【第154話】「貨物を守るための戦術」
【第154話】「貨物を守るための戦術」
ヴェルドラコン出航から28日目 — 艦内標準時 22:10~22:20 場所:タラリス外縁通過回廊 — ASTRAEON VELORIA 指揮デッキ、貨物区画および格納庫 視点:星崎紬 → カリスタ・フェロ → モード・ラン・ヴァレス → レア・ヴァレン → 星崎紬
視点:星崎紬
「セラフィエル、ターゲットロックの状況は?」
「攻撃艦の接触反応02は、現在も照準システムの活動を増大させています、紬。船体の向きは当艦の位置と一致していますが、兵器の発射はまだ検知していません」
俺はメインスクリーン上をゆっくりと移動する赤いマーカーを見つめた。
少し前に送った警告には、まだ返答がない。それどころか、Arkeion Galactic Federationの軍事部隊に属すると思われる一隻が、ASTRAEON VELORIAへ照準システムを向け始めていた。
まったく、好ましくない展開だ。
とはいえ、照準システムが作動したからといって、それを理由にこちらの全兵装を即座に使用するのも合理的な判断ではない。ましてや、俺たちはタラリスの戦略貨物を輸送している最中なのだから。
「ヴェスペラ、ASTRAEAと攻撃艦全隻の位置、それから俺たちの退避航路をもう一度表示してくれ。全部を一つの投影図で確認したい」
「承知しました。少々お待ちください」
ヴェスペラは航法地図に、セラフィエルが収集した戦術データを統合した。
画面中央では、ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNが複数の武装艦に包囲されている。三隻が迎撃線を形成し、残りの集団は深刻な損傷を負った皇室艦船への攻撃圧力を維持していた。
「私たちは、まだ主な射線の外側にいます」とヴェスペラが説明する。「ですが、接触反応02が現在の向きを維持した場合、相手の照準計算に当艦の位置を組み込むことが、ますます容易になります」
「連中は、もう俺たちの艦の全容を把握しているのか?」
「それを示す証拠はありません」とセラフィエルが答えた。「先ほどの警告通信によって、当艦の存在と位置は探知された可能性があります。しかし、送信した公開識別情報だけから、ASTRAEONの実際の能力を推定することはできません」
俺は頷いた。
よし。
少なくとも、誰かがこちらへ兵器を向けたというだけで、艦の隠された能力まで見せてしまったわけではないらしい。
「今もASTRAEAを攻撃している接触反応は、何隻ある?」
セラフィエルが画面上のマーカーを更新した。
「複数の接触反応が、引き続き攻撃圧力を維持しています。彼らの指揮系統の全容はまだ確認できませんが、移動パターンには艦艇間の連携が認められます」
「さっきヴェスペラが計算した方向から接近した場合、ASTRAEAが十字砲火に巻き込まれる可能性は?」
「その危険性はあります」とヴェスペラが答えた。「特に、攻撃側が私たちへ対応するために艦首方向を変え、その射線の後方にASTRAEAが位置している場合です。陣形の中央を通る直接的な接近は、お勧めできません」
俺は投影図を見つめた。
ろくに動くこともできなくなった皇室所有船。それを仕留めようとしている複数の軍艦。そして、8,400,000 GCの契約に関わる預かり物を積んだ俺たちの私有艦。
本当に面倒な組み合わせだ。
「分かった。介入する必要があるかどうか決める前に、艦の準備状況を全面的に確認したい。誰かが撃たれ続けているのを見て気分が悪くなったからといって、貨物まで危険にさらすつもりはない」
俺は艦内通信を開いた。
「カリスタ、機関部の状況はどうだ?」
『構造負荷の報告書を確認してるところだ。何か必要か、紬?』
「通常の通過飛行より激しい機動を行う可能性がある。貨物の固定装置、慣性減衰装置、それから区画隔離システムが、すべて使用可能な状態にあるか確認してほしい」
『つまり、ようやく戦闘になる可能性が出てきたってことか?』
「まだ戦闘命令は出してないよ。ただ、預かり物が艦内で巨大な砲弾に変わったりしないようにしておきたいだけだ」
『はっ! そんなことになったら、誰かがあたしの検査手順を全部すっ飛ばしたってことになるな。少し時間をくれ。貨物区画まで直接見に行ってくる』
「ありがとう。機動制限が必要になるような問題を見つけたら報告してくれ」
『了解』
通信を終えた俺は、ランへ顔を向けた。
「今の話は聞こえたか?」
「はい。事案記録を更新し、防御行動を余儀なくされた場合に備えて、管理上の根拠を準備します」
「その範囲も明確にしておきたい。C-145-MCは取り消さない。許可なく軍用貨物を使用することもないし、合意した覚えのない戦闘契約に輸送業務をすり替えるつもりもない」
ランが頷いた。
「それを記録の基本方針とします」
俺は再びメインスクリーンへ目を向けた。
「セラフィエル、連中の兵装システムを監視してくれ。発砲を示す変化があれば、すぐに知らせてほしい」
「もちろんです、紬」
視点:カリスタ・フェロ
「さて、昨日の貨物受け入れで、全員が本当に手順を守ってたか確認するとするか」
検査用端末を片手に、あたしはサービス通路を通って主貨物区画へ向かった。
後ろからは、追加の診断装置を積んだ自動整備ユニットがついてくる。
ASTRAEON VELORIAがタラリス軍事兵站停泊施設を離れて以来、貨物はすべて最終マニフェストに従って保管されている。定期点検でも、不審な変化は確認されていなかった。
ただし、通常の通過飛行に向けた検査と、戦闘機動の可能性に備えた検査では、目的が違う。
通常の加速では安全だったコンテナも、艦がはるかに大きな方向転換を行う場合には、荷重限界、固定装置の状態、質量分布を確認せずに安全だと決めつけるわけにはいかない。
あたしは最初の貨物群のデータを開いた。
「セラフィエル、モジュール式固定装置のリアルタイム測定値を全部送ってくれ。実物の検査結果と比較したい」
『承知しました、カリスタ。データは端末から確認できます』
「それからTL-CG-017も忘れるなよ。誰かが古いマニフェストを使ったせいで、あのときの事務処理の間違いがまた出てくるなんて御免だからな」
『27日目に正式承認された最終マニフェストを使用しています。TL-CG-017の貨物群の質量は186,040kg、封印番号はTL-SG-482716です』
「よし」
あたしは、その貨物群の保管エリアの前で足を止めた。
マニフェストに記載された封印番号は、センサーの測定値と受け入れ記録に一致している。コンテナの位置にも変化はなく、固定システムは規定された許容範囲内を維持していた。
続いて、ほかの貨物群の検査に取りかかる。
軍用艦の機関予備部品、モビルフレーム整備用モジュール、防御関連部品、緊急医療用品、野外通信装置、それに各種の兵站支援モジュールも、すべて所定の位置に収まっていた。
外側から確認できる検査のためだけに、封印済みのコンテナを開ける理由はない。
確かめなければならないのは、艦が機動したときに、それらを保持するシステムが貨物を確実に固定し続けられるかどうかだ。
「セラフィエル、現在の貨物構成に合わせて、慣性減衰装置の応答検査を実行してくれ。固定装置に物理的な変更は加えるなよ」
『承知しました。診断シミュレーションを開始します』
少しすると、結果が表示された。
あたしは各区画の荷重分布を確認し、さらに、いずれかのエリアを隔離する必要が生じた場合にも、区画隔離システムが独立して機能するかを調べた。
すべて許容できる状態にある。
とはいえ、主要固定装置を自分の目で確かめるまでは納得できなかった。
あたしはサービスパネルの一つのそばにしゃがみ込み、点検用カバーを開けて、機械式インジケーターと電子測定値を比較した。
「よし。ずれはないな」
最後の区画まで検査を終えると、あたしは指揮デッキへ連絡した。
『紬、実物の検査が終わったぞ。全コンテナは承認された位置を維持している。モジュール式固定装置、慣性減衰装置、区画隔離システムも正常に機能してる』
『追加で注意すべき機動制限はあるか?』
「新しい制限が必要になるような損傷はない。ただし、勘違いするなよ。あたしがシステムは準備できてると言ったからって、積み荷全部に質量がないみたいな扱いをしていいわけじゃないからな」
紬の小さな笑い声が聞こえた。
『分かってる。お前が設定した運用限界は守るよ』
「よし。もしコンテナが壊れたりしたら、ランと一緒に損傷報告書を書かせるからな」
『軍艦よりよっぽど恐ろしい脅しだな』
「分かってるなら結構」
あたしは笑みを浮かべ、検査結果の全文をランの管理端末へ送った。
少なくとも、外の状況が悪化したときに、艦内の準備が整っているかどうかまで疑わずに済む。
視点:モード・ラン・ヴァレス
カリスタからの報告が届いたのは、私が一連の出来事を時系列に整理している最中だった。
私はその報告を、次の運用判断が下される前に貨物の安全検査が実施された証拠として、事案記録に組み込んだ。
「紬、カリスタの検査結果が届きました。機動変更の可能性を検討する前の段階で、貨物が安全な状態を維持していることを示す根拠として記載します」
「よし。さっきの警告通信の記録はどうなってる?」
「メッセージの全文、送信時刻、その後のセンサー反応を含め、すべて保存済みです。現時点でも、攻撃側から、こちらが提示したチャンネルを通じた説明は届いていません」
私はその文書を彼に示した。
C-145-MC — 緊急運用記録(EMERGENCY OPERATION RECORD)
| 項目 | 状態 |
| ---------------- | ---------------------------------- |
| 契約 | 有効 |
| 依頼主 | Talaris Strategic Logistics Office |
| 目的地 | Talaris Border Logistics Depot |
| 契約総額 | 8,400,000 GC |
| 貨物 | 引き続きASTRAEON VELORIAの管理下 |
| 貨物の実物検査 | 完了。位置の変化および損傷は確認されず |
| 攻撃側への警告 | 送信・記録済み |
| 攻撃側からの正式な応答 | 未受信 |
| ASTRAEONに対する照準活動 | 検知済み。継続監視中 |
| 航路変更 | 未実施 |
| 武力介入 | 命令されていない |
紬は表を注意深く読んだ。
「もし連中が本当にこちらへ撃ってきた場合、艦を守る前にタラリスの承認を待つ必要はあるのか?」
「契約貨物を運んでいるからといって、黙って攻撃を受ける必要はありません。ただし、防御行動についても説明責任は生じます。特に、輸送予定を変更したり、承認済みの回廊から外れたりする場合には」
「つまり、緊急事態を、本当は必要のないことまでやる口実にしなければいいわけだな」
「そのとおりです。直面した脅威、利用可能だった選択肢、そして最終的にあなたがその行動を選んだ理由を示せるようにしておく必要があります」
私はメインスクリーンへ目を向けた。
武装艦たちは、今もASTRAEAを取り囲んでいる。
契約と管理を担当する身として、このような不確実性は好ましくなかった。すぐに計算できる追加の契約金はなく、私たちの関与が評価される保証もない。しかも、運用上の変更はすべて、新たな義務を生じさせる可能性がある。
だからといって、書類がまだ全部揃っていないというだけで、現実の脅威を無視できるふりをするつもりもなかった。
「紬、一つだけ改めて強調しておきます。もしASTRAEAを援助することになっても、その行動によって、私たちが皇室の軍事指揮下に入ったと他者に受け取られないようにしてください」
彼がこちらを向いた。
「それは前にも注意してくれただろ?」
「そして、この状況が終わるまで何度でも注意します」
「本当に俺が余計な仕事を引き受けるのが嫌なんだな」
「合法的で利益のある新しい仕事を引き受けるのなら、私は反対しません。ただし、その仕事には契約書と明確な業務範囲、そして支払条件が必要です」
席に座っていたレアが笑った。
「ラン、もし誰かがこっちに撃ってきたら、まず契約書を送ってくれって頼むの?」
「いいえ。相手が発砲を開始した時刻を記録してから、紬が回避可能だった管理上の不利益を負わずに済むようにします」
「うわっ、そっちのほうが怖く聞こえるんだけど」
私は小さく息をついた。とはいえ、口元は少し緩んでいた。
「レア、あなたはヴァルキリーの準備をしているはずでは?」
「もう準備できてるよ! あとは紬の命令待ち!」
視点:レア・ヴァレン
攻撃艦の位置に突然の変化がないことを確認してから、私は格納庫との通信を開いた。
「カリスタ、ヴァルキリーの最終点検をしに、ちょっと下へ行きたいんだけど。まだ貨物区画にいる?」
『ちょうど終わったところだ。今、格納庫へ向かってる。今度はどこを確認したいんだ?』
「救助用の装備と発進経路だよ。エンジンは分解しないって約束するから」
『よし。艦長が急にお前を必要としたとき、ヴァルキリーの半分が床に散らばってるなんて光景は見たくないからな』
「私だって、そこまでひどくないよ!」
『先月の点検記録、見せてやろうか?』
「見せなくていい! 今から降りるから!」
カリスタが続きを言い出す前に、私は通信を切った。
会話を聞いていた紬は、笑いながら首を横に振るだけだった。
「カリスタに二度手間をかけさせるなよ、レア」
「分かってるよ、紬。今回は本当に、全部準備できてるか確認するだけだから」
「よし。覚えておいてくれ。まだ発進許可は出してないからな」
「了解!」
私は指揮デッキを離れ、艦内エレベーターで格納庫へ向かった。
扉が開くと、ヴァルキリーは主要装備をすべて取り付けた状態で、整備用の架台に収まっていた。
私はこの光景がいつも好きだ。
これまでに何度も戦闘や修理を経験してきたせいか、自分のモビルフレームは、ますます身近な存在に感じられる。パネルやインジケーターの位置を見るだけで、どこを確認すべきか分かるくらいだ。
私が到着したとき、カリスタはサービス端末のそばに立っていた。
「ようやく来たか」
「紬と話したあと、すぐに降りてきたよ」
「それなら救助装備の点検から始めよう。機械系統はもう確認してある。お前は運用設定が自分の用途に合っているか確かめればいい」
私は頷き、点検リストを開いた。
制御システム、通信装置、緊急装備、発進経路を一つずつ確認していく。
追加の修理が必要になるような問題はなかった。
「カリスタ、もしあとでASTRAEAへ近づくことになったら、ヴァルキリーのバランスを崩さずに救助装備を追加で持っていけるかな?」
「何を持っていきたいかによるな。まさか医療倉庫を丸ごと機体の背中に取り付けたいとか言わないよな?」
「違うってば! 損傷した区画から誰かを避難させなきゃいけなくなったときのために、選択肢を用意しておきたいだけだよ」
カリスタは、私が示したリストを確認した。
「この構成なら無理はない。ただし、あの船の物理的な出入り口がどんな状態かは、まだ分かってないんだ。すべての扉やサービス通路が機能してると思い込むなよ」
「うん。私も、十分な情報がないまま中へ入るつもりはないよ」
それから数分で、私たちは点検を終えた。
カリスタが結果を保存している間に、私は数日前から紬に聞いてみたかったことを思い出した。
指揮デッキへの通信を開く。
「紬、ちょっと聞いてもいい?」
『ヴァルキリーに何か問題があったのか?』
「ううん。全部準備できてるよ。ただ、Vector Caliperはいつ使えるようになるのかなって」
通信の向こうが、しばらく静かになった。
『……Vector Caliper?』
「うん。うちの中型船」
『ちょっと待て。その船、いつから名前が付いたんだ?』
私は満面の笑みを浮かべた。
「私が名付けたときから!」
視点:星崎紬
俺は少し困惑しながら、格納庫との通信インジケーターを見つめた。
「レア、お前が言ってる中型船って、MCV-01のことか?」
『そう! Vector Caliperって、格好いいと思わない?』
俺は顎を撫でた。
技術機器のカタログか、SFゲームに出てくる機械の名前から取ってきたような響きだ。
実際、悪くはない。
ただ、うちの中型船の正式名称を決めることに、俺が同意した覚えはなかった。
「その名前、どこから思いついたんだ?」
『地球のインターネットだよ』
俺は黙り込んだ。
「……何だって?」
『前にセラフィエルに許可をもらって、利用できるアーカイブやネットワーク経由で地球の情報を見せてもらったことがあるんだ。それで、いろんな記事を読んでるときに格好いい単語を見つけたの! Vectorは方向と大きさに関係する言葉で、caliperは測定器具でしょ? 合わせたら、いろんな作戦で私たちを助けてくれる中型船にぴったりだと思って!』
俺はセラフィエルへ顔を向けた。
彼女は、俺が説明を求めることを予想していたかのように、柔らかく微笑んでいた。
「レアから、利用可能な地球の情報資料を閲覧したいという申請があったのは事実です、紬。安全な環境を通じて、読み取り専用の限定的なアクセス権を与えました。中核システムへのアクセスや、艦船登録情報の変更は行われていません」
「じゃあ、レアがMCV-01に名前を付けてたことも知ってたのか?」
「レアが複数の名前の候補を集めていることは把握していました。ただし、あなたの承認がまだありませんので、正式な識別情報は変更していません」
俺は再び通信インジケーターへ目を向けた。
「レア、その名前はいつから使ってるんだ?」
『まだそんなに経ってないよ。カリスタと話すときに、そう呼んでただけ』
レアの声の後ろから、カリスタが口を挟む声が聞こえた。
『何度もそう呼ぶもんだから、あたしはお前が本当に承認したのかと思いかけてたぞ、紬』
「カリスタ!」
『何だよ。本当のことだろ?』
俺は笑った。
「分かった、分かった。でも、どうして急にその船がいつ使えるかなんて聞いたんだ?」
レアの声が、すぐに少し真剣な調子へ変わった。
『だって、もしASTRAEAを助けることになったら、ASTRAEON本体をあまり近づけなくても、装備や人員を運べる支援船があったほうがいいかもしれないでしょ? Vector Caliperが今すぐ作戦に使えるとは限らないのは分かってるから、進み具合だけ知りたかったんだ』
俺はゆっくりと頷いた。
少なくとも、自分で名前を付けた船を早く飛ばしたいというだけの質問ではなかったらしい。
「なるほどな。でも、状況に合っていそうだからというだけで、MCV-01を投入するつもりはないよ。実際の準備状況、乗員、装備、それから発進時の危険性まで確認する必要がある。今回の作戦では、カリスタとセラフィエルから完全な確認が取れるまでは、もう使える戦力として計算に入れないでくれ」
『分かった』
「それから、名前のことだけど……」
『うん?』
格納庫でレアの耳がぴんと立った様子が、目に浮かぶようだった。
「Vector Caliperは悪くないと思う。ただし、正式な命名はみんなで相談してからだ」
『じゃあ、採用される可能性はあるんだね!?』
「可能性はある。俺が承認する前に、勝手に船のエンブレムまで作るなよ」
『えへへ……』
俺は目を細めた。
「レア」
『まだ何も作ってないよ! スケッチだけ!』
再びカリスタの声が聞こえた。
『スケッチなら六枚あるぞ、紬』
「カリスタ!」
思わず大きく笑ってしまい、管理端末に向かっていたランまでこちらを振り向いた。
「何かあったのですか?」
「どうやらレアが、うちの中型船にもう名前を付けてたらしい。Vector Caliperだってさ」
ランが眉を上げた。
「興味深い名前ですね。もう承認されたのですか?」
「いや、まだ」
「でしたら、命名に関する決定がなされるまでは、正式書類にその名称を記載しないようにしてください」
格納庫から、すぐにレアの不満そうな声が届いた。
『ラン、どうして最初に考えるのがいつも書類のことなの!?』
「同じ船に対して管理記録上で異なる名前が二つ存在しないよう、誰かが確認しなければなりませんから」
俺は笑いながら首を横に振った。
ほんのしばらくの間、指揮デッキには普段どおりの空気が戻っていた。
だが、セラフィエルが戦術画面を更新すると、俺たちの意識はすぐに艦外の状況へ引き戻された。
「紬、攻撃艦の一隻に位置の変化が見られます」
俺は即座に画面へ向き直った。
「どの艦だ?」
「接触反応04です。以前の位置から離れ始め、ASTRAEAの損傷が最も深刻な側面へ向かっています」
ヴェスペラが航法地図を拡大した。
その艦の位置から、ASTRAEAがこれまで防御に苦しんでいた区域へ向けて、新たな線が表示される。
「その艦がこの位置に到達すれば、射撃角度は大幅に有利になります」とヴェスペラが説明した。「ASTRAEAには、それを容易に回避できるだけの機動能力が残されていません」
俺はその航跡を確認した。
「前から続いてる陣形変更の一部か?」
「その可能性が高いでしょう。ただし、今回の動きはより具体的です。防御力がすでに低下している船体部分へ、直接攻撃できる位置を確保しようとしているように見えます」
セラフィエルが最新のセンサー測定値を表示した。
「その艦からの兵器発射はまだ検知していません。しかし、船体の向きと速度の変化は、攻撃位置への移動準備と一致しています」
ランが席から立ち上がった。
「紬、艦内検査はすべて完了しています。判断が必要になった場合、現時点までの貨物の状態と脅威の推移について、記録は揃っています」
俺は頷いた。
「ありがとう」
それから格納庫との通信を開く。
「レア、ヴァルキリーのそばで待機してくれ。俺が直接命令するまでは発進するなよ」
『了解、紬。いつでも動けるようにしておくね』
「カリスタ、検査した貨物の配置はそのまま維持してくれ。状況が悪化し始めているときに、積み荷の移動作業なんてしてほしくないからな」
『心配するな。貨物は全部固定済みだ。荷重の測定値も引き続き監視しておく』
そのあと、俺はセラフィエルとヴェスペラを見た。
「俺たちの運用方針は変わらない。貨物の安全を守ること。こちらの行動でASTRAEAを十字砲火に巻き込まないこと。それから、ほかの民間船を意図的に戦闘宙域へ巻き込まないこと。もし行動を起こす必要があるなら、その目的は現実に存在する脅威を止めることであって、目の前にいる船を全部破壊することじゃない」
「承知しました、紬」とセラフィエルが答えた。
ヴェスペラも頷く。
「退避航路を維持しつつ、ASTRAEAの真後ろへ直接回り込むことのない接近経路を準備します」
俺は再び艦長席に腰を下ろした。
メインスクリーンでは、接触反応04が皇室艦船の最も防御しにくい側面へ向かって移動を続けている。
ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNからは、今も救難信号が発信されていた。
俺たちはすでに信号の発信元を識別し、攻撃者の所属について強い証拠を得て、警告を送信し、軍用貨物がすべて安全な状態にあることも確認した。
だが、アルケイオン側からは、通信によって攻撃を停止させるために利用できるような返答は届いていない。
それどころか、連中の一隻が今、ASTRAEAの状況をさらに悪化させかねない位置へ移動している。
俺は、ヴェスペラが更新し続ける航跡を見つめた。
「セラフィエル、あの艦を監視してくれ。連中がASTRAEAの損傷した船体部分をロックオンし始めたら、発砲する前に知りたい」
「承知しました、紬」
俺は椅子の背もたれに体を預けたが、画面から視線は外さなかった。
どうやら、ただ状況を観察していられる時間は、もうあまり残されていないらしい。
【次話予告・第155話】
「戦姫の最後の命令」
戦姫の最後の命令――ASTRAEA OF THE SILVER LANTERNの艦内で、セラフィナ・ヴァルクレイン・ヴェルドラコンは、艦の能力が低下し続けるなか、指揮中枢と避難経路を維持しようとしていた。そんな生存者たちのもとへ、彼女がまだ知らない独立艦からの緊急通信が届く。




