【第143話】「契約を受ける条件」
【第143話】「契約を受ける条件」
場所:オーセリオン独立港――アストレオン・ヴェロリア 視点:星崎紬
「紬、会議を始める前に、一つ確認しておきたいことがあります」
グランドサロンに入ろうとしたところで、ランが俺の足を止めた。
彼女の手には、契約書C-142-LGを表示した端末が握られている。昨日の打ち合わせ以来、俺はその書類を何度か目にしていたが、ランの画面に表示されたマーカーや追記の数は、見るたびに増えているようだった。
「どうした?」
「この契約を、単に報酬が高いだけの輸送業務として検討し続けるおつもりですか。それとも、私たちが帝国軍の兵站機関と交渉しているという事実を、すでに理解していらっしゃいますか?」
俺は彼女を見つめた。
「どういう質問だ、それは?」
「8,400,000 GCという数字をご覧になったあとで、気が変わっていないか確認するための質問です」
「ゼロの数が多いという理由だけで、何かに署名するつもりはないよ」
「それなら結構です」
彼女は満足そうに微笑んだ。
「では、本日の協議にはドッキング費用、港湾施設の利用料、それから燃料費の扱いについても含めます」
俺は頷き、それから足を止めた。
「待った。燃料費?」
「はい」
「ラン、アストレオン・ヴェロリアが俺の生きている間、従来型の燃料補給を必要としないことは知っているよな?」
「もちろん存じています」
「だったら、どうして――」
「雇用主が契約上正当に認められる燃料手当を用意しているのであれば、私たちが受け取れるはずの支払いを、わざわざ放棄する理由はありませんから」
俺は数秒間、彼女を見つめた。
ランは、少しも悪びれた様子を見せずに俺の視線を受け止めている。
「……本当に何から何まで考えているんだな」
「それが私の仕事です。ただし、実際には購入していない燃料について、虚偽の請求をするつもりはありません。領収書に基づく実費精算であれば、実際に発生した支出だけを申告します。一方、運送業者に正当に認められる定額の運航手当であれば、当然、受け取ります」
俺は笑みを浮かべた。
「なるほど。それなら賛成だ」
「詳しくご説明すれば、そうおっしゃると思っていました」
彼女は俺の横を通り抜け、グランドサロンへと入っていった。
俺は小さく息を吐いてから、そのあとに続いた。
朝はまだ始まったばかりなのに、すでに会議を半分ほど終えたような気分だった。
アストレオン・ヴェロリアのグランドサロンは、小規模な会議室へと模様替えされていた。
立体映像には、俺たちの船、オーセリオン独立港、タラリス軍事兵站停泊施設、そしてタラリス国境兵站デポが表示されている。
セラフィエルはメインテーブルの隣に立っていた。白を基調に濃紺のアクセントをあしらったカジュアルな服を着ているが、彼女の意識の一部は、引き続き船のシステムと接続されている。
ヴェスペラは航法投影装置の近くに座り、カリスタは格納庫から持ち込んだ技術用端末を手にしていた。
少し遅れてやって来たレアは、飲み物とスナック菓子の袋を抱えたまま、迷わずカリスタの隣の席を確保した。
俺はその袋に目を向けた。
「レア、これから会議だぞ」
「分かってるよ!」
「だったら、どうしてそんなに大量の食べ物を持ってきたんだ?」
「重要な会議って、たいてい長引くでしょ?」
カリスタが笑った。
「少なくとも、会議の所要時間を予測するくらいのことは覚えたらしいね」
ランは端末から顔を上げた。
「私の端末に食べかすを落とさないでいただけるなら、どうぞご自由に」
「はーい!」
俺は上座に腰を下ろした。
大型スクリーンには、昨日から何度も頭に浮かんでいた数字が、改めて表示されていた。
8,400,000 GC。
契約C-142-LGの提示された総額ベースの報酬だ。
途方もなく大きな金額である。
しかし、書類を読み進めるほど、俺たちが帝国から贈り物を受け取ろうとしているわけではないことが明確になっていった。
俺たちに求められているのは、膨大な量の軍事兵站物資を国境のデポまで輸送することだ。特別な認可を必要とする航路を通り、通常の傭兵契約よりもはるかに厳格な安全管理と事務上の責任を負わなければならない。
俺はテーブルの上に両手を置いた。
「よし。タラリスでの検査を続けるかどうか決める前に、まず俺たちが提示する条件を全員で共有しておきたい。俺がこの仕事に興味を持っているからといって、誰も無条件で賛成する必要はない。懸念があるなら、今のうちに言ってくれ」
レアは食べる手を止めた。
ヴェスペラが頷く。
カリスタは椅子の背もたれに体を預けた。
セラフィエルは俺に微笑みかけた。
「承知しました、紬」
ランは、昨日の打ち合わせの結果を表示するところから協議を始めた。
C-142-LG――契約事前審査
| 項目 | 状況 |
| ---------- | ------------ |
| 発注者 | タラリス戦略兵站局 |
| 提示総額 | 8,400,000 GC |
| 積載場所 | タラリス軍事兵站停泊施設 |
| 配送先 | タラリス国境兵站デポ |
| リスクレベル | 高 |
| 最終貨物マニフェスト | タラリスでの検査待ち |
| 輸送能力の検証 | 未完了 |
| 最終輸送契約 | 未署名 |
| 現地直接検査 | タラリス側から要請あり |
「まず第一に」と俺は口を開いた。「船に乗っている全員の安全は、ボーナスや追加報酬、軍事技術を購入できる機会よりも優先される」
レアがすぐに手を挙げた。
「航行中に襲撃された場合も?」
「そういう場合こそ、だ」
俺は彼女を見た。
「俺たちには自衛する能力がある。だが、最優先の任務は積荷を安全に目的地まで運ぶことだ。航行を面白くするために、わざわざ敵を探しに行くことじゃない」
「別に敵を探しに行きたいなんて言ってないよ!」
カリスタが横を向いた。
「昨日、大量の貨物を護衛する機会があれば、ヴァルキリーを試せて面白そうだって言っていたじゃないか」
「それは別の話!」
「どこが?」
「緊急事態が起きたらって話をしたの!」
二人の言い合いがさらに発展する前に、俺は片手を上げた。
「レアなら、その二つの違いくらい分かっていると信じている。だからこそ、モビルフレームの準備は、保護と緊急事態への対応を目的にしてほしい。戦闘を始めるためじゃない」
レアはしばらく俺を見つめていた。
やがて、彼女の耳がぴくりと動いた。
「……分かったよ、紬。ちゃんと理解してる」
俺は頷いた。
「それと、時間どおりに届けたときの追加報酬を得るために、誰かが命を懸ける必要もない。乗員の安全と追加報酬のどちらかを選ばなければならない状況になったら、俺がどちらを選ぶかは決まっている」
ランはその決定を記録した。
「安全手順を無視する義務があると解釈されかねないインセンティブ条項については、削除または修正を求めます」
「頼む」
次の議題は貨物マニフェストだった。
セラフィエルが、昨日タラリス側から提示された積荷の分類情報を表示する。
情報は、まだ不完全だった。
俺たちが把握しているのは、今回の輸送が大量の軍事兵站物資を対象としており、保管方法や取り扱い条件の異なる複数の貨物カテゴリーを含むということだけだ。
「正規の軍事物資を輸送すること自体に異論はない」と俺は言った。「だが、すべての積荷には、確認可能な識別情報とマニフェストが必要だ。誰かが突然コンテナを追加しておいて、中身を知る必要はないと言い出すようなことは認められない」
カリスタが頷いた。
「私も、重量、寸法、重心、固定方法、それから船の安全性に影響する貨物の特性を把握しておきたい。温度管理や特定のエネルギー供給を必要とするモジュールがあるなら、積み込む前に知らせてもらわないと困る」
セラフィエルは貨物区画のモデルを拡大した。
「そのとおりです。装置の戦略的な用途に関する機密情報は、必ずしも輸送業者に開示する必要はありません。しかし、安全性と取り扱いに必要な情報は、輸送業者が把握できる状態で提供されなければなりません」
ランが付け加えた。
「そして、マニフェストや引き渡し書類と一致しない物品については、受け取りを拒否できる権利を確保する必要があります」
「違法な積荷も含めて、だな」
「もちろんです」
ランは数行を入力した。
「通知と正式な承認なしに貨物を追加することを禁止する条項を求めます。マニフェストの変更には、権限を持つ担当者の識別情報、変更理由、変更時刻の記録を必須とします」
レアが眉をひそめた。
「もし受け取ったコンテナが一覧と違っていたのに、担当者が『ちょっとした事務上のミスです』って言ってきたら?」
「相違が解消されるまで、そのコンテナは受け取りません」とランが答えた。
「すぐに出発しろって言われても?」
俺は頷いた。
「その場合も同じだ」
レアは笑みを浮かべた。
「いいね。中身がはっきりしないものを護衛するのは、私だって嫌だから」
ヴェスペラが投影装置を引き継いだ。
テーブルの上に航法マップが広がり、オーセリオンからタラリス軍事兵站停泊施設へ向かう航路と、その先にある国境兵站デポまでの経路が表示される。
「検査施設へ向かうための初期航路は、すでに用意できています。ただし、タラリスが入港許可を発行するまでは、最終的な航路を確定するつもりはありません」
俺は頷いた。
「積載後の輸送ルートはどうだ?」
「そちらも確認が必要です。昨日提供された情報には、運用上の制限、到着可能時間帯、代替航路の可能性について、まだすべての情報が含まれていません」
ヴェスペラは航路上の複数の分岐点を拡大した。
「主要航路が交通障害、緊急事態、あるいは安全上の脅威によって閉鎖された場合に備え、契約で承認されたルート変更の手続きを設けておく必要があります。差し迫った危険を避けるために航路を変更しただけで、アストレオン・ヴェロリアが契約違反と見なされるような事態は避けたいですから」
「同意する」
「ただし、軍事航路の近くで、船のFTL航行能力を無計画に使用するつもりもありません。安全な地点でFTL航行を終了し、その後は許可を得たほかの船と同じように、通常航行による接近手順と識別手続きを守る必要があります」
セラフィエルが微笑んだ。
「アストレオン・ヴェロリアの実際の性能を外部に開示する必要がないよう、航行プロファイルを調整します」
俺はマップを見つめた。
「俺たちは競争しているわけじゃない。安全なルートを選ぶために時間が余計にかかるなら、契約上の合意に反しない限り、そのルートを使ってくれ」
ヴェスペラが頷いた。
「承知しました、紬」
兵装の使用について話題が移ると、レアはすぐに背筋を伸ばした。
その様子を見て、俺は思わず笑いそうになった。
「レア、士官学校の試験を受けているみたいな顔をしなくてもいいぞ」
「真剣に聞いてるんだよ!」
「それは結構。実際、この話は重要だからな」
セラフィエルが、K-17での作戦記録の概要を表示した。
画面には、ヴァルキリーと俺専用のモビルフレームの画像が並んでいる。
「ドラウヴェルでの経験から分かったのは、戦闘任務ではない仕事でも、危険な状況に変わる可能性があるということだ。だから、出発前に武力の行使に関するルールを決めておきたい」
カリスタが頷いた。
「今回は、ほかの連中が重要だと考える物資を運ぶ可能性もあるからね」
「そのとおりだ」
俺は全員を見渡した。
「憶測だけを根拠に先制攻撃を仕掛けることはしない。兵装の使用は脅威に対して必要な範囲にとどめ、民間人の保護を考慮しなければならない。関係のないインフラや船舶に対する無差別な攻撃に発展させることも認めない」
レアが手を挙げた。
「武装した機体が、本当に船や積み込みチームを攻撃してきたら?」
「合意された交戦規定に従って自衛する。そのために、レアとカリスタにはモビルフレームの緊急対応手順を準備してもらいたい。機体をいつ展開するのか、どうやって船に戻すのかも含めてな」
「了解!」
セラフィエルが続けた。
「私は、正当なデータに基づいて味方と敵対対象を識別できるようにし、防御システムの使用判断が艦長の承認に従うよう管理します」
俺は頷いた。
「限定的な手段で対処できる脅威を排除するために、船の能力をすべて使う理由はない」
カリスタが俺をちらりと見た。
「私としても、避けられたはずの損傷を修理する羽目になるのはごめんだね」
「それは実に説得力のある理由だな」
レアが笑った。
「さて、私が最も楽しみにしていた話題です」
ランがそう切り出した。
俺は彼女を見た。
「お金か?」
「財務上の責任です」
「つまり、お金だな」
「紬」
「分かった、分かった。続けてくれ」
ランが新しい表を表示した。
今回は、先ほどまでの概要よりもはるかに長い書類だった。
C-142-LG――財務責任審査
| 項目 | 要求する条件 |
| ------------ | ------------------ |
| 基本報酬 | 金額と支払段階を明記 |
| ドッキング費用 | 負担者と適用料金を明確化 |
| 積載施設 | サービス料金と双方の責任を記録 |
| 燃料・航行エネルギー費用 | 正当な手当または実費精算の条件に従う |
| 保険 | 補償範囲、免責事項、被保険者を明確化 |
| 貨物の損傷 | 原因と証拠に基づいて責任を決定 |
| 遅延 | 原因と責任者に応じて区別 |
| 貨物の紛失 | リスク条項と調査結果に従う |
| 契約の取消し | 承認済みの準備費用の補償条件を明確化 |
| マニフェストの変更 | 正式な承認と記録を必須とする |
「この仕事に関係する支出は、すべて個別に記録しておきたいのです」とランは説明した。「8,400,000 GCを受け取ったあとで、施設利用料や遅延費用、港湾サービス料金など、最初から計算に入っていなかった支出が出てくるようなことは避けなければなりません」
俺は頷いた。
「ドッキング費用も含めてだな」
「特にドッキング費用です」
彼女は該当する行を拡大した。
「オーセリオンでのアストレオン・ヴェロリアのドッキング費用、タラリス軍事兵站停泊施設への入港・係留費用、積載サービス料金、そして配送先デポの施設利用料を、それぞれ区別する必要があります。発注者がそのうちのいずれかを負担するのであれば、その条件を書面に残さなければなりません」
カリスタが手を挙げた。
「タラリスの施設が、荷役に自前の設備を使うよう要求してきた場合は?」
「料金を説明してもらってから、承諾するかどうかを決めます」
「それから、貨物区画の構成を変更するよう求められたら?」
「輸送業者側の準備費用に含まれるのか、それとも事前承認に基づいて追加請求できる費用なのか、確認する必要があります」
俺は笑みを浮かべた。
「いいな。仕事が終わってから、予想外の請求書を渡されるのはごめんだ」
ランは、それから俺を見た。
「では、燃料費についてです」
俺はすぐに小さく笑った。
「ようやく来たか」
セラフィエルが、船内ネットワークだけに表示される技術パネルを起動した。
そこには、アストレオン・ヴェロリアのエネルギー供給システムに関する情報が示されている。
もちろん、そのデータが外部に送信されることはない。
「主要クルーの皆さんはすでにご存じのとおり」とセラフィエルが説明した。「アストレオン・ヴェロリアには、自律型のエネルギー供給・再充填システムが備わっています。通常の運用条件下であれば、紬の生涯が終わるまで航行を維持するために、従来型の燃料を購入する必要はありません」
レアが手を挙げた。
「じゃあ、普通の船みたいに、燃料補給のためにステーションへ立ち寄る必要もないの?」
「はい、そのとおりです」
「FTL航行を何度も繰り返したとしても?」
「船のエネルギー供給システムは、運用に必要なエネルギーを自律的に確保できるよう設計されています。ただし、各種部品の点検や整備は必要です。エネルギーを自給できるからといって、船内のあらゆる機器がメンテナンス不要になるわけではありません」
カリスタが頷いた。
「最後の部分は重要だね。燃料を買う必要がないからって、機関を点検せずに放置していいと思われたら困る」
俺は笑った。
「君の整備スケジュールを無視する奴なんていないよ、カリスタ」
「それならいい」
ランは、契約に盛り込まれる可能性がある二つの支払い方式を表示した。
燃料・エネルギー費用の取り扱い
| 条件の形式 | アストレオン・ヴェロリア側の取り扱い |
| ---------------- | ------------------ |
| 燃料購入の領収書に基づく実費精算 | 実際に発生した費用のみ請求 |
| 合意済みの定額運航手当 | 正当な支払い項目として受領 |
| 外部施設でのエネルギー費用 | 実際に利用し、課金された場合に記録 |
| 船舶の整備費用 | 分類と支出証拠に基づいて記録 |
| 架空の燃料購入請求 | 禁止 |
俺はその表を見つめた。
「つまり、タラリスが購入証明を条件としない定額の燃料手当を設定しているなら、契約に従って受け取っていいわけだな」
「そのとおりです」とランが答えた。「船の技術が発注者の想定よりも効率的だからといって、正当な支払いを断る義務はありません。しかし、実際に購入した燃料だけを精算する契約であれば、架空の領収書を作ることはしません」
俺は頷いた。
「それでいい」
セラフィエルが優しく微笑んだ。
「それに、アストレオン・ヴェロリアのエネルギーシステムの仕組みを、タラリス側にすべて説明する必要もありません。必要なのは、規定への適合性と運航能力に関係する情報だけです」
「そのとおりだ」
俺はランを見た。
「定額の燃料手当が支払いパッケージに含まれているなら、正当なものとして受け取ってくれ。従来型の燃料補給が不要だからという理由だけで放棄するより、その分を船の運航資金として残しておくほうがいい」
ランは満足そうに微笑んだ。
「それをお聞きしたかったのです」
レアは俺たちを交互に見た。
「つまり、船が燃料を買わなくていいなら、そのお金で食べ物を買えるってこと?」
「自動的にそうなるわけではありません」
ランが答えた。
「……そう言うと思ったよ」
カリスタが声を上げて笑った。
財務関係の項目をすべて検討し終えると、ランは責任条項へと議題を移した。
「タラリス側に確認を求める項目を、いくつか用意しています。原因を区別せず、あらゆる損害の責任を輸送業者に負わせるような条件を受け入れるつもりはありません」
俺は頷いた。
「受け取る前から貨物が損傷していた場合は?」
「初期状態を確認し、引き渡し記録に残します」
「積載作業が遅れた場合は?」
「発注者側の事情による遅延が、こちらの過失として自動的に扱われないようにします」
「配送先が変更された場合は?」
「費用、日程、航路の認可への影響も含め、契約変更条項に従う必要があります」
「準備費用をすでに支出し、その費用も承認されていたのに、契約を取り消された場合は?」
「費用の補償方法を明確にしておかなければなりません」
俺は笑みを浮かべた。
「ずいぶん細かいところまで準備してあるんだな」
「まだすべてではありません。保険書類と最終貨物マニフェストを確認する必要があります」
俺はため息をついた。
「やっぱり、そうなるか」
ランは真剣な表情で俺を見た。
「紬、長すぎる会議がお好きではないことは承知しています。しかし、これほど大きな契約では、責任の分担に関する小さな誤り一つが、非常に高額な問題につながりかねません」
俺は頷いた。
「分かっている。だから、この部分を君に任せているんだ」
彼女は一瞬、言葉を止めた。
それから、少し柔らかな笑みを浮かべた。
「分かりました。それでは、私たちが理解していない条件に署名することのないよう、確実に確認していきます」
昼が近づいた頃、セラフィエルは貨物の初期配置に関するシミュレーション結果を提示した。
テーブルの上に、アストレオン・ヴェロリアの三次元モデルが浮かび上がる。
輸送に使用できる可能性のある区画が、いくつか強調表示されていた。
一方、操縦室、クルーの居住区、医療区画、運用格納庫、主要な安全システムなどの重要施設は、貨物区画から明確に分離されている。
「タラリスから提供された初期情報に基づけば」とセラフィエルが説明した。「貨物の配置について、複数のシナリオを準備できます。ただし、詳細なマニフェストと検査結果が揃うまでは、いずれの配置も最終案として扱うことはできません」
カリスタが近づいた。
「重量のあるモジュールを移動させる経路は?」
「緊急時の通路や格納庫の装備の移動を妨げない代替経路を用意してあります」
「MCV-01はどうする?」
「支援設備はそのまま維持します。必要性が確認されていない積載能力を確保するためだけに、MCV-01を移動させる必要はありません」
俺は頷いた。
「いいな。まだ確認もされていない数字を満たすために、船の半分を解体するような真似はしたくない」
レアが貨物区画の一つを指さした。
「じゃあ、ヴァルキリーの場所はちゃんと残るんだよね?」
カリスタが彼女を見た。
「もちろんだ。新しいコンテナが来たからって、あんたのモビルフレームを通路に置くつもりはないよ」
「よかった!」
俺はモデルを見つめた。
アストレオン・ヴェロリアは、一般的な民間船をはるかに上回る能力を備えている。
だが、その能力をすべて公開したり、新しい仕事を受けるたびに最大限まで使ったりする必要はない。
通常の輸送用構成で契約を遂行できるのであれば、そうするつもりだった。
「セラフィエル、タラリスに提示する計算結果は、今回の業務に本当に関係する技術プロファイルに基づいてまとめてくれ」
「承知しました、紬」
「それから、貨物と無関係な内部システムを開示しなければ確認できない項目があるなら、どこまで対応するか、先に話し合おう」
「もちろんです」
昼食後、俺はクルー全員に最終的な意見を求めた。
契約の報酬が魅力的かどうかを聞きたいわけではない。
その答えなら、もう分かっている。
俺が知りたかったのは、安全や船の通常運用を犠牲にすることなく、現地検査に向けた準備を進められるかどうかだった。
最初に口を開いたのはヴェスペラだった。
「航法面では、入港許可が発行されればタラリスへ向かうことに異論はありません。ただし、進入コリドー、識別手順、軍事施設内の交通規制を確認するための時間は十分に確保したいです」
「分かった」
次にカリスタが続いた。
「技術検査は、正式なチェックリストに基づいて実施してほしい。担当者がこちらとの調整なしに区画を開いたり、装備を移動させたりすることは認めない。貨物設備の試験が必要なら、その方法と範囲を事前に知っておきたいね」
「同意する」
レアが手を挙げた。
「緊急事態に備えてモビルフレームを準備しておきたい。でも、命令なしに展開はしない。それから軍事施設に入るときは、クルーを危険にさらさない限り、向こうの警備手順にも従うよ」
俺は微笑んだ。
「いい考えだ」
ランは発言する前に端末を確認した。
「私は、検査手続きを継続することを推奨します。ただし、本日協議したすべての条項をタラリス側へ書面で送付することが条件です。また、最終輸送契約に署名する前に、正式な回答を受け取る必要があります」
俺は頷いた。
「セラフィエルは?」
彼女は俺に微笑みかけた。
「タラリス軍事兵站停泊施設へ向かうための船の準備は可能です。ただし、現地での直接検査が、安全システム、クルーのプライバシー、そして今回の業務とは無関係な運用機能に影響を与えないことを確認しておきたいです」
俺は一人ずつ顔を見ていった。
検査段階を続けることに、明確に反対している者はいなかった。
そして何より重要なのは、誰一人として、この契約をすでに受諾したものだとは考えていないことだった。
「よし。それなら、次の段階へ進もう」
レアがすぐに満面の笑みを浮かべた。
「出発するの!?」
「入港許可が発行されて、検査書類の確認が終わってからだ」
「そっか!」
俺は笑った。
「焦るなよ」
午後、ランとセラフィエルは、昨日の会議で指定された正式な通信経路を使い、タラリス側へ船内協議の結果を送信した。
俺は執務室に座り、最終版の文書に目を通していた。
アストレオン・ヴェロリア――契約検討継続の条件
| 項目 | 内部条件 |
| ----------- | ---------------------- |
| クルーの安全 | ボーナスや日程のために犠牲にしない |
| マニフェスト | すべての積荷が合法であり、検証可能であること |
| 追加貨物 | 正式な手続きと承認なしに追加しない |
| 航法 | 主要航路と代替手順を明確にする |
| 兵装 | 交戦規定と民間人保護に従う |
| 船舶の積載能力 | 検査によって適合性を確認する |
| ドッキング・施設利用料 | 費用負担者を書面で明確化する |
| 燃料・エネルギー | 正当な手当または実費に基づいて処理する |
| 保険 | 補償範囲とリスク分担を明確化する |
| 損傷・紛失・遅延 | 原因に基づいて責任を区別する |
| 契約の取消し | 費用と義務への影響を記録する |
| 船舶の地位 | 独立した私有船として維持する |
| 最終契約の承認 | 全検査の完了後、紬が決定する |
俺は表の最後まで目を通した。
「いいな。送信してくれ」
ランが確認ボタンを押した。
「送信しました」
セラフィエルが通信状況を表示する。
送信完了
しばらくすると、正式な受領通知が表示された。
「タラリス側で、こちらの書類の受領が確認されました」と彼女が告げた。
俺は頷いた。
「それじゃあ、回答を待とう」
ランは端末を閉じた。
「その間に、オーセリオンでの滞在費用と、C-142-LGに向けた準備費用を分けて記録しておきます。新しい契約の支払いはまだ一切入っていませんから、収入として計上する理由はありません」
「分かっているよ」
「念のための確認です」
「もう何度も聞いたぞ」
「それでも、書類を開くたびに8,400,000 GCという数字を同じ表情で眺めていらっしゃいますから」
俺は反論できなかった。
夜が近づいた頃、俺は指揮デッキへ向かった。
メインスクリーンには、オーセリオン独立港の忙しない光景が映し出されている。
何隻かの商船がターミナルを離れ、新たな船が指定された進入コリドーを通って港へ向かっていた。
ヴェスペラはタラリスへの航路を確認していた。
俺は彼女に近づいた。
「進捗はどうだ?」
「初期航路は準備できています。FTL航行の終了地点と接近経路を正確に決めるため、入港許可の詳細を待っているところです」
「いいな」
彼女は俺を見た。
「紬は、検査が問題なく進んだ場合、この契約を受けると決めていらっしゃるのですか?」
俺は少し考えた。
「まだ完全には決めていない」
「確認しなければならない書類が残っているからですか?」
「それもある。それに、最終的な決定について、全員が納得できる状態にしておきたいんだ」
ヴェスペラは柔らかく微笑んだ。
「そう考えてくださるのは、嬉しいです」
俺はマップに目を戻した。
「840万GCは確かに大金だ。でも、それを手に入れるために、もっと大切な何かを危険にさらさなければならないのなら、割に合う金額だとは思えない」
ヴェスペラが頷いた。
「それなら、できる限り万全の準備を整えて出発しましょう」
「頼りにしているよ」
「もちろんです、紬」
21時40分、セラフィエルから船内通信を通じて連絡が入った。
『紬、タラリス戦略兵站局から正式な回答が届きました』
執務室で椅子に座っていた俺は、すぐに顔を上げた。
「もう来たのか?」
『はい。こちらが提示した事前検査の条件を受諾し、追加交渉が必要な条項については、現地での検証段階に持ち越すとのことです』
「入港許可は?」
『すでに発行されています』
俺はすぐに指揮デッキへ向かった。
到着したときには、ランとヴェスペラもすでにそこにいた。
セラフィエルがメインスクリーンに新しい書類を表示する。
タラリス戦略兵站局
直接検査許可証
輸送候補船: アストレオン・ヴェロリア 艦長: 星崎紬 参照番号: C-142-LG 目的地: タラリス軍事兵站停泊施設 許可された活動: 到着、事務手続きの確認、安全保障上の検証、および正式な手順に基づく輸送適合性検査 最終輸送契約の認可状況: 未承認
俺は書類の内容をすべて読み終えた。
「つまり、検査を受けるために現地へ向かうことは認められたわけだな」
「はい」とセラフィエルが答えた。「ただし、この許可証は、貨物を受け取ったり移動させたりする権限まで自動的に与えるものではありません」
ランも頷いた。
「最終署名の前に、まだ明確にしなければならない契約条項がいくつか残っています」
「それでいい」
ヴェスペラが航法マップを拡大した。
「タラリスから指定された到着地点と、利用可能な航路との照合は済んでいます。ドッキング解除の手続きを終えれば、明日オーセリオンを出発できます」
俺は頷いた。
「それじゃあ、航路の準備を進めてくれ」
セラフィエルが微笑んだ。
「承知しました、紬」
俺は続いて、主要クルー全員に向けて船内通信を開いた。
「レア、カリスタ、聞こえるか?」
『聞こえてるよ!』とレアがすぐに答えた。
『何だい?』とカリスタの声が続く。
「タラリスの入港許可が出た。明日、現地検査を受けるために出発する。出発予定時刻までに、固定や保全が必要な装備をすべて確認しておいてくれ」
『了解!』
『分かった。今夜のうちに格納庫のチェックリストを仕上げておくよ』
俺は通信を切った。
それから、もう一度メインスクリーンを見つめた。
タラリス軍事兵站停泊施設。
これまで地図と書類の中でしか見たことのなかった、帝国軍の兵站施設だ。
明日、アストレオン・ヴェロリアはそこへ向かう。
ヴェルドラコン帝国軍の艦隊に新たに加わった軍艦として行くわけではない。
輸送義務をすでに引き受けた船として向かうわけでもない。
俺たちは、正式な検査許可を得た独立系の輸送候補船として、現地へ赴くのだ。
そして、すべてのマニフェスト、責任範囲、業務条件を確認してから初めて、8,400,000 GCの契約を本当に受ける価値があるのか、俺自身が判断する。
俺は艦長席に体を預けた。
「よし、みんな。明日、出発だ」
目の前では、航法マップにタラリスへ向かう航路がゆっくりと表示されていく。
次の旅路は、すでに定まっていた。
【次回、第144話】
「タラリス軍事兵站停泊施設」
アストレオン・ヴェロリアはオーセリオン独立港を離れ、承認された航路を通ってタラリスの軍事兵站施設へ向かう。そこで紬を待ち受けるのは、身分証明、傭兵協会のライセンス、船舶登録、安全保障、保険証明、積載能力、防御システムの申告、そして貨物区域への立ち入り許可に関する各種検査だった。アストレオン・ヴェロリアは独立した私有船としての地位を維持している。しかし今回の訪問は、ヴェルドラコン帝国の戦略兵站を担うために、どれほど厳密な準備が求められるのかを、紬に実感させることになる。




