第2-2話:【朗報】大陸統一規格を作りました。不便な魔導具はリサイクルに出しましょう。――旧勢力の妨害? ログはすべて取っていますわ。
「それでは、第一回|大陸生活改善機構《ライフ・イノベーション・オーガニゼーション》、技術諮問委員会の開会を宣言いたします」
私の凛とした声が、アウグスト王城の大会議室に響き渡った。
円卓を囲むのは、周辺諸国から集まった王侯貴族や、各国の魔導師団を代表する技術者たち。
彼らの表情は一様に硬い。期待と不安、そして何より「たかが追放令嬢だった小娘が、どこまで本気なのか」という疑念が、会場の空気を重く沈めていた。
私の隣には、国王として、そして私の夫としてカイザーが座っている。
彼は言葉を発さずとも、その冷徹かつ重厚な存在感だけで、不平分子の口を封じてくれていた。
「皆様、お手元の資料……。ではなく、投影されているこちらの『標準規格運用案』をご覧ください」
私が指先で空をなぞると、各国の代表の目の前に光り輝く術式の図面が展開された。
それは、魔石の形状、出力周波数、接続端子の物理的な寸法に至るまでを統一した、私の「革命」の設計図だ。
「現在、大陸には数多の魔導具が存在しますが、その多くが『一品物』。壊れれば代わりがなく、直すには高名な魔導師に莫大な謝礼を支払わねばなりません」
「ですが、このLIO規格を導入すれば、部品一つから安価に量産し、誰でも――簡単な講習を受けた平民でも、修理と維持が可能になります」
会場にさざめきが広がる。
「平民でも修理だと?」「魔法の神秘を汚すつもりか!」
そんな声が、特に伝統を重んじる北方諸国の代表から漏れ聞こえてくる。
「王妃様、恐れながら」
立ち上がったのは、ボレアス王国の特使、ノルデン伯爵だった。
彼はアヴァロンの『魔導三賢者』と深い繋がりを持つ、保守派の筆頭格だ。
「貴女の仰ることは、単なる数字の遊びに過ぎない。我ら北方の民は、魔法を神聖な契約と考えております」
「アヴァロンの賢者様が紡ぎ出す術式には、何世代にもわたる叡智と、使い手との『魂の結びつき』がある。それを、どこで作られたかも分からぬ『規格品』に置き換えろとは、あまりに傲慢ではありませんか?」
ノルデン伯爵の言葉に、周囲の保守派が同調するように頷く。
彼らにとって、魔法は選ばれた者の特権であり、管理不可能な「神秘」であるべきなのだ。
そうすることで権威は守られ、民からの搾取は正当化される。
私はゆっくりとハーブティーを一口飲み、真っ直ぐに伯爵を見据えた。
「伯爵。貴方が仰る『魂の結びつき』……。それは、具体的にいくらの維持費を指していますの?」
「……は、維持費?」
「ええ。昨年のボレアス王国の予算書を確認させていただきましたわ」
「王都の魔導灯の維持、および神聖な術式の『再契約』にかかった費用。それは国家予算の約一五パーセントに達していますわね」
私は空中に追加のグラフを投影した。
ボレアスの家計簿が、冷酷なまでに可視化されていく。
「しかも、そのうちの七割がアヴァロンへの寄付金、および特定の魔導師への謝礼ですわ」
「対して、LIO規格のインフラを導入した場合、維持費は現在の三十分の一以下に圧縮されます」
「魂の結びつきに、国民の血税を一割以上も支払うのが貴国の正義なのですか? それとも、その差額が一部の特権階級の懐を潤している……。なんてことは、ありませんわね?」
「な、なな……! なんと不敬な推測を!」
ノルデン伯爵は顔を真っ赤にして絶句した。
周囲の代表たちも、自国の予算と「三十分の一」という数字を天秤にかけ、明らかに動揺している。
「魔法は、鑑賞されるための芸術品ではありません。冬の夜に部屋を温め、暗い道を照らし、民の命を守るための『生命維持装置』です」
「伯爵、貴方は伝統を守るために、民が凍えるのを見過ごすおつもりかしら?」
「くっ……。だが、アヴァロンの三賢者様はすでに動き出しておられる!」
「彼らは、貴殿の薄っぺらな規格など足元にも及ばぬ、真に神聖な『聖なる魔導網』を周辺国へ無償提供し始めたのだ!」
ノルデン伯爵が勝利を確信したように、懐から通信魔石を取り出した。
放たれた光が、会議室の床に新たな映像を映し出す。
それは、大陸中央部の商業都市・レオンの広場の様子だった。
広場の中央には、アヴァロンの賢者たちが設計したという、巨大な銀色の尖塔が建っている。
尖塔から放たれる光は、私の「標準規格」とは比較にならないほど力強く、神々しい輝きを放っていた。
『見よ、これがアヴァロンの叡智だ! 複雑な工事も、退屈な講習も不要! この塔を建てるだけで、街中の魔導具がかつてない出力を発揮する!』
映像の中で、アヴァロンの使者が民衆に向かって高らかに宣言している。
街の人々は熱狂し、その「神秘」の恩恵に涙を流して感謝していた。
「王妃様、これでも貴女は自分の規格が最高だと仰るのか? アヴァロンのシステムは、貴女の言うような無機質なものではない。自然の魔力と共鳴し、無限の力を引き出す奇跡だ!」
会場の空気は、一気にアヴァロン側へと傾き始めた。
目に見える「奇跡」の方が、人は信じやすい。
私は黙ってその映像を見つめていた。
……なるほど。これが彼らの対抗策、というわけね。
私は視線を落とし、手元の魔導端末で、レオン市から極秘に転送されてくる「環境魔力値」を確認した。
「……ふふ」
「……何がおかしい」
カイザーが、隣で小声で尋ねる。
彼の瞳には、私の勝利を確信している者の余裕があった。
「いえ、あまりに教科書通りの『破綻フラグ』だったので。……陛下、あのアヴァロンのシステム、前世で言うところの『無計画なオーバークロック』ですわ」
「オーバークロック?」
「ええ。基盤の耐久力を無視して、強引に出力だけを上げているのです」
「見た目は派手ですが、システムの根幹には凄まじい熱量と不可逆的なダメージが蓄積されています。……しかも彼ら、メンテナンス用のバックドアすら設けていないようですわ」
私は確信した。
アヴァロンの賢者たちは、魔法を極めたがゆえに、魔法を「壊れるもの」だとは微塵も思っていない。
彼らにとって、魔法は完璧な芸術であり、壊れるのは使い手が未熟だからだ、という傲慢な論理で生きている。
だからこそ「保守運用」という概念を、技術の劣化として忌み嫌っているのだ。
「伯爵。あのアヴァロンのシステム、大変素晴らしい『ショー』ですわね」
「ですが、一つだけ予言しておきましょう。その『聖なる光』が消える時、その街はかつてない深い闇に包まれることになります」
「負け惜しみを! アヴァロンの栄光は永遠なり!」
ノルデン伯爵は高らかに笑い、満足げに席に座った。
会議は、LIOへの加盟保留が相次ぐという、一見すれば私の敗北に近い形で散会した。
だが、私は焦っていなかった。
無茶な仕様変更を強行したクライアントが、本番稼働三日後に泣きついてくるのを何度も見てきた。
その時、救いの手を差し伸べるのは「神秘」ではない。
私が積み上げてきた「予備パーツ」と「運用マニュアル」なのだから。
*
数日後。
私は王宮の地下にある「中央管制室」で、モニターに映し出される大陸全土の魔力ログを凝視していた。
「エリザベス、休憩したらどうだ。もう三時間もそこに座りっぱなしだぞ」
カイザーが温かいココアを差し出してくる。
「ありがとうございます、カイザー。……ですが、ここが正念場ですわ。見てください、レオン市の魔力波形。……昨日から、不自然な『揺らぎ』が出始めています」
波形は、心電図のように激しく上下していた。
アヴァロンのシステムが、レオン市の地下を流れる地脈の魔力を、許容量を超えて吸い上げ始めているのだ。
「彼らは、地脈を『無限の電池』だと思っているようですわ。ですが、地脈にも循環があります」
「無理に吸い上げれば、いずれ真空状態になり、周囲の魔力を強引に引き寄せる『魔力台風』が発生します」
「……救いようがないな。アヴァロンの連中、自分たちの『叡智』が自然を支配しているとでも思っているのか」
「ええ。専門家というのは、時に自分の知識に殺されるものですわ。……陛下、そろそろ『救済パッケージ』の準備を」
「LIO規格の互換魔石と、中和術式を組み込んだパッチ。……これを持って、レオン市に向かう手配をしてください」
「……分かった。騎士団の一部を、ギルドの作業員に変装させて待機させよう。……タイミングは?」
私は、真っ赤に点滅し始めたエラーログを見つめ、不敵に微笑んだ。
「一番『伝統』と『神秘』が崩れ去り、人々が絶望した瞬間です。……あちらの賢者様たちが、泡を吹いて倒れる頃が、一番の『リノベーション』日和ですわ」
北の伝統、アヴァロン。
彼らがどれほど豪華な「魔法の城」を築こうとも、その土台が腐っていることを見抜けないのなら、それは砂上の楼閣に過ぎない。
私は、手元の端末で最後の一行を書き込んだ。
『エラー原因:仕様書の不在、および過剰負荷。……対応策:標準規格への強制リプレース』




