ep:9
北斎は何者かの視線に気づき目を覚ます。
未だ夜明け前の時刻、辺りは見えずしかし目線の先で目が合うのを確かに感じる。
「…久しいな。そこに居るのか?」
向き合う視線に懐かしさを感じ、思わず語りかける。
「怪我の具合は良くなったのだろう?会う日も近いのかもしれんな?」
肩を手で擦りながら淡々と語る中、視線が途切れる。
「ふっ…。つれない奴じゃ。」
と零し、また目を瞑る。
朝日が昇り、夜が明ける。
泥濘んだ土がひんやり冷たく寝心地は良くは無いが旅での疲労は癒えた。
程なくして、朝餉の匂いに起き上がる北斎。
「ふぁ〜〜」
と大きな欠伸をしていると。
「お早うごぜーます!旦那!」
ガイが北斎の側に朝食を携えやって来る。
「お早うさん、お前ぇさんの笑顔は朝日そのものだな!」
「恐れ入りやす!朝飯ですぜ。」
「ありがとさん。すまねぇな車軸を壊しちまったのにこんな待遇まで…。」
「何言ってんだい!旦那にはこれから絵をバンバン売って貰わにゃあいけませんからね!」
「ふふっ、やはり蛙の子は蛙だな。フレイマンそっくりだ。」
「……そうですかい。そりゃあ、ありがとうございます。」
照れ隠しなのだろうか?北斎から顔を背け頭を掻くガイに北斎は尋ねようとしたがそれは野暮だと思い朝飯を口に運ぶ。
「そうだ、昼前にはゲルドがリザードマンの村から応援を引き連れて戻って来るそうですよ!」
「そうなのか?」
「えぇ、エレン嬢とお頭もそろそろ此方に戻って来るそうです!」
「あの2人にもしっかりと詫びなければな。」
「お頭は、旦那の絵を数枚持って行ったので大丈夫かと…ほら!見てください!あそこ!」
ガイが指差す方に目をやると。
遠目からも確認できる。
きっと高く売れたのであろう、壮年が大はしゃぎで帰って来る様を。
それを冷ややかな目で見つめるエレンを。
「旦那〜!」
何時もの声より高く上擦って呼ぶフレイマンに少し寒気が走るが
(直に慣れるか…。)
と平静を保つ北斎。
「いや〜売れた売れた!旦那が描いたあの商売繁盛の神様!」
「恵比寿様だな!そんなにか!?」
「そりゃあ!車軸代を通り越して荷台と逃げた馬数匹を換算してもお釣りが出るくらい!こりゃあ!笑いが止まりませんな!ガッハッハッハ!」
「ただいま戻りました!師匠!うわっ!美味しそうな朝ご飯!」
「あら、お頭、それにエレン嬢。お帰り!」
「グェンさん!ただいま戻りました!」
「貴方達の分も用意できてるわ、先に手を洗ってらっしゃい。お頭!」
「んぐっ!」
呼び止められた勢いでのどを詰まらせそうになるフレイマン。
「エレン嬢が真似しちゃうでしょ!お頭も手を洗ってくる!」
「ゴホン!わ〜ったよ!ひゅ〜…おっかね〜。」
「カカッ!グェンはしっかり者の良い姉さんだね!」
「ふふっ。どういたしまして。」
「昼前にはゲルドも戻って来ますが…少し用心した方が良いかも知れませんな。」
朝食を程なく済ませ、コーヒーとやらに舌鼓をうちながら報告会が6人で行われていた。
「なんで?」
「リザードマンの村ですが…どうも可怪しい。」
「オスのリザードマンが村内で見当たりませんでしたね。」
「狩りに出ているだけでは?」
「ガイも言う様に連中も口を揃えて言ってたが…。」
「でも、村中のオス総出で行くものなのですか?狩りって?」
「ぐぉー…スピー…。」
「先月振り続いた雨と最近住み着いた神獣が原因とは言っていましたがそれでも…。」
「神獣ね…。」
「師匠?」
「……スピー…ぐぉー…スピー…」
「後、ゲルドが言っていたのは村の反対側、森へと続く道に妙な跡…筋みたいな二本線を発見したと。」
「……むにゃ…はん…ハンブルグ…スピー…」
「ええい!五月蝿いな!話がはんぶる…半分も入って来ぬわ!」
「ふふっ。ゴメンなさいね北斎の旦那。」
「プッ…ゴウは見た目はでけぇんだが中身がまだ子供なんだ。」
「だが、いざって時は誰よりも強いんだ。だから堪忍してくれ…ククッ…。」
「えっへへへ師匠!話もはんぶる!だって!」
「もういい!」
珍しく顔を真っ赤に染める北斎。
「まぁ、解らねぇ事をグダグダ言ってても埒が明かね!」
「ですね!今はゲルドを待ちましょう。」
「我らは用心に越したことは無いな。」
「そうね。」
「えへへ…おで…お腹いっぱい。」
「…けっ幸せなこって。」
北斎は寝ているゴウに悪態をつくがどこか憎めずにいる。
暫くすると。
「…戻った。」
ゲルドがテントに顔を出す。
「お帰りゲルド!」
「おかえりゲルド姉ちゃん!」
「お帰り、お腹空いてるでしょ?」
「…うん。」
「あちらのテントに貴女の分が用意してあるから取ってくるわね。あ、その前に…」
「うん…手…洗う…。」
「そう!偉いわね!」
「あ…お頭…リザードマン…」
「おお!これはこれは。遥々御足労申し訳ない。」
「フレイマンさん!此方の方が例の?」
「えぇ!此方に居られますのがかの有名絵師、葛飾北斎殿で…あぁ…今少々、虫の居所が悪くてですね…気を悪くしないでください?旦那。」
「ん?」
不貞腐れ皆に背を向け横になっている北斎はフレイマンの声で振り返る。
「はじめまして、私は近くの村を取り仕切るリザードマン部族長のダミエルです。」
「………。」
暫く間を空けて姿勢を正し、じっとダミエルを見つめる北斎。
「あの…」
「えれん!」
「は~い。」
紙と筆を渡しついでにパシンと北斎の頭を叩くエレン。
「………。」
左手に筆を持ちスラスラとダミエルを描き上げる北斎。
「これは!見事な!」
「お初にお目にかかります、リザードマンさん!俺が葛飾北斎だ…」
言い切る前にもう一度エレンに叩かれ言い直す北斎。
「お初にお目にかかります。私が葛飾北斎です。」
右手に絵を見せたまま深々と頭を下げる。
「見事な腕前…感服いたしました。これほどの腕前でありながら今から諸国を周り道を拓くとは…我らリザードマンも見習わないといけない。」
「…おいふれいまんよ。」
コソッとフレイマンに耳打ちをする。
「何か壮大な事になっとらんか?」
「何を今更!言ったでしょ?旦那は稼ぎ頭…売り手は舌先三寸でもしなきゃ買い手は見つかんないの!」
「どうかされましたか?」
透かさずガイとグェンがダミエルの間に入る
「いやいやいや!旦那は照れちまってお頭に礼を伝えてるんでさぁ!」
「そうですわ!なにせあのお年で始めて外に出て絵の道を切り開くというお方ですから!」
「そうそう!」
「あぁ、そうでしたか。御礼なら私からも。」
膝をつき深く頭を下げる。
「貴方様のお力をどうか我らに貸し与えては貰えないだろうか?」
「ん?」
「折り行って持ちかけたい相談があります。北斎様。」
「んん?」
込み入った事情がまたもや一難巻き起こりそうな予感。




