【第116話】「負けたからといって、終わりじゃない」
【第116話】「負けたからといって、終わりじゃない」
ヴェルドラコン帝都――アストレオン・ヴェロリア、指揮デッキ → 外部訓練ドック B-04 → グランドサロン
指揮デッキの窓の外では、中型貨物船が港湾タグボート2隻の支援を受けながら、軌道複合施設を離れようとしていた。
その航行灯はアストレオン・ヴェロリアの船体表面をゆっくりと横切り、ステーションの中心部へ向かって数キロメートルにわたり伸びる係留構造物の向こうへ消えていった。
港の活動は、いつもどおり続いている。
旅客船には出航許可が下り、農業コロニーから運ばれたコンテナは配送ターミナルへ移されていた。外側の保安航路では、帝国の哨戒フリゲートが、隣接星系から到着したばかりの輸送船団を護衛しながら通過していく。
その一方で、正式には『超豪華長距離航行型個人宇宙船』として登録されている船の内部では、1人の竜人族の女性が、その保安システムへの侵入を再び試す機会を求めていた。
紬は、ホログラムテーブルの向かいに立つカイラ・ドレイヴェンを見つめた。
「次の演習について話す前に、1つ確認しておきたい。さっきの結果が公爵家保安局の恥になったと感じて、やり直しを求めているわけじゃないよな? もし理由がそれだけなら、ここで終わりにしたほうがいい。俺は、自分の艦を誰かの面子を懸ける場所にするつもりはないから」
カイラはすぐには答えなかった。
代わりに個人端末を開き、1つのファイルをテーブルへ送信する。
「最初の結果に異議はありません、紬さん。私の隊員は全員、正規の手順によって阻止され、負傷者も損傷も発生しませんでした。次の機会をお願いしているのは、私たちが用いた想定と、あなたの艦内の実際の状況との間に違いを発見したからです。その違いが判明した後も検証しないのであれば、私の報告書は、あるチームがどのように失敗したかを説明するだけで、その失敗から何を学べるのかまでは示せません」
送信されたファイルが開いた。
公爵家保安局――演習後評価
| 確認事項 | 評価 |
| ---------- | ------ |
| 目標の識別 | 確認済み |
| 初期経路の選択 | 非効率 |
| 案内システムへの依存 | 過度 |
| 後方警戒 | 不十分 |
| チームの分割 | 時機が不適切 |
| 艦外支援との連携 | 不完全 |
| 安全規則の遵守率 | 100% |
| 最終目標 | 未達成 |
その下には、チームが費やした時間と、目標までの経路距離を比較するグラフがあった。
紬はカイラが印を付けた部分に注目した。
第1演習――経路の推移
```text
経過時間 T-17までの利用可能な経路距離
00:00 1,420 m
05:00 1,080 m
10:00 610 m
12:00 890 m ← 経路の逸脱
18:00 730 m
24:00 480 m
28:00 90 m ← 最終封じ込め
```
カイラは12分経過時点の変化を指さした。
「ここで私たちは、案内システムが示した経路を最も合理的な選択肢として受け入れてしまいました。しかし、実際に得られていた情報は、その経路が利用可能だということを示していただけです。私たちは、その2つを十分に区別できていませんでした。その後、異なる2つの進入方法を確認するために隊員を分けましたが、その判断を下した時点で、すでに行動可能な人数が減っていました。私が改善したいのは判断の順序であって、単に隊員をもっと速く動かすことではありません」
右側のコンソールの端に腰掛けていたレアが、狐の耳をぴんと立てた。
「ということは、カイラさんは防衛側が完全に制御できる区域へ入る前に、役割を分担しておきたいんだね? それは面白いな。最初の演習では、モビルフレームを艦外に残して監視役にしていたけど、内部の経路が変わり始めたとき、その機体から得た情報は突入班を十分に助けられていなかったから」
「そのとおりです。私もモビルフレームを、状況が悪化するまで待機させる予備戦力として扱いすぎていました。しかし、演習の境界内にとどまっている限り、最初から状況認識を改善するために使うことができます。有効な支援を行うためだけに、攻撃的な動きで船体へ接近する必要はありません」
レアは満面の笑みを浮かべた。
「それなら、次の演習が見たくなってきたよ。モビルフレームを使って強引に侵入口を突破しようとするんじゃないかと思って、その方法がどうして通用しないか、長々と説明する準備までしていたんだから」
「自発的に演習を許可してくださった方の船の扉を、戦闘用機体で破壊しようとするようなら、私は保安チームを指揮する資格がないと思っていただいて構いません、レアさん」
カリスタが満足そうに頷いた。
「ようやく、艦の扉が射撃訓練の標的じゃないと理解している人がいたね。その点には賛成するよ。追加演習そのものに賛成するかどうかは、また別の話だけど」
紬は笑みをこらえ、セラフィエルへ顔を向けた。
「どう思う? 進め方を変えてもう一度やれば、新しい情報が得られるかな。それとも、少し違う経路で同じ結果を見るだけになる?」
セラフィエルはカイラのファイルを確認した。
「最初の演習では、まだ評価できていない部分があります。特に、以前の観測結果を利用して役割分担を変更したチームに対し、保安システムの各防衛層がどのように応答するかは検証できていません。艦の運用施設へのアクセス権限を追加することなく、第2の演習環境を準備できます。ただし、安全条件は同一とし、参加者全員から改めて同意を得る必要があります」
ランが財務端末から顔を上げた。
「測定可能な利益があるのであれば、追加演習を1回認めることに異論はありません。ただし、明確な区切りを設けたいと思います。2回目の演習が終わったら評価を行い、すべての施設を通常の構成へ戻します。夕食の準備や出航関連の業務を進めている最中に、突然3回目の演習を提案されるようなことは認めません」
カイラは軽く頭を下げた。
「その条件を受け入れます。私のチームも、最初の承認が次の演習に自動的に適用されるとは考えていません。準備を始める前に、各隊員の意思を改めて確認します」
紬はもう一度報告書を見た。
「わかった。追加は1回だけだ。戦術や役割分担を変えるのは構わない。でも、目標を変更したり、以前は認められていなかったアクセスを求めたりはしないこと。何か発見できたら一緒に検討しよう。また失敗したとしても、少なくとも理由は知りたい」
カイラは頷いた。
指揮デッキへ入って以来、初めて彼女の表情から緊張が少し和らいだ。
「機会をいただき、ありがとうございます、紬さん。お時間を割いていただいた価値のある結果にできるよう努めます」
第2演習の準備に、施設の大幅な変更は必要なかった。
カリスタは演習装置の力の制限設定を維持し、セラフィエルは運用区域との分離を再確認した。待機中の医療班には追加日程が通知され、ヴェスペラは、その活動が軌道複合施設の管理者から承認された時間枠内に収まっていることを確認した。
カイラは準備室へ戻り、隊員たちと合流した。
公爵家保安局の6名は、すでに戦術テーブルの周囲に集まっていた。装備は整然と並べられ、前回の演習データは各自の端末から閲覧できる状態になっている。
隊員の1人が彼女を迎えた。
「ドレイヴェン隊長、再同意の申請は受け取りました。全員、続行する意思があります。ただ、2回目の目標が別の場所に設置されるのか確認したいです。同じ位置のままだと、前回の経路の記憶に頼りすぎるかもしれません」
カイラはヘルメットを置いた。
「目標端末は引き続きT-17だ。防衛側には、前回と同じ経路構成を維持する義務はないし、私もそれを求めるつもりはない。最初の防衛層の仕組みについて得た知識は利用する。ただし、今後の状況がすべて前回の記録から予測できるとは考えないこと」
彼女は演習区画の地図を拡大した。
そして、その上に3本の線を引く。
1本目は、前回の主力班が使用した経路。
2本目は、彼らが通過した複数の確認地点を結ぶ線。
3本目は、端末へ向かう経路ではなかった。
任務を継続する能力を失った地点をつないだものだった。
「この違いに注目してほしい。最初の演習では、私たちは主に端末までの距離を基準に進捗を測っていた。だが、背後の扉の状態が変わり、前方のアクセスも制限された場合、目標まで90メートルという数字には何の利点もない。今度は2つの項目を分けて記録する。物理的な位置と、まだ利用可能な正規経路の数だ」
操作員の1人が、地図の隣に現れた表を拡大した。
改訂版チーム監視項目
| 項目 | 優先度 |
| --------- | ---- |
| 目標までの距離 | 第2優先 |
| 利用可能な正規経路 | 最優先 |
| チーム間通信 | 最優先 |
| 後方アクセスの状態 | 継続監視 |
| ローカル案内の検証 | 必須 |
| 隊員の安全 | 絶対優先 |
班長は3本目の線を見つめた。
「つまり、端末へ近づける経路を見つけても、利用可能な扉が1つしか残らないのであれば、すぐに有利な位置だと判断してはいけないわけですね」
「そのとおり。画面上の数字がよく見えるかどうかではなく、維持できる状況かどうかを基に判断してほしい。忘れるな。私たちが試しているのは、環境全体を制御できる艦の保安システムだ。相手は、すべての接触で勝つ必要はない。私たちが目標へ到達する前に、選択肢を使い果たさせればいい」
カイラは新しい役割分担を開いた。
2名が経路の検証とアクセス変更の記録を担当する。ほかの3名は機動グループを形成し、残る1名が通信と後方監視を担当する。
4機の警備ドローンは、2機ずつの組に分けられた。
カイラのモビルフレームは引き続き船体外部にとどまるが、今回は隊員たちが障害に遭遇してからではなく、最初からドローンと突入班の位置情報を比較する。
「前回より勇敢になれと言っているわけではない。もっと注意深くなってほしいんだ。予想と異なる変化があれば、実際に見たことを報告しなさい。十分な情報を得る前に、観測結果を結論へ変えてはいけない」
隊員全員が了解を返した。
カイラはヘルメットをかぶる。
「出発する」
公爵家保安局のモビルフレームが2度目の準備地点を離れたときも、アストレオン・ヴェロリアは豪華な外観を保ったままだった。
機体の背部にある姿勢制御スラスターが短く点火する。
カイラは船体に対する機体の向きを調整し、演習区域の境界へ近づくにつれて相対速度を落とした。
コックピットから見るアストレオン・ヴェロリアの表面は、目の前のドッキング構造物が軌道ステーションの小さな一部分に思えるほど、遠くまで広がっていた。
右側の画面では、民間交通の識別情報が絶えず移動している。
外側の航路を旅客シャトルが通過し、その下ではコンテナ輸送車両が港湾複合施設への進入順を待っていた。
それらの活動は、すべて演習区域の外で行われている。
カイラはチームの通信回線を開いた。
「新しい計画に従って開始する。監視ドローンは承認済みの位置へ移動し、その後は定期的に飛行経路の情報を更新しなさい。突入班は、私が艦外の観測をすべて終えるまで移乗を待つ必要はない。重要なのは、発見した変化を、ほかの隊員から得られた情報とすぐに照合することだ」
コックピットの画面に初期データが表示された。
公爵家保安局――第2演習
```text
演習実施許可 確認済み
モビルフレーム 1 / 1
警備ドローン 4 / 4
突入隊員 6 / 6
訓練ドック B-04
目標 T-17
実弾使用 無効
緊急終了機能 使用可能
```
カイラは最後の表示を確認してから、接近を許可した。
指揮デッキでは、紬が同じ更新情報を受け取っていた。
セラフィエルは、演習区域の模型を2つ並べて表示する。
1つ目は前回の記録。
2つ目には、現在の参加者の位置が示されていた。
「カイラさんは役割分担を変更しました。突入班の人数は同じですが、後方アクセスの監視を最初から行っています。また、内部経路に変化を発見したときだけではなく、艦外ドローンの位置情報を継続的に更新するよう求めています」
紬はその模型を見つめた。
「本当に記録をよく調べたんだな。それならいい。状況に応じて防衛を動かしてくれ。ただし、違う結果を見たいからといって、わざと負けるような設定にはしないこと。突破される部分があるなら、それは向こうの判断が実際によくなったからであってほしい」
「了解しました。どちらか一方を有利にするための非公開の調整は行わず、すべての演習条件を記録します」
レアがコンソールにもたれかかった。
「艦長、カイラさんのモビルフレームのデータも一緒に監視していい? 今回の使い方と、最初の演習での動きを比較したいんだ。チームの通信を邪魔したりはしないから」
「構わないよ。でも、面白くなってきたからって、自分も戦わせてほしいと言い出すなよ。これは艦の保安試験であって、操縦士同士の試合じゃないんだから」
レアは笑った。
「その違いくらいわかるよ。もっとも、いつかちょうどいい機会があれば、カイラさんと試合をするのはすごく面白そうだけどね」
アクチュエーターの遠隔測定データを確認していたカリスタが、振り向かずに口を挟んだ。
「そんな機会が来たら、始める前に知らせてよ。どちらも引くのが嫌いな操縦士を2人も相手にするなら、交換部品をどれだけ用意しておくべきか知りたいからね」
訓練用ドッキング扉が開いた。
6名の隊員が、艦の運用区域から切り離された区画へ入る。
今回は、すぐに最短の廊下を選ぶことはなかった。
2名が進入地点付近のアクセス状況を確認し、その結果を待ってから機動グループが動く。
カイラの端末に、新しい表示が現れた。
利用可能な正規経路:3
彼女はその数字を最初の演習記録と比較した。
前回、同じ段階では、利用可能な選択肢の数を記録しないまま、チームが1つの経路へ直接入っていた。
「主力グループは中央の経路を進みなさい。検証班は、進入口と最初の分岐をつなぐアクセス状況を引き続き監視すること。どれか1つでも状態が変わったら、それが現在使用中の経路だけに影響するのか、それとも区画内の選択肢全体に影響するのかを知りたい」
班長が了解を返す。
隊員たちは移動を始めた。
最初の扉は、問題なく開いた。
しかし、3名が交差路を通過すると、保安システムが側面廊下の1つの状態を変更した。
経路制御――作動中
最初の演習では、このような変化が起きたとき、すでに全員が進入した後で対応を迫られていた。
今回は、後方のグループが動く前に報告が届いた。
「隊長、右側の経路がアクセス制限状態に変わりました。中央の経路は引き続き利用可能で、左側も中継室まで開いています。進入地点との接続は、まだ失われていません」
カイラは地図を確認した。
「ほかの選択肢が閉じられたという理由だけで、左側へ移動しないこと。現在位置を維持し、その変化が主力グループの背後のアクセスに影響しているか調べなさい。最初の演習で使った中継室へ入らずに、まだ彼らを引き戻せるか確認したい」
数秒後、操作員が答えた。
「帰還経路は、まだ利用可能です。主力グループは、その経路が使えなくなる地点を越えていません。続行と撤収のための正規の選択肢が2つ残っています」
カイラは頷いた。
「それなら続行しなさい。まだ進め方を変える必要はない」
指揮デッキでは、セラフィエルがその変化の結果を紬に示した。
演習比較――最初のアクセス制御
| 項目 | 第1演習 | 第2演習 |
| --------- | ---- | ---- |
| 行動可能な隊員 | 6 | 6 |
| 利用可能な経路 | 1 | 2 |
| 後方アクセスの確認 | なし | あり |
| 予定外の分断 | あり | なし |
紬は最後の行に注目した。
「つまり、戻り道を確認する前に奥へ進みすぎることがなくなったわけだ。それだけでも十分意味のある変化だな。こちらのシステムはどう反応している?」
「アクセス制御層は正常に動作しています。ただし、カイラさんのチームは全員が交差路を通過する前に停止したため、最初の経路変更では、前回と同じ状況に追い込むことができませんでした」
「いい判断をしたからといって、それを罰するように規則を変えるなよ。この部分を突破する方法を見つけたなら、そのまま結果を記録してくれ」
セラフィエルは微笑んだ。
「もちろんです、紬」
カイラは、隊員たちのマーカーが2つ目の交差路を通過するのを見た。
端末までの経路距離は760メートルに減っていた。
しかし、彼女はその数字について何も言わなかった。
注目していたのは、その下にある表示だった。
利用可能な正規経路:2
艦外ドローンの1機が、船体表面に起きた変化の映像を送ってきた。
演習区域の境界付近で、センサーパネルが開いている。
ドローン操作員がすぐに報告した。
「隊長、船体側面で追加の監視装置を検知しました。反応は最初の演習と似ていますが、今回は突入班の通信に急な変化はありません。すべての回線は安定しています」
「監視を維持しなさい。その装置にこちらのドローンを追わせようとする必要はない。主目標の妨げになっていないものに、注意を使いすぎたくはない」
艦内では、機動グループが、前回チームをアクセス確認室へ導いた扉に到着していた。
案内端末には、再び利用可能な経路が表示されている。
しかし、班長がパネルに触れる前に、検証担当の隊員から更新情報が届いた。
「隊長、その経路の先にある端末は、今回もT-17ではなく、アクセス確認ステーションです。情報自体は間違っていませんが、直接目標へつながる経路ではありません。約140メートル遠回りになりますが、演習区域内に別の経路を発見しました」
カイラは2つを比較した。
一方は短いが、すでに知っている確認地点へ向かう経路。
もう一方は長く、前回は使用していない経路だった。
彼女は後者を選んだ。
「代替経路を使いなさい。間違った場所へ、より速く到着できることを証明する必要はない。主力グループと検証担当の通信を維持し、誰もチームの監視範囲を越えて単独行動しないようにすること」
機動グループは進行方向を変えた。
アクセス確認室の扉は、彼らの背後で開いたままだった。
しかし、誰もそこへは入らなかった。
指揮デッキで、レアが小さく口笛を吹いた。
「最初の演習で時間を失った場所を避けたね。案内システムを出し抜いたんじゃなくて、表示されている情報が何を意味しているのか理解したんだ。前回の記録を読んだとき、カイラさん、きっとかなり悔しかっただろうな」
紬は微笑んだ。
「俺だって、ずいぶん歩いた後で目的地が違ったとわかったら腹が立つよ。まして、家で誰かが夕食を用意してくれているのに、自分の艦の廊下で迷っていたとしたらな」
ランが彼を見た。
「艦長、もしアストレオン・ヴェロリアの中で迷子になった場合は、カイラさんの経験を参考に食堂を目指すより、セラフィエルへ連絡することをお勧めします」
「食堂への道くらいわかるよ。少なくとも、あの場所だけは忘れるはずがない」
ヴェスペラは軌道交通の監視を続けながら微笑んだ。
「もし本当に艦長が道に迷われたら、戻り道を見つける前に、乗員全員がその出来事を知ってしまいそうですね」
レアが大きな声で笑い、カリスタから診断端末のそばを少し離れるように言われた。
しかし、その和やかな会話は、メインスクリーンに前回は発生しなかった変化が表示されたことで止まった。
カイラのチームが、最初の保安層の境界へ到達したのだ。
突入班の前方に伸びる廊下は、3つの扉が設けられた接続室で終わっていた。
壁には灰白色のパネルが使われ、青い照明ラインが床に沿ってアクセス端末へ続いている。
中央の扉の上には、前回の経路では見られなかった識別表示があった。
保安境界――第1層
許可済み訓練アクセスが必要です
班長はすぐにカイラへ映像を送った。
「隊長、最初の保安層の境界に到達しました。先へ進むには演習用の認証が必要と表示されており、識別情報は初期書類に記載された許可内容と一致しています。この部屋では拘束装置を確認できていませんが、検証が始まった後に扉の状態が変わる可能性があります」
カイラは映像を拡大した。
端末の左側には、参加者へ付与された一時アクセス権限の情報が表示されている。
彼女は最後まで目を通した。
一時的専門評価
```text
訪問者グループ 公爵家保安局
演習実施許可 DS-AV-115 / 第2演習
保安システム 観察のみ
運用区域 立入制限
訓練区域の境界 条件付きアクセス
アクセス審査 必須
```
カイラは最後の行に注目した。
「許可に含まれないシステムへ、個人認証情報を入力しないこと。セラフィエルさんから渡された演習用の識別情報を使用し、確認操作を行う前に、端末がアクセス範囲をすべて表示していることを確かめなさい。参加者の権限を超える要求があれば、処理を中止して報告すること」
担当隊員が確認を行った。
端末は演習用の識別情報を受け付けた。
続いて、通知が表示される。
訓練アクセス:認証済み
第1層――進入審査中
指揮デッキでは、セラフィエルがメインスクリーンへ注意を向けた。
「カイラさんのチームは、1人も失うことなく第1層の検証地点へ到達しました。正しい演習用識別情報も使用しています。システムは手順に従ってアクセス審査を実行中です」
紬は接続室の前に集まったマーカーを見た。
「ここまで来たなら、最初の演習がこの場所へ到達する前に終わったという理由だけで、足止めする必要はない。前の経路の仕組みを理解したチームに対して、次の手順が本当に十分なのか見てみたい」
セラフィエルは頷いた。
しかし、審査が進む中、グラフに小さな変化が現れた。
アクセス審査――応答時間枠
```text
識別情報の検証 合格
演習境界の確認 合格
経路の整合性 合格
ローカル応答 保留中
```
紬は最後の行に目を留めた。
「どうしてローカル応答がまだ終わっていないんだ?」
セラフィエルが記録を確認した。
「アクセス制御層が、演習中に実行された経路変更と扉の状態を同期させています。識別情報の誤りや許可違反はありません。ただし、参加者の認証が完了してから、ローカル経路制御の状態が更新されるまでに遅延が生じています」
「どのくらい?」
右側に数字が表示された。
ローカル状態の同期時間:2.4秒
紬は目を細めた。
2.4秒。
のんびり歩いている人間なら、気にも留めない程度の時間だ。
しかし、保安演習では、わずか数秒の差が、扉を本来あるべき状態に保てるか、意図しない機会を与えてしまうかを左右することもある。
「セラフィエル、その部分を記録してくれ。安全上必要な場合を除いて、演習中に手動調整はしないこと。カイラがこの変化に気づくのか、それとも偶然通過するだけなのかを知りたい」
「了解しました。演習手順外の介入は行いません」
接続室では、カイラが認証完了の表示を確認していた。
しかし、扉の状態はまだ変わっていない。
検証担当の隊員が、すぐにその違いを報告した。
「隊長、端末は私たちの識別情報を有効と判定していますが、経路制御の状態はまだ更新待ちです。運用区域へのアクセス権限は、一切付与されていません。同期処理が続いている間、前方の訓練用扉だけが以前の状態を維持しています」
カイラは記録上の時刻が進むのを見つめた。
扉を無理に開けるよう命じることはなかった。
そんなことをする理由はない。
しかし、撤退も命じなかった。
「表示されている許可範囲をもう一度確認しなさい。演習用アクセスが有効であり、その扉が承認済みの経路に含まれているとシステムが確認しているなら、手順に従って進むこと。禁止と表示されたものを開こうとせず、隊員全員が互いの監視範囲内にいることを確認しなさい」
班長は端末をもう一度確認した。
訓練アクセス:認証済み
許可経路:利用可能
隣の隊員へ合図を送る。
中央の扉が開いた。
まず3名が中へ入る。
続いて、2名の検証担当が経路の状態が引き続き有効であることを確認してから入った。
最後の1名は、全員が敷居を越えるまで後方監視を維持した。
システムがローカル状態の更新を完了したとき、扉は再び閉じた。
しかし、その時点ですでに6名全員のマーカーが、最初の保安境界の向こう側にあった。
カイラの端末に通知が表示される。
保安境界――第1層
突破を確認
訓練用アクセスのみ
彼女はその文字をしばらく見つめた。
そして、アクセスを失った隊員や拘束判定を受けた隊員がいないか、すぐに確認する。
誰もいなかった。
行動可能な隊員:6/6
安全規則違反:0
カイラはゆっくりと息を吐いた。
「全隊員、現在位置を維持しなさい。正規の訓練経路を使って最初の境界を越えたが、それによってほかの施設への進入が許可されたわけではない。次の部屋の状態を確認し、すべての変化を報告してから続行すること。後で防衛側と記録を確認した際にも、この結果について正当な説明ができるようにしておきたい」
班長は、先ほどまでより少し弾んだ声で答えた。
「了解、隊長。全員が行動可能で、機材にも異常はありません。第1層の先にある演習区域へ到達しましたが、目標端末はまだ直接アクセスできる範囲にありません。引き続き、手順に従って確認を進めます」
カイラは地図を見た。
前回、チームが一度も越えられなかった線が、今は彼らの背後にある。
まだ演習に勝ったわけではない。
しかし、初めてアストレオン・ヴェロリアに対し、前回とは異なる結果を得ることができたのだ。
指揮デッキで、レアは思わず席から立ち上がりかけた。
「艦長、突破したよ! 扉の状態が更新される前に、全員のマーカーが次の区域へ移動したのが見えた。カイラさん、本当に前回チームを止めた部分を越える方法を見つけたんだ!」
カリスタはすぐにアクセス制御の遠隔測定データを開いた。
「待って。同期処理の記録を確認したい。認証が完了した後も扉が利用可能な状態だったなら、応答の順序が演習設計どおりだったのか確かめる必要がある。単に装置が想定どおりに動かなかっただけなのに、戦術的な成功だと判断してしまってはいけないからね」
セラフィエルが検証結果を表示した。
第1層――事象分析
| 項目 | 結果 |
| ----------- | ---- |
| 参加者の識別情報 | 有効 |
| 訓練実施許可 | 有効 |
| 制限区域へのアクセス | なし |
| ローカル状態の同期時間 | 2.4秒 |
| 想定審査時間枠 | 0.8秒 |
| 境界通過の確認 | あり |
| 安全上の違反 | なし |
| 第1層の封じ込め | 失敗 |
紬はその表を読んだ。
0.8秒と2.4秒の差が、警告色で示されている。
その下には、出来事の順序を表すグラフがあった。
```text
第1層――応答の時系列
00.0秒 識別情報の検証完了
00.8秒 想定されたローカル状態の更新時点
01.1秒 チームが許可された通行を開始
02.4秒 実際のローカル状態の更新
03.0秒 6名全員が境界の向こう側へ到達
```
紬は最後の行に注目した。
「つまり、本来持っていないアクセス権限を手に入れたわけじゃないんだな。正規の経路を使ったけど、こちらのシステムが認証完了後のローカル制御状態を同期させるのに遅れた、と」
セラフィエルは頷いた。
「そのとおりです。カイラさんは演習許可の範囲外となる行動を取っていません。しかし、チームの判断の順序によって、最初の演習では発見されなかった状態を利用できました。改善すべき価値のある発見です」
カリスタは画面を自分の端末へ移した。
「この遅延が演習環境の設定によるものなのか、それともアクセス制御モジュールが複数の経路変更を同時に同期させる仕組みによるものなのか、調べるよ。もし更新の順序に問題があるなら、原因そのものを直したい。扉を速く閉めるだけで済ませて、敷居を通過中の人の安全を考えないような修正はしたくないからね」
紬は頷いた。
「演習が終わるまでは何も変更しないでくれ。生データも全部保存しておいて」
それから、カイラのチームの位置をもう一度確認する。
彼の顔に、小さな笑みが浮かんだ。
「いいな」
レアが振り向いた。
「艦長、最初の防衛層を突破されたんだから、少しは悔しがると思ってたよ。それって、艦の保安システムに期待していたほど機能していない部分があったってことだよね?」
「だからこそ嬉しいんだ。あいつらが違う方法を試してくれなかったら、本当に悪意を持った誰かがこの艦へ来る日まで、その部分を発見できなかったかもしれない。全員が怪我をせずに帰れる今のうちに、知っておけるほうがずっといい」
セラフィエルは柔らかな表情で紬を見つめた。
「私も同感です。この結果は、アクセス範囲、安全条件、評価目的が明確に定められていれば、外部からの試験にも価値があることを示しています」
紬は再び画面へ目を向けた。
「さて、次の防衛層で止められるか見てみよう。面白いものが1つ見つかったからといって、そこで演習を終わらせるつもりはないからな」
カイラには、成功を喜んでいる時間などほとんど与えられなかった。
チームが次の区域へ入るとすぐに、案内端末には異なる構成が表示された。
主廊下は引き続き利用可能だが、運用施設へつながる経路はすべて閉鎖されたままだ。2基の保安装置が別々の経路を移動し、チームの前方にある接続扉は条件付きアクセスへ切り替わった。
システムは、前回と同じパターンを繰り返さなかった。
カイラはすぐに、最初の防衛層が、より広範な防衛機構の一部分にすぎないことを理解した。
「主力グループ、最初の境界では結果を得られた。だが、自信がついたからといって行動の仕方を変えないこと。引き続き利用可能なアクセスを確認し、次の状況によって撤収経路が安全でなくなるなら、端末を無理に追わないように」
班長が廊下の映像を送ってきた。
「隊長、次の分岐へ向かって移動する保安装置を2基検知しました。どちらも非致死性の演習用識別表示を使用しています。現在、案内システムが示すT-17までの正規経路は1つだけです。続行は可能ですが、検証済みの代替経路はありません」
カイラは位置情報を確認した。
目標端末までの距離は、残り310メートル。
しかし、その下の表示のほうが重要だった。
利用可能な正規経路:1
彼女は最初の演習で下した判断を思い出した。
今回は、距離の数字だけに行動を決めさせなかった。
「交差路で停止しなさい。残っている経路が、保安装置の接近時にも撤収に利用できるか確認すること。使えないのであれば、あと数メートル進むためだけにチーム全員を危険にさらすつもりはない」
確認が終わる前に、保安装置の1基が側面廊下へ入った。
非致死性の判定装置が作動する。
先頭の隊員は最初の接触を回避できたが、2基目の装置が移動し、彼の使おうとした経路を塞いだ。
床から演習用の障壁が現れる。
2名の隊員が、主交差路へのアクセスを失った。
経路遮断を確認
カイラはすぐに命令を変更した。
「後方の隊員は、制限された扉を通って、経路を失った隊員へ近づこうとしないこと。まだ利用可能な撤収経路を使い、通信を維持しなさい。前方の隊員は、状態が確定するまでシステムの安全指示に従うこと」
しかし、次の防衛層はすでに動いていた。
障壁の近くで位置を維持しようとしていた隊員に、拘束装置の判定が命中する。
ほかの隊員は安全区域へ戻ることに成功したが、T-17へ向かう経路は、もはや利用できなかった。
演習システムが通知を発する。
任務の続行:不可能
カイラはコックピットに表示された報告を見た。
第2演習――終了
```text
第1層の突破 確認済み
後続防衛層の封じ込め 成功
目標 T-17 未到達
突入班の任務 終了
物理的損傷 0
負傷者 0
安全規則違反 0
```
彼女は少しの間、目を閉じた。
そして、全隊員との通信を開く。
「第2演習は終了した。前回と比べて連携を改善し、1人も失うことなく最初の保安境界を越えられた。その後は、次の防衛層によって阻止された。すべての記録を保存してほしい。特に、正規経路の数が1つに減った部分だ。端末へ到達できなかったという結果だけで、今回の演習を評価してはいけない。私たちは前回と異なる結果を得た。今度は、なぜその違いが生まれたのかを理解することが仕事だ」
班長が答えた。
「了解、隊長。システムが示す帰還経路を使って戻ります。個人的には、目標がかなり近くに見えていたとしても、最後の経路を無理に進まないという判断は正しかったと思います。撤収経路がないまま続行していたら、おそらく全員をもっと早く失うだけだったでしょう」
「私も同意見だ。状況が任務の継続に適さなくなったとき、停止を判断できることも、保安チームの能力の一部だ。すでに無理だとわかっていることを実行して、勇敢さを証明する必要はない」
カイラはモビルフレームを帰還地点へ向けた。
コックピットの外では、帝都の光が軌道複合施設の下方に広がっている。
目の前の巨大な艦に、目立った変化はなかった。
船体に損傷はない。
参加者を追跡するための戦闘装置も展開されていない。
しかし今回は、カイラはそのシステムの一部分が、以前考えていたほど強固ではないと知っていた。
そして、その知識は誰1人犠牲にすることなく得られたのだ。
カイラが指揮デッキへ戻ったとき、紬は2回の演習結果を比較した報告書を確認していた。
彼女が入ってきても、画面を閉じることはなかった。
むしろ、カイラが立っている側からも読めるよう、表を拡大した。
保安演習――比較結果
| 評価項目 | 第1演習 | 第2演習 |
| ------------ | ----- | ----- |
| 所要時間 | 28:36 | 24:18 |
| 初期参加人員 | 6 | 6 |
| 第1層の突破 | 失敗 | 確認済み |
| 第1層到達時の隊員数 | ― | 6/6 |
| 目標T-17へのアクセス | 失敗 | 失敗 |
| 物理的損傷 | 0 | 0 |
| 負傷者 | 0 | 0 |
| 安全規則違反 | 0 | 0 |
その隣には、チームの位置の推移を示すグラフがあった。
経路進捗の比較
```text
第1演習 第2演習
初期 1,420 m 1,420 m
最初の確認地点 1,080 m 1,010 m
中間地点 610 m 760 m
経路の逸脱 890 m 回避
第1層 未突破 突破
最接近距離 90 m 310 m
目標アクセス 失敗 失敗
```
カイラはその比較を見つめた。
「最終的な距離だけで見れば、端末まで90メートルに近づけた最初の演習のほうが、よい結果に見えます。しかし、より意味のある成果を得られたのは2回目です。前回到達できなかった境界を越え、その地点まで全員を維持できました。その後の防衛層には、まだ対応できませんでしたが」
紬は第1層の突破に関する行を指さした。
「いいな」
カイラは黙り込んだ。
表から顔を上げる。
一瞬、竜人族の彼女は、自分の耳が正しかったのか確信できないような表情を浮かべた。
「紬さん、この報告書は、あなたの艦の保安システムが最初の境界の防衛に失敗したことを示しています。私もこの発見を必要以上に大きく扱うつもりはありませんが、まさか称賛されるとは思っていませんでした」
紬は椅子の背にもたれた。
「どうして? それまで知らなかったものを見つけてくれたんだ。これでカリスタとセラフィエルには、改善のために使えるデータができた。そもそも、そういう理由で演習を認めたんじゃなかったか?」
カイラはしばらく彼を見つめた。
「私の経験上、すべての施設所有者がそのように反応するわけではありません。試験チームの成功を、自分の保安担当者が無能である証拠と受け取る人もいます。また、意思決定権を持つ人間に弱点を知られないよう、報告書の内容を制限したがる人もいます」
紬は眉を寄せた。
「都合の悪い報告を隠したところで、問題は残ったままだろう。違うのは、責任者がそれを改善する機会を失うことだけだ。そんなやり方に何の得があるのかわからないな」
彼は、まだ開かれている同期処理のグラフを指さした。
「保安システムがまったく突破されなければ、その弱点はわからない。少なくとも、説明のない勝利だけを積み重ねる演習からはな。俺が知りたいのは、誰かがこちらの予測と違う判断をしたときに何が起こるかなんだ。本当に悪意を持った相手が、こちらに都合のいい想定どおりに動いてくれるはずはないから」
カイラは再び画面を見た。
紬は、出航予定や艦の整備費について話すときと変わらない口調で続けた。
「俺は、大切な人たちと一緒にここで暮らしている。防衛に不十分な部分があれば、後で問題になるのは報告書の悪い数字だけじゃない。誰かが怪我をしたり、設備が壊れたり、本来防げたはずの状況に乗員が巻き込まれたりするかもしれない。だったら、今その弱点を見つけてくれたお前に、どうして怒る必要があるんだ?」
カイラは、すぐには答えられなかった。
これまで、多くの指揮官と仕事をしてきた。
非常に有能な者もいた。
長年の勝利によって名声を築いてきた者もいた。
しかし、自分の持つ力と、常に他者より優れて見られたいという欲求を切り離せる人間ばかりではなかった。
紬は、防衛層の1つが失敗したことさえ、有用な結果として受け止めている。
艦の安全を軽視しているからではない。
その中で暮らす人々の安全を、システムに欠点がないように見せることよりも、本当に大切だと考えているからだった。
セラフィエルが次の技術報告を開いた。
「カイラさん、あなたのチームが、合意されたアクセス範囲を一度も逸脱していないこともお伝えしておきます。第1層の突破は、識別情報の検証が完了した後、正規の訓練経路を通って発生しました。ローカル状態の同期遅延によって、経路制御の更新が完全に適用される前に、隊員が境界を通過できたのです。これは私たち防衛側の発見事項であり、あなた方の不正な行動によるものではありません」
カリスタが椅子を動かし、テーブルへ近づいた。
「考えられる原因は、もう3つに分けてあるよ。生データを確認するまでは、どれか1つを確定原因だとは言わないけど、調査の出発点ははっきりした。何より、修正した結果、誰かが敷居を通過している最中に扉が無造作に閉まるようなことがあってはいけないからね。アクチュエーターを速く動かして、みんなに問題が解決したと思わせるだけじゃなくて、システムが判断する順序そのものを直したいんだ」
カイラは頷いた。
「ご説明に感謝します、カリスタさん。私のチームも、アストレオン・ヴェロリアの承認に従って配布範囲を制限したうえで、今回の発見を専門報告書に記載します。あなた方の個人的な保安システムの詳細を、合意した評価範囲の外へ持ち出す理由はありません」
先ほどから書類を確認していたランが、落ち着いた口調で付け加えた。
「その点は重要です。演習報告書には、試験によって第1層の応答に差異が発見されたことを記載できますが、内部の技術的詳細は引き続き艦に帰属します。公爵家保安局の管理上必要な内容をまとめた写しは提供しますが、あなたの権限外の情報はお渡ししません」
「その境界は理解しています。実施した活動について誠実な評価をまとめるために、艦の設計全体を知る必要はありません」
レアが個人端末を持って近づいてきた。
「よかったら、操縦士の立場からも1つ言わせて。カイラさん、2回目はモビルフレームで艦外の防衛に過剰な圧力をかけなかったのに、艦内チームとの連携を改善できていたよね。私には、目立つ機動をしてセンサー全部の注意を引くより、ずっと難しいことに思えるな」
カイラが振り向いた。
「より攻撃的な方法も一度は検討しました、レアさん。しかし最初の結果を読んで、艦外センサーの注意をそらしたからといって、突入班に対する監視能力が低下するとは限らないと気づきました。利用できる装備だからという理由だけで、資源を使いたくはなかったのです」
レアは微笑んだ。
「そこが私たちの違いだね。私はまず何かを試して、相手がどう反応するか見たくなることが多いけど、カイラさんは、その行動が本当に主目標の助けになるかを確かめたいんだ。でも、2回目の結果を見たら、君の辛抱強さが単なる癖じゃないって認めるしかないよ」
カイラも微笑み返した。
「私も、状況によっては、相手が態勢を整える前に機会を捉えるあなたの能力が、私にはない利点になると認めています。輸送船団への襲撃に対処した際にも、それを目にしました。どちらか一方の戦い方が、常に優れているとは考えません」
紬は2人を見た。
「お互いを褒めるのが終わったなら、今日は誰も3回目の演習を頼まないと確認してもいいか? このまま放っておいたら、2人とも保安評価をモビルフレームの競技会に変えてしまいそうな気がしてきた」
レアが笑った。
カイラは職務中の表情を保ったまま、首を横に振った。
「必要な結果は得られました、紬さん。明確な理由もなく、追加演習をお願いすることはありません。私のチームも報告書を完成させ、公爵家保安局での任務に戻る必要があります」
ランはすぐに演習予定の書類を閉じた。
「それでは、本日の活動は正式に終了したものとします。夕食後に誰かが決定を覆さないよう、その発言は保存しておきますね」
すべての技術的な手続きが終わった後、紬はカイラをグランドサロンへ誘った。
扉が開くと、雰囲気の違いははっきりと感じられた。
壁を埋め尽くす防衛システムの模型はない。
隊員の拘束状況を示す表示もない。
あるのは、パノラマ窓から差し込む柔らかな光と、軌道上の景色を眺められるよう配置されたソファ、そして室内に漂い始めた料理の香りだけだった。
窓の外では、帝都の光の群れが、大気層の下に広がる海のように見えた。
ヴェスペラはすでに窓際におり、小型端末で港湾予定の更新情報を確認している。
レアはすぐに、いつも使っている席へ向かった。
カリスタは技術記録を読み続けながら、テーブルへ歩いてきた。
紬はセラフィエルが用意したカップを見た。
「そういえば、最初の演習からまともに食事をしていなかったな。さっきの活動がもっと長引いていたら、保安報告書を夕食のメニューだと思い始めていたかもしれない」
セラフィエルは彼の前に温かい飲み物を置いた。
「その可能性も考慮してあります。食事は現在準備中ですし、しばらく指揮デッキへ戻らなければならないような緊急業務もありません。演習が負傷者や損傷を出さずに終了したことも、すでに通知済みです」
カイラは勧められてから席に着いた。
彼女は、室内の人々がそれぞれの仕事について再び話し始める様子を眺めた。
カリスタはアクチュエーターの更新順序について不満を口にしている。
ランは、演習施設の使用分を追加運用費として記録すべきか確認していた。
レアは、第2演習のモビルフレームの機動記録を見てほしいと、ヴェスペラを説得しようとしている。
自分たちの艦の保安システムに弱点が見つかったばかりだというのに、それを気に病んでいる者は誰もいなかった。
やがて、カイラは紬に話しかけた。
「公爵家保安局の居住区へ戻る前に、1つお聞きしたいことがあります。あなたは一般的な民間施設の基準を大きく超える艦を所有していながら、先ほどの演習では、評価結果を率直に検討すべきものとして扱っていました。戦闘中に判断を下すときも、同じ考え方をされるのですか?」
紬は飲み物を一口飲んだ。
「自分の判断に問題があると誰かが気づいたとき、その意見を聞くかって意味なら、もちろんだよ。これだけ大きな艦を、自分の考えがいつも正しいと思い込んで運営できるわけがないだろう。セラフィエル、カリスタ、レア、ラン、ヴェスペラには、俺よりずっと詳しい専門分野がある。俺が見落としたものを発見したなら、問題が大きくなる前に教えてほしいくらいだ」
カイラは彼を見た。
「しかし、最終的な決定権は艦長であるあなたにあります。緊急時には、あまりに多くの意見を受け入れることで、対応が遅れる可能性もあるでしょう」
「そうだな。だから、敵艦がこちらへ砲を向けている最中に、長い会議なんて開かないよ。必要な情報を求めて、その分野を担当する人間の意見を聞き、それから判断する。状況が終わった後なら、何をもっとよくできたのか確認する時間もあるからな」
カイラは、帝都周辺での戦闘を思い出した。
民間交通がまだ密集している区域で、紬が敵の指揮艦を破壊するのではなく、無力化することを選んだ場面を、彼女は目撃している。
最も派手な判断ではなかった。
しかし、その選択は紛争に関係のない人々にまで及ぶ危険を減らしていた。
「あなたの乗員が、なぜこのような形で働けるのか、少しずつ理解できてきました。自分たちの専門知識が実際に活用されていると知っているのですね。すでに決められた判断を正当化するためだけに、意見を求められているわけではない」
その言葉を聞いて、セラフィエルが微笑んだ。
「紬には、最も適した人に仕事を任せる習慣があります。ただ、事務的な用件を何でも私に確認させれば解決できると考えるのは、時々やめていただきたいのですが」
紬が振り向いた。
「でも、書類を読む速さなら、俺よりずっと上だろう? 200ページの契約書を確認しなきゃいけないときに、艦長の名前が書いてあるからって、俺のほうが優秀なふりをするつもりはないよ」
ランが顔を上げた。
「セラフィエルが一次確認を担当することには異論はありません。ただし、最終的な署名は、艦長ご自身が内容を理解した後に行っていただきます。1ページの要約を信用しすぎたせいで、いつか法外な港湾費用を承認されては困りますから」
「重要な部分は読んでるよ」
「艦長にとっての重要な部分は、私が読み飛ばされた箇所に印を付けた後で、初めて定義されることが多いのですが」
レアは飲み物を手に取りながら笑った。
「カイラさん、誰にも襲われていないときの私たちの艦は、こんな感じなんだよ。さっきの指揮デッキが静かすぎると思ったなら、グランドサロンは普段もっと賑やかだよ。特にランさんがお金の話を始めて、艦長が書類から逃げようとするときはね」
カイラは微笑んだ。
公爵家の保安会議に出席するときに見せる、形式的な笑顔ではなかった。
今回は、もっと自然に表情が和らいでいた。
「悪いことだとは思いません。むしろ、大規模な戦闘状況にも対応できる方々が、常に軍事作戦中のような雰囲気を維持することなく、日常の仕事の話へ戻れるというのは興味深いことです」
紬はカップを置いた。
「毎日戦争をしているような生活を送らなきゃいけないなら、わざわざ食堂や庭園、図書館、快適な居住区まで備えた艦なんて持たないよ。俺は旅をして、面白い仕事を引き受けて、金を稼いで、それからここにいる人たちと人生を楽しみたいんだ。保安対策は、俺たちがそれを安心してできるようにするためにある。生活のすべてを保安業務に変えるためじゃない」
カイラは窓の外の景色を見つめた。
アストレオン・ヴェロリアは、まだ軌道複合施設に係留されている。
しかし、初めて彼女は、この艦の仕様書には記されていない何かを理解し始めたように感じた。
紬にとって、力は最終的な目的ではない。
自分の人生を自分で決める自由を失わないための、1つの手段にすぎないのだ。
そして、おそらくそれが理由で、彼は自分の艦が常に誰より優れていると証明する必要を感じないのだろう。
カイラは再び彼へ顔を向けた。
「今回の2回の演習について、専門報告書を完成させます。その後、オーレリア様の常設護衛任務に関する申し出について、公爵家へ返答しなければなりません。今後の方針をすべて決めたわけではありませんが、今日の評価によって、アストレオン・ヴェロリアとの協力に対する私の考え方が変わったことは、お伝えしておきたいと思います」
紬は頷いた。
「自分の仕事と状況に合わせて決めればいいよ。いつか俺たちにお前の専門知識が必要な仕事ができたら、職務上の協力について話し合うのは構わない。でも、ここで演習を許可したからって、特定の答えを出さなきゃいけないとは思わないでくれ」
カイラはしばらく彼を見つめた。
「そのお考えに感謝します、紬さん。そして、その機会が訪れた際には、1度や2度の面会で生まれた好印象だけではなく、双方の責任を明確に理解したうえで協力したいと思っています」
「いいな。俺もそのほうが好きだよ」
テーブルの脇で、セラフィエルが通知を受信した。
彼女は軽く目を通す。
そして、紬へ顔を向けた。
「公爵家の居館から連絡がありました。オーレリア様が訪問の許可を求めていらっしゃいます。護衛担当者からは、ご本人の健康状態に問題はなく、緊急事態に関係する訪問でもないと確認されています」
紬は眉を上げた。
「オーレリア? 艦に何か用事でもあるのか?」
「あなたと直接お話ししたいそうです。ご家族の状況に進展があり、端末で要約を送るのではなく、ご自身の言葉で伝えたいとのことです」
カイラも、その通知に注目した。
公爵家保安局の一員として、ヴェイリエンヌ家の内部手続きがまだいくつか進行していることは知っていた。しかし、最新の情報をすべて受け取っているわけではない。特に、護衛任務と直接関係のない部分についてはそうだった。
「オーレリア様がいらっしゃるのであれば、護衛チームとの連携が手順どおりに進むよう、私も確認できます。艦への追加アクセスを求めるつもりはありませんが、少なくとも、事前に処理できる事務的な問題で訪問が妨げられないよう、お手伝いはできると思います」
紬は頷いた。
「それなら、来ても構わないと伝えてくれ。出航まではまだ時間があるし、あれからどうしているのか、俺も聞きたいから」
セラフィエルが返信を送った。
ほどなくして、グランドサロンの扉が開いた。
オーレリア・ヴェイリエンが入ってきた。公爵家の会合に出席するときの正式な衣装と比べると、ずっと簡素な服装だった。髪はきれいに整えられており、表情も数日前より穏やかに見える。
彼女は室内の人々へ挨拶してから、紬へ近づいた。
「もっと早くご連絡できず、申し訳ありません、紬。カイラさんとの活動を終えられるところだと伺ったので、セラフィエルさんから演習終了の確認をいただくまで待っていました」
紬は席を勧めた。
「気にしなくていいよ。ちょうど結果について話し終わったところだ。最後に会ったときより、ずいぶん落ち着いて見えるな。何かいい知らせでもあったのか?」
オーレリアはカイラを一度見た。
それから、再び紬へ視線を戻す。
「家族の状況が安定し始めました。以前は皆が保安予定を何度も変更しなければならなかった案件について、ようやく正式な決定が下されたんです。私も、何かをするたびに新しい指示を待たなくてもよくなりました」
紬は彼女の顔を見つめた。
「それなら、少なくとも問題が1つは片付き始めたわけだな。このまま安全な部屋から別の安全な部屋へ移され続けて、20人の護衛なしで歩く感覚を忘れてしまうんじゃないかって、少し心配していたんだ」
オーレリアは小さく笑った。
しかし、笑いが収まった後も、まだ何か言いたそうな様子だった。
膝の上に置いた個人端末へ手を伸ばしかけたが、すぐには開かなかった。
「実は、ほかにもお話ししたいことがあるんです。状況が落ち着き始めたことで、家族は今後しばらくの私の予定について、再び話し合うようになりました。説明は一通り聞きました。でも今回は、いつものようにすぐ答えを出したくないと感じたんです」
紬は続きを待った。
近くでは、セラフィエルが会話を遮ることなく、オーレリアの前に温かい飲み物を置いていた。
カイラは少女の表情の変化を見つめた。
これまで守るべき対象だった公爵家の令嬢が、ようやく安全や護衛、あるいは自分より高い立場の人々が下した決定以外のことについて、話せる機会を得たのだ。
オーレリアはゆっくりと息を吸った。
「紬、あなたの意見を聞かせてほしいんです。私を救ってくださった方としてでも、私たち家族を保護してくださったアストレオン・ヴェロリアの艦長としてでもありません。本来、私自身が決めるべきことについて、あなたとお話ししたいんです」
紬は彼女を見つめた。
そしてカップを少し脇へ寄せ、座り直した。
「それなら、話してくれ。ちゃんと聞くよ」
グランドサロンの窓の外では、1隻の旅客船が係留航路を離れ、星々の広がる宇宙へと進んでいった。
アストレオン・ヴェロリアには、まだ出航に必要な許可がすべて揃っていない。
しかし、帝都にとどまる理由となっていた用件は、1つ、また1つと解決へ向かい始めていた。
そして今回、次に話し合われるのは艦の安全についてではなかった。
ようやく自分自身の道を選びたいと願い始めた、1人の少女の未来についてだった。
【次回・第117話――「自ら選ぶ令嬢」】
ヴェイリエンヌ家の状況が安定し始めた後、オーレリアは自分の将来について紬に話す。
彼女は、他人が決めた予定にただ従うだけの存在であり続けたくはなかった。学業を続け、旅をし、新しい経験を積み、家族の一員であり続けながらも、自分の人生を決める自由を失いたくないと願っていた。
紬は、彼女の代わりに決断を下すことはしない。
ただ、自分が何を望んでいるのかを、自分自身の言葉で伝えるよう求めるのだった。
【第117話へ続く……】




