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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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【第129話】「三隻の商船」

【第129話】「三隻の商船」



ヴェルドラコン出航後・9日目 場所:ナマリス・エクスチェンジ・ステーション――商業協会事務所 POV:星崎紬


「紬、昨夜お送りした書類には、もう目を通されましたか?」


今朝、グランドサロンへ入った俺が最初に耳にしたのは、そんな質問だった。


俺は食卓の近くで足を止めた。


ランはすでに個人端末を手に、席についていた。目の前には温かい飲み物と、俺が起きるよりも前から確認していたらしい書類がいくつか並んでいる。


「ラン、おはよう。まずは朝の挨拶くらいさせてくれよ」


「おはようございます。それで、書類は?」


「読んだよ」


「最後のページまで?」


「もちろん」


「では、今回護衛する船は何隻ですか?」


「3隻」


「目的地は?」


「イリリオン~ナマリス交易航路上にある指定の引渡地点」


「総報酬額は?」


「360,000 GC」


ランはしばらく俺を見つめた後、満足そうに微笑んだ。


「結構です。支払金額の部分しか読んでいないのではないかと、少し心配していました」


俺は椅子を引いた。


「俺を何だと思ってるんだ?」


「募集要項の上部に記載された条項をすべて読むよりも、一番下の金額を見ることに興味を示しがちな艦長でしょうか」


「なんだか、傭兵協会での評判より、自分の艦の中での評判のほうがずっと悪い気がしてきた……」


ちょうど朝食を運んできたセラフィエルが、俺の前に皿を置いた。


「私は、どちらも十分よいと思いますよ、紬。ただ、艦内の皆さんには、紬の普段の癖を知る機会が多いというだけです」


「それ、俺を擁護してないよな?」


「ランの言葉を否定するつもりはありませんでしたから」


俺は彼女の笑顔を見つめた。


……わかったよ。


どうやら今日は、2人の交渉人を同時に相手にしなければならないらしい。


向かい側に座っていたレアが顔を上げた。


「じゃあ、今度は商船を護衛するんだね? ってことは、海賊が出るかもしれないの?」


「航路には略奪の危険があるけど、必ず戦闘になるって意味じゃないぞ」と俺は答えた。「一発も撃たずに旅を終えられるなら、むしろそのほうがいい」


「わかってるよ。でも、モビルフレームの準備はしておかないといけないよね?」


「もちろん。セラフィエルと一緒に、警備態勢の準備を担当してくれ」


そこへカリスタがすかさず口を挟んだ。


「それと、機体の点検は私がやるからね。ナマリスのカタログで新しい装備を見つけたからって、試したさに兵装構成を勝手に変えるんじゃないよ」


レアがびくっとした。


「まだ何もしてないよ!」


「する前に釘を刺してるんだよ」


「みんな、だんだんランみたいなことを言うようになってきた!」


俺は深く頷いた。


「ほら、ようやく俺の気持ちをわかってくれる人が現れた」


「紬」とラン。


「はい?」


「温かいうちに召し上がってください。今朝は商業協会で面談の約束がありますので」


俺は目の前の朝食を見た。


「……了解しました」


ナマリス・エクスチェンジ・ステーションは、昨日の夕方に商業地区を訪れたときよりも、朝のほうがずっと賑わっていた。


商業協会へ向かう連絡通路からは、書類コンテナを押して移動する物流担当者の列や、出航予定を確認する船員、通信端末で話し込む商社の代表者たちの姿が見えた。


そんな人混みの中を、ランは落ち着いた足取りで歩いている。


今日の彼女は、普段よりも少しフォーマルな服装だった。


俺は横からその姿を眺めた。


「なんだか楽しそうだな」


「もちろんです。今回は定期船団を運航する企業と、商業契約について話し合うのですから。先方がどのように募集条件を組み立て、リスクを管理し、護衛事業者の責任範囲を定めているのか、ぜひ確認しておきたいと思っています」


「俺としては、丸一日会議室で過ごすことにならなければいいんだけど」


「先方が明確な書類を用意しているのであれば、そこまで長引く必要はありませんよ」


セラフィエルは俺の反対側を歩いていた。


「先方から実績確認を求められた場合に備えて、C-121-SVとC-124-RSの契約完了記録を用意してあります。関係のない技術情報については、引き続き開示しません」


「よし。ヴェスペラは?」


「募集要項に記載された航路の航法データを確認しています。カリスタとレアは、契約が成立した場合に備えて、アストレオン・ヴェロリアで準備を進めています」


俺は頷いた。


合理的な役割分担だ。


ランが支払条項について話すのを俺が座って聞いているだけなのに、その様子を見せるためにクルー全員を事務所へ連れてくる必要はない。


俺たちは商業協会の正面入口を通った。


受付担当者が出迎えてくれる。


『おはようございます。ご予約はございますか?』


ランが端末に表示された予約確認を見せた。


「ナマリス・コンソリデーテッド・トレーダーズからの護衛案件について、相談に参りました。登録事業者はCランク傭兵、星崎紬です」


受付担当者が俺たちの情報を確認する。


『本人確認が完了しました。企業のご担当者様は第7相談室でお待ちです。端末に表示された案内に従ってお進みください』


「ありがとうございます」


歩き始めたところで、俺はランへ顔を向けた。


「交渉はランが主導してくれるんだよな?」


「商業面については私が担当します。ただし、最終的な判断は紬にお任せします」


「もちろん。商売のプロより自分のほうが詳しいふりをする必要はないって、確認したかっただけだよ」


ランが小さく微笑んだ。


「ご自身が何を引き受けられて、何を引き受けられないのか。それを理解していただければ十分です。そのほうが、ずっと大切ですから」


第7相談室は、事業者同士の商談に使用される区画にあった。


室内では、ナマリス・コンソリデーテッド・トレーダーズの代表者が2人、すでに待っていた。


1人は船団運航マネージャー、もう1人は契約書類と配送事務の責任者だと自己紹介した。


『星崎艦長、本日はお越しいただきありがとうございます。イリリオン独立星系で、先日2件の契約を完了されたと伺っております』


俺は差し出された手を握った。


「ええ。調査機材の輸送と、追加の捜索業務です。どちらも正式に終了しています」


『軽武装船による妨害を受けた際にも、民間人の安全を守ることに成功されたとの記録を拝見しました』


「それも俺たちの仕事の一部です。ただ、護衛をお探しなのであれば、こちらの戦闘経験についてお話しする前に、まずは船団側の要望を理解したいと思っています」


代表者が頷いた。


『もっともなご意見です。どうぞ、お掛けください』


俺たちは席についた。


ランが端末を開く。


「始める前に確認させてください。本日協議する募集はC-128-ESであり、別の契約の変更ではない、という認識でよろしいでしょうか?」


『はい。当社の船団護衛のために、個別に発行した契約です』


テーブルの中央に投影映像が現れた。


イリリオン~ナマリス交易航路の地図とともに、3隻の商船のシルエットが表示される。


『ナマリス・コンソリデーテッド・トレーダーズは、当ステーションから指定の引渡地点へ向けて、3隻の商船を派遣する予定です。その航行中、船団の安全を確保する傭兵事業者を必要としています』


俺は図を確認した。


「3隻とも一緒に出航するんですか?」


『はい。全船が1つの船団として出発する予定です』


「各船の機動性能に違いは?」


『3隻の運用特性は、完全に同一というわけではありません。航行速度は、合意した編隊計画に従うことになります』


俺はセラフィエルへ顔を向けた。


彼女はすぐに俺の意図を理解した。


「護衛位置を決定する前に、各船の機動データと運用限界を受領する必要があります。最も遅い船に、その能力を超える速度を強いるわけにはいきません」


『技術情報の交換に関する同意書が締結され次第、事業者へ提供いたします』


「わかりました」


ランが表示を契約書のページへ切り替えた。


「それでは、業務範囲と報酬について確認していきましょう」


傭兵協会――契約募集要項


| 項目 | 詳細 |

| ------- | --------------------------- |

| 契約コード | C-128-ES |

| 依頼主 | ナマリス・コンソリデーテッド・トレーダーズ |

| 募集対象事業者 | 星崎紬/アストレオン・ヴェロリア |

| リスク分類 | 中程度 |

| 任務 | 商船3隻の護衛 |

| 航路 | ナマリス → イリリオン~ナマリス交易航路上の引渡地点 |

| 総報酬額 | 360,000 GC |

| ボーナス | 全船が予定どおり到着した場合、完了条項に基づき支給 |

| 状態 | 交渉中 |


俺は表に目を通してから、条件の項目を開いた。


「3隻で1つの船団を組んで、最終目的地は指定された引渡地点。全船がそこで受領されたら、護衛義務は終了するという理解でいいですか?」


『原則として、そのとおりです。完了には、契約条件に従った航行報告書の提出と、到着確認が必要となります』


「積荷については?」


『各商船が、それぞれの積荷目録と貨物管理について責任を負います』


「よかった。護衛を担当したからって、いきなり全コンテナを検査することになったら困りますからね」


ランが頷き、書類の別の部分を拡大した。


「ただし、もう少し詳しく協議する必要がある条項を1つ見つけました」


彼女はある段落を強調表示した。


『護衛事業者は、護衛業務の履行期間中に発生した損失について、任務規定に従い責任を負うものとする。』


俺は眉をひそめた。


一見すると、単純な文章だ。


いや、むしろ単純すぎる。


「損失って、具体的にはどんなものですか?」


契約事務の担当者が答えた。


『その条項は、任務遂行に不備があった場合に、依頼主の利益を保護するための標準規定です』


ランは礼儀正しく微笑んだ。


「目的は理解できます。しかし、この文言では責任範囲が広すぎます。仮に商船の1隻が整備不良によって機関故障を起こした場合、護衛事業者が責任を負うことになるのでしょうか?」


『もちろん、まずは原因を調査する必要があります』


「では、航行中に商品の市場価格が下落した場合は? あるいは、出航前に行われた商業判断が原因で、企業が買い手を失った場合はいかがでしょう?」


担当者は少し黙った。


「そうした損失も、この条項に含まれるのでしょうか?」とランは続けた。


『いえ、私どもはそのような意図で記載したわけではありません』


「でしたら、その意図を明確に文章へ反映する必要があります」


俺はランを見た。


彼女の口調は相変わらず落ち着いている。


けれど、この部分を曖昧なまま通すつもりがまったくないことは、十分に伝わってきた。


そこで、運航マネージャーも口を開いた。


『当社としては、脅威に遭遇した際に、護衛事業者が船団を放棄しないという保証が必要なのです』


「それは当然の要求だと思います」と俺は答えた。「ただし、護衛任務を遂行することと、御社の商業的損失をすべて引き受けることは別の話です」


俺は問題となっている条項を指さした。


「契約上、明確に俺たちの任務に含まれる義務については、責任を負うつもりです。ですが、護衛業務では制御できない商業上の損失まで、俺に請求できるような条項は受け入れられません」


室内が一瞬、静かになった。


誤解されないように、俺はそのまま続けた。


「例えば、契約に従って対処すべき脅威を俺たちが無視したなら、当然、任務の遂行状況を審査してもらって構いません。でも、御社が誤った商業判断をした場合、それはアストレオン・ヴェロリアの艦長席から俺が制御できることではありませんから」


ランが頷いた。


「私たちが求めているのは、そうした責任範囲の明確化です」


続いて、協議は運用条件へ移った。


ナマリス・コンソリデーテッド・トレーダーズの代表者が、護衛事業者の義務一覧を開いた。


『当社が期待しているのは、編隊の維持、不審な接触の報告、そして安全状況に応じた対応です。また、護衛事業者が船団の商業的な運営権限を引き継ぐことがないよう、確認しておきたいと考えています』


俺は頷いた。


「最後の点は問題ありません。俺たちには、皆さんが誰に商品を売るのか、あるいは積荷をどう管理するのかを決めるつもりはありませんから」


ランが付け加えた。


「一方で、企業側の商業判断を、安全性の評価もなしに従わなければならない戦術指示として扱われることも、私たちは望んでいません」


『具体例を挙げていただけますか?』


「仮に商船の1隻が、当初の航行計画に含まれていない取引機会を得るために編隊を離れようとした場合、その行動によって任務範囲外の新たなリスクが生じたとしても、護衛事業者が自動的に任務失敗と見なされるべきではありません」


運航マネージャーは、しばらく考えた。


『航路や目的地の変更には、所定の手順に従った調整と承認が必要である、という条件でしたら受け入れられます』


「結構です」


続いて、セラフィエルが技術面の質問一覧を表示した。


「船団全船が使用する正式な通信回線、不明な接触対象の識別手順、そして企業側で運用指示を発する権限を持つ担当者についても、確認が必要です」


『船団マネージャーが主な連絡窓口となります。各商船の船長は、引き続き自船の運航について責任を負います』


「直接的な脅威が発生した場合、こちらから回避機動を提案することは可能でしょうか?」


『はい。護衛手順に従って調整していただければ問題ありません』


俺も付け加えた。


「ただし、緊急時の判断は実際の状況を優先させます。もし1隻が機動能力を失った場合、予定を守るためだけに無理やり編隊を維持させるようなことはしません」


『その点は理解しております』


ランが更新された書類を確認した。


「では、次はボーナスについてです。募集要項には、全船が予定どおり到着した場合の追加報酬が記載されています。この条件が、あらゆる遅延に対する絶対的な保証と誤解されないようにしたいのですが」


契約事務の担当者が頷いた。


『ボーナスは、あくまで完了結果に応じて支給されます。基本報酬については、契約の履行確認に基づいて処理されます』


「承知しました。最終書類では、両者を別々の項目として記載してください。条件が満たされるまでは、こちらもボーナスを確定収入として計上しません」


俺はランをちらりと見た。


まあ、そうだろうな。


基本報酬とボーナスの違いについて、誰かに念を押せる機会を、彼女が逃すはずもない。


商業面の協議が終わったところで、俺たちは内部通信を通じてヴェスペラへ連絡した。


彼女の顔が、テーブルの端末に表示される。


『紬、セラフィエルから送られた初期航路図は受け取りました。企業側から追加の情報はありましたか?』


「3隻の商船が1つの編隊で移動する予定だ。情報交換の書類が承認されたら、各船の機動データを提供してくれるらしい。出航前に、何を確認しておくべきだと思う?」


ヴェスペラが交易航路の一部を拡大した。


『出発地点、引渡地点の座標、回廊の境界、そして交通障害が発生した場合の代替経路を確認したいですね。また、最も遅い船の能力も把握する必要があります。航行計画を、最も速い船の速度に合わせて組むわけにはいきませんから』


運航マネージャーが興味を示したようだった。


『あなたは、アストレオン・ヴェロリアの航法士ですか?』


『はい。ヴェスペラ・ノクス・オーレルと申します。作戦中の航路計画と、航行経路の調整を担当します』


『承知しました。事務上の承認が完了しましたら、必要なデータを正式な回線を通じてお送りします』


『ありがとうございます。最終的な航行計画を承認する前に、最新の航路状況報告も確認しておきたいと思います』


俺は頷いた。


「よし。見た目だけ綺麗にまとまった宣伝用の図をもとに、編隊を決めたりはしないからな」


ヴェスペラが小さく微笑んだ。


『私もお勧めしません。能力の異なる3隻を運用するのであれば、適切な間隔と速度を設定する必要があります。特に、いずれかの船が緊急機動を行わなければならなくなった場合を考慮すべきです』


ランが企業の代表者へ顔を向けた。


「最終的な編隊案について、当方の航法士と御社の船団マネージャーが共同で確認する形でもよろしいでしょうか?」


『異論はありません。むしろ、そのような連携を期待しております』


「でしたら、その点も明確になりましたね」


昼前になって、ようやく修正版の書類が送られてきた。


俺はランとセラフィエルと一緒に、その内容を読んだ。


以前は広すぎた責任条項が、明確に修正されている。


護衛事業者が責任を負うのは、契約の業務範囲に従って安全確保任務を遂行することであり、その管理下にない商業的損失をすべて引き受けることではない。


3隻の商船は、それぞれの積荷と商業判断について引き続き責任を負う。


航路変更には調整が必要。


不審な接触は報告義務の対象。


護衛編隊は、合意された運用データに基づいて編成する。


そして、ボーナスは基本報酬とは別に扱われる。


俺はランを見た。


「どう思う?」


彼女は最後のページまで読んでから答えた。


「商業面では、修正後の内容はずっとよくなっています。少なくとも、初期案のような責任範囲の曖昧さを理由に拒否する必要はないと思います。ただし、今度は明確に合意された義務を、私たちもすべて履行しなければなりません」


「もちろん。仕事を無視するために、条項を明確にしてもらったわけじゃないからな」


「存じています」


セラフィエルも付け加えた。


「事務上の確認でも、最終書類は協議結果と一致しています。この契約については、別個の記録項目も準備しました」


俺はもう一度、報酬額を確認した。


総額360,000 GC。


条件付きのボーナス。


中程度のリスク。


護衛対象は3隻の商船。


連携を維持し、俺たちが負うべきではない責任を企業側から押しつけられないようにすれば、十分に妥当な仕事だと思う。


「よし。修正後の条件で受けよう」


ランが頷いた。


「それでは、正式な承認をお願いします」


俺は書類に署名した。


ほどなくして、契約の状態が切り替わった。


CONTRACT C-128-ES — ACCEPTED


| 項目 | 最終契約条件 |

| ------ | ----------------------------------------------- |

| 依頼主 | ナマリス・コンソリデーテッド・トレーダーズ |

| 事業者 | 星崎紬/アストレオン・ヴェロリア |

| 護衛対象 | 商船3隻 |

| 航路 | ナマリス → イリリオン~ナマリス交易航路上の引渡地点 |

| 総報酬額 | 360,000 GC |

| ボーナス | 全船が予定どおり到着した場合の条件付き支給 |

| 事業者の任務 | 編隊の維持、不審な接触の報告、護衛業務の遂行 |

| 責任範囲 | 船団の積荷管理や商業判断は引き継がず、護衛業務の管理外にある商業的損失については責任を負わない |

| 状態 | 有効――出航待機中 |


企業の代表者が立ち上がった。


『ありがとうございます、星崎艦長。今回の航行が順調に進むことを願っております』


俺はその手を握った。


「こちらも同じです。全船が戦闘を必要とせずに到着できるなら、それが一番いい結果ですから」


『同感です』


ランが礼儀正しく微笑んだ。


「それでは、合意した運用書類をすべてお送りください。出航前にこちらで確認いたします」


『もちろんです』


これで面談は終了だ。


部屋を出たところで、俺は長く息を吐いた。


「ラン」


「はい?」


「交渉が独立した仕事として成立してる理由、少しわかってきたよ」


「それは何よりです。今日、何を学ばれましたか?」


「自分では制御することすらできないものに責任を負わされるような文章には、署名しないこと」


ランが満足そうに微笑んだ。


「非常に大切な教訓ですね」


セラフィエルも付け加えた。


「それから、承認する前には必ず最終版をご確認くださいね」


「はいはい。わかったよ」


俺は2人を見た。


「それで、そろそろ昼飯にしてもいいかな?」


ランが笑った。


「もちろんです。今日はしっかりお仕事をなさいましたから」


午後、俺たちはアストレオン・ヴェロリアへ帰還した。


グランドサロンへ入ると、レアがすでに待っていた。


「紬! 契約、どうなった?」


「受けたよ。今度は3隻の商船を護衛することになった」


「おおっ! じゃあ、準備しないとね?」


「ああ。でも、必ず戦闘になると思うなよ。俺たちの仕事は、引渡地点まで全船を守ることだからな」


「わかってるよ。護衛任務に合わせて、機体を準備しておくね」


ソファで端末を確認していたカリスタが、すぐに付け加えた。


「それと、出航前に構成を確認するのは私だからね」


レアがため息をつく。


「まだ何も始めてないのに……」


「だからこそ、今のうちに全部きちんと確認する時間があるんだろ」


俺は微笑んだ。


「よし。技術面の準備は2人に任せるよ。ただし、この仕事を艦の全兵装を引っ張り出す口実にはしないでくれよ?」


セラフィエルが頷いた。


「防御構成は作戦上のリスクに合わせて調整します、紬。護衛対象の商船に、アストレオン・ヴェロリアの戦略的能力を見せる必要はありません」


「それでいい」


続いて、ランが財務書類を開いた。


「C-128-ESについては、すでに有効な契約一覧へ登録してあります。360,000 GCの報酬は、まだ受領済みの資金として計上していません」


「もちろん。まだ出発すらしてないからな」


「覚えていてくださって嬉しいです」


俺は彼女を見た。


「本当に、いつまでも俺に念を押し続けるつもりだな?」


「私が財務記録の責任者である限り、そのつもりです」


俺は小さく笑った。


夜が近づく頃、企業側から初期技術データを受け取ったヴェスペラが、指揮デッキへ戻ってきた。


俺が出航予定を確認していると、彼女が声をかけてきた。


「紬、今回使用する航路について、新しい情報があります」


俺は顔を上げた。


「航路変更でもあったのか?」


「まだありません。ただ、先ほど交通状況の更新報告を受け取りました。こちらをご覧いただきたいのです」


メインスクリーンに地図が現れた。


船団が通過する予定の交易回廊には、その航路を利用した船舶からの通信報告とともに、いくつかの印がつけられていた。


俺は、その印が集中している場所を見た。


「このマークは何だ?」


ヴェスペラが横の情報を拡大した。


「最新の報告期間中、私たちが通過する予定の区間で、通信障害の発生報告が急増しています。以前の状況と比べても、報告件数が多くなっています」


セラフィエルがすぐに近づいてきた。


「障害の発生源は、すでに特定されているのでしょうか?」


「いいえ。現在のデータだけでは、環境条件によるものなのか、機器の問題なのか、それとも第三者の活動によるものなのか、判断できません」


俺は椅子に身体を預けた。


なるほどな。


俺たちは、たった今3隻の商船を護衛する契約を受けたばかりだ。


そして船団が出発する前に、使用予定の航路では通信障害が増え始めているらしい。


「企業側は、この報告を把握してるのか?」


「更新情報自体は、関係事業者がアクセスできる交通ネットワークから取得したものです。ただし、船団マネージャーが最新の変化を確認済みかどうかについては、まだ確認できていません」


俺は頷いた。


「だったら、通知を送ってくれ。最終的な航行計画を決める前に、向こうにも俺たちと同じ情報を把握しておいてほしい」


「承知しました、紬」


「セラフィエル、3隻の連携にどんな影響が考えられるか調べてくれ。すべての通信が完璧に機能している間だけ安全、なんて編隊は組めないからな」


「了解しました。現在得られている情報に基づき、予備通信手順と適切な監視パラメーターを準備します」


俺は再び地図を見つめた。


中程度のリスク。


報酬360,000 GC。


一緒に到着させなければならない3隻の商船。


どうやら次の仕事は、船団の前を進みながら景色を楽しむだけでは済まなさそうだ。


俺は小さく微笑んだ。


「よし。明日は編隊と航路報告の確認から始めよう。追加のデータを得るまでは、決めつけないことだ」


ヴェスペラが頷いた。


「了解しました。必要な情報をすべて準備しておきます」


メインスクリーンには、イリリオン~ナマリス交易回廊に点在する通信障害の印が、今も表示されていた。


その原因を示す証拠は、まだ何もない。


けれど、1つだけはっきりしていることがある。


俺たちが護衛する3隻の商船の旅は、募集書類に書かれていたほど単純なものにはならないかもしれない。


【次回・第130話】


「護衛線を突破する影」


護衛線を突破する影――船団はナマリス交易航路へ進入する。略奪船の一団が、最も遅い商船を編隊から引き離そうとしたとき、紬は不要な追撃へと護衛作戦を変えることなく、3隻すべてを守り抜かなければならない。


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