【第126話】「小惑星帯の交戦」
【第126話】「小惑星帯の交戦」
ヴェルドラコン出航後・5日目 場所:イリリオン外縁調査帯 POV:星崎紬
救難信号を発見することと、その信号を発信した人間を発見することの間には、かなり大きな違いがある。
信号が教えてくれるのは、ある方向に何かが存在しているということだけだ。そこで何が起きたのか、発信者がまだ無事なのか、あるいは周囲に別の危険が待ち受けているのかまで、必ずしも教えてくれるわけではない。
ましてや、その発信源が巨大な小惑星の裏側にある場合はなおさらだ。
俺はアストレオン・ヴェロリアの指揮デッキで、メインスクリーンに表示されたセンサー情報を見つめていた。
前回の捜索の最後に発見した電波は、今も断続的に現れている。俺たちの艦と、観測方向を遮る小惑星との位置関係が変わるたびに、信号強度も変化していた。
「セラフィエル、識別の結果はどうだ?」
「緊急識別コードの一部を復元できました、紬。信号形式は、イリリオン調査協同組合のデータに登録されている民間調査船の通信装置と一致しています。ただし、発信源が捜索対象の船であると確定するには、まだ直接観測が必要です」
「最後に記録された位置との関係は?」
「信号源は契約C-124-RSの活動区域内にありますが、最後に記録された座標とは完全には一致していません。最終報告を送信した後も、その船が移動していた可能性があります」
俺は頷いた。
それほど意外なことでもない。
何らかの問題が発生した船が、最後に報告を送った場所で、そのまま停止するとは限らないからだ。
俺はヴェスペラへ顔を向けた。
「小惑星帯の密集した場所へ深く入らずに、もっといい角度から観測できるか?」
ヴェスペラは目の前の三次元星図を拡大した。
「可能です。外側から回り込む接近経路を準備してあります。大型小惑星を迂回する必要がありますが、左側の隙間を直接通過する航路はお勧めしません。あちらは小型天体の密度がかなり高く、一部の軌道は民間航法図にも完全には記録されていませんから」
彼女は2つの航路に印をつけた。
1つ目は距離が短いものの、破片や中型の小惑星が密集する区域を通過する。
2つ目は少し遠回りになるが、より開けた空間を通る経路だった。
俺は後者を指さした。
「こっちを使おう。誰かと競争しているわけじゃないからな」
「了解しました、紬」
セラフィエルは、観測角度の変化に合わせてセンサー表示を切り替えた。
アストレオン・ヴェロリアがゆっくりと動き始める。
パノラマウィンドウの向こうでは、それまで信号の方向を遮っていた巨大な小惑星が、少しずつ横へずれていくように見えた。
その表面には無数のクレーターと長い亀裂が刻まれ、周囲には小さな岩石の破片がいくつも漂っていた。
艦長席から少し離れた場所では、レアが地図を見つめている。
「もしあの船が小惑星の裏側にいるなら、わざとそこへ隠れているのかもしれないね」
「かもしれないな」と俺は答えた。「でも、まだわからない。実際の状態を見るまでは、事実だと決めつけないようにしよう」
「わかってるよ」
彼女の狐耳が小さく動いた。
普段のレアなら、モビルフレームを使う機会があると、もっと張り切った様子を見せる。
けれど今回は、いつも以上に集中しているようだった。
どうやら、以前のブリーフィングは右から左へ聞き流されていたわけじゃないらしい。
よかった。
俺は、ただ発進する機会を待っているパイロットよりも、状況を理解しているパイロットのほうが好きだ。
「紬、初期の視覚的接触を確認しました」
セラフィエルの声で、俺は再びスクリーンへ意識を集中させた。
小惑星の影の向こうに、人工物が姿を現した。
アストレオン・ヴェロリアよりもはるかに小さく、民間調査船に適した構造を持つ船だった。外殻の一部には損傷が見られ、片側の推進システムも正常に機能していないように見える。
セラフィエルが観測映像を拡大した。
「船体識別情報が、契約C-124-RSに記載された調査船と一致しました。また、主推進システムにも異常を検出しています。熱分布と機動時の反応から判断すると、通常の機動ができない状態にある可能性が高いです」
「つまり、見つけたわけだな」
俺は少し安心した。
少なくとも、今回の捜索は、識別すらできない残骸を見つけて終わることにはならなかった。
けれど、セラフィエルに直接呼びかけるよう頼もうとした、そのときだった。
調査船の周囲に、新たなマーカーがいくつか現れた。
1つ。
2つ。
3つ。
俺は画面を見つめた。
「……あれ、調査チームの船じゃないよな?」
「現在、識別中です」
セラフィエルが3つの反応を拡大した。
いずれも小型船だったが、装備は民間調査船とは異なっていた。対象船の周囲を移動する様子も、通常の救援活動とは思えない。
1隻は調査船の外殻近くに位置を維持している。
2隻目は、接近経路を監視できる角度へ移動していた。
そして3隻目は、調査船の船体に取り付けられたモジュールへ向けて、位置を調整しているようだった。
「軽武装の船が3隻です」とセラフィエルが報告した。「国家の艦隊や、正式な任務に就いている保安部隊であることを示す識別情報はありません。確認できる装備構成は、データや産業用部品の強奪に使用できる小型船のものと一致しています」
俺は眉をひそめた。
「あいつら、調査船を助けているのか?」
「正規の救助活動として連携している兆候は、まだ確認できていません。むしろ1隻は、貨物取扱用の装備を使って調査船の外部モジュールへ接近しています」
隣の端末で状況を追っていたランが、すぐに契約書類を開いた。
「紬、そのモジュールは、私たちが保全すべき調査データに含まれるものなのでしょうか?」
「まだわからない。セラフィエル?」
「モジュールの識別情報は、完全には確認できていません。ただし、その位置は調査船の構成情報に記載されたデータ保存ユニットの1つと一致しています」
俺はしばらくスクリーンを見つめた。
なるほど。
通信を絶った調査船を探しに来てみれば、正体不明の船が3隻もいて、何かを奪おうとしているわけか。
協同組合に予定どおりの報告が届かなかった理由も、少しずつ理解できてきた。
とはいえ、状況が見えてきたからといって、いきなり撃っていいわけじゃない。
「セラフィエル、3隻の位置と、想定される射線を図にしてくれ。調査船を危険にさらす攻撃経路がないか知りたい」
「了解しました、紬」
戦術マップが表示された。
投影された線が、3隻の移動方向、調査船の位置、そして周囲の小惑星を示している。
想定される射線の1つは、民間船のすぐ近くを通過していた。
俺はそこを指さした。
「この経路を通る反撃は避けよう」
「すでに回避すべき射線として指定しました」
ヴェスペラも同じ戦術マップを確認していた。
「紬、この小惑星の外側からアストレオン・ヴェロリアを接近させることができます。そうすれば、内側の密集域を通過することなく、よりよい観測角度と遮蔽物を確保できます」
「その航路を使ってくれ。調査船を保護できる距離を維持しよう」
「承知しました」
俺は外部通信を開いた。
あの3隻が、戦闘なしで問題を解決する気があるのか、確かめるとしよう。
「イリリオン調査協同組合の調査船周辺にいる、正体不明の3隻へ。こちらはアストレオン・ヴェロリアの事業者、Cランク傭兵の星崎紬です。現在、正式な捜索契約に基づき、人員の安全確保と調査データの保全を行っています」
俺は一度言葉を切り、通信回線が開いたままであることを確認した。
「その船からの物品の回収作業を中止してください。対象船から距離を取り、身元と、この区域にいる目的を明らかにしてください。人員の安全を脅かさず、救援活動を妨害しない限り、こちらから戦闘を始めるつもりはありません」
応答はなかった。
ただ、3隻の位置がわずかに変化しただけだ。
セラフィエルは画面を確認していた。
「1隻が私たちの送信を受信しました。2隻目にも内部通信の活動が確認されています。ただし、公開回線への応答はまだありません」
「2回目の警告を送ってくれ」
俺は再び呼びかけた。
「今なら、まだ撤退できます。調査船への行為を中止し、この区域から離れるのであれば、こちらから活動区域の外まで追跡することはありません」
数秒が過ぎた。
やがて、外部通信から声が聞こえてきた。
『そこのでかい船、余計な手出しをするな。お前らには関係ない』
荒っぽい声だった。
自分たちの身元を明らかにする気もなさそうだ。
俺は画面を見つめた。
「残念ですが、大いに関係があります。あなたたちが接近している船は、俺たちが正式な契約に基づいて捜索している対象ですから」
『だったら、ほかの仕事でも探せ』
俺はため息をついた。
どうしてこういう連中は、乱暴な言葉を使えば交渉がうまくいくと思っているんだろう。
「セラフィエル、まだモジュールを奪おうとしているのか?」
「はい。3隻目は接近を続けています。また、外側に位置する船の兵装構成にも変化を検出しました」
戦術マップに新しい線が現れた。
小型船の1隻が、俺たちの接近経路へ向けて兵装を指向している。
レアがすぐに背筋を伸ばした。
「紬」
「見えているよ」
俺は内部通信を起動した。
「関係各部署、防御態勢を引き上げてくれ。セラフィエル、必要な防御システムを起動。戦略兵装や、脅威に見合わない過剰な火力は使わないこと。調査船とその乗員の安全を最優先にする」
「了解しました。ご指示に従い、出力と射線に制限を設けた状態で防御システムを準備します」
「ヴェスペラ、安全な接近経路を維持してくれ」
「承知しました」
俺は再び外部通信を開いた。
「最後の警告です。調査船への行為を中止し、撤退してください。脅威となる行動をやめた船を、こちらから攻撃することはありません」
返ってきたのは、言葉ではなかった。
小型船の1隻が、アストレオン・ヴェロリアの接近経路へ向けて発砲した。
戦術スクリーンに閃光が走った。
セラフィエルが即座に反応する。
「発砲を検知しました。弾道は私たちの位置へ向かっています」
「防御システムを起動。調査船にも流れ弾が届かないようにしてくれ」
「了解しました」
アストレオン・ヴェロリアの防御システムは、静かに応答した。
大きな揺れはない。
この艦が本来持っている戦闘能力を見せつける必要もなかった。
軽武装船からの攻撃は、状況に合わせて調整された防御システムによって処理された。
俺は敵の3隻の位置を確認した。
1隻は、まだ俺たちへ射撃できる角度を維持している。
2隻目は、救援経路を塞ぐように移動していた。
そして3隻目は、損傷した調査船へさらに近づいている。
「本当に退く気がないんだな……」
ランは真剣な表情でスクリーンを見つめた。
「もし彼らがモジュールを持ち去ることに成功した場合、私たちの契約履行に支障が出るのでしょうか?」
「おそらくな。でも、それ以上に問題なのは、あいつらの行動で調査船の状態が悪化するかもしれないことだ」
セラフィエルが頷いた。
「調査船の外部で機械的な活動を検出しています。3隻目はモジュールの取り外しを準備している可能性があります」
レアが一歩前へ出た。
「紬、発進を許可して。私なら、アストレオン・ヴェロリアを調査船へ近づけすぎずに、モジュールを狙っている船を追い払えるよ」
俺は戦術マップを見つめた。
理にかなった提案だ。
ただし、敵の位置や周囲の危険を把握しないまま、レアを動かしたくはない。
「セラフィエル、モビルフレームの発進経路について、どう評価している?」
「現在検出されている危険な小惑星の軌道と交差しない発進回廊を設定できます。敵3隻の位置情報も、リアルタイムで提供します」
「カリスタ、レアの機体の準備状況は?」
ほどなくして、エンジニアリングから返答が届いた。
『機体は準備できてるよ。アクチュエーターも必要な装備も確認済み。レアを出すなら、敵を追って、こっちの保護範囲から遠くへ行かせないようにしてくれ』
「それは俺が確認する」
俺はレアへ向き直った。
「許可する。任務は、調査船へ接近している船を追い払うこと。撤退する相手を追跡するな。民間船の安全を最優先にして、船体へ命中する危険のある射撃は避けてくれ」
レアの狐耳がぴんと立った。
「了解、紬! 助けなきゃいけない船を壊さずに、あいつらを止めてみせる!」
「それと、張り切りすぎるなよ」
「わかってるって!」
彼女は身を翻し、急いでハンガーへ向かった。
俺は、その背後で閉じていく指揮デッキの扉を見つめた。
最後の部分も、本当に覚えていてくれるといいんだけどな。
レアが機体へ向かっている間、セラフィエルは射線図を更新した。
「紬、敵3隻が隊形を変更し始めています。先ほど私たちを攻撃した船は、新しい射撃角度を確保しようとしています。2隻目は撤退経路を維持する位置へ移動し、3隻目は依然として調査船の近くにいます」
「1隻目を、契約対象の船に当てずに制圧できるか?」
「可能です。ただし、現在の射線は調査船の位置と交差しています。敵船がその角度から外れるまで待つことを推奨します」
「判断は任せる。攻撃されたからって、慌てて撃ち返す必要はないからな」
セラフィエルはかすかに微笑んだ。
「了解しました」
航法席では、ヴェスペラがアストレオン・ヴェロリアの航路を調整し始めていた。
俺たちの艦は、大型小惑星の外側にある、より開けた空間に沿って移動していく。
俺は彼女が選んだ経路を見つめた。
過剰な機動はない。
少しでも早く有利な位置を取るために、狭い隙間を無理やり通過しようとすることもなかった。
全長8,600メートルに達するアストレオン・ヴェロリアにとって、小惑星の密集域から距離を保つという判断は、理にかなっているだけでなく、はるかに効率的でもある。
俺たちには、多くの状況に対応できる能力がある。
けれど、その能力があるからといって、わざわざ一番面倒な方法を選ぶ理由にはならない。
「紬、よりよい接近角度を確保できました」とヴェスペラが報告した。「小惑星帯の最深部へ進入せずに、調査船への監視を維持できます」
「よし。可能な限り、その位置を保ってくれ」
続いてセラフィエルが内部通信を開いた。
「レア、発進回廊の準備ができました。戦術情報の更新は、機体のシステムへ直接送信します」
『受信したよ! もうコックピットにいる。カリスタが最後の確認をしてくれてるところ!』
すぐにカリスタの声が続いた。
『レア、必要のない機動でアクチュエーターに無理をさせるんじゃないよ。それから、小惑星の位置が航法データと一致しないようなら、回避を優先すること』
『わかってるよ、カリスタ』
『よし。格好つけたいだけで、余計な損傷を増やした機体なんて持ち帰ってほしくないからね』
『そんなことしないってば!』
俺は笑いをこらえた。
敵の攻撃船が3隻もいる状況でも、カリスタはモビルフレームの整備について忘れないらしい。
むしろ、だからこそ俺は彼女を信頼しているのかもしれない。
「発進を許可する」と俺は言った。
ハンガーの映像では、レアのモビルフレームが出口へ向けて移動し始めていた。
ほどなくして、その機体はアストレオン・ヴェロリアを離れ、宇宙空間へ飛び出した。
『レア・ヴァレン、発進完了。戦術データも鮮明に受信できてるよ』
「目標は、調査船へ接近している船だ。民間船を背にした射撃はするなよ」
『了解、紬。あいつらと、狙っているモジュールの間に入るね』
レアは機体の進行方向を変えた。
戦術スクリーンには、モビルフレームのマーカーが、セラフィエルの設定した回廊に沿って移動する様子が映っている。
3隻目も、どうやら彼女の存在に気づいたらしい。
すぐに元の位置を離れ、調査船の反対側へ回り込もうとした。
けれど、レアのもとには航路情報がリアルタイムで届いていた。
『あっ、駄目だよ。そっちは通さないからね』
彼女のモビルフレームが動き、敵船の接近経路を遮った。
体当たりしたわけじゃない。
調査船に命中する危険のある、大規模な攻撃を放ったわけでもない。
相手が接近を中止するか、対象から離れる方向へ進路を変えるしかない位置を、レアは確保したのだ。
小型船は、2度目の機動を試みた。
レアも再び位置を調整する。
『紬、この船、まだモジュールへ近づこうとしてる。私はこのまま進路を塞いでおくね』
「頼む。向こうが退いたら、そのまま行かせてやれ」
『了解!』
俺は満足して頷いた。
彼女は、きちんと任務を遂行している。
俺たちの目的は、敵船をすべて破壊することじゃない。
調査船に対する脅威を止めることだ。
余計な損傷を増やさずにそれを達成できるなら、むしろそのほうがいい。
けれど、残る2隻は、その展開を気に入らなかったらしい。
先ほどアストレオン・ヴェロリアを攻撃した船が、兵装の向きを変え始めた。
セラフィエルが即座にその動きを示した。
「紬、1隻目がレアの位置に対する射線を確保しようとしています。2隻目は外側の機動空間を塞ぐように移動中です」
俺は画面を見つめた。
「レア、気をつけろ。1隻がお前に兵装を向けようとしている」
『見えてるよ。調査船からは距離を取っておくね』
「セラフィエル、民間船の通信を妨害せずに、敵の照準を乱すことはできるか?」
「可能です。敵船の照準システムの特性と、調査船が使用している通信回線は区別できています。現在兵装を指向している対象に限り、限定的な妨害を適用できます」
「やってくれ」
「了解しました」
ほどなくして、敵船の照準表示に変化が現れ始めた。
セラフィエルは、周辺の装置すべてに影響しかねない広域妨害を使わなかった。
照準を合わせようとしている攻撃船のシステムだけに、限定して介入したのだ。
「妨害の適用に成功しました。敵の照準精度が低下しています。ただし、完全なロックオンができなくても、射撃そのものは可能です」
「なら、もう危険じゃないとは考えないようにしよう」
「もちろんです、紬」
1隻目が再び発砲した。
弾道はレアには命中しなかったが、パイロットがまだ攻撃を続けるつもりだとわかる程度には近かった。
俺はその船の位置を見つめた。
「今なら安全な射線を確保できるか?」
セラフィエルが地図を拡大した。
「はい。1隻目は、調査船と射線が交差する位置から外れました。出力を制限した精密射撃で、推進システムの一部を狙うことができます」
「無力化を優先してくれ。必要のない部分へは撃たないように」
「了解しました」
俺は承認を出した。
「撃て」
外部映像に、短い閃光が走った。
大規模な兵装による連射はない。
小惑星帯全体を薙ぎ払うようなエネルギーの奔流もない。
セラフィエルが選定した箇所へ向けて、精密射撃が1発放たれただけだった。
ほどなくして、1隻目は通常の機動能力を失った。
戦術マーカーの表示が変化する。
TARGET 01――推進システム無力化
「対象の推進システムを無力化しました」とセラフィエルが報告した。「調査船への着弾を示す兆候はありません。敵船は、効果的な攻撃を継続できる状態ではなくなっています」
俺は息を吐いた。
「よし。引き続き状態を監視してくれ。必要がなければ、もう撃たなくていい」
「了解しました」
俺は、今では宇宙空間で限られた動きしかできなくなった小型船を見つめた。
撤退する機会は与えた。
それでも、向こうは撃つことを選んだ。
そして今、そのうちの1隻は、もう攻撃を続けられなくなった。
俺としては、それで十分だ。
残る2隻の攻撃船は、行動を変え始めた。
先ほどまで調査モジュールを奪おうとしていた船は、もう接近を試みていない。
レアは依然として、その船と契約対象の間に位置を維持していた。
『紬、目の前の船が退き始めたよ。もうモジュールを取り外そうとする動きも見えない』
「そのまま監視を続けてくれ。追いかけるなよ」
『了解』
一方、2隻目は小惑星の外側へ移動していた。アストレオン・ヴェロリアの直接的な有効範囲に入らずに、位置を維持できる経路を探しているようだった。
けれど、ヴェスペラが選んだ接近経路のおかげで、俺たちの艦は調査船周辺の開けた空間を、よりよい角度から監視できている。
セラフィエルが戦術マップを更新した。
「紬、現在の私たちとレアの位置によって、あの2隻が調査船へ接近する際に使用していた経路を塞げています。撤退するための空間は残っていますが、モジュールの回収作業を続けるには、再び私たちの保護区域へ入る必要があります」
俺は頷いた。
「よし。撤退する道は残しておこう。逃げ場がないせいで、戦い続けるしかない状況にはしたくないからな」
ランが俺へ顔を向けた。
「合理的な判断です。追跡は、そもそも今回の契約の目的にも含まれていませんから」
「そのとおり」
俺は再び外部通信を開いた。
「まだ機動可能な2隻へ。そちらの1隻は、攻撃を行ったため無力化しました。調査船に対するすべての行為を中止し、こちらの保護区域から離れてください。契約対象への脅威が止まる限り、追跡は行いません」
すぐに返答はなかった。
けれど、2隻の航路が変化したことは明らかだった。
先ほどまでモジュールを狙っていた船が、調査船から離れ始めた。
2隻目もそれに続く。
もう、対象の周囲に位置を維持しようとはしていなかった。
「セラフィエル、防御態勢を引き下げる前に、あいつらが本当に離れていくことを確認してくれ」
「はい、紬」
しばらくすると、2つのマーカーは観測区域の外側へ向かって移動していった。
レアはモビルフレームのセンサーでその動きを追っていたが、調査船の近くからは離れていない。
『紬、あいつら撤退してるよ。活動区域の境界まで追ったほうがいい?』
「いや。お前の任務はもう達成できている。調査船の近くに残って、直接的な脅威がないことを確認してくれ」
『了解!』
俺はもう一度、地図を見つめた。
2隻は逃走。
1隻は無力化。
そして、契約対象である調査船は、まだ元の場所に残っている。
この結果を、わざわざ不要な追跡に変える理由はなかった。
「ヴェスペラ、安全な位置を維持してくれ。セラフィエルは無力化した船と、撤退中の2隻の監視を続けること。新たな脅威が発生しない限り、追加攻撃は行わない」
「了解しました、紬」
直接的な脅威がなくなると、俺たちの注意は再び調査船へと向けられた。
セラフィエルは、イリリオン調査協同組合から提供された正式な識別情報を使い、通信回線を開いた。
「イリリオン調査船、こちらアストレオン・ヴェロリア。捜索契約C-124-RSに基づいて活動しています。先ほど救援活動を妨害していた3隻は、無力化、または区域外への撤退によって脅威を停止しました。乗員の状態と、船内システムの稼働状況を報告してください」
数秒が過ぎた。
やがて、疲れたような声が返ってきた。
『アストレオン・ヴェロリア……呼びかけを受信しました。こちらイリリオン調査船です。船内には、まだ乗員が残っています。主推進システムが損傷しており、長距離通信も正常に機能していません』
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
ようやくだ。
人間の声が聞こえた。
断続的に現れる識別コードだけじゃない。
「こちらで位置を確認できています。至急の医療支援が必要な方はいますか?」
『現在、全員の状態を確認しています。今のところ、緊急の医療搬送を必要とする負傷者の報告はありません。ただし、主推進システムを使って帰還することはできない状態です』
「了解しました。無理に機動しないでください。船の状態について報告を受けた後、支援手順を決定します。それまでは、こちらで保護位置を維持します」
『ありがとうございます……本当に、間に合うように誰かが来てくれるとは思っていませんでした』
俺は外部映像を見つめた。
拡大された小型調査船は、先ほどよりもずっと頼りなく見えた。
船体の一部には損傷の痕跡があり、イリリオン・ヴェスタまで帰還するための推進システムも、正常な反応を示していない。
彼らがあの状態で、どれくらいの時間を耐えていたのかはわからない。
それでも、少なくとも、あの3隻の略奪船が狙っていたものを奪う前に、俺たちは到着できた。
「セラフィエル、イリリオン調査協同組合へ通知を送ってくれ。調査船を発見。乗員からの応答は確認できているが、主推進システムが損傷している。現在、船の状態確認とデータ保全の準備を進めている、と」
「はい、紬」
「レア、周辺の安全が確認されるまでは、引き続き艦外で待機してくれ。その後は手順に従って帰還。カリスタと調査船の乗員との調整なしに、船体検査を始めるなよ」
『了解!』
続いて、俺はカリスタへ連絡した。
「船を見つけた。主推進システムが損傷しているらしい。向こうの技術報告を評価して、移動支援や姿勢の安定化が必要かどうか、判断を手伝ってほしい」
『データを送って。システムの状態を見るまでは、こっちから何かを提案するつもりはないから』
「わかった」
ずっと状況を見守っていたランが、ようやく小さく息を吐いた。
「少なくとも、乗員とは連絡が取れましたね」
「ああ。今日聞いた中では、それが一番いい知らせだよ」
俺は戦術スクリーンを見つめた。
さっきの小型船3隻は国家の艦隊でもなければ、銀河の大国を巻き込むような紛争の一部でもなかった。
困難な状況にある民間船から、何かを奪おうとしていた略奪者の集団にすぎない。
けれど、あの調査船の中にいた人たちにとっては、その脅威は決して小さなものではなかったはずだ。
幸い、今回はすべてが手遅れになる前に到着できた。
調査船の周囲が、支援活動を続けるうえで十分に安全だと判断されると、乗員との通信も以前より安定するようになった。
セラフィエルは、相手が使用可能な回線を通じて情報交換を調整し、カリスタは送られてきた推進システムの損傷報告の確認を始めた。
レアは、逃走した2隻が再び接近してこないことを確認するまで、保護位置を維持している。
俺自身は、契約C-124-RSの進捗を確認していた。
調査船を発見することは、仕事の第1段階だ。
調査データの保全は、まだ完了していない。
「セラフィエル、さっきあの3隻が奪おうとしていたモジュールが、まだ調査船の乗員の管理下にあるか確認してくれ」
「はい」
問い合わせが送信された。
ほどなくして、調査船の技術者の1人から返答が届いた。
『主記憶モジュールは、まだ取り付けられたままです。救援船が到着する前に、取り外しを阻止することができました。ただし、強引に回収しようとされた影響で、固定機構の一部に不具合が生じており、検査が必要です』
「中のデータには、まだアクセスできますか?」
『現在、整合性を確認しています。少々お待ちください』
相手からは直接見えないだろうが、俺は頷いた。
「構いません。無理にモジュールを開いて、かえってデータを破損させるようなことは避けてください。必要な手順に従って、こちらも支援します」
『了解しました』
しばらくして、その技術者が再び連絡してきた。
今度は、声の調子が少し違っていた。
攻撃船に対する恐怖からではない。
たった今、何かを発見したからのようだった。
『星崎艦長、保存領域のインデックスの一部を確認できました。彼らがどうして、あれほど執拗にこのモジュールを奪おうとしていたのか、少しわかってきた気がします』
俺は眉を上げた。
「どういうことですか?」
『このモジュールには、私たちの調査区域で取得した鉱物データが保存されています。その結果の一部は、まだ協同組合から公表されていないものです』
ランがすぐにスクリーンへ顔を向けた。
「未公開の鉱物データですか?」
『そうです。まだ検証作業がすべて終わっていないため、現時点で商業的価値について結論を出すことはできません。ただ、そのデータが公開報告書から入手できないものであることは確かです』
俺は調査船の映像に表示されたモジュールのマーカーを見つめた。
つまり、あいつらは単に転売できる部品を奪おうとしていたわけじゃないのかもしれない。
モジュール内の情報そのものが、この調査船を狙った主な理由である可能性もある。
もちろん、それを確かめるには、まだ証拠が必要だ。
1つの手がかりだけで、勝手に話の全体像を作り上げるつもりはない。
「わかりました。そのデータの内容を公開回線で流さないようにしてください。モジュールを保全し、現在の状態を記録してください。復元できた情報はすべて、契約に従って協同組合へ引き渡しましょう」
『了解しました、艦長』
俺は一度通信を閉じ、ランへ顔を向けた。
「どうやら、俺たちの180,000 GCの配送仕事は、本当に別のものへ発展したみたいだな」
ランは両腕を組んだ。
「幸い、追加業務を口頭で引き受けたりはされませんでしたからね。今の私たちには、業務範囲と報酬が明確に定められた、別の契約があります」
「総報酬額420,000 GC。条件付きのボーナスは別だな」
「そのとおりです。そして、その使い道を考え始める前に、すべての活動費用と、モビルフレーム使用後の点検費用を計算する必要があります」
俺は苦笑した。
「まだ何か買いたいなんて、一言も言っていないんだけど」
「先回りしているだけです」
そのとき、通信回線から突然レアの声が聞こえてきた。
『紬! 撤退した2隻はもう十分に離れたし、戻ってくる様子もないよ。そろそろ帰っていい?』
「もちろん。よくやった、レア。セラフィエルが指定した回廊を通って戻ってきてくれ」
『了解! それと、帰ったらご飯も食べたいな。いろんなことに気を配りながら位置を維持するのって、思ったよりお腹が空くんだよね』
カリスタがすぐに割り込んできた。
『帰還したら、機体のアクチュエーターを点検するからね。ハンガーからすぐに出ていくんじゃないよ』
『ええっ!? でも、お腹空いた!』
『点検が先。食事はその後』
俺は小さく笑った。
どうやら、アストレオン・ヴェロリアにも、いつもの雰囲気が戻り始めたらしい。
艦の外では、小惑星帯が今も広大な空間に広がっている。
通信を絶った調査船はようやく発見され、その乗員も応答できる状態にあった。
直接的な脅威も止まった。
ただし、危うく奪われかけたモジュールには、未公開の鉱物データが保存されていたことがわかった。
俺は再びメインスクリーンを見つめた。
「セラフィエル、データの保全と救援の調整を続けてくれ。すべての準備が整ったら、契約報告を完了させるためにイリリオン・ヴェスタへ戻ろう」
「了解しました、紬」
俺は椅子に身体を預けた。
少なくとも今回は、アストレオン・ヴェロリアがあの2隻よりもはるかに強いと証明するためだけに、逃げた相手を追いかける必要はなかった。
俺たちは、本来の目的を達成したのだから。
俺にとっては、派手に見える勝利なんかよりも、そのほうがずっと大切だった。
【次回・第127話】
「報酬と報告書」
報酬と報告書――紬はイリリオン・ヴェスタへ帰還し、報告書と回収したデータを提出する。ランは総報酬額600,000 GCとなる2件の契約の精算状況を確認する一方、ナマリス・エクスチェンジ・ステーションからの商業護衛案件が、彼らの関心を引き始める。




