【第160話】「白銀の船へ」
【第160話】「白銀の船へ」
ヴェルドラコン出航から28日目 — 艦内標準時 23:17~23:34 場所:タラリス外縁通過回廊 — ASTRAEON VELORIA → ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNの防護側面 視点:ヴェスペラ・ノクス・オーレル → レア・ヴァレン → セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → 星崎紬
### 視点:ヴェスペラ・ノクス・オーレル
「紬、接近経路を確保できました。ただし、ASTRAEONを動かす前に、一つ知っておいていただきたいことがあります」
私は航法地図を拡大し、アルケイオンの接触反応04が破壊されたあとも移動を続けている残骸と、活動中の艦を示すマーカーを分離した。
ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNの周辺宙域は、以前ほど密集していない。レアとVector Caliperは護衛のモビルフレームを退け、ASTRAEAの主エンジン部分へ接近しようとしていた攻撃艦を破壊することに成功した。
その成果によって、数分前まで存在しなかった機会が生まれている。
残念ながら、敵艦が一隻破壊されたからといって、宇宙空間がすぐに安全になるわけではない。
接触反応04の船体破片は、今も周囲へ拡散している。小型機にとって危険なほど高い相対速度を持つものもあり、残されたアルケイオン艦も、戦闘位置から完全に離脱したわけではなかった。
紬が私の端末へ近づいてきた。
「何が問題なんだ?」
「ASTRAEONをASTRAEAの防護が残る側面へ導くことはできます。ただし、利用可能な経路は、通常の入港接近と同じように扱うには狭すぎます。残骸の動きに合わせて位置を調整し、皇室艦船の近くで大きく旋回せずに退避できる可能性も維持しなければなりません」
「つまり、まっすぐ近づくわけにはいかない?」
「むしろ、それが最もお勧めできない方法です」
私は右側の投影図を指さした。
「ここをご覧ください。接触反応04の最大の残骸はASTRAEAから遠ざかっていますが、小さな破片は、一見すると最短に見える経路上に散らばっています。少し外側の航路を選べば、最も近い残骸群が移動したあとで、その宙域を通過できます」
セラフィエルが追加のセンサー情報を私の端末へ送ってきた。
「ヴェスペラ、追跡可能な物体の移動経路を更新しました。一部の小さな破片は、個別に識別できる確度に達していません。そのため、追加の安全距離を維持することを推奨します」
「そのつもりです」
紬が計算結果を確認した。
「残っているアルケイオン艦の射線は?」
私は指揮艦と、まだ活動している迎撃部隊の位置を拡大した。
「彼らが発砲する可能性を、すべて排除することはできません。ただ、現在の位置関係なら、ASTRAEONはこの外側の角度から、包囲網の中央を通らずにASTRAEAの比較的防護が残っている側面へ接近できます」
「相手が陣形を変えた場合は?」
「接近中止用の航路も準備してあります。接近を停止し、段階的に方向を変えたあと、ASTRAEAの近くで艦を旋回させることなく、同じ回廊から離脱できます」
私は、皇室艦船の近くを移動している味方のマーカーを一つ指さした。
「それから、もう一つ。私たちが接近している間、Vector CaliperにはASTRAEAの近くに留まってもらいたいのです」
紬がこちらを向いた。
「航路の護衛として?」
「はい。レアはヴァルキリーを使い、避難地点により近い宙域を確認できます。ただし、アルケイオン艦がその経路へ入ろうとするたびに、彼女がASTRAEAの側面から離れなければならない状況は避けたいのです。Vector Caliperには、比較的安定した位置から監視を維持し、支援を行うために十分なセンサーと兵装があります」
セラフィエルが頷いた。
「ASTRAEON、Vector Caliper、ヴァルキリーの間で観測情報を共有できます。通信に障害が発生した場合も、それぞれがローカル観測情報と、あらかじめ設定された運用制限を保持します」
「よかった。救助隊の安全を、一つの通信回線だけに依存させたくはありませんから」
紬は艦長席へ戻った。
「だったら、ヴェスペラの計画で進めよう。セラフィエル、レアとVector CaliperのAIに連絡してくれ。中型艦にはASTRAEAの防護側面付近を維持してもらう。ただし、俺たちの接近に必要な空間は塞がないように」
「はい、紬」
私はVector Caliperへ、新しい待機地点の座標を送信した。
その位置は、今回の作戦で使用する予定のASTRAEAの側面を監視するには十分近く、それでいてASTRAEON VELORIAが最後の針路修正を行うための空間も確保できる場所だった。
「Vector Caliper、こちらヴェスペラ。新しい警戒地点を送信します。ASTRAEONの接近中は、その位置を維持してください。外側から進入する脅威の監視を優先し、担当宙域から撤退する敵艦は追跡しないように」
中型艦のAIが通信に応答した。
『指示を受領しました。指定された警戒地点へ移動します。ASTRAEONの接近経路は引き続き確保します』
続いて、レアがすぐに答えた。
『私はASTRAEAに近い側を見張るね。モビルフレームがこっそり入り込もうとしても、すぐに止められるから』
「損傷した船体に近づきすぎないでください、レア。構造の状態は、まだすべて把握できていません」
『了解!』
私は短い通信を終え、再び航法へ意識を集中させた。
「紬、接近を開始できます」
「実行してくれ」
私は操縦装置を操作し、事前にカリスタが確認した機動プロファイルを有効にした。
ASTRAEON VELORIAが針路を変え始める。
全長8,600メートルを誇るこの艦は、その大きさと外観から受ける第一印象をはるかに上回る機動能力を持っている。しかし、深刻な損傷を負ったほかの艦の近くにいる今、その極端な能力を見せつける理由などない。
私は速度の変化を段階的に調整した。
メインスクリーンでは、ASTRAEAの位置が投影図の中央からゆっくりと右側へ移っていく。最大の残骸を示すマーカーは安全な距離を保って通過し、その間もセラフィエルが小さな物体の動きを更新し続けていた。
「第一修正、完了しました」と私は報告した。「外側の接近経路へ入ります」
「アルケイオンの反応は?」と紬が尋ねた。
セラフィエルが答えた。
「指揮艦は引き続き当艦の位置変更を監視しています。新たな兵装の発射はありません」
私は、彼らが使用する可能性のある攻撃経路を示したラインを確認した。
「相手が動いた場合、接近を中止できる角度を維持します」
「航法は任せたよ、ヴェスペラ」
「もちろんです」
私は、画面上で次第にはっきりと姿を現す白銀の艦を見つめた。
これまで、私たちは包囲網の外側からASTRAEAを見守ることしかできなかった。
しかし今、ようやく私たちは、助けを求め続けていた人々のもとへ向かっている。
### 視点:レア・ヴァレン
「Vector Caliper、ヴェスペラが指定した座標にはもう着いた?」
『最後の位置修正を完了しつつあります、レア。ASTRAEON VELORIAの接近経路へ入ることなく、指定された警戒地点に到達します』
「よし。外側の監視をお願いね。私はもう少し近づいて、ASTRAEAのまだ使えそうな側面を確認したいから」
『了解しました。武装した接触反応、および担当宙域へ進入する可能性のある移動物体の監視を維持します』
私はヴァルキリーを皇室艦船の方向へ移動させた。
今の距離から見るASTRAEAの損傷は、格納庫を出たばかりのころよりも、ずっとはっきりしていた。
後部の数箇所では外装が剥がれ落ち、複数の船体面を横切るように着弾痕が残っている。主エンジン周辺の構造もひどく損傷していて、こんな状態で、どうやって艦内の乗員が気圧の維持された区画を守り続けているのだろうと思ってしまうほどだった。
「セラフィエル、ASTRAEAの技術班が安全だと確認したのはどの部分?」
「比較的防護が残る側面にあるサービスアクセスを調査中です。その奥の区画では、まだ気圧が検知されています。ただし、外側の扉には開放許可が出ていません」
「じゃあ、まだ船体にぴったりくっつくところまでは近づいちゃ駄目なんだね?」
「そのとおりです。接続構造と連結されている隔壁に、追加の損傷が生じないことを、先方の技術班が確認する必要があります」
私は頷いた。
「まずは外側から調べてみるよ」
コックピットの画面に、新たなマーカーが現れた。
ASTRAEON VELORIAが、ヴェスペラの用意した経路に沿って動き始めたのだ。
私のいる場所から見る、その位置変更はとても印象的だった。
巨大な艦が、残骸の散らばる宙域とアルケイオンの監視区域の間を、無駄のない動きで進んでいく。戦闘構成はまだ有効になっていたが、ASTRAEAへの危険を増やさないよう、速度は慎重に制御されていた。
私は微笑んだ。
「見て、Vector Caliper。ようやく私たちの家が来たよ」
『ASTRAEON VELORIAが接近経路へ入りました。ヴェスペラの指示に従い、機動空間を確保します』
「分かってる。私たち二人で、せっかくの駐車場所を塞いじゃったら大変だもんね」
『その危険性は、すでに航法計画に織り込まれています』
「本当に、冗談をそのまま流してくれないんだから」
『異なる応答をご希望でしょうか?』
私は笑った。
「それは今度、一緒に勉強しよう。今は集中してね」
私はASTRAEAのサービスアクセスの映像を拡大した。
まだ無事な船体面の一つの近くに、安全標識らしきものが見える。おそらく、船外整備区域を示す表示だろう。
ただし、その周囲のパネルのいくつかは変形していた。
近づいてみたら、そこが構造上の弱点だった、なんてことにはしたくない。
「セラフィエル、この映像をASTRAEAの技術班へ送って。私が見ている場所を把握してるか聞いてみて」
「はい」
しばらくして、通信から女性の声が聞こえた。
『こちらASTRAEA、ミレル・ソヴァン中尉です。映像を受信しました。その地点は内部サービス通路に接続していますが、技術班が現在、扉と連結区画の気圧状態を確認しています』
「私はヴァルキリーのパイロット、レア・ヴァレン。今、そちらの船体の外側にいるよ。技術班が追加の外観確認を必要としているなら、パネルを開けたりしない範囲で手伝えるからね」
『ありがとうございます、レア。こちらから当該区画の担当者へ連絡するまで、しばらく距離を保ってください』
「了解」
私はカメラを別の部分へ向けた。
サービス経路の近くにある船体面には長い亀裂が走っており、その周囲を囲むフレームにも着弾痕が残っていた。
私は映像を拡大した。
「セラフィエル、あの部分は、まだ気圧が維持されているシステムに繋がってる?」
「ASTRAEAから共有された一般構造図によると、すでに隔離されたサービス区画の近くに位置しています。ただし、外部観測だけでは現在の状態を確定できません」
「だったら、あそこは救助経路に使わないでおこう」
「あなたの発見を先方の技術班へ伝えます」
そのとき、突然センサー警報が鳴った。
私はすぐに戦術地図へ注意を向けた。
「何!?」
『レア、警戒区域の外側から接近する二つの小型接触反応を検知しました』とVector Caliperが報告した。『暫定分類では、アルケイオンのモビルフレームである可能性があります』
私はヴァルキリーのライフルを構えた。
「距離と方向は?」
画面に新しいマーカーが現れる。
二機は私たちのいる宙域へ近づいていたが、まだASTRAEAへ直接向かう経路には入っていない。
私は動き方を観察した。
「接触反応04が破壊されたあとにできた隙間を探してるのかな?」
セラフィエルが答えた。
「まだ確定できません。現時点では観測可能な距離に留まっており、兵装の発射も確認されていません」
私は紬へ連絡した。
「紬、外側に新しいモビルフレームが二機いるよ。Vector Caliperも捕捉してる。私はASTRAEAのアクセスを守って、追いかけたりしないから」
『いい判断だ。Vector Caliperに監視を維持してもらおう。救助経路へ入ろうとしたら、行動を起こす前に報告してくれ』
「了解」
私は中型艦との通信を開いた。
「Vector Caliper、聞いてたよね? ASTRAEAの近くで位置を維持して。姿を見せたからって、誘いに乗って出ていっちゃ駄目だよ」
『指示を受領しました。兵装システムは防御待機状態を維持します』
私は照準システムを切らないまま、ライフルを少し下げた。
しばらくして、ASTRAEAからの通信が再び有効になった。
『レア、こちらの技術班が、あなたの確認しているサービスアクセスを特定しました。内部区画の気圧は、まだ維持されています。ただし、外側の扉は自動システムでは完全に開放できません』
「じゃあ、手動での支援が必要なの?」
『その可能性があります。内側の担当者が、現在、非常用機構を準備しています』
私は扉の映像をもう一度確認した。
「気圧が安全だって確認できたら、外から手伝えるよ。でも、そっちから指示が出るまでは触らないからね」
『ありがとうございます。現在使用可能な開放手順を送信します』
私は頷いた。もちろん、ミレルにはその動きは見えないだろうけれど。
「うん。ここで待ってる」
側面の画面では、ASTRAEON VELORIAがさらに近づいていた。
私はその巨大な船体をASTRAEAと見比べ、小さく微笑んだ。
「紬、今回は本当に、家を丸ごと連れて迎えに来たみたいだね」
通信から返答が聞こえた。
『たまたま840万GCの軍用貨物を積んでいて、武装艦に囲まれてる家だけどな』
私は笑った。
「そんな言い方したら、ロマンチックな雰囲気が台無しじゃない」
『観光旅行じゃないんだよ、レア』
「はいはい。ちゃんと仕事しまーす」
私は再びASTRAEAのサービスアクセスへ向き直った。
皇室艦船の技術班から共有されたデータに、新しい気圧インジケーターが現れる。
少なくとも、船体を大きく解体せずに到達できる部分が、まだ残っていた。
そして、その内側にいる人たちも、私たちのために道を開こうとしている。
### 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
「殿下、技術班がヴァルキリーのパイロットから観測結果を受け取りました。現在、防護側面のサービスアクセスを手動で開放する準備を進めています」
私はミレルに頷いた。
「区画の気圧状態は?」
「まだ安定しています。損傷区域から内部への連絡経路が確実に隔離されていることを確認しているため、外側の扉はまだ開放していません」
「よろしい。点検が終わる前に、作業を急がせてはいけません」
私は再びASTRAEAの艦内構造図を確認した。
指揮中枢では、いくつかの端末がまだ予備電源で稼働している。しかし、主エンジン二基に致命的な損傷を受けたあと、艦の後部は、外部の戦術画面から見える以上にひどい状態になっていた。
医療担当者たちは、気圧の維持された区画へ複数の負傷者を搬送していたが、機関部の全人員が避難経路へ到達できたわけではない。
まだ発見されていない者もいる。
私は地図上で赤く表示された区域を指さした。
「後部サービス通路の捜索班からは、どのような報告が来ていますか?」
一人の士官が答えた。
「別の経路を通じて内部へ進入できました。負傷した生存者が複数名います、殿下。そのうち一名は、介助なしでは歩行できません」
「医療班には、その情報を伝えてありますか?」
「はい。ただし、搬送のために追加の人員を要請しています」
「まだ動ける人員を向かわせなさい。気圧を喪失した区画に直接接している経路は使わないように」
「承知しました!」
私は、まだ所在が確認できていない人々のマーカーを見つめた。
時間は刻々と過ぎている。
艦の外では、ASTRAEON VELORIAが接近を開始していた。先ほどアルケイオンの攻撃艦の一隻を破壊した中型艦Vector Caliperが、ASTRAEAの防護側面付近で位置を維持しているという通知も受け取っている。
彼らは救助経路を形成し始めていた。
しかし、私たちが残された生存者を見つけられなければ、その機会は艦内に取り残された人々にとって何の意味も持たない。
「殿下」とミレルが言った。「星崎艦長が、避難に使用可能な区画について最新情報を求めています」
「検証済みの報告を渡してください。まだ発見されていない人員については、すでに集合地点へ到着しているかのように記載してはいけません」
「了解しました」
私は机から携帯端末を取った。
「臨時医療区画へ向かいます」
一人の士官が、すぐに近づいてきた。
「殿下、指揮中枢にはまだ殿下が必要です」
「そして、負傷した人々にも、避難経路の変更が必要になったときに判断を下せる者が必要です。あなたはここに残って、ASTRAEONとの通信を維持しなさい。こちらからの連絡は切りません」
「ですが、もし外の状況が悪化した場合は――」
「そのときは内部回線で私を呼び出してください」
私は彼を見つめた。
「まだ戻っていない人員がいるのです。端末上で行方不明者の名前として記録されているだけの状態で、私はこの艦を見捨てるつもりはありません」
彼は頭を下げた。
「承知しました、殿下」
私は連絡担当者を一人伴い、指揮中枢を出た。
臨時医療区画へ向かう通路は、普段とはまるで違う様子になっていた。壁に沿って非常灯が点灯し、いくつかの経路は追加の隔壁によって閉鎖されている。
到着すると、すぐに医療担当者たちの声が聞こえてきた。
「次の患者を左側へ! 交換用の装置を取り付けるまでは、酸素供給を外さないで!」
非常用ベッドには、複数の乗員が横たわっていた。まだ会話のできる者もいれば、名前を呼ばれたときに、手をわずかに動かすことしかできない者もいた。
一人の医療担当者が近づいてきた。
「殿下」
「皆の容体は?」
「機関部から搬送された負傷者の一部は、安定させることができました。しかし、現在こちらで使用できる設備よりも高度な医療施設を必要としている重傷者もいます」
「救助艦がすでに接近しています。現在、アクセスを準備しているところです」
医療担当者の表情が少し変わった。
「避難は、もう承認されたのでしょうか?」
「まだ始まっていません。経路の安全が確実になるまでは、約束するつもりもありません。ただし、患者の実際の容体に基づいて、医療上の優先順位を準備しておいてください。機会が訪れたときに、誰を先に搬送すべきか決めるところから始めて、貴重な時間を失うわけにはいきません」
「承知しました」
私は、つい先ほど運び込まれた技術員の一人へ近づいた。
制服は破れ、片腕には包帯が巻かれている。私が来たことに気づくと、彼は起き上がろうとした。
「殿下……」
「横になっていなさい」
「機関部は……私たちは、守りきれず――」
「損傷の報告は受け取っています。今のあなたの仕事は、医療担当者に治療してもらうことです」
彼は唾を呑み込んだ。
「まだ隔壁の向こうに人が残っています、殿下」
私は連絡担当者へ振り向いた。
「彼が最後に把握していた位置を記録して」
技術員は少しだけ手を上げ、携帯端末を指さした。
「内側のサービス通路です。主経路が閉鎖されたときに、私たちは離れ離れになりました。何人かが避難室へ向かっていましたが……中に入れたかどうかは分かりません」
私は彼のベッドの横にしゃがんだ。
「あなたのおかげで、手掛かりが得られました。その情報は捜索班へ伝えます」
彼の目が赤くなった。
「申し訳ありません、殿下。私たちはエンジンを守れませんでした……」
「あなたたちは、この艦を少しでも長く動かし続けようと努力してくれました。私に謝る必要などありません」
私は立ち上がり、その情報を連絡士官へ渡した。
「この位置を捜索班に送って。どのアクセスを開く場合も、必ず先に気圧状態を確認するように」
「承知しました!」
私は再び、部屋を埋める人々を見渡した。
彼らの大半は、皇室の名誉についての演説など求めていない。
必要なのは医療処置と、安全な脱出経路。そして、誰かが今も仲間を捜そうとしているという確信だ。
私がまだこの艦に立っていられる限り、それを確かなものにしなければならなかった。
### 視点:星崎紬
「ヴェスペラ、相対距離はどうなってる?」
俺はメインスクリーンに映るASTRAEAを見つめた。
皇室艦船は、今やずっと近くに見える。後部の損傷は明らかで、主エンジン周辺の複数の高温地点も、まだ完全には安定していないことを示していた。
「外側接近の最終段階へ入りました」とヴェスペラが答えた。「ASTRAEONの動きによって皇室艦船との相対位置が急激に変化しないよう、相対速度を調整しています」
「退避用の空間は?」
「引き続き確保しています。損傷した構造物へ船体を近づけすぎないようにしてあります」
「よし」
それから俺はセラフィエルへ顔を向けた。
「Vector Caliperの状態は?」
「ASTRAEA付近の警戒地点に到着しています。艦載AIが外側の監視を維持しており、レアは皇室艦船の技術班が準備を進めているサービスアクセスを確認中です」
「二人に繋いでくれ」
通信回線が開いた。
「レア、紬だ。ASTRAEONが接近を始めてる。こっちの接近が完了するまで、Vector CaliperにはASTRAEAの近くで位置を維持してもらいたい。撤退する敵を追いかけるために、あの艦を動かさないように」
『了解。私は救助経路から離れないよ』
続いて、中型艦のAIが応答した。
『警戒地点を維持します。避難宙域へ進入する可能性のある脅威を検知した場合は報告します』
「よし。レア、調べてるアクセスはどうなった?」
『ASTRAEAの技術班が、奥の区画にはまだ気圧があるって確認してくれたよ。でも、外側の扉は手動で開けないといけないみたい。安全手順が終わるのを待って、それから外側から手伝うつもり』
「無理に接続しようとしないでくれ。避難を急いだせいで、まだ安全な区画まで気圧を失うようなことにはしたくない」
『分かってる』
俺はランを見た。
「作戦記録はどうなってる?」
「すべての行動を緊急ログに記録済みよ。C-145-MCの契約は引き続き有効で、貨物もASTRAEONに積載されたまま。契約貨物がVector Caliperへ移された事実もないわ」
「よし」
ランがカリスタからの更新情報を見せてくれた。
「接近中も貨物の状態は安全だと、技術部門から確認が取れているわ」
俺は頷いた。
少なくとも、ASTRAEAを助けるという判断によって、それ以前から引き受けていた別の責任を無視することにはなっていない。
セラフィエルが近づいてきた。
「紬、セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコンから、直接通信の要請が入っています」
「繋いでくれ」
しばらくして、スピーカーから彼女の声が聞こえた。
『星崎艦長、セラフィナです。ASTRAEON VELORIAが、こちらの艦の防護側面へ接近していると報告を受けました』
「そのとおりです。主な射線を一時的に横切らずに済む経路を確保できました。Vector CaliperはASTRAEAの近くで監視を維持しており、こちらのパイロットも、外部アクセスについて貴艦の技術班と調整しています」
『こちらでは、その経路から到達可能な区画へ負傷者を搬送しています。ただし、まだ所在が確認できていない乗員が複数名いることも、お伝えしなければなりません』
「最後に確認された場所は分かっていますか?」
『一部は判明しています。機関区域から救出された技術員から、先ほど追加の情報を得ました。現在、捜索班が確認しています』
俺はセラフィエルが共有してくれた地図を見つめた。
「分かりました。こちらも外部からの観測に協力し、脱出経路を準備できます。ただし、全員が危険を理解できるよう、今の段階で作戦の制限を明確にしておく必要があります」
セラフィナはすぐには答えなかった。
『どうぞ、艦長』
俺は、まだ活動しているアルケイオン艦の位置をちらりと確認した。
「救助経路を防護できる限り、俺たちは救助作戦を継続します。アルケイオン艦が避難宙域に対する照準ロックを再び取得した場合、その脅威に対処できるまで、外部アクセスを通じた人員の移動を一時停止するよう命じます」
『承知しました』
「それから、今回の接近段階には時間的な制限を設けます。その時点で敵の位置、双方の艦の状態、そして到達可能な生存者の人数を再評価します。もし撤退を余儀なくされた場合は、機動を開始する前に、連絡経路上にいる全員が、どちらかの安全な区画へ戻っている状態にしておきたいんです」
セラフィナが、はっきりとした口調で答えた。
『その条件は、すべての部門責任者へ伝えます。ただし、私からも一つお願いがあります』
「何でしょう?」
『まだ発見されていない乗員全員を、すでに救助不能になった者として扱わないでください。捜索班に安全な経路があり、確認可能な位置情報が残されている限り、捜索は続けてほしいのです』
俺は画面に現れた報告書を見つめた。
今の時点で、最終的な犠牲者数を確定することはできない。医療区画にいると確認された人員もいれば、生存者の証言によって、最後に確認された場所がようやく分かったばかりの人もいる。
「根拠もなく、行方不明者を死亡者として扱うことはしません」と俺は答えた。「ただし、誰かがそこにいるかもしれないという希望だけで、すでに安全ではなくなった区画へ捜索隊を送り込むつもりもありません。把握している中で最も正確な情報をください。実際の状況に基づいて判断しましょう」
『……ありがとうございます、星崎艦長。それで十分です』
セラフィナが次の更新情報を送ると伝えたあと、通信は終了した。
俺は再びセラフィエルを見た。
「サービスアクセスの状態は?」
「ASTRAEAの技術班から、ミレルを通じて確認が届きました。内部の隔離作業は完了し、限定的な手動開放手順を実行できる状態です。レアにも手順を送信済みです」
「だったら、支援を許可してくれ」
「はい」
俺は作戦用の通信回線を開いた。
「レア、ASTRAEAの技術班が手順を確認してくれた。向こうの指示に従って、外部アクセスの開放を手伝っていい。ただし、確認対象に含まれていない構造物には、余計な作業を加えないこと」
『了解! 今から始めるね!』
画面の一つに、ヴァルキリーのカメラ映像が現れた。
レアが慎重にサービスアクセスへ接近し、ヴァルキリーのマニピュレーターを使って、ASTRAEAの自動システムだけでは完全に動かせなくなっている機構を補助する様子が見える。
彼女はいきなり扉全体を引っ張ったりはしなかった。
内側の技術員から送信された手順に従い、一段階ずつ動かしている。
しばらくすると、アクセス部分に隙間が開いた。
「セラフィエル、気圧の状態は?」
「引き続き安定しています。ASTRAEAの技術班からも、内側の隔壁が区画の隔離状態を維持していると確認が取れました」
俺は安堵の息を吐いた。
「よし」
ほどなくして、適切な安全装備を身につけたASTRAEAの担当者が、そのアクセスの近くに姿を現した。
彼は接続機構を再確認する前に、レアへ視覚的な確認合図を送っている。
通信からミレルの声が聞こえた。
『星崎艦長、サービスアクセスの開放に成功しました。接続している内部経路で、負傷した生存者を複数名発見しています。現在、出口へ向けて搬送中です』
「人数は確定していますか?」
『まだです。複数の捜索班が活動中で、すべての区画から完全な報告を受け取ったわけではありません』
「了解しました。暫定的な数字を最終人数として扱わないようにしてください。すでに発見され、安全に搬送できる人々を優先しましょう」
俺は戦術地図を拡大した。
レアが先ほど検知したアルケイオンのモビルフレーム二機は、今もVector Caliperの警戒区域の外側に留まっている。指揮艦からも、新たな砲撃は行われていない。
だが、相手が引き続きこちらを監視していることは、どうにも気に入らなかった。
「ヴェスペラ、退避経路が開いたままになっているか、確認を続けてくれ」
「監視しています。相手が大きく位置を変更しない限り、準備済みの経路は引き続き使用可能です」
「セラフィエル、避難アクセスかVector Caliperに対する照準ロックの兆候があったら、すぐに報告してくれ。発砲まで待つ必要はない」
「了解しました、紬」
俺は再びヴァルキリーのカメラ映像へ目を向けた。
ASTRAEAの担当者たちが、出口の経路を確保し始めている。一人の生存者が介助を受けながらアクセス内部を通過し、その一方で、別の人員たちは自力で移動できない負傷者の搬送装備を準備していた。
ようやく、入口を見つけることができた。
まだ全員を救えたわけじゃない。
捜索班から報告が届くたびに、その人数でさえ変わり続けている。
それでも、これまで通信を通じて話し合うことしかできなかった作業が、今、ようやく実際に動き始めていた。
「紬」とセラフィエルが声をかけた。
「どうした?」
「ミレルから新しい報告を受信しました。後部サービス通路で発見された生存者の一人は、まだ意識があり、自分の持つ情報をセラフィナへ直接伝えたいと希望しているそうです」
俺は顔を向けた。
「ほかの負傷者について?」
「まだ不明です。ミレルからは、その生存者が殿下にとって重要な情報だと考えている、ということだけ伝えられています」
「分かった。向こうの正式な通信経路で伝えてもらおう。俺たちの作戦の安全に直接関係しない限り、ASTRAEA内部の会話に立ち入る必要はない」
「了解しました」
しばらくして、セラフィナの通信回線が再び有効になった。
ただし、今回の相手は俺ではなかった。
まだ開かれていた通信の背景から、弱々しい男性の声が聞こえてきた。
『殿下……ご報告しなければならないことが……』
反対側から、セラフィナが答える。
『あなたは負傷しているのでしょう。無理をしてはいけません。何を伝えたいのですか?』
『攻撃の前に……私たちは航法情報の更新を受け取りました。ASTRAEAが外交航路を変更したあと……あの艦隊が現れ始めたのです』
俺は手の動きを止めた。
メインスクリーンには、今も俺たちの周囲にいるアルケイオン艦のマーカーが表示されている。
生存者の声が、もう一度聞こえた。
『誰が彼らに情報を渡したのかは分かりません、殿下。しかし……攻撃が始まったのは、私たちが航路を変更したあとでした』
セラフィナは、すぐには答えなかった。
俺はセラフィエルを見た。
彼女は、その内容がASTRAEON宛ての安全報告ではなく、ASTRAEA内部の会話だと気づいた時点で、こちらの端末での再生を停止していた。
しかし、そこまでに聞こえてしまった内容だけでも、一つのことを理解するには十分だった。
ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNが標的になった理由には、俺たちが考えていた以上に具体的な事情があるのかもしれない。
俺は、レアとVector Caliperが守っている避難経路へ、再び目を向けた。
攻撃側にどのような理由があろうと、負傷した人々が助けを必要としていることに変わりはない。
そして今のところ、俺たちの仕事はまだ終わっていなかった。
【次話予告・第161話】
「生存者を優先せよ」
生存者を優先せよ――それぞれの負傷者の状態に基づき、医療搬送が始まる。セラフィナは、まだ発見されていない乗員の位置を示し、カリスタは緊急接続の準備を進める。そして、安全な専門通信チャンネルを通じて、セレネ・アルカディアへトリアージに関する助言を求める連絡が行われる。




