第101話「変わった航路」
第101話「変わった航路」
ヴェルドラコン帝都――公爵家保安作戦センター
その航路変更は、最初のうちは小さなことに見えた。
地図上の一本の線が動いた。
一つの通過地点が変更された。
それまで中央文化地区へ直接向かっていた航路が、今では帝都内部の別区域を通過するようになっている。
警報はない。
赤色警告もない。
緊急状態もない。
それどころか、システムはその変更に緑色の表示を出している。
行政上、すべては合法だった。
だからこそ、カイラ・ドレイヴェンは気に入らなかった。
彼女は大型戦術ディスプレイの前に立ち、両腕を胸の前で組んでいた。長い髪が室内の冷却システムから流れる空気によって僅かに揺れている。一方、頭部にある一対のドラゴンキンの角は、微動だにしていなかった。
その正面には、帝都の軌道地図が3層構造で展開されている。
第1層は区域構造。
第2層は交通航路。
第3層は、各通過地点へのアクセス権を持つ保安ネットワーク。
カイラにとって、オーレリアの青い航路は単なる移動経路ではない。
一つのシステムと別のシステム、その間に存在する関係そのものだった。
「変更前に承認されていた航路を表示」
システムが即座に旧航路と現在使用されている航路を分離表示する。
オーレリア・ヴェイリエンネ――承認済み移動
以前の航路: 公爵家邸宅 → 帝都民間回廊 → 中央文化地区
現在の航路: 公爵家邸宅 → 変更後通過地点 → 帝都行政回廊 → 中央文化地区
許可状態: 有効
航路変更: 承認済み
護衛要件: 稼働中
保安調整: 公爵家+帝都行政
移動状態: 進行中
カイラはすべての情報を読む。
そして、もう一つのデータを要求した。
「変更元を表示」
パネルが切り替わる。
航路変更許可
許可: 有効
認証: 確認済み
電子署名: 有効
保安証明書: 有効
指揮系統: 権限承認済み
行政上の発信元: 帝都行政保安
公爵家保安局の承認: 確認済み
変更状態: 法的受理済み
カイラは動かなかった。
背後にいた一人の担当官が、ようやく口を開く。
「カイラさん、システム上、この変更に問題はありません」
カイラは画面を見つめたまま答える。
「分かっています」
「許可は有効です。証明書も有効。承認経路も完全に記録されています」
「分かっています」
担当官は黙った。
カイラがようやく振り返る。
「だからこそ、誰が変更したのか。そして、何を根拠に変更したのかを知りたいんです」
担当官はいくつかの書類を開いた。
「帝都行政保安からの要請です」
「誰の命令?」
「個人の命令としては記録されていません」
「部隊は?」
「保安行政調整として記録されています」
カイラは目を細める。
「それは答えになっていません」
担当官が唾を飲み込む。
「つまり、カイラさん、システムには申請者個人の名前は保存されていません。記録されているのは、部門としての権限です」
カイラは再び画面を見る。
担当官を責めるつもりはなかった。
データがそう示しているのだ。
名前はない。
許可上の誤りもない。
偽造された証明書もない。
不正なアクセスもない。
それでも、一つだけ変わらない事実がある。
オーレリアの航路は変更された。
「変更理由を表示」
新しいパネルが表示される。
航路変更理由
理由: 行政保安調整態勢の強化
脅威分類: 確認済み敵対接触なし
緊急状態: なし
医療緊急事態: なし
民間交通規制: なし
帝都保安勧告: 有効
追加詳細: 非公開
カイラは最後の項目を、他のどの項目よりも長く見つめた。
「非公開」
担当官が頷く。
「はい、カイラさん」
「なぜ変更理由がロックされている?」
「その情報が帝都行政保安の権限下にあるためです」
「そして、彼らには公爵家保安局から隠す権限がある?」
担当官はすぐには答えなかった。
カイラは待つ。
「権限構造上、一部の情報は我々のアクセス範囲外にあります」
「私は、彼らに権限があるかどうかを聞いているんじゃありません」
カイラの声は落ち着いていた。
「理由を確認できない航路を、我々は実行しなければならないのかと聞いているんです」
担当官は画面を見る。
それから、カイラを見る。
「行政上は……システムが合法だと判断しています」
「私は、システムが何を判断しているかを聞いているんじゃありません」
部屋が静まり返る。
カイラは机から個人端末を取った。
「公爵家保安司令部へ接続してください」
「今ですか?」
「今」
担当官はすぐに要請を実行する。
数秒後、通信回線が開いた。
『公爵家保安司令部、通信要請を受理。識別情報、カイラ・ドレイヴェン』
カイラは姿勢を正す。
「オーレリア様の航路変更を受信しました」
『こちらでも把握しています』
「公爵家保安司令部は、通過地点の変更命令を出しましたか?」
数秒の沈黙。
『いいえ』
カイラはパネルを見る。
その回答がすぐに記録される。
指揮系統確認
公爵家保安司令部: 直接的な航路変更命令なし
帝都行政保安: 承認済み変更
現在の護衛: 稼働中
航路: 変更済み
「変更後、公爵家保安司令部は特別な承認を出しましたか?」
『変更通知を受信しています』
「承認について聞いています」
『別途の承認はありません』
カイラはゆっくりと息を吸う。
「承知しました」
『許可に問題がありますか?』
「まだありません」
『では、なぜ我々へ連絡を?』
カイラは画面上の航路を見る。
「私の任務は、オーレリア様を安全に目的地まで到着させることです。航路が変更されたのであれば、部隊にその航路を追従させる前に、変更内容を理解する必要があります」
『システム上、その航路は安全です』
「システムは、変更が正規の権限によって行われたとも示しています。それについて異議を唱えているわけではありません」
カイラは一度言葉を止める。
「ただし、行政上の有効性を、作戦上の評価の代わりにはできないと考えています」
通信の向こうから、数秒間返答がなかった。
そして、
『要請を記録しました』
「書面による確認が必要です」
『伝達します』
「一般的な伝達ではありません。航路を変更した側からの回答を求めています」
『要請を送ります』
「ありがとうございます」
通信が終了した。
カイラは端末を下ろす。
それまで後ろに立っていた担当官が息を吐いた。
「カイラさん」
「何です?」
「この変更を危険だと判断していますか?」
カイラは彼を見る。
「まだです」
「それなら……」
「データが揃う前に結論を出さないでください」
その答えは厳しかったが、声は強くなかった。
「現時点で分かっているのは、航路が有効な許可を通じて変更されたということだけです。オーレリア様を危険に晒す意図で変更されたという証拠は、まだありません」
担当官が頷く。
「では、護衛はそのまま実行するんですか?」
カイラは再び地図を見る。
「そういうことではありません」
「え?」
「脅威の証拠がないと言っただけです。すべての航路に同意すると言ったわけではありません」
彼女は新しい航路部分を拡大する。
「『システム上は安全』と『現在の状況を踏まえて使用するに値する』ことには違いがあります」
担当官は画面を見る。
カイラは旧航路を指す。
「以前、オーレリア様は公爵家保安局と直接調整されている民間航路を移動していました」
続いて、新しい航路を指す。
「今は移動の一部が、帝都行政保安の調整ネットワークへ入っています」
「それは、監視が強化されるということでは?」
「そうかもしれません」
「なら、なぜ問題になるんです?」
カイラは声を上げることなく答えた。
「より多くの者が管理権を持つことが、必ずしもより良い保護を意味するわけではないからです」
担当官が黙る。
カイラは続ける。
「保安作戦では、航路が変わるたびに、利用可能な情報、保護地点、対応時間、迎撃の可能性、そして判断権限を持つ者が変化します。一つでも変わったなら、私は再評価しなければなりません」
彼女は別のパネルを開いた。
保安航路比較
項目| 以前の航路| 現在の航路
公爵家保安局の調整| 直接| 共同
帝都行政保安の調整| なし| 有効
民間回廊| 主経路| 一部
航路権限| 公爵家| 共同
護衛要件| 稼働中| 稼働中
航路変更| 公爵家審査| 帝都承認
脅威確認| なし| なし
カイラは表を見つめる。
「これが問題なんです」
担当官もその視線を追う。
「脅威確認はない」
「そうです」
「でも航路は変わった」
「そうです」
「それは、誰かが意図的にオーレリア様を移動させたということですか?」
カイラはすぐには答えなかった。
「まだ分かりません」
そして表を閉じる。
「意図を示す証拠がないうちは、『意図的』という言葉を使わないでください」
「分かりました」
「言えるのは、航路が変更されたこと。許可は正規のものであること。提示された理由には制限があること。そして、その変更に、それまで航路の一部ではなかった権限が関与していることです」
担当官がゆっくり頷く。
「理解しました」
「それでいい」
カイラは再びメイン画面を見る。
オーレリアの位置を示す点がゆっくり移動している。
護衛車列は、まだ新しい通過地点へ到着していない。
まだ時間はある。
カイラは、その時間を使うことにした。
「次の航路実行を、確認が届くまで止めてください」
担当官が驚く。
「カイラさん、それでは車列を停止させることになります」
「違います」
カイラが振り返る。
「オーレリア様を止めるんじゃありません。次の変更段階の実行を止めるんです」
「ですが、システム上はすでに有効です」
「分かっています」
「帝都行政保安が合法だと判断しているなら、我々に実行を止める権限があるのでしょうか?」
カイラは公爵家保安局の権限文書を開いた。
公爵家護衛部隊――作戦権限
保護対象者: オーレリア・ヴェイリエンネ
主要責任: 身辺警護
航路実行: 保安評価に従う
緊急オーバーライド: 有効
外部航路権限: 調整が必要
作戦安全審査: 航路変更時は必須
カイラは最後の行を指す。
「これが我々の権限です」
担当官がもう一度読む。
「作戦安全審査」
「そうです」
「ですが、審査したからといって拒否できるわけでは……」
「永遠に拒否するわけではありません」
カイラは権限パネルを閉じた。
「任務を遂行するために必要な情報を得る前に、続行することを拒んでいるだけです」
担当官はようやく頷く。
「指示を伝えます」
「お願いします」
---
帝都――公爵家邸宅
ほぼ同じ頃、オーレリアは護衛車両の中にいた。
座席の前には航路地図が表示されている。
先ほど見た航路は、すでに変わっていた。
オーレリアはしばらくその変更を見つめた後、正面の担当官へ尋ねる。
「この航路、先ほど見たものと違いますよね?」
保安担当官が端末を確認する。
「はい、オーレリア様」
「どうして?」
「保安調整に変更がありました」
「誰が申請したんですか?」
担当官は一瞬黙る。
「まだ完全な情報を受け取っていません」
オーレリアは首を傾げる。
「あなたも分からないんですか?」
「我々が受け取ったのは、すでに承認された航路だけです、オーレリア様」
オーレリアは再び地図を見る。
「では、本当に知らないことを答えろとは言いません」
担当官の表情が少しだけ緩む。
しかし、オーレリアはまだ終わっていない。
「ただ、一つだけ聞きたいです」
「どうぞ、オーレリア様」
「この変更で、私の移動時間は長くなりますか?」
担当官がデータを確認する。
「予想移動時間が変更されています」
「どれくらい?」
彼は端末を読む。
「最終的な予測値はまだ出ていません。システムが現在も同期処理を行っています」
オーレリアはため息をついた。
「紬さんが行政関係を嫌がる理由が、少し分かってきた気がします」
担当官は笑いを堪える。
「その件については、私からコメントする勇気がありません、オーレリア様」
オーレリアが小さく笑う。
「安全な答えですね」
彼女は再び窓の外を見る。
帝都が広がっている。
区域間を結ぶ車両航路が、軌道建造物の間を光の川のように流れている。
小型船はさらに高い航路を進んでいる。
公共交通機関がステーションに停車する。
人々が商業区画へ向かって歩いている。
大半の住民にとって、航路の変更など何の意味もないのかもしれない。
しかし、オーレリアにとっては、地図上の一本の線が、自分がどこへ行けるのかを決めている。
そして帝都へ戻ってから初めて、彼女は、自分の人生に関する小さな決定がどのように他人によって作られているのかを意識し始めていた。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
「もちろんです、オーレリア様」
「以前の航路へ戻したい場合、変更を申請できますか?」
「手続き上、申請することは可能です」
「そして、誰が承認するんですか?」
担当官が書類を確認する。
「航路の分類によります」
オーレリアは小さく笑った。
「結局、あなたの答えはいつも手続きに戻るんですね」
担当官は頭を下げる。
「申し訳ありません」
「謝らなくていいです。ただ、私が今、勉強しているだけです」
彼女は再び地図を見る。
「昔の私は、こんなことを気にしたこともありませんでした」
担当官は答えなかった。
オーレリアは気づいた。
以前の自分は、最後に出てきた結果だけを見ていた。
今は、一人の人間を一つの場所から別の場所へ移動させるために、どれだけ多くの小さな決定が必要なのかを見始めている。
---
アストレオン・ヴェロリア――キャプテン・レジデンス
紬が報告書を読んでいると、セラフィエルが彼の前に現れた。
ホログラムではない。
セラフィエル自身の肉体で来ており、手には薄型端末を持っている。
「紬」
「どうした?」
「オーレリアの移動について更新があります」
紬が顔を上げる。
「航路か?」
「そうです」
セラフィエルが端末をテーブルへ置く。
帝都の地図が表示される。
「以前承認された航路が変更されました」
紬は移動した線を見る。
「いつ?」
「限定許可が出た後です」
「家族側からの要請か?」
「公爵家保安局からの直接要請としては記録されていません」
紬は次のパネルを読む。
「許可は正規のものか?」
「はい」
「なら、法的な問題はない」
「行政上、違反は確認できません」
紬は背もたれに身を預ける。
「それなら、なぜカイラは止めた?」
セラフィエルが薄く微笑む。
「カイラさんはオーレリア様を止めたわけではありません。確認が取れるまで、次の段階の実行を止めただけです」
紬は数秒間、彼女を見る。
「それなら筋が通る」
「私もそう思います」
「脅威はあるのか?」
「まだありません」
紬はすぐに端末を閉じた。
「なら、まだ存在しない脅威を探すな」
セラフィエルは穏やかな表情で彼を見る。
「承知しています」
「俺たちは公爵家の一員じゃない」
「はい」
「帝都行政保安の一員でもない」
「はい」
紬は端末を手に取り直す。
「カイラが航路の安全を確認したいなら、任せればいい」
セラフィエルが頷く。
「オーレリアは?」
「もう外出の限定許可は取れている」
「それで?」
「航路が安全なら、行けばいい」
紬は少し間を置いた。
「安全じゃないなら、俺たちは行かない」
セラフィエルが小さく笑う。
「その言葉、覚えておきます」
紬が彼女を見る。
「重要な名言みたいにするな」
「ですが、重要です」
「セラフィエル」
「はい、紬?」
「お前は俺の言葉を保存するのが好きすぎる」
セラフィエルが小さく笑う。
「あなたの言葉は、だいたい記録に入れられる程度には短いので」
紬が鼻を鳴らす。
「褒めてないだろ」
「褒め言葉として言ったつもりもありません」
その時、廊下からレアの声が聞こえた。
「二人とも、何の話をしてるの?」
レアがラン、ヴェスペラ、カリスタとともに現れる。
レアはすぐに開かれている地図を見る。
「オーレリア?」
「航路が変わった」
ランが近づく。
「どう変わったんです?」
セラフィエルが表示を切り替える。
「以前は主に公爵家保安局が移動を調整していました。現在は帝都行政保安も航路調整に入っています」
カリスタが眉を寄せる。
「つまり、一台の車両を握る手が増えたってことね」
「技術的には、そうです」
「私は、そういうシステムは好きじゃない」
ランが端末の側面に触れる。
「関係する者が増えたこと自体が問題なのではありません。問題は、途中で判断が変わった場合、誰が責任を持つのかということです」
ヴェスペラが地図上の航路を見る。
「複数の権限者が存在する場合、双方が特定の判断について、もう一方に責任があると考える可能性もあります」
紬が頷く。
「それをカイラが確認している」
レアが腕を組む。
「じゃあ、カイラさんはまだ敵を見つけてない?」
「まだだ」
「よかった」
レアは微笑む。
「じゃあ、まだ何もしなくていいんだね」
「そういうことだ」
カリスタがため息をつく。
「少なくとも、この中に一人くらいは、そんな簡単な話を理解できる人間がいるわね」
レアがすぐに振り向く。
「誰のこと?」
「あなたじゃない」
「なんで即答するのよ?」
ランが小さく笑う。
「反応が早すぎるからでしょう」
レアが鼻を鳴らす。
「問題が起きたら、その時に考えればいい」
紬が彼女たちを見る。
「それでいい」
誰も反論しなかった。
---
公爵家保安作戦センター
数分後、カイラの確認要請に対して、最初の回答が届いた。
通信パネルが開く。
帝都行政保安――回答
要請状態: 受理済み
許可: 確認済み
航路変更: 確認済み
理由: 行政保安調整
詳細根拠: 非公開
作戦上の責任: 共同調整
追加確認: 保留中
カイラはデータを読む。
隣の担当官が慎重に尋ねた。
「カイラさん、すべて確認されました」
「見れば分かります」
「それなら、続行できますか?」
カイラは首を横に振った。
「まだです」
「ですが、変更が正式なものだとは確認されました」
「私は、権限を持っているかどうかの確認を求めたわけではありません」
カイラは画面を指す。
「作戦上の理由を求めたんです」
「そして、それは提示されていない」
「その通りです」
担当官は迷うような表情を浮かべる。
「詳細が非公開というだけで、航路を拒否していいのでしょうか?」
カイラは彼を見る。
「拒否すると言っていません」
彼女は席から立ち上がる。
「変更を実行する前に説明を求めると言っているだけです」
「それは同じでは?」
「違います」
カイラは端末を取る。
「拒否とは、その航路を使用してはならないと判断することです。私はまだそう言っていません」
彼女は扉へ向かって歩く。
「私が言っているのは、評価を終えていない航路に対して、作戦上の承認を与えるつもりはないということです」
担当官がすぐに後を追う。
「では、次はどうします?」
カイラは扉の前で止まった。
「帝都行政保安との直接調整を要求します」
「それでも正規の許可だと答えたら?」
「誰が航路決定に責任を持つのか聞いてください」
「責任は共同だと答えたら?」
カイラはまっすぐ前を見る。
「現場で作戦上の責任を負う担当官を指定するよう求めます」
担当官はその意図を理解した。
「カイラさん」
「何です?」
「本当に、この航路が気に入らないんですね」
カイラは数秒間、黙った。
「評価できない理由のまま変更されたものが、私は好きではありません」
そして扉を開く。
「それだけです」
---
帝都――中央保安中継網
別のネットワークでは、カイラの要請が受理されていた。
システムがその要請を処理する。
警報はない。
脅威を知らせるメッセージもない。
ただ、一つの状態だけが変化する。
航路審査――有効
続いて、
作戦実行――一時保留
そして最後に、
オーレリア・ヴェイリエンネ――限定移動許可は有効
そこには、攻撃を示すデータは一つもない。
オーレリアが危険に晒されていると示す情報も、一つもない。
しかし、外出許可が与えられてから初めて、公爵令嬢の移動は単なる予定表だけでは進まなくなった。
一つの航路に、二つの保安権限が存在している。
そして、その二者は、作戦上の主導権を誰が持つのかについて、まだ完全には一致していなかった。
---
アストレオン・ヴェロリア――キャプテン・レジデンス
セラフィエルが最後の更新情報を受信する。
「紬」
「ん?」
「オーレリアの航路実行が、公爵家保安局によって一時保留されました」
紬は驚かなかった。
「カイラか?」
「その通りです」
「仕事をしてるな」
セラフィエルが頷く。
「追加情報があります」
「何だ?」
「帝都行政保安は、審査終了後も航路を維持するよう要請しています」
紬が彼女を見る。
「もう返答したのか?」
「一部ですが」
「カイラは?」
「さらなる確認を求めています」
紬は再び画面を見る。
爆発はない。
戦闘もない。
敵船もいない。
ただ、一本の航路が変わっただけだ。
しかし、そうした小さな変化こそが、次の移動が穏やかに進むのか、それともそうではなくなるのかを決めることがある。
紬は端末を閉じた。
「航路が安全じゃないなら、俺たちは行かない」
セラフィエルが微笑む。
「予想していました」
紬はため息をつく。
「今回は何も付け足すな」
「記録するだけにします」
キャプテン・レジデンスの窓の外では、帝都の交通が流れ続けている。
民間船。
商船。
貴族の輸送船。
行政機。
すべてが、それぞれの航路を進んでいる。
そして、何千ものありふれた航路の中で、一人の公爵令嬢の移動経路が、同じく正規の権限を持つ二つの保安システムによって管理されようとしていた。
まだ誰も引き金を引いていない。
まだ誰も武器を抜いていない。
まだ、それを攻撃と呼ぶ理由もない。
それでも、カイラ・ドレイヴェンは、誰がその航路の方向を決めているのかを知るまで、オーレリアを一歩たりとも先へ進ませるつもりはなかった。
そして帝都では、一つの確認要請が、これまでシステム上の名前としてしか見えていなかった相手へ向かって動き始めていた。
---
【第102話――「最初の襲撃」】
「最初の襲撃」
航路に関する確認は、問題を解決しなかった。
やがて公爵家の護衛車列が動き始め、武装迎撃機、攻撃ドローン、電子戦機、そして複数のモビルフレームによって構成された武装集団による限定的な襲撃に遭遇する。
彼らの目的は帝都を破壊することではない。
オーレリアを生きたまま確保することだった。
紬はまだアストレオン・ヴェロリアの全戦力を起動していない。
セラフィエルはコンバット・モードへの移行について判断を求め、カイラはモビルフレームへの搭乗許可を求める。
【第102話へ続く……】




