第2-3話:【朗報】大陸統一規格を作りました。不便な魔導具はリサイクルに出しましょう。――旧勢力の妨害? ログはすべて取っていますわ。
その日は、歴史に刻まれる「暗黒の祝祭日」となった。
商業都市レオン。アヴァロンの提唱する『聖なる魔導網』の中心地。
広場に集まった群衆は、当初、その光景を新たな奇跡の前触れだと信じて疑わなかった。
銀色の尖塔の頂点から、かつてないほど鮮やかな、極彩色の光が立ち昇ったからだ。
だが、それは福音ではなく、断末魔の叫びだった。
「見て! なんて美しい光……。ああ、これぞアヴァロンの叡智……。きゃっ!?」
歓声は、一瞬にして悲鳴へと塗り替えられた。
神々しかった光は突如として禍々しい紫黒色に変色し、天を衝く巨大な渦を形成し始めたのだ。
周囲の空気が、凄まじい勢いで塔の頂点へと吸い込まれていく。
それは風ではない。魔力が物理的な実体を持って暴れ狂う、魔力台風の発生だった。
「な、なんだ!? 魔導灯が爆発したぞ!」
「おい! 私の持っている魔石が、勝手に熱を持って……。熱い、熱いっ!」
広場を照らしていた照明、家庭用の魔道具、そして街を走る魔導馬車。
そのすべてから魔力が強引に引き抜かれ、中央の尖塔へと収束していく。
地脈を過剰に吸い上げ続けた結果、街全体が「魔力真空」に陥り、不足分を補うために周囲のエネルギーを強奪し始めたのだ。
アヴァロンの賢者たちが「無限の力」と豪語したシステムは、今や都市そのものを食い潰す巨大な怪物と化していた。
「お、落ち着け! これは一時的な活性化だ! 聖なる光が街を浄化しているのだ!」
広場の壇上で、アヴァロンの使節が必死に叫んでいた。
だが、その声は空を裂く落雷のような爆音にかき消される。
尖塔の根元から、亀裂が走り始めた。
制御不能となった魔力は、複雑すぎて誰も全容を把握していない術式の隙間を突き、次々と基盤を焼き切っていく。
前世の言葉で言えば、冷却装置のない超巨大サーバーが、最大負荷で稼働し続けた挙句、物理的に発火を始めたようなものだ。
「賢者様! 制御陣が反応しません! 術式が勝手に書き換わっています!」
「馬鹿なことを言うな! 我らが完成させた芸術に、欠陥などあるはずがない! 祈れ! 魔力が静まるまで祈り続けるのだ!」
アヴァロンの魔導師たちは、パニックに陥りながらも、なお「神秘」という名の現実逃避にしがみついていた。
彼らには緊急停止のマニュアルも、予備の回路も、ログも存在しない。
ただ自分たちの「感性」を信じてさらなる魔力を流し込み、火に油を注ぐような真似を繰り返すばかり。
「ひぃっ! 塔が倒れるぞ!」
銀色の尖塔が、内側からの圧力に耐えきれず、激しく振動する。
巻き起こる魔力の嵐はレオンの街を阿鼻叫喚の地獄へと変えていった。
その時。
暗雲に覆われた空を割って、銀色に輝く巨大な影が姿を現した。
アウグスト王国が誇る、最新鋭魔導飛行艦「刷新者」。
その艦橋に、私は立っていた。
「……予測より三十分早い。アヴァロンの賢者様たちの『お祈り』が、よほど負荷をかけたようですわね」
私は冷静に、モニターに表示されるエラーログを分析していた。
センサーは、レオン市の魔力濃度が致死量に達していることを示している。
「エリザベス、状況は?」
隣に立つカイザーが、厳しい表情で尋ねる。
「最悪ですわ。地脈の『魔力真空』が、周囲の大気を巻き込んで擬似的なブラックホールを形成しています。このままでは塔が自壊し、レオン市の中心部はクレーターになります」
「救う手立てはあるのか?」
「ええ。この日のために用意した『救済パッケージ』……。すなわち、彼らの非効率な術式を上書きし、物理的にエネルギーを逃がす『安全弁』を使用します」
私は手元のコンソールに、複雑なコードを打ち込んだ。
LIO規格に基づいた、汎用性の高い中和術式。
アヴァロンの連中が「卑俗」と罵った、徹底的に合理化された魔法の力だ。
「飛行艦、降下。中心部の魔力台風の外縁部に接舷してください。……カイザー、護衛をお願いしますわ。アヴァロンの賢者様たちが、自分の失敗を認めるのを邪魔するかもしれませんから」
「承知した。……君の背中は、私が守る」
飛行艦が、猛り狂う魔力の渦に突っ込んでいく。
機体が激しく揺れる中、私は迷うことなく、甲板へと躍り出た。
広場では、腰を抜かしたアヴァロンの使節たちが、空から降りてきた巨大な船を呆然と見上げていた。
私は、崩れかける尖塔の前に降り立ち、扇を広げて凛として告げた。
「アヴァロンの皆様。……神秘の時間は、もう終わりですわ」
「な、なんだ貴様は! アウグストの小娘が、なぜここに!」
一人の老賢者が、杖を振り回して詰め寄ってきた。
「これは聖なる奇跡の揺らぎだ! 汚らわしい規格品を売る女に、口出しされる筋合いはない!」
「奇跡? ……いいえ、これは単なる『設計ミス』です」
私は冷たく言い放ち、手元の魔石を高く掲げた。
「貴方たちが軽んじたログによれば、この塔は稼働開始からわずか四十八時間で、安全係数の一千パーセントを超えていました」
「神秘などという曖昧な言葉で、何万人の命を危険に晒したのか、その自覚はおありかしら?」
「なっ……黙れ! 魔法は、計算で測れるような浅浅しいものではない!」
「では、その深遠な魔法で、この嵐を止めてみせてはいかが? ……できないのでしょう? 貴方たちの教科書には、『例外処理』の一行も書かれていないのですから」
私は老賢者を無視し、空中に巨大な魔法陣を展開した。
それは直線と幾何学模様で構成された、極限まで最適化された「LIO式中和陣」だった。
「LIO規格、システム・オーバードライブ。……強制パッチ、適用開始」
私の号令と共に、飛行艦から四本の「プラグ」が尖塔の周囲に撃ち込まれた。
暴走するエネルギーを無理やりLIO規格のコンテナへとバイパスさせる。
「な、何を……! 我らの術式に、不浄な規格を混ぜるというのか! やめろ、伝統が汚される!」
「伝統を守って全滅するか、規格に従って生き残るか。……ビジネスなら、一秒で決断すべき問題ですわ」
私は冷徹に魔力を流し込んだ。
尖塔を覆っていた紫黒色の雲が、パチパチと音を立てて白く中和されていく。
だが、台風の核は想像以上に強固だった。
アヴァロンの術式の深部で魔力が固着し、巨大なエネルギーの塊となっている。
「……想定以上の『技術的負債』ですわね。まるで、継ぎ足しを繰り返した老舗旅館の配線図を見ているようですわ」
私は額ににじむ汗を拭い、術式の出力をさらに引き上げた。
「エリザベス、無理をするな!」
「大丈夫です、カイザー。……無能な連中が散らかしたゴミを片付けるのは、前世から慣れていますもの。……さあ、解体の時間ですわ!」
私は両手を広げ、暴走するエネルギーの核に、魔力を叩きつけた。
「全方位魔力等価交換――強制終了!」
凄まじい光の柱が、広場から天へと突き抜けた。
一瞬の静寂。
そして、爆風のような衝撃波が吹き抜けた後。
レオン市の空には、不気味な紫の雲も、魔力の嵐も消え去っていた。
そこにあるのは、輝きを失ったアヴァロンの尖塔と、それを包囲して安定した光を放ち続けるLIOのアンカーだけだった。
「……止まった……? あの嵐が?」
広場に倒れ伏していた人々が、恐る恐る顔を上げる。
アヴァロンの賢者たちは、自分たちの「聖なる塔」が武骨な装置によって繋ぎ止められている姿を見て、絶望に顔を歪めた。
「おのれ……アウグストの王妃……! 何をしてくれた! 我らの伝統あるシステムを、こんなブリキの玩具のようなもので汚して!」
「汚した? ……いいえ、私は『修理』をしただけです」
私は、機能を停止し、静まり返った街を見渡した。
「見てください。貴方たちの神秘が残したのは、動かなくなった魔導具と、恐怖に震える国民だけです」
「対して、私の『規格』は、今この瞬間も被害を最小限に抑えるためにログを記録し、次の復旧プランを算出しています」
私は扇を閉じ、老賢者に突きつけた。
「伝統という名の怠慢で、これ以上の不利益を撒き散らさないでいただけますかしら? ……さあ、皆様。どちらが『本物の魔法』か、もうお分かりですわね?」
広場の静寂の中で、私の声だけが冷徹に響いた。
アヴァロンの権威は、崩壊した。
嵐が去った後のレオン市には、アヴァロンへの不信感と、私の「規格」への狂信的なまでの期待が渦巻いていた。
「さて。……次は、アヴァロンという名の巨大な『バグ』を、根本からデバッグして差し上げなくては」
私は不敵に微笑み、カイザーの差し出した手を取った。
物語は、大陸全土を巻き込む、完全な「規格統一」へと向かって、一気に加速していく。




