【第127話】「報酬と報告書」
【第127話】「報酬と報告書」
ヴェルドラコン出航後・6日目 場所:イリリオン・ヴェスタ軌道港――協同組合事務所 POV:星崎紬
小惑星帯で3隻の略奪船と交戦したことで、俺は1つ、ごく単純な教訓を得た。
敵を撃つのは、ほんの一瞬で済むかもしれない。
けれど、その後の報告書をすべて片づけるには、はるかに長い時間がかかるということだ。
俺はアストレオン・ヴェロリアのキャプテン・レジデンスで、個人端末に開かれた書類を眺めていた。
目の前に並んでいるのは、捜索記録、通信記録、防御システムの使用報告、発見した調査船の状態、データモジュールの保全証明、そして俺たちの救援活動を妨害した正体不明の3隻に関する記録だ。
これらをすべて、イリリオン調査協同組合と傭兵協会が受理できる報告書にまとめなければならない。
俺は顔をこすった。
「セラフィエル、どうして俺、傭兵の仕事をするよりも事務作業をしている時間のほうが長い気がするんだろう?」
隣に座るセラフィエルが微笑んだ。
彼女の合成生体ボディは白い部屋着に包まれ、長い髪が肩の向こうへ流れている。今は報告書に添付する記録を確認しているところだった。
「紬が、2件の契約の正式な事業者だからですよ。書類の作成や検証は私がお手伝いできますが、最終的な承認は紬ご自身の責任になります」
「わかってるよ。ちょっと愚痴を言いたかっただけだ」
「それでしたら、どうぞ。私は次の報告項目を仕上げながら、お話を聞いていますね」
俺は彼女を見つめた。
「本当に、怠ける隙を与えてくれないんだな」
「もちろん、ありますよ。お仕事が終わった後でしたら」
俺はため息をついた。
実に筋の通った答えだ。
そして、あまりにも筋が通っているせいで、反論する理由が見つからなかった。
俺たちは調査船の安全確保を終えた後、イリリオン・ヴェスタ軌道港へ帰還していた。
イリリオン外縁調査帯で直接的な脅威がなくなったからといって、すぐに現場を離れたわけではない。
まず、セラフィエルが、逃走した2隻が再び保護区域へ進入してこないことを確認した。
次に、推進システムを無力化した攻撃船への監視を維持し、その位置情報と行動記録を現地当局へ引き渡した。
俺は追跡を命じなかった。
契約上、正体不明の船を活動区域の境界を越えて追跡する許可は与えられていない。それに、すでに逃げた2隻を捕まえるためだけに、救援を必要としている調査船を置き去りにする理由もなかった。
その後、カリスタが、調査船の乗員から送られてきた技術データをもとに、推進システムの損傷評価を手伝った。
その船は、支援なしで通常の帰還航行を行える状態ではなかった。
そこで俺たちは、協同組合と交通管制当局とともに帰還手順を調整し、乗員と調査モジュールを、追加の損傷を発生させずに運び戻せるよう手配した。
その作業には時間がかかった。
けれど最終的には、調査船の乗員全員がイリリオン・ヴェスタの受入施設へ無事に帰還できた。
以前、略奪船に奪われかけた記憶モジュールも、正式な管理下に置かれたままだ。
この結果について、文句を言う理由なんてない。
俺が文句を言いたくなるのは、その後に署名しなければならない書類の量だけだった。
「紬、アクティブ防御システムの使用に関する報告項目が完成しました」
セラフィエルの声に、俺は顔を向けた。
「艦の兵装情報はどうなってる?」
「契約遂行中の防御行動を説明するために義務づけられた情報のみを記載しています。審査に関係のない内部仕様は含めていません」
「よし。傭兵の報告書が、アストレオン・ヴェロリアの戦闘能力カタログになるのは御免だからな」
「ご懸念は理解しています」
俺は次のページを確認した。
報告書には、推進システムが損傷した調査船を発見した後、調査モジュールを奪おうとする軽武装船3隻と遭遇したことが記されていた。
俺たちは警告を行い、撤退の機会を与えた。
敵船の1隻が攻撃を開始した。
レアはモビルフレームで発進し、契約対象へ接近しようとする船を阻止した。一方、セラフィエルは限定的な防御行動を実施した。
攻撃船の1隻は精密射撃によって無力化。
残る2隻は撤退。
直接的な脅威がなくなった後、追跡は行わなかった。
俺は最後まで読み、頷いた。
「これで問題ないな」
セラフィエルが微笑んだ。
「それでは、残るのはデータの引渡しと、契約上の責任範囲の確認だけです」
「……まだあるのか?」
「あと少しですよ、紬」
事務作業を説明するときに使われる「少し」という言葉が、だんだん嫌いになってきた。
協同組合事務所へ到着すると、以前の輸送契約を担当していたイリリオン調査協同組合の代表者が、すでに俺たちを待っていた。
事務所は軌道港と接続されたサービス施設群の中にある。会議室の大きな窓からは、ターミナル施設の間を行き交う物流車両が見え、その向こうにはイリリオン・ヴェスタが広がっていた。
俺の隣を歩くランは、財務端末を持っている。
ヴェスペラも、捜索航路と航行制限について説明するために同行していた。
技術書類はセラフィエルの担当だ。
レアも本当は一緒に来たがっていたが、カリスタが作戦後のモビルフレームの点検を終えるために、まだ彼女の手を必要としていた。
事務手続きの話し合いに出席するためだけに、わざわざ2人を呼ぶ必要はないと思う。
特にレアは、支払証明の説明を聞くよりも、美味しいものを探すほうに興味を示しそうだしな。
『星崎艦長、お帰りなさいませ。回収チームから初期報告はすでに受け取っております。イリリオン調査協同組合を代表して、当組合の職員を救援していただいたことに感謝申し上げます』
俺は代表者と握手を交わした。
「俺たちは、合意した仕事を遂行しただけですよ。全員が無事に帰還できてよかったです」
『私どもにとって、それは非常に大きな成果です』
俺たちは席を勧められた。
テーブルの中央に投影映像が現れる。
最初に開かれたのは、C-124-RSの完了報告書だった。
協同組合の代表者が、セラフィエルの送信した記録を確認する。
『発見された調査船の識別情報、通信回復時の初期状態、脅威に関する報告、そして乗員とデータモジュールの帰還記録を受領しております』
「こちらが責任を負う物品は、すべて受領されていますか?」と俺は尋ねた。
『技術チームによる初期確認は完了しています。保全された調査モジュールは正式な手順を通じて引き渡され、復元可能だったデータも受領済みです。現在、内部検証を進めています』
俺は頷いた。
「俺たちが到着する前に発生していた損傷については、どうなっていますか? 初期損傷と、救援活動中に発生した可能性のある損傷が、正しく区別されていることを確認したいんですが」
担当者は次のページを開いた。
『貴艦のセンサー記録と、調査船の検査結果を照合しました。契約上の検証結果において、当初から存在していた損傷をアストレオン・ヴェロリア側の責任とする根拠は確認されておりません』
よし。
それが聞きたかった。
自分が負うべき仕事の責任を引き受けることに、異論はない。
けれど、俺たちが到着する前から発生していた損傷について、修理代を請求されるのは困る。
ランがすぐに追加の質問をした。
「当方の事業者名義で、未解決の請求、違約金、あるいは修理義務は残っていますか?」
『今回の2件の契約精算において、そのような記録はございません』
「その確認結果を、最終的な契約終了書類にも明記してください」
『もちろんです』
俺はランをちらりと見た。
彼女は落ち着いた表情で視線を返してきた。
やっぱり、財務を任せられる商業のプロがいるというのは、支払条項を全部1人で確認するよりも、ずっとありがたいことらしい。
報告書の確認が終わると、いよいよ俺が一番好きな部分に入った。
報酬の支払いだ。
協同組合の代表者が、契約の概要を開いた。
傭兵協会――契約精算
| 契約 | 業務内容 | 総報酬額 |
| -------- | -------------- | ---------- |
| C-121-SV | 技術者および調査機材の輸送 | 180,000 GC |
| C-124-RS | 調査船の捜索およびデータ保全 | 420,000 GC |
| 合計 | 2件の契約 | 600,000 GC |
俺は最後の数字を眺めた。
600,000 GC。
悪くない。
「紬」
ランがすぐに俺へ顔を向けた。
俺は瞬きをした。
「何?」
「今、心の中で『悪くない』と思いましたね?」
「どうしてわかったんだ?」
「お顔です」
「俺の顔には、考えていることを表示する機能でもついてるのか?」
「いいえ。あなたの癖が、少しずつわかるようになってきただけです」
セラフィエルが小さく笑った。
俺は首を横に振る。
どうやら、長い時間を一緒に過ごしてきた相手には、俺の考えはかなり読みやすいらしい。
協同組合の担当者が説明を続けた。
『契約C-121-SVは、紛失のない配送、引渡証明、および航行報告書の提出という条件をすべて満たしています。また、C-124-RSについても、検証結果に基づき、捜索とデータ保全の条件を満たしていることを確認しました。両契約の基本報酬の支払いを承認いたします』
ランはすぐに送金書類を確認した。
「別途条件が設けられている回収ボーナスについては、いかがでしょうか?」
『ボーナス分については、人員およびデータの回収条項に基づく追加検証が必要です。その手続きが完了するまでは、基本報酬の支払いに合算いたしません』
「承知しました。こちらでも別項目として記録します」
俺は頷いた。
まだ確定していないボーナスを、すでに自分のものになった金として扱うつもりはない。
ほどなくして、財務端末に取引通知が届いた。
PAYMENT CONFIRMATION――入金確認
| 項目 | 入金額 | 状態 |
| --------- | ---------- | ---- |
| C-121-SV | 180,000 GC | 受領済み |
| C-124-RS | 420,000 GC | 受領済み |
| 基本報酬・総入金額 | 600,000 GC | 確認済み |
ランは送金元の識別情報、契約コード、送金証明を確認してから、すべての書類を保存した。
「基本報酬の入金を確認しました。承認された金額とも一致しており、2件とも取引額に差異はありません」
俺は笑顔になった。
「よし。ようやく、仕事がちゃんと金になったな」
「収入になった、です」とランが訂正した。「純利益がいくらになるかは、関連する支出をすべて計上してからでなければ確定できません」
「わかってるって」
「念のためです」
「ランはいつも念のためって言うよな」
「それが私の仕事ですから、紬」
反論のしようがなかった。
協同組合の事務所を出る前に、俺は最後の確認を1つ頼んだ。
「この2件の契約が、未解決の責任を残さず、正式に終了していることを確認したいんです。追加の依頼が、俺たちの仕事に自動的に含まれるようなことはありませんよね?」
協同組合の代表者が頷いた。
『はい。両契約は、それぞれに定められた範囲で完了しております。今後、改めて支援が必要になった場合には、所定の手順に従って新しい募集を発行いたします』
「よかった。俺はそういう仕事の進め方のほうが好きです」
代表者は微笑んだ。
『傭兵協会からも更新通知が届いております。今回の業務完了実績は、地域内の活動記録に反映される予定です』
「それで、俺のライセンスに何か影響はあるんですか?」
『自動的にランクが昇格するわけではありません。ただし、輸送契約と捜索契約を良好な結果で完了させたこと、特に民間人の安全を守れたことは、事業者の評判にとってプラスの記録になります』
俺は頷いた。
「それで十分ですよ。別に、急いでBランクを目指しているわけじゃありませんから」
『お若い傭兵の方としては、なかなか興味深いお考えですね』
「俺はただ、無理のない仕事を選びたいだけです」
部屋を出ると、ランが新しく届いた通知を確認した。
「紬、C-124-RSの完了実績が更新されました。人員と調査データの保全に成功したことも、記録されています」
「よし。少なくとも、次の仕事を探すときには、俺たちがちゃんと任務を完了させる事業者だと、依頼主にもわかってもらえるな」
「そのとおりです。ただし、地域内での評判と正式なランクは、あくまで別のものです」
「わかってるよ。今は協会の評価制度を全部説明しなくてもいいから。俺、まだ昼飯を食べたいんだけど」
ヴェスペラが微笑んだ。
「私も、そろそろお腹が空いてきました」
「ほら。少なくとも、俺の状況を理解してくれる人がいる」
セラフィエルが近づき、折れていた俺の襟元を軽く整えてくれた。
「帰艦後にお食事を用意するよう、すでに厨房へお願いしてありますよ、紬」
「ありがとう。本当に頼りになるな」
「そう言っていただけて嬉しいです」
ランは俺たち2人を見てから、小さくため息をついた。
「それでは、私はお食事の準備が整うまで、支出の確認を終わらせておきます」
俺は彼女を見つめた。
「ランもちゃんと食べろよ」
少し驚いたような表情を見せる。
「もちろん、こちらの作業が終わったらいただきます」
「仕事は、少し席を外したくらいで逃げたりしないだろ?」
セラフィエルが頷いた。
「私も紬に賛成です」
ヴェスペラも小さく微笑んだ。
「続きのお話は、艦に戻ってからでもできますから」
ランはしばらく黙っていたが、やがて折れた。
「……わかりました。ただし、財務報告を放置していい理由にはしないでくださいね」
「しないよ」
俺は満足して微笑んだ。
少なくとも今日は、議論に1つ勝つことができたらしい。
アストレオン・ヴェロリアへ戻ると、グランドサロン近くのラウンジに、レアが立っているのを見つけた。
彼女はずいぶん満足そうな顔をしていた。
狐耳はぴんと立ち、俺たちの姿を見ると、尻尾がゆっくりと揺れ始めた。
「紬! どうだった?」
「2件とも契約は完了。基本報酬の入金も確認できたよ」
「おおっ! じゃあ600,000 GC?」
「そう。総額だぞ」
レアは頷いた。
「知ってるよ。最後の部分を言い忘れたら、ランがすぐに注意するに決まってるもんね」
「お前たち、その辺りでは本当に息が合ってるよな……」
レアが笑った。
ほどなくして、カリスタも廊下の向こうから現れた。
点検用の端末を持っており、ハンガーでの作業を終えたばかりのようだった。
「紬、レアのモビルフレームは点検しておいたよ。大きな損傷はないけど、いくつかのアクチュエーターは、戦闘使用後の追加検査が必要だね」
レアがすぐに両手を上げた。
「私、無茶な機動なんてしてないよ!」
「そんなこと言ってないだろ」
「でも、さっきからずっと私の機体を調べてるじゃない!」
「戦闘作戦で使ったばかりだからだよ。あんたが大丈夫だと思っているからって、点検を省いてほしいのかい?」
レアは黙り込んだ。
「……それは嫌」
「だったら、文句を言わない」
俺は小さく笑った。
「カリスタの言うとおりだよ。モビルフレームは、使用するたびに記録を残さないと。深刻な故障が起きるまで、点検をしないわけにはいかないだろ?」
レアは少し残念そうな顔で俺を見た。
「紬までカリスタの味方なの?」
「整備に関しては、もちろん」
「うぅ……」
カリスタが満足そうに微笑んだ。
「よし。少なくとも、うちの艦長にはまだ常識が残っているようだね」
「俺はいつだって常識があるつもりなんだけど」
「状況によるね」
俺は、それ以上の反論を控えることにした。
食事の後、俺たちはグランドサロンに集まった。
今回は、ずっとくつろいだ雰囲気だった。
救難通信もなければ、攻撃船もいない。追加書類への署名を求めてくる協同組合の担当者だっていなかった。
俺は温かい飲み物の入ったカップを手に、ソファへ腰を下ろしていた。
レアはデザートを楽しみ、ヴェスペラは現地の航法情報を読んでいる。カリスタも、ときどきエンジニアリングの報告書へ目を通していた。
ランとセラフィエルは、俺からそう遠くない場所に座っている。
俺は、たった今完了した仕事の概要を眺めた。
物流の輸送。
調査船の捜索。
データの保全。
そこで、以前から少し気になっていた疑問が浮かんできた。
「そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ランが顔を上げた。
「何でしょう、紬?」
「傭兵って、本来は海賊船を狩ったり、武装集団と戦ったりする仕事を、もっと頻繁に受けるものじゃないのか? どうして俺たちは最近、物流輸送の契約ばかり受けてるんだろう?」
セラフィエルが答えようとした。
けれど、彼女が口を開くよりも先に、ランが端末を置いた。
「アストレオン・ヴェロリアには、非常に大きな貨物積載能力があるからです、紬」
俺は彼女へ顔を向けた。
「それは知ってるけど」
「でしたら、商業的な視点から考えてみてください。私たちには、途方もない量の物資を運べる船があり、長距離航行能力も、十分な支援設備も揃っています。なぜ、収入源を海賊狩りだけに限定する必要があるのでしょうか?」
ランは艦内の積載容量を示す図を拡大した。
「アストレオン・ヴェロリアの貨物区画には、中規模の宇宙ステーションを建設するための資材や構成部品を積み込んだとしても、輸送条件に合わせて適切に計画・梱包されていれば、なお十分すぎるほどの余裕があります」
俺はその図を見つめた。
「そんなに?」
「はい。しかも、使用可能な全容積を、1種類の貨物だけに割り当てるわけではないことも考慮したうえでの話です」
彼女は内部構成の別の部分を指さした。
「民間の仕事には必要のない追加兵装で、その広大な空間を埋め尽くすくらいなら、利用可能な積載能力を高額な物流契約に活用するほうが、はるかに合理的です」
セラフィエルは、その説明を聞きながら微笑んでいた。
ランは、さらに真剣な口調で続けた。
「それに私は、アストレオン・ヴェロリアが、銀河中から脅威と見なされる理由を与えてしまうほどの兵装を積んだ船として知られることを望んでいません」
俺は黙り込んだ。
「……ずいぶん極端な言い方だな」
「実際、この艦そのものが極端なのです、紬」
ヴェスペラが航法端末を閉じ、話に加わった。
ランはスクリーンに表示されたアストレオン・ヴェロリアの公開登録情報を指さした。
「現在、私たちは『超高級・長距離航行型プライベート宇宙船(Ultra-Luxury Long-Range Private Starship)』として登録されています。この登録上の身分があるからこそ、個人旅行を行いながら、運用許可に適合した仕事を受けられるのです」
「そうだな」
「小型の海賊船を追いかけるためだけに、本来の軍事能力をすべて見せ始めたとして、どのような商業的利益があるのでしょう?」
俺は少し考えた。
「……あまりないな」
「そのとおりです。むしろ、不必要な注目を集めることになります。国家、警備会社、軍事組織、さらには大規模な犯罪集団まで、なぜ独立傭兵がそれほどの能力を持つ艦を所有しているのか、疑問を抱き始めるかもしれません」
彼女は腕を組んだ。
「私は、この艦に途方もない兵装があることを見せつけたいがために、銀河全体を敵に回すよりも、安定した収入を得るほうが好きです」
俺はゆっくりと頷いた。
確かに、筋は通っている。
俺が望んでいるのは、金を稼ぎながら旅を楽しむことだ。
力を見せびらかすのが好きすぎるせいで、大艦隊を相手にし続けなければならない人間になることじゃない。
「つまり、輸送の仕事は、むしろアストレオン・ヴェロリアに向いているわけか」
「非常に向いています」とランは答えた。「必要に応じて、物流、護衛、調査、保安などの契約を受ければいいのです。海賊狩りも選択肢の1つではありますが、傭兵が収入を得る方法は、それだけではありません」
レアが手を上げた。
「でも、たまには戦闘の仕事も受けていいんだよね?」
俺は彼女を見た。
「契約内容がまともならな」
「やった!」
カリスタがため息をついた。
「それと、毎回の仕事が終わるたびに、私がアクチュエーターを全部交換する羽目にならないことも条件だね」
「カリスタ!」
俺は笑った。
どうやら、レアがこの艦で暮らしている限り、モビルフレームを巡る議論は終わりそうにない。
続いて、カリスタがアストレオン・ヴェロリアの内部構成図を拡大した。
何かを探しているようだった。
「そういえば、セラフィエル。前から1つ聞いておきたかったことがあるんだ」
「何でしょう、カリスタ?」
「アストレオン・ヴェロリアと同じ水準の基本仕様と技術を持つ、あの中型船って、いったい何のためにあるんだい? ユニットが存在することは知ってるけど、ほとんど使ってないだろ?」
俺は顔を上げた。
中型船?
以前セラフィエルに見せてもらった設備一覧を、頭の中で思い返す。
アストレオン・ヴェロリアには、公開登録情報から確認できるものよりも、はるかに多くの装置や車両が保管されている。
中には、俺自身がまだ直接使ったことのないものさえあった。
セラフィエルが、主要クルーだけにアクセスが許された内部画面を開いた。
そこには、一般的な個人所有船とは異なる設計を持つ中型船が表示されていた。
構造を見る限り、重量物を扱う仕事を想定しているようだが、その運用能力は船体のサイズから考えられる水準を大きく超えているらしい。
「そのユニットは、多目的支援船です」とセラフィエルが説明した。「主な用途は、大型物体の取扱いが必要になった場合の曳航船、あるいは牽引船としての運用です。ただし、状況に応じて攻撃艦として使用することもできます」
カリスタは目を輝かせて、その図を見つめた。
「つまり、単なる物流支援船じゃないってことかい?」
「はい。基本能力にはアストレオン・ヴェロリアと同じ技術水準が用いられています。ただし、構成と運用能力は、そのユニットの大きさと用途に合わせて調整されています」
「どうして今まで使ってなかったんだい?」
「これまで、その使用を必要とする状況がなかったからです」
俺は頷いた。
実に単純な答えだ。
けれど、セラフィエルの説明はまだ終わっていなかった。
彼女は甘い笑顔を浮かべて、カリスタへ顔を向けた。
「カリスタが試してみたいのでしたら、どうぞ。紬から運用許可をいただき、すべての安全手順を満たしていれば、ご自身で海賊船を攻撃するために使用していただいても構いませんよ」
カリスタは固まった。
「……は?」
「その船には、まだ正式名称もありません。ですから、試験を希望されるのであれば、必要な構成やシミュレーションをご用意できます」
レアが勢いよく顔を上げた。
「待って! 今まで一度も使ってない中型攻撃艦があって、カリスタが試してもいいの!?」
「いきなり戦闘に持ち出すなんて言ってないだろ!」とカリスタが声を上げた。
セラフィエルは、ますます楽しそうに微笑んだ。
「もちろんです。私は、そのユニットの機能に応じた使用方法をご提案しただけですよ」
俺はセラフィエルを見つめた。
「……わざとからかってるだろ?」
「少しだけです、紬」
カリスタは、もう一度その中型船の画面を見た。
「私はただ、推進システムと構造、それから牽引能力を調べたいだけだよ。1人で海賊を探しに行くつもりなんてないからね」
「だったら、まずはシミュレーションから始めよう」と俺は言った。「ユニットを研究するのは構わない。ただし、明確な運用計画もなしにアストレオン・ヴェロリアから出すのは駄目だぞ」
「当然だろ。私だって、そこまで馬鹿じゃないよ」
レアがカリスタへ近づいた。
「ねえ、今度試験するとき、私も見に行っていい?」
「いいよ。ただし、船のあちこちにモビルフレームを搭載したいなんて、いきなり言い出すんじゃないよ」
「私、まだ何も言ってないよ!」
「顔に書いてある」
俺は2人のやり取りを見て笑った。
どうやら、この後はカリスタにも、余暇を使って取り組める新しい研究課題ができそうだ。
それが予算や本来の仕事を妨げない限り、俺としては異論はない。
中型船についての話をしているうちに、俺は再び財務のことを思い出した。
セラフィエルへ視線を向ける。
「そういえば、もう1つあった」
「はい、紬?」
「俺の個人資金を最初から全部計算したら、今の合計はいくらになるんだ? これまでの残高と収入をまとめて見ておきたい。巻や星系が変わったからって、以前の仕事で受け取った報酬が消えてしまうのは困るからな」
ランがすぐに顔を上げた。
「よいご質問です。私も、紬の個人資産の記録が、アストレオン・ヴェロリアの運用支出ときちんと分離されていることを確認しておきたいと思います」
セラフィエルが、取引記録と同期された個人財務アーカイブを開いた。
「記録済みの残高と取引を使用しますね、紬。今回受領した契約報酬は過去の残高と区別し、すでに以前の残高に含まれている収入を、重複して加算することはありません」
俺の目の前に、画面が現れた。
紬――個人財務アーカイブ
| 記録 | 金額 |
| ------------------------------- | ------------ |
| アウレリス・セレナの輸送報酬受領後に確認された過去の残高 | 4,700,000 GC |
| 上記の過去残高にすでに含まれているアウレリス・セレナの輸送報酬 | 2,500,000 GC |
| その後に記録されたヴェルドラコンでの傭兵協会報奨金 | 1,000,000 GC |
| その後に記録されたオーレリアからの贈与 | 1,400,000 GC |
| C-121-SVの総収入 | 180,000 GC |
| C-124-RSの総収入 | 420,000 GC |
俺は数字を見つめた。
「つまり、この2,500,000 GCは、すでに4,700,000 GCの残高に含まれているから、もう一度足しちゃ駄目なんだよな?」
「そのとおりです、紬」とセラフィエルが答えた。「その過去残高は計算の基準点であり、追加の取引ではありません」
ランが画面の下部を指さした。
「それから、記録上の収入合計と、実際の現金残高は区別する必要があります。旅費、補給費、ドッキング費用、食費、その他の運用費用も、無視してはいけません」
セラフィエルが次の照合結果を表示した。
確認済み記録に基づく残高照合
| 項目 | 金額 |
| ------------------------------ | ------------- |
| 過去の基準残高 | 4,700,000 GC |
| その後に記録された収入:協会報奨金およびオーレリアからの贈与 | +2,400,000 GC |
| イリリオンでの2件の契約報酬 | +600,000 GC |
| 基準残高以降の出金取引を調整する前の合計 | 7,700,000 GC |
| 基準残高以降の支出および資金移動 | 実際の取引台帳に準拠 |
| C-124-RSの回収ボーナス | 未計上 |
俺はセラフィエルを見た。
「つまり、7,700,000 GCを、そのまま自由に使える残高だと思っちゃ駄目なんだな?」
「はい。これは、過去の支払いを二重計上せずに特定できる基準残高と、その後の収入を照合した結果です。実際の残高については、記録済みのすべての出金取引と、資金の区分管理を反映する必要があります」
ランが満足そうに頷いた。
「だからこそ私は、個人資金、運用予算、契約収入を常に分けて管理しているのです。この艦は確かに巨大ですが、艦の大きさによって生活費が消えてなくなるわけではありませんから」
俺は小さくため息をついた。
「俺はただ、自分がいくら持っているのか知りたかっただけなんだけどな」
「そして私は、見た目だけは嬉しくなるような間違った数字ではなく、正しい数字をお伝えしたいのです」
俺はしばらく彼女を見つめ、やがて微笑んだ。
「わかったよ。理解した」
セラフィエルが、その画面を財務アーカイブへ保存した。
「過去の残高と、すでに記録されたすべての取引は、今後も維持されますよ、紬。新しい契約や旅を始めたからといって、以前の報酬が記録から消えることはありません」
「よし。それを確認したかったんだ」
俺はソファへ身体を預けた。
全長8,600メートルの個人所有船を持つというのは、やっぱりランのような人間が必要になることなのかもしれない。
すべての支出を監督なしで俺に任せたら、きっと俺は「そんなに高くないだろ」と言いながら、次々と何かを買い続けてしまうだろう。
もっとも、美味しい食事は十分に価値のある出費だと、今でも思っているけどな。
夕方近くになって、レアはようやくカリスタと一緒に、モビルフレームの使用報告書をまとめ終えた。
彼女は満足そうな表情で、ソファへ身体を投げ出した。
「はぁぁ……やっと終わったぁ!」
俺は顔を向けた。
「点検はどうだった?」
「全部記録したよ。カリスタは大きな問題はないって言ってたけど、いくつかの部分は整備予定に従って、また確認するんだって」
後ろから歩いてきたカリスタが、すぐに付け加えた。
「戦闘で使った機体を、普通の訓練と同じように扱うわけにはいかないからね」
「わかってるってば!」
「よし。だったら、私が機体を点検するたびに文句を言わないことだね」
レアは頬を膨らませた。
俺は小さく笑った。
「とにかく、昨日はよくやったよ。民間船を危険にさらさずに、調査モジュールを奪おうとしていた船を追い払えたんだからな」
レアはすぐに背筋を伸ばした。
「本当?」
「もちろん。指示にも従ってくれたし、相手が撤退した後も追いかけなかった。いい結果だったよ」
彼女の尻尾が、さっきよりも速く揺れ始めた。
「えへへ……じゃあ、私もパイロットとして、だんだん上達してきたってことだよね?」
「ああ。でも、自信を持ちすぎるなよ。まだまだ学べることはたくさんあるんだから」
「わかってるよ。今度カイラに会ったら、成長したところを見せたいな!」
俺は微笑んだ。
カイラなら、俺の単純な褒め言葉よりも、ずっと厳しい評価を下すかもしれない。
けれど、それは悪いことじゃない。
レアには、安全を軽視せずに成長を助けてくれる相手が必要なのだから。
「だったら、これからも訓練を続けよう。でも今日は、もう休んでいいぞ」
「了解、紬!」
続いて、セラフィエルが俺たちの飲み物を持って近づいてきた。
俺の前にカップを1つ置き、ソファの隣へ腰を下ろす。
「契約に関する報告書はすべて保存済みです。協同組合からも、直ちに対応が必要な追加依頼は届いていません。ようやく自由な時間ができましたね、紬」
俺はカップを手に取った。
「やっとだ……」
「何かしたいことはありますか?」
俺は少し考えた。
「今は美味しいものを食べて、イリリオン・ヴェスタの景色を眺めて、それからしばらく『契約』って言葉を聞かずに過ごしたいな」
向かいのソファで端末を読んでいたランが、突然顔を上げた。
「それでしたら、お休みになった後で、少しご覧いただきたいものがあります」
俺はすぐに彼女を見た。
「ラン」
「はい?」
「今、契約って言葉を聞きたくないって言ったばかりなんだけど」
「私はまだ、その言葉を口にしていませんよ」
「でも、顔に仕事関係の何かがあるって書いてあるぞ」
ランが微笑んだ。
「どうやら、紬も私の表情を読めるようになってきたようですね」
セラフィエルが小さく笑った。
俺は首を横に振った。
まあ、いいか。
どうやら、俺の休憩時間はあまり長く続きそうにない。
夕食後、グランドサロンの窓からイリリオン・ヴェスタの景色を眺めていると、ランが再び近づいてきた。
ヴェスペラは少し離れた場所に座り、現地の交易航路に関する情報を読んでいる。
セラフィエルは艦の予定表の更新を終えようとしていた。
ランが端末をテーブルへ置いた。
「紬、なかなか興味深い募集を見つけました」
俺は彼女を見た。
「また仕事?」
「はい。ただし、今すぐ受諾してほしいわけではありません。まずは情報だけ、ご覧いただきたいのです」
1枚の募集カードが表示された。
傭兵協会――新規商業案件
| 項目 | 内容 |
| ---- | ------------------------------ |
| 募集元 | ナマリス・エクスチェンジ・ステーション |
| 分類 | 商業護衛 |
| 状態 | 条件確認可能 |
| 初期評価 | Cランク事業者として検討可能なリスクに対し、より魅力的な報酬 |
俺は概要を読んだ。
ナマリス・エクスチェンジ・ステーション。
以前ヴェスペラが確認していた交易航路の一覧にも、その名前があったはずだ。
「ここって、イリリオンを離れた後に使える航路上にある場所じゃなかったか?」
ヴェスペラが頷いた。
「そのとおりです。ナマリスは、現地の交易航路を利用して到達できる目的地の1つです。すでに次の寄港地候補にも加えてあります」
ランは満足そうに微笑んだ。
「それが、私が興味を持った理由です。旅程を大きく変更する必要がありません。それに、商業護衛の契約であれば、アストレオン・ヴェロリアの本来の能力をすべて見せることなく、運用能力を活用する機会にもなります」
俺はもう一度、その募集内容を眺めた。
商業護衛か。
物流輸送と調査船の捜索を終えた後、次の仕事は再び交易と交渉の世界へ俺たちを連れていくことになりそうだ。
俺はランをちらりと見た。
海賊船の追跡について話していたときよりも、ずっと楽しそうにしている。
「本当に、こういう仕事が好きなんだな」
「もちろんです。交易は私の専門分野ですから、紬。契約を正しく選べば、きっとよい成果を得られると思います」
俺は小さく微笑んだ。
「わかった。明日、確認しよう。決める前に、条件、報酬、リスク、責任範囲を知っておきたいからな」
「それこそ、私が聞きたかったお言葉です」
続いて、セラフィエルが端末を閉じ、こちらへ近づいてきた。
「それでは、ナマリス・エクスチェンジ・ステーションへ向かう航法情報を準備しておきましょうか?」
「候補として用意しておいてくれ。まだ契約を受けたわけじゃないからな」
「了解しました、紬」
俺は再び、窓の外に広がる惑星へ目を向けた。
ヴェルドラコンを離れてから6日。
俺たちは正式な仕事を2件完了し、総額600,000 GCの基本報酬を受け取った。
地域内での評判も、少しずつ高まっている。
クルーは全員、良好な状態を保っている。
そしてアストレオン・ヴェロリアは、本来の能力を銀河中へ見せつけることなく、今も旅を続けられる。
俺としては、十分に満足できる結果だった。
おまけに、また新しい場所を訪れる理由もできた。
俺は飲み物の入ったカップを持ち上げた。
「よし。イリリオンの次は、ナマリスになるかもしれないな」
ランが微笑んだ。
「利益のある旅になるよう、私が確認いたします」
ちょうどグランドサロンへ入ってきたレアが、すぐに顔を上げた。
「ナマリス? そこ、美味しいものあるの?」
俺は笑った。
「まだ出発もしてないだろ」
「ちょっと聞いただけだよ!」
後ろから歩いてきたカリスタが、呆れたように首を横に振った。
「あんた、本当にいつも食べ物のことばかり考えてるね」
「紬だってそうじゃん!」
全員の視線が、一斉に俺へ向けられた。
俺は1人ずつ、その顔を見渡した。
「……否定はしないよ」
グランドサロンが笑い声に包まれた。
そして、仕事と報告書に追われた長い時間の後、俺はほんのひととき、自分が望んでいた生活がようやく目の前に戻ってきたような気がした。
【次回・第128話】
「ナマリス交換ステーション」
アストレオン・ヴェロリアはイリリオン・ヴェスタを離れ、交易航路に沿ってナマリス・エクスチェンジ・ステーションへ向かう。その独立交易拠点で、ランは契約の精査、交渉、そして新たな商機の発見を通じて、商業のプロとしての実力を発揮し始める。




