【第132話】「オリセーヌへの休暇」
【第132話】「オリセーヌへの休暇」
ヴェルドラコン出航後・12日目 場所:ナマリス・エクスチェンジ・ステーション → オリセーヌ航路 → 惑星オリセーヌ軌道進入区域 目的地:ヴェイラス・ランタン・リゾート POV:星崎紬
「紬! みんなで行きたい場所のリスト、完成したよ!」
12日目の朝は、グランドサロンの入口から聞こえてきたレアの声で始まった。
俺がちょうどカップを持ち上げたところへ、狐耳の少女が食卓に向かって駆け寄ってくる。
尻尾があまりにも勢いよく左右に揺れているものだから、背後に置かれた花瓶が少し心配になった。
「おはよう、レア。それで、今度は何件になったんだ?」
「12件!」
「昨日は27件だったよな?」
「ちゃんと減らしたんだよ!」
「偉いな。じゃあ、あと10件減らせばちょうどいい」
「ええっ!?」
朝食を楽しんでいたカリスタが、たまらず笑い出した。
「だから言っただろ。3日間の予定にリゾートの施設を全部詰め込むなんて、無理なんだって」
「でも、どれも面白そうなんだもん!」
「だったら、ひと月くらい滞在すればいいじゃないか」
「いいの!?」
「私に聞くんじゃないよ!」
俺はカップを置いた。
「まだ出発すらしてないのに、もう休暇の日数について言い争ってるのか……」
窓際に座っていたヴェスペラが、微笑みながら振り向いた。
「私も訪れてみたい場所をいくつか選びました。もちろん、レアほど多くはありませんが」
「いくつ?」
「4か所です」
「おお。それくらいなら現実的だな」
「ただ、そのうち2か所は、景色をゆっくり楽しむのに相応の時間が必要です」
俺は黙った。
「……つまり、午後だけじゃ回りきれないってことか?」
「せっかくの休暇ですから、慌ただしく過ごしたくはありません、紬」
反論しにくい意見だった。
そこへセラフィエルが追加の朝食を運んできて、俺の前に端末を置いた。
「お食事が終わりましたら、旅行計画の草案をお見せするよう、ランから頼まれています。仮予約の内容は確認済みですが、お支払いには紬の承認が必要です」
「ランはどこにいるんだ?」
「事務室です。朝から宿泊プランや軌道施設、惑星地表への移動費用を比較しています」
俺は小さくため息をついた。
「休暇が始まる前から、ランが一番働いてるな」
セラフィエルが微笑んだ。
「本人は楽しんでいるように思いますよ」
「そうかもしれないな。でも、後でちょっと話しておきたいことがあるんだ」
「何についてでしょう?」
俺は、今ではアストレオン・ヴェロリアの正式なクルーとなった4人の女性たちを思い浮かべた。
ラン、ヴェスペラ、レア、そしてカリスタ。
本当なら、もっと早く気づいておくべきだったことが、ようやく頭に浮かんだのだ。
「……給料のことだよ」
セラフィエルが瞬きをした。
そして、その笑みが少しだけ柔らかくなった。
「ああ。なるほど、そういうことですね」
朝食後、俺はセラフィエルと一緒に事務室へ向かった。
ランは執務机の前に座り、リゾートの情報や施設利用料、出航予定を表示した複数の投影画面に囲まれていた。
俺たちが入ると、彼女が顔を上げた。
「おはようございます、紬。旅行計画の草案はご覧になりましたか?」
「まだ全部は見てないんだ。その前に、ちょっと話しておきたいことがある」
ランはすぐにいくつかの画面を閉じた。
「何か問題でも?」
「いや。ただ、結構大事なことに今さら気づいてさ」
俺は彼女の向かい側に座った。
「ラン。みんながアストレオン・ヴェロリアに加わってから、俺はずっと、君たちのことをクルーであり、家族でもあると思ってる。艦で暮らして、施設を使って、一緒に旅をしてるだろ?」
「はい」
「でも、みんな個人への給料の仕組みを、まだちゃんと決めてなかったことを思い出したんだ」
ランは少しの間、黙っていた。
俺は続けた。
「食事も部屋も医療サービスも、艦の設備も揃ってる。だけど、それと自由に使えるお金があるかどうかは別の話だ。ステーションで服を買いたくなったり、店を見て回ったり、別の惑星に着いたときに買い物をしたくなったりしても、そのたびに俺の財布を頼る必要なんてないはずだろ?」
ランは穏やかな表情で俺を見つめた。
「つまり、クルーの報酬制度についてお話ししたい、ということですね?」
「ああ。傭兵船や商船では、普通どんなふうに給料や利益を分配してるのか知りたいんだ」
彼女が小さく微笑んだ。
「ようやく、そのお話をしていただけて嬉しいです」
「もう考えてたのか?」
「もちろんです。ただ、艦の所有者である紬の承認を得ずに、私自身やほかのクルーへの支払いを勝手に決めるわけにはいきませんから」
「だったら、今から正式に話し合おう」
ランが端末を起動した。
「承知しました。参考までに、独立船舶のクルー向け利益分配制度の一部では、純収益の0.5~1パーセント程度を、クルー1名あたりの配分率の目安とする場合があります。ただし、これはすべての企業に共通する基準ではありません。固定給を採用するところもあれば、固定給と運用成果の分配を組み合わせるところもあります」
俺は頷いた。
「純収益っていうのは、仕事にかかった経費を差し引いた後の金額だよな?」
「そのとおりです。まずは計算の基準を明確にする必要があります。そうしなければ、『1パーセント』という言葉だけで誤解が生じかねません」
ランが簡単な例を表示した。
「たとえば、ある契約から総収入を得たとします。そこから、その契約を遂行するために必要だった直接経費を分けて計上します。合意された経費を差し引いた後の金額を、利益分配の算定基準として使用するわけです」
「つまり、経費を考えずに、入ってきた報酬全部から1パーセントを取るわけじゃないんだな?」
「純収益を基準とする制度を選ぶのであれば、そうです。ただし、艦長には、より高い給与を設定したり、ボーナスを支給したり、クルーの事情に合った別の制度を採用したりする権限があります」
俺は背もたれに身体を預けた。
「だったら、契約を成功させたときにしかお金をもらえない仕組みにはしたくないな」
ランが眉を上げた。
「と、おっしゃいますと?」
「俺たち、さっき休暇に行くって決めたばかりだろ? もしクルーの収入が契約の利益分配だけだったら、俺が仕事を休もうと決めるたびに、みんなの個人的な収入も止まってしまうのか?」
ランが微笑んだ。
「それが、完全歩合制の弱点の1つですね」
「じゃあ、2つに分けよう。定期的に支払う固定の基本給と、実際に完了した仕事の利益に応じた追加の分配金だ」
それまで話を聞いていたセラフィエルが口を開いた。
「それなら安定した収入を確保しながら、有償の作戦に参加した際の成果報酬も維持できますね」
俺は頷いた。
「そういうこと。みんなには、何かを買うたびに俺の許可を取らなきゃいけない、なんて思ってほしくないんだ」
ランはしばらく俺を見つめていた。
「紬。その決定によって、艦の固定支出が増えることはご理解されていますか?」
「もちろん。だからこそ、無理のない金額を決めるためにランの力を借りたいんだよ」
「ご自分では決めないのですか?」
「適当な数字を選ぶだけなら俺にもできるさ。でも、それを避けるために、プロの商人が必要なんだろ?」
ランが小さく笑った。
「私の褒め方が、ますます上手になってきましたね」
「本当のことを言ってるだけだよ」
ランはさっそく制度の草案を作り始めた。
俺は、彼女がいくつかの支出項目を分けていく様子を眺めていた。
「まず、紬の個人資金と、アストレオン・ヴェロリアの運用資金を明確に区別する必要があります」
「賛成」
「次に、艦がすでに提供しているクルーの基本生活費を、給与からこっそり差し引くようなことはしてはいけません。食事と宿泊をクルー向けの福利厚生として提供すると決めたのであれば、その方針は一貫させるべきです」
「もちろん。みんなから部屋代を取るつもりなんてないよ」
「3つ目に、利益分配には検証済みの数字のみを使用します。未払いの条件付きボーナス、サルベージの可能性、まだ支払われていない情報提供報酬などは含めません」
俺は小さく笑った。
「わかってるよ。まだ受け取ってないお金は計算に入れない、だろ?」
「結構です」
セラフィエルが、2人でまとめた草案を表示した。
ASTRAEON VELORIA — クルー報酬制度草案
| 項目 | 規定 |
| ------ | ----------------------------- |
| 基本給 | 定期的に支給。新規契約の獲得成否には左右されない |
| 利益分配 | 完了・検証済み契約の純収益から、所定の割合を分配 |
| 初期基準 | クルー1名あたり0.5~1%。紬の判断により引き上げ可能 |
| 特別ボーナス | 特別な貢献や追加の責任に対し、別途支給 |
| 艦内福利厚生 | 宿泊、食事、基本サービス、クルー用施設の利用を引き続き提供 |
| 個人支出 | 給与受給者本人の裁量に属する |
| 記録管理 | ランとセラフィエルが共同で担当 |
| 運用資金 | 紬およびクルーの個人口座とは分離して管理 |
俺はすべての項目に目を通した。
「利益分配の初期設定は、4人とも1パーセントにするのはどうだ?」
ランが俺を見た。
「1人につき、1パーセントですか?」
「ああ。指揮デッキで仕事をしてる姿がよく見えるかどうかだけで、人の価値を区別したくないんだ。ランは交易と財務を担当してる。ヴェスペラは航法、レアは戦闘運用、カリスタはエンジニアリング。どれも大切な仕事だろ?」
「基本給については、いかがいたしましょう?」
「実際の財務状況をもとに、ランに計算してほしい。少なすぎて意味がない金額にはしたくないけど、長期的な運用費を圧迫するような設定にもしたくないんだ」
ランはゆっくりと頷いた。
「では、利益分配率については1パーセントで決定。基本給の具体的な金額は、私が計算してから紬へ提案する、ということですね」
「そうだな。それと、今後誰かの責任が増えた場合には、給与を見直したり、役職手当を付けたりできるようにしよう」
セラフィエルが草案を更新した。
「各クルーが自分の支払記録を確認できる、個別の明細も用意することをお勧めします。そうすれば、紬の個人口座全体を閲覧することなく、自分の受取額を確認できます」
「いいな。みんなの個人的な権利は、ちゃんと尊重したい」
ランが微笑んだ。
「それでは、セラフィエルと協力して最終的な予算案を作成します」
俺は彼女を見た。
「俺の個人資金についても頼むよ」
「もちろんです。ただし、資金の使途を最終的に決定するのは紬です。私たちは管理、記録、提案を行うだけですから」
「それが俺の望んでる形だよ」
セラフィエルが少し身を寄せた。
「検証済みの残高、支払義務、個人資金と運用資金の違いについても、定期的に報告できますよ」
「ありがとう、セラフィエル」
俺は再びランへ視線を戻した。
「それと、もう1つ。ラン自身も、給料を受け取る4人の中に入ってるからな。計算を担当してるからって、自分だけ例外にしないでくれよ?」
ランは黙った。
「……承知しました」
「よし」
彼女は少しだけ顔を伏せ、微笑んだ。
「ありがとうございます、紬」
その声は、いつもより少し柔らかく聞こえた。
俺は頬を掻いた。
「むしろ、最初から当たり前に考えておくべきことに、今さら気づいた俺のほうが遅かった気がするけどな」
「そのことを、いつまでも気にする必要はありません。大切なのは、今こうして、よりよい制度を作ろうとしていることですから」
セラフィエルも頷いた。
「そして、書類を作って終わりにならないよう、私も実施までしっかりお手伝いしますね」
話し合いを終えた後、俺たちはヴェスペラ、レア、カリスタをグランドサロンへ呼んだ。
今回の決定については、俺の口から直接説明することにしたのだ。
レアは冷たい飲み物を持って席につき、ヴェスペラはその隣に座った。カリスタは、なぜ突然集められたのか気になっているようだった。
「オリセーヌへの旅行で、何か問題でもあったのかい?」とカリスタが尋ねる。
「いや。予約は予定どおり進んでるよ」
「じゃあ、どうして集めたんだい?」
俺は3人を順番に見た。
「さっき、ランとクルーの給与制度について話してたんだ」
レアが瞬きをする。
「お給料?」
「ああ。みんなはアストレオン・ヴェロリアで働いてくれてるけど、これまで個人への支払い制度を明確に決めてなかったからな」
ヴェスペラが少し首を傾げた。
「私は艦内での生活に、不自由を感じたことはありませんよ、紬」
「わかってる。でも、艦の設備を使えることと、自分のお金を持ってることは別だろ?」
俺は続けた。
「新しい惑星に行ったとき、何か欲しいものを見つけたなら、自分のお金で買えるようにしておきたいんだ。レアもカリスタも同じだよ。買い物のたびに、俺にお金をもらわなきゃいけないなんて思ってほしくないからな」
レアがすぐに手を上げた。
「じゃあ、お給料で好きな食べ物を買ってもいいの?」
「もちろん」
「訓練用の道具も?」
「個人用のもので、艦の安全規則に違反しないならな」
「おおおっ!」
カリスタが彼女を見た。
「初日から給料を全部使い切るんじゃないよ」
「まだ何ももらってないよ!」
ヴェスペラが微笑んだ。
「よい決定だと思います。ですが、分配はどのようにするのでしょうか?」
ランが説明を引き継いだ。
「紬は、定期的な基本給と、検証済みの契約純収益から私たちそれぞれに1パーセントを分配する草案を承認してくださいました。基本給の具体的な金額については、セラフィエルと私で計算したうえで、最終承認をいただく予定です」
カリスタが頷いた。
「つまり、契約を受けていない間も基本給はもらえるんだね?」
「そうだよ」と俺は答えた。「俺が休暇を取ろうと決めたせいで、みんなの個人的な収入がなくなるようにはしたくないんだ」
「それで、大きな契約を取れたときには、利益分配が別に計算されるわけか」
「ああ。ただし、仕事にかかった経費を差し引いた後の金額からだ。総報酬から適当に割合だけ取るわけじゃないぞ」
ランが微笑んだ。
「紬は、その部分を十分に理解してくださったようですね」
俺は振り向いた。
「なんだか、生徒を評価する先生みたいな言い方だな?」
「純粋に評価しているだけですよ」
セラフィエルが小さく笑った。
そこでヴェスペラが尋ねた。
「この制度は、ランにも適用されるのですよね?」
「もちろん。自分だけ受給者の一覧から外したりしないように、もう念を押しておいたよ」
ヴェスペラがランを見た。
「よかったです。そうでなければ、私からも抗議するところでした」
カリスタも頷く。
「私もだね」
レアが再び勢いよく手を上げた。
「私も!」
ランは3人を見渡した後、小さくため息をついた。
「わかりました。私の負けです」
俺は微笑んだ。
「よし。これで全員一致だな」
それから間もなく、話題は再び旅行へと戻った。
セラフィエルがヴェイラス・ランタン・リゾートの映像を表示する。
惑星オリセーヌの上空に、豪華な軌道複合施設が浮かび上がった。
そこから専用の交通網が伸び、訪問客を惑星地表のさまざまな観光区域へと結んでいる。
俺はその主要構造を眺めた。
「つまり、このリゾートは惑星にあるホテルだけじゃないんだな?」
「はい、紬。ヴェイラス・ランタン・リゾートは、軌道施設と、オリセーヌ地表に設けられた複数のレクリエーション区域によって運営されています。訪問客は選択したプランに応じて、連絡サービスを利用できます」
ランが予約内容の詳細を拡大した。
「いくつかの宿泊カテゴリーを比較しましたが、私たちには、混雑した共用施設を過度に利用することなく、クルー全員のためのプライベートな空間を確保できるプランが最も適していると思います」
「アストレオン・ヴェロリアのドッキング費用は?」
「宿泊費とは別計算です。すでに艦の実際の寸法をもとに、見積もりを依頼しています」
俺は頷いた。
「よかった。到着してから初めて艦の大きさに気づかれる、なんてことにはしたくないからな」
セラフィエルが微笑んだ。
「必要なデータはすべて送信済みです。リゾートの軌道施設側で、適切な受入区画を準備しています」
ヴェスペラが惑星地図を見るために近づいてきた。
「紬、とても景色のよい場所をいくつか見つけました。人工の沿岸区域や観測公園、それから惑星の美しい一帯を見渡せるレクリエーションエリアもあります」
「全部回りたいのか?」
「一度に回る必要はありません。ゆっくり楽しめる場所を選びたいと思っています」
「いいな。それこそ俺が求めてる休暇だよ」
レアがすぐに割り込んできた。
「私も訓練アリーナを選んだよ!」
カリスタが彼女を見る。
「だろうね」
「スポーツ施設に、フィジカルトレーニングに、みんなで参加できるレクリエーションもあるんだよ!」
俺は彼女が見せてくれた画像を見た。
「みんなで参加できる?」
「うん! だから紬も一緒にできるよ!」
「待て。なんで急に俺まで予定に組み込まれてるんだ?」
レアが満面の笑みを浮かべた。
「だって、みんなで一緒に休暇を過ごすんでしょ!」
それを言われると、反論できない。
ただ、この狐耳の少女の表情を見る限り、彼女の言う『のんびりしたレクリエーション』は、俺の考えているものとは少々定義が違う気がした。
いくつかの候補を比較した末に、俺たちはようやく宿泊プランを決定した。
ランは俺の承認を求める前に、最終的な概要を表示した。
「紬。今回の費用はすべて、傭兵契約の運用経費ではなく、休暇のための個人支出として記帳します」
「いいな」
「アストレオン・ヴェロリアのドッキング費用と技術サービス料については、該当する艦の運用費目へ記録します。また、紬が負担する共用サービス以外で、各クルーが個人的に購入したものについては、自動的に紬の口座へ請求されることはありません」
「それでいいと思う」
「それから、日程変更や突発的な必要経費が、主予算に影響しないよう、予備費も分けてあります」
俺は微笑んだ。
「本当に、何から何まで考えてくれてるんだな」
ランは満足そうな表情を返した。
「初めての休暇を、事務処理の混乱で台無しにしたくありませんから」
俺は端末で承認を行った。
しばらくすると、セラフィエルが取引の完了を確認した。
「予約が受理されました、紬。到着案内と連絡サービスの情報は、クルー全員の個人端末へ送信されます」
レアがすぐに歓声を上げた。
「やったー! 本当に行くんだね!」
ヴェスペラが柔らかく微笑んだ。
「楽しみですね」
カリスタは背もたれに身体を預けた。
「休暇中に何かの修理を頼まれないなら、私も嬉しいよ」
俺はセラフィエルを見た。
「リゾートにいる間、艦の監視はどうする?」
「アストレオン・ヴェロリアの運用システムとの接続は維持します。保安監視、自動整備、ドッキング状況については、紬をお一人にすることなく確認できますよ」
「休暇を楽しめなくなるほど、ずっと働いてなくてもいいんだからな?」
セラフィエルが微笑んだ。
「定常業務は自動処理できるよう、各プロセスの分担を調整します。私も紬と一緒に過ごしたいですから」
俺は頷いた。
「よし。セラフィエルも、この休暇の参加者なんだからな」
昼前には、すべての出航準備が整った。
アストレオン・ヴェロリアはナマリス・エクスチェンジ・ステーションからの出航許可を取得し、オリセーヌへ向かう航行回廊へ入る準備を進めていた。
俺は再び艦長席に腰を下ろした。
ヴェスペラは航路を準備し、セラフィエルはドッキング施設からの最終報告を確認している。
「出航前の確認はすべて完了しました、紬。ナマリスへの滞在を継続しなければならない事務上の義務もありません」
「C-128-ESのボーナスと、略奪船の報告はどうなってる?」
ランが端末越しに答えた。
「どちらも独立した手続きとして継続中です。ステーションで待機しなくても、正式な通信経路を通じて更新情報を受け取れます。まだ承認されていない追加報酬のために、旅行を延期する必要はありません」
「よし」
ヴェスペラが出航経路を表示した。
「ナマリスの交通管制区域を離脱した後、オリセーヌの軌道進入区域へ向かいます。途中の寄港予定はありません」
「頼む」
セラフィエルが外部通信を開いた。
『ナマリス・エクスチェンジ・ステーション交通管制、こちらアストレオン・ヴェロリア。オリセーヌへ向けたドッキング解除、および出航許可を要請します』
識別情報と航行計画の照合が終わると、許可が下りた。
アストレオン・ヴェロリアは、ゆっくりとドッキング施設から離れていく。
メインスクリーンの中で、ナマリス・エクスチェンジ・ステーションの構造物が次第に遠ざかり始めた。
俺はコンテナターミナルや交易航路、そして今も周辺を行き交う船の列を眺めた。
「ここにいる間も、結構忙しかったな」
ランが頷いた。
「市場調査、契約交渉、船団護衛、報酬の精算。そして、今回の休暇計画ですね」
「エドリックさんたちとの夕食も忘れちゃ駄目だよ!」とレアが付け加えた。
「もちろん。それが一番印象に残ってるんだろ?」
「それだけじゃないよ! 昨日の戦闘だって覚えてるもん!」
カリスタが振り向いた。
「その後のMCV-01の点検もかい?」
「……それも覚えてる」
俺は小さく笑った。
アストレオン・ヴェロリアがついにナマリスの管制区域を離れたとき、俺は十分な満足感を覚えていた。
仕事も、経験も、新しい人間関係も得ることができた。
けれど今回は、すぐに遂行しなければならない次の契約が待っているわけじゃない。
目的地は、ただのリゾートだ。
そして正直なところ、それはとても魅力的に思えた。
オリセーヌへ向かう航行中、俺は再び事務室を訪れた。
ランとセラフィエルは、クルーへの支払制度の草案を仕上げているところだった。
俺は入口の近くに立った。
「進み具合はどうだ?」
ランが顔を上げた。
「基本構造は完成しました。現在は、利用可能な資金と長期的な運用経費をもとに、定期的な支払能力を確認しているところです」
「急がなくていいからな。最初の1か月だけ立派に見える制度じゃなくて、長く続けられる仕組みにしたいんだ」
「私も同意見です」
セラフィエルが、準備中の口座分離の仕組みを表示した。
「クルーへの支払いが、紬の個人的な取引と混在しないための仕組みも構成済みです。受給者ごとに個別の記録を持たせます」
俺は頷いた。
「いいな。自分のお金を、自分の意思で使えるようにしてあげたいんだ」
ランが小さく微笑んだ。
「この件については、本当に真剣なのですね」
「もちろんだよ」
俺は投影された財務情報を見つめた。
「みんなには、アストレオン・ヴェロリアにただ居候してるだけだなんて思ってほしくないんだ。ここで働いてくれてるし、もう俺の人生の一部にもなってるんだから」
ランは少しの間、黙った。
「紬……」
「ん?」
「そんなことを平然とした顔で言い続けられると、私もプロとしての態度を保つのが難しくなってしまいそうです」
俺は瞬きをした。
「え?」
セラフィエルの笑みが、さらに深くなった。
「ランの気持ちは、私にもよくわかります」
俺は2人を交互に見た。
「俺はクルーの給料の話をしてるだけなんだけど……」
ランはゆっくりと端末を閉じた。
「ええ。もちろん、そうですね」
なぜだろう。
その返事には、少しからかうような響きがあった。
12日目の夕方が近づいた頃、ついにメインスクリーンにオリセーヌが姿を現した。
美しい惑星だった。
その表面は青緑色を基調としており、周囲に設けられた軌道施設の構造物が、恒星の光を受けてきらきらと輝いている。
惑星を取り囲むさまざまな施設の中でも、ひときわ豪華な設計の大型複合施設が、今回の目的地だった。
ヴェイラス・ランタン・リゾート。
レアがすぐにスクリーンへ近づいた。
「わあ……! あれがそうなの!?」
セラフィエルが頷いた。
「はい。正面に見えているのが、リゾートの主要軌道施設です。惑星地表の観光区域へ向かうサービスは、専用ターミナルを通じて接続されています」
ヴェスペラが惑星の映像を拡大した。
「カタログの写真よりも、ずっと綺麗ですね」
カリスタが眉を上げた。
「少なくとも、宣伝用に盛りすぎた画像ってわけじゃなさそうだね」
ランが微笑んだ。
「ドッキング後に確認する事項はまだいくつかありますが、今のところ予約は予定どおり進んでいます」
俺はリゾートの複合施設を眺めた。
ナマリスの交易ターミナルとは違い、ここはコンテナや物流車両が施設の中心になっているわけではない。
建物そのものが、訪問客を迎えるために設計されていた。
光に縁取られた連絡通路が構造物の各所を巡り、広々とした展望区域からは、惑星を直接見渡せるようになっている。
「セラフィエル、リゾートの進入管制に連絡してくれ」
「承知しました、紬」
通信回線が開いた。
『ヴェイラス・ランタン軌道管制、こちらアストレオン・ヴェロリア。予約時刻どおりに到着しました。指定されたドッキング施設への進入指示を要請します』
しばらくして、返答が届いた。
『アストレオン・ヴェロリア、オリセーヌへようこそ。ご予約情報を確認いたしました。送信する進入回廊に従ってください。貴艦用のドッキング施設は、すでに準備を整えております』
俺は小さく微笑んだ。
「ようやく到着だな」
レアが両手を握りしめた。
「休暇だーっ!」
ヴェスペラが小さく笑った。
「早く展望施設から惑星の景色を眺めてみたいです」
カリスタも頷いた。
「私は温かいお風呂に入って、しばらく機関の部品のことを忘れたいね」
ランは端末を確認した。
「私は、観光を始める前に、チェックインが滞りなく完了することを確認したいと思います」
俺は彼女を見た。
「ラン、もうリゾートに着いたんだぞ。少しくらいのんびりしていいんだからな?」
彼女が微笑んだ。
「事務手続きが終わりましたら」
「……わかったよ」
セラフィエルが俺の艦長席の横へ近づいてきた。
「紬。リゾート側から、クルーの皆さんが興味を持ちそうな追加情報が届いています」
「何だ?」
彼女が特別カタログを開いた。
スクリーンには、少人数のグループで予約できるプライベート・レクリエーション施設が表示された。
開放的な景色を楽しめる温水プール、専用のリラクゼーションルーム、そして宇宙を直接見渡せる星空観測ラウンジまである。
俺はその画像を眺めた。
「おお。これは結構よさそうだな」
レアがすぐに振り向いた。
「温水プール!?」
ヴェスペラが近づいてきた。
「星空観測ラウンジも、とても魅力的ですね」
カリスタもカタログを眺めた。
「本当に貸切なら、ほかの客と混み合うこともなさそうだね」
ランが予約条件を読み始めた。
「空き状況と追加料金は、まだ確認する必要がありますね」
俺は小さく笑った。
「だろうな。ランなら絶対にそう言うと思ったよ」
続いてセラフィエルが、主な2つの選択肢を表示した。
VEYRATH'S LANTERN RESORT — PRIVATE RECREATION OPTIONS
| 施設 | 内容 |
| -------------------------- | --------------------------- |
| Private Warm Pool | グループ専用のリラクゼーションエリアを備えた温水プール |
| Stellar Observation Lounge | 恒星や惑星の眺望を楽しめるプライベート観測ラウンジ |
| 予約 | リゾート側の空き状況および利用日程による |
俺はクルー全員を見渡した。
「どうだ? チェックインが終わったら、どっちか選んでみるか?」
レアが即答した。
「温水プール!」
ヴェスペラが微笑んだ。
「私は星空観測ラウンジを希望します」
カリスタは肩をすくめた。
「私はどっちでも構わないよ」
ランが俺を見た。
「予算が許すのであれば、時間を分けて両方予約することもできますね」
俺は頷いた。
「おっ、それはいいな」
セラフィエルが柔らかく微笑んだ。
「それでは、利用可能な時間帯を調べておきますね」
メインスクリーンでは、ヴェイラス・ランタン・リゾートがますます近づいていた。
俺は艦長席に身体を預け、視界いっぱいに広がりつつある豪華な施設を眺めた。
何日も傭兵契約をこなし、報告書を処理し、交易航路では略奪船と交戦までした。
そんな日々を経て、ようやく俺たちは、次の敵のことを考えずに旅を楽しむ機会を手に入れたのだ。
少なくとも、俺はそう願っている。
「よし、みんな。ドッキングが終わったら、チェックインを済ませて休暇を始めよう」
レアが両手を上げた。
「了解、紬!」
俺は微笑んだ。
これからの数日間は、想像していた以上に賑やかになるかもしれない。
けれど、みんなで一緒に楽しめるのなら、それも悪くない。
【次回・第133話】
「水着と視線」
水着と視線――アストレオン・ヴェロリアのクルーたちは、オリセーヌ地表にあるヴェイラス・ランタン・リゾートの観光施設を楽しみ始める。レアは紬をウォータースポーツに誘い、一方のラン、ヴェスペラ、カリスタ、セラフィエルも、それぞれのやり方で紬と過ごす時間を楽しもうとする。




