【第157話】「セラフィエル、戦闘形態へ」
【第157話】「セラフィエル、戦闘形態へ」
ヴェルドラコン出航から28日目 — 艦内標準時 22:43~22:52 場所:タラリス外縁通過回廊 — ASTRAEON VELORIA、ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN、およびアルケイオン作戦区域 視点:星崎紬 → セラフィエル・ヴェロリア → セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → アルケイオン士官 → ヴェスペラ・ノクス・オーレル → カリスタ・フェロ → 星崎紬
視点:星崎紬
「全乗員、各自の持ち場を維持。独断で行動しないように」
そう命じたあと、俺は艦長席の前に広がる戦術地図へ視線を戻した。
画面には、アルケイオン艦が先ほど放った警告射撃の軌跡が、まだ黄色い線で表示されている。その砲撃は、ヴェスペラが事前に算出していた接近経路の一つの近くを通過し、ASTRAEON VELORIAに命中することなく消えていった。
相手は最後通牒を突きつけ、俺たちは説明を求めた。そして彼らは、武器を使って回答することを選んだ。
俺はゆっくりと息を吐いた。
「セラフィエル、接触反応02は発砲後、艦の向きを変えた?」
「まだ元の位置には戻っていません。照準システムの活動も継続しています、紬。また、同艦と陣形内のほかの接触反応との間で、戦術通信が交わされていることも検知しています」
「つまり、警告はまだ終わってないわけか」
「その可能性があります」
俺はランへ顔を向けた。
「砲撃の記録は?」
「すべて保存済みよ。時刻、弾道、推定最接近位置、それから兵装の発射前に確認された照準活動の変化も記録してあるわ」
「よし」
ヴェスペラが戦術地図を更新していると、ASTRAEAの表示部分に新たなインジケーターが現れた。
彼女は航法端末へ顔を近づけた。
「紬、ASTRAEAのエンジン反応に大きな変化があります」
俺はすぐに彼女を振り向いた。
「新たな損傷か?」
「お待ちください。直近の砲撃による反応と、それ以前から発生していたセンサー障害を切り分けています」
メインスクリーンでは、ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNが船体の姿勢を維持しようとしていた。皇室艦船の後部付近に閃光が走り、それまでの数回の攻撃をはるかに上回る規模の放射反応の変化が続いた。
ヴェスペラが記録映像を拡大する。
「セラフィエル、着弾位置の確認を手伝ってください」
「処理しています」
観測結果が段階的に表示された。
ASTRAEAの二基の主エンジンを示すマーカーが、ほぼ同時に色を変えるのが見えた。
「紬……」
ヴェスペラの声が低くなった。
「ASTRAEAの主エンジン二基が、たった今、攻撃を受けました」
俺は艦長席から立ち上がった。
「両方とも?」
「はい。一基目は推力放射が突然失われています。二基目は接続部に構造的な損傷が確認され、通常の出力低下では説明できないほど出力が落ちています」
セラフィエルが補足した。
「熱反応からも、両エンジンユニットの周辺に深刻な損傷が認められます。ASTRAEAは主推進能力を喪失したと推定されます」
「予備の姿勢制御エンジンは?」
「一部にはまだ活動が見られますが、通常の離脱能力を回復できるほどではありません」
俺はメインスクリーンに映る皇室艦船を見つめた。
それまでのASTRAEAは、動きが極端に鈍くなっていたとはいえ、限定的な姿勢修正だけは行えていた。
しかし今、自力で包囲網から抜け出せるわずかな可能性さえ、ほとんど消え失せてしまった。
そこへ、緊急通信が入った。
「紬、ASTRAEAからメッセージです」とセラフィエルが告げる。「信号品質は低下していますが、これまで使用していたチャンネルで受信できます」
「再生してくれ」
静電雑音とともに、ミレルの声が聞こえた。
『ASTRAEON VELORIA、こちらはASTRAEAです! 主エンジン二基が新たな損傷を受けました。機関部から重傷者の発生が報告され、医療支援を要請しています!』
俺は通信インジケーターを見つめた。
女性の声は一時的に雑音にかき消されたが、すぐに再び聞こえてきた。
『現在、気圧を喪失した機関区域へのアクセスを閉鎖しています。複数の技術員の搬送には成功しましたが、全人員の状態はまだ確認できていません!』
俺はマイクを有効にした。
「ASTRAEA、こちらは星崎艦長です。メッセージを受信しました。ダメージコントロール担当者が経路の安全を確認するまで、機関部へ追加の人員を送らないでください。引き続き負傷者の避難を最優先に」
『了解しました、艦長!』
「指揮官はまだ指揮中枢にいますか?」
『殿下は引き続き指揮を執っておられます。現在、後部区画からの人員搬送を調整中です』
「分かりました。こちらでは、攻撃を継続している艦への対応を検討していると伝えてください。安全な接近を確認するまでは、外部への避難経路を開放しないように」
『お伝えします!』
通信が終了した。
俺は再び腰を下ろしたが、これまで抑えていた苛立ちを、もう無視することは難しくなっていた。
先ほどまでなら、攻撃側は特定の目標に対する軍事作戦を遂行しているのだと主張できたかもしれない。俺は彼らの動機を知らないし、理解できていない事柄について、勝手に理由を作り上げて正当化したり、非難したりするつもりもなかった。
だが、彼らは損傷した艦が救助を求めていることを知っている。
俺たちは通信を申し出た。
それに対して彼らは、俺たちの航路へ向けて警告射撃を行い、その後もASTRAEAへの攻撃を続け、ついには主エンジン二基に致命的な損傷を与えた。
そして今、機関部の乗員が重傷を負っている。
「セラフィエル、一つ確認してくれ」
「何でしょう、紬?」
「今のエンジンへの攻撃は、俺たちが警告を送信し、向こうから最後通牒を受け取ったあとに行われたんだな?」
「はい。その順序を確認できる時刻記録があります」
「まだASTRAEAを直接射撃できる攻撃艦は残ってる?」
「残っています。彼らは兵装の運用を停止していません」
俺は艦長席の肘掛けの上で拳を握り締めた。
「……もう十分だ」
ランが俺を振り向いた。
「紬?」
「俺は相手に事情を説明する機会を与えた。なのに、こっちの質問には答えず、武器を撃ってきた。そのうえ、あの船にいる人たちの避難はますます難しくなってる」
俺はメインスクリーンを見つめた。
「軍事作戦中だという立場を理由に、俺たちに自衛の選択肢すら与えず、ASTRAEONまで脅威に巻き込ませるつもりはない」
格納庫から、レアの声が通信に入った。
『紬、どうする? 命令は?』
「そのまま待機。まだ発進許可は出さない」
『了解!』
それから俺は、セラフィエルへ顔を向けた。
彼女はメインコンソールの隣に立っていた。絶えず変化する戦術投影の光が、その身体を照らしている。
表情は落ち着いていたが、彼女も俺と同じ状況をすべて把握していることは分かっていた。
「セラフィエル」
「はい、紬」
俺は彼女の目を見つめた。
「コンバットモード」
視点:セラフィエル・ヴェロリア
紬の命令は直接の音声通信を通じて受信され、制御システム上の艦長権限によって確認された。
「認証を受理しました。ASTRAEON VELORIAの戦闘形態を起動します」
私は、これまでの輸送航行中には使用していなかった運用パネルを開いた。
ASTRAEON VELORIAは、全長8,600メートルの巨大な船体と広大な私的施設を備えた、ただの船ではない。
しかし、緊急事態に入ったという理由だけで、その真の能力をすべて見せる必要はなかった。
紬の命令は明確だ。
艦と乗員、貨物を守ること。現実に存在する脅威を止めること。そして、必要のない力は使わないこと。
特に、ASTRAEAがまだ危険な射程内にいる以上は。
「電力配分を防御用の構成へ切り替えます。船体構造とシールドシステムの健全性確認を開始」
艦内の各所で、変化が順番に進行していった。
外装の複数箇所で防護カバーがスライドし始める。
それまで滑らかで優美な船体のラインを形作っていたパネルが、内部に隠されていた防御装置のための空間を開放した。追加の防護構造が動き、重要箇所の周囲で固定されていく。同時に、通過航行中は格納されたままだった兵装マウントが、運用位置へと移行した。
ASTRAEONは基本的な形状を失ったわけではない。
まったく別の何かに変形したわけでもなかった。
しかし、それまで超高級プライベートシップのように見えていたシルエットは、意図的に表へ出されていなかった、もう一つの機能を明らかにし始めていた。
船体外部では、運用上の必要に応じて装飾照明が抑えられる。航行モードではほとんど見えなかったパネルの継ぎ目も、戦闘用機構が作動するにつれて、はっきりと姿を現した。
「防御用兵装の展開を進めています。照準システムは、攻撃命令を受けるまで安全状態を維持します」
紬が頷いた。
「射程内に何かが入ったというだけで、自動発砲はしないでくれ。主要な攻撃行動は、毎回、標的を確認してから実行したい」
「了解しました」
私は現在の必要性に合わせ、限定的な構成でNOCTIS VEILを起動した。
このシステムは、艦のセンサー反応と放射特性を管理することで、敵が安定した照準ロックを維持できる可能性を低減する。
ただし、ASTRAEONを追跡不能にする保証があるわけではない。
これほど巨大な艦には、質量も位置も、観測可能なさまざまな物理的特徴も存在する。兵装の使用や機動によって、敵へ追加の手掛かりを与える可能性もある。
だからこそ、このシステムはヴェスペラの航法と組み合わせて使用する必要があり、戦術判断そのものの代わりとして扱ってはならない。
「NOCTIS VEIL、起動しました。有効性は機動状況と兵装の使用状態によって変動します」
「それで十分だ。見せ物をする必要はない。俺たちに必要なのは防御だからな」
「理解しています、紬」
私は必要な全部門へ向けて、艦内通信回線を開いた。
「カリスタ、ASTRAEONはコンバットモードに移行しました。電力配分と防御構成の変更後、貨物区画の状態を確認してください」
『こっちでも全部監視してる。固定装置は正常だ。大きな加速度変更をするなら、先にヴェスペラから機動プロファイルを送らせてくれよ』
「機動の実行前に共有します」
『よし。コンテナが一つでも勝手に散歩を始めたら困るからな』
私はかすかに微笑んだ。
「そうならないようにします、カリスタ」
続いて、格納庫への通信を開く。
「レア、コンバットモードが起動しました。ヴァルキリーは引き続き待機設定を維持してください」
『了解。紬の許可が出るまで発進しないよ』
私は再びメインスクリーンへ向き直った。
各システムの状態表示が順番に変化し、命じられた戦闘構成が使用可能な状態へと移行していく。
「紬、コンバットモードが有効になりました。防御システムは準備完了。兵装は命令待機中です」
「ありがとう、セラフィエル」
彼はすぐには攻撃を命じなかった。
代わりに、ヴェスペラへすべての射線を更新するよう求めた。
それは重要な判断だった。
私たちが対峙しているのは複数の武装艦だが、ASTRAEAはその作戦区域のまさに中央にいる。方向や結果を考慮せずに発砲すれば、私たちが救おうとしている人々に、さらなる損害を与えてしまうおそれがあった。
私は複数の観測カメラから、ASTRAEONの外観映像を表示した。
艦の構成変更は完了している。
そしてパッシブセンサーを通じて、外部からの最初の反応を検知した。
視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
「殿下! 医療班が機関部から負傷者を搬送するため、追加の経路を要請しています!」
私はすぐにダメージコントロール担当士官へ顔を向けた。
「連絡通路の状態は?」
「一部はまだ気圧を維持しています。現在、避難可能な人員を内側のサービス経路から搬送しています」
「その経路を使いなさい。安全な側にいる全員の移動が終わるまで、損傷した機関区域に直接接する隔壁は開かないように」
「了解しました!」
私はASTRAEAの艦内構造図を見つめた。
主エンジン二基の損傷は、単に移動能力を失ったというだけの問題ではない。
艦の後部に命中した攻撃は、機関部の作業区域にも損傷をもたらしていた。複数の技術員が重傷を負い、いくつかのサービス通路は気圧を喪失している。ダメージコントロールシステムも、まだ人が残っている区画を維持するために、その処理能力を分散させなければならなかった。
私はすでに、艦の設備よりも人員の救助を優先するよう命じている。
しかし、新しい報告が届くたびに、下さなければならない判断は増える一方だった。
「ミレル、ASTRAEONとの通信はどうなっていますか?」
「救難チャンネルを通じて、引き続き通信可能です、殿下。星崎艦長は、こちらのエンジン損傷の報告を受信しています」
「攻撃側からの最後通牒には、もう回答したの?」
「作戦の根拠と、こちらの人員の安全を保証するよう要求しています。しかし、アルケイオン側から実質的な回答はありません」
私は奥歯を噛み締めた。
攻撃が始まって以来、彼らはASTRAEAに乗っている人々の状態に関心を示していない。
この艦がすでに通常の戦闘を行えないことも、彼らは知っている。
そして今、私たちの主推進能力さえ破壊した。
「殿下、攻撃宙域の外側にいる大型接触反応に変化があります!」
突然、センサー担当士官が声を上げた。
私は振り向いた。
「ASTRAEON?」
「はい。外装の観測結果が変化しています。当初はセンサー障害かと思われましたが、光学観測でも同じ変化が確認されています」
「表示して」
ASTRAEON VELORIAの映像がメインスクリーンに現れた。
私はしばらく言葉を失った。
それまで、あの艦は途方もなく巨大なプライベートシップのように見えていた。船体は整然としており、外観のラインも優美で、星崎艦長が送信した公開情報も独立艦としての登録内容と一致していた。
しかし今、その表面で何かが起こっている。
それまで一体化しているように見えた船体パネルが動き始めた。防護層の奥から複数の隠された構造物が現れ、それまで軍事的な機能を表に見せていなかった外装各部も、構成を変化させていく。
センサー担当士官が映像を拡大した。
「あれは……兵装マウントですか?」
戦術士官が席から立ち上がった。
「一つだけではありません。船体の複数箇所に、隠されていた防御構成が現れています」
私はその艦を見つめた。
ASTRAEON VELORIAが突然、別の艦に変わったわけではない。大きさも、主要なシルエットも変わっていない。
しかし、これまで閉じられていた部分が姿を現したことで、公開情報から得ていた私たちの認識が、いかに不完全だったかを思い知らされた。
「戦闘準備を始めているのでしょうか?」とミレルが尋ねた。
「そのようね」
「あれほど巨大な独立輸送艦に、これだけの隠された兵装が……?」
私はすぐには答えなかった。
防御能力を持つプライベートシップ自体は、聞いたことがないわけではない。貴族や大企業、それに一部の裕福な傭兵は、一般的な民間船よりはるかに強固な防護能力を備えた艦を所有している。
けれど、今目にしている変化は、それとは何かが違って感じられた。
まるで、美しい城壁の奥に門と塔を隠し続けていた要塞が、その姿を現したかのようだった。
背後にいた若い士官が、思わず呟いた。
「まるで……眠っていた竜を起こしてしまったような……」
私は一瞬、彼を振り向いた。
普段なら、戦術報告でそのような比喩を使ったことを注意していただろう。
しかし今回は、彼の言いたいことが理解できた。
私たちが連絡を取ったのは、普通の輸送業務を遂行しているように見える艦だった。そして今、その艦はアルケイオン側が攻撃を激化させ続けたあと、戦闘構成を展開している。
「外見だけで、彼らが戦闘に勝利すると決めつけてはいけません」と私は言った。「本当の能力も、運用上の限界も、まだ分かっていないのですから」
「了解しました、殿下」
私は再び画面を見つめた。
「ミレル、救難通信を開いて。攻撃側が今もASTRAEAの後部を射撃できる位置にいることを、星崎艦長へ伝えたいの」
「ただちに」
「それから、私たちを救うために、彼らの艦を犠牲にしてほしいとは求めていないことも伝えて」
ミレルが振り向いた。
「殿下?」
「彼らが行動を決めるのなら、本当の状況を知ったうえで判断してほしいの。私の家名を理由に、ほかの人々を罠の中へ送り込むつもりはありません」
「承知しました」
私はもう一度、ASTRAEONの映像を見つめた。
星崎艦長は先ほど、自分が責任を負っている人々の安全に基づいて行動すると言っていた。
今になって、あの答えが外交上の社交辞令ではなかったのだと、少しずつ理解し始めていた。
視点:アルケイオン士官 — 迎撃艦02
「指揮官、あの独立艦の船体構成に変化が確認されました!」
センサー士官が、先ほどから作戦区域の外側にいる大型接触反応の映像を拡大した。
迎撃艦の指揮官が端末へ近づく。
「どのような構成変更だ?」
「複数の外装パネルが開放されています。初期の観測では確認できなかった兵装構造と防御システムを検知しました」
「接触反応の分類を更新しろ」
「実行中です」
画面にASTRAEON VELORIAのシルエットが表示された。
艦船識別を担当する士官は、その外形を確認するにつれて表情を強張らせていった。
「公開登録情報から推定できる構成と一致しません」
「武装した傭兵艦など珍しくもない」と指揮官が答えた。「その変化を大げさに扱うな。使えるデータを報告しろ」
「了解しました。ただし、あの艦の規模は、我々が通常対処する傭兵艦をはるかに上回っています。新たに展開された構造物の中には、我々のデータベースに登録された兵装プロファイルと、確実に一致するものが見つかっていない部分もあります」
指揮官は彼を見た。
「照準システムは、まだ射撃解を維持できているのか?」
兵装オペレーターがすぐにコンソールを確認した。
「追跡品質に変化が生じています。これまで使用していたデータと、最新の観測値との間に差異があります」
「原因は?」
「まだ確定できません。対象艦は放射特性の管理、あるいはセンサー防護用の構成を起動したものと思われます。大まかな位置は引き続き把握できていますが、照準解の更新が必要です」
指揮官は奥歯を噛み締めた。
警告射撃を行えば、あの独立艦は作戦区域から退去するはずだった。
少なくとも、当初はそう期待していた。
しかし、接触反応は退去するどころか、戦闘準備を示し始めている。
「指揮艦へ報告を送れ。船体構成の変化を記録した映像と、最新のセンサー観測値も添付しろ」
「了解!」
別の士官が尋ねた。
「退去を強制するため、追加の射撃を行うべきでしょうか?」
「命令なしには撃つな」
指揮官は戦術地図を見つめた。
真の能力がまだ特定できていない巨大艦が、自分たちの作戦区域へ入ってくる可能性を、彼は好ましく思っていなかった。
しかし同時に、その接触反応との戦闘を開始すれば、ASTRAEAへの包囲を維持するために必要な戦力を割かなければならなくなることも理解していた。
「位置を維持しろ。針路と兵装の放射反応に生じる変化を、すべて監視するんだ。登録上の用途が私用となっているからといって、危険のない艦だと思い込むな」
「了解しました」
しばらくして、指揮艦から報告が入った。
内容は簡潔だった。
陣形を維持すること。
あの独立艦による皇室艦船を対象とした作戦への妨害を、許してはならない。
指揮官はその指示を読むと、顔を上げた。
「照準システムの現在の観測状況は?」
兵装オペレーターは少し沈黙した。
「まだ安定していません、指揮官」
「修正しろ」
「現在、作業中です」
彼は再び、巨大艦の映像を見つめた。
数分前まで、彼らはあの艦を作戦区域の外から現れた邪魔者として扱っていた。
しかし今、その艦がまだ一発も撃っていないにもかかわらず、指揮中枢にいるすべての担当者が、再評価すべき脅威として注目し始めていた。
視点:ヴェスペラ・ノクス・オーレル
「紬、コンバットモードは安定しています。新しい構成と攻撃艦の最新位置に基づいて、接近経路の更新を開始します」
「頼む。優先事項は変わらない。俺たちの射線の奥にASTRAEAが入らないようにしてくれ」
「承知しました」
私は航法端末へ向き直った。
ASTRAEONの構成変更によって運用上の選択肢は増えたが、それはすべての選択肢が実行に適しているという意味ではない。
前方には、主推進能力を喪失した全長1,240メートルの皇室艦船がいる。損傷によって、位置の変化に対応する能力も、さらに制限されていた。
ASTRAEONが誤った角度を取れば、攻撃艦はASTRAEAを、私たちの砲撃に対する自然の遮蔽物として利用できてしまう。
さらに悪いことに、外れた砲撃や最初の標的を貫通した攻撃が、すでに損傷している船体へ命中する可能性もある。
そのような事態は、絶対に避けなければならない。
「セラフィエル、接触反応02と、ASTRAEAの後部側面へ接近している艦について、想定されるすべての射線を表示してください」
「表示しました」
私は戦術地図を拡大した。
「紬、初期接近には主に二つの選択肢があります」
彼が近づいてきた。
「説明してくれ」
「第一案は、迎撃艦02により近い角度へ進む経路です。相手の攻撃能力をより早く抑制できますが、その経路では、ほかの艦が私たちに対して陣形を調整しやすくなります」
「第二案は?」
「より大きな距離を維持し、包囲網の主軸から外れた角度を取り、防御システムと観測能力を活用して、相手の連携攻撃能力を低下させる方法です。より慎重な接近になりますが、そのぶん機動の余地を広く確保できます」
紬は二本の線を見比べた。
「さっきASTRAEAのエンジンを撃った艦は?」
セラフィエルが攻撃の発生位置を示す記録を表示した。
「その艦は現在も攻撃部隊の中にいます。利用可能なセンサー情報と砲撃データの照合は完了していますが、攻撃時から相対位置が変化しています」
私は三本目の線を追加した。
「ASTRAEAへの攻撃を止めることが目的なら、最後に発砲したという理由だけで特定の一隻を追跡することはお勧めしません。皇室艦船に対する攻撃圧力を維持できないよう、陣形全体の能力を断つ必要があります」
紬が頷いた。
「俺もそう考えてる。腹が立ってるからって、一隻だけを追い回すつもりはない。俺が望んでるのは、あいつらに攻撃をやめさせることだ」
「それなら、まず私たちの航路を脅かしている迎撃部隊から対応しましょう。その後も、ASTRAEA側へ移動している艦に対処できる位置を維持する必要があります」
私は投影図をずらした。
「退避経路も、一方向だけに依存しない形で準備しています。彼らが陣形を変更してASTRAEONを包囲しようとしても、ASTRAEAの位置を横切らずに回避できる余地を確保してあります」
「よし」
私は彼をちらりと見た。
ASTRAEAの両エンジンについての報告を聞いて以来、紬が苛立っていることは明らかだった。
しかし、指示を出し始めた彼は、その感情によって作戦の目的を変えようとはしなかった。
ASTRAEAへの危険が大きすぎると分かれば、一見して攻撃的に見える接近案でさえ退けている。
私は、そういうところが好きだった。
他人が攻撃されているのを見て怒ることができ、それでも武器を使う前には計算結果に耳を傾けてくれる艦長のほうが、自分は常に正しいと思い込んでいる人物より、ずっと信頼しやすい。
「ヴェスペラ、カリスタに伝えておくべき加速度の制限はある?」と彼が尋ねた。
「実行前に機動プロファイルを送信します。この初期位置への移動に、極端な速度変更は必要ありません」
「分かった。戦闘に勝ったあとで、ランとカリスタが一週間も貨物の損傷を計算する羽目になっていた、なんてことにはしたくないからな」
私は微笑んだ。
「もしそうなったら、きっと二人は紬にも計算を手伝わせるでしょうね」
「分かってる。だからこそ避けたいんだよ」
私は機動プロファイルをセラフィエルとカリスタへ送信した。
しばらくして、機関部から返答が届いた。
視点:カリスタ・フェロ
「プロファイルは受け取った。今度は、撃てそうな隙が見えたからって、急に数値を変えたりするなよ」
私は両手を机につき、技術監視端末の前に立っていた。
左側の画面では、ASTRAEON VELORIAの電力配分が戦闘構成に合わせて変更されている。右側には、各貨物群の固定装置、慣性ダンパー、支持構造を含む貨物区画の状態が表示されていた。
コンバットモードが起動する前に、貨物はすべて自分の手で物理的に点検してある。
今のあたしの仕事は、艦の構成変更によって新しい問題が発生していないか確認することだ。
「セラフィエル、ヴェスペラのプロファイルに対する慣性ダンパーの応答を確認してくれ」
『応答は設定された運用パラメータの範囲内です。貨物固定装置に異常の兆候はありません』
「輸送区画への電力配分は?」
『安定しています。内部防護システムには、承認済みの安全構成に従って優先度が割り当てられています』
あたしは頷いた。
「よし。誰かが全部の電力を兵装に回せばいいなんて考えて、タラリスまで無傷で届けなきゃならない貨物を何種類も積んでることを忘れたりしないようにな」
『そのようなことはしません、カリスタ』
「分かってるよ。ただ、紬にも聞こえるように声に出しておく必要があるんだ」
艦内通信に紬の声が入った。
『聞こえてるよ』
「よし。なら繰り返さずに済むな」
『貨物の状態はどう?』
「まだ安全だ。構成変更後の継続点検を行ってる。モジュール式固定装置は全部位置を維持してるし、慣性ダンパーもヴェスペラから送られた機動プロファイルに対応できる状態だ」
『TL-CG-017の貨物群に問題は?』
あたしはデータをちらりと見た。
「ない。最終質量は186,040kgのまま。封印もマニフェストと一致してるし、コンテナの位置も変わってない。前の報告がまた出てくるんじゃないかって心配してるなら、システムが正しいデータを使ってることも確認済みだ」
『ありがとう』
「礼を言うのはまだ早い。あたしの話は終わってないぞ」
別の部分を拡大する。
「紬、よく聞けよ。機動が必要なら、合意したプロファイルに従ってやってくれ。この艦に大きな能力があるのは確かだが、中に積んでる荷物はちゃんとした物体なんだ。正しい航法なら避けられるような荷重の変化を、固定装置に無理やり受け止めさせたくはない」
『了解』
「それと、もう一つ」
『何?』
「うちの艦のほうが大きいってアルケイオンに見せつけたいだけで、船体を傷つけるなよ。こっちは山ほど点検を終わらせたばかりなんだ。余計な修理仕事まで抱えたくないからな」
紬が小さく笑うのが聞こえた。
『俺もそんなつもりはないよ』
「ならいい」
通信が終わると、あたしは再びシステムデータを確認した。
すべてのインジケーターが、許容される運用パラメータの範囲内に収まっている。
あたしはヴェスペラへ運用承認を送信した。
ENGINEERING READINESS — COMBAT CONFIGURATION
| システム | 状態 |
| ------------- | ---------------- |
| 船体構造 | 安定 |
| 電力配分 | 戦闘構成、有効 |
| 貨物用モジュール式固定装置 | 正常 |
| 慣性ダンパー | 機動プロファイルへの対応準備完了 |
| 区画隔離システム | 準備完了 |
| C-145-MC貨物 | 安全 |
| 追加制限 | 現行の運用パラメータ以外になし |
「よし。これで技術部門の仕事は果たしたな」
あたしは腕を組み、メインスクリーンを見つめた。
艦の外では、ASTRAEAが依然としてひどい状態に置かれている。
機関部で負傷した連中のことは知らないが、どんな目に遭っているかは想像できた。大規模な構造損傷が発生したとき、機関室は決して人に優しい場所じゃない。砲撃が止まったあとでさえ、気圧、温度、電力供給、サービス通路に潜む危険が、中に取り残された人間を脅かし続けることもある。
向こうのダメージコントロール班が、間違った隔壁を開けないだけの訓練を受けていることを願う。
そして紬が、あの攻撃艦どもに、ASTRAEAの医療スタッフの仕事をこれ以上増やさせずに済むことも。
視点:星崎紬
「カリスタから運用承認が届きました」とセラフィエルが報告した。
「ありがとう」
俺はメインスクリーンに表示された最新の概要を確認した。
貨物の状態は安全。
ヴェスペラは接近経路と退避経路を準備済み。
NOCTIS VEILは指定された構成で起動している。
兵装は即応位置にあるが、まだ一発も撃っていない。
レアはヴァルキリーとともに格納庫で待機中だ。
そしてASTRAEAでは、主エンジン二基への攻撃で負傷した人々の救助が、今も続けられている。
俺は艦内通信を開いた。
「全乗員、紬だ。これからASTRAEONとASTRAEAを脅かしている艦の攻撃能力を停止させるため、限定的な行動を取る。目的はアルケイオン艦隊の全滅じゃない。それに、俺たちはヴェルドラコン帝国から新しい軍事任務を受けたわけでもない」
全員にはっきり聞こえるよう、少し間を置いた。
「第一優先は自艦と全貨物の安全。その次に、ASTRAEAへの脅威を減らし、より安全な状態で救助作戦を検討できるようにする。各自、指示された範囲を超えて行動しないように」
返答が順番に入った。
『了解したわ、紬』とラン。
『航路、準備完了です』とヴェスペラ。
『技術部門も準備できてるぞ』とカリスタ。
『ヴァルキリーは引き続き待機中!』とレアが続いた。
セラフィエルは俺の隣に立っていた。
「全部門が命令を受領しました」
俺は頷き、先ほどアルケイオン側との通信に使用した外部チャンネルを開いた。
「最後にもう一通、送ってくれ」
セラフィエルが送信機を有効にした。
「ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN周辺で作戦行動中のアルケイオン武装部隊へ。こちらはASTRAEON VELORIA艦長、星崎紬です」
俺は彼らの艦を示すマーカーを見つめた。
「貴部隊からの最後通牒と警告射撃は確認しました。その後もASTRAEAへの攻撃は継続され、同艦の主エンジン二基は致命的な損傷を受け、機関部の人員にも重傷者が発生したと報告されています」
返答はない。
俺は続けた。
「ASTRAEON VELORIAは、当艦への直接的な脅威を維持し、救助の可能性を妨げている艦に対し、限定的な防御行動を取ります。損傷した艦への攻撃停止を、改めて要求します。これ以上、戦闘を拡大させないでください」
セラフィエルが送信を終了した。
ランが記録を保存する。
俺はヴェスペラへ顔を向けた。
「初期航路を実行してくれ。ASTRAEAの背後には入らないように」
「承知しました。針路変更を開始します」
ASTRAEON VELORIAは、それまでの観測位置から動き始めた。
急激な動きではない。しかし、アルケイオンの迎撃線に対する俺たちの相対位置を変えるには十分だった。
画面上では、接触反応02がすぐに艦の向きを調整した。
「セラフィエル、相手の照準状態は?」
「引き続き当艦への射撃解を維持しようとしています。NOCTIS VEILの起動後、追跡品質には変化が生じ始めていますが、観測能力を完全に失ったわけではありません」
「よし。それだけに頼らないようにしよう」
俺は戦術地図を拡大した。
接触反応02は、こちらの接近経路を脅かせる位置にいる。また、ほかの艦がASTRAEAの救助宙域へ進入することを妨げる、迎撃陣形の一部でもあった。
その攻撃能力を無力化できれば、皇室艦船の船体に最も近い艦を攻撃することなく、こちらの行動の余地を広げられる。
「セラフィエル、初撃は接触反応02の照準能力と攻撃能力を支えるシステムへ向けたい。原子炉、乗員区画、それから命中すれば艦全体の破壊に繋がる可能性がある部分は避けてくれ」
「了解しました。観測済みの外部構造に基づいて、限定的な射撃解を算出しています」
「攻撃が貫通した先にも、ASTRAEAへ繋がる射線がないことを確認して」
ヴェスペラがすぐに答えた。
「現在の角度からASTRAEAの船体へ直接繋がる射線はありません。兵装の発射中も、この位置を維持します」
俺はセラフィエルの確認が終わるのを待った。
数秒後、標的のマーカーが色を変えた。
「射撃解を取得しました。選択された標的は、接触反応02の外部照準装置および兵装部分です。ほかのシステムへの波及効果を完全に保証することはできませんが、主構造への危険性は、船体そのものを破壊する攻撃より低いと推定されます」
俺は頷いた。
「限定射撃。実行してくれ」
「命令を受領しました」
ヴェルドラコンを出航して以来、この航海で初めて、ASTRAEON VELORIAが戦闘形態から砲撃を行った。
それまで船体の奥に隠されていた兵装から、閃光が走る。
俺は戦術投影を通じて、その軌跡を見守った。
初撃の目的は、アルケイオン艦を真っ二つにすることではない。
相手がこちらを照準に捉え続け、兵装による脅威を維持するために必要な部分を妨害することだった。
接触反応02の外装の一部に、着弾の光が見えた。
セラフィエルが直ちに情報を更新する。
「命中を確認しました。相手の外部照準装置に大きな障害が発生しています」
「兵装はまだ動いてる?」
「一部の兵装活動は引き続き検知されています。ただし、これまでASTRAEONに対して維持していた射撃解は失われました」
俺は接触反応02のマーカーを見つめた。
艦はまだ原形を保っている。
機動能力も完全には失っていない。
だが、少なくとも今のところ、こちらの接近経路に対する直接的な脅威は低下した。
「新たな動きがあるまでは、同じ艦への追加射撃はしないでくれ」と俺は命じた。「命中したからって、無力化のための行動を破壊に変えたくはない」
「了解しました」
ヴェスペラが戦術地図を更新する。
「紬、接触反応02が元の迎撃位置から離れ始めています。相手の陣形にも調整が見られます」
「監視を続けてくれ。まだ終わってない」
そのとき、セラフィエルが俺を振り向いた。
表情に動揺はなかったが、声が少し引き締まる。
「紬、これまでアルケイオン部隊の指揮中枢として機能していた艦に変化があります」
「何をしてる?」
「兵装システムの活動が増大しています。船体の向きと射撃解が、ASTRAEAの方向からASTRAEON VELORIAの位置へと変化しています」
俺はメインスクリーンを見つめた。
一隻の迎撃艦が、照準ロックを維持する能力を失った。
その代わりに、今度はアルケイオンの指揮艦が、俺たちへ兵装の注意を向け始めている。
俺は艦長用の制御パネルに手を置いた。
「セラフィエル、防御を維持してくれ。ヴェスペラ、相手に射角を取らせるとき、俺たちの背後にASTRAEAが入るような位置関係にはしないで」
「はい、紬」
「承知しました」
メインスクリーンには、アルケイオン指揮艦からASTRAEON VELORIAへ向かう、新たな脅威のラインが現れた。
俺は息を吐いた。
「つまり、今度は俺たちを戦闘の当事者として見始めたわけか」
セラフィエルが俺の隣で背筋を伸ばした。
「そのようです」
俺は、今もASTRAEAを取り囲んでいる艦隊を見つめた。
「だったら、一つだけ分かってもらおう。俺はあいつらの艦隊を壊滅させるために来たんじゃない。ただ、もう逃げることすらできない人たちへの攻撃を、やめさせたいだけなんだ」
【次話予告・第158話】
「見えない艦の反撃」
見えない艦の反撃――NOCTIS VEILがアルケイオンの追跡能力を妨害し始めるなか、セラフィエルはPHANTOM CROWNを必要な範囲で使用し、敵の攻撃連携を乱していく。敵陣形が次第に同期を失い始めると、レアはヴァルキリーを駆り、ASTRAEAの最も危険に晒されている側面へ向かう準備を整える。




