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ASTRAEON VELORIA――銀河を旅する自由傭兵――  作者: Ren Hazumi


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第103話「最前線のドラゴンキン」

第103話「最前線のドラゴンキン」


ヴェルドラコン帝都――帝都行政回廊


カイラ・ドレイヴェンのモビルフレーム発進が完了した直後、戦術画面上の赤いシンボルの1つが、コンボイの外周防衛線を突破した。


距離が縮まっていく。


12.8キロメートル。


11.4キロメートル。


10.1キロメートル。


標的はアストレオン・ヴェロリアではない。


公爵家の輸送艦だ。


紬は指揮室で、片手をコンソールへ置いたまま立っていた。


「セラフィエル、カイラの位置は?」


「カイラ・ドレイヴェンはコンボイから6.7キロメートル。標的に対する相対速度は毎秒1,840キロメートルまで上昇しています。敵モビルフレーム2機が彼女の位置へ向かっています」


それまでキャプテンシートの後ろにいたレアが、すぐに画面へ近づいた。


互いに接近する3つのシンボルを目で追う。


「来た」


紬は、何を意味しているのか尋ねる必要すらなかった。


レアの表情がすべてを語っている。


彼女が見ているのは訓練ではない。


シミュレーターでもない。


エネルギー壁に囲まれたアリーナでもない。


致命的な損傷を与える前に自動的に武器がロックされる競技でもない。


前方には本物のモビルフレームがある。


本物のパイロットがいる。


本当に守らなければならない船がある。


そして、誰かを強制的に連れ去る意思を持った敵が迫っている。


レアが紬を見る。


「キャプテン」


「何?」


「私も出たい」


紬はすぐには答えなかった。


レアは、その機会を逃さないように続けた。


「カイラが任務を遂行しているのは分かってる。第2波が来るかもしれないから、私を艦に残したのも分かってる。でも、ここで立ったまま他の人が戦っているのを見るだけなら、実際に戦場へ出たほうがずっと落ち着いていられる」


ランが振り返る。


「レア、これは大会じゃない」


「分かってる。だからこそ、行きたい」


頭の上にある狐の耳がわずかに動いた。


恐怖からではない。


まるで、ずっと待っていたものをようやく見つけた人間のようだった。


「ただの競技なら、あとでいくらでも楽しめる。でも今は、ヴァルキリーが本当の戦場を感じられる。私だって、シミュレーションの標的じゃなくて、こっちの防衛線を突破しようとしているパイロットを相手にした時、あの機体がどう動くのか知りたい」


カリスタがエンジニアリングシステムの側からすぐに口を挟む。


「『知りたい』なんて言い方をして、まるで新型機を試験しているみたいに言わないで。ヴァルキリーは確かに試験済みだけど、実戦環境がシミュレーターよりはるかに厳しい負荷を生むことくらい分かっているでしょう」


レアが笑う。


「そこを感じたいの」


カリスタはため息をついた。


「その答えが返ってくると思った」


紬はまだ画面を見ていた。


敵モビルフレームの1機がエネルギー弾を発射する。


カイラが機体を傾けた。


ドラゴンキンのモビルフレーム、その右肩を攻撃が通り過ぎる。


命中しない。


カイラは追わなかった。


むしろ進路を変え、自分のモビルフレームを敵と公爵家の船の間へ置いた。


紬はその機動を見る。


「本当に自分から攻めないな」


航法パネルの近くに立つヴェスペラが軌道データを確認した。


「カイラは敵をできるだけ早く倒そうとしていない。敵と船の間の線を維持している」


レアが口元を上げる。


「それがあの子の戦い方だから」


紬はようやくレアへ振り返った。


「出るなら、1つだけ守って」


レアがすぐに背筋を伸ばす。


「何?」


「戦いが楽しいからって、敵を追いかけないこと。優先するのはコンボイだ」


レアの笑顔は消えなかった。


「できる」


「俺は本気で言ってる」


「私も本気だよ、キャプテン。戦うのは好きだけど、任務と遊びの区別くらい分かってる」


紬はしばらく彼女を見つめた。


そして頷いた。


「行って」


レアが拳を握る。


「よし!」


すぐに振り返った。


「セラフィエル、モビルフレーム・ハンガーを開けて。ヴァルキリーは今すぐ出られる?」


「すでに発進状態です。最終診断では、主要パラメータはすべて運用範囲内にあります。ただし、競技時と同じ感覚で機体を扱わないことを推奨します」


レアは扉の前で立ち止まる。


「なら、今回は本当に戦うんだね」


セラフィエルが薄く笑った。


「そう言うと思っていました」


アストレオン・ヴェロリア――モビルフレーム・ハンガー


ヴァルキリーが発進レーンの中に立っている。


ハンガーの照明が装甲表面を滑ると、そのモビルフレームは以前よりもはるかに生き物のように見えた。


標準的な軍用モビルフレームではない。


あまりにも多くの部分が変更されている。


推進システムには360度回転可能なノズルが組み込まれている。


右腕の兵装システムには、独立冷却機構を備えたプラズマ・キャノン。


左腕には軽量ミサイルランチャー。


装甲パネルは、より軽量でありながら強度の高い素材へ交換されている。


総重量は標準機より約3%重いだけ。


それでいて機動性は約40%向上している。


レアがコックピットへ入る。


メインパネルが点灯する。


ヴァルキリー――発進前診断


パイロット: レア・ヴァレン

フレーム状態: 稼働

推進システム: 100%

360度ベクトル・ノズル: 稼働

プラズマ・キャノン: 稼働

独立冷却: 正常

軽量ミサイルランチャー: 稼働

装甲健全性: 100%

機動補助: 稼働

戦闘制御: 手動

任務: コンボイ防護


レアは両手を操縦系へ置いた。


「ヴァルキリー、本当にこうして戦うのは久しぶりだね」


セラフィエルが通信回線に入る。


「レア、シミュレーションと実戦にはかなり大きな違いがあります」


「分かってる」


「リセットする機会はありません」


レアが小さく笑った。


「だから面白いんだよ、セラフィエルさん」


紬が通信回線へ入る。


「レア」


「はい、キャプテン?」


「死ぬな」


レアは一瞬、黙った。


それから、声が少し柔らかくなる。


「死ぬつもりなんてないよ。まだみんなと一緒にやりたいことがたくさんあるから」


発進ゲートが開く。


宇宙空間がヴァルキリーを迎える。


「ヴァルキリー、発進」


モビルフレームの機体が一気に飛び出した。


戦場


カイラが背後から接近する新たな信号を確認する。


「セラフィエル、新しく入ったのは誰です?」


戦術回線から返答が来る。


「レア・ヴァレン。モビルフレーム、ヴァルキリー」


カイラが少し眉を寄せる。


「レアさんも出たのですか?」


レアが通信回線を開く。


「聞こえてるよ。家族の晩餐会にでも参加してるみたいな呼び方はやめて」


カイラは動じない。


「レアさん、1つ確認させてください。ここはアリーナではありません」


「分かってる。アリーナなら、観客が少なすぎるって文句を言ってたかもね」


カイラはしばらく黙った。


「……なぜキャプテン・星崎があなたを艦に残そうとしたのか、少し分かってきました」


レアが笑う。


「でも、許可は出してくれた。それが大事なの」


紬が共同回線へ入る。


「2人とも、話すのはそこまで。敵モビルフレームが2機接近している」


レアの表情がすぐに変わる。


「それなら話は早い」


カイラが1機をロックする。


「私は重攻撃型を引き受けます」


「じゃあ私は速いほうを」


「コンボイの線を越えて追わないでください」


「カイラさん、真面目すぎ」


「あなたは楽しみすぎです」


「もしかしたら、私たちって一緒に働くのに向いてるのかも」


紬が割って入る。


「集中して」


2人の会話が止まる。


敵モビルフレーム2機が接近する。


1機は全長17メートル近くあり、重装シールドと長砲身兵器を装備している。


もう1機は小型。


約11メートル。


軽量な機体で、両手には2本のエネルギーブレードを持っている。


カイラが即座に動きを読む。


「重装型は私を足止めする。軽量型がこちらの位置を抜けるつもりです」


レアが答える。


「じゃあ、私が軽いほうを取る」


「可能なら破壊せず、無力化してください」


「状態を見て決める」


「レアさん」


「何?」


「私は本気です」


レアが笑う。


「私もだよ」


攻撃側――視点


軽量モビルフレームのパイロットが、画面に現れた2つの新しい信号を見る。


1つはドラゴンキン。


もう1つは狐獣人。


「追加で2機」


内部通信から指揮官がすぐに答える。


「識別」


「1機は公爵家保安部隊。もう1機はアストレオン・ヴェロリア所属です」


「アストレオン?」


指揮官が眉を寄せる。


「その船は高級プライベート・スターシップにすぎないんじゃないのか?」


「登録上はその通りです」


「なら、そいつと戦うために時間を使うな。モビルフレームに集中しろ。大型艦はまだ受動防御を使っている」


パイロットがヴァルキリーのデータを見る。


「狐獣人の機体、推進が妙です」


「どれほど?」


「通常の軽量モビルフレームとは動きが違います。ベクトルが変わる速度が速すぎる」


指揮官は黙った。


「接近させるな。中距離から撃て」


「了解」


パイロットが操縦系を押す。


ミサイルランチャーが起動する。


4発の小型ミサイルが飛び出した。


続いて8発。


レアはすべてを見ていた。


「セラフィエル、軌道を計算して」


「8発。3発が右側の進路へ、2発が上方からロック。残り3発は後退方向を制限しようとしています」


レアが笑う。


「私を誘導したいんだ」


「その通りです」


「いいね」


「レアさん、この状況に対して『いいね』が適切かどうかは疑問ですが」


「道を用意してくれたなら、相手が望まない道を選べばいいだけでしょ」


ヴァルキリーが動く。


360度ノズルが回転する。


機体そのものが大きく旋回する必要はない。


推力ベクトルだけをずらす。


ヴァルキリーが突然、横方向へ移動した。


2発のミサイルが標的を失う。


さらに3発が軌道を修正する。


レアが加速する。


「今」


ヴァルキリーが左腕から2発のミサイルを発射した。


敵ではない。


敵のミサイル2発へ向けて。


小さな爆発が起きる。


レアは爆発の勢いを利用し、ヴァルキリーを下方へ回転させた。


残り2発のミサイルが機体の頭上を通過する。


レアはそのまま射撃距離へ入った。


「捕まえた」


右腕のプラズマ・キャノンが発光する。


1発目が敵モビルフレームの肩外側へ命中した。


装甲が剥がれる。


2発目が兵装モジュールを撃ち抜く。


敵の武器が停止する。


敵パイロットが驚愕する。


「何だ!?」


レアはすでにその横にいた。


「遅い」


ヴァルキリーが機体を回転させる。


左腕が敵モビルフレームの背部を打ち抜く。


敵機がバランスを失う。


レアは攻撃を続けなかった。


むしろ後退する。


「カイラさん、1機は武器を失ったよ」


カイラは重装型と交戦していた。


「確認しています。油断しないでください」


重装型がエネルギー兵器を振り下ろす。


カイラはわずか数メートルだけ回避する。


攻撃がドラゴンキンのモビルフレームの側面を通過する。


カイラは直接反撃しない。


角度を変える。


待つ。


敵が再び攻撃する。


1回。


2回。


3回。


カイラは常に少しだけ早く動く。


大きく動かない。


無駄なエネルギーを使わない。


必要のない機動もしない。


レアは遠くからその戦いを見ていた。


「本当に必要な分しか動かないんだ」


紬がその言葉を聞く。


「だから、守るべき位置にまだいる」


「分かってる」


レアが笑う。


「ただ、近くで見てみたかっただけ」


コンボイ防衛線


敵の迎撃艇1隻が外周を突破した。


セラフィエルがすぐに捕捉する。


「紬、迎撃艇1隻が公爵家の船へ向かっています」


「近接防御は?」


「準備完了。ただし、今撃てば艦体の破片が民間航路へ入る可能性があります」


紬がマップを見る。


「破壊しない。エンジンを無力化して」


「承知しました」


アストレオン・ヴェロリアのシステムが動く。


精密射撃の1発が迎撃艇のエンジンへ命中する。


推進が停止する。


制御を失った船へ、公爵家保安護衛艦の1隻が接近し、捕捉する。


紬の画面でデータが再び安定した。


コンボイ状況


公爵家輸送艦――99.81%

護衛陣形――94.6%

民間船との分離――安全


敵性勢力


迎撃艇・稼働――4

電子戦機・稼働――2

モビルフレーム・稼働――1

モビルフレーム・無力化――2


アストレオン・ヴェロリア


船体健全性――100.00%

防御シールド負荷――0.018%

近接防御使用可能率――98.7%

戦闘モード――未承認


ランがパネルを見る。


「相手は少しずつ戦力を失っている」


ヴェスペラが離脱経路を確認する。


「それでも撤退していない」


紬が答える。


「まだモビルフレームが残っているからだ」


レアが通信越しに聞いた。


「キャプテン、もう1機いるなら私が取っていい?」


「もう1機を相手にしたばかりだ」


「それでもまだ平気」


「自信を持ちすぎるな」


レアが笑う。


「私はヴァルキリーを信じてるだけ。それとは違うよ」


カリスタが艦から通信に割り込む。


「レア、私があなたと一緒にあの機体を改修したことを後悔させないで。推進系を限界以上に使ったら、私が自分でハンガーへのアクセス権を取り上げるから」


「カリスタちゃん、怒ってる時っていつもロマンチックだね」


「仕事中にそう呼ばないで」


「はいはい。ヴァルキリーを傷つけずに帰るよ」


カリスタが鼻を鳴らす。


「それは不可能な約束ね」


カイラ


重装型が再び前進する。


カイラは後退しない。


「あなたの動きはもう読めています」


敵パイロットが通信越しに笑う。


「読んだのなら、なぜまだここにいる?」


「あなたが同じパターンで攻撃を続けているからです」


「何だと?」


カイラは通信を切った。


待つ。


敵が動く。


大型兵器が持ち上がる。


カイラが機体を左へずらす。


攻撃が通り過ぎる。


カイラは追わない。


再び待つ。


敵が振り返る。


カイラが入る。


1発が腕の関節へ命中する。


胴体中央ではない。


コックピットでもない。


関節。


重兵器が落下する。


カイラはすぐに後退した。


敵パイロットが動揺する。


「右腕が反応しない!」


カイラが武器を向ける。


「戦闘を停止してください。まだ生きて戻ることができます」


敵から怒気を含んだ返答が来る。


「腕1本で退くと思うな!」


カイラがため息をつく。


「なら、移動能力も奪います」


ドラゴンキンのモビルフレームが加速する。


無駄な動きはない。


左脚へ1撃。


後部スラスターへ1撃。


装甲接合部へもう1撃。


重装型が姿勢を崩す。


それでもカイラはコックピットを撃たない。


最後の攻撃を止める。


「あなたの機体では、もう標的へ到達できません。戦場から離脱してください」


敵パイロットが沈黙する。


「お前は……俺を破壊しないのか?」


「必要がありません。私の任務はオーレリア様を守ることであって、死体を増やすことではありません」


カイラが敵機をロックする。


「行ってください」


敵パイロットは迷った。


そして、指揮官の声が入る。


「撤退しろ」


重装型が離れていく。


カイラは追わなかった。


ヴァルキリー


レアは重装型が撤退するのを見る。


「カイラさん、逃がした」


「その通りだ」


「破壊できたのに」


艦から紬が答える。


「でも、それが目的じゃない」


レアはすぐには答えなかった。


公爵家の船の近くへ戻るドラゴンキンのモビルフレームを見る。


何かが違う。


強さの問題ではない。


速さでもない。


カイラは最初から、自分の戦い方に明確な境界を決めていた。


レアは理解した。


その時、警告音が響く。


「レア!」


セラフィエルだった。


ヴァルキリーが回転する。


敵迎撃艇の1隻が連続射撃を開始した。


レアは気づくのが遅れた。


「しまった!」


ヴァルキリーが動く。


1発目が通過する。


2発目が肩装甲へ命中した。


装甲健全性:94.7%


レアが息を吸う。


「……あ」


カリスタが即座に通信へ入る。


「レア!」


「分かってる!」


「あれはあなたの機体であって、玩具じゃない!」


「分かってる! ちょっと戦いを楽しみすぎただけ!」


レアはヴァルキリーを下方へ引く。


迎撃艇が追う。


レアは推進の一部を停止した。


ヴァルキリーが突然減速する。


迎撃艇が追い越す。


レアが笑った。


「今度は私の番」


ヴァルキリーがベクトル・ノズルの力を借りて旋回する。


プラズマ・キャノンが発光する。


1発。


迎撃艇のエンジンの1基が停止する。


2発目。


兵装システムが停止する。


レアはコックピットを破壊しなかった。


位置をロックする。


「もう攻撃できないでしょ。コンボイの航路から出て」


敵パイロットは答えない。


レアが続ける。


「かくれんぼをしてる時間はないの。生きて帰りたいなら、今すぐ離れて」


パイロットはついに後退した。


攻撃集団――視点


攻撃集団の指揮官は戦闘データを確認していた。


当初、彼らは限定的な護衛部隊を相手にするには十分な戦力を持っているはずだった。


しかし今は――


モビルフレーム2機が損傷。


迎撃艇1隻が推進系を喪失。


複数のドローンを喪失。


電子戦によるアストレオン・ヴェロリアの無力化にも失敗。


そして最悪なのは――


主要標的がまだコンボイ内部にいることだった。


「状況は?」


オペレーターが緊張した声で答える。


「公爵家の船への進路を開けません」


「モビルフレームは?」


「2機は継続不能。残り1機はまだ動けますが、公爵家保安部隊に進路を塞がれています」


「アストレオンは?」


オペレーターが黙る。


「まだ戦闘モードに入っていません」


指揮官が振り返る。


「まだ?」


「はい。防御シールド、近接防御、電子対抗措置しか使用していません」


室内が静まり返る。


指揮官は、認めたくなかった事実をようやく理解した。


あの大型艦は、まだ本格的に戦っていない。


コンボイへ近づこうとするあらゆる試みを、ただ止めているだけなのだ。


「この状況では勝てない」


オペレーターが尋ねる。


「撤退命令を?」


指揮官は拳を握る。


「そうだ。帝都保安部隊が到着する前に接触を切れ」


戦場


セラフィエルが通信状況の変化を受信する。


「紬、彼らが撤退を始めました」


紬は画面を見る。


複数の赤いシンボルが離れていく。


「追うな」


レアの声が不満そうに響く。


「でも――」


「ダメだ」


レアが息を吐く。


「分かった」


カイラにも命令が届く。


「公爵家保安部隊、位置を維持。撤退する集団を追撃しないでください」


カイラが答える。


「承知しました」


彼女はモビルフレームをヴァルキリーへ向ける。


「レアさん」


「何?」


「あなたは攻撃的すぎます」


レアが笑う。


「カイラさんは慎重すぎる」


「私は慎重なのではありません。効率的なのです」


「似たようなものじゃない?」


「違います。戦闘が終わった時に誰が立っているかを決める違いです」


レアは黙った。


ヴァルキリーの表示を見る。


装甲健全性:94.7%


そしてカイラのモビルフレームを見る。


ほとんど損傷していない。


レアはようやく笑った。


「……あなたの言う通りだね」


カイラが少し驚く。


「こんなに早く認めるとは思いませんでした」


「勘違いしないで。私は自分の戦い方が好き。でも、どうしてあなたが追わなかったのかは、今なら分かる」


カイラが答える。


「そして私も、あなたがまるでブレーキを持っていないように動きながら、それでも有効に戦えている理由が少し分かりました」


レアが笑う。


「それって褒めてる?」


「そう思ってもらって構いません」


紬は2人の会話を聞いていた。


「2人とも、もういい?」


レアが答える。


「もう終わり、キャプテン。でも1つ伝えたい」


「何?」


「ヴァルキリー、本気で私を倒そうとしてくる相手と戦うほうが、ずっと楽しい」


紬がため息をつく。


「やっぱりそうなるか」


アストレオン・ヴェロリア――指揮室


ヴァルキリーとカイラのモビルフレームが編隊へ戻ってくる。


大規模な爆発はなかった。


戦艦が破壊されることもなかった。


軌道都市が犠牲になることもなかった。


しかし、公爵家コンボイは無事だった。


紬は最終報告を確認する。


戦術交戦――終了


公爵家コンボイ: 安全

オーレリア・ヴェイリエン: 安全

民間人死傷者: 0

民間船喪失: 0

公爵家護衛艦喪失: 0

アストレオン・ヴェロリア船体損傷: 0.00%


敵性勢力


攻撃ドローン――無力化

迎撃艇――複数無力化/撤退

電子戦機――撤退

モビルフレーム――2機無力化/残存部隊撤退


アストレオン・ヴェロリア


戦闘モード――未承認

主兵装――未使用

重兵装――未使用

ミサイルシステム――未使用

魚雷システム――未使用

防御システム――稼働

近接防御――稼働

電子対抗措置――稼働


ランが結果を読む。


「オーレリアを誘拐しに来たのに、第1防衛層すら突破できなかった」


ヴェスペラは正常化し始めた航路を見る。


「でも、航路変更を利用できる程度には組織化されていた」


カリスタはヴァルキリーの表示を見る。


「そしてレアは装甲を5.3%損傷させて帰ってきた」


通信を終えたばかりのレアがすぐに割り込む。


「それは傷よ」


「傷じゃない。装甲損傷」


「修理できるでしょ」


「だから怒っているの。起きた後なら全部修理できると思っているから」


レアが笑う。


「カリスタ、相変わらずだね」


「あなたも相変わらず鬱陶しい」


セラフィエルが新しいパネルを開いた。


紬が画面を見る。


「何だ?」


「戦闘中、公開戦場ネットワークから合法的に取得可能だった敵側通信をすべて記録しました」


紬が眉を上げる。


「どれくらい?」


「追加分析を行うには十分です。ただし、まだ結論は出していません」


紬はまだ開かれていないデータを見る。


「今は何も決めるな。全部保存して。状況が完全に安全になってから確認する」


「承知しました、紬」


カイラが自分のモビルフレームを公爵家保安システムへ接続する。


通信を切る前に、彼女が言った。


「紬さん」


「何?」


「今なら、アストレオン・ヴェロリアについて1つ理解できます」


紬は待つ。


「この艦は、全力を使わなくても戦闘の結果を変えられる」


紬は淡々と答える。


「必要以上の力を使いたくないだけだ」


カイラは一瞬、沈黙した。


「その判断を尊重します」


レアも通信へ入る。


「私も。でも次に敵が来たら、あまり長く私を止めないでね。ヴァルキリー、さっきようやく楽しくなってきたところだから」


紬は目を閉じる。


「そこが一番心配なんだよ」


通信越しにレアの笑い声が響く。


しかし、徐々に日常へ戻っていく空気の裏側には、1つの事実が残っていた。


先ほどの襲撃は事故ではない。


あの集団はコンボイの航路を知っていた。


オーレリアがこの回廊を通ることも知っていた。


軍用装備を持っていた。


モビルフレームまで保有していた。


そして、全戦力を失う前に撤退した。


セラフィエルは、いまだに彼らの通信記録を保存している。


紬は、誰が彼らを送り込んだのかをまだ知らない。


誰が情報を提供したのかも知らない。


そして、公爵家内部の問題が実際にどこまで広がっているのかも分からない。


今、確かなことは1つだけだった。


最初の襲撃は終わった。


しかし、その答えは始まったばかりだった。


【次回予告――第104話「海賊ではない」】


セラフィエルが確保した通信データの解析が始まる。襲撃集団は、無作為な海賊集団ではなかった。彼らの装備には軍用規格が採用され、通信も専門的に運用され、民間人としての身元は偽装されていた。さらに、彼らは公爵家の航路とオーレリアの移動を把握していた。紬はそれを陰謀とは呼ばない。ただ、誰かが彼らへ情報を渡したのだと判断する。そのデータはやがて、貴族家内部の対立へと繋がり始める。


【第104話「海賊ではない」へ続く】

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