【第134話】「休暇中の不審機」
【第134話】「休暇中の不審機」
ヴェルドラコン出航後・14日目 場所:ヴェイラス・ランタン・リゾート――オリセーヌ・サーフェス・パビリオン → 軌道サービスリング POV:星崎紬
「紬、いつまでもそうやって寝転がってると、朝ごはんがなくなっちゃうよ」
デッキチェアの隣から、レアの声が聞こえた。
俺は片目だけ開けた。
頭上に広がるヴェイラス・ランタン・リゾートのレクリエーション地区の人工空は、柔らかな青色に染まっている。朝の光がパビリオンのテラスを照らし、歩いて数分の距離にあるビーチからは、涼しい風が潮の香りを運んできていた。
俺は満足げに息を吐いた。
「レア、俺たちは休暇中なんだぞ。9時前に椅子から起き上がらなきゃいけないなんて規則はないだろ」
「でも、今日は特別な朝ごはんがあるんだよ!」
「その特別な朝食は、11時まで提供されてるはずだけど」
「だったら、2回食べられるね!」
俺は彼女へ顔を向けた。
狐耳の少女は、すでにノースリーブのシャツとショートパンツというラフな格好に着替えていた。
尻尾は元気いっぱいに揺れている。まるで彼女の胃袋には、誰にも邪魔させない独自の予定表でもあるかのようだ。
「……もう朝ごはん、食べたのか?」
「食べたよ!」
「じゃあ、なんで俺を誘ってるんだ?」
「だって、紬と一緒にもう一回食べたいんだもん!」
俺は目を閉じた。
「実に感動的な理由だな」
「でしょ!?」
テラスの入口から、小さな笑い声が聞こえた。
温かい飲み物の入ったカップを手に、セラフィエルがやってきた。
「おはようございます、紬」
「おはよう、セラフィエル」
彼女は俺の隣にある小さなテーブルへカップを置いた。
今日のセラフィエルは、柔らかな青のアクセントが入った白いカジュアルドレスを着ている。髪も下ろしたままで、アストレオン・ヴェロリアのシステム管理をしているときとは、また違った雰囲気だった。
「よく眠れましたか?」
「ぐっすりだよ。休暇をもう1日延ばそうかって、考え始めてるくらいにはな」
「でしたら、ランに追加宿泊の空き状況を確認してもらえますよ」
「まだいいよ。朝食前から予算報告を聞きたくないんだ」
「わかりました」
セラフィエルが微笑む。
すると、レアがすぐに手を上げた。
「もし1日延ばすなら、昨日まだ行けなかった訓練アリーナを試してみたい!」
「本当にじっとしていられないんだな、君は」
「できるよ! ごはんを食べてるときなら!」
それには反論のしようがなかった。
俺たちが到着した頃、パビリオンのダイニングはすでにそれなりに賑わっていた。
ヴェスペラは窓際で紅茶を飲みながら、オリセーヌの観光スポットに関する情報を読んでいる。
カリスタは朝食を楽しみつつ、レクリエーション施設のカタログを確認していた。
一方、ランは端末を通じてリゾートの係員と話しているところだった。
俺は彼女の隣に座った。
「おはよう、ラン。予約で何か問題でもあった?」
「いいえ。昨日予約した施設の利用時間を、念のため確認していただけです」
「そっか。よかった」
ランは端末を閉じた。
「それから、先に申し上げておきますが、費用はすべて承認済みの予算内に収まっています」
俺は笑った。
「まだ聞いてもいないんだけど」
「紬のことは、もう十分に理解していますから」
ヴェスペラが微笑みながら振り向いた。
「紬。昼食の後、展望庭園へ行ってみませんか? 大人数の団体ツアーに参加しなくても、そこから海岸地区の一部を見渡せるそうです」
「いいな。楽しそうだ」
レアがすぐに割り込んできた。
「その後は訓練アリーナね!」
カリスタがスプーンを下ろした。
「レア。昨日は午後のほとんどをウォータースポーツに費やしただろ?」
「だからだよ! 今日は違うことをしてみたいの!」
「身体を鍛えるのが、君にとっては違う活動なのかい?」
「もちろん!」
俺はパンを一切れ取った。
「じゃあ、午前中はそれぞれ好きなことをして、昼食の後にまた集まるっていうのはどうだ?」
ヴェスペラが頷いた。
「賛成です」
カリスタも満足そうに笑った。
「やっとだよ。訓練アリーナまで引っ張っていかれずに、スパを満喫したかったんだ」
レアが頬を膨らませた。
「引っ張ったりしないもん!」
「昨日、廊下で私の腕をずっと引っ張ってただろ」
「それはカリスタが歩くの遅すぎたから!」
ランが小さく笑った。
俺は朝食を楽しみながら、そんな彼女たちのやり取りを眺めていた。
そうだ。
休暇っていうのは、本来こういうものだろう。
護衛の予定もなければ、守らなければならない商船もない。船団の隊列を崩そうとする略奪者だっていない。
少なくとも、そのときの俺はそう思っていた。
朝食を終えた後、俺はセラフィエルと一緒にパビリオンの脇にある小さな庭園を散歩することにした。
歩道の周囲には観賞用の植物や装飾池が配置され、遠くからはリゾートの人工ビーチに打ち寄せる波の音が聞こえてくる。
セラフィエルは俺の腕に自分の腕を絡め、隣を歩いていた。
「紬。今回の休暇は楽しめていますか?」
「もちろん。こういう時間を、もっと頻繁に取れたらいいんだけどな」
「でしたら、長期的な航行計画に休息期間を組み込むこともできますよ」
俺は彼女を見た。
「まさか、年間休暇計画まで作るつもりじゃないだろうな?」
「悪い考えでしょうか?」
「いや、そうでもないけど。毎回正式な予定表に従って休暇を過ごすっていうのも、ちょっと変な感じがするな」
セラフィエルが小さく笑った。
「紬がお仕事を引き受け続けて、ご自身のことを忘れてしまわないようにしたいだけです」
「俺には、そういうときに注意してくれる君たちがいるだろ」
「はい。喜んでお声がけしますね」
俺は微笑んだ。
だが、それから少しして、セラフィエルが足を止めた。
笑顔は消えていないものの、何か他人には見えない情報を読んでいるかのように、その瞳がわずかに動いている。
俺はすぐに気づいた。
「セラフィエル?」
「リゾートの通信システムから通知が届きました」
「アストレオン・ヴェロリアについてか?」
「私たちの艦に問題が発生した兆候はありません。ヴェイラス・ランタン・リゾートの保安部門からの優先メッセージです」
俺は眉をひそめた。
「リゾートの保安部門?」
「紬が直接通信を受ける意思があるか、確認を求めています」
俺は周囲の静かな庭園を見渡した。
「……まだ休暇の2日目なんだけどな」
セラフィエルが薄く微笑んだ。
「存じています」
俺はため息をついた。
「わかった。通信をつないでくれ。まずは、何の用なのか聞いてみよう」
俺の個人端末に通信画面が表示された。
画面には、リゾートの保安制服を着た、短い茶髪の男性が映っている。
セラフィエルが以前見せてくれた職員情報に、その顔があった。
ノーラン・クレスト。
『おはようございます、星崎艦長。施設をご利用中のところ、ご連絡してしまい申し訳ありません』
「いえ、大丈夫ですよ。何かあったんですか?」
『ヴェイラス・ランタン・リゾート保安部門のノーラン・クレストです。現在、軌道サービス施設の1つで発生した不正アクセス事案に対応しています』
俺はセラフィエルをちらりと見た。
「それが、俺たちと何か関係あるんですか?」
ノーランは少しためらってから答えた。
『アストレオン・ヴェロリアが、優れた技術支援能力と保安対応能力を有しているとの情報を得ています。そこで、未確認機器の分析について、限定的なご協力をお願いできないかと考えまして』
「どんな機器です?」
『ドローンです』
俺は黙った。
「ドローン?」
『はい。保管施設付近の立入禁止区域に侵入したところを検知しました。所有者も運用目的も、まだ特定できていません』
セラフィエルが顔を上げた。
「そのドローンは、すでにリゾートのネットワークへ接触していますか?」
ノーランは少し顔を動かした。どうやら、セラフィエルも通信を聞いていることに、今気づいたらしい。
『サービス用アクセスポイントの1つに対して、スキャン活動を検知しています。何らかのデータを取得されたかどうかは、現在保安チームが確認中です』
俺は近くの庭園のベンチに腰を預けた。
「宿泊客への直接的な脅威は?」
『現時点で、そのような報告はありません。サービス区域への立ち入りは制限済みで、観光施設は通常どおり営業しています』
「それならよかった」
俺は少し考えた。
これは、俺たちの傭兵契約ではない。
リゾートの保安業務を引き継ぐ理由もない。
だが、来訪した船舶も利用する軌道施設のシステムへ、未確認のドローンがアクセスを試みているのなら、何も調べず放置するのも賢明とは言えない。
「ノーランさん。正式な協力要請なら、話を聞く用意はあります。ただし、業務範囲は明確にしておきたい」
『もちろんです、艦長』
「俺たちはリゾートの区域外まで追跡したり、保安業務全体を引き継いだりするつもりはありません。責任主体は、あくまでそちらのチームです」
『承知しました』
「事件の詳細と、俺たちに許可されるアクセス範囲、それから現場で指示を出す権限を持った担当者を教えてください」
ノーランはほっとした様子を見せた。
『ありがとうございます。限定協力に関する書類を準備し、正式な通信経路でお送りします』
「わかりました。内容を確認してから、次の対応を相談しましょう」
通信が終了した。
俺はセラフィエルを見た。
「どう思う?」
「要請自体は妥当だと思います。ただし、この事案を自動的にアストレオン・ヴェロリアへの攻撃と見なさないよう、注意するべきですね」
俺は頷いた。
「同感だ。今のところ、そんな証拠はないからな」
セラフィエルが微笑んだ。
「紬がすぐに全クルーへ戦闘準備を命じなくて、安心しました」
「休暇中だからな、俺は」
「もちろんです」
「それに、この件が片づいたら、ちゃんと休暇を続けるつもりだよ」
俺たちは状況をほかのクルーにも説明するため、パビリオンへ戻った。
訓練プログラムを選んでいたレアは、\*未確認ドローン\*という言葉を聞いた途端、ぴんと耳を立てた。
「敵がいるの!?」
「まだそうとは限らないよ」
「でも、そのドローン、立入禁止区域に入ったんでしょ?」
「ああ。ただ、持ち主も本当の目的も、まだわかってないんだ」
カリスタが腕を組んだ。
「施設のアクセス情報を取ろうとしてたなら、誰かが技術的な偵察をしている可能性はあるね」
ランが頷いた。
「ですが、アストレオン・ヴェロリアがこのリゾートに滞在しているというだけで、私たちの艦が標的だと結論づけるべきではありません」
「そのとおりだ」
ヴェスペラは、保安部門から届いた初期報告の画面を眺めていた。
「興味深い航跡ですね。このドローンは、通常は保守用機器が利用する経路からサービス区域へ侵入しています」
セラフィエルが投影画面を起動した。
「リゾート側から、関連するセンサーデータへの限定的なアクセス許可をいただきました。宿泊客の個人システムへ立ち入ったり、安全関連サービスに影響を与えたりせずに、分析を支援できます」
俺はクルー全員を見渡した。
「俺は休暇を中止するつもりはない。だから、必要な範囲で協力するだけだ。予定を全部変更して、軍事作戦にするようなことはしないぞ」
レアが手を上げた。
「じゃあ、保安チームがドローンを捕まえるの、私も手伝っていい?」
「向こうが必要としていて、正式に許可を出してくれるならな」
「了解!」
カリスタが笑った。
「休暇中に仕事が増えたっていうのに、ずいぶん嬉しそうだね」
「軽い訓練だと思えばいいんだよ!」
「君ならそう考えるだろうね」
俺はランへ顔を向けた。
「リゾートから届いた協力書類を確認してくれ。向こうの保安システム全体について、俺たちが責任を負うような条項がないか、特にな」
「すでに確認済みです。業務範囲は、分析支援、指定区域の安全確保、未確認機器への対処支援に限定されています。リゾートの保安業務全体を引き継ぐ義務はありません」
「よし」
セラフィエルがアストレオン・ヴェロリアの状態を表示した。
「艦の監視体制も正常に維持されていることを確認しました。現時点で、ドッキング施設から艦を移動させる理由はありません」
俺は頷いた。
「それじゃあ、この小さな問題を、リゾート全体が大騒ぎになる前に片づけようか」
リゾートの内部交通機関を利用した軌道サービスリングへの移動は、比較的短時間で済んだ。
現地へ向かったのは、俺、セラフィエル、ヴェスペラ、レアの4人。迎えに来た保安担当者も同行している。
ランは行政手続きや連絡業務を担当するためパビリオンに残り、カリスタは必要に応じて遠隔技術支援を提供できるよう待機することになった。
軌道施設へ到着すると、ノーランがミラ・ソルヴェンとともに待っていた。
『星崎艦長。お越しいただき、ありがとうございます』
「状況はどうなっていますか?」
ノーランはすぐに施設の地図を表示した。
『ドローンは、現在もサービス区域周辺に留まっています。不要不急のアクセス経路をいくつか閉鎖し、付近の保守作業員も退避させました』
ミラが補足する。
『ただし、このセクターの全システムを停止することは避けています。一部の安全装置や環境監視設備は、ほかの施設でも引き続き使用されているためです』
セラフィエルが頷いた。
「適切な判断です。明確に切り分けずにネットワーク全体を遮断すると、かえって別の問題を引き起こしかねません」
俺は地図を眺めた。
「近くに宿泊客はいますか?」
『サービス区域内に宿泊客はいません』とノーランが答える。『ただし、セクターの境界からそれほど離れていない場所に、一般利用者向けの交通通路が1つあります』
「なら、対応が終わるまでその通路は使わせないようにしてください。大規模な緊急事態として発表する必要はありませんが、利用客は別の経路へ誘導しましょう」
ノーランが頷いた。
『迂回路はすでに準備しています』
レアが画面へ近づいた。
「ドローンの最後の位置は?」
ミラが小さな点を指差した。
『ここです。この機体は何度か保管施設のアクセスターミナルへ近づき、保安センサーが作動すると後退する動きを繰り返しています』
ヴェスペラが航跡を注意深く見つめた。
「無作為な動きではありませんね」
俺は彼女へ顔を向けた。
「何かわかったか?」
「まだ確かな結論は出せません。ですが、航行記録を最初からすべて確認したいです」
ノーランがすぐにアクセス権を付与した。
『どうぞ』
俺たちは保安管制室を、今回の対応の調整拠点として使用することになった。
セラフィエルは、リゾート側から提供された端末を通じて作業を開始した。
彼女は、すべてのシステムを無造作に接続するようなことはしなかった。
その代わり、影響を受けた疑いのあるデータを分析するため、外部の機器へ広範なアクセス権を与えずに済む、独立した検査環境の構築許可を求めた。
「ノーランさん。不正な通信活動が確認された接続点を隔離します。ただし、宿泊客の安全システムと環境制御については、それぞれの運用ネットワーク上で維持します」
『施設を停止させずに、そのような対応が可能なのですか?』
「可能です。ただし、ご提供いただいた構成情報が実際の状態と一致していることが条件です。まずは、その点を検証させてください」
ミラが頷いた。
『最新のネットワーク構成図をご用意できます』
「ありがとうございます」
俺はセラフィエルの作業を見守った。
その動きは落ち着いている。
いくつものデータ画面が現れ、機能ごとに切り分けられていった。
ほどなくして、彼女が初期報告を告げた。
「紬。ドローンがスキャンに使用していた経路を、主要サービスから切り離すことに成功しました。現在、機体は調査対象のアクセスポイントから、通常の応答を得られなくなっています」
「宿泊客向けの安全システムは?」
「稼働を維持しています。現時点の監視では、主要サービスへの障害は確認されていません」
ノーランが安堵の息を吐いた。
『大変助かります』
俺は頷いた。
「よし。次は、アクセスを失ったドローンがどこへ移動するかだな」
ヴェスペラは航行データの投影画面の前に立っていた。
最初にドローンが検知された時点からの航跡記録を拡大する。
「こちらをご覧ください」
一本の線がサービス経路を通り、保管施設の近くで停止してから、別のアクセスポイントへ向かって曲がっていた。
「このドローンは、出口を探している機器のようには動いていません」
彼女は説明を続けた。
「事前に設定された複数の確認地点を、順番にたどっているように見えます」
ミラが眉をひそめた。
『つまり、あらかじめプログラムされた経路があると?』
「その可能性があります。ただし、すべての動作が自動なのか、外部から操作されているのかまでは、まだ断定できません」
俺は航跡を見つめた。
「次の位置を予測できそうか?」
ヴェスペラがゆっくり頷いた。
「現在確認できるパターンから考えると、可能性のある経路は2つです。1つは第二サービス室へ。もう1つは、保管施設につながる保守通路へ向かっています」
レアがすぐに近づいてきた。
「だったら、そこで待ち伏せできるね!」
俺は頷いた。
「できるな。ただし、機体の能力がわからないうちに、不用意に近づくなよ」
ノーランが通信回線を開いた。
『保安チーム、指定した2地点の警戒準備に入れ。指示があるまで接触するな』
レアが俺を見た。
「紬、私も現場チームに参加していい?」
「ああ。ただし、目的は後で調査できる状態のまま確保することだ。怪しい動きをしたからって、いきなり破壊するなよ」
「わかってるって!」
「それから、観光施設に不要な武装を持ち込むのも禁止だからな」
レアが頬を膨らませた。
「それもわかってるよ!」
セラフィエルが小さく微笑んだ。
「リゾート側の承認を受けた、非破壊式の確保装備を準備してあります」
レアがぱっと振り向いた。
「おおっ! いいね!」
俺はため息をついた。
どうやら、彼女の興奮を抑えるのは難しいらしい。
俺は一般利用者向けの交通通路に近い監視地点へ向かった。
ドローンを直接追いかけるためではない。
利用客が誤って危険な経路へ入り込まないよう、確認するためだ。
ノーランはすでに数名の保安担当者を配置し、サービス区域へ通じるアクセス経路を閉鎖していた。
リゾートの職員が、宿泊客の一団を迂回通路へ誘導している。
『ご不便をおかけして申し訳ございません。こちらの通路は現在、一時的な技術点検を実施しております。右側の通路をご利用ください』
俺はその職員へ近づいた。
「まだ通路内に利用客はいますか?」
『いいえ、艦長。最後のお客様も、すでに確認地点を通過されています』
「よかった。保安チームから確認が取れるまで、迂回誘導を続けてください」
職員が頷いた。
そのとき、セラフィエルから通信が入った。
『紬。ドローンが再び移動を始めました』
「どっちへ?」
『ヴェスペラが予測した、2つ目の地点へ向かっています』
「レアは配置についたか?」
『はい。保安チームも、不要な退出経路を閉鎖済みです』
俺は端末の画面を見た。
施設の地図上を、小さな点がゆっくりと移動している。
「わかった。宿泊客用の通路には絶対に入れるなよ」
『了解しました』
第二サービス室では、レアが2名の保安担当者とともに、防護構造物の陰にしゃがんでいた。
通信回線から彼女の声が聞こえる。
『紬、見えたよ』
「状況を教えてくれ」
『小型ドローン。平べったい形で、姿勢制御用のスラスターがいくつか付いてる。今は壁のアクセスパネルへ近づいてるところ』
同じ回線でノーランが応答した。
『現場チーム、機体が確保区域へ入るまで待機しろ』
俺はミラが共有してくれたカメラ映像を見つめた。
ドローンはゆっくりと移動している。
確かに、それほど大きな機体ではなかった。
だが、小さいからといって危険性が低いとは限らない。
偵察用ドローンなら、切断装置や侵入用の機器、あるいはデータを破壊するための機構を搭載している可能性もある。
レアが単なる訓練相手だと思って、余計な危険を冒すようなことは避けたかった。
「レア。保安チームの準備が整うまで近づくなよ」
『わかってるよ、紬。安心して!』
数秒後、ドローンが準備されたサービス室へ入った。
ノーランが指示を出す。
『セクター隔壁を作動させろ』
機体の背後で、保安扉が閉まった。
ドローンは即座に進行方向を変えた。
小型スラスターの光が強くなる。
『機体が脱出を試みています!』とミラが叫んだ。
セラフィエルがすぐに報告する。
『機体から外部への通信試行を検知しました。関連経路は隔離済みです。影響を受けたリゾート側のアクセスポイントを通じて、機体が応答を受信することはできません』
するとドローンは、部屋の側面にあるサービス用の隙間へ向かって急加速した。
レアが即座に反応する。
『私が捕まえる!』
「レア、壊すなよ!」
『わかってるって!』
彼女は遮蔽物の陰から飛び出し、保安チームから渡された拘束装置を起動すると、ドローンの進行方向へ向けた。
専用の捕獲ネットが展開される。
ドローンは方向を変えようとした。
だが、その動きはすでにレアの予測の範囲内だった。
機体はサービス用の隙間へ到達する前に、ネットへ絡め取られた。
ゴンッ!
ドローンが硬い音を立てて床へ落下した。
スラスターの1つはなおも点火しようとしていたが、拘束機構によってすぐに動きを制限された。
レアは機体から数歩離れた場所に立った。
『紬! 成功したよ!』
俺は安堵の息を吐いた。
「よくやった。まだ触るなよ。危険な機構がないか、技術チームに確認してもらおう」
『了解!』
ノーランがすぐに部下へ指示を出した。
『処理チーム、進入しろ。機体の安全が確認されるまで、隔壁は維持すること』
それからしばらくして、ドローンは無事に確保された。
機体は、引き続き調査を行うのに十分な状態を保っていた。
管制室へ戻ってきたレアは、実に満足そうな表情をしていた。
「どう!? ちゃんと壊さずに捕まえたでしょ!?」
俺は頷いた。
「ああ。いい仕事だったよ」
「えへへ!」
ヴェスペラが微笑んだ。
「予測した航跡も、実際の動きと一致しましたね」
「ヴェスペラのナビゲーションって、やっぱりすごいね!」
「ありがとうございます。でも、レアの動きも素晴らしかったですよ」
レアはますます嬉しそうになった。
そこへノーランが近づいてきた。
『星崎艦長。改めて、お礼を申し上げます。艦長とクルーの皆様のおかげで、リゾート全体の運営を妨げることなく、機体を確保できました』
俺は頷いた。
「そちらのチームも、よく対応してくれましたよ。俺たちは頼まれた部分を手伝っただけです」
『それでも、大変心強いご支援でした』
セラフィエルが暫定報告を表示した。
「ドローンは追加調査が可能な状態で確保されました。宿泊客向けの安全システムは稼働を維持しており、現時点で施設全体の避難が必要となる兆候もありません」
ミラが安堵の息を吐いた。
『よかった……』
俺はノーランを見た。
「今後はどうする予定ですか?」
『機体の技術調査を行い、正式な報告書を作成します』
「わかりました。協力範囲に従って、こちらで得られた分析データの写しは提供できます。ただ、その後は惑星の地表へ戻らせてもらいたいんですが」
ノーランが瞬きをした。
『これ以上の調査には、参加されないのですか?』
「俺たちの協力が本当に必要なら、また正式に要請してください。ただ、今はもう機体を確保できたわけですし」
俺は微笑んだ。
「それに、まだクルーとの休暇の予定が残ってるんですよ」
レアがすぐに手を上げた。
「そうだよ! 今日はまだ訓練アリーナに行ってないんだから!」
遠隔通信で話を聞いていたカリスタが、すかさず割り込んできた。
『レア。ドローンを捕まえたばかりなのに、まだ訓練するつもりなのかい?』
「それは別だよ!」
俺は小さく笑った。
「まあ、聞いてのとおりです、ノーランさん。俺には、ほかにも解決しなきゃいけない問題があるみたいで」
ノーランも、とうとう笑い出した。
『それでは、引き続きよい休暇をお過ごしください、艦長』
オリセーヌ・サーフェス・パビリオンへ戻ってきた頃には、もう夕方が近づいていた。
パビリオンのラウンジでは、ランがカリスタと一緒に待っていた。
俺たちが入ってくるのを見るなり、彼女は立ち上がった。
「結果はいかがでしたか?」
「ドローンは無事に確保できたよ。大きな損害も、宿泊客向け施設への障害もなかった」
ランが満足そうに頷いた。
「結構です。リゾート側からも、私たちの協力が正式に記録されたとの確認を受けています」
俺はソファに腰を下ろした。
「それならよかった。協力しただけなのに、突然施設の修理費を請求されるなんて御免だからな」
ランが微笑んだ。
「責任範囲については、合意した書類の内容どおりであることを確認済みです」
「ありがとう」
カリスタがレアを見た。
「それで、本当に壊さずに捕まえたのかい?」
「もちろん!」
「大したもんだね」
「えへへ!」
「でも、怪しい飛行物体を見つけるたびに、モビルフレームの使用許可を求める口実にするんじゃないよ」
レアがすぐに抗議した。
「今回はモビルフレームなんて頼んでないもん!」
「立派な進歩だね」
俺は笑った。
セラフィエルが隣に腰を下ろした。
「紬。アストレオン・ヴェロリアの全システムは引き続き正常です。今回の事案の最中、私たちの艦に障害が発生したことを示す報告もありません」
「よし。それなら、出航予定を変更する必要はないな」
ヴェスペラも頷いた。
「明日の観光予定も再確認しました。変更の必要はありません」
俺は背もたれに身体を預けた。
「やっとだ。これで本当に、休暇に戻れるな」
ランが柔らかく微笑んだ。
「でしたら、今夜はパビリオンのレストランで、皆さん一緒にお食事はいかがでしょう?」
レアの耳が、すぐにぴんと立った。
「レストラン!?」
俺は彼女を見た。
「ドローンを捕まえて戻ってきたばかりなのに、真っ先に反応するのは食べ物なのか?」
「当然だよ! いっぱい動いたから、お腹空いちゃった!」
カリスタが首を振った。
「まったく、何も変わらないね」
セラフィエルが小さく笑った。
俺はクルー全員を見渡した。
「わかった。みんなで食べに行こう」
レアがすぐに歓声を上げた。
しばらくの間、俺たちの周囲には本来の空気が戻ってきた。
のんびりとしていて。
温かくて。
そして、少しだけ騒がしい。
俺たちがレストランへ向かう準備をしていた頃。
ヴェイラス・ランタン・リゾートの軌道保安施設では、確保されたドローンの初期調査が進められていた。
ノーランはミラ、そしてエリアス・ドルンという保安技術者とともに、分析台の前に立っていた。
ドローンは専用の検査容器の中へ収容されている。
外装部品の一部には、まだ拘束装置が取り付けられたままだった。
エリアスが、復元されたデータを注意深く確認する。
『……妙ですね』
ノーランが振り向いた。
『何だ?』
『この機体がサービス施設のアクセス情報を取得しようとしていたのは確かです。ですが、探していた情報はそれだけではありません』
ミラが近づいた。
『詳しく説明してください』
エリアスは、機体のメモリに記録されていたデータ要求の一覧を拡大した。
画面に、いくつかの項目が表示される。
RECOVERED DATA REQUEST LOG
| カテゴリー | 状態 |
| ------------- | ----- |
| サービス施設のアクセス情報 | 検知 |
| ドッキング予定 | 検知 |
| 貨物マニフェスト | 検知 |
| 運用者の識別情報 | 追加調査中 |
| データの最終送信先 | 不明 |
ノーランが眉をひそめた。
『ドッキング予定と、貨物マニフェストだと?』
『はい。しかも、1隻分だけではありません』
ミラがその一覧を見つめた。
『つまり、この機体はアストレオン・ヴェロリアの情報だけを狙っていたわけではない、ということですか?』
エリアスが首を振った。
『初期データを見る限り、要求対象にはリゾート施設を利用している複数の船舶が含まれています。ただし、情報をどこまで取得できたのか、また、そのデータをどこへ送信するつもりだったのかは、まだ確認できていません』
ノーランは黙り込んだ。
当初は未確認ドローンによる小規模な侵入事件に見えていたものが、今や、より広範囲に影響を及ぼす可能性を帯び始めていた。
彼はすぐに通信端末を手に取った。
『保安責任者への初期報告を準備してくれ。来訪船舶のドッキング予定や貨物マニフェストに、誰が関心を持っているのか調べる必要がある』
ミラが頷いた。
『星崎艦長にも、もう一度ご連絡しますか?』
ノーランは、まだ検査容器の中に収められているドローンを見つめた。
『いや、まだだ。まずは、この発見を裏づける必要がある。証拠もないまま、誰かを疑うようなことはするな』
それから彼は、複数の船名が並ぶ画面へ視線を戻した。
その中には、アストレオン・ヴェロリアの名も含まれていた。
パビリオンのレストランでは、俺がちょうどグラスを持ち上げたところで、レアとカリスタがデザートについて議論を始めていた。
「だから、2種類注文すれば、みんなで両方試せるでしょ!」
「全部自分で味見したいから、そう言ってるだけだろ?」
「違うよ! ちゃんと分けるもん!」
「一番大きいところを自分で取った後で?」
「カリスタ!」
俺は笑いながら、2人のやり取りを眺めていた。
隣にはランが座っている。
ヴェスペラとセラフィエルは、リゾートの観測室から見られる夜景について話していた。
今だけは、ドローンのことも、保安報告のことも、次の仕事の可能性も考えたくなかった。
ただ、今では俺の人生の大切な一部になっている彼女たちと、夕食を楽しみたい。
そして、できることなら明日こそ、本当に怪しい機器を捕まえる必要のない、丸一日の休暇を過ごしたいものだ。
「紬」
セラフィエルが俺を呼んだ。
「ん?」
「私が選んだデザートも、召し上がってみませんか?」
俺は微笑んだ。
「もちろん」
レアがすぐに振り向いた。
「えっ!? じゃあ、私のも食べてみて!」
ランが小さく笑った。
「紬。どうやら、また皆さんの注目の的になってしまいましたね」
俺は、自分のほうへ次々と差し出される皿を眺めた。
「……俺はただ、静かに食事を楽しみたいだけなんだけどな」
カリスタがにやりと笑った。
「頑張りなよ、艦長」
【次回・第135話】
「休暇は予定どおりに終わらない」
オリセーヌでの休暇は続く。その一方、ヴェイラス・ランタン・リゾートの保安部門は、確保したドローンの真の目的を追い始めていた。




