【第165話】「壊れた銀燈」
【第165話】「壊れた銀燈」
ヴェルドラコン出航から29日目 — 艦内標準時 01:46~02:38 場所:ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN、ASTRAEON VELORIA技術管制室、観察室、および指揮デッキ 視点:カリスタ・フェロ → セラフィエル・ヴェロリア → セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → ヴェスペラ・ノクス・オーレル
### 視点:カリスタ・フェロ
「駄目だ。軍用兵器の直撃を受ける前に作られた設計図だけを根拠に、この艦の曳航を承認するつもりはないよ」
あたしはASTRAEA OF THE SILVER LANTERNの三次元断面図を拡大した。
目の前には、全長1,240メートルの帝国皇室専用ヨットが、いくつもの構造層に分解された状態で表示されている。点検済みの箇所には実際の状態に基づく識別表示が付けられ、まだ到達できていない区画には推定データが使用されていた。
ASTRAEAは今も、ASTRAEON VELORIAの近くにある、あたしたちが確保している作戦宙域に留まっている。
私用の宇宙ヨットとして見れば、ASTRAEAは大型の部類に入る。上級貴族が所有する艦の中でも、その外装設計と設備には、利用する一族の地位がはっきりと表れていた。
ただ、全長8,600メートルのASTRAEONと比べると、まるで母艦のそばで救助を待つ小型宇宙船のように見える。
残念なことに、サイズが小さいからといって、修理まで簡単になるわけじゃない。
『カリスタ、現存するデータはすべて送信しました』と、ASTRAEAの技術主任が安全通信越しに告げた。『損傷記録の一部は、主ネットワークから復元できません』
「確認してる。出航前の電力網の配置図は残ってるか?」
『あります。ただし、攻撃中に緊急接続の一部が変更されています』
「誰が変更した?」
『本艦のダメージコントロール班です。医療区画と避難経路への電力供給を維持しようとしていました』
あたしは頷いた。
「妥当な判断だ。あたしの点検が終わるまで、その接続を元の構成へ戻そうとするなよ。停止してるように見える部分が、実は別の経路からの電力負荷を受け持ってる可能性もある」
『了解しました』
あたしは表示をASTRAEAの後部へ移動させた。
最悪の問題があるのは、そこだった。
主エンジン二基は、外側から部品をいくつか交換するだけでは到底対処できないほどの損傷を受けている。周辺の支持構造の一部にも、通常の運用条件を大幅に超える荷重がかかっていた。
もし今でも、ASTRAEAがエンジンを始動させて、何事もなかったかのようにASTRAEONのあとを飛んでこられると期待している人間がいるなら、その期待はさっさと捨てたほうがいい。
「セラフィエル、後部側のドローンによるマッピング結果を表示してくれ」
『はい、カリスタ』
技術モデルの隣に、実際の船体映像が現れた。
あたしは目を細めた。
「……ほら、問題はここだ」
『何か見つかったのですか?』とASTRAEAの技術員が尋ねた。
「主エンジン付近の支持構造の損傷が、そちらの初期報告より広範囲に及んでる。前の点検を責めてるわけじゃないぞ。艦内からじゃ、外部スキャンを使わない限り見つけにくい亀裂もあるからな」
あたしは三か所に印を付けた。
「ここ、ここ、それから左側の構造接合部に近い箇所。この三か所は、追加点検が完了するまで、曳航荷重を受けるには危険な部分として扱ってくれ」
『標準の移送用フックを使用することも検討していたのですが……』
「やめとけ。標準フックは、主要構造がまだ安全基準を満たしている艦のために設計されたものだ。今のASTRAEAは標準状態の艦じゃない」
通信の向こうで、技術員が黙り込んだ。
別に、嫌な思いをさせたいわけじゃない。
ただ、今ここで耳の痛い説明を聞くほうが、Vector Caliperが曳航を始めた途端、自分たちの艦の後部がもげる光景を目撃するよりは、ずっとましだろう。
あたしは機動システムへ表示を切り替えた。
姿勢修正用スラスターのいくつかは、まだ診断応答を返している。しかし、一部のユニットへ繋がる電力分配網は損傷しており、制御装置の中には、戦闘中の衝撃と障害を受けたあと、信頼できる較正データが残っていないものもあった。
「側面区画の機動スラスターは起動禁止だ」とあたしは言った。「外部の保持装置が作動してる最中に、そっちの艦が勝手に位置を自動修正しようとしたら困る」
『艦首スラスターはどうでしょう?』
「まだ許可してない。応答があるからといって、実際の推力方向が命令どおりになってる証拠にはならないからな」
次に、船体防護の項目を確認した。
ASTRAEAには、帝国皇室専用ヨットにふさわしい防御設計が施されている。とはいえ、複数の防護層は、本来の構造的な圧力保持能力を失っていた。一部のシールドユニットは電力供給を失って作動せず、外装パネルのいくつかにも支持部の損傷が確認できる。
『予備電力をすべて船体防護へ回せば、あるいは――』
「それもやめろ」
あたしはモデル上の色分けされたラインを指さした。
「その予備電力の一部は、まだ完全に退避が済んでいない区画の環境維持に使ってるだろ。点検すら終わってない防御システムを起動できるかもしれないってだけで、中に残ってるかもしれない人間の安全を犠牲にはしない」
『……了解しました』
あたしはため息を吐いた。
「いいか。ASTRAEAが受けてるのは、普通の造船所で行うような定期点検じゃない。安全な場所へ移動させる前に、この損傷艦がこれ以上壊れないことを確認しようとしてるんだ。修理とは別の仕事だよ」
あたしは点検の概要を作成した。
ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN — 初期技術報告書
| 構成要素 | 確認結果 |
| --------- | ----------------------- |
| 主エンジン二基 | 深刻な損傷。運用不可 |
| 機動システム | 一部応答あり。起動はまだ危険 |
| 電力分配網 | 複数の経路が断線し、暫定的に迂回接続されている |
| 船体防護 | 複数区画および支持構造に損傷あり |
| 防御システム | 損傷と電力障害により、一部機能が使用不能 |
| 標準曳航用接続箇所 | 安全要件をまだ満たしていない |
| 避難状況 | 人員の照合と区画の確認が継続中 |
| 移動の可否 | 構造の安全確保と技術部門の最終承認が必要 |
あたしは報告書をもう一度読み直してから、閲覧範囲を制限した写しをセラフィエル、ヴェスペラ、紬へ送信した。
それから、わざと大文字で注意書きを追加した。
技術部門の承認なくASTRAEAの推進システムを起動することを禁止する。
『カリスタ』とセラフィエルが呼びかけた。『Vector Caliperの支援があれば、あの艦を移動させることは可能だと思いますか?』
「可能性はある。ただし、荷重分布を新しく組み直さなきゃならない。ASTRAEAを、単に燃料切れを起こしただけの艦みたいには扱えないよ」
『曳航の状況は、引き続き承認待ちとしておきます』
「よし。それから紬に伝えといてくれ。応急修理をしたからって、主エンジン二基が動くようになるわけじゃないってな」
『彼なら、もう理解していると思いますよ』
「もう一度伝えろ。格納庫へ入れたばかりの艦が、どうしてまだ自力で飛べないんだなんて聞かれたくないんだ」
通信から小さな笑い声が聞こえた。
『分かりました』
あたしはASTRAEAのモデルへ目を戻した。
できることなら、さっさとあの艦を格納庫へ運び込み、損傷したパネルを全部取り外して、あらゆる接続箇所の状態を完全に理解できるまで分解してしまいたい。
そんな気持ちも、ないわけじゃない。
ただ、技術者の欲求が、必ずしも最も安全な判断と一致するとは限らない。
ASTRAEAには、まだ所有者も、責任を負う人員も、ヴェルドラコン帝国の権限下に置かれたシステムも存在する。
そしてASTRAEON自身も、C-145-MCの契約に基づいて配送しなければならない七つの貨物群を積んでいる。
面白そうな仕事を見つけたからといって、どちらかを忘れるわけにはいかなかった。
「セラフィエル、構造の安全確保に必要な資材を洗い出してくれ。応急作業用として確保してある技術資材の在庫を使うんだ。契約貨物のコンテナには触るなよ」
『了解しました』
あたしは顎をさすった。
「さて。それじゃあ、この艦をこれ以上短くせずに移動させる方法を考えようか」
次の点検を始めて間もなく、作業端末に通知が現れた。
送信者はセラフィエルではない。
MCV-01 VECTOR CALIPER — AUTONOMOUS OPERATIONAL REPORT
あたしは眉を上げた。
「おや? 今度は何だ?」
認証済みの内部チャンネルを通じて、Vector Caliper自身のAIの声が聞こえてきた。
『カリスタ・フェロ。戦闘後の回収物の保全に関する追加報告がございます』
「今は仕事中だ。弾薬の消費報告なら、先にレアへ送っといてくれ」
『違います。本報告は、Vector Caliperの格納庫内にある保管区域へ移送された、複数の小型宇宙機および構成部品に関するものです』
あたしの手が止まった。
「……最後の部分をもう一度言ってくれ」
『戦闘宙域から回収された複数のユニットが初期検査を通過し、Vector Caliperの格納庫内にある利用可能な保管区画へ移送されました』
あたしは添付資料を開いた。
最初の画面には、先ほどまでの作戦区域から回収された小型宇宙機数機と、大型の構造破片が映し出されていた。
徹底的な作業を行わなければ、二度と飛べないであろうものもある。ただし、主要構造が十分に残っていて、点検できそうな機体も存在した。
あたしは、その一機をすぐに拡大した。
「待てよ。このユニット、主胴体の一部と制御モジュールが、まだ無傷に見えるぞ」
『そのとおりです。ただし、内部状態はまだ完全には検証されていません。危険性のあるシステムは、初期保全のために無効化されています』
「各ユニットの出所は、全部記録してあるか?」
『記録済みです。回収記録、発見位置、発見時の状態、および安全点検の結果を保存しています。攻撃事件との関連性が疑われるユニットには、許可が下りるまで変更を加えないよう、識別表示を付与しています』
あたしは背もたれに身体を預けた。
よし。
少なくとも、このAIは戦場から物を拾ってきて、中古品市場から帰ったみたいに格納庫へ放り込んでいるわけじゃないらしい。
「生存者の反応はあったか?」
『移送したすべてのユニットについて、保全前に内部の人員の有無を確認しています。本報告に記載されたユニット内に、生存者は発見されていません。ただし、いかなる分解作業を行う場合も、事前に追加点検が必要です』
あたしは頷いた。
真っ先に確認しておきたかったのは、その点だった。
「所有権と証拠品としての分類は?」
『すべての判断が完了したわけではありません。本報告は、保全措置と初期インベントリに関する通知であり、分解許可ではありません』
あたしは満面の笑みを浮かべた。
「なかなか賢いじゃないか」
『ありがとうございます』
あたしは宇宙機の一機のモデルを回転させた。
技術者にとって、こういうものを見るのは、調べられる部分がまだ十分に残っている謎の箱を見つけるようなものだ。
もし本当に、あたしが普段扱っている設計とは異なる生産系列の機体なら、ASTRAEONの技術を持ち込まずに、向こうの工学的な設計思想を学べるかもしれない。
もちろん、それが許されるのは物品の扱いが明確になってからだ。
「Vector Caliper、インベントリを別々にまとめてセラフィエルとランへ送ってくれ。戦闘の証拠品に当たるものは、現状変更禁止にしておきたい。それ以外のユニットも、法的確認と安全点検が済むまでは分解禁止だ」
『指示を受領しました』
「今のところは、全部適切に保全しておいてくれ。完全に停止したと確認できていない電源モジュールがあるなら、専用の手順を踏まずに整備ドローンを近づけるなよ」
『すでに適用済みです』
あたしは、まだ十分に構造が残っている宇宙機の画像を見つめた。
「ただ、もしあとで何機か分解してもいいってことになったら……」
くつくつと笑いが漏れる。
「少なくとも、今夜は悪い知らせばかりじゃなかったってわけだ」
『カリスタ・フェロ。これらのユニットを復旧作業一覧へ追加しますか?』
「まだいい。今はASTRAEAが優先だ」
あたしは添付資料を閉じ、端末の端に小さなリマインダーだけを残した。
「それから、あたしが新しいおもちゃを見つけたなんて、紬には言うなよ」
『そのご要望は、艦長への報告義務に優先することはできません』
あたしは舌打ちした。
「本当に、よく教育された艦だよ」
### 視点:セラフィエル・ヴェロリア
私は、カリスタの報告書とVector Caliperからの更新情報を同時に受信した。
その二つの仕事には、一つだけ共通点があった。
技術的に実行可能なことと、法的・安全上の理由から実行を許されていることを、明確に区別しなければならないという点だ。
ASTRAEAには救助が必要だった。
Vector Caliperが保全したユニットにも、証拠品、回収資材、あるいは技術調査の対象としての価値があるかもしれない。
ただし、何かがASTRAEONの格納庫内に存在しているからといって、私たちがそれを自由に扱う権利まで、自動的に得られるわけではない。
私は二つの報告書を分離してから、紬へ連絡した。
「紬、カリスタがASTRAEAの初期技術点検を完了しました。結論として、あの艦は主エンジンを使用できません。曳航の可否を判断する前に、構造の安全確保が必要です」
『分かった。急がなくていい。避難の進捗は?』
「ASTRAEAの人員と協力しながら、到達可能な最後の区画の確認を進めています。生存者一覧はまだ締め切っていませんし、艦内の全区画が無人になったとも判断していません」
『了解』
「それから、Vector Caliperから追加報告があります。複数の宇宙機と構成部品を格納庫内に保全したそうです。カリスタは、技術作業を始める前に、証拠品のインベントリを分離するよう求めています」
『えっ? Vector Caliperが戦場から何か持って帰ってきたのか?』
私は微笑んだ。
「レアは運用報告の概要を受け取っています。詳細な報告書も、艦の記録に登録しておきます」
『格納庫で危険物が突然起動したりしないなら、あとで調べるのは構わないよ。でも、形が面白そうだからって、カリスタが勝手に分解し始めないよう注意しておいてくれ』
「彼女のほうから、先に法的な確認を求めていますよ」
『……うわ。それは本気で興味を持ってるな』
私は小さく笑った。
通信を終えたあと、ASTRAEAの点検報告書の写しを、認可済みのゲスト用端末を通じてセラフィナへ送信した。
ほどなくして、彼女から結果について直接話したいという申し出が届いた。
私は観察室へ向かった。
彼女の目の前では、ASTRAEAの三次元画像がゆっくりと回転していた。いくつかの区画には、宇宙船の工学知識がなくても理解できるよう簡略化した技術的な説明を付けてある。
セラフィナは自艦の後部をしばらく見つめてから、口を開いた。
「やはり、主エンジン二基はもう使えないのですね」
「はい。カリスタは、まだその運用を認められないと判断しています。発見された損傷は、軽微な故障として対処できるものではありません」
「機動システムはどうですか?」
「一部のユニットは、今も診断応答を返しています。ただし、応答があるからといって、ASTRAEAが安全に動けるという保証にはなりません。まずは電力網と支持構造の安全を確保する必要があります」
セラフィナが頷いた。
彼女は、もっと聞こえのよい言葉で説明し直してほしいとは言わなかった。
「それなら、応急修理の目的は、移動できる程度まで安全性を確保することなのですね?」
「それが現在の目標です。安全確保に必要な一部のシステムについては、限定的な機能回復が可能かもしれません。しかし、完全復旧は別の作業です」
彼女が私を見た。
「セラフィエル、一つ尋ねてもいいですか?」
「もちろんです、殿下」
「ASTRAEON VELORIAの修理用格納庫は……本当は、ASTRAEAを再び使用できる状態まで修理する能力があるのですか?」
当然の質問だった。
彼女が父親と祖父から贈られた艦のことを考えているのは、分かっている。
そして、半分だけ正しい答えを返せば、誤った希望を抱かせてしまうことも理解していた。
「施設の能力という点では、ASTRAEONには応急的な安全確保よりも、はるかに複雑な作業に対応できる設備があります」と私は答えた。「ただし、ASTRAEAの完全復旧について話し合う前に、知っておいてほしいシステム上の制限があります」
「システム上の制限?」
「はい」
私は表示を切り替え、外部の艦を扱う際の手順を簡略化した図を映し出した。
「救助、安定化、限定的な点検、そして秘匿技術を開示しない修理については、施設の使用を認めることができます。しかし、ASTRAEONの内部セキュリティシステムは、私たちの秘密技術を使用して外部の艦を改造することを、自動的には許可しません」
セラフィナの表情が真剣になった。
「星崎艦長が承認した場合でも?」
「紬が承認した場合でも、です」
私は、その答えを理解してもらうために少し間を置いた。
「多くの運用上の決定には、艦長の承認が必要です。しかし、それらの決定も、ASTRAEONのエコシステムに適用されている技術保安上の制限に従わなければなりません。所有者がより優れた修理を求めたからといって、私たちの秘匿された製造工程、素材、装置、設計を外部の艦へ開放することはありません」
「技術が流出することを懸念しているのですか?」
「非常に強く懸念しています」
私はASTRAEAの画像を表示し、その隣に保安上の注意を示す記号を配置した。
「仮に、ASTRAEAの一部のシステムを、ASTRAEONの内部技術から生まれた装置へ交換したとしましょう。あなたの艦は、当初の仕様をはるかに上回る性能を獲得するかもしれません。しかし、ASTRAEAがヴェルドラコン帝国の領域へ戻ったあと、その装置を点検し、整備し、分解し、研究する権利を持つのは誰でしょうか?」
セラフィナはすぐには答えなかった。
「帝国の技術員たちです」と、やがて彼女は言った。「作業の種類によっては、皇室資産を扱う認可を受けた正式な造船所も含まれます」
「そのとおりです。では、その中の誰かが、既知の技術標準では製造できないものを発見したら、どうなるでしょう?」
彼女は画像を見つめた。
「調査を始めるでしょう」
「そして、その情報が調達網に影響力を持つ腐敗した貴族や、正式に登録された造船企業でありながら新技術の独占を狙う会社へ渡ってしまったら?」
セラフィナが眉をひそめた。
私は落ち着いた声で続けた。
「企業が正式な登録を受けているからといって、その経営に関わるすべての人間が公共の利益のために行動する保証はありません。装置を分解・研究し、私たちが許可していない製品の製造に利用する危険があります」
「研究成果を売ろうとするかもしれませんね」
「はい。それも、ヴェルドラコン帝国内だけとは限りません。その技術のリバースエンジニアリングに成功した場合、あるいはASTRAEONの能力について、何らかの手掛かりを得ただけでも、それを手に入れた勢力が銀河の別の地域へ売買しようとする可能性があります」
セラフィナは両腕を組んだ。
「そして、遅れを取ったと感じる軍事勢力は、同じような技術を手に入れようとするでしょう」
私は頷いた。
「それこそ、私たちが最も懸念していることの一つです。戦略技術の取引は、必ずしも商業上の問題だけでは終わりません。誰かが決定的な優位性を手に入れたと別の勢力が考えたとき、独占を巡る争い、政治的圧力、産業スパイ、軍拡競争、さらには戦争へと発展する可能性もあります」
私はASTRAEAの損傷した船体部分を拡大した。
「帝国の技術員や正式な企業が、皆そのようなことをすると言っているわけではありません。ただ、将来あなたの艦に触れるすべての関係者が、必ず誠実に行動してくれるだろうという希望だけを根拠に、ASTRAEONの安全を賭ける理由が、私にはないのです」
セラフィナが息を吐いた。
「つまり、私自身を信頼していても、ASTRAEAが帰還したあとに何が起こるかまでは保証できない、ということですね」
「そのとおりです」
彼女は黙り込んだ。
私は、考える時間を与えることにした。
深刻な損傷を受けた艦の所有者へ、このような制限を説明するのは簡単ではない。
ASTRAEONなら全部直せると言って、施設をそのまま稼働させたほうが、ずっと話は早かっただろう。
しかし、その決定がもたらす結果は、私たちがASTRAEAと別れたあとも、長くあの艦に付きまとうかもしれない。
「ヴェスペラさんの私用機が、めったに使われないのも、そのためですか?」とセラフィナが突然尋ねた。
私は小さく微笑んだ。
「覚えていたんですね?」
「ASTRAEAの保管計画について話していたとき、隣接する格納庫の区画説明が少し見えました。彼女の宇宙機は……普通に見えました。少なくとも外観は」
「そう見えるよう、意図的に設計されているんです」
私は内部システムの詳細を開示しない範囲で、ヴェスペラの私用機の外観図を表示した。
一見しただけでは、特殊な戦闘ユニットだとすぐに思われるような、目立つ外観ではない。
「ヴェスペラの機体は、私用の宇宙機として利用できるように設計されています。ただし、設計の基盤には、乗員と機体自身を守るための防御構成や戦闘能力を組み込める余地があります」
セラフィナは興味を示した。
「では、普通の宇宙機に偽装した軍用機なのですか?」
「外見だけでは、その防護能力を判断できない機体だ、と表現するほうが適切ですね」
私はいくつかのデータ層を閉じてから、説明を続けた。
「技術面でも内部的な改良が重ねられており、私たちが比較対象として把握している、銀河のあらゆる既知の技術標準よりも二段階上に位置しています。だからこそ、外部の造船所へ気軽に持ち込める宇宙機としては扱っていません」
「二段階も……?」
「内部的な分類です。設計の詳細は開示できません」
セラフィナがゆっくりと頷いた。
「分かりました」
「ヴェスペラには、実際に使用可能な私用機があります。しかし、飛行するたびに損傷や整備の必要性が生じたり、外部の検査を受けたり、特定の状況下で差し押さえられたり、事件が発生した際に装置の開示を義務づけられたりする可能性があります。物理的にアクセスできる関係者が増えるほど、機密を維持することは難しくなります」
「だから、ほとんど格納庫から出さないのですね」
「そのとおりです。ASTRAEONの管理外にある造船所で点検を受けなければならない状況になるよりも、格納庫に保管しておくほうが、はるかに安全に守れますから」
セラフィナは再びASTRAEAへ目を向けた。
彼女が何を考えているのか、もう想像がついていた。
「ヴェスペラさん自身の機体でさえ、そこまで慎重に扱うのなら、同じ技術をASTRAEAへ持ち込むのは、さらに危険ですね」
「まさにそのとおりです。ASTRAEAには、異なる歴史と身元、そして事務上の利害関係があります。今日、あなたの一族の艦を救った結果、将来その艦が技術争奪の標的になってしまうような事態は避けたいのです」
彼女は少しの間、目を閉じた。
再び目を開いたとき、その表情には先ほどよりも強い決意が宿っていた。
「それなら、その制限を破らずに、皆さんができることは何でしょうか?」
私は、初期協議用として承認済みの一覧を表示した。
「構造の安全確保、必要な電力網の安定化、危険なシステムの無効化、格納庫への移送準備については支援できます。安全な場所へ収容したあと、カリスタがさらに詳しく損傷を調べ、保安上の制限に抵触しない技術と資材で実施可能な作業を判断します」
「ASTRAEAにもともと適合する標準の交換部品を使用することも含まれますか?」
「部品が入手可能で、技術的に適合し、所有者の許可が得られるのであれば、可能です。ただし、それを完全復旧の約束だとは考えないでください」
「違いは理解しています」
私は微笑んだ。
「もう一つあります。ASTRAEONの修理用格納庫は、ASTRAEAの全乗員へ自由に開放する区域にはなりません。作業と安全上の必要に応じて、アクセス権を付与します。施設そのものや、周辺に保管されているほかの宇宙機を、自由に観察することは許可できません」
セラフィナは異議を唱えずに頷いた。
「その制限も受け入れます。私の乗員にも、ヴェスペラさんの私用機や星崎艦長の施設を調べる理由などありません」
「ありがとうございます」
「ただし、ASTRAEAのどの部分なら、まだ維持できる可能性があるのか、カリスタから説明を受けたいと思います。損傷がひどいという理由だけで、艦を丸ごと解体してほしくはありません」
「もちろんです。全面的な解体は、これまでに下された決定には含まれていません」
セラフィナは自艦の画像を見つめた。
「ASTRAEAは、今夜中に再び飛べるようにならなくても構いません」
その声は、先ほどよりも静かだった。
「ただ、いつか帰ってこられる可能性だけは、残してあげたいのです」
私は、まだ証明できない約束を返すことを控えた。
「それなら、まずはこれ以上状態を悪化させないことから始めましょう」
彼女が小さく微笑んだ。
「ええ。それで十分、よい第一歩だと思います」
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
主エンジン二基の画像を見たときから、ASTRAEAの損傷が軽いものではないことは理解していた。
しかし、技術的に損傷の程度を理解することと、あの艦がすぐには再び飛べないかもしれないという現実を受け入れることは、まったく別の話だった。
ASTRAEAは、宮廷が私の公務のために用意してくれた、ただの移動手段ではない。
父と祖父は、いつか私が自分自身のものだと思える艦で旅をし、帝国各地を見て、自分の責任を果たせるようにと願って、あの艦を贈ってくれた。
初めて指揮デッキへ足を踏み入れた日のことは、今でも覚えている。
父は、皇室の威光について長々と演説することなどしなかった。
代わりに、艦内で働くことになる人々の名前を覚えるよう、私に言ったのだ。
どれほど巨大な艦であっても、それを率いる者が乗員を単なる装備の一部としか考えていないのなら、何の意味もない。
それが父の教えだった。
そして今、その乗員の何人かは、二度とASTRAEAで任務に就くことはない。
私は椅子の縁に指を押し当てた。
「殿下?」
セラフィエルの声で、私は我に返った。
「ごめんなさい。少し、昔のことを思い出していました」
「構いませんよ」
私は、まだ開かれているASTRAEAの投影図を見つめた。
「カリスタは、どの部分から先に安全を確保すべきか、もう分かっているのですか?」
「構造、電力網、避難経路の状態に基づいて、作業の順序を準備中です。現在もあちらで点検を行っている人々に、新たな危険を生じさせないことが最優先です」
「それなら、私がASTRAEAを早く格納庫へ入れたがっているという理由だけで、作業を急がせないでください」
セラフィエルが頷いた。
「あなたの判断を伝えておきます」
「もう一つあります」
「どうぞ」
「私の称号を理由に、皆さんがすでに危険だと判断した修理を要求するようなことは、乗員たちにもさせたくありません。ASTRAEAの士官の中に異議を唱える者がいたら、私へ連絡するよう伝えてください」
セラフィエルは少しの間、私を見つめた。
「承知しました、殿下」
私はミレルへ連絡した。
通信画面に彼女の顔が現れた。今度は服装が先ほどより整っていたものの、疲労はまだ明らかだった。
『殿下。ASTRAEAについて、何か進展がありましたか?』
「ありました。カリスタが、主エンジン、機動システム、電力網、船体防護に、当初より広範囲の損傷を確認しました。私たちは、艦の推進システムを起動しません」
『了解しました』
「今も点検を支援している技術班にも、その指示を徹底してください。構成を変更する場合は、すべてカリスタとの調整が必要です」
『伝えておきます』
私は息を吸った。
「ミレル、皆が私たちの艦を救いたがっていることは分かっています。私も同じです。でも、ASTRAEAがまだ自力で動けると証明するためだけに、残された人々を危険に晒すつもりはありません」
ミレルが頭を下げた。
『承知しました、殿下』
「人員の搬送状況は?」
『最終的な照合作業は、まだ続いています。以前は到達が困難だった区域のいくつかも、ドローンの支援によって確認できました。ただし、全艦が無人になったと宣言する許可は、まだ出ていません』
「それなら、そのような声明は出さないでください」
『はい』
私は彼女の表情を観察した。
「それから、報告を引き継いだら休みなさい。これは命令です」
ミレルは何か反論しかけた。
私は指を一本立てた。
「今回は、まだ働けるという返答は受け付けません」
彼女はようやく、疲れた笑顔を浮かべた。
『了解しました、殿下』
通信が終了した。
私は少しの間、頭を背もたれに預けた。
再びセラフィエルへ目を向けたとき、ヴェスペラの私用機の技術についての説明を思い出した。
「セラフィエル、もう一つお願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
「今後、ASTRAEAを無事にヴェルドラコン帝国の領域へ帰還させることができた場合、皆さんが行った作業の記録を、修理済みの部分、安全を確保しただけの部分、そして正式な造船所で引き続き対処しなければならない部分とが、明確に区別できるものにしてほしいのです」
セラフィエルが微笑んだ。
「それも、ランからの要求事項の一つです」
私は小さく笑った。
「もちろん、そうですよね。予想しておくべきでした」
「その文書にASTRAEONの秘匿設計を含めることはありません。ただし、ASTRAEAの安全に関係する状態と作業内容は、きちんと記録します」
「よかった。次に点検を担当する技術員が、すべて修理済みだと思ってパネルを開けたら、実際には一時的な支持具を取り付けただけだった、というようなことは避けたいのです」
「カリスタなら、きっとその考えを気に入ると思いますよ」
あのスペースドワーフが鼻を鳴らしながら、そんなことは当然だと言う姿を想像した。
どういうわけか、その光景を思い浮かべると笑みがこぼれた。
ほどなくして、セラフィエルが緊急措置に関する同意書の草案を提示した。
私は注意深く読み進めた。
その文書によって、ASTRAEAの所有権が移転することはない。
ASTRAEONが、私の皇室における身分を根拠として、第三者へ命令を出す権限を得ることもない。
そして、まだ実現できると確定していない完全修理を約束する内容にもなっていなかった。
記載されているのは、技術的な安全確保、必要な追加点検、そしてすべての安全条件が満たされた場合の移動準備を実施するための、限定的な許可だった。
私は今回の航行責任者として与えられた権限の範囲内で、同意を示した。
「これでいいでしょうか」
セラフィエルが結果を確認した。
「同意を受領しました。ランとカリスタへ転送しておきます」
私はもう一度、ASTRAEAの投影図を見つめた。
「星崎艦長にも、危険な修理を無理に進めないという皆さんの判断に、感謝していると伝えてください」
「承知しました」
「それから……すべて説明してくれて、ありがとう」
セラフィエルは静かに首を横に振った。
「ASTRAEAは、あなたのご家族の艦です。承認する前に私たちが何を検討しているのか、理解する権利がありますよ」
私は頷いた。
攻撃が始まってから初めて、ASTRAEAを今すぐ起動させなければ救えないのだという考えに囚われず、あの艦の未来について考えられるようになった気がした。
しばらくの間、飛ぶことを諦めなければならないのかもしれない。
それでも、その現実を受け入れたくないという理由だけで、これ以上人を失わずに済むことのほうが大切だった。
### 視点:ヴェスペラ・ノクス・オーレル
「カリスタ、更新された荷重分布モデルを受け取りました。ただ、このデータを使って経路を組む前に、一つ確認しておきたいことがあります」
私はASTRAEAをVector Caliperの位置と並べて表示した。
指揮デッキの戦場図には、今もいくつかの集団に分かれた残骸が映っている。
残存するアルケイオンの接触反応も、まだすべてが私たちの監視宙域から離れたわけではなかった。
遠ざかりつつあるものもいる。
一方で、依然として、この区域を安全とは呼びたくない位置を維持しているものもあった。
『何を確認したい?』とカリスタが答えた。
「曳航が許可された場合、ASTRAEAはVector Caliperの機動へ受動的に追従するのでしょうか。それとも、ASTRAEA自身のシステムによる姿勢修正が必要ですか?」
『ASTRAEAの推進システムに頼らない構成を組んでるところだ。あの艦のスラスターを、信頼できる要素として計算に入れるなよ』
「よかった。私が期待していた答えです」
『ずいぶん嬉しそうだな』
「途中で失われるかもしれない機動能力を前提に、経路を作成したくありませんから」
カリスタが鼻を鳴らした。
『あたしだってごめんだよ』
私は仮想経路をASTRAEONの修理用格納庫へ向けて移動させた。
初期の曳航計画では、Vector Caliperが主要な支援役を務める。そしてASTRAEAが安全な進入口の境界へ到達したあと、ASTRAEONの格納庫システムが受け入れと安定化を行う構成となっている。
ただし、これらの手順すべてが、カリスタの技術承認に依存していた。
承認済みであることを前提とした計画を、作るわけにはいかない。
「残骸が最も集中している区域を避ける接近経路は見つけました」と私は言った。「ただし、アルケイオンの監視範囲については、引き続き注意を払う必要があります」
『連中がまた撃ってきたら?』
「まだ安全を確保できていない機動は中断し、防護を維持したうえで、次の判断を紬に委ねます。日程を守るためだけに、構造が損傷した艦を曳いたまま急激な針路変更を行うつもりはありません」
『少なくとも、そこは意見が一致してるな』
私はセラフィエルを呼び出した。
「ASTRAEONの運用状況はどうなっていますか?」
『艦のシステムは安定しています。C-145-MCの貨物も安全で、医療施設では引き続き生存者の処置を支援しています』
「今すぐ現場を離れるようにという要請は来ていますか?」
『いいえ。紬からは、まずすべての安全要件を評価するよう指示されています』
私は頷いた。
これで、適切に経路を組み立てるための余裕が得られた。
とはいえ、ASTRAEONをここへ長く留めたいわけでもない。
この宙域では、つい先ほど、アルケイオン銀河連邦の軍事戦力が関わる戦闘が発生したばかりだ。
彼らは、ASTRAEAを攻撃した根拠について、こちらで検証可能な説明をまだ提示していない。残存する接触反応からも、敵対行動の停止は宣言されていなかった。
そんな場所を、何日もかかる修理作業のための臨時造船所にしようというのは、悪い考えだ。
私は二層に分けて経路を作成した。
第一層は、現在の作戦宙域内での移動だけを扱う。
ASTRAEAの位置、使用可能性のある曳航経路、格納庫への接近、そしてレアがヴァルキリーで船外に留まる場合、彼女が維持すべき警戒経路だ。
第二層は、艦内のすべての条件が満たされたあとの、ASTRAEONの出航経路となる。
目的は、隠れるために最も遠い場所を探すことではない。
タラリス国境兵站補給拠点へ向かう経路から、あまり大きく逸脱せずに追加点検を実施できる、最も近い安全な地点を見つける必要があった。
私たちの輸送契約は、まだ終わっていない。
ASTRAEONの貨物は、自分の都合でいつまでも持ち歩いてよい私物ではないのだ。
私は複数の通過回廊について、シミュレーションを開いた。
「セラフィエル、今回の全工程を通じて、ASTRAEAは主エンジンを使用しないという制限を加えてください」
『追加済みです』
「もう一つ、条件を追加してください。格納庫の最終点検で、ASTRAEAの安定化がFTL航行に十分ではないと判明した場合、出航計画を再評価すること」
『了解しました』
私は地図に現れた線を見つめた。
最短経路が、必ずしも最善の経路とは限らない。
ある回廊は、契約上の航路へ戻る距離を短縮できる。しかし、ASTRAEONは複数のアルケイオン接触反応から、まだ観測可能な宙域を通過しなければならなくなる。
別の回廊なら、機動の余地をより広く確保できる。ただし、目的の補給拠点へ再び向かうまでに、経路逸脱が少し増えることになる。
私は脅威の状況がより明確になるまで、両方を代替案として残すことにした。
それから紬へ連絡した。
「紬、初期計画を準備できました」
『どうなった?』
「この宙域での長期修理は、お勧めしません。カリスタが曳航を承認し、ASTRAEAを格納庫内で安全に固定できた場合は、契約航行の継続にも無理なく繋げられる、最も近い安全地点へ向けて戦闘宙域を離脱するべきだと思います」
『つまり、移動中もASTRAEAはASTRAEONの中に置いておくわけだな?』
「それが現在の計画案です。最終決定ではありません。カリスタが格納庫内の安全確保はまだ不十分だと判断した場合、きっとうまくいくだろうという推測だけで、FTL出航を許可するつもりはありません」
『よし。アルケイオンはどう?』
「まだ活動中の接触反応があります。数機は遠ざかりつつありますが、敵戦力のすべてが撤退したと判断できる根拠はありません」
『監視を続けてくれ』
「もちろんです」
私は第二の経路を拡大した。
「もう一つあります。ASTRAEAの救助に伴う経路逸脱と、その後の契約航路を、別々に記録しておきたいのです。タラリスへ遅延を説明する際、ランには明確な記録が必要になりますから」
紬がため息を吐くのが聞こえた。
『ヴェスペラまで、ランみたいな考え方をするようになってきたな』
「あとになって、航法記録の誤りを彼女に発見されるよりはいいでしょう?」
『それは反論できない』
私は微笑んだ。
「条件付きの経路を送信します。技術点検と安全確認が完了するまでは、最終ETAは出しません」
『ありがとう、ヴェスペラ』
通信が終了した。
私は再びASTRAEAのモデルへ目を向けた。
損傷していても、皇室専用ヨットの設計の美しさは、まだ失われていなかった。長く伸びた船体と銀色のラインは、皇室の一員に、宇宙を移動できる邸宅を贈ろうとした設計者の作品のように見える。
セラフィナが、あの艦を置き去りにしたくない理由は理解できた。
もし自分の私用機が同じような状態になったとしたら、残骸として放置したほうが簡単だなどと言われて、私もよい気分にはならないだろう。
ただ、そうした気持ちが分かるからこそ、聞こえはよくても危険な解決策を提案したくはなかった。
「カリスタ」と私は再び呼びかけた。「曳航用の接続箇所について、進展はありますか?」
『まだ点検中だ。主エンジンの支持部を荷重経路として使用しない保持構成を準備してる』
「分かりました。その結果が出てから、経路の承認を行います」
『ASTRAEAを移動中に壊しちゃいけないって、十回も念を押ささなくたって分かってるよ』
「まだ数回しか言っていません」
『もう十分多い』
私は小さく笑った。
『ああ、それからヴェスペラ』
「何ですか?」
『Vector Caliperが、保全した物品について報告書を送ってきただろ。知ってるか?』
私は、先ほどセラフィエルから転送されてきたインベントリをちらりと見た。
「通知は確認しています」
『構造がまだ残ってる、面白そうな宇宙機が何機かあるんだよ』
「カリスタ」
『何だ?』
「まずはASTRAEAを終わらせてください」
『分かってるって!』
今度こそ、私は声を上げて笑ってしまった。
初期計画をすべてまとめ終えると、セラフィエルから新しい通知が届いた。
Vector Caliperのインベントリ報告ではない。
タラリスからの事務的な回答でもなかった。
その表題を見た瞬間、私は背筋を伸ばした。
ASTRAEA — 機動システム喪失前のセンサー記録
私はファイルを開いた。
セラフィエルは、復元可能なASTRAEAのデータから、交差検証用として共有が許可された写しを取得していた。
ASTRAEONのパッシブ観測記録と合わせることで、それまで完全には再構成できなかった攻撃の順序が示されている。
私は記録を低速で再生した。
複数のアルケイオン接触反応が、ASTRAEAとその護衛艦隊に対し、攻撃角度を形成するように移動している。
すると、あるパターンが浮かび上がってきた。
「……待ってください」
私は再生を停止した。
少し巻き戻す。
そして、二つの情報源のタイムスタンプを比較した。
ASTRAEAに対する初期攻撃では、攻撃目標が無作為に分散しているようには見えなかった。
通信障害が発生した時刻は、艦の機動能力に影響する部分への攻撃と近接している。
その後、護衛艦に対する圧力が強まり、防護陣形を維持できなくなるまで攻撃が続いていた。
私は比較画面を開いた。
「セラフィエル、二つの情報源のタイムスタンプは同期済みですか?」
『はい。記録上の時刻差も検証済みです。結論をあとから再検証できるよう、生データもそのまま保持しています』
「それなら、これは単なる戦闘の副次的な影響ではありませんね」
『何が見えましたか?』
私は、その順序を指さした。
「護衛艦の破壊が次の段階へ進むより先に、彼らはASTRAEAの通信能力と機動能力を攻撃しています」
セラフィエルは一瞬沈黙した。
『私も同じ相関を確認しています。動機は依然として不明ですが、目標の選定パターンは、ASTRAEAが救援を要請し、逃走する能力を意図的に妨害した可能性を裏付けています』
私は頷いた。
誰が命令を下したのかも、最終的な目的が何だったのかも、まだ分からない。
しかし、このパターンによって、ASTRAEAの航路変更に関する生存者の報告にも、新たな文脈が生まれた。
私は記録を暫定的な証拠として分類し、紬へ送信した。
「紬。指揮デッキへ戻ったら、見ていただきたいものがあります」
『何?』
私は、攻撃地点が停止したままの画面を見つめた。
「どうやら攻撃側は、護衛艦隊を倒したかっただけではないようです。まずASTRAEAから、通信能力と機動能力を奪おうとしていました」
通信の向こうで、紬はすぐには答えなかった。
やがて声が聞こえた。
『元の記録を保存してくれ。何も変更しないように』
「すでに対応済みです」
『今からそっちへ行く』
私は航路シミュレーションを閉じ、センサー記録は独立した画面に残した。
ASTRAEAを安全な場所へ運び込むという決定は、今もカリスタの最終結果を待っている。
C-145-MCの契約も、引き続き完了させなければならない。
しかし、一つのことが、ますます明確になりつつあった。
ASTRAEONが生存者の一部を救助できたからといって、ヴェルドラコン帝国皇女の艦に対する攻撃を、ありふれた交戦として片づけるべきではない。
何者かが、ASTRAEAの特定の部分を標的として選んでいた。
そして私は、その理由を知りたかった。
【次話予告・第166話】
「戦姫の沈黙」
戦姫の沈黙――確認済みの犠牲者名簿を受け取ったセラフィナは、自らが下した航路変更の判断を問い直し始める。紬は証拠が検証される前に彼女が自分自身を責めることを認めず、レアは戦闘のさなかに決断を下すことの重さを知る者として、セラフィナへ言葉をかける。




