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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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【第115話】 「セキュリティ演習」

【第115話】 「セキュリティ演習」


ヴェルドラコン帝都――外縁軌道複合施設 → アストレオン・ヴェロリア


軌道複合施設の展望窓から眺めるアストレオン・ヴェロリアは、まるで巨大な都市に推進機関を取り付けたかのような姿をしていた。


全長8,600メートルの船体は、現在も豪華な外観を保っている。優美な外殻が帝都の光を反射し、係留構造物の周囲では、複数の整備車両がドッキング用の経路に沿って移動していた。


主砲の姿は見えない。


戦闘ドローンの編隊も存在しない。


近隣の軌道回廊を通過する民間船の乗客には、アストレオン・ヴェロリアは、金を持て余した誰かが所有する個人船にしか見えないかもしれない。


カイラ・ドレイヴェンは、その印象がどれほど間違っているかを知っていた。


竜人族の彼女は、演習への参加許可を得た公爵家保安局の隊員6名とともに、ホログラムテーブルの前に立っていた。髪の上には一対の角がはっきりと見え、身に着けた軽量戦闘服には、所属部隊の識別標識以外に目立つ紋章はない。


テーブルの右側には、公爵家保安局が所有するモビルフレームが3次元映像として投影されていた。


カイラは指先で最後の書類を移動させる。


公爵家保安局――演習実施許可書


| 項目 | 承認内容 |

| --------- | --------- |

| 演習識別番号 | DS-AV-115 |

| 参加人員 | 7名 |

| モビルフレーム | 1機 |

| 警備ドローン | 4機 |

| 乗船突入班 | 6名 |

| 演習時間 | 45分 |

| 実弾使用 | 禁止 |

| 物理的損傷 | 禁止 |

| 医療待機態勢 | 有効 |

| 受け入れ船舶の承認 | 確認済み |


表の下には、星崎紬の電子署名とともに、セラフィエル・ヴェロリアおよびカリスタ・フェロによる技術面の承認が記載されていた。


隊員の1人が書類の最下部を指さす。


「ドレイヴェン隊長、出発前に演習目標の条件を確認させてください。この書類には、艦内の模擬端末に到達すれば成功と判定されるとありますが、端末にアクセスした後も、その場所を確保し続ける必要があるのかは明記されていません」


カイラは該当箇所を拡大した。


「区域を確保し続ける必要はない。これは艦の占拠作戦ではなく、正式な許可を与えてくれた相手の保安システムに対する侵入能力の検証だ。隊員の誰か1人でも目標端末に到達し、演習用の認証を完了すれば、その時点で終了となる。逆に、全隊員が拘束、無力化、あるいは行動継続不能と判定された場合は、防衛側の正当な勝利となる」


彼女は表示を切り替え、アストレオン・ヴェロリアから提供された区画図を映し出した。


船内のすべてが表示されているわけではない。


運用中の施設から切り離された演習区域だけだ。


模擬乗船突入区域


* 進入地点:外部訓練ドック B-04


* 指定目標:保安評価端末 T-17


* 許可経路:訓練区画内のみ


* 立入禁止区域:すべての運用区画


* 緊急撤収:自動実行


* 実兵器の発射:無効化


進入地点から目標までの表示距離は1,420メートル。


その数字を見ても、カイラは少しも安心しなかった。


防衛側が通行可能な経路を変更する権限を持っている以上、廊下の長さなど大した意味を持たない。


「渡された区画図を、固定された作戦環境だと思わないこと。アストレオンには、状況に応じて通行権限を変更できる内部の扉・経路制御システムがある。閉鎖された経路を発見しても、パネルを分解したり、演習許可に含まれない区域から迂回したりしてはいけない。その変更も防衛側の行動として受け止め、私たち自身の能力で対処する」


ドローン操作員が手を挙げた。


「見えている経路がすべて使えなくなった場合はどうしますか。演習監督者に指示を求めてもよいのでしょうか。それとも、その時点で失敗と判定されますか?」


「安全に関わる問題が発生した場合は、確認を求めて構わない。ただし、計画どおりに進まないという理由だけで、相手に目標までの道を教えてもらおうとするな。私が知りたいのは、当初の予測に従わないシステムを相手に、私たちがどこまで対応できるかだ。誰が一番上手に助けを求められるかではない」


その答えに、何人かの隊員が笑みを浮かべた。


カイラは区画図を閉じる。


「もう1つ。私たちは他人の船に入る。しかも、相手は本来応じる義務のない機会を与えてくれている。この演習を、公爵家保安局とアストレオン・ヴェロリアの意地の張り合いにする理由はない。手順を守り、すべての変化を記録し、結果が悪く見えるからといって失敗を隠さないこと」


隊員全員が了解を返した。


カイラはヘルメットを手に取る。


演習開始の時刻が近づいていた。


アストレオン・ヴェロリアの指揮デッキでは、紬が同じ報告書を別の立場から確認していた。


メインスクリーンには艦の模型が大きく表示され、演習区域が専用の色で示されている。運用施設へ通じる経路はすべてアクセス設定によって分離されており、参加者が使用する各区域では安全監視が維持されていた。


セラフィエルは艦長席の隣に立っている。


「すべての承認が揃いました、紬。公爵家保安局からは、カイラさんを指揮官兼モビルフレームの操縦士として、計7名が参加すると確認されています。持ち込む装備は安全検査を通過しており、すべての武器は実弾を発射できない模擬判定システムを使用します」


紬は次のページへ進んだ。


アストレオン・ヴェロリア――演習制御


| システム | 状態 |

| -------- | ------ |

| 訓練区画の隔離 | 確認済み |

| 実戦用防衛兵器 | ロック済み |

| 模擬判定センサー | 稼働中 |

| 扉制御 | 演習モード |

| 非致死性拘束装置 | 安全制限適用 |

| 緊急医療対応 | 待機中 |

| 艦の運用システム | 分離済み |

| 外部交通への干渉 | なし |


表の隣には、演習用の計算処理負荷が艦の運用システムから分離されていることを示す簡単なグラフがあった。


処理能力の割り当て


演習環境:12% 運用予備:88%


紬はその数字に目を留めた。


「一部の資源しか使わなくても、カイラは役に立つ結果を得られるのか? わざと不自然に制限した防衛システムを基に報告書を作られても困る。でも、演習のためだけに艦の能力を全部見せる必要もないからな」


セラフィエルは試験内容の詳細を開いた。


「評価対象となる部分の応答品質は落としません。この割り当ては演習環境の分離を示すものであり、保安システム全体の能力上限ではありません。今回使用するセンサー、アクセス制御、非致死性の対応機構は、合意された条件に従って動作します。試験範囲外のシステムを関与させる必要はありません」


「それならいい。試しても構わない部分まで隠そうとして、結果そのものを役に立たなくするのは避けたい」


左側の技術端末にいたカリスタが顔を上げた。


「私はむしろ、参加者の誰かが張り切りすぎて、閉鎖表示の出ている扉を力ずくで開けようとしないか心配だよ。演習区画のアクチュエーターには全部、力の制限をかけてあるけど、説明を読むより腕力のほうが信用できると思っている人のせいで、午後を蝶番の修理に費やしたくはないからね」


隣の席で操縦士用装備を身に着けていたレアが笑った。


表情の変化に合わせて、狐の耳が動く。


「カリスタさん、カイラさんはそんなことしないよ。前に戦っているところを見たことがあるけど、力を使うべき場面を判断できるくらい規律正しいし、最初の方法が通じなかったら別の手を探すくらい頑固なんだ。だからこそ、この艦の防衛にどう対応するのか気になるんだよね」


「カイラだけの話じゃないよ。うちの設備を使ったことがない人が、ほかに6人いるんだ。そのうちの誰かが、扉のパネルは蹴れば開くものだと思っているかもしれないだろう?」


「それなら、演習が終わったら、蹴られずに済んだ扉の数も成功指標に入れようよ。修理費が0のままなら、ランさんも喜ぶと思うな」


ランは端末から顔を上げなかった。


「修理費が0で済むなら、確かに喜ばしいことです。ただ、私としては、管理された環境で行われるはずの活動によって、余計な仕事が発生しないことのほうが重要です。予算について冗談を言いたいのであれば、せめて今回の運用費の計算を終えるまで待っていただけますか」


紬はランの報告書に目を向けた。


「費用はどのくらいだ?」


「公爵家保安局には管理上請求しない施設使用分を除けば、追加運用費は許容範囲内に収まる見込みです。ただし、演習を延長、あるいは再実施する場合は、予定の調整を求めます。こちらにはまだ出航準備がありますし、この活動を常勤業務のように拡大させるつもりはありません」


レアが紬を見た。


「艦長、ランさんって、最初の演習が始まる前からカイラさんが追加演習を頼んでくるって予想してるみたいだね」


「もしそうなら、余計なことを吹き込むなよ」


セラフィエルが小さく微笑んだ。


指揮デッキの窓際では、ヴェスペラが係留区域周辺の軌道交通を確認していた。


「ドッキング複合施設の周辺を通る民間航路には、今回の活動に実際の戦闘機動が含まれないことを通知済みよ。モビルフレームの移動経路についても、港湾当局が承認した演習範囲内に収まっていることを確認したわ。戦闘用の機体が乗り換え回廊の近くを飛んだからといって、旅客船から苦情が来るようなことにはならないはずよ」


紬は頷いた。


「全部準備できているなら、予定どおり始めよう。セラフィエル、カイラと通信をつないで、演習結果より参加者の安全が優先だと改めて伝えてくれ。模擬戦で降参するのが恥ずかしいなんて理由で、誰かに怪我をされても困る」


通信回線が開く。


画面の右側にカイラの顔が映った。


「紬さん、全隊員への最終説明は完了しています。合意した規則に従って開始し、参加者や艦の設備に危険が及ぶ可能性のある状況を確認した場合は、私の判断で演習を中止します」


「わかった。演習中、こちらから助言はしない。渡してある情報を使って、自分たちで進め方を考えてくれ。終わったら、一緒に記録を確認しよう」


カイラは頷いた。


「それが私の望む形です。成功したように見せるために用意された経路を進むのではなく、私たちの判断に対して、そちらの防衛システムがどう反応するのかを知りたいのです」


紬はセラフィエルへ視線を移した。


「開始してくれ」


アストレオン・ヴェロリアの船体外部で、1機のモビルフレームが準備区域を離れた。


機体は最初、ゆっくりと移動しながら、眼前に果てしなく広がる船体表面に対して姿勢を調整した。小型の姿勢制御スラスターが交互に点火し、真空の中に短い閃光を生み出す。


コックピットにはカイラが座っていた。


操縦システムには、演習用の飛行範囲、ドッキング地点の位置、そして指揮下にある4機の警備ドローンの識別情報が表示されている。


公爵家保安局――演習情報


モビルフレーム:稼働中 操縦士:カイラ・ドレイヴェン 訓練用兵装:有効 実戦用兵装:無効 ドローン接続:4/4 乗船突入班:6/6 目標までの距離:2.8 km 演習境界:有効


画面下部では、安全機能の表示が点灯し続けていた。


自動終了機能:使用可能


カイラは機体の位置を微調整した。


「全隊員、接近段階に入る。第1、第2ドローンは先行してドッキング・インターフェースまでの経路を確認。残り2機は予備監視としてモビルフレームの後方を維持しなさい。目標が近くに見えるからといって、無理に速度を上げないこと。全員が次の段階に移れる状態で到着するのが最優先だ」


ドローン操作員の声が通信に入った。


「了解、隊長。先行する偵察機2機は許可された飛行経路に入りました。接近を妨げる物体はまだ確認されていません。ただ、艦のセンサーシステムは、準備地点を離れた時点ですべての演習機材の識別情報を捕捉しているようです」


カイラは画面に現れた小さな表示を見た。


外部からの追跡を検知


驚きはしなかった。


アストレオン・ヴェロリアが、物体が船体に接触するまで監視を始めないはずがない。


「演習用の識別情報を切ろうとしないこと。こちらに接近する存在がいると、防衛システムに認識させるのも今回の目的だ。試すべきなのは、その情報を得た後に相手がどう対応するかであって、許可されていない方法でドローンを監視から消せるかどうかではない」


モビルフレームが演習区域の外縁を通過する。


眼前では、輝く船体表面がコックピットの視界をほぼ埋め尽くし始めていた。


外殻構造の間に、ドッキング用の扉が見える。


カイラは乗船突入用の識別信号を有効にした。


「突入班、移乗段階の準備に入れ。車両が係留地点に到着したら、担当を分けて行動すること。初期の区画図で通行可能と表示されていたからといって、目標端末までの経路が開いたままだと思わないように」


6名全員から了解が返る。


数秒後、モビルフレームは指定位置に到達した。


カイラはドッキング・インターフェースの外側で機体を保持して監視支援を続け、その間に演習用の乗船車両が係留手順を完了させた。


識別灯が切り替わる。


模擬乗船突入――許可済み


扉が開いた。


公爵家保安局の6名が、アストレオン・ヴェロリアへと足を踏み入れる。


正式な侵入演習が始まった。


紬は指揮デッキの画面を見つめていた。


爆発音も銃声もない。


だが、何が起きているかを理解している者にとって、その光景は実戦にも劣らないほど興味深いものだった。


演習区域の3次元模型には、進入地点から最初の分岐へ向かって移動する6つのマーカーが表示されている。艦外ではカイラのモビルフレームが位置を維持し、警備ドローンは許可された範囲を監視するために散開していた。


セラフィエルが初期報告を表示する。


演習――リアルタイム状況


| 項目 | 数値 |

| --------- | -------- |

| 経過時間 | 02:18 |

| 侵入班 | 6/6 行動可能 |

| 艦外モビルフレーム | 1/1 稼働中 |

| 警備ドローン | 4/4 稼働中 |

| 拘束確定 | 0 |

| 目標アクセス | 0% |

| 安全規則違反 | 0 |


紬は隊員たちの位置を拡大した。


「一番直接的な経路を選んだな。俺がカイラの立場でも、まずはあの廊下に隊員を送るかもしれない。でも、こちらが通行を遮断できることくらい、あいつも予想しているはずだ。外のドローンで何をしている?」


セラフィエルが画面を切り替えた。


「2機が接近経路を監視し、残りはアクセス状況の変化に備えて位置を維持しています。カイラさんは、突入班が目標へ向かって移動した際、こちらの防衛システムが艦外へ注意を振り向けるかどうかを確認したいようです」


レアが近づいてきた。


「一手で勝とうとしているわけじゃないんだよ。カイラさんはまず防衛側の反応を見て、その情報を使って主経路を進むか、別の方法に変えるか判断しようとしているんだと思う。前に襲撃者と戦ったときも、そういう戦い方だったから」


紬は分岐に近づき始めたマーカーを見た。


「セラフィエル、全部の扉を一度に閉める必要はない。進入地点で止めてしまったら、環境が変わったときにあのチームがどう対応するか、何もわからなくなる。演習条件に沿った対応をして、その後どうなるかは向こうの判断に任せよう」


「了解しました。運用上の制限が必要とならない限り、許可された経路は維持し、承認済みの条件に従って保安対応を実行します」


画面の中で、最初の扉が開いた。


公爵家保安局の隊員たちは前進を続ける。


しかし、全員が交差路を通過した直後、背後のアクセス表示が切り替わった。


経路制御――作動中


ドッキング・インターフェースへ戻る経路には、迂回が必要であることを示す印が付いた。


大きな警報は鳴らない。


突入班の端末に通知が1つ表示されただけだった。


カイラはコックピットからその変化を確認した。


「主力班、システムが背後の経路を変更した。閉鎖された扉を無理に開けようとするな。演習区域内で利用できる代替経路があるか確認し、次の判断を下す前に現在位置を報告しなさい」


班長は区画図を確認しながら答えた。


「通行可能と表示された経路が、まだ2つあります。右側は目標端末までの距離が短く、左側は初期の区画図に表示されていなかった中継室を通過します。追加のアクセス変更がなければ、右側を使うことを提案します」


カイラは送られてきた情報を確認した。


「右側を使いなさい。ただし、小型ドローンを1機先行させ、次の分岐の状況を確認すること。まだ開いている経路が、必ずしも最善の選択肢とは限らない。環境を制御しているのは防衛側だ。こちらが目標へ到達できるよう手助けする義務は、相手にはない」


隊員たちが移動する。


小型偵察ドローンが先に廊下へ入った。


通路の先では、扉が自動的に開く。


その向こうには、通常照明の点いた中継室が見えた。


障害物はない。


拘束装置も見当たらない。


ドローン操作員から報告が届く。


「廊下はクリアです。前方に保安部隊との接触はありません。案内端末によると、次の部屋を経由して目標へ到達可能です」


カイラは映像を確認した。


何かが引っかかった。


罠を発見したからではない。


むしろ、すべてが自分たちに都合よく整いすぎているからだった。


「数秒間、移動を停止しなさい。受信した案内情報が、アクセスを許可された演習システムから提供されたものなのか、それとも未確認のローカル表示にすぎないのかを調べてほしい。1つのパネルだけを判断の根拠にしないこと」


班長が了解を返す。


しかし、確認が終わる前に通知が表示された。


ローカル経路情報更新


目標方向:前方


隊員の1人が、床に点灯した誘導表示を見た。


「隊長、艦の案内システムが目標端末の方向を示しています。この案内に従いますか。それとも、演習前に渡された区画図を優先しますか?」


カイラは眉を寄せた。


「その情報が間違っていると考える理由はない。だが、私たちを助けるために表示されたという証拠もない。演習用の地図と座標を照合し、合意した範囲内の経路であることを確認してから進みなさい」


隊員たちは表示された経路に従って進んだ。


次の扉が開く。


さらに、その次も。


彼らの視点からすれば、順調に前進しているように見えた。


指揮デッキでは、レアが6つのマーカーの位置の変化を見つめていた。


「艦長、セラフィエルが示した経路を進んでるね。カイラさんなら、あまりにも都合がよすぎるってすぐ気づくと思ったけど、全部演習区域内だと確認したうえで、進むことにしたみたい」


紬が口を開く前に、セラフィエルが答えた。


「彼女たちが持っている情報に基づけば、間違った判断ではありません。その経路は実際に通行可能であり、参加者に虚偽の情報は与えていません。ただし、ローカル案内が示している端末は、主目標の端末ではありません。システムは、その経路から到達可能な次の目的地を表示しているだけです」


紬は複数の区画に分かれた地図を見た。


「つまり、アクセス確認室へ向かっているのか。全員が入る前にカイラが気づけば、まだ進め方を変えられるな」


「はい。その経路を選んだという理由だけで、閉じ込めることはしません。次の対応は、確認室に到着した後の行動によって決まります」


公爵家保安局の隊員たちは中継室に到着した。


目の前には、アストレオン・ヴェロリアの演習用標章が表示された端末がある。


隊員の1人がすぐに近づいた。


しかし、認証を試みると、画面には予想と異なる通知が表示された。


アクセス確認ステーション


目標端末:この場所には存在しません


訪問者経路の確認が必要です


班長が足を止めた。


「隊長、目標ではなくアクセス確認用の端末を発見しました。先へ進むには経路の確認が必要だと表示されています。防衛システムの一部として設けられた確認地点へ誘導された可能性があります」


カイラはヘルメットカメラの映像を見つめた。


「結果がどうなるか理解するまでは、認証を行わないこと。現在位置から利用できる別の経路を調べなさい。画面に確認を求められたからといって、安易に隊員の識別情報を入力してはいけない」


隊員の1人が側面の扉へ移動した。


扉は開かない。


隣のパネルには、その扉のアクセス権限自体は有効だが、演習参加者の権限では利用できないと表示されていた。


アクセス拒否――経路制限中


背後の扉は、まだ使用できる。


しかし、隊員たちが戻ろうとすると、案内システムは別の廊下への迂回を表示した。


カイラはすぐに状況を理解した。


アストレオン・ヴェロリアは、銃撃で彼らを足止めしているわけではない。


利用可能な選択肢を制御することで、彼女のチームに確認手順を続けるか、別の経路を探すために時間を費やすかという判断を迫っているのだ。


「主力班、その端末に固執するな。まだ時間はある。ただし、すべての判断は実際に確認できる状況を基に行うこと。許可された経路を使って前の分岐まで戻り、位置情報を更新しなさい。私は艦外ドローンにドッキング経路の変化を調べさせる。こちらの選択肢に影響するものがあるか確認したい」


班長は隊員たちを移動させた。


しかし、最後尾の隊員が中継室を離れたとき、廊下の側面にある整備用パネルから小型の保安装置が現れた。


その装置に殺傷能力のある武器は搭載されていない。


前面には演習用の表示灯が点いていた。


非致死性保安ユニット――演習モード


ユニットは最後尾の隊員へ拘束判定用の照準を向ける。


隊員の防護服に光の線が走った。


模擬拘束判定:確定


演習システムは、直ちにその隊員を拘束済みと判定した。


隊員は手順に従い、移動を停止する。


「隊長、6人目の隊員が拘束判定を受けました。中継室を出た際、整備用パネルから保安装置が現れ、分岐に到達する前に拘束範囲内へ入ったことが判定システムで確認されました」


カイラは送られてきた短い記録を確認した。


その隊員を叱責することはなかった。


「状況は確認した。こちらにも防衛側にも、手順違反はない。残り5名で続行しなさい。ただし、後方監視を1人だけに依存しない配置へ変更すること。最初の配置にした理由は、演習終了後に検討する」


指揮デッキでは、最初の数値が変化した。


侵入班:5/6 行動可能


レアはますます興味を深めた表情で画面を見ていた。


「1人失ったのに、カイラさんはモビルフレームをドッキング口へ近づけて反撃しようとはしないんだね。まだ艦外で機体を維持して、全体の状況を監視してる。私は好きな判断だな。自分だったら、もう少し近づきたくなっていたかもしれないけど」


カリスタが振り向いた。


「だからこそ、今回の演習で君を侵入班の指揮官にしたくなかったんだよ。保安装置が現れるたびに追いかけ始めたら、試験対象のシステムを評価するより、君の動きを監視するほうに時間を使うことになるからね」


レアは気を悪くした様子もなく笑った。


「規則を破るなんて言ってないよ、カリスタさん。ただ、私とはやり方が違うって認めてるだけ。カイラさんは計画を維持することに辛抱強いけど、私は相手が位置を調整し終える前に、圧力をかけられる機会を探すことが多いから」


紬は2人を見た。


「いつ戦い方を変えるべきか理解していれば、その違いは問題じゃない。こういう演習なら、カイラがどれだけ速くモビルフレームを動かせるかより、隊員を失った後に状況を読み直せるかのほうが興味深いな」


セラフィエルが次のパネルを開いた。


演習――中間状況


| 項目 | 数値 |

| --------- | ----- |

| 経過時間 | 11:42 |

| 行動可能な突入隊員 | 5/6 |

| 拘束済み隊員 | 1 |

| モビルフレーム | 稼働中 |

| 警備ドローン | 4/4 |

| 目標アクセス | 0% |

| 安全規則違反 | 0 |


その下には、目標までの実際の経路距離を示す進捗グラフがあった。


目標までの距離


初期:1,420 m 記録上の最短:610 m 現在の経路距離:890 m


紬は最後の数字の変化に目を留めた。


「中継室を通過した後、むしろ距離が伸びている。カイラがこの情報を正しく読めば、前進しているように見える経路が、必ずしも目標へ近づくものじゃないと気づくだろうな」


セラフィエルは頷いた。


「彼女はすでに隊員へ座標情報の更新を求めています。間もなく指揮端末にも、その変化が表示されるでしょう」


カイラは位置情報の更新を受け取った。


890メートルという数字を見て、しばらく黙り込む。


区画図を拡大し、通過したばかりの経路と目標座標を比較した。


そして、薄く笑った。


「なるほど。そういうやり方か」


通信から班長の声が聞こえる。


「隊長、進め方を変更しますか。使用した経路自体は正規のものでしたが、最新の位置情報では、目標端末から遠ざかっています。このまま案内に従って回り道を続け、残り時間を使い切るのは避けたいです」


「方法は変える。ただし、焦るな。目標端末だけを注目すべき地点だと考えるのはやめなさい。まだ開いている経路、保安装置の位置、そして防衛システムの注意を分散させるために利用できそうな空間の関係を確認してほしい。アストレオンが区画全体を一度に閉鎖しなくても、経路を制御できることはわかった。次は、チームが2方向に分かれて動いたとき、相手の対応が変わるかを確かめる」


班長は残る5名を2つのグループに分けた。


3名が主廊下を進む。


残る2名は、演習許可に含まれている側面の経路を使った。


艦外では、カイラがモビルフレームをドッキング・インターフェースから少し遠ざけた。


4機の警備ドローンも、新しい配置に合わせて散開する。


「操作員、2機を演習区域の上側境界へ向かわせ、残り2機は進入経路の近くに維持しなさい。艦外側の監視状況がどう変わるか把握したい。ただし、指定された境界を越えないこと。こちらの動きを追って防衛システムが装置の配置を変更したら、その時刻を報告してほしい」


操作員が命令を確認した。


カイラの画面では、4つのマーカーがより広い配置へと移動していく。


しばらくの間、アストレオン・ヴェロリアから目立った反応はなかった。


やがて、ドローンの1機が船体表面の小さな変化を検知する。


パネルが開いた。


内部からセンサー装置が現れ、演習区域へ向けられる。


「隊長、船体側面で追加センサーが起動しました。ドッキング・インターフェースから離れた2機に対する監視が強化されています。ただし、こちらの位置へ接近する防衛装置は、まだ確認されていません」


カイラはそのデータを確認した。


「位置を維持しなさい。回避できるか試すためだけに、センサーを避けようとしないこと。複数の変化を同時に受けたとき、艦が監視能力をどう配分するのか見たい」


しかし、ほぼ同時に、突入班から少し切迫した声で通信が入った。


「隊長、第2グループが側面廊下でアクセス状況の変化を確認しました。前方の扉はまだ開いていますが、目標までの経路が、初期の区画図に表示されていなかった部屋を通る形に変わっています。演習区域内の変更であるか、現在確認中です」


カイラは彼らの映像へ注意を移した。


2名の前には、長い廊下が伸びている。


その先では、目標を示す表示灯が点灯していた。


T-17――前方からアクセス可能


カイラはその文字を見つめた。


アストレオン・ヴェロリアが、ローカル案内を利用して主目標ではない場所へチームを誘導できることは、すでに理解している。


しかし、今回はT-17という識別番号が、探している端末と一致していた。


「2人同時に入るな。廊下の先の映像を送り、安全な距離から端末の識別情報を確認できるか調べなさい。本当に目標なら、主力グループを利用可能な経路から支援へ回す」


隊員の1人が先行した。


廊下の中央付近に到達したとき、床に表示線が現れた。


背後の扉が閉じる。


激しくぶつかるような音はしなかった。


通常の手順を実行する自動扉のように、滑らかな動きだった。


しかし、隊員が振り返った直後、演習システムが通知を発した。


経路隔離――作動中


壁の側面から非致死性の拘束装置が現れた。


模擬判定の光が防護服に命中する。


隊員拘束


2人目の隊員は分岐まで後退しようとしたが、利用可能な経路はすでに変更されていた。安全区域へ移動することはできるものの、任務の続行に必要な経路へのアクセスは失われている。


任務経路へのアクセス拒否


カイラは、2つの状態表示がほぼ同時に現れるのを見た。


通信を入れる。


「第2グループ、端末への接近を中止しなさい。拘束された隊員は手順どおり、その場で待機。行動可能な隊員は、システムが示す経路を使って安全区域へ戻ること。扉を無理に開けようとするな。このアクセス変更からは、もう十分な情報を得られた」


グループのリーダーが、悔しそうな声で答えた。


「了解、隊長。見えていた端末に本当にアクセスできるかどうかは確認できませんでした。先行した隊員が廊下の終端に到達する前に経路が閉鎖され、演習区域の中央で拘束装置による有効な判定を受けました」


カイラは画面を見つめた。


「合意した範囲内で、命令どおりに行動できている。拘束装置の位置と、扉が切り替わった順序を記録しなさい。状況を読み取るのが遅れたために機会を失ったのか、それとも、その経路に対する最初の想定そのものが間違っていたのかを確認したい」


指揮デッキでは、セラフィエルが報告を更新した。


侵入班:3/6 行動可能


隊員1名――経路へのアクセス拒否


紬はその数字を見てから、依然として艦外にいるカイラのモビルフレームへ目を向けた。


「まだ進入口へ機体を近づけないのか。別の機会を待っているのか、それとも、こちらが大した装置を動かさなくても隊員を止められると気づき始めたのかな」


セラフィエルが移動記録を表示した。


「カイラさんは内部経路の変化と外部センサーの反応を比較しています。両者が独立して動いているのか、それとも相互に支援し合っているのかを確認したいようです。現時点で、演習の境界を破って強引に侵入しようとする兆候はありません」


レアは腕を組んだ。


「私があのコックピットにいたら、モビルフレームの機動でセンサーの注意を引こうとしていたかも。でも、艦のシステムが1つの監視手段に依存していないなら、そんな動きをしても、セラフィエルに私の位置情報をもっと渡すだけだよね」


紬は頷いた。


「それに、センサー画面の中で自分を目立たせることに夢中になったら、艦内のチームが必要としている支援を失うかもしれないぞ」


「艦長、私がまだやってもいない失敗を、先回りして説明するのは少し不公平じゃない?」


カリスタが小さく笑った。


「戦えそうなものがあると、君は本当にわかりやすいからね」


レアは尻尾を揺らした。


「危険な状況に立ち向かってくれる操縦士が必要になったときは、その発言を思い出すことにするよ」


ランがようやく顔を上げた。


「皆さんの議論を終わらせるためだけに、危険な状況が必要になることは避けたいですね。特に、今日の活動は一切の損傷を発生させない前提なのですから」


彼女たちの会話は、メインスクリーンに新たな動きが表示されたことで止まった。


カイラが決断を下したのだ。


モビルフレームのコックピットで、カイラは機体の向きを変えた。


船体へ向かったわけではない。


むしろ、演習区域の外縁に沿って移動し、安全な距離を保ちながら突入班へ位置情報を送信していた。


「主力グループ、第2グループが使った経路から端末へ入ろうとはしない。まだ利用可能な廊下を進んでほしい。ただし、システムが再び経路を変更した場合、目標表示を無理に追わないこと。各分岐の実際の状況を確認し、先ほどと同じ変化のパターンが見られるか報告しなさい」


班長が答えた。


「演習区画内で行動可能な隊員は、現在3名です。目標までの距離は480メートルと表示されていますが、新たに適用されたアクセス制限が、この数値に反映されているかは確認できていません。十分に警戒しながら前進し、次の経路が検証できない場合は移動を停止します」


カイラは地図を見た。


480メートル。


演習が始まって以来、初めて成功を現実的に感じられるほど近い数字だった。


しかし、アストレオン・ヴェロリアの案内システムが、正規の経路を不利な選択肢へ変える方法を常に持っているように見えることが、彼女には気に入らなかった。


この艦の防衛は、単に侵入者が特定の扉へ到達するのを待っているわけではない。


アストレオン・ヴェロリアは、侵入者が判断を下さなければならない環境そのものを制御している。


そして、攻撃側が十分に理解できていない情報を基に動き続ける限り、防衛システムは大きな力を使わずとも、その行動を止められるのだ。


「セラフィエルさん。演習通信を聞いていらっしゃることは承知していますので、終了前に1つお伝えしたいことがあります。あなたの艦の保安システムが、単一の防衛層に依存していないことは理解し始めました。ただ、こちらが最も予測されやすい行動パターンをやめた場合でも、その制御が有効に働くのか、まだ確かめたいのです」


指揮デッキで、セラフィエルは紬を振り向いた。


「カイラさんが防衛側へ直接所見を伝えてきました。返答してもよろしいでしょうか?」


紬は画面を見た。


「演習規則の範囲で答えてくれ。こちらの装置の位置を教える必要はないけど、直接質問されたのに聞こえないふりをする必要もない」


セラフィエルが通信を開いた。


「所見は伺いました、カイラさん。アストレオン・ヴェロリアの防衛システムは、複数の機構が相互に支援し合うことで、艦の安全を維持するよう設計されています。ただし、演習が続いている間、現在の防衛配置について説明することはできません。終了後には、あなたのチームの行動を受けて下された判断も含め、結果をご確認いただけます」


カイラは薄く微笑んだ。


「公平な回答です。それでは、こちらが現在持っている情報だけで演習を終えることにします。本来は評価後に受け取るべき説明をいただいたおかげで、結果がよくなってしまうのは望んでいませんから」


彼女は直接通信を閉じた。


そして、隊員たちへ命令を出す。


「続行しなさい。まだ目標へ到達する機会はある。ただし、残り時間が少ないからといって、安全を犠牲にしたり、演習の境界を無視したりしてはいけない。後で記録を確認されたとき、私たちの判断すべてについて、きちんと説明できるようにしておきたい」


3つのマーカーが再び動き始めた。


最後の分岐を通過する。


チームの前方では、大きな扉が開き、広い部屋へとつながっていた。


向かい側の壁には、T-17の端末がはっきりと見える。


今度こそ、その識別情報は演習書類と一致していた。


班長が映像を送信する。


「隊長、目標端末を発見しました。外観識別情報と座標は初期データと一致しています。認証地点までは約90メートル。室内に保安装置は確認できません」


カイラはその映像を見つめた。


すぐに前進命令を出すことはなかった。


「端末へ近づく前に、入口、退出経路、室内の状況を確認しなさい。安全に見えた経路が、進入後も同じ状態のままだと思い込んだせいで、すでに隊員を失っている。ようやく目標が目の前に現れたからといって、同じ失敗を繰り返したくはない」


隊員たちは確認を行った。


目に見える脅威はない。


2名が先行し、最後の1名は扉の近くで監視を維持した。


しかし、彼らが部屋の中央付近へ到達したとき、端末の表示が変わった。


保安評価端末 T-17


アクセス条件:防衛対応作動中


隊員たちの演習端末に通知が現れる。


許可経路の指定解除


その部屋と主廊下をつなぐ扉が閉じた。


同時に、室内の側面から2基の非致死性拘束装置が現れる。


チームは直ちに反応した。


隊員の1人は壁際の遮蔽物へ移動しようとしたが、そこへ到達する前に模擬判定の光を受けた。


2人目は最初の判定を回避することに成功したものの、床から現れた演習用の障壁によって、端末へ向かう経路を遮断された。


扉の近くに残っていた3人目は、案内パネルを使って代替経路を探した。


目標へ到達できる経路は、どこにも表示されていなかった。


任務経路へのアクセス拒否


数秒のうちに、チームの状態が変わった。


拘束済み隊員:5名


経路アクセス拒否:1名


行動可能な突入隊員:0名


カイラは、コックピットにすべての情報が表示されるのを見た。


悪態はつかなかった。


パネルを殴ることもない。


確定した結果を変えるために、モビルフレームを無理やり船体へ近づけようともしなかった。


ただ、最後の行に表示された0という数字を見つめていた。


やがて、演習システムが正式な通知を発する。


演習終了


結果:防衛側の勝利


目標アクセス:失敗


安全規則違反:0


カイラはゆっくりと息を吐いた。


「全隊員、演習は終了した。システムが示す退避経路に従い、帰還・点検地点へ戻りなさい。データの回収が終わるまでは、機材の位置を変更したり、ローカル記録を削除したりしないこと。私たちの判断によって、結果的に目標から遠ざかってしまった部分も含め、すべての記録を評価に使える状態で残しておきたい」


隊員の1人が、悔しそうな声で答えた。


「隊長、あと少しで端末に到達できたんです。最後の扉が開いたとき、もう少し速く動いていれば、システムがアクセスを変更する前に、誰か1人は認証を完了できたかもしれません」


カイラは最後の部屋の短い記録を確認した。


「そうかもしれない。だが、証明されていない可能性を基に結果を評価するつもりはない。その遅れが本当に失敗の原因だったのか、それとも、もっと速く動いていたとしても、相手には私たちを止められる対応手段があったのかを知りたい。データを一緒に確認してから、次の進め方で何を変えるべきか決めよう」


彼女はモビルフレームを帰還地点へ向けた。


コックピットの外では、アストレオン・ヴェロリアが変わらず静かな姿を見せていた。


銃撃の痕跡はない。


金属片も漂っていない。


その内部で侵入演習が終わったばかりだと示すものは、何もなかった。


しかしカイラには、全力を見せることなく戦場そのものを変えてしまう要塞と対峙したように感じられた。


指揮デッキで、紬は最終報告書を読んでいた。


アストレオン・ヴェロリア――保安演習報告書


| 評価項目 | 結果 |

| -------- | -------- |

| 総所要時間 | 28:36 |

| 突入隊員 | 6名 |

| 拘束 | 5名 |

| 経路アクセス拒否 | 1名 |

| モビルフレーム | 1機――稼働中 |

| 警備ドローン | 4機――回収済み |

| 目標アクセス | 0% |

| 物理的損傷 | 0 |

| 負傷者 | 0 |

| 安全規則違反 | 0 |


その下には、チームの移動記録を示すグラフが表示されていた。


目標までの距離――記録された推移


| 経過時間 | 残りの経路距離 |

| ----- | ------- |

| 00:00 | 1,420 m |

| 05:00 | 1,080 m |

| 10:00 | 610 m |

| 12:00 | 890 m |

| 18:00 | 730 m |

| 24:00 | 480 m |

| 28:00 | 90 m |


グラフの隣には、これらの数字がチームの位置と目標端末の直線距離ではなく、各計測時点で利用可能だった経路の長さを示しているという注記があった。


紬は、610メートルから890メートルへ変わった部分に目を留めた。


「つまり、ローカル案内に従ったことで、目標までの経路が本当に長くなっていたわけか。その後カイラが座標を確認していなかったら、行きたい場所へつながっていない廊下を移動するだけで、もっと時間を使っていたかもしれないな」


セラフィエルは頷いた。


「そのとおりです。ただし、彼女たちはその変化を特定し、進め方を修正できています。最終的な失敗は、1つの判断だけが原因ではありません。複数の異なる防衛対応によって任務を継続する能力が削られ、さらに経路制御によって、利用可能な情報を確認するための時間を追加で使わなければならなくなりました」


レアが個人端末を持って近づいてきた。


「第2グループが側面廊下から端末を目指したときの記録を見たいな。カイラさんは十分慎重だったけど、それでも不完全な情報を基に判断しなきゃいけなかった。隊員が廊下の先に到達する前に経路を隔離できるって、最初から知っていたら、別の方法を選んでいたのかな」


カリスタは、演習機材の状態を表示した別の画面を見ていた。


「技術面では、すべてのシステムが指定された制限内で動作したよ。力の制限を超えたアクチュエーターはないし、拘束装置は判定が確定した時点で停止している。演習中に使った扉にも損傷はない。次の演習をやりたいなら、少なくとも先に何かを修理する必要はないね」


ランが顔を上げた。


「それは喜ばしいことですが、追加演習を承認したわけではありません。まずは、今回の結果だけで合意された評価目的を満たしているか確認する必要があります。続行する専門的な理由があるのなら、単にもう一度試したいという希望よりも、具体的な提案を見せていただきたいですね」


紬は頷いた。


「まずはカイラの説明を聞こう。演習を提案したのはあいつだ。さらに試す必要があるか決める前に、本人にも結果を確認する機会を与えないとな」


セラフィエルが通信を開いた。


「カイラさん、全隊員が帰還地点へ戻り、安全点検も完了しました。医療上の問題や機材の損傷は確認されていません。初期報告書も閲覧可能です。紬と一緒に結果を確認するため、指揮デッキへお越しいただけますか?」


カイラの返答は、ほぼ即座に届いた。


「演習装備を返却し、全隊員の帰還手続きが完了したことを確認してから伺います。防衛側の記録だけに依存した比較にならないよう、こちらの判断記録も持参したいと思います」


紬は薄く笑った。


「いいな。少なくとも、俺の艦が強すぎると言いに来るだけではなさそうだ」


レアが笑う。


「艦長、さっきの指揮を見ていたら、カイラさんは負けを認めるだけじゃ済まない、もっと面倒なことを考えていそうな気がするよ」


しばらくして、指揮デッキの扉が開いた。


カイラはヘルメットを外した姿で入ってきた。


戦闘服はまだ整っていたが、演習中ずっと操縦士用装備を身に着けていたため、角の周囲の髪が少し乱れている。


彼女はホログラムテーブルの前で足を止めた。


紬はすでに、完全な報告書を画面に用意していた。


「隊員は全員戻っているし、怪我人もいないとセラフィエルから確認を受けた。安全面では予定どおりに終わったわけだ。これで、まだ誰かが演習区域に取り残されていないか心配することなく、実際に何が起きたのか確認できるな」


カイラが近づく。


「初期報告は受け取りました。私のチームは目標端末への到達に失敗しましたが、演習中に下された判断をいくつか確認したいと思っています。特に、案内システムが私たちをアクセス確認室へ誘導した部分と、認証を完了する前に全隊員を停止させた最後の対応についてです」


セラフィエルは出来事の記録を順番に表示した。


演習範囲外の秘密システムに関する情報は含まれていない。


共同で確認することに合意していたデータだけだった。


カイラは自分のチームの動きを観察した。


最初の記録では、最も直接的に見えた経路が、中継室を通過した後、より長い経路へ変わっていく様子が映っていた。


次の記録では、最後尾の隊員に拘束装置の判定が命中している。


さらに、第2グループが側面廊下へ入った際、防衛システムがほかの施設に影響を与えることなくアクセスを変更する様子も確認できた。


カイラは腕を組んだ。


「扉の制御を使って私たちの行動を制限してくることは予想していました。しかし、案内システムの情報が実際の状況と矛盾しているように見せずに、経路を変更できるとは思っていませんでした。私たちが受け取った情報は、すべて正しいものでした。問題は、通行可能な経路を、通行すべき経路だと考えてしまったことです。その2つは、必ずしも同じではないのですね」


セラフィエルは穏やかに答えた。


「的確なご指摘です。誰かを不利な選択へ誘導するために、必ずしも虚偽の情報を与える必要はありません。今回の演習では、防衛側に認められた権限に従ってアクセスを制御し、利用可能な情報を基に次の行動を決めることは、あなたのチームに委ねていました」


カイラは最後の記録を見た。


「もう1つ、お聞きしたいことがあります。私たちが演習区域へ入った直後、なぜすべての経路を閉鎖しなかったのですか。侵入者を止めることだけが目的なら、そのほうがはるかに早く演習を終えられたはずです」


紬は区画図を指しながら答えた。


「艦内で不審な行動をした人間を、全員すぐに破壊するか、選択肢を与えず閉じ込めるべき敵として扱うわけにはいかないからな。実際の状況では、道に迷った訪問者かもしれないし、アクセス権限を間違えて使った職員かもしれない。本当に悪意を持った人間の可能性もある。俺は、保安システムにはそうした状況を区別して、必要に応じた対応を取ってほしいんだ。普段と違うものを見つけるたびに、最も強硬な手段を使うようなものにはしたくない」


カイラは彼を見た。


「つまり、誰かを止められるかどうかだけを確認したいわけではないのですね。脅威への対応が、その脅威自体より大きな問題を生み出さないことも重視している」


「立ち入り禁止の部屋に入ろうとする人間がいたとして、止めるために廊下ごと破壊する必要はないだろう。扉を閉めるか、経路を変えるだけで解決できるなら、それで十分だ」


カイラは再びデータに目を向けた。


彼女の隊員は全員、行動を止められている。


負傷者は1人もいない。


彼女のモビルフレームに至っては、直接攻撃を受ける必要さえなかった。


演習を始めたとき、カイラは艦の防衛能力を、脅威を検知し、阻止する能力によって評価できると考えていた。


しかし、アストレオン・ヴェロリアが示したのは、兵装の仕様だけでは測りにくいものだった。


攻撃側が任務を続行する機会を失うまで、状況そのものを制御できるのだ。


それでも、報告書をすべて読み終えたカイラは、満足した様子を見せなかった。


彼女は記録を、第2グループが側面廊下へ近づいた場面まで戻す。


そして、隊員の1人の位置を拡大した。


「紬さん、1つ提案があります。先ほどの演習では、まだ開いている経路は通行に適した選択肢だという想定を基に、私たちは何度か判断を下しました。記録を確認した結果、防衛システムが位置と目標の関係を変えられるという証拠を得た後も、私たちはその想定を長く維持しすぎていたとわかりました。今得た情報を使って、別の進め方を試してみたいのです」


紬は彼女を見た。


「追加評価をやりたいのか? 最初の演習が終わったばかりだし、そもそも隊員たちがもう一度すべての手順を繰り返せる状態なのか、まだ聞いていないぞ」


カイラは頷いた。


「必要な検査と承認を受けずに、隊員を再投入するつもりはありません。ただ、今回の失敗を検討した後、もう一度試したいのです。最初の結果から、よりよい進め方を組み立てるだけの情報は得られました。目標に到達できなかったという理由だけで終わりにしてしまえば、判断を変えることが本当に結果の違いにつながるのか、確かめられません」


レアは笑みを隠そうとして、口元を手で覆った。


カリスタは技術端末を見ながらため息をつく。


ランはすぐに運用予定表を開き直した。


紬は数秒間、カイラを見つめた。


そして、ほとんど信じられないといった声で尋ねた。


「本気か?」


カイラはまっすぐに見返した。


「はい」


紬の背後で、セラフィエルが微笑んだ。


その間も、指揮デッキのメインスクリーンには、最初の演習結果がはっきりと表示されていた。


防衛側の勝利――目標アクセス失敗


カイラは、まだ目標へ到達できていない。


しかし、彼女がこの艦について学ぶことも、まだ終わってはいなかった。


そして今度こそ、同じ失敗を繰り返すつもりはなかった。


【次回・第116話――「負けたからといって、終わりではない」】


最初の演習結果を確認したカイラは、2度目の模擬演習を申し出る。進め方を変更し、チームの連携を改善したことで、彼女はついにアストレオン・ヴェロリアの防衛層の1つを突破することに成功した。


しかし、その成功が防衛側にとって恥ずべき弱点と受け取られると思っていたカイラに対し、紬は予想外の反応を示す。


「いいな」


彼にとって、弱点が見つかるまで試されたことのない保安システムなど、誇るべきものではなかった。


【第116話へ続く……】


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