【第158話】「見えない艦の反撃」
【第158話】「見えない艦の反撃」
ヴェルドラコン出航から28日目 — 艦内標準時 22:52~23:04 場所:タラリス外縁通過回廊 — ASTRAEON VELORIA、ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN、およびアルケイオン艦隊の戦闘宙域 視点:セラフィエル・ヴェロリア → アルケイオン指揮官 → レア・ヴァレン → 星崎紬
視点:セラフィエル・ヴェロリア
「紬、アルケイオン指揮艦が兵装の向きを変更し終えようとしています」
私は最新の観測結果をメインスクリーンへ転送した。先ほどASTRAEON VELORIAから限定攻撃を受けた迎撃艦は、依然として不利な位置に留まっている。外部照準装置に大きな障害が発生しているため、それまで維持していた射撃解を保持できなくなっていた。
しかし、その成果によって敵の陣形全体が戦闘を停止したわけではない。
アルケイオン部隊の指揮中枢として識別していた艦は、今や私たちへ注意を集中させている。ほかの二つの接触反応も航跡の調整を始めており、乱された迎撃陣形を立て直そうとしているようだった。
「向こうは照準ロックを取れた?」と紬が尋ねた。
「まだ安定していません。NOCTIS VEILが、相手の追跡維持に使用されるデータの一貫性を低下させています。ただし、複数のセンサー情報から、当艦のおおよその位置は引き続き観測できています」
「つまり、俺たちがここにいることを、急に忘れてくれるとは期待しないほうがいいわけだ」
「そのとおりです」
私は、敵が観測していると推定される方向を示したラインを拡大した。
NOCTIS VEILは、ASTRAEON VELORIAほど巨大な艦を現実から消し去る能力ではない。私たちの質量や物理的な存在が変化するわけではなく、兵装の使用、機動変更時の放射反応、時間経過に伴う位置の差異などは、依然として敵が推測を組み立てるための材料になる。
私にできるのは、その推測の信頼性を下げることだ。特に、相手が短時間で射撃解を更新しなければならない状況では効果が期待できる。
「ヴェスペラ、相手の追跡品質の変化を送信します。こちらの動きが予測されやすいパターンにならないよう、機動を調整してください」
「受信しました。カリスタから提示された荷重プロファイルを超えずに実行できる、小規模な軌道修正をいくつか用意しています」
「ありがとうございます」
紬は画面を見つめていた。
「あの指揮艦は、今もASTRAEAに当てずに撃てる射線を持ってる?」
「彼らの側には、いくつかの可能性があります。一方、こちらから指揮艦の主要部分へ反撃することは、まだ推奨しません。相手が針路を変えた場合に形成される可能性のある射線の一つに、ASTRAEAが近すぎるためです」
「だったら、無理に撃つ必要はない」
私は頷いた。
続いて紬は、先ほど照準能力を失った接触反応のマーカーを指さした。
「最初の迎撃艦はどうなってる?」
「機動は可能です。予備装置へ照準機能を移そうとしていますが、以前の能力を回復するには至っていません」
「俺たちやASTRAEAを再び脅かさない限り、追加攻撃はしないでくれ。まだ活動している艦へ注意を移そう」
「了解しました」
私のパネルの隅に警告が現れた。
アルケイオン指揮艦が、陣形内の複数の艦へ戦術通信パッケージを送信したのだ。通信内容のすべてにアクセスできるわけではなかったが、送信の性質、時刻、方向から判断すると、彼らが共同で対応を組み立てようとしていることは明らかだった。
「紬、PHANTOM CROWNを使用したいと思います」
彼が振り向いた。
「どこまでの範囲で?」
「限定的な電子戦です。戦術データの交換における一貫性を妨害し、攻撃を継続している接触反応同士の同期遅延を拡大させます。相手の艦の制御システムを乗っ取ったり、必要のない内部ネットワークへのアクセスを広げたりするつもりはありません」
「ASTRAEAへの危険は?」
「妨害対象から、皇室艦船の救難チャンネルと通信プロファイルを除外します。ただし、戦闘宙域の通信環境はすでに悪化しているため、救助用回線の品質は別系統で継続監視します」
紬は少しの間、私の説明を検討した。
「やってくれ。必要なのは行動するための余地だ。相手が無差別に発砲する新しい口実を作りたいわけじゃない」
「承知しました。PHANTOM CROWN、限定電子戦構成。起動します」
私は、アルケイオンの戦術データ交換の信頼性を妨害するために設計された、複数の処理を実行した。
その効果は、パッシブ観測によって把握していた艦艇間の連携に向けたものであり、相手の全システムへ一度に侵入しようとするものではない。
画面上に、少しずつ変化が現れ始めた。
それまでほぼ同時に向きを更新していた複数の接触反応に、不均一な遅れが生じている。一隻は陣形内のほかの艦より長く古い航跡を維持し、別の一隻は、味方から届いた位置情報が自艦の観測結果と一致しなくなったらしく、追加の修正を行った。
彼らが制御を失ったわけではない。
しかし、数分前までのような整然とした動きではなくなっていた。
「初期効果を確認しました」と私は報告した。「陣形の同期が部分的に低下しています」
ヴェスペラがすぐにその変化をマーキングする。
「こちらでも確認しました。以前より多くの修正を必要としています。包囲網の右側外縁に、少しずつ空間ができ始めています」
「使えそう?」と紬が尋ねた。
「ASTRAEAへ直接接近するには、まだ不十分です。ただし、相手の主な射線を横切らずに、こちらの位置を改善するには十分でしょう」
「その空間を使ってくれ」
私はセンサーデータを更新した。
そのとき、アルケイオン指揮艦が兵装を作動させた。
「紬、兵装の発射を検知しました」
「方向は?」
「ヴェスペラが最後に軌道修正する前の、当艦の推定位置に向かっています」
ASTRAEON VELORIAの外側を、一本のエネルギーの軌跡が通過した。船体にもシールドにも、着弾はない。
ヴェスペラは、準備していたプロファイルどおりに針路変更を維持した。
「外れました」と彼女が言った。「ただし、相手はデータを修正しています。次の機動では、同じ修正パターンは使いません」
「よし」
紬は指揮艦の投影図を見つめた。
「セラフィエル、引き続き監視してくれ。相手の追跡品質が改善したら、次の射撃が行われる前にヴェスペラへ伝えてほしい」
「もちろんです」
それから彼はASTRAEAの映像に目を向けた。
「相手の注意を、ある程度はこちらへ引きつけられた。次は、それが皇室艦船の人たちを助けるのに十分かどうかを知りたい」
私はASTRAEAの状態パネルを開いた。
主エンジンの損傷は依然として致命的で、機関部の乗員には重傷者が報告されている。指揮中枢からの救難通信も、完全には安定していなかった。
「直接避難を実施するには、まだ不十分です、紬。しかし、攻撃側の連携による圧力は低下し始めています。この状態を維持できれば、支援経路を開く機会が得られるかもしれません」
「だったら続けてくれ。最初の結果がよかったからって、急ぐ必要はない」
私は微笑んだ。
「了解しました」
視点:アルケイオン艦指揮官 — 作戦指揮中枢
「なぜ迎撃艦02は、まだ元の位置に戻っていない!?」
最新の報告が次々と届くなか、指揮官は戦術画面の前に立っていた。
「外部照準装置が損傷しています、指揮官。航行制御は維持していますが、攻撃能力はまだ回復していません」
「ならば、別の接触艦に迎撃任務を割り当てろ。損傷した一隻のせいで、陣形全体の機能を停止させるな」
「すでに指示しました。しかし、データの同期に問題が発生しています」
指揮官が振り向く。
「説明しろ」
通信オペレーターが、戦術情報交換のグラフを拡大した。
「複数の艦が受信する位置情報の更新に、一貫性のない遅延が発生しています。各艦のローカルセンサー情報と、艦艇間で共有される連携パッケージにも差異が生じ始めています。通信障害なのか、外部からの電子戦行動なのか、現在調査中です」
「あの独立艦か?」
「可能性は高いと思われます。船体構成の変化と、こちらの迎撃艦が攻撃を受けたあとから、異常が発生し始めています」
指揮官はASTRAEON VELORIAの映像を見つめた。
その艦は今もASTRAEAの外側に位置しているが、船体のラインには、初期観測時には確認できなかった装備が姿を現している。
私用として登録された艦一隻が、識別担当者たちをここまで苦労させているという事実が、彼には気に入らなかった。
「脅威プロファイルを更新しろ。今後は通常の民間艦としての分類を、戦闘能力の評価基準に使うな」
「了解しました」
兵装オペレーターが声を上げた。
「新しい推定位置を取得しました、指揮官。発砲許可をお願いします」
「まず、その観測値が古いデータではないことを確認しろ」
「主センサーと補助センサーの情報が、まだ完全には一致していません」
「ならば、信用できない推定位置を撃つためだけに弾薬を無駄にするな」
彼は陣形図を指さした。
「ローカル観測を使え。この障害が解消されるまでは、艦艇間の情報更新への依存度を下げろ」
命令はただちに伝達された。
しかし、その措置にも代償があった。
それまで全艦が一つの戦術状況図を共有しているかのように動いていた陣形は、各艦の観測への依存度を高めざるを得なくなった。同時機動を実行できる機会は狭まり、互いの進路を妨げないよう、位置を変更するたびに追加の確認が必要となった。
「指揮官、皇室艦船の後部側面にいる部隊が指示を求めています」
「何が問題だ?」
「独立艦に新たな接近の余地が生じている可能性を報告しています。主目標への攻撃圧力を維持すべきか、それとも独立艦を迎撃すべきか、判断を求めています」
指揮官は眉をひそめた。
彼らの作戦目標は、依然としてASTRAEA OF THE SILVER LANTERNだった。
あの皇室艦船を、安全な宙域へ到達させてはならない。
しかし、警告射撃を受ければ退去するはずだった独立艦は、すでに迎撃艦一隻の照準装置を無力化し、部隊全体の連携まで妨害している。
「主目標への攻撃圧力は維持しろ。活動可能な迎撃部隊は、独立艦を救助宙域へ侵入させるな」
「了解!」
近くにいた上級士官が、ようやく口を開いた。
「指揮官、追加の支援を要請すべきでは?」
「使用可能なチャンネルで最新の状況報告を送れ。ただし、この作戦が終わるまでに援軍が到着するとは考えるな」
彼は再びASTRAEONを見つめた。
「あの艦は公開登録情報のプロファイルと一致しない。ほかに何を隠しているのか、まだ分からん」
センサーオペレーターが船体映像を拡大した。
「対象艦の放射パターンに、再び変化があります」
「追加兵装か?」
「まだ確定できません。ただし、位置を変更するたびに、こちらの追跡品質が再び低下しています」
指揮官はしばらく沈黙した。
彼はこれまでにも傭兵艦を相手にしたことがある。重武装の艦もあれば、払い下げられた軍用装備を使用している艦もあった。保安上の理由から、自艦の防御能力を隠している者もいた。
しかし、目の前の巨大艦は、それらとは何かが違うように感じられた。
当初、彼らは退去させれば済む邪魔者だと考えていた。
今、その邪魔者によって、一つの軍事部隊が作戦の最中に任務分担の変更を強いられている。
「損傷した皇室艦船の側面へ、あの艦を接近させるな」と彼は最後に言った。「何が起ころうと、あの経路の監視を維持しろ」
視点:レア・ヴァレン
「レア、ヴァルキリーの状態はどう?」
セラフィエルから共有された戦闘データを確認していると、コックピットの艦内通信から紬の声が聞こえた。
「いつでも使えるよ。主要装備も救助用機材も、カリスタと一緒に全部点検済み。あとは指示を待つだけ」
「よし。ASTRAEAの最も危険に晒されている側面を支援できるよう、準備してほしい。ただ、今回は追加の計画があるんだ」
私はすぐに背筋を伸ばした。
「どんな計画?」
「支援艦としてMCV-01を使用することを検討してる」
私は目を見開いた。
「Vector Caliper!?」
同じ回線から、セラフィエルの小さな笑い声が聞こえた。
「では、あの艦の名前はもう正式に決まったのですね、紬?」
「始めないでくれ、セラフィエル」
「それなら、Vector Caliperの名前で公開登録を準備する必要がありますか? それとも、レアと六枚のエンブレム案による投票結果を、まだ待つのでしょうか?」
私は思わずむせそうになった。
「セラフィエル! スケッチのことも知ってるの!?」
「もちろん。地球のインターネットアーカイブから着想を探していたとき、私にも見せてくれたでしょう?」
「二人だけの秘密だと思ってたのに!」
「紬には秘密にすると約束した覚えはありませんよ」
紬が笑いを堪えている声が聞こえた。
「やっぱり六枚もスケッチがあったのか」
私は一瞬、顔を両手で覆った。
「二人ともひどいよ……」
「私は艦の管理手続きについて質問しただけです」
セラフィエルは、からかっているとは信じがたいほど優しい口調で答えた。
ようやく紬が再び口を開いた。
「分かった。今回の作戦中は、内部通信でVector Caliperという名前を使おう。混乱しないようにな。公開登録については、アルケイオンの件が片付いてから相談する。それで満足?」
私はすぐに満面の笑みを浮かべた。
「満足! 大満足!」
「だからって、六枚のスケッチが全部自動的に承認されたと思わないように」
「分かってる、分かってる!」
格納庫の端末から、カリスタの声が割り込んできた。
『あたしとしては、うちの艦が移動式測定器具会社に見えないデザインがどれなのか、ちゃんと確認したいね』
「カリスタ! 格好いい名前でしょ!」
『名前が悪いとは言ってない。ただ、中型軍艦にどうして巨大な定規の絵が描いてあるのか、会うやつ全員に説明しなきゃならないようなエンブレムは勘弁してほしいんだよ』
紬が短く笑った。
しかし、彼が説明を続けると、雰囲気は再び真剣なものに戻った。
「レア、聞いてくれ。最終点検で安全が確認されれば、Vector Caliperを支援プラットフォームとして使用する。セラフィエルには艦の運用ネットワークを通じてお前を支援してもらい、Vector Caliper、ヴァルキリー、ASTRAEONの連携を手伝ってもらうつもりだ」
私は小さな画面に表示されたセラフィエルのインジケーターへ顔を向けた。
「セラフィエルも一緒に来てくれるの?」
「作戦支援という立場で、ですね」と彼女が答えた。「私の本体はASTRAEONに残ります。状況が許す限り、あなたとの通信と戦術支援を維持しますよ」
「ああ、そういうことか。飛んでる間、隣に座ってくれるのかと思っちゃった」
「今、私が指揮デッキを離れたら、紬に無理をしないよう注意するのは誰になるのでしょう?」
「おい」と紬が抗議した。
私は笑った。
「それもそうだね。じゃあ、ここから私に付き添ってね」
「喜んで、レア」
紬は私たちの冗談が終わるのを待ってから、説明を再開した。
「Vector Caliperには、艦独自の運用AIが搭載されている。与えられた権限の範囲内で艦のシステムを担当するんだ。セラフィエルの役割は任務の連携支援であって、艦載AIの全機能を代行することじゃない」
私は、それまで準備状況の報告でしか見たことのなかったMCV-01のパネルを開いた。
端末に新しい表示が現れる。
MCV-01 — INTERNAL OPERATIONS
Assigned internal name: VECTOR CALIPER
Shipboard AI: ACTIVE
しばらくして、新たに開かれた通信回線から、合成音声が聞こえてきた。
『MCV-01の運用識別情報を受領しました。本任務セッションにおける内部名称をVector Caliperに設定しました。初めまして、レア・ヴァレン』
私は笑顔になった。
「こんにちは! 私はレア。ようやく一緒に仕事ができるね!」
『初めまして、レア。航法システムおよび艦の制御システムは、承認された飛行計画を受け入れる準備ができています。運用構成は艦長の指示、およびASTRAEON VELORIAの技術監督に従います』
「ずいぶん堅い話し方なんだね」と私は呟いた。
セラフィエルが小さく笑った。
「まだ知り合ったばかりですから。少し時間をあげてください」
「別に嫌じゃないよ。『殿下』とか、そんなふうに呼ばれなければいいの」
『呼称の希望を記録しました。今後はレアとお呼びします』
「うん、そのほうがいい!」
紬が再び話を引き取った。
「レア、役割分担を理解しておいてほしい。Vector Caliperは支援艦兼移動式の連携拠点として機能する。ヴァルキリーは、ASTRAEAの近くでより直接的な介入が必要になった場合に、お前自身が操縦する機体だ。どちらか一方で、もう一方の役割をすべて代用できるとは考えないように」
「了解。つまり、Vector Caliperが装備の運搬や位置の維持を手伝って、私がヴァルキリーを使うのは、攻撃艦の進路を遮ったり、避難を支援したりする必要があるときだね」
「そのとおり」
私は戦術地図を見つめた。
中型艦の安全な配置候補を示す新しいラインが、いくつか現れている。そのすべてが主要な射線の外側にあり、ASTRAEAへの直接接近を許可するものではなかった。
「紬、一つお願いしてもいい?」
「何?」
「Vector Caliperが格納庫を出ることになったら、艦載AIにも私と同じ脅威情報が届くようにしてほしいの。違う地図を見ながら、それぞれ判断するようなことは避けたいから」
セラフィエルがすぐに答えた。
「それも連携計画に含まれています。関連情報は認可された経路を通じて共有します。通信品質が低下した場合、Vector Caliperは自艦のローカルデータと、事前に定められた安全手順を使用します」
「よかった」
紬が付け加えた。
「それから、自分でも周囲の状況をちゃんと確認することを忘れないでくれ。セラフィエルや艦載AIはお前を支援できるけど、だからといってパイロット自身の判断をおろそかにしていいわけじゃない」
「分かってる。ヴァルキリーを飛ばすのは私だもん。二人じゃないよ」
「それが聞きたかった」
私は目の前にあるヴァルキリーの表示を見つめた。
数分間、コックピットで待ち続けていたけれど、ようやく明確な作戦計画が形になり始めた。
それでも、外で何が起きているのかを忘れたわけではない。
ASTRAEAは主エンジン二基を失い、機関部の乗員は重傷を負っている。ASTRAEONが戦闘能力を示したあとも、アルケイオンの艦隊は包囲を維持し続けていた。
皇室艦船の人々を助けられる機会が訪れるなら、その瞬間に適切な位置へいたい。
敵を追いかけることに夢中になって、到着が遅れるようなことはしたくなかった。
「紬、次の命令、いつでも受けられるよ」
「よし。ヴェスペラがVector Caliperの安全な経路を確認するまで、その場で待機してくれ」
「了解!」
視点:星崎紬
「ヴェスペラ、Vector Caliperの出航経路はどうなってる?」
俺は航法端末の隣に立ち、アルケイオン艦の位置を確認していた。
「ASTRAEONの主な移動経路と干渉しない発進経路は準備できています。ただし、発進可能な時間帯を開くには、もう一度だけ位置関係が変化するのを待つ必要があります」
「迎撃艦が問題?」
「一部はそうです。PHANTOM CROWNによって相手の連携は乱れていますが、各艦にはまだローカルセンサーと機動能力があります。迎撃艦すべてが同じ観測角度を確保できるときではなく、ASTRAEONの位置によって注意が分散した瞬間にVector Caliperを出したいと考えています」
俺は頷いた。
「なるほど」
ランが近づいてきた。
「Vector Caliperの使用によって、主貨物の扱いは変わるの?」
「変わらない。C-145-MCの貨物はASTRAEONに積んだままだ。Vector Caliperは、あくまでも作戦支援艦として使用する」
「分かったわ。契約貨物を無許可で移し替えたように見えないよう、別項目で記録しておくわね」
「ありがとう」
俺は再びセラフィエルへ向き直った。
「ASTRAEAとの通信状態は?」
「救難チャンネルを通じて、引き続き情報を受信できています。セラフィナは、後部区域からの負傷者搬送が継続していることを確認しています。ただし、外部への避難用アクセスはまだ安全が確認されていません」
「つまり、まだ向こうが動ける余地を作ってやらないとな」
「そのとおりです」
俺は戦術地図を拡大した。
NOCTIS VEILとPHANTOM CROWNによって優位性は得られているが、その成果を誤解するつもりはなかった。
確かにアルケイオン艦の連携は部分的に乱れ始めている。先ほどの指揮艦の砲撃も、ASTRAEONの推定位置から外れていた。
だが、彼らが作戦を停止したわけではない。
まだ活動可能な兵装も、ローカルセンサーも、各艦が独自に判断する能力も残っている。
今ここで重兵装をすべて使用すれば、彼らの陣形に与える損害をさらに拡大できるかもしれない。
しかし、ASTRAEAはまだ戦闘宙域の中央にいる。
攻撃角度の多くは、その先にある砲撃の軌跡が、損傷した船体の近くを通過する危険を伴っていた。
「セラフィエル、重兵装の使用制限は維持してくれ。ASTRAEAが危険範囲内にいる限り、範囲攻撃を承認するつもりはない」
「了解しました。明確に識別できる攻撃能力の無力化を、引き続き優先します」
「ヴェスペラ、相手の艦が一隻でもASTRAEAの損傷した側面へ突っ込もうとしたら、Vector Caliperを射線の真ん中に置かずに阻止できる、最短の経路を知りたい」
「いくつかの候補はすでに準備しています。実際の動きに合わせて更新します」
俺は艦長席へ戻った。
メインスクリーンでは、先ほど砲撃を外したアルケイオン指揮艦が、位置を立て直し始めていた。一方、それまでASTRAEAへの攻撃圧力を維持していた迎撃艦の一隻が、別の方向へ動き始めている。
最初は、乱れた陣形の隙間を埋めようとしているのかと思った。
しかし、ヴェスペラがすぐにその航跡を拡大した。
「紬、接触反応04に変化があります」
「何をしてる?」
「損傷した迎撃艦の位置を埋めようとしているのではありません。ASTRAEAの後部に、さらに近い角度を取ろうとしています」
俺は戦術地図に現れた新しいラインを見つめた。
「さっきエンジンが攻撃された側か?」
「そのとおりです」
セラフィエルがセンサーデータを更新する。
「その接触反応は、ASTRAEAの防護能力が低下した船体側面へ向けて、機動を強めています。兵装の活動も検知しています」
格納庫からの通信に、レアがすぐ割り込んできた。
『紬、私にも見えてる。あの艦がその位置を取ったら、ASTRAEAにはほとんど回避する余地がないよ』
「分かってる。まだ命令を待ってくれ」
『了解』
俺は相手との距離と移動方向を確認した。
あのアルケイオン艦は、現在発生している連携障害を利用して、独自の判断で動こうとしているらしい。それまでのように陣形を維持するのではなく、皇室艦船の最も脆弱な部分へ近づこうとしている。
もし成功すれば、次の攻撃は、ASTRAEAが現在、気圧の維持された区画を守り、負傷者を搬送するために使用している区域へ損傷を及ぼしかねない。
俺はヴェスペラを振り向いた。
「あの艦が、さらに有利な射角を得るまでどれくらい?」
「速度の変化が安定するまでは、正確な数値を申し上げたくありません。ただ、判断を先延ばしにできる余裕は、あまりありません」
セラフィエルが補足する。
「ASTRAEAの船体へ向かって発砲することなく、その艦を抑えられる迎撃経路を算出中です」
俺は頷いた。
「頼む」
それから格納庫との通信を開いた。
「レア、準備してくれ。Vector Caliperとヴァルキリーを発進可能な構成にしておいてほしい。あの艦の進路を遮るために、両方を使う必要があるかもしれない」
『了解、紬!』
「ヴェスペラが安全な発進可能時間帯を指定するまでは、動かないこと」
『分かってる!』
俺はASTRAEA OF THE SILVER LANTERNの映像を見つめた。
アルケイオンの陣形から同期の一部を奪うことには成功した。しかし、彼らの艦の一隻は、残された隙間を利用して動こうとしている。
セラフィエルが俺の隣に立っていた。
「紬、初期計算の結果、接触反応04はASTRAEAの最も損傷が激しい側面へ到達しようとしていると考えられます」
俺は奥歯を噛み締めた。
「つまり、まだ諦めてないわけか」
「はい」
俺は艦長用の制御パネルに手を置いた。
「だったら、もう一度撃つ機会を与える前に止めよう。ただし、ASTRAEAを標的の背景に入れないこと。本当に安全な射線が欲しい」
「了解しました」
戦術地図では、新たに現れた一本の赤いラインが、皇室艦船の後部へ向かって伸び続けていた。
そしてASTRAEON VELORIAの格納庫では、レアがVector Caliperの支援を受けながら、ヴァルキリーとともに出撃準備を進め始めていた。
【次話予告・第159話】
「ヴァルキリー、発進」
ヴァルキリー、発進――レアはVector Caliperの支援を受け、モビルフレームによる作戦を指揮する。カリスタとヴェスペラが発進経路と安全な機動タイミングを確認したあと、レアはASTRAEAの損傷した側面へ接近する攻撃艦から自分を引き離そうとする、アルケイオンの護衛部隊と対峙することになる。




