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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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【第142話】「八百四十万GCの契約」

【第142話】「八百四十万GCの契約」

840万GCの契約


ヴェルドラコン出発から二十二日目――オルセリオン標準時、08時10分~22時15分 場所:オルセリオン独立港――アストレオン・ヴェロリア → 契約審査室 → アストレオン・ヴェロリア 視点:星崎紬


「紬、昨夜お送りした審査資料の概要には、すべて目を通していただけましたか?」


俺はトーストを取ろうとした手を、寸前で止めた。


グランドサロンの食卓の向かい側では、ランが落ち着いた表情で俺を見つめている。


これまでの経験上、その顔は大抵、適当な返事をしてはいけない質問が飛んでくる前触れだった。


「読んだよ」


「全部ですか?」


「全部だ」


「輸送事業者の責任範囲に関する付属資料も?」


「そこも含めてな」


ランは満足そうに微笑んだ。


「結構です。それなら、最初からすべて説明し直す必要はありませんね」


俺は安堵の息を吐いた。


しかし、彼女は続けて言った。


「移動中に、重要な点をいくつかおさらいするだけにしておきます」


「……そうだろうな」


隣に座っていたセラフィエルが小さく笑った。


今朝、俺たちはオルセリオン独立港の特別管理施設にある契約審査室で、正式な会議に出席する予定だった。


招待元はタラリス戦略物流局。


昨日の審査でイリアン・コルヴェスから紹介された、ヴェルドラコン帝国の軍事物流機関だ。


思い出すたびに、今でも少し妙な気分になる。


俺たちは仕事の招待を受けて、オルセリオンまでやってきた。


ところが、その招待は帝国の物流需要、ヴェイリエンヌ公爵家からの推薦、ヴェルドラコン中央ギルドの審査、さらには独立輸送事業者の候補を探すよう命じたヴェルドラコン皇帝の直接の指示にまでつながっていたのだ。


だが、俺が一番気になっている部分については、今日ようやく説明を受けることになる。


契約金額。


貨物の種類。


そして何より、それを運ぶと決めた場合、俺たちがどれほどの責任を負うことになるのか。


「紬!」


朝食の皿を持ったレアが、入り口から姿を現した。


テーブルの上の端末を見つけると、狐耳がぴくぴくと動く。


「今日、いよいよ大きな契約の中身が分かるんだよね!?」


「ああ」


「私も一緒に行っていい!?」


俺はランを見た。


ランも俺を見た。


セラフィエルは微笑んでいる。


「お前が来たら、モビルフレームの準備確認は誰がカリスタを手伝うんだ?」


「……あっ」


レアが黙り込んだ。


俺は微笑んだ。


「それに、今日はまだ書類の協議だぞ。積み込みも出航もないし、戦闘の予定だってない」


「知ってるよ! でも、本当に最新型のモビルフレームがあるのか見たいんだもん!」


「俺たちが行くのは輸送契約の会議だ。兵器展示会じゃないぞ」


「でも、軍用技術のカタログにアクセスできるって、すっごく気になるじゃない!」


セラフィエルが口元を押さえて笑った。


「レア、技術調達に関する情報は、まだ条件付きの機会にすぎません。購入許可は有効になっていませんよ」


「分かってるよ、セラフィエル。ちょっと見てみたいだけ!」


ランがすぐに顔を上げた。


「最近、この艦ではその言葉を耳にする機会が多すぎる気がしますね」


俺は彼女を見た。


「俺を見るなよ」


「紬のお名前は出していませんよ」


レアが笑った。


少なくとも、いつもどおりの朝ではあるらしい。


もっとも、数時間後には、数百万GCの契約を検討するために追加の時間が必要な理由を、俺が説明しているかもしれないのだが。


アストレオン・ヴェロリアを出る前に、俺はセラフィエルと一緒に指揮デッキへ向かった。


ヴェスペラはすでに待っていた。


航法画面には、オルセリオンにおける俺たちのドッキング位置、構内交通網、民間ターミナルと複数の特殊物流施設を結ぶ経路が表示されている。


「おはよう、ヴェスペラ」


「おはようございます、紬」


彼女は地図を拡大した。


「契約審査室へのアクセス許可を確認しました。会議室はオルセリオンの管理区域内にありますので、今日は制限軍事施設へ入る必要はありません」


「よし。タラリスまでの航路情報はどうだ?」


「公開されている航法情報と、許可制の民間交通路については収集済みです。ただし、実際の配送で使用する運用航路は、まだ提示されていません」


俺は頷いた。


「条件が全部揃うまでは、最終航路を組まなくていいからな」


「もちろんです」


続いて、セラフィエルが艦の準備状況報告を起動した。


アストレオン・ヴェロリア――運用準備状況


| システム | 状態 |

| ---------- | -------------- |

| 艦体主要構造 | 正常 |

| 航法・FTLシステム | 準備完了 |

| ドッキングシステム | 安全確認済み |

| 格納庫・支援設備 | 正常 |

| MCV-01 | 作戦運用可能 |

| モビルフレーム | 定期点検を継続中 |

| 貨物設備 | 利用可能・契約用構成は未確定 |

| 艦内保安システム | 正常 |

| 新規契約上の義務 | なし |


俺は最後の行を読んだ。


「俺が正式に承認するまでは、その状態を維持してくれ」


「承知しました、紬」


セラフィエルは微笑んだ。


「また、アストレオン・ヴェロリアの内部構成をすべて開示せずに、依頼主候補へ提出できる輸送能力の概要も準備してあります」


「よし。さらに詳しい検査が必要だと言われたら、まず範囲について話し合おう」


ヴェスペラが地図を閉じた。


「会議室までの交通手段も確認済みです。入口での本人確認に余裕を持てるよう、予定どおり出発した方がよいと思います」


俺は頷いた。


「分かった。行こうか」


契約審査室は、オルセリオンの構内交通網と直接接続された管理施設の一角にあった。


移動中、車両の窓越しに港の様子が見えた。


商船が商業ターミナルへ進入していく。


貨物牽引車両がサービス通路に沿って移動している。


遠くの交通路を中型護衛艦が横切り、その後方を、コンテナモジュールを整然と連結した二隻の産業用輸送船が進んでいた。


その合間には、独立事業者の船が何隻もドッキング許可を待っている。


オルセリオン自体は、正式な軍事施設の一部ではない。


しかし、ヴェルドラコン帝国の支配領域内に位置するため、民間交易と、より広範囲な物流需要が交わる拠点の一つとなっていた。


「交通量がかなり多いな」


俺が呟くと、ヴェスペラが頷いた。


「だからこそ、特殊物流施設への移動日程は慎重に計算する必要があります。大型艦だからといって、ドックを離れてほかの輸送船の航路を横切るわけにはいきませんから」


「アストレオン・ヴェロリアほど大きな艦でも?」


彼女は微笑んだ。


「アストレオン・ヴェロリアほど大きな艦だからこそ、です」


俺は笑った。


隣では、ランが相変わらず端末を確認している。


「先ほど会議の出席者一覧を受信しました。タラリス戦略物流局の代表者、契約監督官、それから傭兵協会の正式な連絡担当者が出席する予定です」


「コルヴェスさんも来るのか?」


「はい。支部の権限を超える事務処理が行われないことと、紬のライセンス状態が正しく記録されることを確認する役目です」


俺は頷いた。


「いいな。最初から全部はっきりさせておきたい」


セラフィエルが俺へ顔を向けた。


「紬、今回の招待によって、私たちの艦の独立した立場が変更されることはないという確認も受けています」


「それはありがたい」


正式な契約を通じて帝国軍のために働くこと自体に、異議があるわけではない。


だが、契約に基づいて仕事をすることと、軍の指揮系統に組み込まれることは、まったく別の話だ。


アストレオン・ヴェロリアは俺の個人所有艦だ。


条件のよさそうな提案を一つ受けただけで、帝国の公用艦に変えるつもりなどなかった。


入口での本人確認は、なかなか厳重だった。


保安担当者が招待状、傭兵としての身元情報、事前登録された出席者一覧を照合する。


問題はなかった。


検査通路を抜けると、長いテーブルと大型投影スクリーンを備えた会議室へ案内された。


イリアン・コルヴェスは、すでにそこにいた。


「おはようございます、星崎艦長」


「おはようございます、コルヴェスさん」


俺たちは握手を交わした。


「時間どおりにお越しいただき、ありがとうございます。タラリスの代表者は、現在、最終書類の照合を行っています。間もなく合流する予定です」


ランが室内のパネルへ顔を向けた。


「会議の記録は、双方へ提供していただけますか?」


「承認された情報区分に従う範囲であれば、可能です」


「結構です。どのような決定を下すにしても、その前に内部審査を行うための正式な記録が必要ですので」


コルヴェスは微笑んだ。


「そのご要望は、昨日の時点ですでに記録しておりますよ、ヴァレスさん」


俺は席に着いた。


セラフィエルは俺の隣へ座り、ヴェスペラは用意されたプレゼンテーション用インターフェースに航法端末を接続した。


数分後、会議室の扉が開いた。


三人が入ってくる。


先頭を歩いていたのは、背が高く、こめかみの辺りから白髪が混じり始めた黒髪のヒューマン男性だった。暗色の制服を着用し、胸にはタラリス戦略物流局の紋章が付いている。


彼は低く明瞭な声で自己紹介した。


「タラリスの戦略輸送調達・調整担当官、行政大佐デイラン・ヴォスクです。星崎艦長、このたびは招待に応じていただき、ありがとうございます」


俺は立ち上がって握手を交わした。


「星崎紬です。お会いできて光栄です、ヴォスクさん」


後ろにいた女性も、続けて名乗った。


「上級中尉メイリス・ロヴァンです。物流マニフェストと引き渡し管理の監督を担当しています」


短い銀髪をしたヒューマンの女性で、きびきびとした雰囲気があった。


三人目は、細身の身体に、先端の尖ったスペースエルフの耳を持つ男性だった。


「オーレン・タヴィルです。タラリスの積載能力分析官として、貴艦の初期技術適格性審査を担当します」


三人の氏名と役職が、すぐに会議端末へ表示された。


こういうところは好ましい。


少なくとも、書類、航路、艦の性能について意見の相違が生じたとき、誰に確認すればいいのかが分かるからだ。


全員が着席すると、ヴォスクが投影装置を起動した。


ヴェルドラコン帝国の紋章が現れ、続いて彼の所属機関の正式な識別情報が表示される。


「提案内容をお見せする前に、まずは事務上の根拠についてご説明したいと思います」


彼は俺を見た。


「今回の物流需要に対応する独立輸送事業者の候補選定は、ヴェルドラコン皇帝陛下のご指示を実施するものです。タラリス戦略物流局は、適格な輸送事業者の調達手続きと審査を準備する任務を受けています」


俺は頷いた。


「その点は、コルヴェスさんから説明を受けています」


「結構です。ヴェイリエンヌ公爵家からの推薦書類と、あなたの名誉記録に関する中央ギルドの確認書も受領しています」


「そうですか」


「ただし、その推薦が適格性審査に代わるものではない点は、明確にしておきたいと思います」


俺は小さく微笑んだ。


「むしろ、こちらもそれを望んでいます」


ヴォスクは少し意外そうだった。


「ほう?」


「オーレリアのご家族から推薦をいただいたことには感謝しています。でも、個人的な関係だけを根拠に軍事貨物を俺の艦へ預けてほしくはありません。安全に仕事を遂行するためには、そちらが俺たちの能力を確認する必要がありますし、俺も引き受ける責任を理解する必要がありますから」


少しの間があった。


それから、ヴォスクは微笑んだ。


「良いお答えです、艦長」


ランが小さく手を上げた。


「財務面と技術面のすべての決定についても、最終契約書に基づいて行われることを確認したいと思います。帝国の推薦に関連する追加制度についても同様です」


「もちろんです、ヴァレスさん。以前の付属資料に記載された技術調達アクセス権は、条件付きの権利であり、別の手続きによって処理されます。基本報酬の代わりになるものではありません」


ランは満足そうに頷いた。


「ありがとうございます」


俺は彼女をちらりと見た。


少なくとも、大きな金額が表示されて全員の注意がそちらに奪われる前に、最初の確認事項は片づいたらしい。


ヴォスクが端末に触れた。


スクリーンに契約書類が開かれる。


タラリス戦略物流局


契約予備提案書


| 項目 | 詳細 |

| -------- | ------------ |

| 契約コード | C-142-LG |

| 種別 | 戦略物流輸送 |

| 依頼主 | タラリス戦略物流局 |

| 輸送候補艦 | アストレオン・ヴェロリア |

| 積み込み場所 | タラリス軍事物流泊地 |

| 配送先 | タラリス辺境物流デポ |

| 貨物の特性 | 極めて大量の軍事物流物資 |

| リスク区分 | 高 |

| 現在の段階 | 初期提案・適格性確認 |

| 提示予定報酬総額 | 8,400,000 GC |

| 最終契約の状態 | 未署名 |


俺はその数字を読んだ。


一度。


それから、もう一度。


「……八百四十万GC?」


「そのとおりです、艦長」


隣のランは、すぐには何も言わなかった。


ただ、新しい確認用の書類を開いているのは見えた。


ヴェスペラは航法画面から顔を上げた。


セラフィエルはかすかに微笑んでいる。


俺はもう一度、その数字を見つめた。


8,400,000 GC。


これまでの旅で俺たちが受けてきた、通常のCランク傭兵案件一件分の報酬を、はるかに上回る金額だった。


もしレアがこの部屋にいたら、その反応はきっと廊下の外まで聞こえていただろう。


幸い、彼女はまだ艦にいる。


「その金額には、輸送事業者が負担しなければならない経費がすべて含まれているのでしょうか?」


ランが尋ねた。


ヴォスクは部下の一人へ頷きかけた。


付属資料が開かれる。


「こちらは契約報酬の提示予定総額です。配分の内訳、支払い段階、費用とリスクの分担については、最終契約書で合意する必要があります。現時点で、この数字を獲得済みの収益として扱っていただくつもりはありません」


ランはすぐに微笑んだ。


「結構です。まずはそこから確認したかったので」


俺は小さく息を吐いた。


「ラン、せめて五秒くらいは数字に感動させてくれないか?」


「どうぞ、紬。ただし、そのあとは運用経費の話に戻りますよ」


ヴォスクが短く笑った。


「ドラウヴェル側から、皆さんの事務報告は非常に整っていると評価されていましたが、その理由が少し分かってきました」


「支払いについてさらに詳しく話す前に、一つ確認したいんですが」


俺は口を開いた。


「実際には、何を運ぶことになるんですか?」


ヴォスクはロヴァンへ視線を向けた。


彼女が貨物分類の表示を起動する。


「最終マニフェストは、所定の保安手続きを経たあとでなければお渡しできません。ただし、初期適格性審査に必要な範囲であれば、今回の貨物が辺境物流デポの運用を支援するための大規模な軍事物流物資であることは説明できます」


スクリーンに複数の貨物モジュールの図が現れた。


重量コンテナ。


整備用装備。


特別な保安措置を必要とする物流ユニット。


そして、通常の商業用コンテナよりもはるかに大きなモジュールが、いくつか含まれていた。


俺は図を見つめた。


「つまり、空いている格納庫に一つか二つ置いて終わり、という規模じゃないんですね」


積載能力分析官のタヴィルが答えた。


「そのとおりです。十分な貨物設備を備え、FTL航行中も貨物の安定性を維持でき、各モジュールの特性に応じて保管区域を分離できる輸送事業者が必要です」


セラフィエルが小さく手を上げた。


「すべてのモジュールを一つの貨物室へ収容する必要があるのでしょうか。それとも、保安要件と引き渡し管理の条件を満たすのであれば、複数区画への分散配置も認められますか?」


タヴィルはすぐに彼女へ向き直った。


「分散配置も検討可能です。ただし、容量審査後に積載計画の承認を受ける必要があります。艦内の搬送経路、固定方法、補助電力の必要量、目的地施設での荷下ろし能力を確認しなければなりません」


「承知しました」


セラフィエルが計算を始めるのが見えた。


手元の小さな端末には、アストレオン・ヴェロリアの貨物設備の概略モデルが現れている。


もちろん、タラリス側に開示するのは、協議に必要な範囲の情報だけだ。


俺の個人所有艦の内部構成を、隅々まで見せる理由などない。


「特別な取り扱いが必要な貨物については、どうなりますか?」


俺が尋ねると、ロヴァンが答えた。


「すべての取り扱い条件は、最終マニフェストに明記されなければなりません。合意済みの条項に従い、記録と輸送事業者の承認なしに分類を変更することは認められません」


ランがすぐにその回答を記録した。


「その規定は、明示的な条文として記載していただきたいと思います」


「交渉資料に含めます」


俺は頷いた。


ここまでの話は、十分に筋が通っている。


ただ、貨物の図を眺めれば眺めるほど、今回の仕事がカーヴォスでの回収契約とは、まったく違う規模のものだということが明確になっていった。


あちらでは、行方不明になった物品を取り戻す必要があった。


今回は、途方もない量の軍事物流物資をアストレオン・ヴェロリアへ託そうとしているのだ。


しかも、航行中に何か問題が発生した場合、単にコンテナを一つ返却すれば済むような話ではなくなるだろう。


次の議題では、ようやくランが主導権を握った。


「ヴォスクさん、出航日程を協議する前に、輸送事業者の責任範囲についてお話ししたいと思います」


「どうぞ」


「第一に、貨物の状態に関する責任が、タラリス側からアストレオン・ヴェロリアへ正式に移るのは、どの時点でしょうか。マニフェストの照合後ですか? 封印の確認後ですか? それとも、すべての積み込みが終わり、正式な引き渡し記録へ署名したあとですか?」


ロヴァンが引き渡し書類を開いた。


「当方の初期案では、検査済みの対象物が正式な引き渡し記録に基づいて受領された時点から、輸送責任が発生するものとしています。ただし、責任が移転する正確な時点については、最終契約書に明記する必要があります」


「結構です。正式に受領する前に発生していた損傷まで、輸送事業者に負担させることは避けたいので」


「その点は協議可能です」


ランは調子を崩すことなく続けた。


「第二に、積み込み前から存在していた欠陥によってモジュールが損傷し、それが航行中に初めて判明した場合は、どのように扱われますか?」


「その場合は、初期状態の記録と、損傷原因の調査が必要になります」


「初期状態を証明できるよう、タラリス側から必要な技術記録を提出していただけますか?」


「保安上許可された情報区分の範囲内であれば、可能です」


「第三に、マニフェストの不備や軍事積み込み施設側の準備不足によって、出航が遅延した場合は?」


ヴォスクは顎を撫でた。


「依頼主側に起因する遅延を、自動的に輸送事業者の過失として扱うべきではありません。ただし、費用面の影響と日程調整の取り扱いについては、詳細を定める必要があります」


ランは即座に記録を取った。


「一般原則だけでなく、具体的な処理方法を条文にしていただきたいと思います」


俺は笑いを堪えた。


ヴォスクは、なかなか忍耐強いらしい。


とはいえ、ランと合意を結びたいのであれば、それくらいでなければ困る。


「第四に、貨物の紛失についてです」


ランは続ける。


「輸送事業者の過失、第三者の行為、貨物に元から存在していた欠陥、そして法的にクルーの管理能力を超える事態に起因する損失は、区別する必要があります」


ロヴァンが頷いた。


「それぞれ異なる分類が必要である点には同意します。保険条件も、その問題に直接関係してきます」


「第五に、契約の中止についてです」


俺は小さくため息をついた。


ランがこちらをちらりと見た。


「紬、まだいくつか残っていますよ」


「分かってる。続けてくれ」


彼女はタラリス側へ向き直った。


「契約が中止された時点で、当方がすでに貨物設備の構成変更を行っていたり、承認済みの準備費用を支出していたりした場合、その費用はどのように補償されるのでしょうか?」


ヴォスクは少し考えてから答えた。


「正当な問題提起です。私の権限に含まれていない支払いについて、ここでお約束することはできません。協議に向けて、契約中止に関する条項案を準備しましょう」


ランは微笑んだ。


「履行できない約束をされるより、そのように答えていただける方がずっと安心できます」


俺も同意して頷いた。


初期の責任範囲に関する論点を記録したあと、話題は航路へと移った。


ヴェスペラが航法端末を接続する。


ヴェルドラコン帝国領域の地図が現れた。


オルセリオンは、複数の星系間航路と接続する交易区域に位置している。


タラリス軍事物流泊地は、それとは別の運用地点にあり、独自の入域手続きを必要とする。


そして配送先となるタラリス辺境物流デポは、さらに遠方、帝国の辺境配送区域に近い場所にあった。


「私たちの艦が、特別な許可を得ていないにもかかわらず、現役の軍事艦隊しか利用できない航路を通るよう義務づけられることがないか、確認したいです」


ヴェスペラが言った。


ヴォスクはタヴィルへ視線を向けた。


分析官が初期の管理航路を表示する。


「輸送候補者には、契約状態と艦船識別情報に応じて許可航路が割り当てられます。ただし、積み込み施設と配送先デポへの入域許可は、それぞれ所定の手続きによって発行されます」


ヴェスペラが頷いた。


「航行中に航法障害、交通路の閉鎖、あるいは安全上の脅威が発生し、進路変更を余儀なくされた場合はどうなりますか?」


「航路の変更は、契約条項と適用される運用認証に従う必要があります」


「艦の安全が脅かされるまで指示を待ち続けなくても、代替航路を要請できる仕組みはありますか?」


ヴォスクはその質問に注意を向けた。


「直接的な危険を回避するため、緊急措置を取る権限を求めておられるのですか?」


「その権限の範囲を明確にしたいのです。衝突の危険や、艦の機動を必要とする航法上の問題が発生した場合、艦長が全員の安全を守ることと、柔軟性に欠ける航路指示を守ることの二択を迫られるような事態は避けたいですから」


俺は彼女を見た。


いかにもヴェスペラらしい。


彼女にとって航路とは、単に二つの地点をつなぐ線ではない。


艦と、その中にいる全員が、実際に通過しなければならない道なのだ。


ヴォスクが頷いた。


「そのご要望については、運用規則の中で協議しましょう。貨物が無事に到着することは、我々にとっても重要です」


俺も口を開いた。


「一つ付け加えさせてください。アストレオン・ヴェロリアは独立艦です。合意済みの航路や保安条件には従いますが、輸送業務の範囲を超えて、第三者に艦のすべての機能を指揮する権限を与えるつもりはありません」


ヴォスクが俺を見た。


「この契約によって、貴艦が軍の隷下部隊として扱われることを懸念しておられるのですね?」


「はい」


彼は首を横に振った。


「そのようなことはありません。これは輸送サービスの契約であり、貴艦を帝国の正式艦隊へ編入するものではありません。ただし、軍事施設内で活動し、戦略貨物を輸送する間は、正当に契約へ組み込まれた保安規定を遵守していただく必要があります」


「それなら、基本的な考え方は一致していますね」


ランがすぐにその回答を記録した。


もちろんだ。


会議で発言されたことなら、あとから言葉の意味を巡って議論し直すより、記録を残しておく方がいい。


続いて、セラフィエルの番になった。


「タヴィルさん、初期審査向けに提供可能な貨物の技術情報を確認したいと思います」


「どうぞ」


図が荷重分布モデルへ切り替わった。


セラフィエルは、アストレオン・ヴェロリアの輸送設備を限定的に表現したモデルを表示する。


俺は横からそれを眺めた。


俺たちの艦は全長八千六百メートル。


一般的な民間交易の仕事であれば、その外寸だけで、アストレオン・ヴェロリアが普通の旅客船ではないことくらいは誰にでも分かるだろう。


だが、船体が大きいという事実だけでは、安全に積載できる貨物の量まで分かるわけではない。


まして、俺たちの艦内には、それぞれ異なる機能を持つさまざまな施設がある。


クルーの居住区、運用中の格納庫、医療施設、重要システムを犠牲にしてまで、貨物を無理やり詰め込むつもりはなかった。


「初期情報に基づく限り、当艦には大規模輸送へ割り当て可能な空間が存在します」


セラフィエルが説明する。


「ただし、各モジュールの寸法、質量、電力需要、荷重分布、保管分類を記載した詳細一覧をいただくまでは、最終的な輸送適格性を数値として提示することはできません」


タヴィルが頷いた。


「それこそ、我々が容量審査を求めている理由です」


続いて、セラフィエルがいくつかの想定配置を表示した。


初期貨物配置審査


| 審査項目 | 状態 |

| ----------- | --------------- |

| モジュール寸法の適合性 | 詳細マニフェスト待ち |

| 質量分布 | 初期計算中 |

| 貨物固定要件 | 貨物仕様が必要 |

| 特殊コンパートメント | 分類の検証が必要 |

| 補助電力消費 | 未確定 |

| 積み込み・荷下ろし経路 | タラリス施設との適合確認が必要 |

| 艦の運用への影響 | 分析中 |


「また、今回の輸送によって主要安全機能を停止させたり、艦内の重要施設に支障を生じさせたりする必要がないことも、確認したいと思います」


セラフィエルが続ける。


「もちろんです」とタヴィル。「我々としても、書類上の積載容量だけは十分でも、実際には航行に適さない状態で出発する輸送艦など望んでいません」


俺は微笑んだ。


「よかった。俺も、グランドサロンの通路をコンテナ置き場にするつもりはありませんから」


セラフィエルが小さく笑った。


ヴェスペラは口元を押さえている。


一方、ランは非常に真剣な顔で頷いた。


「私も、その判断を支持します」


俺は彼女へ顔を向けた。


「本気で検討してたみたいな返事をしなくてもいいだろ」


「境界を明確にしておきたかっただけです」


ヴォスクまで、かすかに笑みを浮かべていた。


かなり重たい話し合いではあったが、少しくらい冗談を言う余地は残っているらしい。


会議が保険と保安の話題に移ると、室内の雰囲気は再び真剣なものになった。


ロヴァンが引き渡し管理の手順を表示する。


「すべての貨物には、識別情報、マニフェスト、封印、状態記録、責任移転の正式な引き渡し書類が必要です。変更が発生した場合も、追跡可能な形で記録しなければなりません」


ランが頷いた。


「輸送責任を受け入れる前に、艦側で実際の貨物とマニフェストの適合確認を行うことは認められますか?」


「はい。承認済みの手順を通じて実施できます。制限分類の貨物については、特別な確認方法が必要になる場合があります」


「その方法は、私たちが正しい物品を受領したと証明できるものでなければなりません。書類による裏付けもないまま、ただ信用してほしいと言われて密閉箱を預かるわけにはいきませんので」


ロヴァンはランを見た。


それから頷く。


「理解できるご要望です」


俺も口を開いた。


「運ぶ物の中にある軍事機密を、何もかも知りたいと言っているわけじゃありません。ただ、その貨物に対して何をしてよくて、何をしてはいけないのか。どう保管すれば安全なのか。それから、内容に不一致があった場合は誰が責任を負うのか。その点は知っておく必要があります」


「それがマニフェスト審査の目的でもあります、艦長」


「なら、よかった」


続いて、ランが保険について尋ねた。


ヴォスクの説明によれば、補償条件は貨物の分類、輸送事業者の義務、そして合意済みのリスク分担に合わせて設定する必要があるらしい。


裏付けとなる書類もないまま、最終的な金額を口にする者はいなかった。


俺としては、そういう姿勢はありがたい。


見た目だけは単純な契約を急いで受けて、航行中に何かが起きた途端、大問題に変わるくらいなら、会議を一度増やした方がずっといい。


「次に、保安要件についてです」


ヴォスクが言った。


新しいページが表示された。


彼の説明によれば、今回の仕事は通常のCランクライセンス確認だけで処理できる案件ではなかった。


輸送候補者には、身元確認、艦船登録、輸送能力、保険証明、貨物保安、さらに配送の安全に関係する防衛システムの評価が求められる。


俺はすぐに手を上げた。


「艦の兵装をすべて開示する義務があるんですか?」


「必要なのは、正式な審査範囲に応じた申告です。具体的な提出項目は書面でお渡しします」


「技術的なアクセスを認める前に、その一覧を読ませてもらいたいですね」


「理解できます」


セラフィエルも付け加えた。


「当方は、業務に無関係な構成を公開することなく、必要な適合性データを提供できます。ただし、特定の技術情報が必要な場合は、その目的と要求権限の根拠を説明していただきたいと思います」


タヴィルが頷いた。


「現地審査に向けて準備いたします」


俺は続いてヴォスクを見た。


「それから、配送中に攻撃を受けた場合はどうなりますか?」


室内が少し静かになった。


「交戦規則についてのお尋ねですか?」


「はい。近づいてきたという理由だけで、ほかの船を攻撃するつもりはありません。でも、契約条項を誰かが厳格に解釈しすぎたせいで、俺のクルーが一方的に攻撃されるのを黙って見ているつもりもありません」


「防衛手段の使用条件については、脅威の分類、貨物の保護、非関係者の安全に応じて規定します」


俺はゆっくりと頷いた。


「具体的な文面を確認したいです」


「もちろんです」


今ここで、すべての問題を解決する必要はない。


むしろ、こうした論点は艦へ持ち帰り、みんなと一緒に話し合いたかった。


数時間後、ヴォスクが主要な説明部分を終了した。


「星崎艦長、ここまででC-142-LGの初期概要をご確認いただきました。アストレオン・ヴェロリアとして、引き続き詳細な適格性審査へ進む意思はございますか?」


俺はランを見た。


彼女は協議記録を読み直していた。


「ラン?」


「最終契約を検討する前に、明確化が必要な条項はいくつかあります。ただ、検証への参加だけで業務を受諾したと見なされないのであれば、審査手続きを続けること自体は合理的だと思います」


俺はヴェスペラへ向き直った。


「どう思う?」


「実際的な航行計画を組めるだけの経路情報と、必要な許可情報を受け取りたいです。積み込みから配送期限までに与えられる時間も確認する必要があります」


「セラフィエルは?」


「初期データからは、現時点で直ちに提案を拒否しなければならない技術的理由は見つかっていません。ただし、正式な積載能力の判定には、詳細マニフェストと配置構成の検査が必要です」


俺は頷いた。


そして、ヴォスクへ顔を戻す。


「関心はあります。でも、今日ここで輸送契約に署名するつもりはありません」


「主な理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


「最終マニフェストをまだ見ていませんし、責任範囲のすべてに合意したわけでもありません。それに、艦の運用を妨げずに貨物を積載できるかどうか、まだ確認できていませんから」


俺は一度言葉を切った。


「報酬は魅力的です。正直、ものすごく魅力的ですよ。でも、八百四十万GCという数字に見とれただけで、これほど大きな責任を伴う軍事貨物を運ぶつもりはありません」


ヴォスクは俺の顔を見つめた。


それから微笑んだ。


「真剣な輸送候補者から、我々が期待していた回答だと思います」


彼は次の書類を起動した。


「それでは、次の段階は現地での直接検査となります」


俺は眉を上げた。


「オルセリオンでですか?」


「いいえ」


画面には、昨日コルヴェスから見せられた巨大な軌道施設が再び現れた。


タラリス軍事物流泊地


「正式な輸送契約を承認する前に、アストレオン・ヴェロリアには、今後許可される航路を通ってタラリスの施設へお越しいただきたいと考えています。現地であれば、技術チームが積載能力と安全要件を直接確認できますので」


ヴェスペラがすぐに地図へ注目した。


セラフィエルは施設情報の検討を始めている。


ランは新しい記録ページを開いた。


俺はヴォスクを見た。


「検査のために到着した時点で、貨物を受け入れる義務が発生したりはしませんよね?」


「発生しません。現地検査は適格性評価の一環です。最終契約を受諾するには、引き続き双方の正式な合意が必要となります」


「それなら、クルーとの内部会議を終えたあとで、検査日程を検討したいと思います」


「承知しました」


彼はロヴァンへ頷いた。


会議結果の概要が、俺たちの端末へ送信された。


会議を終える前に、俺は一つ思い出した。


「ヴォスクさん」


「何でしょう、艦長?」


「昨日、ヴェルドラコン帝国軍の最新技術や設計図を購入できる可能性について説明を受けました。今日の会議に出席したからといって、その扱いが変わったわけではないことを確認しておきたいんです」


ヴォスクが頷いた。


「そのとおりです。引き続き、独立した審査手続きの対象となる、条件付きの協力制度です」


「モビルフレームの分野も含めて?」


「付属資料に記載された分野は含まれています。ただし、各製品と申請者が、それぞれの認証要件を満たすことが条件となります」


俺は小さく微笑んだ。


「分かりました。うちのクルーに誤解がないよう、確認しておきたかっただけです」


セラフィエルは、どこかおかしそうな表情で俺を見ていた。


ランも、俺がそこをわざわざ質問した本当の理由を察しているようだった。


ヴォスクが続ける。


「また、ヴェルドラコン中央ギルドからの通知にあるBランク評価への参加資格についても、別の手続きとして引き続き有効です。C-142-LGの提案によって、あなたの正式ランクが自動的に変更されることはありません」


「承知しました」


最後にコルヴェスが口を開いた。


「現時点で、星崎艦長のライセンスは引き続きCランク――プロフェッショナルです。協会の書類にも、そのとおりに記録いたします」


俺は頷いた。


「ありがとうございます」


これで、ただ会議室へ来たというだけで、何かが突然、権利や義務に変わることはない。


今日の成果としては、十分に良いものだと思った。


俺たちが契約審査室を出たのは、夕方近くだった。


管理施設の通路を歩きながら、俺はようやく長い息を吐いた。


「……なかなか疲れたな」


ランが振り向く。


「八百四十万GCの契約協議を終えたばかりですから。多少の疲労は仕方ないと思いますよ」


「多少?」


「私は今夜、まだ確認しなければならない記録がいくつかあります」


俺は彼女を見つめた。


「……だろうな」


ヴェスペラは端末の地図を確認しながら微笑んだ。


「紬、タラリス軍事物流泊地までの初期航路情報を受け取りました。ただ、向こうが許可する進入航路を考慮せず、単純に最短経路を使用することはできません」


「よし。艦に戻ってから話そう」


セラフィエルは俺の隣を歩いている。


「会議中に正式に提供された技術情報も、すべて保存しました。貨物配置のシミュレーションを更新するために使用します」


「大きな問題はありそうか?」


「現時点では、直ちに不適格と判断すべき結果は出ていません。ただし、結論を出す前に、質量分布、積み込み経路、保管要件による影響を確認したいと思います」


俺は頷いた。


「無理に良い結果が出るように調整したりするなよ」


セラフィエルは微笑んだ。


「もちろんです、紬」


アストレオン・ヴェロリアへ戻ると、レアがすぐにラウンジへ姿を現した。


「紬!」


俺は足を止めた。


「なんだ?」


「どうだった!?」


「何が?」


「契約! 報酬! モビルフレーム!」


俺はしばらく彼女を見つめた。


「質問を三つもまとめて用意してたのか」


「もちろん!」


後ろから、技術端末を持ったカリスタも現れる。


「あたしも初期審査の結果は知りたいね。できれば、レアが叫び始める前に説明してくれると助かるんだけど」


ランが微笑んだ。


「それでしたら、先に提示報酬額からお知らせしましょう」


彼女が小さな投影画面を起動する。


8,400,000 GC


レアが固まった。


狐耳がぴんっと立つ。


尻尾の動きが止まる。


そして――


「は、八百四十万っ!?」


俺は目を閉じた。


「……ほら、来た」


カリスタも数字を見つめた。


「そんなに大きな額なのかい?」


「提示予定の報酬総額です」とラン。「最終契約はまだ締結されていませんし、入金もありません。運用経費の計算も完了していません」


レアがゆっくりと俺に顔を向けた。


「紬……」


「言うな」


「でも――」


「何を聞きたいか分かってる」


「まだ何も言ってないじゃない!」


「報酬を受け取ったら、最新型のモビルフレームを買えるのかって聞きたいんだろ」


レアは黙った。


それからセラフィエルを見た。


「この人、私の心が読めるの!?」


セラフィエルが柔らかく笑った。


「その質問については、特別な能力がなくても分かると思いますよ」


カリスタも微笑みながら首を振った。


その夜、俺たちはグランドサロンで短いクルー会議を開いた。


俺はランに、法律関係の付属資料を最初から全部表示するのではなく、まず会議結果の概要を見せてもらうことにした。


「よし。現時点で俺たちがどういう立場にいるのか、みんなにも知っておいてほしい」


ランが報告書を起動した。


C-142-LG――提案状況


| 項目 | 現在の状態 |

| ---------- | ------------ |

| 依頼主 | タラリス戦略物流局 |

| 積み込み場所 | タラリス軍事物流泊地 |

| 配送先 | タラリス辺境物流デポ |

| 提示予定報酬総額 | 8,400,000 GC |

| 艦の積載能力審査 | 必要 |

| 最終マニフェスト | 未提出 |

| 責任範囲に関する条項 | 審査継続中 |

| 保険・保安 | 検証が必要 |

| 最終契約 | 未署名 |

| 次の段階 | タラリスでの直接検査要請 |


カリスタが腕を組んだ。


「つまり、契約を正式に承認する前に、艦を直接検査したいってことかい?」


「そうだ」


「まあ、当然だね。あれだけの量の貨物を、艦の写真と寸法一覧だけで預けるわけにはいかないだろうし」


セラフィエルが頷いた。


「ただし、検査は業務の適格性に関係する項目へ限定される必要があります。必要に応じて提出できる技術資料の案は、すでに準備しています」


続いて、ヴェスペラが航路図を拡大した。


「タラリスへの進入航路も確認しなければなりません。あの施設の手続きはオルセリオンとは異なります。契約の招待状があるからといって、軍事区域へのドッキング許可まで自動的に得られると思って出発するわけにはいきません」


俺はレアへ向き直った。


「モビルフレームの準備はどうだ?」


彼女はすぐに背筋を伸ばした。


「ヴァルキリーは準備完了! 格納庫の装備点検も、カリスタを手伝って全部終わらせたよ!」


カリスタが頷いた。


「本当だよ。少なくとも今日は、最新型モビルフレームのカタログのことだけ考えてたわけじゃないね」


「ちゃんと考えてたよ!」


「知ってるさ」


俺は小さく笑った。


それから、改めてみんなを見た。


「今の段階では、まだこの仕事を受けたわけじゃない。まずは書類を全部読んで、決断を下す前に、俺たち自身の条件も決めておきたいんだ」


ランが満足そうに頷いた。


「賛成です」


「契約金額のためにクルーの安全を犠牲にしたくはない。それに、依頼主が『大丈夫だ』と言ったからという理由だけで、よく分からない貨物を運ぶようなこともしたくない」


セラフィエルが微笑んだ。


「私も、その確認をお手伝いします」


ヴェスペラも頷く。


「私もです」


レアが拳を握った。


「じゃあ、ちゃんと調べよう!」


俺は微笑んだ。


「ああ。そうしよう」


会議が終わったあと、俺は個人執務室へ戻った。


机の上には、C-142-LGの提案書がまだ開かれている。


8,400,000 GCという数字は、嫌でも目に入るほど目立っていた。


俺はしばらくそれを眺めてから、輸送事業者の責任に関するページへ視線を移す。


損傷。


遅延。


貨物の紛失。


保険。


保安審査。


引き渡し管理。


大きな金額には、それと同じくらい大きな問題の一覧が付いてくるらしい。


ノックのあと、セラフィエルが入ってきた。


「紬、まだ契約書を読んでいるのですか?」


「ああ」


彼女が近づいてくる。


「何か気になる部分がありましたか?」


「どこか一か所ってわけじゃないんだ。見落としがないようにしたいだけだよ」


セラフィエルは画面を見た。


「未回答の質問は、すでに分類してあります。明日、ランと一緒に検討できますよ」


俺は微笑んだ。


「ありがとう」


彼女は俺の隣へ座った。


「この仕事を引き受けたいと思っていますか?」


俺は少し考えた。


「興味はあるさ、もちろん。報酬は大きいし、正式な経路で軍事技術を購入できる機会も魅力的だ。でも、まだ受けるとは言えないな」


「マニフェストと条件が揃っていないからですか?」


「それも一つだ」


俺は椅子に背を預けた。


「艦内での暮らしを全部軍事作戦みたいに変えずに、仕事を完了できるのかも知りたいんだ。俺たちには大きな能力がある。でも、新しい仕事を受けるたびに、最初に旅へ出た理由が少しずつ消えていくようなことにはしたくない」


セラフィエルが柔らかく微笑んだ。


「自由であり続けたいのですね」


「ああ」


俺は彼女を見た。


「誰かを助けたり、面白い仕事を受けたり、収入を得たりすることはできる。でも、アストレオン・ヴェロリアの未来に関する決定は、俺たち自身が理解して、意識的に下すべきだと思うんだ」


「もちろんです、紬」


すると、彼女は新しい通知を開いた。


「あら、タラリスから追加のメッセージが届いています」


俺は眉を上げた。


「早いな」


机の上に書類が表示された。


タラリス戦略物流局


件名:アストレオン・ヴェロリアへの直接検査要請


契約C-142-LGの初期審査において良好な結果が得られたことを受け、タラリス側は、輸送候補艦アストレオン・ヴェロリアに対し、最終的な輸送契約の承認に先立って、タラリス軍事物流泊地での直接検査に出席するよう要請します。


到着許可書類および検査要件は、日程の確認と関連する事務手続きの完了後に発行されます。


状態: 検査要請――最終契約の承認ではありません。


俺はそのメッセージを読んだ。


それから、小さく微笑む。


「向こうも、急いで決めるつもりはないみたいだな」


「そのようですね」


俺は主要な契約書類を閉じた。


「じゃあ、明日は本格的なクルー会議を開こう。みんなが絶対に譲れないと思っている条件を、一つ残らず聞いておきたい」


「承知しました」


「そのあとで、検査のためにタラリスへ向かうかどうか決めよう」


セラフィエルは頷いた。


「必要な資料はすべて準備しておきます」


俺は執務室の外部スクリーンを見た。


オルセリオンでは、今も多くの船が行き交っている。


帝国の物流ネットワークのどこかでは、軍事物流施設が俺たちの返答を待っているらしい。


そして、この旅を始めて以来初めて、八百万GCを超える契約が、本当に俺の目の前に提示された。


だが、何を最初にすべきかは、もう分かっていた。


署名することじゃない。


レアが新しいモビルフレームを何機買えるか計算することでもない。


アストレオン・ヴェロリアがその貨物を積んで出航するとき、クルー全員が自分たちで選んだ仕事を理解し、無事に帰ってこられるようにすることだ。


俺は軽く息を吐いた。


「八百四十万GCか……」


セラフィエルが微笑んだ。


「かなり大きな金額ですね」


「ああ」


俺は契約書の最初のページを、もう一度見つめた。


「さて。条件の方も、受け入れられるものか確かめないとな」


【次回・第143話】


「契約を受ける条件」


契約受諾の条件――紬はアストレオン・ヴェロリアでクルー会議を開き、タラリスの物流案件を受ける前に必要な内部条件を定める。クルーの安全、マニフェストの正当性、違法貨物の紛れ込みの禁止、承認された代替航路、兵装使用規則、そしてすべての費用と責任の明確化。これらの条件を確認できれば、次の段階はタラリスの軍事検査・積み込み施設への航行となる。


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