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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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【第110話】「セラフィエル、コンバットモード」

【第110話】「セラフィエル、コンバットモード」


ヴェルドラコン帝都――帝都外縁軌道複合施設


最初の爆発では、まだ帝都は混乱しなかった。


2度目の爆発で、いくつかの民間航路が進路を変更した。


3度目の爆発で、ある軌道交通ステーションの避難警報が鳴り響いた。


だが、4度目の爆発――


それによって、状況は一変した。


旅客船の航路を横切ろうとした攻撃艇が、アストレオン・ヴェロリアのポイントディフェンスによって推進機関を正確に撃ち抜かれた。


大爆発ではない。


その必要もなかった。


射撃エネルギーは推進機関だけを切断し、攻撃艇の制御を失わせた。


しかし、次の攻撃は別方向から飛来した。


民間航路から別の攻撃艇を強制的に排除しようとした帝国護衛艦が、ミサイルを受けた。


シールドが爆発の一部を受け止める。


一部だけだった。


船体前部には亀裂が走った。


空気と金属片が真空へと噴き出す。


艦内に存在していた複数の生命反応が、通信網から消えた。


帝都にいる人々も、ようやく理解し始めていた。


これは、もはや単なる脅威ではない。


戦闘が始まったのだ。


POV――帝都防衛司令部


「民間区域に侵入した船は、現在何隻だ?」


帝都の士官が戦術表示の前に立っていた。


誰もすぐには答えなかった。


知らないからではない。


数字の変化が、あまりにも速かった。


「攻撃艇12隻が外縁保安線を突破。4隻はまだ外周に留まっています。電子戦艇が民間通信への妨害を開始しています」


「護衛巡洋艦は?」


「まだ編隊後方です。前衛部隊から約38,000キロメートルの距離を維持しています」


士官は地図を見つめた。


青い線は民間船。


白い線は帝国軍の部隊。


赤は侵入者。


そして、そのような配置の中心にいるはずのない巨大な物体が1つ。


アストレオン・ヴェロリア。


「なぜあの傭兵船は、まだここにいる? 出航回廊は凍結されたはずだろう?」


通信担当官が即座に答えた。


「その通りです、司令官。あの船は帝都傭兵協会から民間保護契約を受諾しています。法的にも有効で、現在も契約は有効状態です」


「つまり、あのヨットまで戦闘に参加しているのか?」


「帝国軍の命令ではありません、司令官。傭兵協会との契約に基づいて行動しています」


士官は黙った。


そのとき、赤い警告表示が1つ浮かび上がった。


「司令官!」


「何だ?」


「攻撃艇の1隻が、旅客船へ向けて攻撃を行いました!」


室内が突然、静まり返った。


「距離は?」


「民間船への被害を避けるなら、大規模射撃は危険すぎる距離です」


「では、あの傭兵船はどうしている?」


センサー担当官が唾を飲み込んだ。


「アストレオン・ヴェロリアのポイントディフェンスが動いています」


アストレオン・ヴェロリア――コマンドデッキ


紬は画面上を移動する赤い航跡を見つめていた。


「セラフィエル、まだ迎撃区域に残っている民間船は何隻だ?」


「旅客船57隻、商業船31隻、サービス船18隻、医療船6隻。合計112隻です」


「危険航路から離脱したのは?」


「83隻が迂回に成功。29隻が、まだ危険区域内です」


紬は地図を見た。


民間船の間を、1本の赤い航跡が横切っている。


ここで無差別に撃てば、船体の破片だけでも数百人が命を落としかねない。


それが問題だった。


アストレオン・ヴェロリアには、敵を破壊する能力がある。


だが、破壊できることと、破壊していいことは同じではない。


「セラフィエル、精密射撃を継続。民間船には絶対に当てるな」


「承知しました」


1隻の攻撃艇が突進してくる。


速すぎる。


近すぎる。


紬は即座に命じた。


「航路を断て」


「ターゲットロック」


アストレオン・ヴェロリアの前方に、3つの光点が現れた。


ミサイルではない。


大型レーザーでもない。


ポイントディフェンス用の投射弾だ。


1発目が攻撃艇の側面を撃ち抜く。


2発目が機動翼を切断する。


3発目が兵装システムを破壊した。


攻撃艇は激しく回転した。


爆発はしない。


その必要もなかった。


攻撃能力を失ったのだから。


「対象、能動兵装を喪失」


紬は息を吐いた。


「よし。次だ」


モビルフレーム格納庫へ向かっていたレアは、内部通信を通してその指示を聞いていた。


「船長、こちらはヴァルキリーへ向かっています。カイラさんも移動中です」


続いて、カイラの声が入る。


「座標を受信しました。私は民間航路北側の区域を担当します」


紬は画面から視線を外さず答えた。


「追いすぎるな。保護に集中しろ」


「承知しました、紬さん」


そのとき、セラフィエルが告げた。


声の調子が変わっている。


より格式ばっていて――


より深い。


「紬」


紬はその声色をすぐに理解した。


「どうした?」


「現在の防御構成では、民間区域全体を維持することが困難になっています」


新しいデータが表示される。


現在の防御負荷


ポイントディフェンス――稼働能力87%

ドローン迎撃――81%

電子対抗措置――76%

シールド第1層――負荷63%

シールド第2層――負荷41%


民間脅威指数


現在――72%


60秒後予測――89%


120秒後予測――94%


敵性編隊


攻撃艇――稼働9隻

護衛巡洋艦――稼働4隻

電子戦艇――稼働3隻

モビルフレーム展開――2群

支援艇――稼働5隻


紬はすべてを読んだ。


そして距離を見る。


敵は後退していない。


それどころか――


敵編隊が進路を変え始めた。


4隻の護衛巡洋艦が道を開く。


攻撃艇がその隙間を通過する。


電子戦艇が妨害範囲を広げる。


そして、2つのモビルフレーム部隊が前進を開始した。


紬は息を吐いた。


「本気で、もっと奥まで入り込むつもりか」


セラフィエルが隣に立つ。


「防御構成を維持した場合でも、大半の民間船を保護することは可能です。しかし、一部の部隊が内側軌道区域へ侵入する可能性は大幅に上昇します」


「なら……」


紬は言葉を止めた。


帝都を見つめる。


軌道都市の光の下には、数百万人もの人々がいる。


出航回廊が開けば、ここを離れることもできる。


アストレオン・ヴェロリアの能力を使えば、脱出航路を強引に切り開くことさえ、おそらく可能だ。


だが今は、契約を受けた。


そして目の前には、民間船がいる。


紬は一度だけ目を閉じた。


そして目を開いたとき――


迷いは消えていた。


「セラフィエル」


「はい、紬」


「コンバットモード」


セラフィエルは動かなかった。


ほんの一瞬だけ。


だが、紬にはその間がはっきりと感じられた。


「確認します、紬。アストレオン・ヴェロリアを完全なコンバットモードへ移行させる、というご命令ですか?」


「そうだ」


「この構成を開放すれば、主兵装の全てが展開され、アストレオン・ヴェロリアの本来の能力が帝都、帝国軍、傭兵協会、公爵家、そして攻撃側へ露呈します。その後、当艦の能力を秘匿情報として扱うことはできなくなります」


紬は画面を見た。


「分かってる」


「優先方針は、引き続き精密戦闘でよろしいですか?」


「変えない。1つの小規模な艦隊を止めるために帝都まで破壊する必要はない。指揮艦を無力化する。民間人を攻撃している部隊を止める。降伏したなら追わない」


セラフィエルが微笑んだ。


いつもグランドサロンで見せる柔らかな笑みではない。


船長から命令を受けた、1人のエグゼクティブの笑みだった。


「承知しました、紬」


セラフィエルが手を上げる。


「アストレオン・ヴェロリア」


艦船システムが応答する。


「コンバットモード、アクティブ」


アストレオン・ヴェロリア――戦闘形態への移行


爆発はなかった。


突然、大きな光が船を覆うこともない。


変化は、むしろ静かに始まった。


船体パネルが1枚、移動する。


続いて2枚目。


そして3枚目。


外部に機械音が響くことはない。


だが、アストレオン・ヴェロリア全体の構造が動き始めた。


それまで滑らかに見えていた高級ヨットの船体表面が、複数層の装甲へと分離する。


船体に沿って走っていた青い光が、白へと変わった。


それまで高級クルーズ船の印象を与えていたパノラマウインドウが、内部防護層によって閉じられる。


船体下部が開く。


通常の格納庫ではない。


隠された兵装区画だった。


ミサイルランチャーが次々と展開する。


隠されていたエネルギータレットが移動する。


装甲の下からビームアレイが姿を現す。


船体側面では、大型ハッチが開いた。


モビルフレーム格納庫が起動する。


そして船の後方から――


数万にも及ぶ小型システムが格納区画から外へと展開していく。


ドローン。


10ではない。


100でもない。


遥かに多い。


紬の前にデータが表示された。


アストレオン・ヴェロリア


コンバットモード――アクティブ


船体戦闘装甲: 展開


シールドシステム: 6層稼働


主反応炉: 100%


FTLコア: 戦闘構成


主兵装システム: 稼働


ビーム兵装アレイ: 稼働


プラズマランスシステム: 稼働


ミサイルシステム: 稼働


ポイントディフェンス: 全面対応


電子戦: 稼働


戦闘ドローンネットワーク: 稼働


モビルフレーム格納庫: 開放


戦闘モビルフレーム展開: 許可


精密射撃管制: 稼働


民間人保護プロトコル: 稼働


紬がその表示を読んでいると――


その前に、船全体へ声が響いた。


コマンドデッキだけではない。


グランドサロン。


ダイニングホール。


メディカル・インスティテュート。


格納庫。


廊下。


キャプテン・レジデンス。


アストレオン・ヴェロリアにいる全員が、その声を聞いた。


セラフィエルの声は明瞭だった。


落ち着いている。


そして奇妙なことに――


戦闘開始の告知としては、あまりにも優雅だった。


「アストレオン・ヴェロリア全居住者へ告知します。星崎紬船長の決定に基づき、当艦は現在、アストレオン・コンバットモードへ移行します。全主兵装システムを起動し、防御システムを強化します。また、作戦中は一部区域へのアクセスが制限されます。安全区域に留まり、艦船システムの指示に従ってください」


セラフィエルは一度言葉を止めた。


そして、声の調子を少しだけ軽くする。


「なお、このモードを初めて見る方も、どうか慌てないでください。艦が普段着から戦闘服へ着替えているだけです」


メディカル・インスティテュートでは、セレネが言葉を失った。


オーレリアは画面を見つめている。


すでにヴァルキリーの中にいたレアでさえ、まだ言葉を返せなかった。


カリスタは技術パネルを見つめながら目を見開く。


ランは計算を止めた。


ヴェスペラは、今や装甲層に覆われた観測窓の外を見つめている。


誰も、これほど間近でこの変化を見たことがなかった。


セラフィエルは告知を続ける。


「そして状況を明確にしておきます。アストレオン・ヴェロリアは、無秩序に全出力を使用することはありません。船長は民間人の保護と、兵装の精密運用を優先するよう命じています」


そして最後の一言が響いた。


「ですので、皆様はどうか落ち着いて。アストレオン・ヴェロリアは、これより宇宙の戦場で星々の上を舞う準備を整えています」


告知が終わった。


数秒後――


モビルフレームからレアの声が入る。


「セラフィエル……私たち、優れた防御システムを持った高級船だと思っていたんだけど。これは何なの?」


カリスタの声が続く。


「私も知りたい! 私は毎日この船を整備してるのよ。それなのに、どうして兵装の半分が壁の向こうで生きてるみたいになってるの!?」


ランの声には、ほとんど信じられないという響きがあった。


「現在稼働しているシステム数を計算していますが、数が増え続けています。今の私の精神状態には、まったく役に立ちません」


ヴェスペラが口を開く。


声は比較的落ち着いている。


しかし、明らかに驚いていた。


「アストレオン・ヴェロリアは、これほどの構成を民間船としての船体構造の裏側に隠していたのですね」


セレネが医療画面を見つめる。


「たった今、この船が戦闘モードへ移行すると聞かされたばかりですが……まさか、船体構造そのものがここまで変化するとは思いませんでした。セラフィエルさん、メディカル区画は安全ですか?」


「セレネさん、メディカル・インスティテュートは引き続き内部防護区域にあります。患者と、作戦に直接関与しない居住者は、戦闘システムから分離されます」


オーレリアはまだ画面を見つめていた。


「紬……この船って、本当は何なの?」


コマンドデッキから紬が答える。


「俺の船」


オーレリアは黙った。


その答えは、いかにも紬らしかった。


だが今回は――


その単純な答えが、いつもより遥かに恐ろしく聞こえた。


POV――カイラ・ドレイヴェン


カイラはモビルフレームのコックピットから、アストレオン・ヴェロリアを見つめていた。


最初は、まだ巨大なヨットに見えた。


優雅で。


静かで。


殺意など微塵も感じさせない。


それが、船体を動かした。


装甲が開く。


兵装が展開する。


エネルギーアレイが起動する。


格納庫が開く。


そして、1機、また1機とモビルフレームが展開していく。


カイラは何も言わなかった。


ただ、見ていた。


コックピット画面に、部隊数が表示される。


アストレオン・ヴェロリア


モビルフレーム展開――120機、許可


戦闘ドローンネットワーク――5,000機


シールド――6層


主兵装システム――稼働


カイラは息を吸った。


「つまり、今まで……」


そこで言葉を止める。


その先は出てこなかった。


恐怖からではない。


ようやく、これまでただの推測だったものを理解したからだ。


アストレオン・ヴェロリアは、兵器を搭載した船ではない。


アストレオン・ヴェロリアは、兵器を搭載していることを他者に気づかせないために、意図的に造られた船なのだ。


カイラは通信を開いた。


「紬さん」


「何?」


「あなたが、この船は軍艦ではないと言い続けていた理由が、ようやく分かりました」


紬は淡々と答えた。


「軍艦じゃない」


カイラは展開された大量の兵装を見た。


「これを見たあとでは、他の人に信じてもらうのは難しいと思います」


「俺には関係ない」


カイラは思わず、わずかに笑った。


「本当に、紬さんらしい答えですね」


POV――帝都防衛司令部


新たな警報が発生した。


攻撃警報ではない。


分類警報だ。


「司令官! 傭兵船に大規模な変化が発生しました!」


「何が変わった?」


センサー担当官は画面を見つめた。


顔から血の気が引いていく。


「何と分類すべきなのか、我々にも分かりません」


「説明しろ」


「船体内部から隠されていた兵装が展開されました。エネルギーシステムの数値が急上昇。船体全体で装甲構造の変化を確認。追加格納庫も開放されています」


「船は?」


担当官は唾を飲み込んだ。


「アストレオン・ヴェロリアです」


帝国士官は画面を見つめた。


それまで高級クルーズ船にしか見えなかった全長8,600メートルの船が、目の前で姿を変えている。


「……あれは、Luxury Private Starshipではない」


登録担当官が小さな声で答える。


「法的には、現在もそうです、司令官」


士官は彼を見た。


「法律の話をしているんじゃない」


画面上では、格納庫から展開する部隊数が増え続けていた。


「我々は一体、ここで何を相手にしている?」


答えはなかった。


POV――攻撃側


侵入部隊の先頭を務める護衛巡洋艦の1隻で、戦術士官が席から立ち上がった。


「艦長! 大型目標に変化があります!」


艦長が振り向く。


「どんな変化だ?」


「先ほどまで民間高級船として分類していた目標が、戦闘構成を起動しました」


「戦闘構成?」


「はい」


メインスクリーンが切り替わる。


アストレオン・ヴェロリアが視界を埋め尽くした。


装甲が開く。


兵装が姿を現す。


モビルフレームが編隊を組んで展開する。


ドローンが散開する。


攻撃側の艦長は黙り込んだ。


「数は?」


「全システムを、まだ算出できません」


「推定しろ」


「少なくともモビルフレーム100機以上。ドローンネットワークは数千機規模。シールド反応は通常の民間私有船を遥かに上回っています」


艦長は歯を食いしばった。


「我々は、あの船が単なる高級私有宇宙船だと聞かされていた」


センサー担当官が答える。


「その情報が間違っていた可能性があります」


艦長はその船を見つめた。


帝都へ侵入して以来、初めて――


自分たちのほうが追われる側になったような感覚を覚えた。


「全艦、あの船へ単独で近づくな。編隊を維持しろ。電子戦部隊はセンサーを妨害する。それでも保護対象へ向かう」


通信士が振り向く。


「艦長、このまま進めば、あの船の射撃可能圏内へ入ります」


「分かっている」


「それなら――」


「オーレリアを確保せずに撤退するには、我々はもう深く入り込みすぎた」


艦長は拳を握った。


「続行しろ」


アストレオン・ヴェロリア――コマンドデッキ


「まだ進んでくる」


セラフィエルがデータを表示した。


「はい」


紬は編隊を見る。


「指揮艦はどれだ?」


1隻が強調表示される。


最大の護衛巡洋艦が後方に位置している。


しかし、紬の目を引いたのは最大の艦ではなかった。


通信パターンを見る。


「一番大きい船じゃない」


セラフィエルが頷く。


「その通りです。しかし、艦隊の通信中枢はあちらにあります」


「防御層は?」


「前方に護衛巡洋艦3隻。2つのモビルフレーム部隊が外周防衛を担当。電子戦艇が左右を維持しています」


紬は数秒間、観察した。


「なら、あの船を壊せば艦隊の連携を失わせられる」


「その通りです」


「船を壊さずに無力化できるか?」


セラフィエルがシミュレーションを表示する。


精密攻撃シミュレーション


対象――指揮巡洋艦


選択肢A――主砲ビーム

推定構造損傷:78~100%

生存確率:9%


選択肢B――プラズマランス飽和射撃

推定構造損傷:31~47%

生存確率:62%


選択肢C――エンジン+指揮ネットワーク攻撃

推定構造損傷:12~21%

指揮能力喪失:94%

生存確率:91%


推奨:選択肢C


紬は即座に選択した。


「C」


「承知しました」


カリスタが通信へ入る。


「紬、指揮艦を無力化するなら、私が推進システムをロックするのを手伝える。ただし、あまり大きく撃たないで。反応炉が破裂したら、破片が他の船に当たる可能性がある」


「安全限界に従ってやってくれ」


「うん、それなら私も好きな命令だ」


レアから通信が入る。


「船長、敵モビルフレームがこちらへ向かってきます。私は右側を抑えます」


カイラが続く。


「私は左を取ります。避難航路へ侵入させません」


紬は2人へ答えた。


「無理をするな。止めればいいだけだ」


「承知しました、紬さん」


「了解です、船長」


セラフィエルがカウントダウンを表示する。


精密攻撃


ターゲットロック――確認済み

民間船安全確認――99.8%

付随被害リスク――低

射撃許可――準備完了


3


2


1


「撃て」


アストレオン・ヴェロリアから白い光が放たれた。


1発ではない。


複数だ。


まずプラズマランスが先行する。


指揮巡洋艦の中央には命中しない。


1発目が推進機関の1つを切断する。


2発目が外部センサーを破壊する。


3発目が通信モジュールを撃ち抜く。


続いて、2本目のビームが到達した。


船体を切り裂くためではない。


指揮システムへ繋がる電力経路を断つためだ。


爆発が起こる。


1つ。


そして2つ。


指揮巡洋艦の後部が赤く染まった。


艦は制御を失う。


だが、破壊はされない。


計画通りだった。


「指揮艦、推進ノード2基を喪失」


セラフィエルが報告する。


「指揮ネットワーク、73%切断」


紬は止めない。


「続けろ」


次の射撃が艦側面へ命中する。


大爆発ではない。


だが、主要通信アレイを破壊するには十分だった。


指揮巡洋艦は、艦隊を統率する能力を失った。


そして数秒後――


敵編隊が崩れた。


POV――指揮巡洋艦


「何が起きた!?」


船が震え、艦長が体勢を崩す。


「推進ノード3、4、オフライン!」


「動力を戻せ!」


「できません! 主要通信システムも破壊されています!」


「主砲ビームを撃ってきたのか!?」


「違います! 特定の箇所だけを撃っています! 反応炉と居住区画を意図的に避けています!」


艦長は戦術表示を見つめた。


自艦の隊列が崩れている。


まだ動ける攻撃艇もある。


一方で、指示を失った艦艇もいる。


「全艦へ連絡! 攻撃を継続しろ!」


通信士が画面を見つめる。


「指揮中継を喪失しました!」


「緊急周波数を使え!」


「誰が受信しているのか、確認できません!」


外から爆発音が響いた。


艦が再び揺れる。


被害報告が入る。


「艦長……先ほどの攻撃による破片が前方格納庫に命中。死傷者が出ています」


艦長は黙った。


「何人だ?」


「まだ確定していません。医療システムによる推定では、死亡27名、負傷64名です」


初めて、艦長には答えがなかった。


人数が多かったからではない。


すべてが、ほんの数秒の間に起きたからだ。


彼らは1人の少女を連れ戻すために来た。


それなのに今――


自分たちの艦隊そのものが、戦闘能力を失いつつあった。


POV――カイラ・ドレイヴェン


カイラは接近する敵モビルフレームを見つめた。


もはや完全な編隊ではない。


指揮ネットワークは崩壊している。


それでも、一部のパイロットは最後に受けた指示だけを頼りに動いていた。


カイラは武器を構えた。


「連携を失っている」


レアが通信へ入る。


「私にも見えてる。でも、まだ前へ出ようとしている機体がある」


「可能なら破壊せず、無力化しましょう」


「分かってる。船長からも同じ命令を受けてる」


カイラは薄く笑った。


「それなら、私たちの考えは同じですね」


2機のモビルフレームが接近する。


カイラは自機を旋回させた。


1発。


敵の武器が破壊される。


続く動きで、敵機の腕を拘束する。


パイロットは殺さない。


反対側では、レアも同じことをしていた。


ヴァルキリーがさらに速く動く。


360°ベクターノズルによって、機体は主機体の向きを変えずに真空中で旋回した。


レアが敵機の背後へ回り込む。


「悪いけど、今は仕事中なの」


プラズマキャノンが発射される。


敵の武器が破壊された。


敵モビルフレームは攻撃能力を失う。


「まだ動けるなら、今すぐ下がって!」


敵機は後退した。


カイラがそれを見て言う。


「レアさん」


「何?」


「あなたの動きは、まだ少し攻撃的すぎます」


「あなたはまだ真面目すぎる」


「ですが、結果は効果的です」


レアは笑った。


「なら、私たちは相性がいいってことね」


アストレオン・ヴェロリア――コマンドデッキ


紬はすべてのデータを確認していた。


戦場状況


敵指揮巡洋艦――無力化

敵護衛巡洋艦――4隻稼働

攻撃艇――6隻稼働

攻撃艇――5隻無力化

電子戦艇――3隻稼働

モビルフレーム部隊――交戦中

民間船――112隻保護

民間避難――91%


アストレオン・ヴェロリア


船体――100%

シールド第1層――91%

シールド第2層――86%

シールド第3層――74%

シールド第4層――68%

シールド第5層――61%

シールド第6層――58%


主兵装――稼働

ポイントディフェンス――96%

戦闘ドローン――97%

モビルフレーム展開――稼働


コンバットモード:稼働


紬はすべてのデータを読んだ。


その顔に満足感はない。


ただ、すべてが命令通りに動いていることを確認していた。


「セラフィエル」


「はい、紬」


「民間人の被害は?」


セラフィエルはすぐには答えなかった。


紬は待った。


「確認された民間人の死者は0名です。避難行動による軽傷者が7名」


紬は息を吐いた。


「よかった」


セラフィエルが続ける。


「敵側の被害は、まだ確定していません。複数の艦で内部損傷を確認。敵側システムから死傷者報告が出ています」


紬は黙った。


それを聞いて嬉しいわけではない。


しかし、民間船を守ったことを後悔しているわけでもない。


宇宙空間での戦闘では、全員を無傷で生還させる機会など、ほとんど存在しない。


できることは、誰を守るべきかを選ぶこと。


そして、どれだけの力を使うかを選ぶことだった。


紬は無力化された指揮巡洋艦を見る。


「通信を送れ」


「全艦隊へですか?」


「そうだ」


通信回線が開く。


紬の声が、攻撃側の艦艇へ届いた。


「こちらはアストレオン・ヴェロリア艦長、星崎紬。お前たちの指揮艦は、すでに戦闘作戦を継続できない状態だ。民間航路は、こちらの契約保護下にある。武装部隊をすべてその区域から撤退させろ。民間船への攻撃も禁止する。今ここで撤退するなら、こちらから追撃はしない」


返答はなかった。


紬は待った。


数秒。


そして、1つの声が入った。


弱々しい。


途切れ途切れだ。


しかし、明瞭だった。


「……分かった」


紬は通信を閉じた。


「セラフィエル」


「はい?」


「追うな」


「承知しました」


コンバットモードは、まだ稼働している。


兵装も展開されたまま。


ドローンも船体外周に展開している。


モビルフレームも、まだ戦場にいる。


だが、戦闘が始まって以来、初めて――


アストレオン・ヴェロリアは射撃を止めた。


遠くでは、無力化された指揮巡洋艦が、船体からプラズマの煙と光の破片を吐き出している。


破壊されてはいない。


沈んでもいない。


ただ、戦争を続ける能力を失っただけだ。


帝都はまだ健在だった。


民間航路も、まだ動いている。


そして、そのすべての中心で――


これまで高級ヨットにしか見えなかった船が、本来の姿を見せていた。


帝国の戦艦としてではない。


公爵家の政治的な道具としてでもない。


帝都軍の一部としてでもない。


ただ1人の傭兵が、1つの単純な仕事を引き受けた結果として――


民間船を守るために。


紬は再びコマンドシートへ身を預けた。


画面を見つめる。


「ようやく、少し静かになったな」


隣に立つセラフィエル。


「しばらくの間は、紬」


紬は彼女を見る。


「そういう言い方はするな」


セラフィエルは微笑んだ。


「では、もっと楽しいことを申し上げます」


「何だ?」


「アストレオン・ヴェロリアのコンバットモードは、まだ稼働中です」


紬は黙った。


そして、息を吐く。


「……民間船が全部、区域から出たら切れ」


「承知しました」


だが、セラフィエルがその命令を処理する前に――


新たな信号が現れた。


攻撃艦隊からではない。


帝国軍からでもない。


傭兵協会からでもない。


帝都保安ネットワークからの優先通信だった。


セラフィエルがメッセージを読む。


その表情が変わる。


「紬」


「今度は何だ?」


「新たな要請があります」


紬は画面を見る。


優先保安通信


送信元: 帝都保安ネットワーク


区分: 制限


件名: 交戦後指揮艦識別


要請: 即時連携


紬は、そのメッセージをしばらく見つめた。


ようやく帰ろうとしていた。


それなのに今や――


証人になり。


現役傭兵となり。


民間船の保護者となり。


そして、高級私有宇宙船という法的地位が、戦闘能力を持たないことを意味しないと帝都に見せつけた船の所有者になった。


紬は一度だけ目を閉じた。


「セラフィエル」


「はい、紬」


「今回は、本当に帰りたい」


セラフィエルは微笑んだ。


「私もです、紬」


外では、アストレオン・ヴェロリアがまだコンバットモードのまま浮かんでいた。


装甲は展開されたまま。


主兵装は待機状態。


ドローンが周囲の宇宙空間を監視している。


そして6層のシールドが、まだ稼働している。


戦闘は終わった。


だが、その余波は――


今、始まったばかりだった。


【次回 第111話――「戦闘のあと」】


「戦闘のあと」


勝利の宴はない。


軍事的な祝賀もない。


コンバットモードが終了したあと、紬はグランドサロンへ戻る。レアはまるで普段の訓練を終えたかのように食事へ戻り、カリスタはシステム使用量について不満を漏らし、ランは運用上の影響を計算し始め、ヴェスペラは航路データを確認し、セラフィエルは整備を行う。


カイラはその一部始終を間近で見ながら、アストレオン・ヴェロリアの中で送られている日常が、どれほど奇妙なものなのかを少しずつ理解し始める。


一方、セレネは極限状態の戦闘を経たオーレリアの状態を確認する。


検査の結果、オーレリアの回復状態は安定していた。


しかし、セレネはこれまで一度も見たことのない現象を発見する。


オーレリアの身体が、通常の低温睡眠からの回復とは異なる形で、アストレオンの技術へ反応していた。


【第111話へ続く……】

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