↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

165/168

【第164話】「王家の証明」

【第164話】「王家の証明」



ヴェルドラコン出航から29日目 — 艦内標準時 01:08~01:46 場所:ASTRAEON VELORIA — 観察室、安全通信室、および指揮デッキ 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → モード・ラン・ヴァレス → セラフィエル・ヴェロリア → 星崎紬


### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン


帝国の皇女が、自分の身元を証明するよう求められるというのは、どこか奇妙なものだった。


その要求が無礼だからではない。むしろ逆だ。私は人生の大半を、ある発言を正式な命令として扱う前に、もっと多くの人がその真偽を確かめてくれればいいのにと思いながら過ごしてきた。


奇妙に感じるのは、今回、その確認を独立傭兵が所有する私用艦で、緊急避難乗客として受けなければならないという事実だった。


そして正直なところ、私は少しも嫌ではなかった。


「殿下、認証手続きには私も同席いたしましょうか?」


観察室の端末に、ミレルの顔が映し出された。


彼女はASTRAEAでの任務の一部を終え、現在はエウフォリア医療研究所の受け入れ区域にいる。皇室艦船の医療担当者たちとともに、生存者の身元照合作業を手伝っているそうだ。


髪は少し乱れ、制服にも、長時間の作業を続けてきた痕跡が残っていた。身なりを整える時間さえなかったのだろう。


「あなたの具合はどうですか?」と私は尋ねた。


「問題ありません、殿下。初期の医療検査も終わりました」


「それは私の質問に対する答えになっていません」


ミレルが一瞬黙った。


「……疲れてはおりますが、まだ働けます」


「それなら、今担当している記録を引き継いだら休みなさい。今回の認証は私一人で行います」


「手順は把握しております、殿下。せめて必要書類の順序だけでも、準備させてください」


私は小さく微笑んだ。


「休息に関することとなると、本当に命令を聞かないのですね」


「上官から学びましたので」


それには反論できなかった。


私たちは短い通信を通じて、手順を確認した。


皇室の一員という身分に紐づけられた私個人の認証情報は、普通のファイルのように送信できるものではない。


一方、ASTRAEAの通信ネットワークは今も損傷している。私の事務的な身元証明のためだけに、救助側へ私たちの艦のシステムとの直接接続を強要するつもりもなかった。


セラフィエルは、ずっと合理的な方法を提案してくれていた。


私はASTRAEONの安全通信室で、個人認証装置を使用する。


彼らの検証システムが受け取るのは、事前に合意した証明結果だけだ。秘密鍵を保存することも、私の名義で指示を送信する権限を得ることもない。


「個人認証装置は、まだお持ちでしょうか?」とミレルが尋ねた。


私は左手首の内側に触れた。


「ええ。避難中も、ずっと身につけていました」


「よかったです。ASTRAEAの身元情報に関する補助記録はこちらで準備しましたが、殿下個人の権限確認については、ご自身で行っていただく必要があります」


「分かっています」


通信を終える前に、私は生存者たちの状態をもう一度尋ねた。


ミレルは、実際に受け取ったことが確認できている情報だけを報告してくれた。


ASTRAEAの医療担当者たちは、エウフォリアの施設と自動装置を使いながら治療を続けている。セレネ・アルカディアも、専門的な遠隔通信チャンネルを通じて相談に応じていた。


艦を移ったという理由だけで、一人の医療従事者が突然すべての負傷者を担当しなければならなくなるような事態にはなっていない。


それを知って、私は安堵した。


ほかに緊急の要請がないことを確認してから、ミレルとの通信を終了した。


しばらくすると、観察室の扉が開いた。


携帯端末を持ったセラフィエルが入ってくる。


「殿下、安全通信室の準備が整いました。ランが事務記録を準備していますが、確認対象となるデータの範囲をあなたが確認し、承認するまでは、いかなる検証も開始しません」


「ありがとう。ミレルからも説明を受けました」


セラフィエルは頷き、私に同行を促した。


移動している間、私は改めて、ASTRAEONがこれまで知っていた皇室艦船とはどれほど異なるのかを実感した。


通路は広い。


室内の照明は状況に合わせて調整されているが、軍事施設のような雰囲気を感じさせない。


小型の整備装置が専用経路を移動し、ときおり物流ドローンが医療区域へ向けて機材を運んでいく姿も見えた。


それでも、ほかの乗員には出会わなかった。


つい先ほど、ASTRAEONの中核乗員は、セラフィエルと星崎艦長を含めて六人しかいないとランから説明されたばかりだ。


しかし、周囲の施設を見るたびに、その人数が信じられなくなる。


「セラフィエル、一つ尋ねてもいいですか?」


「もちろんです」


「皆さんは普段、大勢のお客様を迎えることがあるのですか?」


「あなたが想像しているほど頻繁ではありませんよ」


「それなら、六人しか暮らしていない家にしては、この艦は大きすぎるように感じます」


彼女は微笑みながら、こちらを向いた。


「紬も以前、似たようなことを考えていました。ただ、彼は大勢の人に囲まれて暮らすことなく、自由に施設を利用できる環境も、とても気に入っているんです」


「それで、すべてを皆さんだけで管理しているのですか?」


「運用上の仕事の大部分は、艦のシステム、ドローンネットワーク、自動化された施設が担当できます。ただし、個人の判断が必要なことについては、それぞれの責任に応じて分担しています」


私は頷いた。


なるほど。


ASTRAEONには、宮廷が管理する施設のいくつかよりも広い空間がある。それなのに、通常の皇室艦船を埋め尽くすような何百人もの職員が見当たらない理由は、そこにあるのだろう。


「星崎艦長は、面白い家をお持ちなのですね」と私は呟いた。


セラフィエルは少し楽しそうだった。


「その感想は、本人へ伝えておきますね」


「私が個室を欲しがっていると勘違いするような言い方はしないでくださいね」


「お約束はできません」


私は素早く振り向いた。


彼女が小さく笑った。


自らを艦の管理AIだと紹介するセラフィエルには、宮廷で知り合った年上の女性たちを思い出させるような、少し人をからかう癖があった。


ただし、客人の隣をのんびり歩きながら、全長8,600メートルの艦まで管理できる女性には、これまで一度も出会ったことがない。


安全通信室は、セラフィエルの承認を必要とするアクセスの奥にあった。


大勢の士官が集まる会議室も、武装した衛兵も、私の到着を待ち構える儀礼担当者もいない。


用意されているのは、座席、独立した検証端末、情報表示画面、そして私が持参した認証装置のために準備されたインターフェースだけだった。


ランはすでにそこで待っていた。


スペースエルフの彼女は、立ち上がって私を迎える際、耳をわずかに動かした。


「セラフィナ殿下。始める前に、検証範囲についての説明を受け取っていただいているか、確認させてください」


「受け取っています。それから、私にも一つお願いがあります」


「どうぞ」


「今回の個人認証記録によって、ASTRAEONが皇室の名義で命令を送信する権限を得ることがあってはなりません」


ランは不快そうな様子もなく頷いた。


「それはこちらも設定している制限です。必要なのは、救助対象者としてのあなたの身元と事務上の立場の証明だけです。あなたを代理する権利ではありません」


私は席に着いた。


「それなら、意見は一致していますね」


セラフィエルが認証手順の概要を表示した。


私は最後まで目を通してから、手首の装置に触れた。


最初の手順では、皇室の権限によって認証済みの個人識別情報を使用する。


私の装置は、隔離された検証環境から送られる認証チャレンジに応答するだけであり、私の正式な署名を生成するための秘密情報を引き渡すわけではない。


その後、身元情報の一致を、艦の登録情報、正当な方法で取得済みのトランスポンダーデータ、そしてASTRAEAの危険なインターフェースを再び開かずに確認できる物理的証拠と照合する。


「準備できました」と私は告げた。


セラフィエルが一瞬、ランへ目を向けた。


「殿下の同意を記録してから、検証を開始します」


私は認証装置を所定の認証面へ置いた。


証明要求が表示される。


内容を読み、自分の意思で承認した。


続く数秒間は、本来の長さよりも、ずっと長く感じられた。


自分が何者なのかを疑っていたわけではない。


今夜初めて、ASTRAEONにいる私の存在が、緊急事態の中で受け入れられた自己申告から、責任を持って記録できる正式な身元情報へと変わろうとしているからだ。


私は、助けを必要としている一人の人間として救助された。


そして今、彼らは私の皇室の一員としての立場を確認し始めている。


不思議なことに、その順序こそが、私に彼らへの敬意を深めさせた。


### 視点:モード・ラン・ヴァレス


「認証応答を受信したわ。セラフィエル、検証結果と、それを生成するために使用された認証情報は、引き続き分離しておいてちょうだい」


「すでに分離済みです。ASTRAEONの主記憶領域へ移された秘密鍵はありません」


私は事務管理端末を確認した。


第一段階の結果は、セラフィナが承認した手順を通じて、正当な一致が得られたことを示している。


けれど、一つの結果だけで最終確認ボタンを押すつもりはなかった。


普通なら、乗客の身元確認は有効な渡航書類だけでも十分かもしれない。


しかし、セラフィナは普通の乗客ではない。


彼女はヴェルドラコンの皇女だと名乗る人物であり、軍事攻撃を受けたばかりの皇室艦船に乗っていた。そして現在は、別の契約に基づく貨物を輸送中の独立艦で、一時的な保護を求めている。


避けなければならない事務上の間違いがあまりにも多く、続ける前にお茶を一杯用意したくなるほどだった。


「殿下、今回の航行における役職と権限を、個人の身分と区別するため、いくつか質問させてください」


「どうぞ、ヴァレスさん」


「皇室の登録情報で使用されている正式なお名前は?」


「セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコンです」


私は認証応答と照合した。


「皇室における身分は?」


「ヴェルドラコン帝国の皇女です」


「今回のASTRAEAの航行における運用上の立場は?」


「今回の航行に責任を負い、適用される任命に基づいて指揮権を保持しています」


私は記録した。


「ASTRAEONとタラリス戦略兵站局の間で締結された輸送契約C-145-MCを変更する権限を持つ代表者として、現在行動していますか?」


セラフィナが眉を上げた。


「いいえ」


「皇室の一員を救助したという理由だけで、独立傭兵の艦を接収する権限はお持ちですか?」


「もちろん、ありません」


「よかった」


私は次の項目を入力した。


セラフィナは、ますます不思議そうな表情で私を見ていた。


「その質問は、本当に必要なのですか?」


「残念ながら、必要です。救助に関する記録が、双方のどちらも同意していない指揮関係へ変わってしまうことを防いでいるんです」


「ASTRAEONを接収するつもりなどありませんよ」


「そのお言葉は信じています。ただ、良い文書というものは、私たちの会話に立ち会っていない人が読んでも、筋が通っていなければならないでしょう?」


彼女が小さく微笑んだ。


「あなたは、皇室の行政官にも向いていそうですね」


「ありがとうございます。でも、私は今の仕事のほうが好きです」


画面に開いている皇室の書式の数々を見て、その気持ちがますます強くなったことは、口にしなかった。


問題は、セラフィナの称号だけではない。


現在照合している複数の事務システムでは、皇室の一員という身分が、それぞれ異なる機能を持つ複数の区分として現れる。


家族関係の分類。


正式な儀礼上の立場。


航行に関する権限。


使用する資産に対する責任。


外交情報の取り扱い制限まである。


一人の人物。


複数の立場。


そして、それぞれに異なる書類上の取り扱いが必要だった。


私はセラフィエルをちらりと見た。


「検証結果は四つに分けたいわ。個人の身元、皇室における身分、ASTRAEAに対する権限、そしてASTRAEONでの緊急避難乗客としての立場」


「賛成です、ラン」


「名前が同じだからって、全部一つにまとめないでね」


セラフィエルが微笑んだ。


「あなたなら、そう言うと思っていました」


私はセラフィナへ向き直った。


「殿下、ASTRAEAの一時保管についても問題があります。セラフィエルからの修理の申し出が、皇室艦船をこちらへ譲渡したという記録になってはいけません。救助、保全、技術点検の各行為について、権限を持つ方からの承認が必要です」


セラフィナが頷いた。


「今回の航行の責任者として与えられた権限の範囲内で、緊急措置を承認できます。追加の認可が必要な作業については、安全な通信が利用できるようになってから、正式な手順で進めましょう」


根拠のない広範な約束よりも、ずっと助かる答えだった。


「よかった。確認したかったのは、その範囲です」


私は結果を、いくつかの独立した項目へ整理した。


| 確認項目 | 事務上の分類 |

| --------------- | ---------------------- |

| 個人の身元 | セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン |

| 皇室における身分 | ヴェルドラコン帝国皇女 |

| 事件における役割 | ASTRAEAの航行責任者 |

| ASTRAEONでの立場 | 暫定的な緊急避難乗客 |

| ASTRAEONの乗員資格 | なし |

| ASTRAEONに対する指揮権 | 付与されない |

| ASTRAEAの扱い | 皇室資産。所有権は移転しない |

| C-145-MCの義務 | 有効な契約に基づき、引き続き運送事業者が負う |


私は最後の行をもう一度確認した。


今後、正式な輸送契約を遂行している艦が、なぜ皇女と生存者たちを乗せ、さらに技術点検の結果次第では、損傷した皇室艦船まで格納庫へ収容しているのかと、誰かから問われる可能性はある。


それは当然の疑問だ。


私はただ、その答えが適切な記録に残っている状態にしておきたかった。


「ラン、次の検証段階の準備が整いました」とセラフィエルが言った。


「分かったわ。続けましょう」


私はセラフィナを見つめた。


「現時点では、申告された身元と受信済みの認証データの間に、不一致は確認されていません。ただし、最終確認は、すべての補助証拠との照合が完了してから行います」


「その慎重さには感謝しています」


私は微笑んだ。


「あとで署名していただく書類の数を見ても、同じことを言っていただけるといいのだけれど」


### 視点:セラフィエル・ヴェロリア


私は、認証環境をASTRAEAの指揮ネットワークへ意図的に接続していなかった。


以前、救難信号を調査した際の経験だけでも、その分離を維持する理由としては十分だった。


不審なデジタル干渉を示したインターフェースは、すでに隔離・切断できている。身元確認を少し早めるためだけに、同じ危険を冒す利点などない。


私のメインスクリーンには、最終照合を待つ四つの証拠群が表示されていた。


セラフィナの個人認証応答は、正当なものとして受信済み。


ASTRAEAのトランスポンダー登録情報も、以前の観測から取得してある。


加えて、皇室艦船の船体にある紋章の映像と、救助中の通信から得られた情報も存在していた。


ただし、公開情報を複製した送信装置でも、そうした外見の一部を模倣することはできる。


だからこそ、名前や紋章が一致したというだけで終わらない証拠が必要だった。


「殿下、次の検証では、あなたの個人認証結果と、ASTRAEAに関連する正式な登録情報を照合します。システムがパスワード、マスターキー、艦の制御権限を求めることはありません」


セラフィナが頷いた。


「進めてください」


私は、彼女が承認した装置を通じて、第二の検証チャレンジを送信した。


応答は、隔離された検証環境によって受信された。


私はその結果を、独立して取得済みの情報と照合する。


それぞれのデータ群は、その出所に基づいて個別に取り扱った。


ASTRAEAの船体にある皇室の紋章は、視覚的な証拠だ。皇室艦船であることの識別を裏付けるが、艦内にいるすべての人物の身元を証明できるわけではない。


トランスポンダーは登録情報を提供する。しかし、信号が絶対に偽装されないと考えるべきではない。


セラフィナの個人認証は、それらとは異なる事実を証明する。


チャレンジに応答した者が、適用される手順に従った正当な認証情報を保持しているということだ。その秘密情報を私たちへ引き渡す必要もない。


必要なのは、こうした独立した証拠同士の一致だった。


一つの情報だけを、絶対的なものとして扱うことではない。


「ラン、多層検証が完了しました。確認対象のデータに、重大な矛盾は認められません」


ランが近づき、結果を確認した。


「保護対象の認証情報の詳細を含めずに、結論を表示してちょうだい」


私は頷いた。


パネルに正式な報告書が表示された。


ASTRAEON VELORIA — SECURE IDENTITY VERIFICATION


| 検証項目 | 結果 |

| ---------------------- | --------- |

| 個人認証応答 | 有効 |

| 正式な身元情報との一致 | 一致 |

| ASTRAEAのトランスポンダー登録 | 艦の識別情報と一致 |

| 皇室の物理的紋章 | 一致 |

| 正式な手順による非公開情報の交差検証 | 合格 |

| ASTRAEONの中核システムへのアクセス権 | 付与されない |

| ASTRAEAのネットワーク制御権限 | 要求なし |


結論: 検証された人物の身元は、ヴェルドラコン帝国皇女、セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコンである。


私はセラフィナへ目を向けた。


「殿下、身元の検証が正常に完了しました」


彼女がゆっくりと息を吐いた。


「ありがとうございます」


「緊急救助の記録に使用できる検証結果の写しをお渡しします。機密性の高い認証情報は、事前に合意した制限に従って保護したままにします」


ランがすぐに事務記録を確定させた。


「これで、殿下の身元について暫定的な識別区分を使用する必要はなくなりました。ただし、緊急避難乗客としての立場は、承認された変更がない限り、そのまま適用されます」


セラフィナは少し面白そうな表情を浮かべた。


「つまり、身元が証明されたあとも、私は緊急避難乗客なのですね?」


「そのとおりです」とランが答えた。


私は微笑んだ。


「皇女という称号が、自動的にASTRAEONの全施設への入室許可へ変わるわけではありませんから」


「皆さん六人が、これほど大きな艦をあまり混乱せずに運用できている理由が、少し分かってきた気がします」


ランが小さく笑った。


「混乱なら、私たちにもありますよ、殿下。ただ、できるだけ正しい書類の項目へ記録するようにしているだけです」


私が言い返そうとした、ちょうどそのとき。


通信端末が紬からの呼び出しを受信した。


「セラフィエル、結果はどうだった?」


「認証は成功しました。ランも、セラフィナの身元をヴェルドラコン帝国皇女として確認しています」


「よし。そっちへ向かうよ」


「到着する前に、一つ知っておいてほしいことがあります」


「何?」


私はランを一度見てから、再び画面へ向き直った。


「セラフィナの事務上の分類は、これまで私たちが受け入れた乗客よりも、少し複雑です」


「どれくらい?」


「実際に見てもらったほうが早いと思います」


紬が一瞬、黙った。


「……その言い方、嫌な予感しかしないんだけど」


ランが口元を押さえ、笑いをこらえていた。


### 視点:星崎紬


俺は、たった一つの単純な希望を抱いて安全通信室へやって来た。


認証結果を受け取り、セラフィナが本当に本人であることを確かめ、必要な記録を承認する。


そして指揮デッキへ戻り、避難作業の進捗とアルケイオンの状況を確認する。


その希望は、ランが目の前で書類を開くまでしか持たなかった。


「紬、これが身元確認の最終結果よ」


「おお。成功したんだよな?」


「ええ」


「だったら終わりだな」


「身元の検証は終わったわ」とランが答えた。「事務処理はまだよ」


俺は彼女を見つめた。


ランは、俺にコーヒーが一杯必要になるような説明を始める直前によく見せる、あの笑顔を浮かべている。


「……何が違うんだ?」


彼女が、いくつかに分かれた情報群を表示した。


俺は目を通した。


そして、もう一度読んだ。


「ちょっと待って」


ランの隣に座っていたセラフィナが、不思議そうにこちらを見た。


「何か問題がありましたか、星崎艦長?」


「いえ。ここに書いてあることを、俺が本当に理解できているか確かめているだけです」


俺は最初の項目を指さした。


「個人の身元。セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン。これは分かる。ヴェルドラコン帝国皇女。これも分かる」


「そうね」とラン。


「で、そのあとに皇室儀礼上の身分、正式な航行権限、皇室資産に対する責任、緊急避難乗客としての分類、運用区域へのアクセス制限……」


「それぞれ事務上の役割が違うのよ」


「どうして一人の人間に、こんなにたくさんの分類が必要なんだ?」


セラフィナが小首を傾げた。


「家族としての身分と、役職、航行上の権限は、必ずしも同じではありませんから、艦長」


「説明は理解できるんです。ただ、俺の頭が項目の多さを拒否し始めてるだけで」


セラフィエルが小さく笑った。


そして、まさにそのときだった。


俺は、ある人物のことを思い出した。


オーレリアだ。


以前、ヴェイリエンヌ公爵家の令嬢が関わる問題がASTRAEONの旅へ入り込んできた際にも、俺は彼女の公爵家の一員としての立場、個人の権利、付き添い、艦内滞在中の費用、そして彼女が客人になったからといって自動的に変更されるわけではない、さまざまな取り決めの違いを理解しなければならなかった。


あの経験があれば、貴族関係の事務処理にも、もう慣れただろうと思っていた。


どうやら俺は、楽観的すぎたらしい。


「……オーレリアを思い出すな」と俺は呟いた。


ランがすぐに振り向いた。


「オーレリア・ヴェイリエンヌ?」


「ああ。あのときも、ようやく彼女の立場を理解できたと思ったら、公爵家の事情だの、権限だの、責任だの、付随書類だのと、いろいろ説明されたからな」


セラフィエルが微笑んだ。


「どうしてそれほど多くの事項を別々に記録する必要があるのか、紬が尋ねていたのを覚えています」


「しかも今回、俺たちが助けたのは公爵令嬢じゃなくて、帝国の皇女だろ?」


俺は画面へ視線を戻した。


「……どうやら難易度が上がったらしい」


セラフィナがまばたきをした。


「難易度が……上がった?」


「すみません。あなた自身についての感想じゃありません。ただ、貴族の事務処理って、進むほど難しくなる試験みたいに段階があるんだなと思いまして」


ランがとうとう笑い出した。


「それなら、あなたは今、さらに上の段階へ進んだということね、紬」


「傭兵ランクを上げるために、書類を倒さなきゃいけないみたいな言い方はやめてくれ」


セラフィエルは、この会話をずいぶん楽しんでいるようだった。


「少なくとも、宮廷の儀礼規則をすべて暗記しなければならない実技試験はありませんよ」


俺は安堵の息を吐いた。


「それはよかった」


「ただし、署名する書類の内容は理解してもらわなければなりません」


「今の安心を撤回する」


セラフィナは手の甲で口元を覆った。


肩が少し揺れている。


どうやら笑いをこらえているらしい。


俺は彼女へ顔を向けた。


「笑ってもいいですよ、殿下。こういう問題に直面するたび、ランに笑われるのにはもう慣れてますから」


「すみません、艦長。そんなつもりでは――」


「気にしないでください。さっきまであんな目に遭っていた人が、まだ笑えるっていうのは、ずっと損傷報告を見つめているより、よほどいいことですから」


彼女の表情が和らいだ。


「それなら、私からも一つ言わせてください。私も、皇室の事務手続きの複雑さが、いつも好きというわけではないのです」


俺は眉を上げた。


「本当ですか?」


「ときには、招待状が私個人に宛てられたものなのか、皇室の一員に宛てられたものなのか、それとも公務中の正式な代表者としての私に宛てられたものなのか。そんなことを考えずに旅をしたいと思うこともあります」


俺はランの画面を指さした。


「そう! まさにそれです!」


ランが俺をちらりと見た。


「その区別は、やっぱり必要なのよ、紬」


「分かってるよ。ただ、ちょっと愚痴っぽい口調で同じことを認めてくれる人が、ようやく現れたのが嬉しいだけだ」


セラフィナは、先ほどよりも楽しそうに笑った。


俺は空いている椅子に腰を下ろし、再び書類へ意識を向けた。


「よし。じゃあ今度は、艦長として俺の承認が本当に必要な部分だけを説明してくれ。皇室の家系図から始めるのはやめてくれよ。まだ心の準備ができてない」


ランが表示を簡潔な概要へ切り替えた。


「第一に、セラフィナの身元は正式に検証済み。第二に、彼女は引き続き緊急避難乗客であって、ASTRAEONの乗員ではない。第三に、ASTRAEAを救助し、場合によっては格納庫で保管することになっても、皇室資産としての所有権や責任が自動的に私たちへ移転するわけではない。第四に、セラフィナが自艦の人員や公務に対して持つ権限は、ASTRAEONへの指揮権を与えるものではないわ」


「よし。それなら理解できる」


「第五に、C-145-MCの契約は引き続き有効」


「それが一番重要だな」


ランが頷いた。


俺はセラフィナへ向き直った。


「殿下、誤解が生じないよう、俺から直接伝えておきたいことがあります。あなたがヴェルドラコン帝国の皇女であることは、正式に確認できました。その立場は尊重します。ただし、今回の認証結果によって、ASTRAEON VELORIAの所有権が変わることはありません」


彼女は真剣に耳を傾けていた。


「この艦は引き続き俺の所有物です。中核乗員の六人も、俺たち自身で決めた責任分担に従って仕事をします。ここに滞在している間、あなたとASTRAEAの人々には、緊急避難乗客として必要な保護とアクセス権が与えられますが、それは艦の運用を引き継ぐ権限ではありません」


「その条件を受け入れます、星崎艦長」


「それから、俺たちにはまだ貨物輸送の仕事が残っています。ASTRAEAへの支援は、契約上の責任を帝国へ譲ることでも、タラリスに対する義務を放棄することでもありません」


「以前お話ししたときから、その点は理解しています。私の称号を利用して、あなたの判断を変えさせるつもりもありません」


俺は頷いた。


「よかった」


セラフィナは、まだ開かれている認証報告書を見つめた。


「私からも、考えを伝えてよろしいですか?」


「もちろんです」


「最初に通信を交わしたときから、あなたは一度も、私の存在を帝国から役職や政治的影響力、あるいは特権を得るための理由として扱いませんでした。今も、私の身元が正式に確認されたあとでさえ、話しているのは権限の境界と、ご自分の艦の安全についてなのですね」


俺は頬を掻いた。


「まあ、俺は宮廷の部下になるための新しい仕事を探してるわけじゃないですから」


「分かっています」


セラフィナが微笑んだ。


「だからこそ、私はあなたを信頼しやすいのです」


俺はすぐには答えられなかった。


予想していた以上に、真剣な言葉だったからだ。


いつもなら事務的な問題が未解決のときにはすぐ口を挟むランも、今回は俺たちの会話を静かに見守っていた。


俺はようやく、小さく微笑んだ。


「それなら、その信頼を裏切らないようにします。お互い、合意したことを守っていれば、問題はないはずですから」


「もちろんです、艦長」


そのとき、セラフィエルが側面の画面に新しい通知を表示した。


「紬、カリスタとヴェスペラから更新情報です。二人とも、まだASTRAEAの初期点検を進めています。曳航許可は出ていませんが、修理用格納庫までの進入経路について、照合作業を行っています」


「アルケイオン艦隊の状況は?」


「指揮艦と、ほかの接触反応の一部が、引き続き監視宙域に留まっています。避難経路への新たな攻撃は開始していませんが、ヴェスペラはまだ、この宙域を安全とは判断していません」


「分かった。監視を維持してくれ。事務処理の話に夢中になって、まだ敵艦の近くにいることを忘れないようにな」


セラフィエルが頷いた。


俺が書類を閉じようとしたとき、セラフィナが声をかけてきた。


「星崎艦長。もう一つ、今のうちにお伝えしておいたほうがいい情報があります」


彼女の声色が変わった。


俺は姿勢を正した。


「どうぞ」


彼女はセラフィエルとランへ一度目を向けた。


どこまで話してよいのか、考えているようだった。


「私は、自分が帝国皇女であることを証明しました。しかし、攻撃を受ける前、ASTRAEAが本当はどのような目的で航行していたのか、まだ説明していません」


俺は、皇室艦船が外交航路を変更したあとで攻撃が始まったと話していた、生存者の報告を思い出した。


「公務での航行、ですよね?」


「そのとおりです。私は帝国の任務を遂行していました。その目的と航行計画には、まだすべてを明かせない部分があります。特に、システムへの妨害と待ち伏せ攻撃を受けたあとでは、通常の通信を通じて説明するわけにはいきません」


「乗員の一人が話していた、航路変更と関係がある情報ですか?」


セラフィナは少しだけ沈黙した。


「航行の順序に関係はあります。ただ、不完全な説明をして、あなたに誤った結論を出させたくはありません」


俺は頷いた。


「それはもっともです」


「通信の安全が完全に確認され、どこまで情報を開示してよいのかを判断できたら、ASTRAEONの安全に直接関係する部分について、説明したいと思っています」


ランがすぐに口を開いた。


「それは正式なチャンネルを通じて調整できるわ。ただし、皇室の航行目的に関する情報を受け取ることが、それに関連する政治的・軍事的な任務を紬が引き受けたことにはならない、と明記しておく必要があるわね」


「同意します」とセラフィナが答えた。


俺は二人を交互に見つめた。


「今ある分類を理解し終わる前に、新しい事務区分を増やすのはやめてくれないかな」


セラフィエルが笑った。


「残念ながら紬、次の文書も、おそらくまた別の分類に入ると思いますよ」


俺は椅子の背もたれに身体を預けた。


「『公務での航行』って言葉を聞いた時点で、覚悟しておくべきだったな……」


セラフィナは微笑んでいたが、その瞳には真剣な色が残っている。


軽いやり取りの裏側に、まだ完全には説明できない何かを抱えていることは明らかだった。


今、無理に話させるつもりはない。


俺たちには、すでに目の前で対処しなければならない問題が山ほどある。


ASTRAEAの生存者たち。


皇室艦船そのものの状態。


アルケイオン艦隊の存在。


そして、タラリス国境兵站補給拠点へ届けなければならないC-145-MCの貨物。


俺は立ち上がり、ランから事務記録の概要を受け取った。


「よし。身元の検証は完了。セラフィエル、通信の安全監視を続けてくれ。ラン、認証結果は制限事項に従って保存しておいて。俺は指揮デッキへ戻る」


「了解です、紬」と二人が答えた。


部屋を出る前に、俺はセラフィナを振り向いた。


「それから殿下、医療上の問題がなければ、ちゃんと休んでくださいね。帝国の問題を全部、今夜中に解決する必要はありませんから」


彼女が頷いた。


「ありがとうございます、星崎艦長」


俺は自分の端末に表示された概要を眺めながら、部屋をあとにした。


以前、公爵家の令嬢のおかげで、貴族の事務処理についてはずいぶん勉強させられた。


そして今度は、皇女が全長1,240メートルの皇室艦船とともに現れ、その艦を俺たちの格納庫へ収容することになるかもしれない。


こんなことが続いたら、いつか本当にランに頼んで、専用の手引書でも作ってもらう必要があるな。


題名は――


『貴族家の書類に迷い込まずに傭兵を続ける方法』


……それは、あとで頼もう。


今はまず、俺たちの輸送契約がこれ以上遅れないようにしなければならない。


【次話予告・第165話】


「壊れた銀燈」


壊れた銀燈――カリスタは、セラフィナが共有を承認した技術データを通じてASTRAEAの状態を調査する。機動システム、電力網、船体防護の損傷を前に、緊急修理、曳航に向けた安全確保、そして造船施設を必要とする完全復旧を、それぞれ区別しなければならなくなる。一方、ヴェスペラは、皇室艦船の救助によってASTRAEONが本来の配送目的を忘れることのないよう、安全な航路を見つけ出す必要があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。