【第161話】「生存者を優先せよ」
【第161話】「生存者を優先せよ」
ヴェルドラコン出航から28日目 — 艦内標準時 23:34~23:57 場所:ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN — 臨時医療区画および防護側サービスアクセス → ASTRAEON VELORIA — 医療室および技術管制センター 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → セレネ・アルカディア(遠隔通信) → カリスタ・フェロ → モード・ラン・ヴァレス → セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
「殿下、外部サービスアクセスの開放が完了しました。ダメージコントロール班は、内側の隔壁が引き続き気圧を維持していることを確認しています。ASTRAEON側では、負傷者の搬送装置を準備中です」
私はミレルから報告を受けながら、ASTRAEAの旧会議室を埋め尽くす非常用ベッドの間を歩いていた。
「ほかの区画も開放するようにという要請は来ていますか?」
「まだです。緊急接続の共同点検が完了するまでは、現在の隔壁構成を維持してほしいとのことです」
「よろしい。ダメージコントロール担当者の承認なしに、追加のアクセスを開かせてはいけません」
左側では、二人の医療担当者が脚を負傷した技術員を介助していた。入口の近くでは、まだ自力で動ける乗員たちが、装備の運搬や付き添いを必要とする人員の支援を割り当てられている。
皆、部屋の中央にある主要な通路を塞がないよう、懸命に働いていた。
それでも、この場所がこれほど多くの負傷者を受け入れるために設計されたものではないことは明らかだった。
私は医療班の責任者へ近づいた。
「搬送の準備はどうなっていますか?」
「必要な処置に基づいて、患者の分類を済ませました、殿下。しかし、現在も稼働している医療設備には限界があります。非常用機材だけでは実施できない検査や処置を必要としている負傷者が複数名います」
「星崎艦長は、自艦の医療施設を提供すると申し出てくれています。最初の患者を受け入れる前に、向こうが必要としている情報は?」
「最新のバイタルサイン、確認できている負傷の種類、これまでに行った処置、それから搬送中に呼吸補助や継続的な監視が必要かどうかです」
私は彼女の端末を指さした。
「合意済みの医療チャンネルを通じて、その報告を送ってください。儀礼的な書類を作るために時間を無駄にしてはいけません。まだ分からない情報は、不明と記載すればいいのです」
「承知しました、殿下」
続いて、ダメージコントロール担当士官が艦内構造図を差し出した。
そこには、まだアクセス可能な区画、気圧が不安定な経路、そして連絡が途絶えた複数の人員が最後に確認された場所が記されていた。
私は一つずつ確認した。
「後部サービス通路の捜索班は?」
「先ほどの技術員が話していた避難室へ到達できました、殿下。中に生存者がいます。ただし、一名は担架なしでは搬送できません」
「すでに救出できたのは何名ですか?」
「報告が段階的に届いているところです。機関部の乗員名簿との照合作業は、まだ完了していません」
私は端末を返した。
「これらの位置情報を、すべてASTRAEONの救助隊へ提示してください。開放してはならない経路と、その技術的な理由も添えるように。見た目には無事な通路を見つけたからといって、その先の区画がすでに気圧を失っていることも知らずに使用するような事態は避けたいのです」
「了解しました」
まだ機能している船外観測端末へ向かう途中、ミレルが私に追いついた。
「殿下、ASTRAEON VELORIAが接近位置に到達しました」
「表示して」
その艦の映像が画面に現れた。
私は一瞬、カメラの拡大率に誤りがあるのかと思った。
ASTRAEON VELORIAは視界のあまりにも広い部分を占めており、その全体像をほかの物体と比較することさえ難しかった。私はミレルに、ASTRAEAと同じ相対縮尺で映像を表示し直すよう求めた。
しかし、その結果を見て、かえって言葉を失ってしまった。
「……こんなに大きいの?」
「距離と相対的な寸法の観測値は確認済みです、殿下」とミレルが答えた。
ASTRAEONが非常に大きな艦であることは知っていた。星崎艦長と直接話す前に、公開登録情報も受信し、検証している。
しかし、マニフェストに記載された数字を見ることと、その艦がASTRAEAの近くに存在している光景を目の当たりにすることは、まるで違った。
これまであれほど壮麗に感じられていた全長1,240メートルの皇室艦船が、全長8,600メートルのASTRAEONの船体と比べると、ずっと小さく見える。
公開登録に添えられていた画像でさえ、この光景に近い印象は与えてくれなかった。
その外部構造は、ASTRAEA全体を表示するために使われていた画面の範囲を超えて広がっている。戦闘構成が有効になったことで、防御設備の一部も姿を現していた。しかし、それでもなお、移動要塞とすぐに結びつけるには、あまりにも優美な外観のラインを保っていた。
私は無意識のうちに、画面へ近づいていた。
「確かに、あちらのマニフェストには非常に巨大な艦だと記載されていましたが……」
ミレルがゆっくりと頷いた。
「私も、これほどの大きさの違いになるとは想像していませんでした、殿下」
「あれほど大きな艦が、どうして私用艦として登録され、そのうえ傭兵の輸送契約まで遂行できるのでしょう?」
「申し訳ありませんが、私にも分かりません」
私は小さく笑った。
「どうやら、今の私たちの仕事にはまったく役立たない疑問ですね」
「実は私も、同じことを考えていました、殿下」
私たちは少しだけ声を抑えて笑い合った。
長い間、損傷警報と死傷者の報告ばかり聞き続けてきたせいか、その短いやり取りが、どこか懐かしくさえ感じられた。
私は表示をサービスアクセスへ戻した。
Vector CaliperがASTRAEAの防護側面付近で位置を維持している。ヴァルキリーはさらに私たちの船体へ近い場所におり、救助艦の方向から搬送用装置が動き始める様子も見えた。
私はミレルへ顔を向けた。
「星崎艦長に繋いでください」
「承知しました」
しばらくして、救難チャンネルが有効になった。
『ASTRAEA、こちら星崎です。どうぞ、殿下』
「艦長、こちらの医療班は初期の医療報告と、現在も捜索中の人員の位置情報を準備しました。最初の患者を搬送する前に、そちらへ届いていることを確認したいのです」
『セラフィエルが情報パッケージを確認しています。最終的な避難順序を決める前に、俺たちと協力関係にある医師にも相談するつもりです』
「ありがとうございます。先に救助しなければならない重傷者が複数名います。誰かの身分や階級が、その判断に影響することは望んでいません」
『同感です。患者の状態に基づいて、医療班が優先順位を決めます』
私は頷いた。
「私自身も含めて、です」
短い間があった。
『もちろん、殿下も含めてです。検査の結果、あなたを先に避難させる必要があると判断された場合は、医療上の決定に従っていただきます』
私は腕に巻かれた小さな包帯を見つめた。
機関室から運び出された人々の状態と比べれば、この傷など大したことには思えなかった。
「分かりました。ただ、今のところは、まだこちらで調整作業を手伝えます」
『でしたら、まだ発見されていない生存者の情報を引き続き送ってください。接続の安全が確認され次第、こちらも患者の受け入れを開始します』
「承知しました、星崎艦長」
私は通信を終え、医療区画へ戻った。
ASTRAEON VELORIAについては、聞きたいことが山ほどある。
しかし、その大きさや兵装よりも、はるかに重要なことが一つあった。
あの艦は、私の乗員たちがここで命を落とさずに済むかもしれない、その機会を運んできてくれたのだ。
決して無駄にするわけにはいかなかった。
### 視点:セレネ・アルカディア
遠隔医療通信
「ASTRAEON VELORIAから、緊急の診療相談?」
私は読んでいた業務用端末を置き、専門通信チャンネルを通じて届いた通知を受け取った。
送信者には、セラフィエル・ヴェロリアの名前が表示されている。
応答する前に、私は接続元の身元と要求されているアクセスの種類を確認した。
遠隔地から医療施設を直接制御するための要求ではない。隔離された環境で開くことのできる患者情報パッケージを伴った、医療相談の通信だ。
私は着信を受け入れた。
画面にセラフィエルの顔が現れる。
『セレネ、こんな時間に連絡してごめんなさい。現在、武装攻撃を受けた艦の救助作戦を行っています。重傷者が出ていて、トリアージをさらに進める前に専門的な医療指針を得るよう、紬から頼まれました』
私はすぐに記録パネルを開いた。
「現場で使用できる医療施設は、どれくらいあるの?」
『ASTRAEAの主医療区画は、すでに受け入れ能力を超えています。現在、内側の会議室を臨時施設として使用しています。私たちは、搬送可能な患者を受け入れるため、ASTRAEONの医療室を準備中です』
「避難はもう始まっている?」
『物理的な接続は、まだ最終点検中です。先方の医療班から初期情報は届いていますが、一部のデータは不完全です』
「それでいいわ。外部への経路がようやく開いたという理由だけで、患者を移動させてはいけません。まずは記録されている状態を確認させて」
セラフィエルが情報パッケージを送信してきた。
私はその概要に目を通した。
衝撃や構造物の破損によって負傷した患者がいる。呼吸補助を必要としている人、四肢に重い損傷を負った人、そして避難に成功するまで機関区域で危険な環境に晒されていた可能性のある人員についても報告されていた。
ただし、記録のいくつかは、まだ初期段階の申告にすぎない。
私自身が直接診察した結果は、何もない。
だからこそ、通信を通じて受け取った報告だけで、確定診断を下すつもりはなかった。
「セラフィエル、ASTRAEAの医療担当者に、すべての患者へ医療記録と紐づいた仮の識別番号を付けるよう伝えて。氏名が確認できていない場合は、症例番号を使えばいいわ。事務的な身元確認を終わらせるために、救命処置を遅らせてはいけません」
『了解しました』
「継続的な監視を必要とする患者については、現在使用している装置と、搬送中にその装置へ責任を持つ担当者も記録して。受け入れ側が、送り出し側からすべての処置を引き継いだと思い込んで、区画の入口で誰かの補助装置を外してしまうようなことは避けたいの」
セラフィエルがかすかに微笑んだ。
『その点は、カリスタとも準備を進めています』
「よかった。皇室艦船からそちらの医療室へ移動するうえで、どんな制限があるの?」
『ASTRAEAのダメージコントロール班によって、暫定的に使用可能と判断されたサービスアクセスを利用します。カリスタが搬送を支援するため、緊急接続装置と避難用ドローンを準備中です』
私は表示された構造図を確認した。
「気圧、経路の状態、担架の姿勢を維持できるかどうか、それから戦闘が再開して急激な加速度変化が起きた場合の影響について、確認が必要ね」
『すべて点検中です』
「それからセラフィエル。ドローンを医療担当者の代わりにしてはいけません。患者の運搬を補助することはできても、移動中の患者の状態には、必ず責任を持つ人が必要です」
『役割分担を明確にしておきます』
私は記録を、必要な処置の優先度に従って分けていった。
「初期トリアージでは、気道、呼吸、循環への脅威と、搬送中に急速に悪化する可能性のある状態を優先して。安定している患者も、定期的に再評価する必要があります。今付けた優先度の表示を、容体が変わっても永久に有効なものとして扱わないように」
セラフィエルがすべてを記録した。
「利用可能なアクセスからでは、搬送できない患者がいた場合は?」と彼女が尋ねた。
「移動によって負傷が悪化する危険があるなら、無理に搬送してはいけません。ASTRAEAの医療班が、その場で実施できる安定化処置を判断する必要があります。容体が変化した場合や、別のアクセスが利用可能になった場合には、最新情報を送って」
私は機関部からの記録の一つへ目を向けた。
「到着後、すぐに追加の処置を必要とする患者もいるはずよ。受け入れ区域を準備して。同じ事件の被害者だからといって、負傷者全員を一つの部屋にまとめてはいけません」
『分かりました』
「もう一つ。今私が出している指針は、すべて遠隔地から受け取った情報に基づくものです。確定診断と最終的な処置の判断は、患者を担当する医療従事者が直接診察したあとに行わなければなりません」
『その制限も、相談プロトコルに明記します』
私は画面の中のセラフィエルを見つめた。
「それで、紬はどうしているの?」
彼女は一瞬まばたきをしてから、微笑んだ。
『指揮デッキで指揮を続けています。攻撃側にはかなり腹を立てていますが、救助経路が砲撃に巻き込まれないよう、作戦上の制限は維持していますよ』
「巨大な艦を現場まで運んできたからといって、自分が医療担当者の代わりまで務められると思わせないようにしてね」
『伝えておきます』
私は息を吐いた。
「分かったわ。患者のグループが受け入れ地点へ到着するたびに、最新情報を送って。初期評価が進んでいる間は、このチャンネルで相談を続けるわ」
『ありがとう、セレネ』
「お礼はあとでいいわ。救出できた人たち全員が、適切な診察を受けられてからにして」
私は再び患者の記録へ意識を戻した。
記載されている人数は、まだ最終的なものではない。
だからこそ、暫定報告を勝手に結論へ変えてほしくなかった。
### 視点:カリスタ・フェロ
「セラフィエル、緊急接続の準備はもう少しで完了する。避難用ドローンも合意済みの経路に合わせて配置した。ただし、患者を一人でも通す前に、ASTRAEAの技術班と一緒に最後の気圧確認を行いたい」
あたしは技術端末を見つめながら、接続機構の点検結果を待っていた。
ASTRAEONほどの巨大艦でも、致命的な損傷を受けた艦に船体をただ接触させて、双方の構造物があらゆる位置変化に問題なく耐えられると期待するわけにはいかない。
だからこそ、ASTRAEONの大型設備を、実際の強度がまだ分かっていないASTRAEAの構造部分へ無理やり接続するのではなく、使用可能だと確認されたアクセスに合わせて調整した緊急接続システムを使うことにしたのだ。
左側の画面では、接続装置が安定した位置を維持している。
右側では、複数の避難用ドローンが駆動装置、担架固定機構、通信、予備電源の点検を完了していた。
「カリスタ、ASTRAEA側から初期確認を受け取りました」とセラフィエルが答えた。「共同点検を実施する準備ができているそうです」
「よし。まずは気圧からだ。結果に問題がなければ、機械式固定装置の確認へ進もう」
あたしは皇室艦船の技術担当者との通信を有効にした。
「ASTRAEA、こちらASTRAEON技術部門のカリスタ・フェロです。これから接続部の点検を実施します。あたしとそちらのダメージコントロール担当者の双方が確認を出すまでは、内側の隔壁を開かないでください」
『了解しました。内側の隔壁は閉鎖状態を維持します』
あたしは手順を開始した。
気圧データが段階的に届き、それに続いて接続部の状態と固定機構の応答が表示されていく。
作業を中断しなければならないような問題は、発生していない。
「気圧は適正。機械式固定装置も正常に応答してる。次は、そちら側から経路をもう一度確認してください」
『点検完了です。連結区画に新たな気圧喪失の兆候はありません』
あたしは双方のデータを比較した。
「よし。緊急接続は限定的な搬送段階に使用可能と判断する。作業が完了するまで、ほかの構成は変更しないでください」
セラフィエルがあたしの端末へ近づいてきた。
「カリスタ、セレネからトリアージの指針が届きました」
「よかった。ちょうど、あいつに話しておきたいことが一つあったんだ」
「患者の搬送中、ドローンを医療従事者による監視の代わりにしてはいけないとも強調していました」
あたしは頷いた。
「当然だろ。ドローンは運搬装置であって、医者じゃない。移動中に患者が揺さぶられないよう、姿勢保持と位置調整のシステムは取り付けてある。だが、誰かの容体が搬送に耐えられるほど安定してるかどうかまで、装置に勝手に判断させるつもりはない」
セラフィエルは、あたしが完了させた点検項目に目を通した。
それから、にっこりと微笑んだ。
「適切な避難手順で進めてくださいね。一つでも手順を間違えたら、きっとセレネが怒ります。しかも、このあと患者の容体について、私からもう一度連絡しなければなりませんし」
あたしは彼女を振り向いた。
「なんだか、あたしが真っ先に怒られるみたいな言い方だな」
「接続装置とドローンの準備を指揮しているのは、カリスタでしょう?」
「医療情報が全部正しく伝わってるか確認する役目は、あんただろ?」
セラフィエルが小さく笑った。
「それなら、二人とも間違えるわけにはいきませんね」
「それなら公平だ」
あたしは点検一覧を指さした。
「ほら、見てみろ。搬送経路は双方で点検済み。各ドローンには手動操作できる担架固定装置が付いてるし、一機に障害が発生した場合の予備装置も用意してある。それに、患者の搬送中は最高速度を使用しないよう禁止してある」
「すべての観測結果を受け取っています」
「よし。セレネには、あたしが患者を貨物コンテナみたいに扱うつもりはないって伝えといてくれ」
「もう少し柔らかい言い方で伝えておきますね」
「好きにしろ。意味が伝わればそれでいい」
あたしはレアとの通信を開いた。
「レア、緊急接続の準備ができた。あんたは引き続き外側でアクセスの監視を手伝ってくれ。ヴァルキリーでドローンの移動を邪魔するんじゃないぞ」
『了解。ちゃんと空間を空けておくよ。Vector Caliperもヴェスペラが指定した地点を維持してる』
「よし。それと、本当にやむを得ない状況で、医療班がその方法を承認した場合を除いて、ヴァルキリーのマニピュレーターで患者を直接持ち上げたりするなよ」
『分かってるよ、カリスタ。装備の箱を持つみたいに、担架を持ち上げたりしないってば』
「それが分かってるなら安心だ」
ASTRAEA側からのインジケーターが変化したため、あたしは端末へ向き直った。
最初の患者グループが、アクセスの内側へ到着したのだ。
皇室艦船の医療担当者が準備完了を伝えてきた。ASTRAEONの受け入れ側でも、セラフィエルが指定したチームがセレネの初期指針を受け取り、必要な装置を準備している。
あたしは一機目のドローンを起動した。
「搬送装置01、承認済みの経路から進入。低速で」
ドローンが緊急接続部の内側へ進んでいく。
あたしは、その位置が変化するたびに監視を続けた。
ASTRAEAの医療担当者が、担架を固定システムへ装着するのを手伝う。患者の姿勢が確認され、医療上の責任者が搬送可能と判断したあと、ドローンはASTRAEONへ向けて戻り始めた。
気圧の変化はない。
接続部の障害もない。
しばらくして、受け入れ確認が表示された。
PATIENT TRANSFER 01 — RECEIVED
あたしは息を吐いた。
「よし。まだ一人目だぞ。これで仕事が全部終わったなんて、急に思い始めるやつがいないようにな」
セラフィエルが微笑んだ。
「セレネにも、この更新情報を伝えておきます」
「頼む。それから、固定装置を二回確認したかって聞かれたら、ちゃんと確認したって答えといてくれ」
「どうして三回ではないのか、と聞かれるかもしれませんよ」
あたしは鼻を鳴らした。
「だったら、自分でここまで来て、あたしと一緒に点検してみろって言ってやれ」
### 視点:モード・ラン・ヴァレス
私は、C-145-MCの契約管理とは別に設けた避難記録を開いた。
この二つを混同するわけにはいかない。
タラリスへ輸送する貨物は、引き続き元のマニフェストに従ってASTRAEONの貨物区画に保管されている。
一方、ASTRAEAから移送される人員と物品は、所有権や責任関係の異なる緊急救助作戦の対象だ。
せっかく人を救助できたあとになって、実際に何を移送したのか記録し忘れたせいで、事務的な問題が発生するようなことは避けたかった。
「セラフィエル、最初の患者はもう医療室に受け入れられた?」
「はい、ラン。受け入れチームから、ASTRAEAの医療担当者からこちらの担当者への医療上の責任の引き継ぎが完了したと確認されています」
「よかった。引き継ぎ時刻を入力しておくわ」
私はミレルへ連絡した。
「ソヴァン中尉、こちらASTRAEON VELORIAのモード・ラン・ヴァレスです。救助作戦の事務記録を担当しています。搬送された生存者の氏名と身元を照合する作業に、協力していただける人員はいますか?」
『おります、ヴァレスさん。ただし、損傷区画から救出された乗員の中には、個人識別情報を携帯していない者もいます』
「問題ありません。医療班の仮症例番号を使用してください。状況が落ち着いてから、貴艦の乗員名簿と照合できます。書類が完成していないという理由だけで、重傷の患者を待たせるつもりはありません」
『ありがとうございます』
「それから、避難中に使用する医療機材、患者の私物、そして運用上の安全確保のために持ち出す必要があるかもしれないASTRAEAの資産は、明確に区別しておきたいのです」
『患者を一人搬送するたびに、先に所持品の一覧を作成しなければならないのでしょうか?』
「それが医療行為を遅らせるのであれば、必要ありません。患者の状態を維持するために必要な物品は、まず医療担当者の判断に従って移送してください。記録は引き継ぎ後に更新できます。ただし、治療に直接関係しない書類や通信機器、艦の装備については、移送前にお知らせいただきたいのです」
『承知しました』
私は、彼らの士官が最初から新しい書類を作る必要のないよう、簡潔な記録様式を送信した。
画面上では、一覧が少しずつ埋まり始めた。
| 避難記録 | 記録する情報 |
| -------- | ----------------- |
| 生存者の識別情報 | 確認済みの氏名、または仮症例番号 |
| 搬送元 | 最後に確認された区画 |
| 医療上の状態 | 医療担当者による分類に従う |
| 救助時刻 | 実際に発生した出来事に基づいて記録 |
| 引き継ぎ | 送り出し側と受け入れ側の担当者 |
| 同伴する物品 | 記録済みの医療機材および私物 |
| 暫定的な最終状態 | 搬送中、受け入れ済み、または未発見 |
私は、それぞれの情報を、確認元とともに保存していった。
捜索班が活動を続けている以上、最終人数を入力する理由はない。
私が二件目の報告を照合していると、紬が近づいてきた。
「事務処理はどう?」
「順調よ。記録作業が医療行為を妨げないようにしているわ。その一方で、患者が到着したら、誰がその後の処置に責任を持つのかを必ず記録しているの」
「よかった。あとで家族の人たちが、捜している相手がどこに搬送されたのか分からなくなるようなことにはしたくないからな」
私は少しだけ彼を見つめた。
「それも、この一覧を作った理由の一つよ」
紬は私の端末を確認した。
「ASTRAEA側の物品で、特別に保管しておく必要があるものは?」
「今のところ、あなたの判断を必要とする要請はないわ。もし王室の記録文書や高額資産の移送を求められたら、別件として記録し、適切な承認があることを確認するつもり。緊急事態を理由に、彼らの所有物を勝手に接収するようなことはしないわ」
「同感だ」
私は確認を終えたパネルを閉じた。
「それから、もう一つあるわ、紬。私たちの輸送契約の報酬は、引き続き未受領よ。今回の救助活動は航行中に発生した追加のインシデントとして記録していて、C-145-MCの業務完了としては扱っていないわ」
彼は小さく笑いながら、こちらを見た。
「こんな状況でも、まだ報酬のことを考える余裕があるんだな」
「こんな状況だからこそ、考えておかなければならないのよ。新しい仕事が発生するたびに、既存の義務に関する記録を失うわけにはいかないでしょう?」
「分かったよ。反論はしない」
次の確認情報が届いたため、私は端末へ意識を戻した。
二人目の患者の受け入れが完了している。
三番目のグループは、ASTRAEAで搬送準備中だ。
しかし、捜索者一覧に並んだいくつかの名前には、まだ新しい状態が記載されていなかった。
私は思っていた以上に長く、その欄を見つめていた。
普段なら、数字と時刻、書類を通じて確実な答えを得られるのが事務管理という仕事だ。
けれど今夜は、空白のまま残された欄のいくつかが、そこに名前のある人々の運命を、私たちはまだ知らないのだという事実を思い出させていた。
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
「殿下、三人目の患者が緊急接続部へ向けて搬送されています。ASTRAEON側は最初の二人を受け入れ、両名とも医療担当者の監視下に入ったと報告しています」
私は臨時医療区画で、その更新情報を受け取った。
「後部サービス通路の負傷者たちは?」
「捜索班が追加の人員を複数名救出できました。ただし、一名は連絡経路を通じて搬送する前に、特別な準備が必要です」
「十分に容体が安定するまでは、無理にアクセスを通過させないよう、医療担当者へ伝えてください」
「承知しました」
私は、ベッドとベッドの間に少しずつ空間が生まれ始めた部屋を見渡した。
複数の負傷者をASTRAEONへ送り出すことには成功した。
しかし、空いた場所ができたからといって、すぐに部屋の空気まで軽くなったようには感じられなかった。
奥の壁際では、一人の医療担当者がダメージコントロール士官と並んで立っていた。
二人の表情を見た私は、呼び止められるより先に近づいた。
「何があったのですか?」
士官が頭を下げた。
「殿下、捜索班が、これまで進入できなかったサービス区域の一つで点検を完了しました」
私は続きを待った。
「機関部の人員を複数名発見しました」
「容体は?」
彼は息を吸い込んだ。
「同行した医療担当者が確認を行いました。そのうち何名かは……救命できませんでした、殿下」
一瞬、周囲の医療機器の音が、ひどく遠くから聞こえるように感じられた。
私は差し出された報告書の名前に目を落とした。
その中には、見覚えのある名前がいくつかあった。
ある技術員は、出航前に私がASTRAEAの推進システムを視察した際、作業を手伝ってくれたことがある。彼は自分の仕事について、あまりにも熱心に説明してくれたため、予定の視察時間を超過していると、私の護衛士官が注意しなければならなかったほどだった。
今、その名前は、救命できなかった者の報告書に記載されている。
私は端末を少し下げた。
「身元の確認は済んでいますか?」
「今回報告した名前については、確認済みです、殿下。ほかの人員の状態は、引き続き調査しています」
「分かりました。まだ発見されていない者と、死亡が確認された者を一緒に扱ってはいけません」
「承知しました」
私は端末を彼へ返した。
手を離すとき、わずかに震えていることに気づいた。
私は制服の袖を整えるふりをして、その動きを隠した。
「彼らの名前をミレルへ送り、正式な記録に残してください。一緒に発見された私物も、艦の装備と混ざらないよう、適切に保管すること」
「承知しました、殿下」
医療担当者が、心配そうに私を見つめていた。
「殿下、少しお休みになられますか?」
私は首を横に振った。
「まだです。搬送を必要としている人が残っていますから」
自分の返答が、冷たく聞こえたかもしれないことは分かっていた。
本当は、どこかに腰を下ろして目を閉じ、今しがた報告書に名前が記載された人々の顔を思い返したかった。
彼らは私たちと一緒に出航した。
ASTRAEAが攻撃されたときも、自分の任務を果たしていた。
そして今、全員が帰還できるわけではないという現実を、私は受け入れなければならない。
しかし、その同じ部屋では、新たな患者が搬送地点へ運ばれているところだった。
医療担当者が、担架をドローンへ載せる前に支持装置を調整するため、手助けを求めている。
私は彼らへ近づいた。
「何か手伝えることはありますか?」
「殿下、担架を搬送する間、前方の経路に障害物がないことを確認してくださる方が必要です」
「分かりました。私が担当します」
私は扉の近くに立っていた二人の乗員へ合図し、不要な装備を移動させた。
それから連絡隔壁までの経路を確認する。
そこでは、ASTRAEAとASTRAEON双方の担当者が確認を完了すると、インジケーターの色が変化した。
担架がゆっくりと動き始める。
私は、患者が私たちの区画を出て緊急接続部へ入っていくまで、その姿を見守った。
しばらくして、救助艦から受け入れ確認が届いた。
私は息を吐いた。
また一人、搬送することができた。
携帯端末を通じて、ミレルから連絡が入った。
『殿下、アルケイオン艦隊の位置について、セラフィエル・ヴェロリアから新しい報告があります』
私はすぐに端末を持ち上げた。
「繋いでください」
画面にセラフィエルの顔が現れた。
『セラフィナ殿下、避難作戦に関係する戦術状況の変化をお伝えしたいと思います』
「どうぞ」
『アルケイオンの指揮艦が、部隊の一部をこれまでの陣形から引き下げ始めています。複数の接触反応が、私たちの使用している救助宙域から遠ざかっています』
私は沈黙した。
「攻撃を停止したのですか?」
『まだ確認できていません。アルケイオンの一部部隊は引き続きこの宙域に残っており、検証可能な作戦停止の宣言も受け取っていません』
「つまり、救助経路が完全に安全になったわけではないのですね」
『そのとおりです。ASTRAEONは搬送中も監視と防御態勢を維持します。状況が変化した場合は、作戦を調整する前に、そちらの担当者へ通知します』
私は頷いた。
「ありがとうございます、セラフィエル。合意済みの手順に従うと、星崎艦長へお伝えください」
『承知しました、殿下』
通信が終了した。
私は、再びASTRAEAの区画状態を表示するようになった画面を見つめた。
敵艦の一部が撤退し始めている。
けれど、まだすべてが去ったわけではない。
この変化が、彼らの艦隊が被った損害によるものなのか、指揮官による新たな判断なのか、それとも、まだ私たちには見えていない別の理由があるのかは分からなかった。
今は推測しても仕方がない。
私は生存者一覧を再び開き、ミレルを呼び出した。
「医療担当者の指針に従って、避難を続けてください。敵艦が遠ざかり始めたという理由だけで、搬送の順序を変えてはいけません」
『了解しました、殿下』
私は、先ほど死亡が確認された人々の名前へ一瞬目を向け、それから、まだ救助を待っている人員の一覧へ意識を移した。
「それから、彼らが最後に確認された場所の最新情報を捜索班へ送ってください。安全に確認できる経路が残っている限り、私たちの仕事はまだ終わっていません」
ASTRAEAの船体の外側では、ASTRAEON VELORIAという名の巨大艦が、その位置を維持し続けていた。
一台、また一台と担架が緊急接続部を通過していくなかで、私はようやく理解した。
一隻の艦を救うということは、必ずしも、その船体を無傷のまま守り抜くことではない。
ときには、その中にいる人々が、まだ明日を迎えられる可能性を守ることこそが、何よりも大切なのだ。
【次話予告・第162話】
「戦姫は頭を下げない」
戦姫は絶望に屈しない――セラフィナは、乗員たちの命を奪った攻撃の結果と向き合う。一方、ASTRAEON VELORIAの防護のもとで避難は続いていた。次に下す決断が、彼女がこれまで指揮してきた皇室艦船を、どのように離れることになるのかを決める。




