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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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【第128話】「Namaris Exchange Station」

【第128話】「ナマリス交換ステーション」


ヴェルドラコン出航後・7日目~8日目 場所:イリリオン・ヴェスタ軌道港 → イリリオン~ナマリス交易航路 → ナマリス・エクスチェンジ・ステーション POV:星崎紬


7日目の朝。


俺が朝食を楽しんでいると、ランが皿の横に端末を置いた。


「紬、そのお食事を平らげて再びお休みになる前に、次の目的地についてお話ししておきたいのですが」


俺は端末を見てから、ランへ視線を向けた。


「まだ朝飯の半分も食べ終わってないんだけど」


「ですから、今のうちに来たのです。少しでも遅れたら、キャプテン・レジデンスへ姿を消してしまうかもしれませんから」


「それじゃ、俺がいつも仕事から逃げ回ってるみたいじゃないか」


「私はそのようなことは申し上げておりません」


「でも、思ってはいるだろ?」


ランが微笑んだ。


「正直にお答えしたほうがよろしいですか?」


「いや、いい。だいたい想像がつく」


隣に座っていたセラフィエルが、くすくすと笑った。


「ランのお話を聞く時間を長く確保できるよう、厨房に追加のお料理をお願いしましょうか、紬?」


「共謀しないでくれ」


「私はお手伝いしたいだけですよ」


「そこが心配なんだよな……」


レアが皿から顔を上げた。


「追加のご飯があるなら、私も欲しい!」


「レア、あんたはもう2人前を取っただろ」とカリスタ。


「だからって、3人前を食べられないわけじゃないよ?」


「本当にすごい胃袋だね……」


「ありがとう!」


「褒めてないよ」


俺は笑いながら、ランの持ってきた書類を開いた。


次の目的地の名前が、すぐに表示された。


Namaris Exchange Station


「それで、本当にここへ行くのか?」


ランが頷いた。


「私はお勧めします。ナマリスはイリリオンと接続する交易航路上にありますので、不要な遠回りをする必要がありません。それに、商業活動と傭兵業務の両方に対応できる施設も、十分に整っています」


飲み物を楽しんでいたヴェスペラも、会話に加わった。


「昨夜のうちに航路を確認しました。イリリオン・ヴェスタの商業船用出航回廊から出発し、登録済みの交易航路へ進入した後、ナマリスへ向かうことができます。現在の予定であれば、8日目の到着も十分可能です」


「航路の状況は?」


「目的地の変更を必要とするような閉鎖はありません。ただし、商業交通の管制指示と、混雑区間での速度制限には従う必要があります」


俺は頷いた。


「よし。それじゃ、出航前の点検が終わったら出発しよう」


ランは満足そうだった。


「到着後には、価格調査の時間もいただきたいと思っています」


「構わないよ。ただ、安く見えるからって、いきなり倉庫1棟分の商品を買ったりしないでくれよ?」


彼女は俺を見つめた。


「むしろ、それはこちらから紬に申し上げたいことです」


「俺は倉庫1棟分の商品なんて買ったことないぞ」


「まだ、ですね」


俺は黙った。


セラフィエルが口元を押さえながら微笑んでいる。


どうしてランの言う「まだ」は、こんなにも不穏に聞こえるんだろう?


朝食後、俺たちはそれぞれの仕事に戻った。


ヴェスペラはナマリスへ向かう航路を準備し、カリスタはイリリオン外縁調査帯での作戦後の技術点検を完了させる。レアはモビルフレームの装備を通常の待機構成へ戻す作業を手伝っていた。


俺はセラフィエルと一緒に指揮デッキへ向かった。


メインスクリーンには、軌道施設の下方に広がるイリリオン・ヴェスタが映っている。現地の恒星の光が惑星表面の一部を照らし、アストレオン・ヴェロリアが停泊するターミナルの周囲では、サービス車両が行き交っていた。


「セラフィエル、艦の状態は?」


「主要な点検はすべて完了しています、紬。航行に支障をきたす損傷はありません。カリスタからも、予定されている残りの整備作業は出航準備に影響しないとの確認を受けています」


「イリリオン調査協同組合との事務手続きは?」


「契約C-121-SVおよびC-124-RSは、どちらも終了しています。基本報酬の入金証明、引渡書類、作戦報告書はすべて保存済みです。イリリオン・ヴェスタへの滞在を必要とする未履行の義務はありません」


俺は安堵の息を吐いた。


「ようやく、仕事を残したままにせず出発できるわけだな」


「はい。協同組合へ出航のご連絡を送りますか?」


「短いメッセージを送っておいてくれ。協力へのお礼と、また支援が必要なら正式な窓口を通じて連絡してほしいって」


「承知しました、紬」


ほどなくして、ヴェスペラが指揮デッキへ入ってきた。


「航路の準備が整いました。ただ、出航許可を申請する前に、1つ確認しておきたいことがあります」


「何だ?」


「途中で追加の寄港をせず、ナマリスへ直接向かう予定でよろしいでしょうか?」


「そのつもりだけど。どうして?」


「航路上には商業施設がいくつかありますが、寄港すれば移動時間が増え、別途ドッキング審査も必要になります。追加の買い物や貨物の受取りを予定していないか、確認しておきたかったのです」


俺は、ちょうど合流したランへ顔を向けた。


「どうだ? 途中で何か受け取るものはあるか?」


「ありません。新しい取引を承認する前に、まずはナマリスで直接市場調査を行いたいと思います」


「じゃあ、途中の寄港はなしだな」


ヴェスペラが頷いた。


「了解しました。登録済みの商業航路を通る直行ルートを使用します」


俺は艦長席へ腰を下ろした。


「セラフィエル、出航許可を申請してくれ」


「はい」


外部通信回線が開かれた。


『イリリオン・ヴェスタ軌道港交通管制、こちらアストレオン・ヴェロリア。出航準備はすべて完了しています。ナマリス・エクスチェンジ・ステーションへ向かうため、ドッキング解除および交易回廊への進入許可を申請します』


簡単な確認の後、管制官から返答が届いた。


『アストレオン・ヴェロリア、申請を受理しました。サービス車両が貴艦の出航区域から退避するまで、現在位置を維持してください。回廊の使用が可能になり次第、離脱指示を送信します』


俺は外部映像を眺めた。


ちょうど1台の物流車両が、ターミナル施設から離れていくところだった。


「どうやら、もう少し待たないといけないみたいだな」


セラフィエルが微笑んだ。


「お飲み物を追加でご用意しましょうか?」


「そんなにすぐ用意できるのか?」


「もちろんです」


「じゃあ――」


「紬」とランが口を挟んだ。「お飲み物に気を取られて、出航許可を待っていることをお忘れにならないでくださいね」


俺は彼女を見つめた。


「俺は艦長だぞ。子供じゃないんだから」


「存じています。ですから、私たちの艦長に申し上げているのです」


ヴェスペラは笑いを隠そうとするように、そっと顔を伏せた。


俺は降参した。


ほどなくして、ドッキング解除の許可が下りた。


アストレオン・ヴェロリアは管制から指定された回廊に従い、イリリオン・ヴェスタ軌道港を離れていく。


惑星がゆっくりと遠ざかっていった。


俺は小さくなっていく軌道施設を眺めながら、今回の滞在中に起きた出来事を思い返した。


技術者の輸送。


通信を絶った調査船。


3隻の略奪船。


そして、未公開の鉱物データが保存されていた記憶モジュール。


当初は単純な輸送業務のために立ち寄っただけだったのに、ずいぶんいろいろなことがあったものだ。


「紬、まだあの調査船のことを考えているのですか?」とセラフィエルが尋ねた。


「少しな。修理が終わったら、また仕事に戻れるといいなと思ってさ」


「必要な報告書はすべて協同組合へ引き渡してあります。今後の対応は、先方の責任範囲となります」


「わかってるよ。俺たちがいつまでも首を突っ込む必要はないからな」


ヴェスペラが表示を次の航路へ切り替えた。


「軌道交通管制区域の境界を通過した後、交易航路へ進入します。序盤は交通量が多いため、回廊の規定に合わせて速度を調整します」


「頼むよ。ほかの船より速く動けるからって、わざわざ追い越す必要はないからな」


「私も、そのつもりはありません」


セラフィエルも付け加えた。


「アストレオン・ヴェロリアの公開登録情報は、引き続き通常どおり使用します。今回の航行で必要のない航法能力や推進システムを見せる理由もありません」


「よし。ナマリスには普通の訪問者として到着したいんだ。交通管制官全員の噂になるのは勘弁だからな」


ランが腕を組んだ。


「この艦の大きさを考えると、『普通』という言葉の意味が少し変わってくると思いますが」


俺は彼女を見た。


「希望を打ち砕かないでくれ」


7日目の昼前、アストレオン・ヴェロリアはイリリオン~ナマリス交易航路へ進入した。


以前訪れた小惑星帯の外縁部とは異なり、この回廊では交通がはるかに整然としていた。


コンテナ輸送船、長距離物流船、そして何隻かの個人所有船が、それぞれに割り当てられた経路を進んでいる。


航法スクリーンには、公開情報としてアクセス可能な船舶識別情報が、進行方向や回廊の制限情報とともに表示されていた。


俺は前方を進む輸送船を眺めた。


「ヴェスペラ、この航路の船は全部ナマリスへ向かってるのか?」


「いいえ。一部の船は同じ回廊を利用した後、別の商業施設へ向かう経路に分岐します。ナマリスは重要な交易拠点の1つですが、唯一の目的地ではありません」


「つまり、都市間を結ぶ高速道路みたいなものか」


ヴェスペラが小首を傾げた。


「高速道路、ですか?」


「地球で使われていた言葉だよ。たくさんの車が同じ幹線道路を走って、途中でそれぞれの目的地へ向かう出口に分かれていく感じかな」


「ああ、なるほど。とてもわかりやすい例えですね」


セラフィエルが微笑んだ。


「ヴェスペラがご覧になりたいのでしたら、地球の高速道路の図解を追加することもできますよ」


「興味があります。特に、主要な移動方向が二次元に制限された環境で、人類がどのように交通を管理していたのか知りたいですね」


俺は彼女を見つめた。


「なんだか、限られた環境に生息する異星種族の話をしてるみたいだな……」


「ですが、宇宙航法の視点から見れば、惑星上の交通システムは比較対象として興味深いものではありませんか?」


「……そう言われると、反論できないな」


端末を確認していたランが、不意に会話へ加わった。


「交通システムは、商品の価格にも影響します。施設間の輸送費によって、その商品を取引する価値があるかどうかが決まる場合もありますから」


俺は彼女へ顔を向けた。


「高速道路の話まで商売につなげられるのか?」


「もちろんです。仕入れ先で安い商品でも、輸送費、保管費、保険料、事務手数料を加えた後に利益が出るとは限りません」


「ナマリスへ行きたがってた理由が、だんだんわかってきたよ」


「それはよかったです。でしたら到着後、安い貨物の募集を見たときに、もう少し慎重になっていただけるようなものをお見せしたいですね」


俺はため息をついた。


「どうやら、商売の授業を受けることになりそうだな」


ランが微笑んだ。


「紬のお金を守るための授業です」


それなら、ちゃんと聞いたほうがよさそうだ。


航行は7日目の夜まで続いた。


途中での寄港は行わなかった。


交通量の少ない回廊区間へ入ると、ヴェスペラは予定どおりの航路を維持し、セラフィエルと交代しながら通常監視を担当した。


俺はクルーと夕食を取るため、グランドサロンへ戻った。


俺が到着したとき、レアはナマリスに訓練施設があるかもしれないという話をしていた。


「紬、ナマリスに船の部品市場があるなら、モビルフレーム用の装備も売ってるかもしれないよね?」


「そうかもな。でも、カリスタが互換性を確認する前に、何か買ったりするなよ?」


カリスタが頷いた。


「少なくとも、それは覚えているようだね。カタログでは魅力的に見える部品も多いけど、全部がうちの機体に使えるわけじゃないから」


「見るだけだってば!」


「それは、何かを買う直前によく聞く台詞ですね」


俺はすぐにランへ顔を向けた。


「なんで今の、俺のことを言ってる気がするんだ?」


「私はどなたのお名前も挙げていませんよ」


セラフィエルが微笑んだ。


「ですが、紬はずいぶん早く共通点に気づかれましたね」


「お前たち2人、本当に楽しんでるだろ……」


ヴェスペラが小さく笑ってから、先ほどの話題へ戻した。


「部品市場のほかにも、ナマリスには船員向けの宿泊施設やレストランがあります。事務手続きの確認が終わった後であれば、見学の時間も調整できると思います」


レアは、すぐに目を輝かせた。


「レストラン! あのステーションの名物料理、食べてみたい!」


「名物料理があるかどうかも、まだわからないだろ」


「だったら、着いてから調べればいいじゃん!」


俺は微笑んだ。


「わかったよ。ただし、仕事と艦の点検を先に終わらせてからな」


「了解!」


カリスタが俺を見た。


「あんた、本当に食べ物の話になると、すぐ賛成するね」


「俺は探究心を大切にしてるだけだよ」


「はいはい、そういうことにしておこうか」


俺は、彼女の声に混じった疑わしげな響きを聞かなかったことにした。


8日目の朝。


俺が指揮デッキへ入ったときには、すでにメインスクリーンにナマリス・エクスチェンジ・ステーションの姿が映っていた。


交易航路の中ほどに広がるその構造物は、さまざまな軌道施設に囲まれている。到着回廊には、大小さまざまな船が行き交っていた。


調査活動や惑星関連施設を中心としていたイリリオン・ヴェスタとは違い、ナマリスは明らかに商業取引の中心地らしい姿を見せていた。


何隻ものコンテナ輸送船が、荷役ターミナルへの進入順を待っている。


サービス車両は、保管施設とドッキング区域の間を移動していた。


別の区画では、個人所有船や旅客船が、産業用交通とは分離された到着区域へ誘導されている。


俺は映像を拡大した。


「……ずいぶん賑やかだな」


ヴェスペラが頷いた。


「ナマリスの接近区域へ到達しました。交通管制へ連絡し、アストレオン・ヴェロリアの寸法に適合するドッキング施設の割当てを申請します」


「頼むよ。全長数百メートル程度の船用の場所を指定されたら困るからな」


「船体寸法は、すでに申請情報に含めてあります」


セラフィエルが通信回線を開いた。


『ナマリス・エクスチェンジ・ステーション交通管制、こちらアストレオン・ヴェロリア。イリリオン独立星系から交易航路を経由して到着しました。商業目的の訪問および協会サービスの確認のため、接近許可とドッキング施設の割当てを申請します』


船舶識別情報を受け取った後、管制官が応答した。


『アストレオン・ヴェロリア、登録情報を受理しました。一時到着回廊で現在位置を維持してください。貴艦の分類と寸法に適合する施設の空き状況を確認中です』


俺は椅子に身体を預けた。


「さて、ここは時間がかかりそうだな」


セラフィエルが微笑んだ。


「アストレオン・ヴェロリアの大きさでは、一般的な訪問船とは異なる対応が必要ですから」


「ランの言うとおりだ。どうやら『普通』って言葉は、俺たちには似合わないらしい」


ちょうど指揮デッキへ入ってきたランが、眉を上げた。


「ようやく認めていただけたようで、嬉しいです」


「そんなに満足そうな顔をしないでくれ」


確認が完了すると、管制から適切なドッキング施設へ向かう接近指示が送られてきた。


ヴェスペラは指定された回廊に沿ってアストレオン・ヴェロリアを進め、ステーションの反対側にあるコンテナターミナルの交通を妨げないようにした。


停泊施設へ近づくにつれ、ナマリスの構造がよりはっきりと見えてきた。


一方には、コンテナを取り扱う大型ターミナル群。


別の区画には、金融・事務サービス区域と接続された商業施設がある。


いくつかの案内表示には、船舶部品市場、商社の事務所、そして寄港中の船員向け施設の場所が示されていた。


「セラフィエル、一般向け施設の情報はもう確認できるか?」


「はい、紬。今回の訪問に関係しそうな主要サービス区域が、いくつかあります」


彼女はスクリーンに概要を表示した。


NAMARIS EXCHANGE STATION――一般向け施設案内


| 施設 | 主なサービス |

| ----------- | ------------------ |

| コンテナターミナル | 貨物の積卸しおよび保管 |

| 船舶部品市場 | 交換部品・装備品の取引 |

| 星間銀行 | 取引・金融サービス |

| 保険事務所 | 貨物および運用上のリスクに対する補償 |

| 商業協会支部 | 商業関連の事務・取引サービス |

| 傭兵協会支部 | 登録および契約募集 |

| ホテル・レストラン区域 | 宿泊および船員向けサービス |


俺は一覧に目を通した。


「ずいぶん揃ってるな」


ランはすぐに、いくつかの項目を指さした。


「私は商業協会、部品市場、それから保険事務所を訪れたいと思っています。時間が許せば、星間銀行のサービス手数料も、これまで利用した施設と比較しておきたいですね」


「今日中に全部回るつもりか?」


「必ずしもそうではありません。優先順位に応じて、予定を分ければいいと思います」


「それならよかった。せっかくの初訪問を、事務所から事務所へ歩き回るだけで終わらせたくないからな」


「紬」とセラフィエルが言った。「レストラン区域にも、すでに印をつけてありますよ」


俺は彼女へ顔を向けた。


「本当に俺の人生の優先順位を理解してくれてるな」


ランがため息をついた。


「紬とレアの優先順位表は、同じ内容なのではないかと疑い始めています」


「完全に同じじゃないぞ。俺は部品市場も見たいし」


「それでは、ますます安心できません」


アストレオン・ヴェロリアのドッキングと到着審査がすべて完了した後、俺たちはそれぞれの予定を決めた。


カリスタはエンジニアリングシステムとともに、艦の技術点検を引き続き担当する。


レアもしばらく彼女を手伝い、その後は自由時間を取ることになった。


ヴェスペラは、ステーションのサービスを通じて入手できる航法情報と交易航路を確認する。


俺とラン、セラフィエルの3人は、初期調査のため商業地区へ降りることにした。


到着区域を抜けるとすぐ、ここがなぜ「エクスチェンジ・ステーション」と呼ばれているのか理解できた。


訪問者の往来はかなり多い。


配送日程を相談する商人、仕入れ先を探す船員、取引書類を携えた企業の代表者、そして施設から施設へ忙しそうに移動する物流担当者。


通路に沿って並ぶ情報スクリーンには、さまざまな商品やサービスの価格が表示されていた。


俺は、そのうちの1つの前で足を止めた。


「ラン、見てくれ。産業用部品が、かなり大きな割引率で売りに出されてるぞ」


ランが近づいてきた。


「どちらですか?」


俺は一覧の1つを指さした。


彼女はしばらく情報を読んでから、俺へ尋ねた。


「紬は、この募集を魅力的だと思われますか?」


「割引率だけ見れば、もちろん」


「では、保管費用はいくらですか?」


俺は瞬きをした。


「……まだ見てない」


「艦への積込み費用、保険料、それから転売できるまでの想定待機期間については?」


「それもまだ」


「買い手が誰なのかは、すでに把握されていますか?」


「いや」


ランが微笑んだ。


「でしたら、まだ利益を得られる商機を見つけたわけではありません。ただ、安く売られている商品を見つけただけです」


俺は黙り込んだ。


セラフィエルが、どこか楽しそうな表情でスクリーンを見ている。


「とても的確なご説明ですね」


俺はため息をついた。


「わかったよ。理解した」


けれど、ランはそこで話を終えるつもりはないらしい。


「私たちには非常に大きな貨物区画があります。しかし、空きスペースがあるからといって、市場の需要もわからないまま商品を買ってよい理由にはなりません。売れずに動かない商品は、保管場所に困っていなくても、資金を拘束し続けるのです」


「つまり、アストレオン・ヴェロリアが途方もない量の貨物を運べるからって、積めるだけ積めばいいわけじゃないんだな」


「そのとおりです」


俺は再び価格一覧を見た。


「じゃあ、今日は情報収集だけにしよう。需要とすべての費用が明確になるまで、投機目的の貨物購入はなしだ」


ランは満足そうに微笑んだ。


「まさに、そういうご判断をお聞きしたかったのです」


俺たちは、まず船舶部品市場を訪れた。


そこには、一般的な整備用部品から産業用途の特殊装置まで、さまざまな装備を取り扱う店舗や供給業者の事務所が並んでいた。


いくつかのカタログをカリスタへ送ると、彼女も通信を通じて会話に加わった。


『紬、面白そうな部品を見つけたら、仕様書を全部送ってくれ。宣伝画像だけ見て買うんじゃないよ』


「もうランから似たような説明を受けたところだよ」


『よかった。これで少なくとも2人は、あんたの金を守ろうとしているわけだ』


「なんでみんな、俺がすぐに何か買うと思ってるんだ?」


『前にも、仕様が面白そうだからってだけで、高価な品物に興味を示してただろ』


俺はすぐには答えなかった。


隣でセラフィエルが微笑んでいる。


「具体例をいくつかお伝えしましょうか、紬?」


「いや、いい」


ランが小さく笑った。


俺たちは引き続き、いくつかの部品カテゴリーについて、価格、在庫状況、配送条件、アフターサービスを比較して回った。


ランが確認しているのは、カタログに記載された数字だけではない。


商品の出所、支払条件、保証範囲、そして星系間取引に必要な書類を販売側が用意できるかどうかまで質問していた。


俺は、彼女がある供給業者と話している様子を眺めた。


『大量にご購入いただけるのでしたら、特別価格をご提示できますよ』


「数量に応じた特別価格は魅力的ですね」とランが答えた。「ただし、まだ購入を承認したわけではありません。まず、その価格に商品の状態検査と、引渡地点までの取扱費用が含まれているか確認したいのですが」


『取扱費用は別途計算となります』


「でしたら、その内訳もご提示ください。計算の基準が異なる見積り同士を、そのまま比較することは避けたいので」


『かしこまりました』


店を離れた後、俺は彼女へ顔を向けた。


「まだ買うつもりもないのに、あそこまで細かい内訳を頼むんだな?」


「まだ買っていないからこそ、自由に比較できるのです。取引を承認してしまえば、こちらの交渉上の立場も変わりかねませんから」


「なるほどな」


「それに、正確な価格情報は、今後輸送の仕事を受ける際にも役立ちます。商品の価値、取扱いに必要な条件、関連サービスの適正な費用を把握しておく必要がありますので」


俺は小さく微笑んだ。


「つまり、今回の訪問は安い商品を探すためだけじゃないわけだ」


「もちろんです。私はナマリスの市場そのものを調べているのですから」


夕方が近づく頃、俺たちは協会のサービス地区へ移動した。


商業協会には、商社や独立事業者向けの相談室を備えた、かなり大きな事務所があった。


その近くには、星間銀行や保険事務所を含む金融サービス施設が並んでいる。


俺は通路沿いの案内表示を眺めた。


「ラン、ここの保険事務所って、商業協会と同じくらい忙しそうに見えるけど、どうしてなんだ?」


「貨物輸送にはリスクが伴うからです。積荷の価値、商品の種類、航行経路、そして事業者の責任範囲によって、必要な補償は変わります」


「商社なら、普通は自分たちで保険に入ってるんじゃないのか?」


「そういう企業もあります。ただし、補償範囲が必ずしも同じとは限りません。貨物保険、運送事業者の賠償責任、航行の中断に対する補償は、それぞれ別のものですから」


俺は彼女を見た。


「俺たちが護衛契約を受ける場合も、その辺りを確認しないといけないのか?」


「当然です。護衛を雇ったという理由だけで、企業側の商業的損失をすべて紬が負担するような契約に、知らないうちに署名してしまうことは避けたいので」


俺は頷いた。


「同感だな。俺たちは契約に従って安全を守るために報酬を受け取るんであって、相手の経営判断すべての責任を引き受けるわけじゃない」


ランが微笑んだ。


「まさに、そのとおりです」


続いて、セラフィエルが施設案内図に傭兵協会支部の位置を表示した。


「傭兵協会の事務所も、ここからそれほど遠くありません。帰艦する前に、一般公開されている募集掲示板をご覧になりますか?」


俺は時間を確認した。


「少しだけならいいよ。レアとカリスタには、夕食を一緒に食べるって約束してあるからな」


ランが俺を見つめた。


「本当に、お食事の予定だけは決してお忘れになりませんね」


「俺の長所の1つだからな」


「傭兵のプロフィールに記載できる特技かどうかは、少々疑問ですが」


「書けるかもしれないぞ。適切な食事管理による、高い生存能力とか」


セラフィエルが笑った。


「レアなら、その項目を支持してくれると思いますよ」


傭兵協会のサービス区域へ入ったとき、ランの端末に商業案件の通知が届いた。


彼女は足を止めた。


「……ん?」


俺は顔を向けた。


「どうした?」


「どうやら、護衛事業者を探している商社があるようです」


「ナマリスで?」


「はい。略奪被害の危険が報告されている航路を通過する船団に、護衛を必要としているようですね」


俺は表示された初期情報を確認した。


もちろん、この時点で即決する理由はない。


俺たちはナマリスへ到着したばかりで、その仕事の条件もまだすべて確認していないのだから。


けれど、イリリオンでの経験を経て、商業護衛という仕事が俺たちに向いている分野の1つなのかもしれないと、少しずつ理解し始めていた。


「詳しい条件は、もう送られてきてるのか?」


「まだ全部ではありません。条件に合う事業者向けの初期募集です。業務範囲と責任の限界を確認するために、企業の担当者へ連絡する必要があります」


「だったら、まだ何も受けないでくれよ」


ランが微笑んだ。


「紬の承認なしに受諾することはありませんよ」


セラフィエルが、公開されている情報を確認した。


「この募集については、商業協会の事務所を通じて詳細確認が可能です。先方が事業者の実績確認を必要とする場合に備えて、過去の契約完了記録も準備できます」


俺は頷いた。


「よし。明日の面談を手配してくれ。今日は初期調査を終えて、艦に戻ろう」


ランが予定表を開いた。


「では、9日目ですね。正式な相談時間を申請しておきます」


「頼むよ」


俺はもう一度、その募集カードを眺めた。


1つの商社。


1つの船団。


そして、略奪の危険がある航路。


どうやら、今回のナマリス訪問で得られるものは、市場価格の一覧とレストランのおすすめ情報だけではなさそうだ。


けれど、今の俺には、まだ片づけなければならない重要な仕事が1つ残っている。


「セラフィエル、レアに連絡してくれ。カリスタと一緒に、夕食の店を決めたか聞いてほしい」


ランは、諦めたような表情で俺を見た。


「紬、私たちはたった今、新しい仕事の可能性を見つけたところなのですが」


「その話は明日するだろ? 腹が減ってたら、交渉が上手くなるわけでもないしな」


セラフィエルは微笑みながら通信を開いた。


「レアからは、すでにレストランの候補が3件届いていますよ、紬。どうやら、彼女も独自に調査を進めていたようです」


俺は眉を上げた。


「仕事が早いな」


「メニューの一覧と、料理の量についての情報も添付されています」


「素晴らしい。こういうことに関しては、本当に頼りになるな」


ランはため息をついたものの、その口元はわずかに緩んでいた。


「わかりました。まずは夕食にしましょう。明日、あの募集の詳細をすべてお見せします」


俺は微笑んだ。


「それでこそ、いい旅行計画だ」


【次回・第129話】


「三隻の商船」


三隻の商船――ナマリスの商業協会事務所で、紬とランは船団護衛の依頼内容を確認する。契約に署名する前に明確化すべき責任条項が見つかったことで、交渉が始まる。


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