【第155話】「戦姫の最後の命令」
【第155話】「戦姫の最後の命令」
ヴェルドラコン出航から28日目 — 艦内標準時 22:20~22:32 場所:ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN — 指揮中枢、避難通路および緊急医療区画 → ASTRAEON VELORIA 指揮デッキ 視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン → ミレル・ソヴァン通信中尉 → セラフィエル・ヴェロリア
視点:セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン
「殿下、後部区画の気圧が低下し続けています!」
私は右側の端末の前に立つダメージコントロール担当士官へ顔を向けた。
「非常隔壁が気圧を維持できなくなるまで、あとどれくらい?」
「まだ確定できません。サービス通路付近の構造接合部が損傷しており、予備システムも正常に応答していません」
「それなら、信用できない予測値が出るのを待つ必要はないわ。今すぐその通路から全員を退避させなさい。まだ気圧が維持されている内側の経路へ、すべての人員を誘導して」
「了解しました!」
士官は直ちに私の指示を伝達した。
私は再び、ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNのメインスクリーンを見つめた。
かつて、この指揮室は私が艦内でも特に誇りに思っていた場所の一つだった。コンソールの配置は、指揮官が報告の逐次伝達を待たずに、航法、通信、艦の防御、そして護衛艦隊との連携を監督できるよう設計されていた。
今では、複数の端末が機能を停止している。非常灯の赤い光が壁面を照らし、艦内の異なる場所から届く損傷警報が交互に鳴り響いていた。
ASTRAEAの船体の外では、攻撃艦が包囲を維持するために動き続けている。
彼らは、自分たちが何をしているのか理解している。
そして私には、放っておけば状況が自然に好転するなどと考えていられる余裕はなかった。
「護衛部隊の報告を」
通信士官が顔を上げた。
「最後に通信が途絶えた護衛艦からは、依然として応答がありません、殿下。戦術記録によれば、護衛陣形はすでにASTRAEAを有効に防護できない状態です」
「彼らの人員救助用チャンネルは?」
「一部の通信は艦の喪失と同時に途絶えています。確認済みの死傷者報告はありますが、全乗員についての完全な情報は得られていません」
私は頷いた。
「通信が途絶えたという理由だけで、彼らの状態を死亡に変更してはいけません。最後に確認できた情報に従って記録しなさい。状況が許して捜索できるようになったとき、私たち自身の誤った報告のせいで誰かを取り残すことは避けたいの」
「承知しました、殿下」
私は拳を握り締めたくなる衝動を抑えた。
あの護衛艦を指揮していた士官の中には、私の知人も何人かいた。出航前には一緒に航路を検討し、いくつかの中継地点で護衛艦をどこに配置するかについて、議論さえ交わしていた。
私たちの誰一人として、この航海に危険がないとは考えていなかった。
しかし、通常の脅威に対応するには十分だったはずの準備も、これほど周到に戦闘部隊を配置した相手には通用しなかったのだ。
「殿下」
私は振り向いた。
艦内通信に医療担当者が映し出された。疲労の色が濃いその顔の後ろには、いくつもの治療用ベッドが、より狭い部屋へ移されている様子が見える。
『主医療区画はすでに収容限界に達しています。後部通路には、まだ搬送を待っている人員が十二名います。そのうち数名は自力で歩行できません』
「内側の会議区画を臨時の治療室として使いなさい。あそこの生命維持システムは、まだ機能しているわね?」
技術員がすぐに端末を確認した。
「機能しています、殿下。気圧は安定しており、そこへ向かう経路もまだ損傷の影響を受けていません」
「よろしい。まだ動ける人員を搬送の補助に回して。酸素供給と継続的な医療監視が必要な患者を優先し、担当している医療スタッフから引き離さないように」
『了解しました。ただちに搬送準備に入ります』
私は通信を切ると、艦内構造図を指さした。
「維持できない通路へのアクセスを閉鎖しなさい。ただし、封鎖する前に、通路の両端にいる担当者同士で、退避を完了した人数を必ず相互確認すること」
「格納庫へ向かう避難経路は、すべて開放したままにしますか、殿下?」と士官の一人が尋ねた。
「安全が保たれている経路は維持して。ただし、格納庫へ行くためだけに隔壁を開き、人員が避難している区画の気圧を失わせるようなことはしないで」
「了解しました!」
私は端末で時刻を確認した。
22時23分。
一分一分が、これまで以上に貴重に感じられた。
私は軍事教育を受け、指揮訓練に参加し、防衛作戦についても十分に学んできた。だからこそ、一隻の艦が戦術的な優位を失った瞬間を理解できる。
ASTRAEAには、まだ機能しているシステムがいくつも残っている。
けれど、艦を維持することと、戦闘に勝利することは同じではない。
機動用の推進機関は損傷し、護衛艦隊は散り散りになった。攻撃者たちは今も、攻撃方向を自由に選べる状態にある。
彼らが防御の最も弱い船体側面へ到達した場合、まだ気圧を維持している区画をすべて守り切れるかどうか、私には確信がなかった。
「殿下、皇室の識別情報をもう一度送信してみるべきでしょうか?」と通信士官が尋ねた。
「すでに無視されたチャンネルを使う必要はないわ。一般救難信号を継続し、救助に必要な情報を優先して。今の私たちに必要なのは、私の称号にしか興味のない相手ではなく、話を聞いてくれる相手よ」
「承知しました」
私は再びメインスクリーンを見つめた。
私の名は、セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン。
ヴェルドラコン帝国の皇女だ。私を「戦姫」と呼ぶ者もいる。その異名は、艦が本当に崩壊の瀬戸際に立たされているときよりも、宴席で口にされるときのほうが、ずっと華々しく聞こえるものだった。
今、その称号ではシールドを修復することも、通信が途絶えた人員を取り戻すこともできない。
私にできるのは、この艦にまだ残っている人々に、生き延びる機会を与えることだけだ。
「各部門の責任者へ命令を伝えて」と私は言った。「これ以降、不要になった設備の維持よりも、人員の救助を優先します。指揮中枢は可能な限り稼働を続けますが、バックアップが存在する機材や書類を守るためだけに、避難を遅らせることは誰にも許しません」
一人の士官が反論しかけた。
「ですが殿下、指揮中枢が――」
「今すぐ全員に持ち場を放棄しろと命じているのではありません。ここが安全でなくなったときに備えるよう求めているのです」
私は彼を見つめた。
「最後に救助できる人が誰も残らなかったのなら、私たちはASTRAEAを守り抜いたなどとは言えないでしょう」
士官は頭を下げた。
「理解しました。命令を伝達します」
視点:ミレル・ソヴァン通信中尉
私はASTRAEAで三年間勤務してきた。
その間に、セラフィナ殿下が訓練計画について上級士官と議論する姿も、艦の準備状況の点検を指揮する姿も、書面の報告だけでは説明できない問題が起きた際に、自ら機関部へ足を運ぶ姿も見てきた。
だからこそ、今も殿下の声が落ち着いているからといって、私たちがどれほど深刻な状況に置かれているかを理解していないわけではないと分かっていた。
むしろ、その逆だ。
殿下は理解している。
そして、その理解があるからこそ、殿下の下す一つ一つの命令が、ますます重要なものになっているのだ。
「ソヴァン中尉、救難チャンネルの状況は?」
私はすぐに端末へ向き直った。
「現在も信号を発信しています、殿下。主送信機には障害が発生していますが、予備システムが帯域幅を制限した状態で救難メッセージの送信を維持しています」
「応答は?」
「検証済みの双方向通信は、まだありません」
報告を終えようとした、そのときだった。
新たな通知が表示された。
以前から連絡を試みていた帝国軍のチャンネルのいずれでもない。
そのメッセージは、艦船間の緊急事態に使用する公開周波数を通じて受信されていた。
「お待ちください、殿下。通信が入っています」
セラフィナ殿下が近づいてきた。
「発信元は?」
「攻撃陣形の外側にいる大型艦です。受信しているのは音声通信と相対位置情報のみで、ネットワークへのアクセス要求はありません」
「独立した回線で再生して。システム接続は一切開かないように」
「承知しました」
私はメッセージを指揮中枢のスピーカーへ切り替えた。
通信障害の雑音に混じって、澄んだ女性の声が聞こえてきた。
『ASTRAEA OF THE SILVER LANTERN、こちらはASTRAEON VELORIAです。当艦は貴艦の救難信号を受信し、深刻な船体損傷と、現在も継続している攻撃を確認しています』
私は端末に現れた新しいマーカーを見つめた。
ASTRAEON VELORIA?
聞き覚えのない名前だった。けれど、その通信の仕方は、公開周波数で何度か受信した挑発的なメッセージとは違っていた。
降伏要求はない。
皇室関係者の引き渡しを命じる言葉もない。
女性の声は、落ち着いた専門的な口調で続いた。
『当艦は、この通過宙域で正式な輸送契約を遂行中の独立艦です。現在、攻撃宙域の外側に安全な距離を確保しています。応答可能な乗員が残っている場合、人員の避難可能性の評価を含め、緊急救援に関する調整を申し出ます』
セラフィナ殿下は何も言わなかった。
私は少しだけ音量を上げた。
『双方の艦のシステムの安全を守るため、本メッセージは一方向の通信で送信しています。コンピューターへのアクセス、内部航法データ、直接接続用インターフェースの開放は要求しません。通信が可能であれば、人員の全般的な状況、把握済みの生存者数、および気圧が維持されている避難経路の有無をお知らせください。救助に不要な機密情報は送信しないでください』
私はセラフィナ殿下を見た。
殿下はスピーカーに注意を向けたままだった。
続いて、男性の声が聞こえた。
『ASTRAEA、こちらはASTRAEON VELORIAの艦長です。武装艦が貴艦への砲撃を続けている間は、直接接近できるとお約束することはできません。しかし、状況を悪化させずに援助を行える選択肢を検討しています。このメッセージが聞こえているなら、公開救難チャンネルを通じてお知らせください』
通信が終了した。
間もなく、端末にはメッセージとともに送られてきた相対位置情報が再表示された。
私はそれを確認した。
発信元の艦は、確かに包囲網の外側にいる。
しかし、その大きさには思わず目を見張った。
「殿下、この艦の識別情報について、一つ気になることがあります」
「知っている艦なの?」
「ASTRAEAの出航前に、国境兵站部門からの通知の写しを受け取ったことがあります。私たちの航海とは直接関係のない情報だったので、大型艦の航行に関する参考資料として保存されていただけなのですが」
私は、まだアクセス可能なローカルアーカイブを開いた。
システム障害の影響で破損しているファイルもいくつかあったが、その通知の写しは予備パーティションに残っていた。
見つけた。
「これです。傭兵協会を通じて輸送業務を受注した、極めて大型の輸送艦についての、タラリス兵站部門からの通知です」
セラフィナ殿下は、私が示した箇所を読んだ。
「ASTRAEON VELORIA……」
「はい、殿下。艦名が一致しています。この通知には、その輸送任務が、エドリック・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン皇帝陛下のご意向によって伝達された依頼に関係していると記されています」
セラフィナ殿下は、すぐに私を振り向いた。
「お父様が?」
「参考文書には、そのように記載されています、殿下。ただし、私は任務の依頼に至る全過程の記録までは所持しておりません」
私は、アーカイブの記述を超えた結論を伝えたくはなかった。
国境兵站部門からの通知に皇帝陛下の名前が記載されているのは事実だ。しかし、それだけで、その仕事を受注した艦が皇室の私有艦であるとか、宮廷の直接指揮下にあるということにはならない。
私は確認を続けた。
「登録情報では、傭兵協会を通じて輸送契約を受注した独立艦となっています。艦の大きさも、現在観測している大型接触反応と一致しています」
セラフィナ殿下は腕を組んだ。
「つまり、あの艦が本当に輸送業務のためにこの宙域にいる可能性があるのね」
「その可能性は高いと思われます、殿下。少なくとも、艦名、登録上の分類、艦の大きさは、私たちが保有する通知の内容と一致しています」
近くにいた戦術士官も画面を覗き込んだ。
「その任務が皇帝陛下のご依頼に関係しているのであれば、正式な帝国の救援部隊と見なしてよろしいのでしょうか?」
セラフィナ殿下は、すぐに首を横に振った。
「いいえ。そこまで結論を急いではいけません。お父様が輸送業務の経路を通じて依頼された仕事だからといって、その艦が自動的に私の護衛部隊の一員になるわけではないわ」
殿下はアーカイブの最下部を指さした。
「ここには独立艦と書かれています。彼らが本当に傭兵協会を通じて契約を受けたのなら、こちらの人々の安全を託す前に、艦長本人から説明を聞きたいの」
私は頷いた。
「返信なさいますか、殿下?」
「ええ。ただし、通信は引き続き制限した状態で行います。その前に、直接的なデータ接続を有効にせず、こちらの非常用送信機から音声を送れるか確認して」
私は簡単な検査を実行した。
「可能です、殿下。帯域幅は大きくありませんが、音声通信と簡単なテキストメッセージには十分です」
セラフィナ殿下は、戦術画面に独立したマーカーとして表示された大型艦を見つめた。
「彼らにどのような能力があるのか、私には分からない。それに、私が皇女だからというだけで、民間船に攻撃の真っただ中へ入るよう求めるつもりもないわ」
殿下は少し言葉を止めた。
「けれど、彼らが本当に助ける意思を持っているのなら、その機会を無駄にするわけにはいきません」
私は送信機を準備した。
「公開救難チャンネル、使用準備完了です、殿下」
セラフィナ殿下は通信端末の前に立った。
「会話はすべて記録して」
「承知しました」
視点:セラフィエル・ヴェロリア
ASTRAEON VELORIAの指揮デッキで、私はASTRAEAの非常用送信機が活動を示し始めたのと同時に、診断情報の更新を受信した。
それに先立ち、私は紬の承認に基づいて、救助調整の申し出を送信していた。
メッセージの内容は、意図的に当艦の公開識別情報、相対位置、そして救援の可能性を評価するために本当に必要な情報だけに限定している。
直接的なデジタルリンクは一切開いていない。
また、そのチャンネルを攻撃者が監視していた場合に皇室艦船の安全を脅かすおそれがあるため、艦内情報の送信も要求しなかった。
「紬、ASTRAEAが救難周波数で応答を示しています。音声通信を準備しているようです」
紬が戦術地図から顔を上げた。
「信号の品質は?」
「弱いものの、処理は可能です。通信の隔離状態を維持し、相手から当艦のネットワークへアクセスできないようにしたまま、メッセージの内容を表示します」
「よし。ラン、受信時刻と会話の内容を保存してくれ」
「準備できています」
まだ格納庫にいるレアも、艦内回線を通じて会話に加わった。
『まだ返事できる人がいるの?』
「そうみたいだな」と紬が答えた。「そのまま待機していてくれ、レア。まだあの船の中がどうなってるか分からないからな」
『了解』
私は音声の受信を開始した。
何度か静電雑音が聞こえたあと、スピーカーから女性の声が流れた。
『ASTRAEON VELORIA、こちらはASTRAEA OF THE SILVER LANTERNです。貴艦からの緊急救援の申し出を受信しました』
紬が、回線を維持するよう私に合図した。
女性の声が続く。
『私はセラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン。本艦の指揮官を務めています。艦内にはまだ生存者がいますが、一部の区画は深刻な損傷を受けており、現在、負傷者の搬送を進めています』
私は通信の発信元が名乗った身元を表示した。ただし、完全に検証された識別情報としては扱わない。
ランもすぐに記録した。
紬は画面を見つめた。
「つまり、本人があそこで指揮を執ってるのか……」
私は頷き、再び通信へ意識を集中させた。
『傭兵協会を通じて輸送業務を遂行している大型輸送艦については、こちらも情報を受け取っています。ただし、救援の調整を続ける前に、貴艦の艦長の身元と、ASTRAEON VELORIAが私たちを攻撃している艦隊の作戦に関与していないことを証明できる説明を求めます』
その声は毅然としていた。
彼女は、すぐに敵を攻撃するよう私たちに求めたわけではない。危険を考慮せずASTRAEONを接近させるよう要求したわけでもなかった。
最初に求めたのは、差し伸べられた救いの手が、生存者たちに新たな脅威をもたらさないという証拠だった。
紬が私を見た。
「もっともな質問だな。さっきの緊急インターフェースの件もあるし、俺だって、助けを申し出てきたというだけで見知らぬ船をすぐには信用しないよ」
「私も同意します、紬。双方のシステムへのアクセスを開くことなく、公開登録情報と音声通信による確認が可能です」
「そのデータを準備してくれ。俺が直接答える」
私はASTRAEON VELORIAの公開識別情報を開き、送信の準備を整えた。
別の画面では、ASTRAEAが依然として包囲網の中央にいた。最も防御の弱い船体側面へ向かっている攻撃艦も、まだ移動を止めていない。
彼らに残された時間は限られている。
それでも、少なくとも今、私たちは艦内で持ちこたえている人々から応答を得ることができた。
そして、皇室艦船から紬と最初に直接言葉を交わすことになる人物は、セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコン本人だった。
【次話予告・第156話】
「こちらは独立傭兵だ」
こちらは独立傭兵だ――紬はセラフィナに直接名乗り、ASTRAEON VELORIAが独立艦であることを説明する。救助に向けた調整が話し合われ始めるなか、アルケイオン側がついに彼らの存在に対する反応を示す。




