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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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第105話「戦争と呼ばれない戦い」

第105話「戦争と呼ばれない戦い」


ヴェルドラコン帝都――帝都行政回廊 → アストレオン・ヴェロリア・キャプテン・レジデンス


通信データの中に浮かび上がった派閥名は、指揮室の全員が会話を止めた後も、画面に表示されたままだった。


誰も、すぐにはそのパネルに触れなかった。


そのデータが意味することを理解していないからではない。


むしろ、その逆だった。


理解しすぎていた。


公爵家保安ネットワークの内部から得られた一つの参照情報が、先ほどコンボイを襲撃した武装集団と、公爵家内部の対立を結びつけていた。


しかし、一つの名前だけでは、襲撃の背後に誰がいるのかまでは説明できない。


紬がようやく沈黙を破った。


「セラフィエル、人の名前を探すな。情報の構造を探してくれ」


セラフィエルがメインパネルを切り替える。


「すでに実行しています。結果は、あなたが想像しているものとは少し違うかもしれません」


「表示してくれ」


それまで襲撃と公爵家の保安ネットワークとの関係だけを示していた戦術データが、さらに大きな図へと変化した。


中央には、一つの円が表示される。


オーレリア・ヴェイリエン


そこから複数の線が伸びていた。


公爵家


そして、その線がさらに分岐する。


家の地位

継承

帝国宮廷との関係

保安権限

政治的影響力


紬の椅子の後ろに立っていたレアが、すぐに眉をひそめる。


「多すぎない?」


ちょうどそのとき、ランが携帯端末を手に指揮室へ入ってきた。


彼女は図を確認してから、端末をテーブルへ置く。


「それは、すべての勢力が協力しているという意味ではありません」


「分かってる」


レアがランを見る。


「ただ、どうして貴族って、単純そうに見える問題をこんなに複雑にできるんだろうって、今さらながら思っただけ」


ランが薄く笑う。


「大きな家では、一つの決定に一つの意味しかないことのほうが少ないからでしょうね。ある者はオーレリアを家族として見る。別の者は彼女を後継者として見る。第三者は政治的な繋がりとして見る。そして第四者は、彼女が特定の場所にいることで得られる地位だけを見るかもしれない」


紬は画面を読み続ける。


「そして、それらすべてが、誰かが公然と戦争をしていると宣言しなくても起きている」


少し離れた場所に立っていたカイラが、両腕を組む。


「そこが、私は一番好きではありません」


紬が振り向く。


「なぜ?」


「このような場所には、明確な前線がないからです。先ほどの戦闘なら、誰が撃ったのか、どこから攻撃が来たのか、誰を守るべきなのかが分かりました。しかしここでは、正当な書類、正当な命令、正当なアクセス権、さらには正当な手続きまで利用して、表向きには一度も書かれていない目的を達成することができる」


カイラは一度言葉を止めた。


「私は、武器を持ち上げる敵のほうが対処しやすいです」


レアが小さく笑う。


「私も。少なくとも武器を持ち上げた相手なら、どこを撃てばいいか分かるから」


カリスタがレアを見る。


「何でもモビルフレームの戦闘と同じに考えないでください」


「同じに考えてないよ。ただ、分かりやすいって言ってるだけ」


セラフィエルが新しいデータを表示する。


「一つ、注意すべき点があります。私は通信データ、行政履歴、そして確認できたアクセス構造から生じている利害を分類しました。しかし、これらすべてが正式な組織であるという証拠はありません」


紬が眉を上げる。


「なら、組織とは呼ばない」


「その通りです。より正確には、内部の利害集団と呼ぶべきでしょう」


パネルが切り替わる。


公爵家内部の利害構造


1.家の地位を重視する集団


焦点:


- 家の地位を維持する

- 公爵家の正統性を守る

- 家族内部の関係を維持する


2.継承を重視する集団


焦点:


- 継承順位

- 将来の家において誰が最も強い立場を持つのか

- 後継候補への影響力


3.帝国宮廷との関係を重視する集団


焦点:


- 帝国宮廷との関係

- 政治的影響力

- 帝国の官僚および統治機構との関係


4.保安権限を重視する集団


焦点:


- 家族の警備管理

- 航路へのアクセス

- 家族構成員の移動情報

- 護衛権限


紬は瞬きもせず、すべてを読み終える。


「これは正式名称か?」


「いいえ」とセラフィエルが答える。「データ構造を区別するための暫定的な分析ラベルです。私が確認した文書には、この4つを正式な組織として扱っている記述はありません」


「それならいい。存在しないものを、存在するように作るな」


「承知しました」


レアが首を傾げる。


「でも、正式な組織じゃないなら、誰がどの集団に属しているのかはどうやって分かるの?」


セラフィエルが別の図を表示する。


「全構成員までは分かりません。確認できるのは、利害のパターンです」


細い線がいくつも現れる。


アクセスパターン


保安航路データ → 保安権限を重視する集団


継承記録 → 継承を重視する集団


帝都行政連携 → 帝国宮廷との関係を重視する集団


家の地位に関する文書 → 家の地位を重視する集団


紬が背もたれに身体を預ける。


「つまり、俺たちが持っているのは人間の一覧じゃない。アクセスのパターンだ」


「その通りです」


「そして、それだけでも問題が単なる保安問題ではないことを示せる」


「はい」


紬はしばらく画面を見つめた。


そのとき、レアが口を開いた。


「キャプテン」


「何だ?」


今度のレアの声には、いつもの軽さがなかった。


データではなく、紬を見ている。


「一つ、思い出してほしいことがある」


紬が彼女へ視線を向ける。


「俺たちが初めてオーレリアを見つけたとき……彼女が意識を取り戻す前に、私が言ったことを覚えてる?」


紬は答えなかった。


レアが続ける。


「そのとき、私はあの船の状態に何かおかしいものを感じるって言った。あの時点では、彼女が公爵家の娘だなんて知らなかった。名前すら知らなかった」


カイラは何も言わずに聞いている。


「私が見たのは、AURELIS SERENA、身元の判別が難しいほど損傷した遺体、銃撃痕、剣で斬られたような傷、それとスリーピングポッドの中で意図的に生かされていた一人の少女だけだった」


レアは少し声を落とした。


「そのとき私は、ああいうパターンは貴族家の内部抗争を思い出させるって言った。証拠なんてなかった。ただ、今まで見てきた貴族たちの問題の解決方法から感じた直感だった」


紬は、以前の会話を思い出した。


レアは確かに、あのとき警告していた。


断定ではなかった。


告発でもなかった。


ただ、いくつかのパターンから生まれた推測だった。


「今、オーレリアの移動を知っていた者がいると分かった。あなたは、あのときの直感がまだ同じだと思う?」


レアは頷いた。


「むしろ強くなった。自分が正しかったって証明したいわけじゃない。むしろ、あのとき私が間違っていてほしかった。でも、全部を並べてみると……破壊された旅客船、大勢の犠牲者、スリーピングポッドの中で一人だけ発見されたオーレリア、隠されていた身元、それからAURELIS SERENAを探していた誰か、護衛名簿の変更、航路変更、そして最後に、変更された航路上へ現れた武装集団。これだけ近いパターンが重なったら、単なる偶然とは考えにくい」


紬は落ち着いたままだった。


「その直感には筋が通っている。でも、それを証拠にはできない」


「分かってる」


レアが薄く笑う。


「だから、ただ思い出させてるだけ。前にあなたが、推測を事実に変えるなって言ったでしょ。今はデータのほうが、少しずつ私の推測と同じ方向へ動いてる」


紬は目の前の図を見つめる。


「そうだな。覚えている」


カイラがレアを見る。


「レアさん。オーレリアがまだ意識を取り戻していなかったとき、なぜそこまで考えたのですか?」


レアは少し黙った。


「貴族家が遺産を巡って争うところを見たことがあるから。ここまで酷くはなかったけど、根本のパターンは同じだった。人は、必ずしも憎んでいる相手そのものを攻撃するわけじゃない。ときには、自分の進路を塞いでいるものを攻撃する」


カイラも意味を理解した。


「つまり、あなたはオーレリア自身が個人として標的になったとは限らない、と?」


「かもしれない」


レアはオーレリアのデータを見る。


「彼女が生きていたら、帰還したら、あるいは家の中で特定の地位を得たら何が起こるのか。それが理由なのかもしれない」


紬は何も答えなかった。


だが、その言葉は彼の中に残った。


オーレリア自身は、こんなことを望んだわけではない。


ただ帰りたかっただけだ。


それでも、彼女が公爵家の娘であるという身分は、その単純な願いにさえ、多くの人間にとっての利害を発生させる。


セラフィエルが再び通信データを開く。


「もう一つ相関関係があります」


紬が顔を上げる。


「表示してくれ」


先ほどの図が縮小する。


代わりに、オーレリアの移動履歴が表示された。


オーレリア・ヴェイリエン――情報露出状況


段階01――AURELIS SERENA


身元露出:制限対象

公開認知度:0.3%

外部検索活動:検出


段階02――アストレオン・ヴェロリア


身元確認:内部家族連絡により確認済み

公開認知度:極めて低い


段階03――ペラギア・ノーヴェ


公開写真露出:確認済み

身元一致率:97.8%

外部検索活動:増加


段階04――メリディアン・ヴェイル


公開身元露出:増加

移動情報:一部


段階05――ヴェルドラコン


公式帰還通知:確認済み

公爵家護衛要請:確認済み

航路変更:確認済み

襲撃者迎撃:確認済み


セラフィエルが赤い線を追加する。


「活動量の変化を見てください」


新しいグラフが表示される。


横軸にはオーレリアの移動。


縦軸には情報検索活動の件数。


オーレリア情報検索活動


AURELIS SERENA――17

アストレオン・ヴェロリア――23

ペラギア・ノーヴェ――81

メリディアン・ヴェイル――64

ヴェルドラコン航路――119


レアが眉を寄せる。


「最大の急増は、ヴェルドラコンへ戻ってから?」


「その通りです」


カイラがグラフを見る。


「しかし、コンボイの移動情報は襲撃前から存在していた」


「そこが重要です」


紬は航路変更と通信活動を結ぶ線を指した。


「連中は、オーレリアが帝国にいることだけを知っていたんじゃない。いつ、どこへ移動するのかまで知っていた」


カイラが頷く。


「そして、航路変更によって彼らは接近する機会を得た」


「そうだ」


カリスタが腕を組む。


「それなら、情報を渡した人物はオーレリアの全行程を知っている必要はありません。特定の予定にアクセスできれば十分だった可能性があります」


ランがすぐに続ける。


「その通りです。それなら検索パターンが常に一致していないことも説明できます。渡された情報が一部だけだった可能性があります」


紬が振り向く。


「どういう意味だ?」


ランが端末を開く。


「例えば、誰かが彼らに全行程を渡していない。ただ、中継地点、出発時刻、主要車両の識別情報だけを渡したとします。その3つの情報があれば、武装集団はオーレリアが7か月間どんな生活をしていたのかを知る必要なんてありません。正しい場所で待てばいいだけです」


セラフィエルが頷く。


「技術的にも、そのモデルは今回の襲撃データと一致します」


紬は黙った。


そのほうが、すべてを一人の人間が統括していると考えるより、遥かに現実的だった。


すべてを知る必要などない。


必要な情報だけを知っていればいい。


「つまり、この対立は俺たちが考えていたより小さい」


カイラが紬を見る。


「そして、より近いのかもしれません」


紬は頷く。


「そこが気になる」


レアが画面を見る。


「キャプテン。もし彼らが奪い合っているものが継承順位なら、オーレリアは本当にそんな立場にいるの?」


紬は答えなかった。


代わりにセラフィエルが正式な系譜データを開く。


「合法的にアクセスできる情報のみ表示します。公爵家の娘としてのオーレリアの身分は確認されています。しかし、家族構成の一部は機密扱いです。女性の相続権についても、適用される法律と家の規則によって異なります。私が使用できる公開アクセス範囲では、継承順位の完全な情報は取得できません」


レアがゆっくり頷く。


「じゃあ、彼女が本当に継承順位に入っているのかさえ、まだ分からない」


「その通りです」


カイラが息を吐く。


「なら、今回の襲撃が後継候補を排除するために行われたとも、まだ断定できません」


紬が即座に答えた。


「するな」


カイラは紬を見る。


「同意します」


紬は立ち上がり、キャプテン・レジデンスの大きな窓へ歩いていく。


その向こうには、眠ることを知らない帝都が広がっていた。


何百もの軌道航路が、光の網のような模様を描いて交差している。


外交船が政府区画へ向かう。


貴族の輸送船が専用航路へ入る。


商船が軌道交易区画へ列を作る。


そのすべての下で、一見すると小さな公爵家の問題が、武装集団をコンボイの航路へ侵入させるほど重大な問題へ変わっていた。


オーレリア自身は、この部屋にはいない。


それでも、ほとんどすべての画面に彼女の名前がある。


「セラフィエル」


「はい、紬?」


「今、俺が立ち去ったらどうなる?」


セラフィエルはすぐには答えなかった。


その質問が単なる航路確認ではないことを理解している。


「法的には、すべての行政手続きを完了すれば、ヴェルドラコンを離れることができます。あなたを公爵家に拘束する契約はありません。あなたは独立系宇宙傭兵であり、帝国または公爵家の組織には属していません」


「そうだな」


レアが紬を見る。


「でも、行かないんでしょ?」


紬が彼女を見る。


「まだ、そう言った覚えはない」


レアが小さく笑う。


「本当に行きたいときのあなたの顔は知ってるから」


カリスタも小さく笑った。


「残念ながら、私も知っています」


紬は二人を無視した。


再び、オーレリアのデータが表示された画面へ視線を戻す。


そのとき、キャプテン・レジデンスの扉が開いた。


オーレリアが入ってくる。


身につけている服装は、まだ公爵家の娘としての身分を示している。


しかし、家族との再会直後に紬が見たときほど、歩みは硬くなかった。


彼女は全員が画面の前に集まっているのを見て、立ち止まった。


「私、来るタイミングを間違えましたか?」


紬は首を横に振る。


「いや。入ってくれ」


オーレリアが近づく。


その視線がレア、カイラへと移り、それからセラフィエルと、まだ表示されたままの図へ向かった。


「私のことですか?」


誰もすぐには答えなかった。


紬は慎重に言葉を選ぶ。


「君が戻ってから起きたことについてだ」


オーレリアはグラフを見る。


「先ほどの襲撃は、私の家族と関係しているのですか?」


紬は、肯定しなかった。


否定もしなかった。


「公爵家内部の対立を示すデータは見つかった。でも、誰が命令したのかまでは、まだ分からない」


オーレリアはゆっくり息を吸う。


「分かりました」


しばらく、彼女は動かなかった。


そして、次の質問をより小さな声で口にする。


「それなら……私が原因なのでしょうか?」


レアが答えようとした。


しかし、その前に紬が口を開いた。


「違う」


オーレリアが紬を見る。


「まだ私の説明を全部聞いていません」


「そのことについては、聞かなくても分かる。君は公爵家の娘として生まれることを選んだわけじゃない。君は自分の船を襲えとも、誰かに航路を変えろとも、自分の名前を誰かの利益のために使えとも頼んでいない」


オーレリアは視線を落とす。


「でも、私の身分があるから起きているのですよね」


「君の身分が、彼らを動かす理由の一つになっている可能性はある。それと、すべてが君の責任だということは別だ」


オーレリアは黙った。


カイラはその会話を黙って見守っている。


レアも、もう冗談めいた表情をしていなかった。


紬は続ける。


「誰かが人の立場を利用して、他人に害を与えることを決めたなら、その責任は決断した人間にある。たまたま利害の中心に置かれた人間にあるんじゃない」


オーレリアは服の端を握った。


「あなたは、去ることができます」


紬は彼女を見る。


以前にも聞いた言葉と、ほとんど同じだった。


しかし、今回のオーレリアの声は違っていた。


重かった。


「分かってる」


オーレリアが顔を上げる。


「それなのに、どうしてまだここにいるんですか?」


部屋が再び静かになった。


紬はすぐには答えなかった。


画面に表示された情報の流れを見て、それからオーレリアへ視線を戻す。


「今、君を連れ去ろうとした人間がいることを知ったからだ」


オーレリアが息を止める。


紬は続ける。


「俺は君の家族の一員じゃない。誰が後継者になるのか、誰が帝国宮廷に近いのか、誰がより大きな影響力を得るのか、そんなことに利害はない。それに、俺はその争いに関わるつもりもない。でも、君がどうやって発見されたのかは知っている。君が帰還するまでの7か月に何があったのかも知っている。そして今、君が戻った後に誰かが君を連れ去ろうとしたことも知った。だから、立ち去る前に、少なくとも何が起きているのかは知りたい」


オーレリアは長い間、紬を見つめた。


「すべてを知ったら、どうするんですか?」


「変わらない」


「どういう意味ですか?」


「俺はどちらかの側を選ばない。公爵家のどの派閥がこの家族の争いに勝つための手助けもしない。ただ、君に関係する事実が歪められないようにする」


カイラが紬を見る。


その答えは、とても単純だった。


しかし、単純だからこそ、その立場は明確だった。


貴族家の味方ではない。


公爵家保安局の一員でもない。


帝国政府の部下でもない。


政治の駒でもない。


外部からの独立した証人。


そのとき、セラフィエルが新しい通信を受信した。


彼女の隣にあるパネルが切り替わる。


公式通信受信


発信元:公爵家評議会

優先度:高

受信者:星崎 紬

状態:受諾待ち


セラフィエルが内容を読む。


「紬。公爵家評議会から正式な要請があります」


紬が振り向く。


「何について?」


セラフィエルが文書を表示する。


「オーレリア・ヴェイリエンおよび、彼女に関係する一連の出来事について、正式な証言を提出してほしいとのことです」


レアが息を吐く。


「ついに来たね」


ランが画面を見る。


「政治的な意見を求めているわけではないでしょうね?」


セラフィエルが文書を確認する。


「正式な要請内容には、オーレリア・ヴェイリエン発見時の状態、連絡が途絶えていた期間中の移動、場所、時刻、接触した人物、そしてあなたが目撃した出来事についての証言と記載されています」


紬は文書を読む。


そしてオーレリアを見る。


オーレリアは何も言わない。


受けるようにも頼まない。


断るようにも頼まない。


紬は再び画面を見る。


「事実が欲しいなら、事実を出す」


セラフィエルが頷く。


「法的に提出可能なすべてのデータを準備します」


紬が指を一本立てる。


「それと、俺たち自身が見たデータと、そこから導き出した結論を分けてくれ」


「すでに分離済みです」


「いい。誰にも混ぜさせるな」


カイラが一歩前へ出る。


「紬さん。正式な証言を提出すれば、あなたが外部の人間であるという立場は、むしろ明確になるでしょう」


「それが俺の望みだ」


オーレリアが紬を見る。


「それでも、あなたは外部の人間でいるのですか?」


「そうだ」


「これだけのことが起きても?」


紬は頷いた。


「一人の娘を家へ送り届けたからって、俺まで貴族になる理由はない」


レアが小さく笑う。


「それ、すごく紬らしい」


カリスタが椅子へ身体を預ける。


「オーレリアが家へ戻った時点で終わったと思っていたんですけどね。まさか襲撃、護衛名簿、航路変更、武装集団、そして今度は証言まで出てくるなんて」


ランが端末を持ち上げる。


「順番から考えると、私はもう『終わった』という言葉そのものが、ここでは通用しなくなっている気がします」


それまで黙っていたヴェスペラが、ようやく口を開いた。


「帝都はあまりにも多くの人間がいる。家族の問題だけで終わることを許さないほどに」


紬は部屋にいる全員を見る。


そして、再び公爵家評議会からの要請へ視線を落とした。


画面上で、要請の状態が変化する。


公式証人要請


回答期限:保留


脅迫はない。


軍事命令もない。


最後通牒もない。


ただの正式な要請だった。


それでも紬には、一つ分かっていた。


これから自分が口にする言葉は、公爵家の記録の一部になる。


そして一度その記録に入れば、外部から来た一人の証人の言葉は、自分が望む以上の価値を持つことになる。


紬は息を吸った。


「セラフィエル。要請を受けてくれ」


「承知しました、紬」


セラフィエルが通信を承認する。


公爵家評議会・証人要請

状態:受諾済み


その下に、新しい記録が表示された。


証人分類: 独立民間人/傭兵

政治的所属: なし

公爵家所属: なし

帝国所属: なし

オーレリア・ヴェイリエンとの既知の関係: 救助者/一時的な乗客護衛/独立証人


紬はその分類を読む。


「そのままでいい」


セラフィエルがパネルを閉じる。


窓の外では、帝都が動き続けていた。


船は変わらず行き交っている。


軌道航路は変わらず混雑している。


交易も続いている。


貴族たちは会議へ向かい続けている。


官僚たちは書類へ署名し続けている。


そして、そのすべての裏側で、公爵家内部のいくつかの利害が、それぞれ異なる方向へ動き始めていた。


ある者は家の地位を守ろうとしている。


ある者は継承順位に目を向けている。


別の者は帝国宮廷との関係を維持しようとしている。


そして保安ネットワークには、誰が、いつ、どこにいるのかを左右できる情報へのアクセスがある。


彼らは一つの軍隊ではない。


戦旗を掲げてもいない。


宣戦布告もない。


公式な戦場もない。


それでも、彼らの利害は衝突し始めている。


そして、その利害の衝突が痕跡を残さず誰かを動かす必要に迫られたとき、武装集団がコンボイの航路へ現れた。


紬は窓の外の星々を見つめる。


「これが、貴族の家族ってやつか」


レアが薄く笑う。


「私は辺境のほうが好き」


紬も頷いた。


「俺もだ」


しかし今度は、誰も笑わなかった。


全員が分かっていたからだ。


アストレオン・ヴェロリアがヴェルドラコンを離れる前に、一つだけ片付けなければならないことがある。


誰が正しいのかを選ぶことではない。


誰が勝つべきなのかを決めることでもない。


ただ、権力を持ちすぎた人間たちの利害の中へ、本当の事実が埋もれないようにすること。


そして初めて、紬は単にオーレリアを家へ送り届けた人間ではなくなった。


彼は、証人になる。


【第106話――「外から来た証人」】


「外から来た証人」


公爵家評議会は、紬に正式な証言を求める。彼は発見時のオーレリアの状態、スリーピングポッドの状況、7か月間の移動、時刻、場所、接触、医療データ、そしてオーレリアが襲撃集団と関係していないという事実について証言することになる。紬は公爵家のどの派閥も選ばない。彼はあくまで独立系宇宙傭兵であり、外部から来た証人であり続ける。


【第106話へ続く……】

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