【第119話】「新たな二人」
【第119話】「新たな二人」
ヴェルドラコン帝都――アストレオン・ヴェロリア、指揮デッキ → エウフォリア医療研究所 → グランドサロン → 専用ドッキングターミナル
紬がドッキングエリアから戻ると、指揮デッキの観測窓の大部分をヴェルドラコンの光が満たしていた。
アストレオン・ヴェロリアの船体下方では、円筒形の貨物船が4隻の軌道タグボートに誘導され、工業用ターミナルへ向かっていた。その遥か後方には、旅客船の列がステーションへの進入航路に沿って長い弧を描いている。港湾施設の構造物の間では赤と白の航行灯が点滅し、異なる高度を帝国宇宙海軍の巡洋艦が、民間船の交通を妨げることなく通過していった。
紬は艦長席の前で立ち止まった。
保安調査、貴族の家族間の揉め事、そして終わりが見えないかのような行政手続きに何日も費やした末、ようやくアストレオン・ヴェロリアの出航表示を、保留警告が1つもない状態で眺められるようになったのだ。
残念ながら、艦に出航許可が下りたからといって、好きなときにエンジンを起動し、勝手に港を離れてよいわけではなかった。
「紬、帝国軌道交通管制局から、私たちの出航順序が確定したとの連絡がありました。ドッキング解除申請は承認されていますが、割り当てられた離脱枠は翌朝の運用サイクルです。外縁工業領域から追加の物流船団が到着したため、現在、交通回廊の再調整が行われています」
セラフィエルは艦長席の隣に立ち、透明端末を開いていた。指揮デッキの温度調整に合わせて環境制御システムの気流が変わり、彼女の長い髪がわずかに揺れる。
紬は通知を見つめた。
「つまり、もう出発していいけど、あと一晩は泊まらないといけないわけか? 港の職員は、俺たちが帝都の交通時刻表を全部暗記するまで、ここから出すつもりがないんじゃないかって疑い始めているよ」
ヴェスペラが軌道投影図を部屋の中央へ移動させた。
「今回は私たちの行政手続きが原因ではありません。外側の航路を通過する大型貨物船団が3つ、優先通行を認められています。また、旅客船の1隻が到着回廊へ進入する際に推進システムの不具合を起こしました。交通管制側は、救援車両と出航する船が交錯しないよう、それぞれの移動経路を分離しているところです」
3次元航路図には、異なる色で示された環状の航路が映し出されていた。各船舶のアイコンは指定された軌道に従って移動し、現在閉鎖されている区域は透明な黄色の境界線で示されている。
帝国軌道交通管制局――交通状況更新
| 項目 | 内容 |
| -------- | ------------ |
| 艦船 | アストレオン・ヴェロリア |
| 出航認可 | 承認済み |
| ドッキング解除 | 許可済み |
| 指定出航サイクル | 翌朝 |
| 指定離脱回廊 | 外側民間回廊 C-17 |
| 交通制限 | 一時的 |
| 保安上の保留措置 | なし |
| 出航申請の再提出 | 不要 |
| 最終移動 | 指定時刻の管制許可待ち |
報告書の隣には、ヴェスペラが港湾管制データに基づく交通密度の比較を表示した。
| 運用期間 | 回廊の容量使用率 |
| ------------------- | -------- |
| 現在のサイクル | 94% |
| 次のサイクル | 87% |
| 翌朝・アストレオン・ヴェロリアの指定枠 | 46% |
「早い時間の出航枠を申請すれば、代替航路を割り当てられる可能性はあります。ただし、お勧めしません。より厳しい速度制限が設けられたサービス車両の移動区域を通過する必要があります。出航時間を短縮できる利点は、追加で必要になる手続きに見合いません」
紬は最後の数字を読んでから、席に座った。
「だったら、朝の予定で行こう。早く出発したいのは確かだけど、貨物船や救援車両と道を取り合うほどじゃない。それに、ヴェルドラコンを離れる前に、まだ連絡しておきたい人たちもいるからな」
「その点も考慮しています。セレネさんからは、医療協力の形について、もう少し詳しく話し合いたいとの申し出が届いています。また、カイラさんからも、以前お渡しした連絡経路を通じて、専門的な協力について引き続き話し合う用意があると伝えられています」
「2人とも、ずいぶん早くまた連絡してきたな。ついさっき話したばかりなのに」
セラフィエルは微笑んだ。
「お2人とも、アストレオン・ヴェロリアが帝都を離れることをご存じですから。私たちが別の星系へ移動してから何度も質問を送り合うより、直接話したほうがよいことを、今のうちに整理しておきたいのでしょう」
港湾会計の締め処理を確認していたランも振り向いた。
「新たな協力関係が生まれるのであれば、実際に活動を始める前に、双方の責任範囲を詳しく把握しておきたいですね。良好な関係だからといって、費用やアクセス範囲、問題が起きた際の連絡先を決めなくてよいわけではありませんから」
「わかっているよ、ラン。書類を確認してくれて構わないけど、銀行へ融資を申し込みに来たような気分にはさせないでくれよ」
「私はお客様をそのように扱ったことはありませんよ、紬。ただ、艦の資源を必要とする施設を利用したいという方には、当然、目的と必要量の見込みをお尋ねします」
戦術コンソールの近くに座っていたレアが、椅子を回した。
カイラの名前が出た途端、狐の耳がぴんと立つ。
「カイラさんが本当に私たちの保安システムをもっと勉強したいなら、モビルフレームの訓練も続けてみたいな。艦の防衛システムが普通の軍事施設と同じ反応をするとは限らないって知った後、彼女が攻撃パターンをどう変えるのか、まだ見てみたいんだよね」
機関部との通信越しに、カリスタが鼻を鳴らした。
「次の訓練を計画する前に、前の2回だけでも、うちのチームが使用装備を全部再点検する羽目になったことを思い出してくれ。新しい協力関係ができるなら、誰かが格納庫の使用を申請する前に、整備予定を話し合っておきたいんだ」
「可能性を話しただけだよ、カリスタ。どうして私がモビルフレームって言うたびに、故障報告を受け取ったみたいな声になるの?」
「お前が『ちょっと試したいだけ』と言った後は、たいてい何かの部品を予定より長く検査することになるからだ」
レアが反論を始めるのを見て、紬は笑みをこらえた。
それからセラフィエルへ向き直る。
「まずはセレネさんとの面会を調整してくれ。カイラについては、公爵家に対してまだ残っている義務を妨げないようにしたい。明日出航するからって、急いで何かを決める必要はないからな」
「承知しました、紬。お2人へ連絡し、それぞれに適した面会室を準備します」
エウフォリア医療研究所には、帝都の一般病院の病棟とは異なる雰囲気があった。
廊下は広いものの、患者の列で埋まっているわけではない。医療用搬送車両が専用経路を音もなく移動し、複数の自動治療ユニットは、オーレリアの経過観察に関する作業を終えた後の校正点検を行っていた。
紬がセラフィエルとともに診察室へ入ると、セレネ・アルカディアは診断画面を見つめているところだった。
彼女は振り向き、それまで開いていた患者データを閉じた。
「また私のお願いを聞いてくださって、ありがとうございます、紬。皆さんの出航が明日の朝に決まったと伺いましたので、ようやく取れるようになった休息の時間を、あまり奪わずに済めばと思っています」
「気にしなくていいよ。港の用事はもう終わっていて、あとは出航の順番を待つだけだからな。医療協力について話したいことがあるなら、基本的な部分は今のうちに決めておいたほうがいい。俺たちがヴェルドラコンから何星系も離れた後で、君が書類を送ることになるよりはね」
セレネは彼に席を勧めた。
テーブルに自分の業務用端末を置き、セラフィエルが用意したゲスト接続を通じて、診察用プロジェクターへ接続する。
「以前の会話について、私なりに考えてみました。アストレオン・ヴェロリアの施設に興味があるからといって、これまで築いてきた専門活動をすべて捨て、すぐに艦へ住み込もうとしているわけではありません。私にはまだ、責任を持つべき患者や研究、いくつかの機関との仕事上の関係があります。ただ、オーレリアの治療を通じて得られた私たちの経験が、今後の協力の可能性もないまま終わってしまうのは、非常にもったいないとも感じているんです」
紬は頷いた。
「俺も、昨日の質問を入艦希望だとは思っていないよ。君が自分の仕事を続けながら、俺たちとの関係も維持したいというなら、双方がその範囲を理解している限り、問題はないと思う。希望する協力の形は、もう考えてあるのか?」
セレネは提案書を開いた。
専門的医療協力に関する提案
| 分野 | 協力案 |
| ----------- | ----------------- |
| 医療協力 | 双方の合意に基づく特定症例への対応 |
| 共同研究 | 個別の手順と許可に基づく医療研究 |
| 緊急時の診療相談 | 必要に応じた遠隔相談 |
| 星間医療交流 | 専門知識および経験の交換 |
| 常勤クルーへの加入 | 希望しない |
| 専属雇用 | 希望しない |
| 患者データへのアクセス | 症例ごとの個別認可 |
紬は一行ずつ丁寧に目を通した。
「緊急時の相談と知識の交換なら、比較的簡単に調整できそうだな。共同研究については、まず必要な施設、責任者、それに艦の医療運用へ影響するかどうかを知っておきたい。誰かが研究計画書を持ってきたと思ったら、何か月も停止できない装置があるせいで、突然旅の予定を全部変えなければならなくなる、なんてことは避けたいからな」
セレネは小さく笑った。
「もっともなご心配です。私自身、書類の上では簡単そうに見えた研究が、サンプルの計画段階で保守の必要性を考慮していなかったために、結局、研究室の容量をほとんど使い切ってしまった例を見たことがあります。他人の施設で同じことをするつもりはありません。資源、期間、研究成果に関する権利も含め、各プロジェクトは個別に話し合う形で構いません」
セラフィエルが追加のパネルを起動した。
「専門資格の認証を備えた、暗号化医療相談回線を用意できます。ただ、セレネさん、最初に1点だけ確認しておきたいことがあります。この協力関係によって、アストレオン・ヴェロリアのすべての医療記録へのアクセス権が自動的に付与されることはありません。患者情報の請求には、引き続き所定の同意が必要です」
「むしろ、そのような条件を期待しています。大量の医療データを保存できる施設だからといって、その技術的能力を患者の権利を無視する理由にしてはいけません。緊急相談の場合も、私に必要なのは対応中の症例に関係する情報だけです。患者が状態上の理由で同意を示せない場合にも、対応手順は適切な医療上・法的な根拠に従うべきです」
紬は研究に関する項目へ表示を移した。
「だったら、ここで使っている医療技術についてはどうだろう? 共有できる治療方法を君が研究するのは構わないけど、艦のシステムの中には、外部協力の対象に含まれないものもあるんだ」
セレネは異論を示すことなく頷いた。
「装置がどのように動くのか知りたいという理由だけで、セラフィエルさんに内部設計を渡してほしいと頼むつもりはありません。医療研究では、まず方法論、検証可能な結果、そして公開を許可されたデータから始めることができます。いつか、より踏み込んだ試験が必要になった場合には、正式に申請しますし、一部の情報が私には開示されない可能性も受け入れます」
「いいね。誰かが研究の準備に時間を費やしてしまった後で、その人の頼みを断るより、最初から境界を話し合っておくほうが俺も好きだよ」
セレネはしばらく彼の顔を見つめた。
「紬、1つ申し上げてもよろしいですか? この提案書をお見せしたら、常勤医になる意思があるか尋ねられるのではないかと、少し思っていたんです。大規模な医療施設を持つ個人所有艦のオーナーには、外部へ頼らずに済むよう、専門職を専属契約で確保したがる方も多いですから」
「常勤医が必要なら、もちろん、その必要性について直接話すよ。でも、本当はまだ独立した仕事を続けたい人を採用したところで、後々お互いに問題を抱えるだけだろう? それに君自身、医療上の判断を施設所有者の都合に左右されたくないと言っていたじゃないか。それを聞いた直後に、俺が君を同じような立場へ置こうとするのも、おかしな話だよ」
セレネは、先ほどより温かく微笑んだ。
「専門的な関係は、最終的に必ず常勤の雇用関係へ変わらなければならない、などと装わずに話し合えるのは嬉しいですね」
セラフィエルは、クルー構成を変更せずに適用できる、暫定的な登録内容を表示した。
アストレオン・ヴェロリア――外部医療協力
| 項目 | 初期条件 |
| -------- | ------------ |
| 専門連絡先 | セレネ・アルカディア |
| 所属 | 独立星間医師 |
| 協力状況 | 基本合意 |
| 通信経路 | 認証・暗号化済み |
| 研究アクセス | 別途承認が必要 |
| 緊急時の診療相談 | 双方の合意により対応可能 |
| 医療上の権限 | 症例ごとに定義 |
| クルー登録 | 変更なし |
| 居住区の割り当て | なし |
「この文書は、基本的な合意のみを記録するものです。支払いや研究室の利用、患者の治療を伴う活動については、それぞれ別途合意書を作成します。セレネさん、この初期条件でご希望に沿っていますか?」
セレネは内容を確認し、デジタル承認を行った。
「はい。それと、通常の相談予定については、星系間の時差や通信の利用可能状況を考慮していただきたいです。緊急時には優先回線を用意できますが、私がいる領域の中継通信に制限があるかもしれないからといって、返事を待つために救命処置を遅らせるようなことはしてほしくありません」
「それは大丈夫だよ。銀河の半分を越えて信号が届くまで、応急処置の許可をもらうためだけに患者を待たせたりはしないからな」
セレネは笑いをこらえた。
「おっしゃり方のせいで、専門的な説明がいつも少し違ったものに聞こえてしまいますが、私の意図は理解していただけているようですね」
文書の保存が終わると、セレネは立ち上がり、透明な壁の向こうにある研究室を見つめた。
「ここが恋しくなりそうです。通常の検査に使っているだけでも、大病院なら複数の部門間で調整が必要になる工程を、このシステムは処理できますから。でも、いつかまたここへ来るなら、すでに合意した研究を持って訪れるほうが、ずっと面白そうですね。偶然、貴族の家族問題に巻き込まれた医師としてではなく」
紬も立ち上がった。
「だったら次は、研究計画書を持ったセレネ・アルカディアとして来てくれよ。俺たちが出航許可を得る前に患者の報告書を仕上げなきゃいけない立場じゃなくてさ。そのほうが、ずっと気楽な雰囲気になると思うよ」
「そうできるようにします。それから、皆さんの旅の途中で興味深い医療症例が見つかったら、患者の許可に沿った情報共有ができる範囲で、遠慮なく連絡してくださいね」
「しばらくは誰も緊急治療を必要としないほうが嬉しいけど、いつか君の意見が必要になったら、その申し出を思い出すよ」
セレネが手を差し出した。
「どうぞよい旅を、紬。次の大事件が起こるのを再会の理由にするのではなく、双方にとって有益な仕事を通じて、私たちの専門的な関係を発展させていけることを願っています」
紬はその手を握り返した。
「同感だよ。特に最後の部分については、前と同じ経験を繰り返さずに済むことを、本当に願っている」
カイラ・ドレイヴェンは、正式な来訪者用経路で本人確認を済ませた後、グランドサロンへ到着した。
彼女はもう戦闘装備を身に着けていなかった。胸元に任務章を付けた公爵家保安局の制服は整っており、入口で出迎えたセラフィエルに頭を下げると、ドラゴンキン特有の1対の角がはっきりと見えた。
「セラフィエルさん、再び訪問を許可していただき、ありがとうございます。本日の訪問範囲については通知を受け取っていますので、同行者なしでほかの区域へ入ることはありません」
「ようこそ、カイラさん。紬は中でお待ちです。指定された経路に従っていただければ、訪問手順について過度にご心配なさる必要はありませんよ」
カイラは頷いた。
室内へ入ると、紬は観測窓の近くに座り、ランから届いたばかりの簡単な報告書を読んでいた。端末の隣には、温かい飲み物の入ったカップが置かれている。
「艦長、またお時間をいただいてしまい、申し訳ありません。ドッキングエリアですでにお話ししたことは承知していますが、自分の判断を改めて見直した結果、アストレオン・ヴェロリアがヴェルドラコンを離れる前に、もう少し明確にお伝えしておきたいことができました」
紬は彼女に席を勧めた。
「構わないよ、カイラ。そもそも俺たちの出航は明日の朝になったからな。前の話し合いで、改めて聞いておきたいことができたなら、今がちょうどいい機会だよ」
セラフィエルは来客用の飲み物を用意し、テーブルの脇に座った。
カイラは両手でカップを受け取ってから、個人端末を開いた。
「公爵家保安局で任務に就いている間、私は責任分担が非常に明確な組織の中で働くことに慣れていました。人物の警護、移動時の護衛、施設の検査、脅威への対応には、それぞれ守るべき手順があります。その経験は役立っていますが、アストレオン・ヴェロリアでの2回の演習を通じて、保安専門家の能力は、どれほど早く目標へ到達できるかだけで測れるものではないと気づきました」
紬は彼女が表示した文書に目を向けた。
「2回目の演習結果のことか? 君のチームはかなり大きく進歩していたと思うよ。特に、試験対象のアクセス層で同期時間の差を発見したときはね」
「はい。私たちは第1層を突破できましたが、結局、目標端末へ到達することはできませんでした。演習記録を確認したところ、私たち自身の判断にも改善できる部分がいくつか見つかりました。しかし、最も興味深かったのは、艦のシステムが、試験チームのすべての動きを最大限の武力で阻止すべき脅威として扱うことなく、運用機能を維持していた点です」
彼女は評価概要を紬の前へ移動させた。
公爵家保安局――専門能力開発評価
| 評価分野 | 検討結果 |
| ----------- | ------------ |
| 乗艦時の連携 | さらなる能力開発を推奨 |
| 経路検証 | 第2回演習で改善 |
| 一時アクセス権限の評価 | 追加研究を希望 |
| モビルフレーム戦術連携 | 上級訓練の対象として適格 |
| 民間人保護手順 | 優先的な能力開発分野 |
| 星系間保安協力 | 検討中 |
「私は、状況に応じて対応を調整できる保安システムの設計について知識を深め、戦術能力を高めるとともに、人員、モビルフレーム、施設管制の連携について学びたいと考えています。また、いつかアストレオン・ヴェロリアが特定の警護任務に専門人員を必要とするのであれば、皆さんとともに働く機会も得たいと思っています」
紬はすべてを読んでから、端末をテーブルに置いた。
「君にはもう十分な経験があるよ、カイラ。演習の目標に到達できなかったからって、全部最初から勉強し直す必要があるなんて言うつもりはない。でも、能力の幅を広げたいという理由は理解できる。確認しなきゃいけないのは、それを今の仕事と問題を起こさずに実現する方法だな」
「専門能力の開発については、すでに上司と話し合いました。次の配属に関する最終決定はまだ出ていませんが、以前の任務に関わる義務をすべて果たした後であれば、外部との協力を申請すること自体は禁止されていません。もちろん、その活動が公爵家保安局の情報や責任に関わる場合には、別途承認を得る必要があります」
セラフィエルが落ち着いて応じた。
「その場合、初期段階の協力関係には、艦の保安施設への恒久的なアクセス権を含めないことをお勧めします。範囲を定めたうえで、限定的な見学プログラム、許可された評価情報の交換、特定の訓練などを検討できます。活動に関係のないアストレオン・ヴェロリアの内部情報は、引き続き外部関係者のアクセス対象外となります」
カイラはすぐに頷いた。
「異論はありません。保安専門家として、協力に興味を示したという理由だけで、誰かに広範なアクセス権を与える組織があれば、むしろその判断を疑います。信頼は責任を持って説明できる仕事を通じて築くべきものであり、数回会ったことへの褒美として与えられるものではありません」
それを聞いて、紬は微笑んだ。
「だったら、少なくとも一番大切な部分については意見が一致しているな。俺たちのシステムを学ぶ機会があるからって、艦内のすべてを調べていいと思ってほしくはない。逆に、俺も見返りとして公爵家の機密情報を持ってきてくれなんて頼まないよ。専門的な協力を通じて、実際に伸ばせる能力について話し合えば十分だ」
カイラは彼を見つめた。
「だからこそ、このお話には続ける価値があると感じています、艦長。あなたは私に、以前の責任を捨てることで忠誠を証明するよう求めませんでした。また演習中も、システムの弱点が見つかったことを、個人的な誇りを守るために隠すべきものとして扱いませんでした。私は、そのような専門的評価を受け入れられる方々と仕事をしたいのです」
紬が答えるより先に、グランドサロンの扉が開いた。
技術端末を持ったカリスタとともに、レアが入ってくる。
「あ、カイラさん、もう来てたんだ? セラフィエルから、今後の協力について話したいって聞いたよ。もしまた一緒に訓練できるなら、今度はお互いに同等の性能を持つモビルフレームを使うシナリオを試してみたいな。前の戦闘では敵への対応で忙しすぎて、それぞれの戦い方をちゃんと比べる暇がなかったから」
カイラは狐獣人の女性へ振り向いた。
「私も興味があります、レアさん。ただし、実施するのであれば、まず評価目的を定めておきたいですね。本来は連携能力を高めるための活動が、どちらかが機動を続けられなくなるまで終わらない競争に変わってしまうのは避けたいですから」
レアは満面の笑みを浮かべた。
「それは、まだ私と対戦型シミュレーターをやったことがないから言えるんだよ。安心して。専門的な訓練と、勝敗を決めること自体が目的の試合くらい、私だって区別できるから」
カリスタはすぐに端末をテーブルへ置いた。
「それなら結構だ。2人で何かシナリオを考える前に、アクチュエーターの負荷限界、推進剤の消費量、訓練後の点検間隔を、全部計画に入れてもらうからな。『機体はまだ動ける』としか書いていない報告書を、状態が良好だという証拠として受け取るつもりはないぞ」
「カリスタ、どうしていつも、私がモビルフレームを壊して返すと思っているの?」
「損傷と最大性能の活用は違うんだ、というお前の説明を、もう十分すぎるほど聞いてきたからだよ」
カイラは、少し表情を和らげながら2人のやり取りを見守った。
「皆さんの訓練後の技術評価が、なぜあれほど綿密に行われるのか、少し理解できた気がします」
「カイラさんまでカリスタの味方にならないでよ。やっと、操縦士が機体の性能限界を知りたくなる理由を理解してくれる人が見つかったと思ったのに」
紬は笑ってから、話を本題へ戻した。
「とりあえず、今すぐ次の訓練予定を決める必要はないよ。カイラにはまだヴェルドラコンでの専門的な義務が残っているし、俺たちもいつこの領域へ戻るか決めていないからな。適切な機会が来たら、そのときの状況に合わせて協力の形を話し合えばいい」
カイラは再び彼へ向き直った。
「承知しています。恒久的な配属について、今ここで判断を求めているわけではありません、艦長。ただ、アストレオン・ヴェロリアとの専門的な関係を続けたいという私の希望を、検討していただけるのか確認したかったのです」
紬は目の前の端末を閉じた。
「それは今後の話だな。仕事の状況が明確になったら、君の提案を聞くつもりはあるよ。でも、別れ際の雰囲気だけで、そんなに大きな決断をする必要はない。もし一緒に働く機会があるなら、ちゃんとした理由と、全員が理解できる条件を揃えたうえで始めたいんだ」
カイラは軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。そのお答えをいただければ、まだ果たせない約束をすることなく、次に取るべき行動を決められます」
セラフィエルは、話し合いの概要を独立した専門連絡経路へ保存した。
アストレオン・ヴェロリア――外部保安連絡先
| 項目 | 状態 |
| ----------- | ---------- |
| 専門連絡先 | カイラ・ドレイヴェン |
| 現在の所属 | 公爵家保安局 |
| 協力への関心 | 確認済み |
| 保安能力開発 | 提案済み |
| 合同任務 | 別途合意が必要 |
| 艦への恒久的アクセス権 | 未付与 |
| クルー登録 | 変更なし |
| 今後の協議 | 可能 |
カイラが写しを読み終えると、レアが近づき、親しげに彼女の肩を叩いた。
「また遊びに来る機会があったら、私にも連絡してね、カイラさん。前の戦闘で君が使っていた動きについて、まだ話したいことがあるんだ。目標を守るときの位置の維持の仕方が、私のやり方とは全然違っていてさ。正式な訓練を待たなくても、学べることがいくつかあると思うんだよね」
カイラは少し驚いたように彼女を見てから、微笑んだ。
「喜んで、レアさん。私も、複数の移動目標の間で激しい機動を行いながら、どのように状況認識を維持しているのか知りたいと思っています。拝見した記録では、あなたの判断は即興的に見えますが、その動きには味方機の位置も考慮されていました。話し合える材料は、かなり多そうですね」
「ほら、やっと私が機動の話をするときの意味をわかってくれる人がいた!」
カリスタはため息をついた。
「意味はわかっているよ。ただ、私がお前の楽しんだ後も機体を使える状態にしておかなきゃいけない人間だってだけだ」
それから、グランドサロンの空気は少し和やかなものになった。
しかし紬にとって、今回の面会で最も重要だったのは、新たな訓練の可能性ではなかった。
セレネとカイラは、それぞれが築いてきた専門家としての生活を捨てることなく、アストレオン・ヴェロリアとの関係を維持する理由を得たのだ。
そして今は、それで十分だった。
カイラが訪問を終えて間もなく、公爵家の居館から来訪通知が届いた。
今回の送信者は、オーレリア・ヴェイリエン本人だった。
要請を受け取ったセラフィエルは、護衛担当者の身元と来訪経路を先に確認してから、紬へ伝えた。
「紬、オーレリア様が直接お別れの挨拶にいらっしゃりたいそうです。短時間の訪問について、ご家族の許可と医療上の確認はすでに得られています。護衛車両は現在、専用ドッキングターミナルへ向かっています」
飲み物を手に取ったばかりの紬が振り向いた。
「明日出発するからって、無理して来る必要はないのにな。昨日もまだ、セレネさんの検査に合わせて活動予定を調整しなきゃいけなかったんじゃないか?」
「今回の訪問も、活動計画に組み込まれています。またオーレリア様は、アストレオン・ヴェロリアが帝都からの出航許可を得たと知り、書面のメッセージだけでお別れを済ませたくはない、とおっしゃっています」
紬はカップを置いた。
「だったら会いに行こう。あまり遅くならないうちに帰ったほうがいいだろうし、訪問が長引いて、また医者から俺に連絡が来るようなことにはしないでくれよ」
セラフィエルは微笑んだ。
「時間は私が調整しますね」
専用ドッキングターミナルは、アストレオン・ヴェロリアの正式な来訪者用経路へ直接つながる港湾区域にあった。
透明な壁の向こうでは、軌道交通がヴェルドラコンを取り巻く光の流れのように見えている。複数の旅客船が出航手続きを終えようとしており、港湾サービス車両は誘導レールに沿って指示を待っていた。
ヴェイリエンヌ家の車両が、到着ターミナルで停止した。
登録済みの保安要員に付き添われ、オーレリアが降りてくる。身に着けているのは、公爵家の公式行事でよく使われる礼装よりも簡素な服だったが、その仕立てや素材には、一般の衣料品店ではまず見かけない品質が表れていた。
彼女は紬とセラフィエルが立っているのを見つけると、落ち着いた足取りで近づいてきた。
「紬さん、セラフィエルさん、もう一度お会いする時間を作ってくださって、ありがとうございます。皆さんの出航予定が決まったと聞いたので、ドッキング手続きがすべて終了する前に伺えるよう、家族に許可をお願いしました」
紬は彼女の顔を見た。
「初めてヴェルドラコンに着いたときより、ずっと元気そうだな。セレネさんから検査結果は聞いているけど、家族に認めてもらった新しい旅行計画が楽しみすぎて、彼女の忠告を無視していないかは確認しておきたいんだ」
オーレリアは微笑んだ。
「そう聞かれると思っていました。検査予定はそのままですし、居館の外での活動も段階的に増やしていくことになっています。お別れの挨拶に伺うことと、準備もせずに星間旅行へ出る許可を求めることは違うのだと、家の担当者にも説明しなければならなかったくらいです」
「その2つを区別できているならいいよ。君と話した後で、娘が突然1人で銀河を巡る旅に出ると決めた、なんてお父さんから連絡をもらいたくないからな」
「いつか本当にそういう旅をしたくなったとしても、少なくとも今は、ただ行きたいと言うだけではなく、もっときちんとした計画を用意しなければならないとわかっています」
セラフィエルは、港を見渡せる応接室へオーレリアを案内した。
サービス担当者が飲み物と軽食を運んできてから退室する。家族の保安要員は、個人的な会話を妨げず、必要な警護は行える距離に設けられた待機場所へ残った。
オーレリアは端末をテーブルに置いた。
「お2人にお見せしたいものがあるんです。昨日、家族と話し合った後、初期段階の活動計画を自分で作るように言われました。以前は、私が意見を伝える前に、ほとんどすべての予定が決められていました。でも今回は、いくつか選択肢を用意したうえで、私が本当にやりたいことはどれなのか、説明するよう求められたんです」
彼女は個人用カレンダーを開いた。
オーレリア・ヴェイリエン――個人成長計画
| 分野 | 初期段階の取り決め |
| ---------------- | ----------------- |
| 教育 | 家庭教師および教育顧問と教材を選択 |
| 文化活動 | 関係者の承認を得た限定的な訪問 |
| 家族の社交活動 | 義務に従って継続 |
| 医療検査 | 医師の予定に従う |
| 個人旅行 | 条件付き承認 |
| 保安評価 | 旅行計画ごとに必要 |
| 予定作成へのオーレリア本人の参加 | 承認済み |
紬は教育と旅行の項目を読んだ。
「本当に君の意見を予定に取り入れ始めたんだな。昨日、行ってみたいと言っていた場所はどうなった? 確か、公式の居館から別の居館へ移動するだけじゃなくて、貴族の環境の外にある暮らしを見てみたいって言っていたよな」
オーレリアは頷いた。
「今もそう思っています。ひとまず、帝都の中で、あまり遠くまで移動せずに訪問できる場所をいくつか選びました。植民史博物館、異種族間文化センター、それから、さまざまな星系の住民が利用する交易地区です。家族の教育用に要約された報告書を読むだけではなく、そうした場所を直接見てみたいんです」
「交易地区か。土産物をやたら高い値段で売っている店を見つけても、店員がすごく珍しい品だと言っただけで、すぐ買わないようにな」
オーレリアは笑った。
「レアさんからも、ほとんど同じ忠告をいただきました。私の家の身元を店員が知ったら、それまで普通の品だったものが、突然、貴族の収集室に飾るのにふさわしい値段へ変わるかもしれない、とまでおっしゃっていました」
「レアらしいな。でも、完全に間違っているわけでもないよ」
オーレリアは端末を見つめてから、言葉を続けた。
「それから、紬さんには改めてお礼を申し上げたいんです。もし私と一緒にここへ戻ってきてくださらなかったら、今も私は、自分が何を望んでいるのかをきちんと尋ねられないまま、誰かが私の帰還を利用して、いろいろなことを決められる状況にいたかもしれません。家族の問題がすべて解決したとは思っていませんが、少なくとも今は、自分の選択を伝える機会があります」
紬は少し眉を上げた。
「君のためにここへ戻ってきてくれてありがとう、か。俺としては、君を送り届けたら出発したかったんだけどな」
その返事を聞いて、オーレリアは笑った。
「知っています。紬さんは、この問題が乗客1人の送迎を遥かに超える事態へ発展する前から、何度も旅を続けたいとおっしゃっていましたから。だからこそ、今日来たかったんです。ヴェルドラコンでの最後の会話を、保安報告や医療検査、私の人生を決めようとした人々の話だけで終わらせたくありませんでした」
紬は彼女の表情を見つめた。
目の前に座っているオーレリアは、かつてスリーピングポッドの中で発見した女性と同じ人物だった。
しかし今の彼女は、自分の望みを口にするたびに、まず自分より地位の高い誰かから正当性を認めてもらわなければならない、というような話し方をしなくなっていた。
相手を少し困らせるかもしれない意見であっても、以前より自然に、自分の考えを伝えられるようになっている。
「だったら、俺たちが行く前に何を話したいんだ? 貴族の暮らしについては、俺も大した助言はできないけど、星間旅行のことなら、少なくとも経験に基づいていくつか説明できると思うよ」
オーレリアは背筋を伸ばした。
「実は、1つ約束をお願いしたいんです」
紬の隣に座っていたセラフィエルが、小さく微笑みながら彼女を見た。
「どのようなお約束でしょうか、オーレリア様?」
「アストレオン・ヴェロリアがヴェルドラコンを離れた後も、皆さんとお会いしたいんです。皆さんの旅には定期旅客船のような固定された予定がないことは理解しています。でも、状況が許すのであれば、紬さんとは1か月に少なくとも3回、お会いしたいと思っています。毎回、帝都へ来ていただく必要はありません。私の旅行先が承認されたときにお会いしてもいいですし、星系間の距離のせいで直接会うのが難しい場合には、通信でも構いません」
紬はカップを持ち上げかけたが、飲み物が口元へ届く前に動きを止めた。
「月に3回? オーレリア、俺たちが話しているのは、公爵家の観光旅行のルートに従わなくても、別の星系へ移動できる艦のことだって、わかっているよな? それだけの回数、直接会うと約束したら、ヴェスペラは君の訪問予定を基準に旅程を組まなきゃいけなくなるかもしれないぞ」
オーレリアは気分を害した様子を見せなかった。
それどころか、端末に用意していた小さなメモを彼の前へ移動させた。
「ですから、代替案も考えてあります。数日おきにヴェルドラコンへ戻ってきてほしいとお願いしているわけではありません。あまりに離れている場合は、映像通信も1回の面会として数えて構いません。ただ、私たちの関係が特定の日にお祝いの言葉を送り合うだけになって、何年か後に初めて、お互いの近況を公のニュースで知るようなことにはしたくないんです」
紬はメモを見つめ、それから笑った。
「面会の条件まで自分で作ったのか? 家族がようやく君を予定作成に参加させる気になった理由が、少しわかった気がするよ。一度何かを決めたら、自分で納得できる実行方法を見つけるまで満足しないんだな」
「希望を伝えるだけでは、いつも十分とは限らないと学びました。ほかの人にも検討してほしいのであれば、その人たちの事情を理解していることも示さなければなりませんから。それで、どう思われますか?」
セラフィエルは柔らかな表情で2人を見守っていた。
「私としては、オーレリア様のご希望は、旅行上の義務ではなく、個人的な連絡目標として設定できると思います。アストレオン・ヴェロリアには星系間通信能力がありますが、接続の可否は通過中の領域にも左右されます。個人的な、あるいは制限された運航予定へのアクセス権を付与することなく、リマインダーの調整をお手伝いできますよ」
紬は彼女へ振り向いた。
「俺が返事をする前から、もう解決策を用意していたみたいな言い方だな」
「双方が無理なく続けられる可能性を考えているだけですよ、紬。オーレリア様はご自身の希望を明確に伝えようと努力されていますから、実現可能かどうかを検討してみてもよいと思います」
紬は再びオーレリアへ向き直った。
「わかった。状況が許す限り、月に3回の連絡を目指そう。ただし、その回数を守るために無理な旅行をしたり、医療検査を無視したりするのはなしだ。俺たちが安定した通信回線のない領域にいるときは、返事がいつもより遅くなることも受け入れてくれよ」
オーレリアは満面の笑みを浮かべた。
「わかりました。その約束を理由に、本来共有すべきではない皆さんの旅行先の情報を求めたりもしません。ただ皆さんの近況を知って、私が訪れることのできた場所のお話をして、ときどきレアさんが何かを話しているのを聞きたいんです。きっと、そのお話を聞いたカリスタさんは、モビルフレームの整備について何かおっしゃると思いますけれど」
「それを楽しみにしているなら、話題には困らないと思うよ。あの2人は、まだ前の演習結果について言い合っているくらいだからな」
セラフィエルは小さな端末を起動し、その個人的な合意を記録した。
個人間の連絡に関する取り決め
| 項目 | 合意内容 |
| ---------- | ------------------ |
| 連絡先 | オーレリア・ヴェイリエン ― 星崎紬 |
| 連絡目標 | 月3回 |
| 形式 | 直接面会または映像通信 |
| 調整 | 双方の都合および旅行状況に従う |
| 特別な旅行義務 | なし |
| 艦の運用データの共有 | 対象外 |
オーレリアは内容を確認し、自分の端末へ写しを保存した。
「ありがとうございます、紬さん。ようやく、誰かに私の代わりに伝えてもらわなくても、こういう約束を自分でできるようになって嬉しいです」
紬は微笑んだ。
「だったら、その機会を大切に使ってくれ。君にはまだ学びたいことがたくさんあるんだろう? 次に話すとき、家族の会議と検査予定の話しかない、なんてことにはなってほしくないからな」
「もっと面白いお話ができるよう頑張ります。次にお会いするときには、これまで訪れたことのない場所の写真をお見せできるかもしれません」
「楽しみにしているよ。でも、本当にそこへ行ったことを証明するためだけに、土産物屋の商品を全部買い占めたりするなよ」
オーレリアは再び笑った。
応接室の外では、港湾放送が拡声器を通じて流れていた。人員輸送車両が別のターミナルへ向かって動き始め、オーレリアの護衛車両に付いたヴェイリエンヌ家の紋章が、ドッキング照明を反射している。
訪問時間は、もうすぐ終わろうとしていた。
オーレリアは立ち上がり、セラフィエルへ向き直った。
「セラフィエルさん、旅の間、何が起きているのかをいつも私に知らせてくださって、ありがとうございました。まだすべてを説明できないことがあったときも、そうしてくださいましたね。それから、ランさん、ヴェスペラさん、レアさん、カリスタさんにも、よろしくお伝えください。今日はお1人ずつお話しする時間がありませんでしたけれど、皆さんがしてくださったことを、私がとても大切に思っていると知っていただきたいんです」
「必ずお伝えしますね、オーレリア様。また、先ほど合意した通信の取り決めについて何かご不明な点がありましたら、お渡しした連絡経路から私へお問い合わせください」
オーレリアは頷き、再び紬を見つめた。
「それでは、どうぞよい旅を。まだお話ししたいことがあるからといって、皆さんの出航を遅らせてほしいとは申しません。今は、私も自分で選んだ人生を、少しずつ歩き始めなければならないと思いますから」
紬は手を差し出した。
「身体に気をつけろよ、オーレリア。セレネさんに休んだほうがいいと言われたら、ちゃんと聞くこと。それから、周りの人たちが君に相談もしないまま、また将来のすべてを決めるようなことにはさせるなよ」
オーレリアは両手で彼の手を取った。
「覚えておきます、紬さん。そして、次にお会いするときには、また別の問題から私を助けなければならないからではなく、本当に遊びに来たいと思って、訪ねてきてくださることを願っています」
「俺も、そのほうがいいな」
オーレリアが護衛車両へ向かって歩き始めたとき、涙を流す者はいなかった。
彼女は入口の近くでもう一度振り返り、紬とセラフィエルに手を振った。それから、保安担当者がすべての出発手順の完了を確認すると、車両へ乗り込んだ。
紬はヴェイリエンヌ家の車両がターミナルの通路の向こうへ消えるまで、手を振り返していた。
2人が指揮デッキへ戻る頃、帝都は軌道上の夜間サイクルへ入り始めていた。
観測窓からは、恒星の光を受けていない惑星の側面に、輝く都市の網が広がっているのが見えた。地域間の交通路は地表に細い線を描き、環状の軌道施設は、その距離からではほとんど動きがわからないほどゆっくりと回転を続けていた。
ヴェスペラは離脱航路の計算を仕上げているところだった。
ランは港湾サービスのすべての取引を締め、カリスタからは、翌朝のドッキング解除に適した構成へ機関区域を移行させたとの最終確認が届いていた。
紬が入ってくると、レアが振り向いた。
「オーレリア様との面会はどうだった? 私にもメッセージが来ていたんだけど、紬に直接伝えたいことがあるとしか書いてなかったんだ。昨日話していた場所へ行く許可は、結局もらえたの?」
「自分で予定を組み始めたよ。今はまだ医療と保安上の制限があるけど、少なくとも自分のやりたい活動を選べるようになった。それと、どうやら俺たちにも月3回の個人的な連絡予定ができたみたいだ」
レアの狐耳が2つともぴんと立った。
「3回? わあ、それなら連絡が来たときは私も参加したいな。前に私が話した交易地区へ、本当に行くのかまだ気になっているんだよね。ぜひ食べてみてほしい料理がいくつかあるんだけど、私のお勧めが高級レストランじゃないと知ったら、家の護衛の人たちはかなり困惑するかもしれないなあ」
ランは行政コンソールから彼女を見た。
「お勧めするのでしたら、レア、少なくとも適正な価格帯も添えてくださいね。高額な商品を勧める商人は、必ず高品質な品を提供しているのだと、オーレリア様に思い込んでほしくはありませんから」
「その話はもうしたよ! 観光地区の土産物屋をすぐに信用しないよう、最初に注意したのは私なんだから」
内部通信を通じて、カリスタが口を挟んだ。
「だったら、今回ばかりはお前の助言も役に立ったわけだな。モビルフレームの追加部品を買うときも、同じくらい慎重になってくれるといいんだが」
「どうしてオーレリア様の話が、また私の装備の問題になるの?」
紬は笑いながら艦長席へ座った。
セラフィエルは、先ほどまでに完了した案件の概要を表示した。
アストレオン・ヴェロリア――ヴェルドラコン出航概要
| 案件 | 状態 |
| ----------------- | ------------ |
| 公爵家保安事件 | 内部法的手続きへ移管 |
| 艦長の証人義務 | 現段階では完了 |
| オーレリアの医療経過観察 | 合意済みの体制へ引き継ぎ |
| セレネ・アルカディアとの専門的協力 | 基本合意 |
| カイラ・ドレイヴェンとの専門連絡 | 確立 |
| ヴェイリエンヌ家の行政上の用件 | 完了 |
| 傭兵協会の評価 | Cランク――承認済み |
| ドッキング・港湾サービス | 精算完了 |
| 出航認可 | 承認済み |
| 出航予定 | 翌朝 |
紬は一行ずつ目を通した。
「こうして見ると、ヴェルドラコンにいる間、本当にいろんな用事を片付けたんだな。最初に来たときは、オーレリアを家族のところへ送り届けて、体調に問題がないことを確認したら、またどこか面白そうな場所を探しに行こうと思っていただけなのに」
ヴェスペラが、準備していた軌道図を表示した。
「明朝の離脱航路は確認済みです。外側民間回廊 C-17を通過した後は、機動制限区域の外へ出るまで交通管制の指示に従います。次の旅行先についても、いくつか候補を用意してありますが、実際に帝都を離れてから検討してもよいと思います」
「いいね。今度こそ、貴族社会で誰と誰が揉めているのかを考えずに、目的地を選びたいよ」
セラフィエルは彼の隣に立った。
「運用サイクルが切り替わる前に、必要な書類がすべて保存されていることを確認しておきます。なお、セレネさんとカイラさんの登録状態は、引き続き外部の専門連絡先です。クルー登録や居住区の割り当てに変更はありません」
紬は満足そうに頷いた。
「それでいいんだ。2人には、それぞれの生活と仕事があるからな。いつかもっと近い協力関係へ発展することがあったとしても、全員が本当に自分の望むことを決めてからにすればいいよ」
ランは最後の報告書を閉じた。
「それでしたら、今日の行政業務はこれで終了できそうですね。受領した支払いはすべて、それぞれの区分に従って記録済みですし、未精算の港湾債務もありません。旅行の財務報告書は出航後に用意しますので、紬が夕食を楽しんでいる最中に、追加の書類を読む必要もありませんよ」
「ようやく、本当に聞きたかった知らせが来たな」
レアがすぐに立ち上がった。
「仕事が終わったなら、みんなでご飯にしない? 今日、厨房が新しいメニューを用意しているらしいから、試してみたいんだよね。それと、カリスタが何か言う前に言っておくけど、食事中はモビルフレームの訓練の話をしないからね」
「私はまだ何も言ってないぞ。でも、そう言われると、メイン料理が終わる前にお前が訓練の話を始めるって、余計に確信してしまうな」
「本当に私を信用してないんだね?」
ヴェスペラは微笑みながら航行図を保存した。
「交通監視の設定を自動航法システムへ引き継いだら、私も合流します。出航枠が有効になるまでは機動を行う必要がありませんから、今夜は未完了の仕事に邪魔されず、ゆっくり休息を楽しめそうですね」
紬は艦長席から立ち上がった。
目の前では、帝都が今も、彼らが帝国領域に滞在する間ずっと目にしてきた忙しさとともに輝いていた。
明日の朝、アストレオン・ヴェロリアはこの港を離れる。
セレネ・アルカディアが常勤クルーとして同行するわけではない。カイラ・ドレイヴェンにも、まだ自分自身で決めなければならない専門的な問題が残っている。オーレリア・ヴェイリエンは家族のもとへ戻り、少しずつ自分の意思で決められるようになった生活を歩み始めていた。
築かれた関係を維持するために、彼らが同じ場所にいる必要はなかった。
「セラフィエル、夕食の後で、ヴェスペラが用意した目的地の候補を見るように声をかけてくれないか。最終的な決定はヴェルドラコンの軌道領域を抜けてからにするとしても、明日までには次の旅の大まかな方向を考えておきたいんだ」
セラフィエルは彼の隣を歩き、指揮デッキの扉へ向かった。
「もちろんです、紬。休暇を取りたいというご希望に沿った候補を、すでにいくつか用意しています。ただし、観光案内の写真が魅力的に見えるという理由だけで目的地を選ばずに済むよう、港湾施設、治安状況、利用可能なサービスについての情報も添えてあります」
「そういう情報はいくら入れてくれても構わないよ。ただ、休暇先の一覧を開いたら、最初のお勧めが軍の護衛契約だった、なんてことにだけはしないでくれ」
「観光カテゴリーを最上位にしておきますね。傭兵協会の契約については、また別の機会に話し合いましょう」
その返事を聞いて、紬は微笑んだ。
指揮デッキの扉が開き、温かな光に照らされたアストレオン・ヴェロリアの艦内通路が姿を現した。
彼らの背後では、航行図が監視モードのまま点灯している。
帝都の外側航路には、すでに1本の出航経路が設定されていた。
ヴェルドラコンへ到着して以来、初めてのことだった。
次の旅が自分たちをどこへ連れていくのかを選ぶ前に、もう片付けなければならない用事は、何も残っていなかった。
【次回・第120話――「俺はただ、1人を故郷へ送り届けただけなのに」】
翌朝、アストレオン・ヴェロリアは指定された出航回廊を通り、帝都を離れる。
紬は再び指揮席に座り、その隣にはセラフィエルが立つ。ラン、レア、ヴェスペラ、カリスタも、それぞれの日常業務へ戻っていく。
セレネとカイラはまだ常勤クルーではないものの、今では2人ともアストレオン・ヴェロリアと直接的な専門協力関係を持つようになっていた。
帝都が艦の後方へ遠ざかっていく中、紬はようやく、最初から答えを出したかった問いについて考えられるようになる。
さて、今度はどこへ行こうか。
【第120話へ続く……】




