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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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【第108話】「出られない船」

【第108話】「出られない船」


ヴェルドラコン帝都 — 帝都外縁軌道複合施設 → アストレオン・ヴェロリア


出航許可が停止した。


遅延ではない。


停止だ。


その違いは、アストレオン・ヴェロリアのメインディスプレイにはっきりと表示されていた。


つい先ほどまで、船のステータスは通常の行政処理中だった。セラフィエルは、船が軌道区域を離れることを許可される前の最終確認を進めていた。


だが今は、すべての退出経路が赤く染まっている。


星崎紬は、次第に平静とは呼びにくくなっていく表情でコマンドディスプレイの前に立っていた。


画面上では、数分前まで開いていた航路が一つ、また一つと閉じていく。


故障ではない。


登録ミスでもない。


アストレオン・ヴェロリアの問題でもない。


帝都そのもののシステムが、ステータスを変更したのだ。


セラフィエルが公式通知を拡大する。


帝都保安ネットワーク


保安状況


"引き上げ → 封鎖"


民間航行: 制限

大型船舶出航: 停止

軌道移動: 管制下

地区間移動: 制限

保安検問所: 稼働中

出航回廊: 一時凍結


理由: "現行保安脅威 — 公爵家保護態勢"


紬は最後の行まで読む。


そして、もう一度上から読み直した。


すぐには口を開かなかった。


数歩後ろに立っていたレアが、ついに沈黙を破る。


「船長……さっきまで、もう少しで出航許可が下りるところだったんですよね?」


紬は画面を見たまま答えた。


「そうだ」


「それなのに、今は全部の出航経路が閉じられた?」


「そう見えるな」


レアが長く息を吐く。


「つまり、本当に出られないんですか?」


今度は紬が顔を向けた。


「船に問題があるからじゃない。そこが一番腹立たしい」


隣の端末で行政データを確認していたランが、届いたばかりの情報をすぐに差し込む。


「行政側は確認しました、紬。アストレオン・ヴェロリアの登録状態は有効なままです。傭兵資格の凍結もありません。保険にも問題なし。帝国到着管理局から船を拘束する通知も出ていません」


カリスタが片手をコンソールに置く。


「ドッキング・インターフェースも正常。反応炉、推進システム、FTLコア、全部問題なし。船を動かすなと言われているなら、原因は機関じゃない」


航法端末からヴェスペラが続ける。


「民間航路自体はデータベース上に残っています。ただ、この区域から外へ向かうすべての出航ゲートが制限状態になっています。船が出航フェーズに入る前に、代替経路まで閉じられています」


紬はこめかみを押さえた。


数秒前まで、帝都を離れることを考えていた。


もう公爵邸もない。


検査もない。


護衛の一覧もない。


変更され続ける航路もない。


自分には関係のない保安会議もない。


ただアストレオン・ヴェロリアへ戻り、次の目的地を決めて、そして出る。


それだけだった。


単純な話だ。


なのに、帝都の行政判断一つで、その予定がすべて壊された。


「セラフィエル」


「はい、紬?」


「通知を全部表示してくれ。メイン画面に出していい部分だけじゃなくて」


セラフィエルが情報レイヤーをいくつか切り替える。


公開データが右側へ移動する。


船からアクセス可能な行政データが中央に表示される。


下部には、認証状態のさらに詳細な情報が現れた。


帝都保安指令


保護対象: 公爵家

優先度: 高

現在の脅威評価: 進行中

保護態勢: 引き上げ

民間移動: 制限

大型船舶移動: 指定保安区域内で停止

制限理由: 指定貴族家の保護

期間: 保安再評価まで

出航例外: 現時点で発行なし


紬は最後の項目を読む。


"現時点で発行なし。"


目が細くなる。


「つまり、アストレオン・ヴェロリアだけが拘束されているんじゃない。この区域にいる大型船全部が出られない」


「その通りです、紬」


「そして公式理由は、公爵家への脅威」


「はい」


紬はゆっくり息を吸った。


そして、先ほどよりはるかに冷たい声で言った。


「俺はただ帰りたいだけなんだけどな。なんであいつらは、他人の予定まで何度もぶち壊すんだ?」


誰もすぐには答えなかった。


レアが紬を見る。


ランは入力していた手を止める。


カリスタでさえ冗談を言おうとはしなかった。


ヴェスペラはただ航法画面を見ている。


セラフィエルには、その声の意味が分かっていた。


紬は恐れているわけではない。


自分の時間を奪われていることに腹を立てているのだ。


「このまま船まで動かせないような面倒を起こされ続けたら、アストレオン・ヴェロリアを無理やり出して、この騒ぎを起こしてる連中を全員ぶっ飛ばしてやりたくなるな」


レアが瞬きをする。


「船長……」


紬は片手を上げた。


「分かってる。やらない」


カリスタがようやく鼻を鳴らした。


「それならいい。もし本当に帝都へ何か撃ち込んだら、帰るのが遅れるどころか、もっと大きな問題になる」


「分かってる。ただ腹が立ってるだけだ」


「そのことは理解しています、紬」


セラフィエルが再び画面を切り替える。


「ですから、何か判断を下す前に、次の情報を確認することをお勧めします」


新しいウィンドウが開いた。


封鎖実施状況


保安ネットワークノード: 100%同期済み

軌道保安検問所: 稼働中

民間出航回廊: 凍結

大型船舶回廊: 凍結

緊急対応部隊: 待機

公爵家保護ネットワーク: 引き上げ

帝都行政保安局: 連携中

確認済み敵対接触: 未確認

脅威評価: 進行中


紬は最後の2行に目を止める。


「敵との接触は、まだない?」


「現時点では、確認された武装接触はありません」


「それなのに、どうして帝都をいきなり封鎖する?」


セラフィエルはすぐには答えなかった。


分からないからではない。


その代わりに、背後から別の声が響いた。


「接触が起きるまで待つわけにはいかないからです」


全員が振り返る。


扉のところに、カイラ・ドレイヴェンが立っていた。


ドラゴンキンの彼女は、先ほどと同じ保安装備を身につけている。顔に焦りはない。慌ただしい動きもない。


だが、入ってきたときの雰囲気は以前とは違っていた。


普段のカイラは報告を持ってくる。


今回は、それより重いものを持ってきた。


情報だ。


紬が彼女を見る。


「カイラ」


「キャプテン・ホシザキ。突然の訪問をお許しください。状況が変わりました」


紬は画面を指した。


「結果は見た。でも、どうして帝都全体が突然封鎖されたのかは、まだ分からない」


カイラが近づく。


すぐには紬を見なかった。


視線は保安データへ向けられている。


「封鎖の数分前、公爵家保安局が公爵家への新たな脅威に関する情報を受け取りました」


「どんな脅威だ?」


「犯人を特定するには、まだ情報が足りません。ただ、公爵家の保護態勢を引き上げるには十分でした」


紬が腕を組む。


「それで大型船全部が出られなくなったのか?」


「帝都全域ではありません。標的の移動や保安対応の経路に関係すると判断された区域だけです」


カイラが軌道マップを指す。


大きな円形の区域が表示された。


そこには複数の民間航路、行政施設、ドッキング施設、そして帝都と公爵家の居住区域をつなぐ回廊が含まれている。


「公爵家が狙われているのであれば、保安側は周辺の移動を管理する必要があります。大型船を自由に出入りさせれば、大規模な移動そのものが保安パターンを乱し、別の勢力の動きを隠したり、防護経路に隙を作ったりする可能性があります」


ヴェスペラが地図を見る。


「つまり、民間船を罰しているわけではない。行動範囲を封じている」


「その通りです、ヴェスペラさん」


ランが自分の画面に触れる。


「では、この状態は脅威が解決するまでアストレオン・ヴェロリアにも適用されるんですか?」


カイラは首を横に振った。


「そこまで単純ではありません、ランさん。帝国保安局が再評価を行うまで適用されます。区域内の船でも、保安対応の一部と判断された場合や、特別な理由がある場合には例外が認められる可能性があります。ただ、アストレオン・ヴェロリアのような独立系の民間船に、自動的に例外が与えられるわけではありません」


紬はすぐに意味を理解した。


「つまり俺たちは、動く理由を持っている側じゃないから閉じ込められてるわけか」


「行政上は、おおむねその認識で間違いありません」


「面倒だな」


カイラは否定しなかった。


「私も、この状況を好ましく思っていません、キャプテン・ホシザキ」


紬はしばらく彼女を見つめた。


「カイラ。公爵家が本当に狙われているなら、どうしてここへ来た?」


その問いに、カイラの表情がわずかに変わった。


緊張ではない。


来る前から、すでに何かを決めていた人間の顔だった。


「アストレオン・ヴェロリアが、あなたの許可なくこの問題に巻き込まれないことを確認するためです」


紬は黙った。


カイラは続ける。


「先ほどの襲撃で、私はあなたの船の防御能力を確認しました。そして、この船が登録上の『高級私有宇宙船』という扱いより、はるかに強力であることも把握しています。だからこそ、状況が進む前に一つだけ確認しておきたいことがあります」


「何だ?」


「もし保安側がアストレオン・ヴェロリアの防護を必要とするのであれば、その要請は正式な手続きを通す必要があります。あなたの許可なく、公爵家の問題をあなたの船へ持ち込むつもりはありません」


紬は数秒、カイラを見た。


その答えは、紬が聞きたかったものだった。


介入してほしいという要求ではない。


命令でもない。


政治的な圧力でもない。


ただ、明確な境界線だった。


「それならいい」


カイラがわずかに眉を上げる。


「よろしいのですか、キャプテン?」


「この船が、同じ場所にいるってだけで突然公爵家の警備の一部にされるのは御免だ」


「理解しました」


「それと、もしまた襲撃があっても、許可なくこっちの船に連れてくるな」


カイラは迷いなく答えた。


「承知しました」


声は変わらず淡々としていた。


だが紬には、カイラが自分の意図を理解していることが伝わっていた。


アストレオン・ヴェロリアは、周囲で起きるあらゆる問題を持ち込むための場所ではない。


彼らの家だ。


貴族同士の争いを何でも受け入れる緊急避難所ではない。


そのとき、セラフィエルが新しいデータを表示した。


「もう一つあります」


紬が画面へ戻る。


「何だ?」


「封鎖指令と、カイラさんが受け取った保安情報を照合しています。興味深い時間差があります」


タイムラインが表示された。


保安事象タイムライン


"T - 09:42" 公爵家保安局、脅威情報を受信。


"T - 09:44" 保護態勢 — 引き上げ。


"T - 09:46" 帝都行政保安局へ通知。


"T - 09:48" 軌道移動管制を開始。


"T - 09:49" 大型船舶出航を停止。


"T - 09:51" 民間航行制限を拡大。


"T - 09:53" アストレオン・ヴェロリアの出航許可処理を中断。


紬は一連の流れを読み終える。


「つまり、脅威が先。封鎖はその後」


「はい」


「そして俺たちの出航許可が止まったのは、封鎖が始まった後」


「その通りです」


紬はしばらく、その数字を見つめた。


少しだけ気持ちが落ち着いた。


少なくとも、今回は理由がある。


システムの故障ではない。


気まぐれな役人が考えを変えたわけでもない。


誰かが理由もなくアストレオン・ヴェロリアを止めたわけでもない。


公爵家への脅威が、実際に保安システムへ入っている。


だが、それで嬉しくなるわけではなかった。


むしろ逆だ。


「どれくらいだ?」


セラフィエルが見積もりを表示する。


出航許可


現在の状態:"保安指令により停止"


自動再評価:"予定なし"


手動審査:"必要"


出航許可の見込み:"未確定"


紬は最後の行を見る。


「予定なし?」


「その通りです」


「じゃあ、俺たちは何時間でもここに座って、いつ出られるか分からないまま待つ可能性があるってことか」


「行政上は、その可能性があります」


紬は息を吐いた。


「本気で、こんなことを始めた奴をぶっ壊したくなってきた」


レアが小さく笑った。


だが、すぐに紬の顔を見て口を閉じる。


「船長、怒っているのは分かりますけど、今それをやったら、余計に帰れなくなりますよ」


「分かってる」


「だから、やめてくださいね」


「分かってる、レア」


「念のためです」


「気遣いには感謝する」


カリスタが端末を持ち上げる。


「怒りを発散したいなら、船でも確認したほうがいい。システムは全部準備できてる。少なくとも、許可が開けばすぐ出られる」


紬が振り向く。


「アストレオン・ヴェロリアの状態は?」


カリスタが技術報告を表示した。


アストレオン・ヴェロリア — 出航準備状態


主反応炉 — 100%

FTLコア — 100%

航法コア — 100%

船体完全性 — 100%

ドッキング・インターフェース — 100%

推進システム — 100%

熱制御 — 100%

外部損傷 — 0%

整備制限 — なし


出航準備完了


紬は報告を読む。


そして外を見る。


アストレオン・ヴェロリアは、もう準備できている。


エンジンも準備できている。


航路も準備できている。


自分たちも準備できている。


ただ、外の世界だけが、まだ問題を起こし終えていない。


「船は準備できてる」


カリスタが腕を組む。


「さっきからずっとね」


「分かってる」


「外の連中が騒ぎを起こしてるのに、船を責めないでよ」


「船を責めてるんじゃない。だからこそ問題なんだ。船は準備できてるのに、俺たちは出られない」


セラフィエルが薄く笑った。


「それこそ、現在の状況を表す題名の核心なのかもしれませんね」


紬が横目で見る。


「冗談はやめろ」


「船長の気分を保とうとしただけです」


「失敗してる」


「その失敗は記録しておきます」


封鎖が表示されてから初めて、レアが笑った。


ほんの短い笑いだった。


それでも、コマンドデッキに張り詰めていた空気を少しだけ和らげた。


カイラはまだ保安画面の近くに立っていた。


その視線は変わらない。


彼女は別のものを見ていた。


「紬さん」


紬が意識を向ける。


「何だ?」


カイラがマップの一部分を指した。


「まだ話していない問題があります」


セラフィエルが指定された区域を拡大する。


帝都外縁軌道複合施設の一部が点滅していた。


赤ではない。


緑でもない。


黄色だ。


他とは異なるステータスだった。


紬が眉をひそめる。


「何だ、あれ?」


セラフィエルが拡大する。


「確認中です」


数秒が過ぎる。


データが高速で流れる。


一つの情報源。


そして二つ。


さらに増える。


外部画面に小さな点が現れ始めた。


レアが近づく。


「船?」


「まだ、すべてが船だとは断定できません」


セラフィエルがセンサー・モードを切り替える。


受動追跡。


長距離識別。


交通比較。


信号分類。


軌道ベクトル予測。


データが増えていく。


紬が姿勢を正した。


「セラフィエル。人間にも分かるように説明してくれ」


「承知しました」


帝都のマップが縮小される。


主要境界の外側から、同じ方向へ移動する複数のマーカーが現れた。


1隻ではない。


2隻でもない。


その編成は、通常の民間交通と呼ぶにはあまりにも整っていた。


セラフィエルがデータを固定する。


長距離交通分析


未知の編成を検知


推定集団規模:"複数船舶"


編成完全性:"高"


ベクトル整合性:"高"


民間交通パターン:"不一致"


軍用パターン類似度:"検出"


識別:"保留"


意図:"不明"


距離:"接近中"


予測進行方向:


帝都


数秒間、誰も口を開かなかった。


カイラが画面へ近づく。


それまで落ち着いていた表情が、ついに真剣なものへ変わった。


「これは……」


セラフィエルが分析を完了する。


「この編成は、帝都区域へ向かっています」


紬は移動を続ける点を見つめた。


先ほどまで苛立たしい行政手続きにしか思えなかった封鎖が、突然違う意味を持ち始めた。


帝都を封鎖させた脅威は、まだ軌道システム内部には入っていないのかもしれない。


だが今、何かがこちらへ向かっている。


そして今回は――


単なる行政上の問題ではない。


紬はマップを見つめる。


怒りは消えていない。


だが、その苛立ちは少しずつ、はるかに冷たいものへ変わっていった。


「カイラ」


「はい、紬さん」


「これで、どうして連中が船を出させなかったのか、少し分かった気がする」


カイラは答えなかった。


視線は、接近する編成から離れない。


セラフィエルがさらに表示を拡大する。


1つの点が複数へ変わる。


複数の点が、数十のセンサー航跡へ変わっていく。


まだ戦闘艦隊と呼べる規模ではない。


だが、偶然と考えるには多すぎる。


紬は両手をコンソールへ置いた。


「俺はただ帰りたいだけなんだけどな」


少しだけ間を置く。


そして、再びその編成を見る。


「でも、どうやら本当に俺たちを帰らせたくない奴がいるらしい」


アストレオン・ヴェロリアのメインディスプレイに、新たな航跡が形成された。


帝都区域の外から。


帝国の中心へ向かって。


そして、さらに近づいてくる。


【次回 第109話 — 「帝国首都の小艦隊」】


「帝国首都の小艦隊」


セラフィエルが検知した船舶編成は、帝都へさらに接近していた。規模はまだ銀河規模の戦争と呼べるほどではない。しかし、その構成には護衛巡洋艦、攻撃艇、モビルフレーム、電子戦艦が含まれていることが判明し始めていた。


彼らの目的も、次第に見えてくる。


公爵家にオーレリアを引き渡させること。


アストレオン・ヴェロリアは、依然として封鎖区域内にいる。


紬には、黙って出航許可を待つという選択肢もある。


あるいは、自分たちの周囲にある民間区域を守るために動くこともできる。


だが、紬は公爵家の政治を守ることには興味がない。


彼が見ているのは、ただ一つ。


そこには民間人がいる。


そして、それだけで――


彼に選択させるには十分だった。


【第109話へ続く……】

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