ep:3
6日後。
マーケット場内。
「お~い!もそっと早う来ぬか!」
溢れんばかりの人混みの中、北斎が呼びかける先には。
「待って下さいよ!北斎師匠」息を切らしながら近づく娘の名は、
「エレンです!エレン·ビーカーと言います!」
深々とお辞儀をあげると屈託のない明るい笑顔で北斎を見つめるが、「ん。」
返事はあるが北斎は夢中で何かを絵描き続けこちらを見向きもしない。
オーレイから紹介されたのはつい3日前の事。
「彼女は、騎士見習いのエレンです。何かお困りの事がございましたらこの娘に申し付けください。」
「エレン、しっかりね。」オーレイが微笑みかける。
「任せてくださいと!」笑顔を返す。
「それでは私は、作戦会議がありますので。」ガチャリと扉を閉め暫く歩いた後、
「はぁ〜…。」オーレイは頭を抱えながら深いため息をこした。
「大丈夫ですか?オーレイ騎士団長。」と声をかけたのは、
「貴方ですか、マーリン」長い廊下の影から現れた青年。
青龍王国魔法特務隊隊長一級魔法使いのマーリン·ジブリールであった。
「相当お疲れのご様子ですが、やはり北斎様の事で?」
「えぇ。」
2人は会話を続けながら廊下を歩き続ける。
「しかし絵師とは…一体何者なのでしょうか北斎様は?」
「狂人よ」と食い気味に言葉を返すオーレイ。
「目が覚めてからというものずっと医務室に籠りっきりで絵を描きつづけ、たまに出てきたかと思えば「厠。」夜中にアンデッドの様な声で「め、飯ぃ」なんて狂人以外なんでもないわ!」
「ははは、しかもどの絵もグリフィンばかりよほど目の敵にしているのでしょか?」マーリンが問いかける。
「知らないわよ!しかも羊皮紙がなくなったら」
「おーい!紙!」
「木炭が無くなれば」
「おい!木炭!」
「おい、おい、おい、おい、って私は北斎さんの小間使いではありません!」大声が廊下に響いたのかマーリンは笑いながら耳を塞いでいた。
「しかし、気になる点もあるのよ。」立ち止まりオーレイは静かに口を開く。
「グリフィンの絵ばかりなのだけれど、中には槍が刺さっている絵…しかも、どの方角から投擲されたか。まるで、客観的に観ていたかの様な…それだけじゃないわ私の槍の形状、装飾、投擲方果ては持ち方の癖まで…。」オーレイは思慮を巡らせる。
「その御蔭で、騎士団長の家宝である槍が見つかりましたからね。」
「えぇ、そうよ。なぜ掴まれた姿勢で、そもそも北斎さんが見ていた方角も…。」
(まさか落とされるあの一瞬で…?)
歩みを止めるオーレイ。
「貴方の観点からはどうかしら?」
「どう…とは?」
「魔術の類ではないかと思っているのだけど。」
「事象を瞬時に記憶しそれを写し出す魔術…聞いた事がありませんね。」
歩みを促すマーリン。
「…そう。」
「それに、僕も北斎様の絵を拝見した時に確かめましたが、魔術の痕跡はありませんでした。」
「あと…なぜああも正確に絵を描けるのか尋ねてみたところ…。」
「…。」
「(観た)とひと言。」
「はぁ〜…」オーレイは大きく肩を落とす。
「ハッタリや嘘をついてるようにも見えませんでした。しかし…」落胆するオーレイを気にも留めずマーリンは続ける。
「魔術の痕跡はありませんでしたがひとつ気になる点が。床に散乱する絵をふと見た時に、僅かに動いた様な…。」
「えぇ?」
羽根がかすかに揺らぎ、目の瞳孔が収縮する光景が脳裏にちらつくが。
「な〜んて」と笑いかける。
「おっと、着きましたね。会議室。」
「えぇ、早いとこグリフィンを討伐しないと今以上に被害が拡大してしまうわ。急ぎましょう。」
「えぇ。」
重厚な扉は音を立てて開閉される。
医務室
北斎は黙々と羊皮紙にグリフィンを描き込む。
こちらを睨み離さない目は難敵から受けた傷跡が生々しく。
鋭利な嘴にも無数の傷跡。
大きく広げられた両翼、羽根の重なり方、木炭と唾で表現されている白と黒のグラデーションが陽の光に当たると銀色に輝く。
猛禽類の脚に鋭利な爪がここを描く度に北斎は肩に手を置く。
下半身に描かれている獅子の部分に目をやると毛は逆立ち、躍動感溢れる脚には筋繊維まで細かく描かれている。
瞳。
嘴。
翼と羽根。
鉤爪。
胴体。
床に散乱する失敗したグリフィン。
そう。
これは画集では無い。
北斎がグリフィンというひとつの命を理解するための記録。
「あっ。」
最後の一筆、紙は悲鳴を挙げるかの様に裂ける。
木炭は耐えきれず砕ける。
魂を宿しきれず、羊皮紙と木炭が負ける。
「やはり、和紙と筆…否!かの弘法大師が筆を選ばねぇと言ってんだ俺にだって…!!」笑みの中に確かな殺気がある。
その姿にエレンは既視感を感じる。
かつて観たオーレイ騎士団長と姿が重なるのだ。
固唾を飲んで見守るしか、でも今は違う。
あの時はただ護られている少女だったが、騎士団の見習い戦える術を修練した騎士。
エレンは気づいていた。
戦いにも型があるように、北斎にも絵師にも型があるのだと。
「北斎さん!」エレンは大声で北斎を呼び止める。
部屋を覆い尽くす北斎の殺気がエレンのひと言によって一で鳴りを潜める。
「おぉ、どうした嬢ちゃん?迷子か?」振り向きエレンに問いかける。
「エレン·ビーカーと申します!今日からよろしくお願いします!」割れんばかりの大きな声で深々とお辞儀をする。
圧倒される北斎。
「北斎さんに質問があります!」
「…。」
「?あ!」
自分の大声で北斎の耳が暫く遠くなってしまったのだと気づき、赤面するエレン。
「カカッ、元気な嬢ちゃんじゃ!えれんと言ったか?」
「はい!」
「俺に何を聞いてぇんだ?」
北斎からの迫力に息を呑む。それでも意を決して震える声で問いかける。
「どうしてそんなに、楽しそうに絵を描き続けられるのですか?」
北斎もまた、エレンと幼き頃の応為を重ねる。
「くくっ…うわあっはっはっはっ!」
北斎は豪快に笑う。
突飛な質問をした事に恥ずかしくなってきたのか今度は耳まで赤くなるエレン。
「あぁ、すまねぇ」親指で涙を払う。
「楽しそうに描くか、お前ぇさん剣術は好きか?」
「はいっ!」
「じゃあよ、お前ぇさんのお師さんがお前ぇさんに新しい型を教えてやるってんならもっと剣術も好きになるしお師さんの事ももっと好きにならねぇか?」
「はいっ!もっともっと好きになります!」
「それだよ、つまる何処剣術も絵描きも一緒って事ぁ。俺ぁよ今まで見たこともねぇもんもいっぱい描いて来た!だかよこっちに来てみりゃあどうだい!?今まで見たことも聞いた事もねぇもんだらけ!これが描かずにいられっかってんでぇ!」
「なるほど!」エレンは目を輝かせながら頷く。
「だが、こっちには和紙も筆もありゃあしねぇ…せめて筆だけでもありゃな…。」
「フデ?」
「おぉよ、筆よ。」
「3日後に行商旅団がこちらに来られるのでもしかしたら…。」
「何!?筆が売ってんのかい?」
(この人本当に90歳!?)
とエレンが呆れる程の無邪気な子供の様な笑顔を見せる北斎。




