷める前に食べましょう」
彼女は再び食器を手に取った。
しばらくの間、俺たちは戦闘の話をすることなく朝食を楽しんだ。
レアは、カリスタが面白そうな部品を見つけたとき、仕事を切り上げさせるのがどれほど大変かを話していた。
ランは、Vector Caliperが回収した物品の一部について、所有権の確認が済んでいないため、自由に点検したり分解したりすることはまだできないと説明した。
ミレルは、エウフォリアを離れられる程度まで回復したASTRAEAの人員も、同じ食堂を利用できるのかと尋ねた。
ランは、すでに乗客向けサービスの取り決めに含まれていると答えた。
そして俺は?
ようやく飯が食えた。
本来、ここまで苦労して達成するようなことじゃないはずなんだけどな。
朝食がほとんど終わったころ、セラフィナがカップを置いた。
「紬、今回の旅について、一つ尋ねてもよろしいですか?」
「もちろん」
「皆さんは、つい先ほどまで激しい戦闘に巻き込まれていました。ASTRAEAもまだ損傷したままで、生存者の中には回復途中の者もいます。それなのに今朝にはもう、旅を続けなければならないかのように仕事へ戻っていますね」
俺は彼女を見た。
「実際、続けなきゃいけませんから」
「契約がまだ完了していないことは理解しています。ただ、あのような事件のあとですから、もう少し長く停泊するのではないかと思っていたのです」
ランが小型端末を開いた。
「事件については、すでにタラリス戦略兵站局へ報告済みです。先方は遅延の通知を受理し、定期的な状況更新を行いながら輸送を継続するよう求めています」
「では、契約はまだ有効なのですね?」
「そうです」と俺は答えた。「C-145-MCはまだ終わっていません。七つの貨物群を、タラリス国境兵站補給拠点まで運ばなきゃいけないんです」
セラフィナは考え込むような表情になった。
「緊急事態を理由に、契約を解除することはできないのですか?」
「契約を解除できるかどうかは、条件に照らして判断することであって、ひどい目に遭ったあとの気持ちだけで決めることじゃありませんからね」
俺は飲み物を口にした。
「それに、貨物はまだ無事です。カリスタは出航の技術承認を出してくれたし、ヴェスペラも使える経路を見つけてくれた。セラフィエルも、艦のシステムが準備できてるって確認してる。引き受けた仕事を安全に遂行できる状態なら、どうしてすぐに投げ出さなきゃいけないんです?」
「私たちを救助してくださったから、では?」
「それは別の仕事です」
俺は彼女を見つめた。
「ASTRAEAを助けたのは、助けを必要としている人たちがいたからです。でも、あなたを助けたからといって、この貨物を待っている人たちへの責任まで、勝手に放り出していいことにはならないでしょう?」
セラフィナが黙った。
俺は少し気楽な口調に戻した。
「それに忘れちゃいけません。契約総額は8,400,000 GC。まだ支払われてませんからね」
レアが笑った。
「あ、とうとう一番分かりやすい理由が出てきた」
「おい。それだって重要だろ」
ランが頷いた。
「非常に重要ね」
俺はランを指さした。
「ほらな?」
セラフィナは口元を押さえて笑った。
「つまり、これほど大きな艦を持っていても、皆さんは収入を得るために働かなければならないのですね」
「もちろん。艦が豪華に見えるからって、運用費用まで消えるわけじゃありませんから」
「普通の艦より、ずっと自由に行動できるものと思っていました」
「どんな仕事を選ぶかについては、確かに自由がありますよ。でも、一度引き受けた以上は、その判断に責任を持たなきゃいけません」
俺は肩をすくめた。
「何も考えずに暮らしたいだけなら、傭兵登録なんてするべきじゃなかったでしょうね」
ランがこちらを向いた。
「そのわりには、のんびり暮らしたいって、よく言っているじゃない」
「今も実現に向けて努力中なんだよ」
「今のところ、あまり成果が出ているようには見えないわね」
「頼むから、その件の評価報告書まで作らないでくれよ」
ミレルが小さく笑った。
セラフィナは、先ほどよりもずっと打ち解けた表情で俺たちを見つめた。
「少し分かった気がします」
「何がです?」
「皆さんが仕事を続けているのは、先ほどの事件に何も感じていないからではないのですね。ただ、皆さんの仕事を頼りにしている人が、ほかにもまだいるから……」
俺は頷いた。
「大体、そんなところです」
彼女は少し視線を落とした。
「それなら、私の存在が、皆さんにその義務を忘れさせる理由になることは望みません」
「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。あなたの今後の移動については、もう合意してありますから。帝国側の迎えについて何か進展があれば、そのときの状況に合わせて相談しましょう」
「分かりました」
彼女は微笑んだ。
「ありがとう、紬」
今度は敬称がなかった。
突然立ち上がることもない。
ただ、食卓で一人の人間が、別の人間へ感謝を伝えているだけだった。
俺も笑みを返した。
「どういたしまして、セラフィナ」
それから少しして、俺たちはグランド・ダイニングをあとにした。
ランは管理業務へ戻る。
レアは装備点検を終えたあとでもあるので、休息を取るつもりらしい。
ミレルには、まだASTRAEAの人員に関する用件が残っており、セラフィナは居住区の通路の分岐点まで彼女を見送ることにした。
俺自身も、少し休んでから指揮デッキへ戻るつもりだった。
しかし、別れる前にセラフィナが俺を呼び止めた。
「紬」
俺は振り向いた。
「ん?」
「先ほど、あなたと会うたびに立ち上がったり、挨拶をしたりする必要はないとおっしゃいましたね」
「ああ」
「その規則は、いつかグランド・サロンでお会いしたときにも適用されるのでしょうか?」
「もちろん」
「展望施設でも?」
「ええ」
「あなたが一人で食事をしているところを見かけた場合は?」
「席が空いてたら、一緒に座ってもいいか聞いてくれればいいですよ」
彼女が小さく微笑んだ。
「そうですか」
俺は彼女を見た。
「どうかしました?」
「いいえ。ただ、この艦の習慣を間違って理解していないか、確認したかっただけです」
俺は頷いた。
「なるほど。じゃあ、ASTRAEONの乗客として迎える初日を、楽しんでください」
「ありがとうございます」
セラフィナは、ミレルを追って歩いていった。
俺もそろそろ行こうとしたところで、背後からレアの声がした。
「紬」
「今度は何だ?」
狐耳が、いたずらっぽく動いている。
「さっきのってさ。本当は、公務じゃないときでも紬に話しかけていいかって聞いてたんだよ。気づいてる?」
俺は黙った。
「……いいって答えたよな?」
「答えたね」
「じゃあ、何か問題でも?」
「ううん」
レアは満面の笑みを浮かべた。
「ぜーんぜん、問題ないよ」
俺はしばらく彼女を見つめた。
どういうわけか、笑われている気がする。
「俺をからかう元気がまだ残ってるなら、ランと一緒にモバイルフレームのインベントリ報告書を読むくらい、もう十分回復してるってことだな」
彼女の笑みが、たちまち消えた。
「紬、それはあまりにもひどい攻撃だよ」
「艦長としての仕事をしてるだけだ」
「仕事してないときは堅苦しいのが嫌いだって言ってたじゃん!」
「今は仕事中だからな」
レアは舌打ちし、それから笑いながら俺を追い越して歩いていった。
俺は首を横に振った。
少なくとも、艦内の雰囲気は少しずつ普段どおりに戻ってきているらしい。
閉じられた扉の向こうには、まだ治療を必要としている患者たちがいる。
追加の点検を待つ帝国の艦もある。
分析を終えていない戦闘の証拠も残っていた。
それでも、食堂では誰かがようやく、称号の順番なんて気にせず椅子に座れるようになった。
そして指揮デッキでは、次の仕事が俺たちを待っている。
帝国皇女を一人救助できたからといって、C-145-MCの契約まで完了したわけじゃないのだから。
【次話予告・第171話】
「積荷の無事を確認せよ」
積荷の無事を確認せよ――カリスタ、ラン、セラフィエルは、C-145-MCの七つの貨物群について詳細な点検を実施する。その結果は、契約条件に従って輸送を継続するための、紬による最終承認の判断材料となる。




