【第140話】「オルセリオン独立港」
【第140話】「オルセリオン独立港」
ヴェルドラコン出発から二十日目~二十一日目 場所:ドラウヴェル鉱業星系 → FTL航路 → オルセリオン独立港 視点:星崎紬
「紬、ドラウヴェルでの取引精算報告がまとまりました」
俺がトーストに手を伸ばそうとした、まさにその瞬間だった。
ランがグランドサロンのテーブルに端末を置いた。
俺は手を止める。
「……おはよう、ラン」
「おはようございます。数字のお話をするのは、飲み物を飲み終えてからにしようと、わざわざ待っていたんですよ」
「優しいな、お前」
「ありがとうございます」
俺は時計をちらりと見た。
ヴェルドラコンを出発してから二十日目の朝。
アストレオン・ヴェロリアはまだカーヴォス軌道工業港に停泊していたが、出航準備は数時間前から始まっている。
窓の外では、産業用輸送船が軌道交通路を絶え間なく行き交っていた。大型貨物船がちょうどドッキングロックを解除し、港湾タグボートの誘導を受けながら出航航路へ向かっている。
俺たちが契約を完了したからといって、ドラウヴェルの仕事が止まるわけではない。
そんな当たり前のことを思い出させる光景だった。
俺はランの端末へ視線を戻した。
「それで、結果は?」
「C-136-MNの基本報酬七十八万GCは、確認済みの入金として記帳しました。回収業務の事務処理は完了していますが、追加報酬については最終的な支払い確認がまだないため、引き続き別項目として管理しています」
「よし」
「証憑が揃っている直接経費についても、照合と精算を進めました。昨夜、カリスタからヴァルキリーの修理と紬の専用試作機の点検を含む整備報告書が提出されています」
俺は頷いた。
「じゃあ、そろそろ今回の仕事の純利益も分かるのか?」
「以前よりずっと正確な計算はできています。ただし、最終書類を待っている項目は、まだ分けてあります。通常の整備費用と、K-17での作戦によって実際に発生した費用を混同したくありませんので」
ランが画面を切り替えた。
C-136-MN――事務処理完了報告
| 項目 | 状態 |
| ------------- | ---------------- |
| 基本報酬 | 780,000 GC――受領済み |
| 条件付き追加報酬 | 入金未確定 |
| MCV-01運用経費 | 照合・精算済み |
| モビルフレームの整備・修理 | カリスタの検査結果に基づき記録 |
| 作戦物流費 | 証憑に基づき照合・精算済み |
| クルーへの成果配分 | 検証済み純利益に基づき算定 |
| 主要業務の事務処理 | 完了 |
俺は表に目を通した。
「記録から漏れている取引はないか?」
「主要な取引については、未特定のものはありません。紬の個人支出、艦の経費、クルーの報酬債権も、それぞれ分けてあります」
「ありがとう」
ランは微笑んだ。
「お礼を言うのはまだ早いですよ。これから大きな交易港へ向かうのですから、一つ注意しておかなければなりません」
俺は眉を上げた。
「何だ?」
「『限定版』という文字を見ただけで、何かを買わないでくださいね」
「どうしていきなり俺が買い物をする前提なんだ?」
「前回、産業施設を訪れた際、艦船用装備のカタログの前で、ずいぶん長い間足を止めていらっしゃいましたから」
「見てただけだぞ」
「もちろんです」
その笑顔を見ていると、この議論は始まる前から俺の負けが決まっていたような気がした。
「紬!」
レアが朝食の皿を二枚持って、グランドサロンの入り口から姿を現した。
狐耳が楽しそうに動いている。
「今日、本当に出発するんだよね!?」
「全部の点検が終わればな」
「やった!」
彼女は俺の向かいに座ると、皿の一枚をテーブルに置いた。
俺は料理の量を見た。
「二人前取ってきたのか?」
「こっちは私の分」
「じゃあ、もう一皿は?」
「それも私の分!」
「……なるほど」
レアは満足そうな顔で食べ始めた。
それから間もなく、カリスタが部屋へ入ってきた。
「紬、二機のモビルフレームの点検が終わりましたよ」
俺はすぐに振り向いた。
「状態はどうだ?」
「ヴァルキリーは損傷した装甲の交換と駆動システムの点検を終え、作戦運用可能状態に復帰しています。あなたの専用試作機も正常です。インターフェースと剣の接続部の調整も完了しました」
「よし」
レアが顔を上げた。
「じゃあ、訓練できる!?」
カリスタは彼女を見つめた。
「整備が終わったばかりなんだけどね」
「知ってる!」
「それに、今日は出航するんだよ」
「それも知ってる!」
「だったら、どうして最初の質問がいつも訓練のことなんだい?」
レアはしばらく考えた。
そして、至って真剣な表情で答えた。
「だって、まだ紬が剣を使うところを見たいんだもん」
俺は片手で顔を覆った。
カリスタがため息をつく。
「もうお手上げだよ」
ランが小さく笑った。
「訓練日程を組みたいのでしたら、正式に申請してください。まずはセラフィエルにシミュレーションを用意してもらえばいいでしょう」
レアは勢いよく彼女を見た。
「本当!?」
「ええ。修理を終えたばかりのモビルフレームを二機とも、いきなり持ち出すより合理的ですから」
俺はランを指さした。
「俺も賛成だ」
レアは頬を膨らませた。
「みんな、お金の話になると本当に息ぴったりだよね」
「契約報酬を受け取ったあとも、ちゃんと金を残しておきたいからな」
俺はそう答えた。
朝食を終えると、俺は指揮デッキへ向かった。
ヴェスペラはすでに航法席に座っていた。
彼女の前には、ドラウヴェル鉱業星系、許可された出航航路、そして次の目的地を示す三次元地図が表示されている。
オルセリオン独立港
俺は彼女の隣で足を止めた。
「航路の準備はどうだ?」
ヴェスペラが微笑みながら振り向いた。
「おはようございます、紬。オルセリオンまでの航路は準備できています。承認済みのFTL航路に入る前に、まずドラウヴェルの産業交通路を離れる必要があります」
「何か問題は?」
「大幅な変更が必要になるような障害はありません。ただ、オルセリオンはこれまで立ち寄ったいくつかの港より交通量が多いため、アストレオン・ヴェロリアの艦種区分と船体寸法に合わせて、進入航路を調整しています」
俺は投影図を見た。
「港の情報に載っていた軍事区域の方は?」
ヴェスペラが目的地の地図を拡大する。
いくつかの区域が、異なる色で表示された。
「オルセリオンは、交易と産業物流を扱う独立港です。その周辺には、軍事物流区域を含む特殊輸送施設へ接続する航路も存在します。一部の交通路では許可を得た民間船の通行も認められていますが、一般商業航路と同じ条件で利用できるわけではありません」
「つまり、招待状を受け取ったからって、勝手にそこへ飛んでいけるわけじゃないんだな?」
「はい。契約協議への招待は、制限施設への入域許可を自動的に付与するものではありません」
俺は頷いた。
「よし。承認された民間航路を使おう。正式な許可が下りるまでは、特殊区域に入らないようにしてくれ」
「承知しました」
艦長席の隣に立っていたセラフィエルが、艦の点検パネルを起動した。
「紬、出航準備状況の報告もまとまっています」
「見せてくれ」
メインスクリーンにチェックリストが表示された。
アストレオン・ヴェロリア――出航前点検
| システム | 点検結果 |
| ------------ | -------------------- |
| 艦体主要構造 | 正常 |
| 推進・FTLシステム | 準備完了 |
| 航法システム | ドラウヴェル~オルセリオン航路を登録済み |
| ドッキングシステム | 離脱準備完了 |
| 通信・識別システム | 正常 |
| 格納庫設備 | 積載物・支援機を固定済み |
| MCV-01 | 作戦後点検完了 |
| モビルフレーム | 整備状態更新済み |
| 物資・クルー向けサービス | 航行に十分な備蓄あり |
| 保安監視 | 正常 |
俺はすべての項目に目を通した。
「重要な整備作業のやり残しはないか?」
セラフィエルは首を横に振った。
「出航の妨げとなる作業はありません。定期点検については、航行中も予定に従って継続します」
「K-17の作戦データは?」
「アーカイブ済みです。契約書類、戦闘記録、技術記録は、それぞれ別の区分で保存しています。協同組合が所有するコンテナから、私たちのアクセス権限外のデータを複製することもしていません」
俺は微笑んだ。
「よし」
そこへランが指揮デッキに入ってきた。
「ドラウヴェル側からも、ドッキングに関する支払い義務の完了が確認されました。出航を妨げる未払いの港湾料金はありません」
俺は彼女を見た。
「それなら、みんな準備できたみたいだな」
数秒遅れてやってきたレアが、即座に答えた。
「私は準備できてるよ!」
その後ろからカリスタが続く。
「この子、一時間前からずっとそう言ってるんですよ」
「だって、本当に準備できてるもん!」
俺は小さく笑った。
そして艦長席に腰を下ろす。
「よし。ヴェスペラ、出航許可を申請してくれ」
「承知しました、紬」
港湾交通管制との通信が接続された。
『アストレオン・ヴェロリア、こちらカーヴォス軌道工業港管制です。出航申請を受理しました。ドッキング解除の準備状況と、予定航路を確認してください』
ヴェスペラが落ち着いた声で応答する。
『カーヴォス管制、こちらアストレオン・ヴェロリア。ドッキング解除準備完了。次の目的地はオルセリオン独立港。申請済みの出航航路を使用します』
『了解。外側交通路の物流船が交差地点を通過するまで、現在位置を維持してください』
メインスクリーンには、産業用輸送船が横切る様子が映っていた。
その船は、専用の連結システムを使って複数の大型コンテナモジュールを牽引している。
レアが窓へ近づいた。
「わぁ……すっごく長いね」
カリスタが腕を組んだ。
「ああいう輸送船は、大量の貨物を運ぶための設計だからね。乗客の快適性を優先しているわけじゃないんだよ」
「でも、アストレオン・ヴェロリアの方がずっと大きいよね?」
「そりゃそうさ」
俺は振り向いた。
「通りかかる船を片っ端からうちの艦と比べるなよ」
レアはにこっと笑った。
「言ってみただけ!」
しばらくして、港湾管制から再び通信が入った。
『アストレオン・ヴェロリア、出航航路を開放しました。ドッキング解除を許可します。指定された航路に従って移動してください』
「ヴェスペラ、進めてくれ」
「はい、紬」
ドッキングロックが解除された。
アストレオン・ヴェロリアは、軌道施設からゆっくりと離れ始める。
メインスクリーンの中で、カーヴォスの工業施設群が次第に遠ざかっていった。
俺はしばらく、その惑星を眺めていた。
ここで俺たちは回収契約を受け、放棄された採掘区域へ入り、所属不明のモビルフレーム三機と交戦した。
最初は単なるコンテナの回収に見えた仕事が、思いのほか本格的な戦闘へ発展したわけだ。
それでも、全員揃って帰ってこられた。
そして今、次の旅が俺たちを待っている。
産業交通路を離れると、ヴェスペラから航法情報の更新が届いた。
「紬、許可された出航ポイントに到達しました」
俺は頷いた。
「セラフィエル、周辺宙域の状況は?」
「航路を妨げる物体はありません。航法システムによる安全確認も完了しています」
「よし。オルセリオンへの航行を開始しよう」
「承知しました」
ヴェスペラが準備済みの航路を起動する。
アストレオン・ヴェロリアのFTLシステムが作動を始めると、メインスクリーンに映る星々の景色がゆっくりと変化していった。
俺は椅子に背を預けた。
レアは興味津々といった顔で航法表示を眺めている。
「紬、今回も普通の船の予想航行時間より、ずっと早く着くの?」
俺はセラフィエルをちらりと見た。
彼女は微笑んだ。
「アストレオン・ヴェロリアのFTLシステムは、一般的な民間船とは異なる性能を備えています。ただし、いつもどおり、離脱地点と進入速度は目的地の交通管制手順に合わせます」
「じゃあ、港のゲートの真ん前にいきなり現れたりはしないんだね?」
レアの質問に、ヴェスペラが答える。
「もちろんです。承認された航路を通って進入区域へ入らなければなりません」
俺も頷いた。
「誰かが数分節約したがったせいで、オルセリオンの保安警報に迎えられるのは御免だからな」
レアが俺を見た。
「なんで私を見るの?」
「名前は出してないぞ」
「紬!」
航行は穏やかに進んだ。
緊急通信はない。
システムの異常もない。
そして何より、コンテナの陰から所属不明のモビルフレーム三機が突然現れるようなこともなかった。
おかげで俺は、これまで後回しにしていたことを確認する時間をようやく確保できた。
個人執務室では、セラフィエルが艦の状態概要を開くのを手伝ってくれた。
俺は物資の一覧、整備日程、格納庫の使用状況、支援システムの準備状況を確認していく。
「MCV-01はどうだ?」
「支援艦は通常の作戦運用構成に復帰しています。K-17で使用した回収装備も点検を終え、収納済みです」
「モビルフレームは?」
「ヴァルキリーと紬の専用試作機は、カリスタの検査を経て運用可能と判定されています。そのほかの機体についても、それぞれの整備日程に従って管理しています」
俺は頷いた。
「よし」
すると、セラフィエルが別のパネルを開いた。
「紬、一つお尋ねしたいことがあります」
「何だ?」
「専用モビルフレーム向けの特別訓練設定は、今後も維持しますか?」
俺は眉を上げた。
「お前までその話をするのか?」
彼女は微笑んだ。
「昨日の経験を踏まえると、より体系的な訓練が紬の役に立つと考えたからです」
俺は椅子に背を預けた。
「実は、俺も考えてたんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。あの機体は俺の動きによく応えてくれた。でも、自分の判断より想像の方が先走りそうになった瞬間が、何度かあったんだよ」
セラフィエルが頷く。
「私が安全制限を維持している理由の一つも、そこにあります。ニューラル・インターフェースはあなたの意思に追従できますが、戦術的な判断は、あくまで意識的に下す必要があります」
俺は小さく笑った。
「そのとおりだな」
「では、運動量の制御、剣の使用、ソードモードとアサルトライフルモードの切り替え、そしてヴァルキリーとの連携を中心としたシミュレーションを準備します」
俺は彼女を見た。
「ヴァルキリーとの連携?」
「レアから、合同訓練の申請がすでに三回届いています」
「……三回?」
「朝食以降に、です」
俺は目を閉じた。
セラフィエルが柔らかく笑う。
「まだ日程は承認していませんよ」
「よし。オルセリオンの件がもう少しはっきりしてから話そう」
「承知しました、紬」
午後、俺は展望室でヴェスペラを見つけた。
彼女は航法端末を手に、パノラマウィンドウの前に立っていた。
俺は近づいて声をかける。
「仕事中か?」
ヴェスペラが振り向いた。
「少しだけ。オルセリオンの交通図と、民間船が利用できる施設の情報を照合していたところです」
「本当に細かいところまで確認するんだな」
「今回は、さまざまな種類の交通が集中する港へ入りますから。地図上で施設同士が近接しているというだけで、航路を誤認するようなことは避けたいんです」
俺は彼女の隣に立った。
俺たちの間に投影図が現れる。
オルセリオン独立港は、互いに接続された複数の運用区域から構成されていた。
一般交易ターミナル、産業物流区域、護衛艦向けのサービス施設、星系間物流航路。
そして別の一角には、いくつもの交通路が制限区域として表示されている。
「これは?」
俺はその一つを指さした。
「軍事物流区域へ接続する交通路です。許可を得た民間船の通行も認められていますが、所定の条件を満たし、正式な認証を受けた船しか利用できません」
「俺たちが受け取った招待状は、そこに直接関係してるのか?」
「契約の運用目的を確定できるほどの情報は、まだありません。最初の招待状には、協議への出席を求める内容しか記載されていませんから」
俺は頷いた。
「なら、勝手に決めつけるのはやめておこう」
「もちろんです」
ヴェスペラが地図を縮小した。
「民間区域にある傭兵協会の施設までの経路も準備してあります。オルセリオン側から書類審査を求められても、事務手続きのためだけに制限区域へ入る必要はありません」
俺は微笑んだ。
「完璧だな」
ヴェスペラも微笑みを返してくれた。
それから、再び窓の外へ視線を向ける。
「私たちが訪れる場所も、ずいぶん多彩になってきましたね、紬」
「そうだな。高級リゾートから、今にも崩れそうな古い鉱山まで」
彼女は静かに笑った。
「そして今度は、独立交易港です」
「次の場所では、銃撃で歓迎されないことを祈るよ」
「私もです」
俺たちはしばらく並んで立っていた。
やがて、ヴェスペラが柔らかな声で言った。
「それでも、皆さんと一緒に新しい場所を見続けられることが、私は嬉しいです」
俺は彼女を見た。
「俺もだよ」
二十一日目。
朝、俺が指揮デッキへ入ると、ヴェスペラはすでにオルセリオンへの進入表示を準備していた。
セラフィエルは航法席の近くに立っている。
ランは到着書類を確認中だった。
カリスタとレアも集まっていた。
「みんな、おはよう」
「おはようございます、紬」
セラフィエルが答える。
レアはすぐにメインスクリーンを指さした。
「見て! もうすぐ着くよ!」
俺は顔を上げた。
目の前の宇宙空間には、非常に広大な軌道施設のネットワークが姿を現し始めていた。
オルセリオン独立港。
複数の主要構造物が、交通路と艦船サービス施設によって結ばれている。
その周辺を行き交う船の種類は、カーヴォスよりもはるかに多彩だった。
中型商船が商業ターミナルへ向かっている。
産業用輸送船はコンテナモジュールを運び、護衛艦の一部は専用航路を進んでいた。
さらに、星系間物流船が配送施設への進入順を待っている。
俺は小さく口笛を吹いた。
「……かなり大きいな」
ヴェスペラが微笑む。
「オルセリオンは、この宙域における重要な物流拠点の一つですから」
レアは窓に顔を近づけすぎるほど身を乗り出した。
「船がいっぱい!」
カリスタは画面を眺めていた。
「整備施設も見てごらん。さまざまなクラスの船に対応できるドックが揃ってるね」
ランが端末を持ち上げた。
「交易網もかなり広いようです。ドッキング許可が下りたら、運用物資の価格をいくつか確認しておきたいですね」
俺はすぐに振り向いた。
「今度はお前が買い物したいのか?」
ランは優雅に微笑んだ。
「価格を比較することと、購入することは別ですよ」
俺は黙り込んだ。
「……その台詞、どこかで聞いた気がするんだが」
「艦船装備のカタログを眺めていた、どなたかからかもしれませんね」
セラフィエルが小さく笑った。
オルセリオンの交通管制から通信が入った。
『外側進入航路へ接近中の船舶、識別情報をアストレオン・ヴェロリアとして受信しました。来港目的および利用施設の申請内容を確認してください』
ヴェスペラが応答する。
『オルセリオン管制、こちらアストレオン・ヴェロリア。民間航路を使用した入港を申請します。来港目的は交易関連の事務手続き、および傭兵協会ネットワークを通じて受領した契約事前協議への招待です』
『了解。船体寸法データを照合中です。現在の進入航路を維持し、追加の認証なしに制限物流航路へ進入しないでください』
俺は頷いた。
よし。
少なくとも、向こうの管制官は最初からアクセス範囲を明確にしてくれるらしい。
しばらくすると、地図上にドッキング航路が表示された。
セラフィエルが提示された施設情報を確認する。
「紬、船体寸法に適合する航路が割り当てられました。軍事施設や制限物流航路を利用する必要はありません」
「受けよう」
ヴェスペラがすぐに確認を送信した。
『オルセリオン管制、指定航路を受諾しました。進入指示に従います』
『オルセリオン独立港へようこそ』
アストレオン・ヴェロリアは、入港航路に沿ってゆっくりと進んでいった。
俺はメインスクリーンの景色を眺める。
右舷側の十分離れた場所を、一隻の護衛艦が通過した。
その後方では、輸送船が複数の大型モジュールに分けて積まれたコンテナを運んでいる。
さらに遠くの物流施設では、船から船への貨物積み替え作業が行われていた。
そのすべてが、複雑でありながら整然とした交通管制の下で動いている。
レアが一隻の船を指さした。
「紬! あの船、すっごい数のコンテナを運んでるよ!」
「見えてるよ」
「新しい契約も、ああいう仕事なのかな?」
「積荷の種類すら、まだ分かってないだろ」
「でも、招待状には大きな仕事って書いてあったよ!」
ランがすぐに口を挟んだ。
「大きな仕事には、それだけ大きな責任が伴う可能性もあります。報酬のことばかり想像しないでくださいね」
レアが振り向く。
「まだ報酬の話なんてしてないよ!」
「表情を見れば十分分かります」
俺は笑った。
すると、セラフィエルが追加情報を表示した。
「紬、オルセリオンには辺境地域への貨物配送を扱う施設も複数存在します。ただし、追加の保安措置が必要な輸送の詳細は、一般ネットワークでは公開されていません」
俺は頷いた。
「当然だな。機密性の高い積荷の情報を誰でも見られるなら、保安システムの意味がなくなる」
カリスタが腕を組む。
「あたしとしては、向こうが本当に必要としているのが輸送船なのか、それとも護衛艦なのかを知りたいね。その二つじゃ、運用上の要求が違うから」
「そこは、あとで確認しないとな」
俺は答えた。
ドッキングは問題なく完了した。
アストレオン・ヴェロリアが安全な位置に収まると、セラフィエルが到着後の点検を起動した。
俺は指揮デッキに残り、結果を確認する。
「ドッキングロックの状態は?」
「正常です」
「施設との接続は?」
「許可された範囲で接続済みです。不要な内部システムへの外部アクセスは認めていません」
「よし」
カリスタが技術報告を開いた。
「ドッキング構造への負荷と、支援設備の状態も確認しました。事務手続きのためにここへ滞在するうえで、問題になるような点はありません」
俺は頷いた。
「MCV-01と格納庫は?」
「すべて安全です。機体の移動予定もありません」
「分かった」
続いて、ランが別の端末を差し出した。
「入港書類と港湾事務手続きも記録済みです。以前の取引記録が、今回のオルセリオン滞在費用と混ざらないようにしてあります」
俺は微笑んだ。
「本当に、数字を一つも逃がさないな」
「もちろんです」
セラフィエルが概要を表示した。
オルセリオン――到着状況
| 点検項目 | 状態 |
| ---------- | ------- |
| 船舶識別 | 受理済み |
| 民間進入航路 | 通過完了 |
| ドッキング | 安全確認済み |
| 艦内システム点検 | 正常 |
| 来港書類 | 記録済み |
| 制限区域へのアクセス | 未申請 |
| 契約協議への招待 | 後続手続き待ち |
俺は最後の行を読んだ。
「じゃあ、あとは招待状の送り主に連絡するだけだな」
ランが頷いた。
「はい。まずは傭兵協会を通すことをお勧めします。そうすれば、仕事を提示している相手の身元と、初期条件のすべてを正式な経路で確認できますから」
「賛成だ」
艦の点検が終わると、俺たちはグランドサロンに集まり、寄港中の予定について話し合った。
俺はソファに腰を下ろす。
ランがオルセリオンの一般施設の地図を開いた。
「追加許可なしで訪問できる区域と、特別な認証が必要な区域は分けてあります」
レアがすぐに手を上げた。
「食べるところは!?」
「あります」
「訓練施設は!?」
「一般向けの娯楽施設や訓練施設がいくつかあります」
「モビルフレームの装備を売ってるお店は!?」
カリスタが即座に振り向く。
「何のために?」
「見るだけ!」
俺は笑った。
「艦船装備のカタログを見てたときの俺みたいになってきたな」
ランが微笑む。
「少なくとも、ご自覚はあるようですね」
続いて、ヴェスペラが地図を拡大した。
「交易航路を見渡せる展望区域もいくつかあるようです。時間があれば、訪れてみたいですね」
「もちろん。滞在中ずっとギルドの事務所にいる必要はないからな」
俺が答えると、隣に座ったセラフィエルが口を開いた。
「傭兵協会の支部までの交通経路も準備してあります。制限物流区域を通らずに移動できますよ」
俺は頷いた。
「よし」
カリスタは椅子に背を預けた。
「急ぎの仕事がないなら、あたしは地元の整備サービスのカタログを確認したいね。何かを買うためじゃなくて、施設の対応能力を比較するだけだけど」
俺はすぐに彼女を指さした。
「ほら! お前も同じこと言ってる!」
カリスタが俺を見る。
「何が?」
「買うためじゃなくて、見るだけってやつだよ」
ランが笑った。
「どうやら、その習慣は広がりつつあるようですね」
レアが両手を上げた。
「じゃあ、私も食べ物を見るだけにする!」
俺は首を振った。
「そこは非常に疑わしいな」
昼が近づく頃、俺とラン、セラフィエルは、港の管理区域へ向かうためアストレオン・ヴェロリアを出た。
ヴェスペラも、航法情報と交通路へのアクセス条件を直接確認したいということで同行している。
本当はレアも一緒に来たがっていたのだが、カリスタからモビルフレーム装備の収納点検を手伝うよう頼まれてしまった。
出発するときの、あの残念そうな顔は今でも覚えている。
『紬! 美味しいものを見つけたら、私に黙って食べないでね!』
俺はただ、こう答えた。
『面白そうな店があったら、場所を控えておくよ』
それだけで、彼女はすっかり元気を取り戻していた。
オルセリオンの構内交通機関は、俺たちをいくつもの賑やかなターミナルの間へと運んでいった。
窓の外には、港湾作業員、商船の乗組員、技術者、そしてさまざまな種族の訪問者たちが、それぞれの通路を行き交う姿が見えた。
物流企業の制服を着た者もいれば、傭兵用の装備を身につけた者もいる。
旅行鞄を持っている者がいる一方、小型の技術機器用コンテナを押している者もいた。
俺はその様子を眺めた。
「本当に交易の中心地って感じがするな」
ヴェスペラが頷く。
「カーヴォスより、交通の種類がずっと多彩ですね」
ランも付け加えた。
「管理施設も、多数の星系間取引を処理することを前提に設計されているようです」
俺は微笑んだ。
「なんだか、お前はもうこの場所を気に入り始めてるみたいだな」
「手続きが明確な場所は好きですよ」
「なるほど」
セラフィエルが俺を見た。
「紬、傭兵協会の支部は次のターミナルです」
俺は頷いた。
「よし。実際に何を提示してくるのか、確かめに行こう」
オルセリオン傭兵協会支部の建物は、なかなか大きかった。
正面には一般受付、契約情報端末、そしてサービスの種類ごとに分けられた複数の事務窓口が設けられている。
俺たちは正面入口から中へ入った。
受付にいた女性職員が顔を上げる。
「オルセリオン傭兵協会支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
俺は身分証明情報を提示した。
「アストレオン・ヴェロリアの艦長、星崎紬です。オルセリオン独立港から、物流契約の事前協議に関する正式な招待状を受け取っています」
職員は俺が送信したデータを受け取った。
「少々お待ちください。招待状を確認いたします」
数秒が過ぎた。
確認結果が表示されると、彼女の表情がわずかに変わった。
「ああ、星崎艦長ですね。ご本人の身元と招待状の確認が取れました」
「よかった」
「プロフィールには、最近完了された契約の記録もいくつか登録されていますね」
隣に立っていたランが尋ねた。
「完了記録はすべて同期されていますか?」
「はい。協会ネットワークを通じて正式に承認された記録については、当支部のアクセス権限に応じて閲覧可能となっています」
俺は頷いた。
「それなら、このまま事前協議へ進めますか?」
職員は一度言葉を止めた。
それから、事務的ながら丁寧な笑顔を浮かべる。
「その前に、いくつかご説明しておかなければならないことがございます」
俺は眉を上げた。
「お願いします」
彼女が俺の傭兵プロフィールを開く。
傭兵協会――星崎紬
| 項目 | 状態 |
| --------- | --------------- |
| 登録名 | 星崎紬 |
| 登録艦船 | アストレオン・ヴェロリア |
| 正式ランク | Cランク――プロフェッショナル |
| 契約遂行実績 | 継続的に増加中 |
| 最新契約記録 | 更新済み |
| オルセリオン招待状 | 検証済み |
| 追加保安契約審査 | 必要 |
俺は最後の行を見た。
「追加審査?」
「はい、艦長」
職員が頷く。
「これまでの業務記録を見る限り、順調に実績を積まれています。最近の護衛契約や回収契約の完了によって、当協会のシステム上でも、評判に関する記録が増えています」
「ありがとうございます」
「ただし、評判が高まったからといって、正式ランクが自動的に変更されるわけではない点は、明確にしておかなければなりません。現在のライセンスは、引き続きCランクです」
俺は小さく微笑んだ。
「問題ありません。そもそも、まだ昇格申請は出していませんから」
職員は少し安心したようだった。
「それでしたら何よりです。高額案件への招待を受けたことで、Bランクの要件をすべて満たしたと考えてしまう傭兵の方もいらっしゃいますので」
ランがすぐに質問した。
「つまり、今回の招待によって艦長のライセンス区分が変わることはありませんが、提示される案件について、特別な審査手続きへ進むことは可能だという理解でよろしいでしょうか?」
「そのとおりです、ヴァレスさん」
俺は職員を見た。
「具体的には、何を審査するんですか?」
彼女が別の書類を開く。
「今回の案件には、追加の保安要件が設定された貨物が関係しています。そのため、提案内容の詳細をさらに進める前に、協会の特別手続きに従って、輸送候補者の適格性を確認する必要があります」
俺は少し椅子に背を預けた。
「艦の検査も含まれますか?」
「いくつかの段階があります。運用書類や貨物の保安に関する要件を含め、詳細は正式な説明会でご案内いたします」
ランが頷いた。
「艦長が契約について何らかの承認を行う前に、すべての条件を確認できるようにしたいと考えています」
「もちろんです。本日のご来訪が、業務の受諾と見なされることはありません」
俺は微笑んだ。
「よかった。そこを確認したかったんです」
職員は俺の端末へ日程表を送信した。
「星崎艦長、当支部にて初期審査の説明会をご用意しています。その席では、担当権限を持つ職員が、業務実績、正式ランク、そして追加保安措置を必要とする物流契約の条件が、それぞれどのように関係するのかをご説明いたします」
俺は日程表を受け取った。
「分かりました。出席します」
受付を離れると、ランはすぐに新しいメモを開いた。
俺はちらりと彼女を見る。
「もう質問リストを作ってるのか?」
「もちろんです」
「いくつある?」
「今のところ、十一項目です」
俺は彼女を見つめた。
「十一? まだ正式な提案書すら見てないんだぞ」
「だからこそ、です」
ヴェスペラが柔らかく笑った。
「私も、許可される航路と物流区域のアクセス制限について、いくつか質問があります」
セラフィエルも付け加える。
「私は、艦の輸送能力を審査する際に、内部構成のすべてを開示する必要があるのか、それとも業務に関係する情報だけでよいのかを確認したいです」
俺は頷いた。
「それは重要だな。何かを運べると証明するためだけに、アストレオン・ヴェロリアの能力を全部明かす必要はない」
「はい。正式な審査範囲に応じて必要な技術資料を準備し、無関係な情報へのアクセスは認めないようにします」
セラフィエルが答えた。
ランは俺を見た。
「それから私は、貨物の損傷、遅延、紛失、あるいは業務の中止が発生した場合、誰が責任を負うのかを確認したいです」
俺は微笑んだ。
「十一項目じゃ済まなくなりそうだな」
「おそらくは」
俺たちは、職員から案内された待合室へ向かって歩いた。
俺はもう一度、自分の傭兵プロフィールを開く。
Cランク――プロフェッショナル。
変わっていない。
そして、俺はそれをまったく気にしていなかった。
昇格したくなったら、そのときに正式な手続きを踏めばいい。
今の俺にとって、それより興味深いのは、なぜ独立港がCランクの艦長を、特別な保安審査を必要とする仕事の協議に招いたのかということだった。
俺はラン、ヴェスペラ、セラフィエルを見た。
「よし。まずは、向こうの説明を聞いてみよう」
ランが頷く。
「そして、実際に書面へ記載された条件に基づいて判断しましょう」
「そのとおりだ」
オルセリオン傭兵協会の会議室。
その扉の向こうでは、どうやら新しい仕事が俺たちを待っているらしい。
そして今回は、報酬がいくらなのかを話し合う前に、一つだけ確かめておきたいことがあった。
彼らは一体、アストレオン・ヴェロリアにどれほど大きな責任を負わせようとしているのだろうか。
【次回・第141話】
「実績とランクは別のもの」
オルセリオン傭兵協会の職員は、評判、契約遂行実績、そして正式ランクの違いについて説明する。紬の実績は着実に増えているものの、ライセンスは依然としてCランクのままだった。そして初期審査を経て、ギルド側はタラリス軍事物流泊地を発注元とする、戦略物流輸送の案件を提示する。




