【第167話】「敵の編隊を読み解く」
【第167話】「敵の編隊を読み解く」
29日目 — 艦内標準時 03:24~04:16 場所:ASTRAEON VELORIA — 戦術分析室 視点:ヴェスペラ・ノクス・オーレル → セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → セラフィエル・ヴェロリア → カイラ・ドラヴェン(専門通信)
### 視点:ヴェスペラ・ノクス・オーレル
「セラフィエル、まずはASTRAEAの記録を、自動航跡補正をかけずに表示してもらえますか?」
「生の観測データを確認したいのですか?」
「ええ。最初から再構成済みの結果を使用すると、セラフィナ殿下には、ASTRAEAが実際に記録した内容と、私たちが複数の情報源を組み合わせてあとから推定した内容の違いが、分かりにくくなるかもしれません」
「承知しました。両者を分離します」
目の前の戦術分析テーブルには、光点が浮かぶ三次元空間が表示されていた。
中央に位置するのは、ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN。
護衛艦は、最後に確認可能だった位置に基づいて表示されている。一方、アルケイオンの接触反応は、検証の許可を得たセンサー記録を組み合わせたものだった。
すべてのデータが揃っているわけではない。
護衛艦との通信が途絶えた時点で、記録が途切れているマーカーもある。また、ASTRAEAのセンサーが妨害の影響を受け、追跡を維持できなかった時間帯も存在した。
私は意図的に、それらの部分を空白のまま残した。
欠けた情報を推定値で埋め、それを事実として扱うのは、調査を始めるうえで最悪の方法の一つだからだ。
部屋の扉が開いた。
セラフィナがセラフィエルとともに入ってくる。
銀色の髪は整えられていたが、顔にはまだ疲労が残っていた。公務用の制服よりも楽な服装をしているものの、その歩き方には、皇室の環境で育った人間らしい習慣が表れている。
「おはようございます、ヴェスペラさん。お待たせしてしまってごめんなさい」
「謝る必要はありません、殿下。私もちょうどデータの準備を終えたところです」
「時間を取っていただき、ありがとうございます」
「この件はASTRAEONの安全にも関係しています。私にも、専門的な立場から調査する理由がありますから」
セラフィナが小さく微笑んだ。
「星崎艦長も、ほとんど同じことをおっしゃっていました」
「それはよい知らせですね。まだタラリスへ運ぶ貨物があることを、彼が忘れていないということですから」
セラフィエルが小さく笑った。
「ランも、忘れないよう徹底していますよ」
私は、記録が最も見やすい位置にある席へセラフィナを案内した。
「始める前に、一つ確認しておきたいことがあります」と私は言った。「今回は複数の情報源を比較しますが、それぞれの確実性は同じではありません。仮に私が、ある行動パターンには意図が感じられると言ったとしても、それだけで命令を下した人物や、その理由まで判明したことにはなりません」
「理解しています」
「よかった。映像に説得力があるからという理由だけで、結論を受け入れてほしくはありませんから」
セラフィナはASTRAEAのマーカーを見つめた。
「むしろ、私が望んでいるのはそれです。気持ちが楽になるだけの説明ではなく、本当に何が起こったのかを知りたいのです」
私は頷いた。
「では、始めましょう」
最初の攻撃が始まる少し前から、記録を再生した。
ASTRAEAの護衛陣形は、比較的安定した間隔を保ちながら移動している。
「こちらが、ASTRAEAの記録に基づく殿下の一行の位置です」と私は説明した。「では、航行経路の外側にいる接触反応へ注目してください」
いくつかの光点が現れた。
セラフィナがわずかに身を乗り出す。
「アルケイオンの艦ですか?」
「のちにアルケイオンの軍事戦力の一部と識別された接触反応です。記録の初期段階では、ASTRAEAのセンサーも、すべての正体を確認できていたわけではありません」
私は再生速度を落とした。
「彼らの方向転換に注目してください」
二つの接触反応が、異なる位置へと動いた。
そのうち一つは、ASTRAEAへ直接接近するのではなく、護衛艦の一隻に位置の変更を検討させるような航跡を取っている。
「外側の護衛艦の注意を引こうとしていたのですか?」とセラフィナが尋ねた。
「それも一つの可能性です。ただし、まだ決めつけないでください。ほかの接触反応がどう動いたのかを見ましょう」
私は記録を数秒進めた。
別の角度から、脅威を示すマーカーが現れる。
護衛陣形が調整を始めた。
「一方向から来たわけではないのですね」とセラフィナが呟いた。
「そのとおりです。そして、ここからが興味深い部分です」
私は、最初の通信障害が記録される直前で再生を停止した。
「この時点で、複数のアルケイオン接触反応は、護衛陣形の二か所以上へ圧力をかけられる位置に到達しています。しかし、再構成データ上で確認できる射撃機会を、すべて利用したわけではありません」
「なぜですか?」
「それを、これから調べるのです」
私は想定される射線を表示し、実際の記録によって裏付けられた線と、まだ推定にすぎない線を分離した。
セラフィナは、その違いを注意深く見つめた。
「つまり、実線は確認済みのデータで、破線は計算による推定ということですね?」
「そのとおりです」
「それなら、最終報告書でも二つを一緒にしないでください」
私は微笑んだ。
「書類の話をするとき、殿下とランは気が合うかもしれませんね」
「何かを正しく区別しなければならない話になるたび、彼女の名前を聞くようになりました」
「それは彼女の得意分野の一つですから」
私は再生を続けた。
通信障害が現れ始める。
その少しあと、ASTRAEAの機動能力に関係する部分が攻撃を受けた。
セラフィナは何も言わなかった。
私は次のデータ層を開く前に、少し時間を置いた。
「では、護衛艦の位置と比較しましょう」
光点が動いた。
護衛艦の一隻が、ASTRAEAと脅威の発生源との間に位置し続けようとする。
別のアルケイオン接触反応が、その護衛艦の機動余地をさらに狭める方向へ移動した。
「護衛部隊の注意を分散させているのですね」とセラフィナが言った。
「行動パターンは、そう示しています」
「ですが、もし目的がASTRAEAの破壊だけだったのなら、なぜ最初から主船体へ攻撃を集中させなかったのでしょう?」
私は彼女を見た。
よい質問だ。
「私も、その答えを知りたいと思っています」
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
戦闘を外側から眺めるというのは、まったく違う感覚だった。
ASTRAEAの指揮デッキにいたとき、私は損傷報告を聞き、指示を出し、避難経路が維持されていることを確認し、残された艦の能力をどう使うか判断しなければならなかった。
このように陣形全体を見渡す機会など、一度もなかったのだ。
今は、戦術テーブル上のマーカーが、どれも穏やかに動いているように見える。
けれど、その小さな動きの一つひとつの向こう側に、生き延びようとしていた人々がいたことを、私はよく知っていた。
「ヴェスペラさん、少しだけ記録を戻していただけますか?」
「もちろんです。どの部分でしょう?」
私は、護衛艦のマーカーを一つ指さした。
「この艦との通信が途絶える前です。外側から接近してきたユニットの位置を確認したいのです」
ヴェスペラが再生位置を変更した。
航跡を見つめるスペースハイエルフの長い耳が、わずかに動いた。
「何か気づきましたか?」
「確信はありません。ただ、この護衛艦は通信が途絶える前に、二方向から脅威を受けていたという報告を覚えています」
「照合してみましょう」
彼女は、私が使用を承認したASTRAEAの記録を開いた。
私はその仕事ぶりを眺めた。
ヴェスペラは、推測を急いで事実として扱おうとはしない。
二つの情報源のタイムスタンプに小さな違いがあったときも、まずセラフィエルに、それぞれのデータの出所を表示するよう求めた。
その確認を終えてから初めて、一方の表示層をずらし、正しく比較できるようにした。
「ありました」と彼女が言った。
二つのアルケイオン接触反応が、ASTRAEAへの防護を維持しようとすれば、護衛艦自身の側面を晒さなければならないような位置を取っていた。
胸が締めつけられた。
「……悪い選択肢ばかりを突きつけていたのですね」
「ええ。ただし、そのパイロットや指揮官が受け取っていた指示の全容は、まだ分かっていません。この記録だけで、彼らの判断を評価しないようにしましょう」
私は振り向いた。
ヴェスペラがかすかに微笑んでいた。
「そのことについては、もう紬と話したのでしょう?」
「はい」
「それなら、彼のお説教を私が繰り返す必要はありませんね」
私は思わず笑いそうになった。
「本人は、説教ではないと言っていましたよ」
「もちろん、彼ならそう言うでしょうね」
私は再び画面へ目を戻した。
初めて、自分ならどの判断を変えるべきだったのかと真っ先に考えることなく、護衛部隊の判断を検証できている気がした。
気持ちが軽くなったわけではない。
ただ、少なくとも、以前より役に立つ問いを立てられるようになっていた。
「こうしたパターンは、護衛付きの艦を迎撃する際によく使われるものですか?」
「基本的な要素のいくつかは、軍事作戦でも知られています。ただし、今回の配置と実行のタイミングについては、さらに詳しく調べる必要があります」
ヴェスペラは腕を組んだ。
「戦闘ユニットの行動評価を、もっと直接的に扱っている人の意見も聞きたいですね」
「ASTRAEONの乗員の方ですか?」
「いいえ。カイラなら、別の視点から意見をもらえるかもしれません」
私は振り向いた。
「カイラ?」
「はい?」
「その方もASTRAEON VELORIAの乗員なのですか? まだお会いしたことがないのですが」
ヴェスペラは、私が彼女たちの専門的な交友関係をすべて知っているわけではないことに、今さら気づいたようだった。
「ああ、そうでしたね。まだご紹介していませんでした。正式な名前は、カイラ・ドラヴェンです」
「カイラ・ドラヴェン……」
「ドラゴンキンの戦闘専門家で、私たちの専門的な警備協力者です。戦闘評価、警備作戦、戦闘ユニットの行動分析を専門としています。以前、ヴェルドラコン帝国内で仕事をした際の関係を通じて知り合いました」
「では、帝国の保安関係の仕事をしているのですか?」
「彼女には、あちらでの仕事と専門的な繋がりがあります。ただし、ヴェルドラコン帝国の軍事指揮系統全体を代表できる官吏だとは考えないでください。今回求めるのは彼女個人の専門的な分析であって、政府の公式見解ではありません」
私は頷いた。
「ASTRAEONの常勤乗員ではないのですね?」
「違います。私たちの中核乗員は、今も六人です。カイラはこの艦にはいません。生存者の医療相談を遠隔通信で支援している医師、セレネ・アルカディアも同様です」
「分かりました」
ヴェスペラが小さく微笑んだ。
「カイラは、レアの能力もよく知っています。二人が戦闘の話を始めると、同じ部屋にいる全員が、何時間も機動方法の議論を聞きたいわけではないと、私が注意しなければならないこともあります」
「よく意見が対立するのですか?」
「目的については意見が一致していても、そこへ至る最善の方法を巡って、長々と議論することがあるんです」
私は小さく笑った。
「面白そうですね」
「議論の結果をすべて記録しなければならない立場でなければ、ですが」
ヴェスペラはセラフィエルへ、通信の手配を依頼した。
その返答を待つ間、私はもう一度、カイラという名前について考えた。
「ヴェスペラさん、皆さんはヴェルドラコン帝国内にも、かなり多くのお知り合いがいるようですね」
「以前、あちらでいくつか重要な仕事を経験していますから」
「公爵家のご令嬢の救助も、その一つですか?」
ヴェスペラがこちらを向いた。
「聞いたことがあるのですか?」
「その一族の名前は知っています。ただ、ASTRAEONがどこまで関わっていたのかは、まだ知りません」
彼女は頷いた。
「それなら、私たちがカイラと知り合った経緯を理解するうえで、少しお役に立てる話がありそうですね」
ヴェスペラは戦術表示を一時停止モードへ切り替えた。
「以前、ASTRAEONはヴェイリエンヌ公爵家の令嬢、オーレリア・ヴェイリエンヌを救助したことがあります」
私はすぐに、その名前を思い出した。
「オーレリア・ヴェイリエンヌ? 七か月もの間、行方が分からなくなっていたご令嬢ですか?」
「そのとおりです」
私は驚いて彼女を見つめた。
「待ってください。では、彼女を救助した艦というのは、ASTRAEON VELORIAだったのですか?」
「ええ。そして、その艦を率いていたのも、今あなたが知っている紬ですよ」
私は言葉を失った。
ヴェイリエンヌ家の問題については、皇室関係者を通じて耳にしたことがある。
公爵家の令嬢が長期間、家族のもとへ戻れなかったという知らせは、決して小さな問題ではなかった。
ただ、公式の場で伝わる情報が、当事者たちの経験した道のりをすべて説明しているとは限らない。
「最終的に彼女が帰還できたことは知っています」と私は言った。「ですが、星崎艦長が送り届けたとは知りませんでした」
「だからこそ、ヴェルドラコンでは以前にも重要な仕事があったとお話ししたのです」
ヴェスペラは、何かを懐かしむように微笑んだ。
「最初から紬が、貴族家の問題へ介入するつもりで出航したわけではありません。ただ、オーレリアの置かれていた状況を知ってしまった以上、私たちも見過ごすことはできませんでした」
「叔父君が関係する問題だったと聞いています」
「家族間の対立と権力争いもあって、単に乗客を故郷へ送り届けるより、はるかに複雑な状況になっていたんです」
「そうだったのですね……」
「最終的に、オーレリアは家族のもとへ帰ることができました。ヴェイリエンヌ公爵も、娘を救助した紬とASTRAEONの働きを認めてくださいました」
私はヴェスペラを見た。
「では、ヴェイリエンヌ公爵家は、この艦のことを正式にご存じなのですね?」
「ええ。私たちと公爵家の関係は、何の理由もなく生まれたものではありません。実際の出来事が、その背景にあります」
彼女は小さく笑った。
「そして、いつものように安全上の問題が片づいたあと、ランは事務処理を担当することになりました。紬が、まるで会議室から逃げ出したそうな顔をするような仕事を、です」
私は思わず笑ってしまった。
「身元認証の際に、その経験について少し話してくれました」
「そうなのですか?」
「公爵令嬢の問題だけでも十分複雑だったのに、私の登場によって難易度が上がった、と言っていました」
ヴェスペラは一瞬黙った。
それから口元を押さえて笑い始めた。
「本当に紬らしい言い方ですね」
「別に気分を害してはいません。私自身、皇室の儀礼規則は複雑すぎると感じることがありますから」
「それなら、お二人には一緒に愚痴を言える話題が一つできましたね」
私は微笑んだ。
ASTRAEONには、どこか興味深いところがある。
この艦に暮らす人々と話す時間が長くなるほど、彼らと艦の外にいる人々との関係は、契約や取引だけで成り立っているわけではないことが分かってきた。
共有した経験がある。
かつて助けた人々がいる。
そして、一つの旅が終わったあとも、それぞれの生活を送り続けている専門的な知人たちがいる。
「カイラも、オーレリアの件に関わっていたのですか?」と私は尋ねた。
「以前から続く専門的な仕事や警備関係の繋がりの中で知り合った人です。今回の戦闘分析のためだけに、突然見つけてきた相手ではありませんよ」
「分かりました」
そこでヴェスペラは、ASTRAEAの小さな投影図を指さした。
「もう一つ、殿下にとって興味深いかもしれない話があります」
「何でしょう?」
「現在、ASTRAEAを保管する候補として検討している格納庫は、あなたの艦のために急遽用意した新しい施設ではありません。ASTRAEONには、もともと大型の宇宙機や艦船を収容できる能力があります。以前の旅でも、オーレリアの事件に関係する豪華船を、一時的に保管したことがあるんです」
私は目を見開いた。
「では、今後ASTRAEAが収容されるかもしれない場所は、以前にも別の豪華船のために使われたことがあるのですか?」
「ええ。もちろん、安全確保の構成や技術上の要件は異なりますが」
私はテーブルの端に表示されたASTRAEONの投影図を見つめた。
全長8,600メートルという大きさは、今も完全には理解しきれない。
「ASTRAEAのような全長1,240メートルの艦を格納庫に入れるかもしれないと聞いても、星崎艦長があまり驚かなかった理由が、少し分かってきました」
「紬が心配しているのは、艦の大きさそのものよりも、曳航の安全性と事務上の影響でしょうね」
「特に事務上の影響ですか?」
「特に、ランが新しい書類を開いたときには」
私たちは再び笑った。
しかし、ヴェスペラはすぐに真剣な口調を取り戻した。
「ただ、一つ区別しておかなければならないことがあります。以前、私たちがオーレリアを助けられたからといって、ASTRAEONに、あらゆる貴族家や皇室からの要請を受け入れる義務が自動的に生じるわけではありません。状況ごとに、安全性、権限、適用される合意を確認する必要があります」
私は頷いた。
「星崎艦長とランから、その点については十分に説明を受けています」
「それなら、よかったです」
私は少しの間、彼女を見つめた。
「オーレリアは今、お元気なのでしょうか?」
「最後に私たちが受け取った関連情報では、すでに家族のもとへ戻り、自分自身の生活を送っていました」
「それはよかった」
私は小さく微笑んだ。
「つらい状況を経験した人が、最後には故郷へ帰ることができたと聞くのは、嬉しいものですね」
ヴェスペラはすぐには答えなかった。
その眼差しが和らいだ。
「私も、そう思います」
### 視点:セラフィエル・ヴェロリア
私が再び戦術分析テーブルへ注意を向けたとき、ヴェスペラとセラフィナは、すでにオーレリアについての会話を終えていた。
カイラへの通信要請は、利用可能な専門チャンネルを通じて処理中だ。
私は、ASTRAEONの生の記録をすべて送ったわけではない。
準備したのは、限定的な技術概要だった。
戦闘ユニットの相対位置、通信障害が発生した時刻、検証可能な航跡の変化、そして各データの確実性に関する注記である。
それらの情報があれば、秘匿されたセンサー性能や防御構成、無関係な内部データを開示することなく、攻撃パターンについての評価を依頼できる。
「ヴェスペラ、カイラ用の検証パッケージを準備できました」
「ASTRAEAのデータは?」
「セラフィナが承認した部分を含めています。帝国の航行上の情報制限が残る資料については、引き続き分離してあります」
セラフィナが頷いた。
「ありがとうございます」
私は戦闘の再構成映像を再び表示した。
「カイラから意見をもらう前に、一つお見せしたい発見があります」
ヴェスペラがすぐに画面へ目を向けた。
「航跡の照合結果ですか?」
「はい」
私は三つの段階に分けて記録を再生した。
第一段階では、アルケイオンの接触反応が、複数の角度からASTRAEAの陣形へ接近する。
第二段階では、帝国皇室専用ヨットの通信能力と機動能力に対する攻撃が示されていた。
そして第三段階では、護衛艦がASTRAEAへの防護を維持しようとした際、攻撃側の複数のユニットが位置を変えている。
私は再生を停止した。
「攻撃目標と、この位置の変化との関係に注目してください」
セラフィナが近づいた。
「ASTRAEAへ再接近しようとした護衛艦を、攻撃しているのですか?」
「記録された行動パターンのいくつかは、その見方を裏付けています」
私は関連する線を表示した。
「もし彼らの目的が、すべての艦を可能な限り早く破壊することだけだったのなら、初期段階で十分に利用されなかった射撃機会が存在します。それに対し、いくつかの行動は、むしろASTRAEAと護衛戦力の間の実効的な距離を広げる結果を生んでいます」
ヴェスペラが目を細めた。
「主艦を護衛から切り離そうとしているのですね」
「現時点までに再構成できた行動パターンと、最も整合する仮説です」
セラフィナがASTRAEAのマーカーを見つめた。
「つまり、機動システムへの攻撃は、私たちの逃走を阻むためだけではなかったのですね」
「複数の役割を持っていた可能性があります」と私は答えた。「ASTRAEAの位置変更能力を低下させることで、攻撃側は護衛艦の動きも予測しやすくなります。主艦が移動できる範囲が狭まれば、護衛艦もその位置に合わせて行動せざるを得ませんから」
ヴェスペラが頷いた。
「そして複数方向からの脅威に同時に対応させられれば、防護陣形の維持はさらに難しくなります」
「そのとおりです」
セラフィナは黙り込んだ。
私は、この発見を彼女が再び自分自身の過失の証拠として扱ってしまうことを望まなかった。
「殿下、これは攻撃側の行動に関する分析です。あなたが承認した航路変更こそが、待ち伏せが成功した唯一の原因であると結論づける根拠は、まだありません」
彼女が顔を上げた。
「分かっています」
その声は穏やかだった。
「入手可能な証拠をすべて検証するまでは、そのような結論を出さないつもりです」
ヴェスペラが小さく微笑んだ。
「よかった。それなら続けましょう」
私は追加記録を開いた。
ASTRAEON VELORIA — 暫定戦術分析
| 検証項目 | 暫定的な発見 |
| ------------ | ------------------------ |
| アルケイオンの初期接近 | 複数の角度から接近 |
| ASTRAEAの通信障害 | 攻撃初期段階に記録あり |
| 機動システムへの攻撃 | 護衛部隊への主要な破壊攻撃が進展するより前に発生 |
| 攻撃ユニットの動き | 複数のユニットが防護陣形の機動余地を圧迫 |
| ASTRAEAへの影響 | 位置の維持能力と救援要請能力が低下 |
| 主な仮説 | 主艦を護衛部隊から孤立させようとした可能性 |
| 動機および命令者 | 未検証 |
「もう一つ、確認したい点があります」とヴェスペラが言った。
「何でしょう?」
「外側の護衛艦の周囲で動いていた戦闘ユニットの行動です。航跡を見る限り、圧力を維持すべきときと、相手をより不利な位置へ動かすために、あえて余地を与えるべきときを理解していたように見えます」
私は頷いた。
「だからこそ、カイラの意見が役立つと思うのです」
ちょうどその言葉を言い終えたとき、通信端末に通知が表示された。
KAIRA DRAVEN — 専門通信チャンネル接続
「どうやら、彼女の都合がついたようですね」
### 視点:カイラ・ドラヴェン
専門通信
『ヴェスペラ。仕事用のチャンネルで声を聞くのは久しぶりね』
画面にカイラ・ドラヴェンの姿が現れた。
ドラゴンキン特有の身体的特徴は、はっきりと見て取れる。
鋭い眼差しをしていたが、ヴェスペラの背後に映る戦術分析テーブルを見ても、過度に驚いた様子はなかった。
「カイラ。急なお願いを引き受けてくれて、ありがとうございます」
『セラフィエルから送られてきた初期概要は読んだわ。また大きな問題に遭遇したの?』
ヴェスペラがかすかに微笑んだ。
「今回は、問題のほうから私たちを見つけました」
『それは嫌な話ね』
私はカイラがセラフィナへ視線を移すのを見た。
『それから、まだお会いしたことのない方が一人いらっしゃるようね』
セラフィナが少し背筋を伸ばした。
「セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコンです。今回の検証に協力していただき、ありがとうございます、ドラヴェンさん」
カイラは一瞬驚いたようだった。
『ヴェルドラコン帝国の皇女殿下?』
「そのとおりです。ただし、今回の話し合いでは、ASTRAEAの航行責任者であり、あなたの専門的な意見を必要としている者として扱っていただければと思います」
カイラが頷いた。
『分かったわ。それなら、提供されたデータに基づいて話す。あなたの立場を理由に、結論を柔らかく言い換えたりはしないから』
セラフィナが微笑んだ。
「それを望んでいます」
『よし』
カイラは再びヴェスペラを見た。
『それから、一つ確認しておきたいのだけれど。今回の依頼は、私にヴェルドラコン帝国の保安当局を代表する公式声明を出させるものではないわね?』
「そのとおりです。限定的な専門分析の依頼です」
『まだ完全には分からないシルエットだけを見て、アルケイオンの部隊を特定してほしいという話でもない?』
「ええ。身元が未検証の接触反応は、そのまま未検証として扱います」
カイラが満面の笑みを浮かべた。
『よかった。どうやら、まだまともな仕事の仕方をしてるみたいね』
「残念そうですね」とヴェスペラが返した。
『少しだけ。報告書がめちゃくちゃだったら、もっとからかいやすかったのに』
セラフィナが小さく笑った。
私は共有画面を有効にした。
「カイラ、まずは初期接近陣形から始めます」
『どうぞ』
カイラはしばらくの間、口を挟まずに記録を見つめていた。
戦闘ユニットが外側の護衛艦へ向けて移動する場面に差しかかると、彼女は片手を上げた。
『そこで止めて』
私は再生を停止した。
『少し戻して』
記録を巻き戻す。
『今度は四分の一の速度で再生して』
私は指示に従った。
カイラが目を細める。
『……ええ。これが見たかったの』
セラフィナがテーブルへ近づいた。
「何か見つかりましたか?」
『このユニットに注目して』
カイラはマーカーの一つを指さした。
『目の前にいる標的へ、さらに圧力をかけ続ける機会があった。それなのに、ASTRAEAの護衛艦が位置修正を始めた瞬間、進行方向を変えている』
ヴェスペラが頷いた。
「私も、その変化が気になっていました」
『個々の目標を追いかけているだけなら、この機動による直接的な利点は、はっきりしない。でも、護衛艦の進行方向に影響を与えることが目的なら、ずっと筋が通るわ』
セラフィナは記録を見つめた。
「私たちの護衛艦を、特定の方向へ動かそうとしていたのですか?」
『その可能性があるわね。パイロットがどんな指示を受けていたのかまでは断定できないけれど、その行動は、相手が選べる機動を制限しようとする動きと一致している』
カイラは再生を続けるよう求めた。
数秒後、再び停止を指示する。
『ほら。二機目が別の角度から圧力を維持している』
彼女は共有画面に二本の線を引いた。
『護衛艦が一機目から離れようとすれば、二機目の脅威となる経路へ近づいてしまう。今の位置を維持しようとすれば、ASTRAEAを守るために動ける範囲が、どんどん狭くなる』
ヴェスペラが腕を組んだ。
「迎撃陣形ですね」
『少なくとも、それに近い行動パターンよ』
カイラは次の場面を拡大した。
『使う言葉には慎重になりたいわね。今見ているのは、各自がただ射撃機会を探しているだけのパイロット集団ではなさそうよ。複数のユニットが互いの役割を理解し、機動のタイミングを合わせていたことを示す兆候がある』
セラフィナが尋ねた。
「それは、事前に一緒に訓練していたということでしょうか?」
『規律と連携の様子からは、準備されていた可能性や、共有された作戦手順を理解していた可能性が考えられるわ。でも、この記録だけで、どれくらいの期間訓練していたのかまでは言えない』
「分かりました」
カイラが小さく微笑んだ。
『いい質問ね。分からないところがあったら、遠慮なく聞いて』
彼女は再びデータへ目を向けた。
『次は、ASTRAEAの通信に障害が出始めた順序を見せて』
私は再生位置を変更した。
カイラは、その障害と攻撃側の各ユニットの航跡変化との関係を注意深く観察した。
表情がさらに真剣になる。
『……なるほどね』
「どう思いますか?」とヴェスペラが尋ねた。
『これを、普通の略奪作戦とは呼ばないわ』
セラフィナが顔を上げた。
カイラは続けた。
『単に貴重品を狙う攻撃者なら、貨物をどう奪うか、あるいは艦をどう制圧するかも考える必要がある。でも、あなたたちが見せてくれたパターンでは、通信、機動能力、護衛陣形に対して、組織的な圧力がかけられている』
「その行動を説明できるような貨物引き渡しの要求も、受け取っていません」とセラフィナが言った。
『それも記録すべきね。ただし、要求がなかったことだけを、動機を証明する唯一の根拠にしてはいけないわ』
カイラは一連のマーカーを指さした。
『このデータから私が言えるのは、攻撃ユニットには、組織的な軍事作戦に一致する連携、役割分担、そして機動上の規律が見られるということよ』
ヴェスペラが頷いた。
「私たちの結論とも一致しています」
『もう一つ、付け加えたいことがあるわ』
カイラは一機の航跡を拡大した。
『彼らは必ずしも、最も近い標的を破壊する機会ばかり追っていたわけじゃない。いくつかの機動は、ASTRAEAと護衛部隊の位置を制御することが目的だったと考えたほうが、合理的なの』
セラフィナは長い間、画面を見つめていた。
そして、小さな声で言った。
「つまり、最初から私たちを無作為な標的として扱っていたわけではないのですね」
カイラはすぐには答えなかった。
『彼らの行動が、明確な方向性を持った作戦パターンに従っていたことを示す、有力な兆候はあるわ。ただし、なぜASTRAEAが選ばれたのかについては、まだ追加の証拠が必要よ』
「分かっています」
セラフィナが息を吸った。
「データが裏付けている範囲を超えて、答えを出さずにいてくれて、ありがとうございます」
『それが私の仕事だから』
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
形成され始めた結論を、私は好ましく思っていなかった。
けれど初めて、その不快感を理由に報告書を閉じようとは思わなかった。
カイラとヴェスペラは、アルケイオンの行動には検証可能なパターンがあることを示してくれた。
二人のほうが戦闘経験に優れているからという理由だけで、推測を受け入れるよう求めてきたわけではない。
私は再びASTRAEAの記録を見つめた。
「ドラヴェンさん、私たちの護衛艦には、あの迎撃陣形から抜け出す機会があったと思いますか?」
カイラは少し考えた。
『護衛ユニットそれぞれの状態、受け取っていた命令、各段階で発生した損傷の全容が分からない限り、確実な答えは出せないわ』
私は頷いた。
「それなら、今の段階で何を学べるのでしょう?」
『彼らが選べる機動が、いつから狭まり始めたのか。いつ連携を失ったのか。そして、その状況に最も大きな影響を与えた敵の行動は何だったのか。それなら調べられるわ。単に、もっと速く動くべきだったと結論づけるより、はるかに役立つはずよ』
私は、星崎艦長との会話を思い出した。
結果を知ったあとで、誰もが最初から何が起こるか分かっているべきだった、なんて考え方をするべきじゃない。
私はゆっくりと息を吐いた。
「分かりました。その検証をお願いしたいと思います」
ヴェスペラが頷いた。
「分析項目に追加できます」
カイラが画面越しに私を見た。
『殿下、陣形の分析とは別に、一つ意見を言ってもいいかしら?』
「どうぞ」
『今回の報告書を、どの判断が一番責めやすいかを競うためのものにしないで。似たような事件を防ぎたいのなら、システムと出来事の順序を、全体として調べるべきよ』
私は少し黙った。
「その助言、受け入れます」
カイラが微笑んだ。
『よかった』
私はヴェスペラを見つめた。
「皆さんが彼女へ協力を求めた理由が、ますます分かってきました」
ヴェスペラは満足そうだった。
「カイラは、戦術の選択についてレアと議論していないときなら、とても仕事のしやすい相手ですから」
『ちょっと。聞こえてるわよ』
「聞こえるように言いましたから」
私は笑った。
カイラが首を横に振った。
『この件が終わったら、レアの戦闘報告も見せてほしいって伝えておいて。ヴァルキリーでまた戦闘に参加したと聞いたわ』
「伝えておきます」とヴェスペラが答えた。
『それから、突然の模擬戦の挑戦に発展させたりしないでね』
『約束はしないわ』
短いやり取りのおかげで、場の空気が少し和らいだ。
しかし、カイラが再び記録へ目を向けると、その表情はすぐに専門家のものへ戻った。
『まだ、一つ気になっている部分があるの』
ヴェスペラが振り向いた。
「どこですか?」
『ASTRAEAの通信が途絶えた時刻と、複数の迎撃ユニットが位置を変更した時刻の関係よ。もし通信障害が護衛部隊の連携へ実際に影響していたのなら、攻撃側がその結果を事前に予測していたかどうか、調べる必要があるわ』
ヴェスペラが答えるより先に、セラフィエルが口を開いた。
「現存するデータを使って、交差検証を行います」
カイラが頷いた。
『お願い。同じチャンネルを通じて結果を送って。そちらの艦のシステムへ直接アクセスする必要はないから』
「もちろん、そのようなアクセスを与えるつもりはありませんよ」とセラフィエルが微笑んで答えた。
『知ってるわ。念のため、あなたが気前よくなりすぎていないか確認しただけ』
「今日は皆さん、私をからかうのが楽しいようですね」
『それは、私たちがあなたをよく知っているからよ』
私は彼女たちの会話を眺めた。
同じ職場で働いているからというだけではなく、専門的な仕事を通じた経験によって築かれた信頼が、そこにはあった。
カイラはASTRAEONにはいない。
それでも、私たちだけではまだ解明できなかったことを理解するために、協力してもらうことができる。
この艦の中核乗員六人が、知人を全員自分たちの常勤の部下として抱え込まなくても、これほど多くの仕事を遂行できる理由が、少しずつ分かってきた気がした。
### 視点:セラフィエル・ヴェロリア
カイラが初期評価を終えたあと、私は分析結果を独立した添付資料として保存した。
身元が未検証の接触反応について、その識別情報を変更したものはない。
推測だけを根拠に、動機を確定したものもない。
そして、ASTRAEONの秘匿情報を外部へ開示した事実もなかった。
「ありがとう、カイラ。あなたの意見は、今後の検証にも役立ちます」
『どういたしまして。共有の許可が下りた追加記録があれば、同じ手順で送ってちょうだい』
「もちろんです」
『それから、セラフィエル?』
「はい?」
『陣形の全体像が分かってきたからって、紬がアルケイオン艦隊を追いかけるなんて言い出さないようにしてね』
ヴェスペラが小さく笑った。
「彼はそんなことをしないと思いますよ」
私は微笑んだ。
「作戦上の決定権は、引き続き紬にあります。ただし、私たちの優先事項は変わっていません」
『よかった。それじゃあ、またね』
専門通信が終了した。
私は外部チャンネルを閉じ、分析テーブルを内部環境へ戻した。
セラフィナは、まだ私たちがまとめた概要を見つめていた。
「この報告を紬へ転送する前に、ASTRAEA側から何か追記したいことはありますか?」と私は尋ねた。
「ミレルと照合してから記載したいことが、いくつかあります。出来事の順序をすべて自分の記憶だけに頼って説明するのは、避けたいのです」
「適切な判断です」
ヴェスペラが発見事項の一覧を開いた。
「現時点で、報告するに十分な裏付けがある事項は三つです。第一に、アルケイオンの接近には、接触反応同士の連携が見られたこと。第二に、ASTRAEAの通信能力と機動能力に対する初期攻撃が、護衛陣形の状況変化と関係していること。第三に、攻撃ユニットのいくつかは、単に最も近い標的を撃つのではなく、相手の機動を制限する役割を果たしていたと考えられることです」
「そして、彼らの動機はまだ分かっていない」とセラフィナが付け加えた。
「そのとおりです」
私は概要を紬へ送信した。
ほどなくして、内部通信への応答があった。
テーブルの端末に、彼の顔が現れる。
『検証の結果はどうだった?』
「初期分析は完了しました、紬。ヴェスペラとカイラは、迎撃パターンに軍事的な連携の兆候を確認しています。複数の攻撃行動は、攻撃側がASTRAEAを護衛部隊の防護から切り離そうとしていた、という仮説を裏付けています」
紬は表示を見つめた。
『どうしてそんなことをしたのかは分かった?』
「まだです」
『誰が命令したのかは?』
「未検証です」
『だったら、分かってるような書き方はしないでくれ』
「すでに確認しています」
彼が頷いた。
『外の状況は?』
ヴェスペラが答えた。
「残存するアルケイオンの接触反応は、引き続き監視中です。まだ、この宙域が完全に安全だと判断できる根拠はありません。カリスタも、ASTRAEAの曳航について最終承認を出していません」
『了解』
紬は報告書の別の項目へ目を通した。
『元の証拠は、ちゃんと保存しておいてくれ。センサー記録と再構成結果、それからカイラの専門的な意見は別々にしておいてほしい。あとになって、全部同じ情報源から出たものだと思われたら困るからな』
「承知しました」と私は答えた。
『それから、アルケイオン艦隊を追いかけるつもりはない』
セラフィナが顔を上げた。
紬は、はっきりとした口調で続けた。
『俺たちは報復作戦をしているわけじゃない。ASTRAEONには守らなきゃいけない生存者がいる。可能なら安全を確保したいASTRAEAもある。それに、タラリス国境兵站補給拠点へ届けなきゃいけない、C-145-MCの貨物群が七つもあるんだ』
ヴェスペラが頷いた。
「条件付きの出航経路を維持します」
『頼む。アルケイオンがまた脅威を向けてきたら、そのときの状況に応じて対処する。でも、早く答えを知りたいってだけで、あいつらを追いかけ回すつもりはないよ』
セラフィナは彼を見つめた。
「星崎艦長、その判断に感謝します」
『助けたばかりの人たちを、この調査のために危険に晒したくはありませんから、殿下』
彼女が小さく微笑んだ。
「分かっています」
それから紬は、ヴェスペラをちらりと見た。
『ところで、カイラとの話はどうだった?』
「非常に助かりました。彼女からは、レアの戦闘報告も見たいと頼まれています」
『ああ……』
紬の表情が少し変わった。
『こんなに仕事が残ってるのに、二人で模擬戦の計画なんて立て始めないといいんだけど』
ヴェスペラが笑った。
「二人に代わって、何かを約束したわけではありませんから」
『そこが余計に心配なんだよ』
私も微笑んだ。
ほんの一瞬、戦術分析室が普段の私たちの仕事場に戻ったように感じられた。
しかし、紬が通信を終了すると、私はまだ開いたままの記録へ再び目を向けた。
処理を終えていない部分が、一つ残っている。
ASTRAEAのセンサーデータから取得された通信の断片だ。
内容の一部は破損している。戦闘中の妨害により、いくつかの断片は完全な文章として復元できなかった。
私は以前、それらを分析するには不鮮明すぎる証拠として分類していた。
しかし、ヴェスペラとカイラが迎撃パターンを特定したことで、その時刻の順序を改めて調べる意味が生まれていた。
「ヴェスペラ、少し待ってください」
彼女が振り向いた。
「どうしました?」
「未分類の通信断片と、迎撃ユニットの位置変更との間に、時刻の一致が見つかりました」
セラフィナが再びテーブルへ近づいた。
「ASTRAEAからの通信ですか?」
「ASTRAEAのセンサーが捕捉した記録です。送信元については、まだ検証する必要があります」
私は、その断片を独立した分析環境で開いた。
雑音が聞こえる。
続いて、限定的な再構成によって得られた、いくつかの発話の断片が現れた。
欠けている部分を、推測した言葉で埋めることはしなかった。
通信断片 — 部分書き起こし
……位置を維持しろ……
……主艦……
……当初の目的地点へ到達させるな……
……確認……
記録が終了した。
部屋が静まり返った。
ヴェスペラはタイムスタンプを見つめた。
「もう一度、再生してください」
私は指示に従った。
今度は、セラフィナも画面から視線を逸らさなかった。
「当初の目的地点……」と彼女が呟いた。
私は再生を終了し、すぐにその断片へ識別表示を付けた。
「命令を下した人物の身元も、発言の前後関係も、まだ判明していません」と私は言った。「ただし、復元に成功した部分には、主艦が当初の目的地点へ到達しないよう確実に阻止せよ、という指示が含まれています」
ヴェスペラは、航路変更前のASTRAEAの航跡を見つめた。
「つまり、調べるべきなのは護衛陣形だけではありませんね」
セラフィナがゆっくりと頷いた。
その表情が真剣なものへ変わる。
「彼らがASTRAEAの航行について、何を知っていたのかも調べる必要があります」
私は紬へ通知を送信した。
新たな証拠 — 追加検証が必要。
アルケイオンが、なぜヴェルドラコン帝国皇女の艦を攻撃したのか。
その理由は、今も分かっていない。
しかし、この断片によって、一つの問いを無視することが、はるかに難しくなった。
彼らは単に、ASTRAEAを旅の途中で止めたかっただけなのだろうか。
それとも、あの艦が本来の目的地へ決して辿り着けないようにと、最初から何者かが命じていたのだろうか。
【次話予告・第168話】
「同行の条件」
同行の条件――セラフィナは、安全な地点へ到達し、帝国との通信を回復できるまで、ASTRAEONへの同行を継続したいと正式に申し出る。ランは暫定的な乗客資格の制限について説明し、紬はその決定によって、自艦の指揮権や契約上の義務が変わることのないよう確認しなければならない。




